2026年8月4日火曜日

W杯は終わっていない


優勝したスペイン代表


2026サッカーW杯を総括する


 スイスの実況・解説者デイヴィッド・レモスが今回のW杯の問題点を総括した。彼の言説を要約すると、今回のW杯は、至上最も商業化され、かつ政治色の強い大会だったとなる。

 その主因は、国際サッカー連盟( Fédération internationale de football association /通称FIFA)現会長のジャンニ・インファンティーノの主導の下、これまでのレギュレーションに変更を加えたことに起因する。インファンティーノは、開催国のひとつである米国トランプ大統領と近しい関係にあるという。二人の共謀の下に顕在化した改悪事例とは、①ダイナミックプライシング導入、②ハイドレーションブレイク導入、③国籍を理由に開催国への入国禁止措置、④イランチームに対する陰湿ないじめ、⑤フォラリン・バログン事件、⑥ 出場チーム増(32→48)、⑦ 開催圏の広域化、⑧アルゼンチン贔屓の疑惑の判定――といったところで、大会運営上の問題、政治的介入、レギュレーション変更等に及んだ。前出のデイヴィッド・レモスは、今回のW杯について次のように警鐘を鳴らした。
(これらの)問題の根底には、『金』と『権力』という二つの存在がある。いま、サッカーに関わる多くの人々とFIFAとの間には、深刻な信頼の危機が生じている。 今後数週間のうちに、多額の資金が各国サッカー協会や、多くのサッカー関係者へ分配されるだろう。そして彼らは、『どうか黙っていてほしい』と丁重に促されることになる。

アルゼンチン疑惑


 この疑惑は、アルゼンチン代表を優勝させるために大きな力が加えられた疑いがある、と換言できる。

アルゼンチン選手の悪質なファウル

 アルゼンチン代表有利の判定は決勝トーナメントに入るや、より顕著になり疑惑を深めた。対エジプト戦(ベスト8ラウンド)、スイス戦(ベスト4ラウンド)では、アルゼンチン選手の悪質なプレーはノーファウル、あるいは笛のみでカードが出ないが、相手選手の反則にはイエローが連発されたばかりか、いきなりのVAR判定によるゴール取り消しや、相手チームのエースに退場処分が出るといったありさまで、エジプト、スイスは苦杯をなめた。アルゼンチン選手はそのことを理解していて、自分たちにイエローは出ないという前提で悪質なファウルを繰り返した。

 アルゼンチンを現場で優遇したのは審判団(主に主審)である。彼らがFIFAの意向に逆らえば、W杯に呼ばれなくなるから、FIFAの圧力に耐えられなくなる可能性を否定できない。VAR担当者も同様に、圧力を気にして恣意的に介入した結果、疑惑の判定が相次いだのではないか。また、インファンティーノFIFA会長と特別な関係があると言われるメッシが、試合中、主審に圧力をかけている、という報道もある。

アルゼンチン優遇を推論する


 なぜ、アルゼンチン代表は優遇されるのかを推論すると、以下のとおりになる。

(1)マールアラーゴとインテルマイアミ


   アルゼンチンのエース、メッシはフロリダ州マイアミを本拠地とする米国MLS(Major League Soccer) のインテルマイアミというクラブに属している。メッシのアルゼンチンがW杯で優勝すれば、彼はアルゼンチンの英雄かつ米国MLSインテルマイアミの英雄として、米国サッカー界が盛り上がる。

 ところで、トランプの別邸マールアラーゴはフロリダ州パームビーチにある。マイアミの人口は46万人だが、マイアミ・デイド郡、ブロワード郡、パームビーチ郡の3郡に及ぶ南フロリダ都市圏の人口は600万人を上回り、全米第8位の都市圏を形成している。つまり、インテルマイアミは南フロリダ都市圏を本拠地としていて、トランプの私邸がその中に含まれる。トランプの本貫はニューヨークだが、いまやニューヨークを代表する政治家は市長のマブダニにとってかわっていて、トランプはでまるで人気がない。トランプのホームはいまや南フロリダに移ってしまった感があるのだが、3月の州議会選挙でトランプが推す共和党候補が負けた

 かくして トランプに近いインファンティーノFIFA会長がトランプに忖度して、アルゼンチンというよりもMLSの英雄メッシをつくりだしたいため、アルゼンチン優勝を画策しているのではないか、という憶測が流れた。こうして、アルゼンチン代表を優勝させるために大きな力が加えられた疑いが世界中から湧き上がったのだ。

(2)ドンロー主義


  トランプが宣言したドンロー主義をここで持ち出すのは穿ちすぎだろうか。ドンロー主義とは、ドナルド・トランプのファーストネームと19世紀の「モンロー主義」を掛け合わせた、米国の新たな外交・安全保障方針を示す造語。北米・中南米を含む西半球を米国の絶対的な勢力圏・支配下と捉え、必要とあれば強硬な武力介入も辞さない姿勢を指す。
 トランプ(ドンロー主義)→西半球→南米→アルゼンチン→メッシという関係性だ。

アルゼンチン代表がおかした大きなあやまち



 アルゼンチン代表はイングランド戦、スペイン戦の試合終了後、大きなあやまちを犯した。準決勝のイングランド戦に勝利したアルゼンチンは、試合後、「Las Malvinas son Alzentinas(マルビナス=フォークランド諸島)はアルゼンチンのものだ」という横断幕を掲げた〔註〕

  「フォークランド諸島はアルゼンチンのものだ」というアルゼンチン代表の心情はわからなくもない。しかしこのような行為を許してしまえば、「パレスチナはイスラエルのものだ」「ウクライナはロシアのものだ」「グリーンランド(デンマーク自治領)は米国のものだ」といった横断幕が当事者間の試合ごとにピッチに乱立し、サッカーW杯が紛争国によるプロパガンダと当事国のナショナリズムの発揚の場になってしまう。FIFAには、政治、イデオロギーの介入を断固として阻止する義務がある。

〔註〕1982年4月、アルゼンチンの軍事政権がフォークランド諸島を占領、これに端を発してイギリスとアルゼンチンが同島で大規模な武力紛争を展開した(フォークランド紛争/マルビナス戦争)。イギリスは2ゕ月後に同島を奪還して勝利を収めた。戦争状態が終結したのは1990年2月のことだった。

 そればかりではない。スペインとの決勝戦に敗けた試合の直後、アルゼンチン代表選手・チーム関係者がスペインの選手に暴行を加えるという不祥事を起こしたばかりか、スペイン代表の優勝表彰の際に、彼らは表彰者に背を向けたのだ。いわゆる`Bad Loser`の振る舞いだ。

 アルゼンチン代表がここまで傲慢かつ悪質な振る舞いを行ってしまった要因は以下のとおりだ。①主審は自分たちに常に有利に判定している、②VARがアルゼンチンにとって都合の良いように運用されている、③イエローカード、レッドカードは自分たちに出されない――つまり自分たちは審判(FIFA)に護られていると確信するに至った。その結果、彼らは万能感に浸り、自分たちは罰せられないという増長、思い上がりの気分で試合に臨み、相手選手を傷つけ、試合後も勝手に振る舞った。


これはサッカーではない

 もうひとつの見方としては、南米のアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの3か国のサッカーは荒っぽいし悪がしこい。相手を挑発したり、平気で削って弱らせたりする。 パラグアイがフランスと戦った試合を思い出せば、そのことが理解できる。

 前出のとおり、本大会では、結果として、国際試合の反則コードが南米並みに緩くなったから、彼らは自分たちが育った南米サッカーを思う存分発揮できると確信した。決勝戦後のアルゼンチン国民の反応は、あのレッドカードは許しがたい審判の判断だった、と主審を批判している。つまり、アルゼンチンがW杯で行った悪質な反則プレーは、アルゼンチン本国では当たり前のプレーのようだ。 

 大会終了後、アルゼンチンを除く世界各国のサッカーファンがアルゼンチンをW杯から追放すべきだ、と叫び始めた。

ビンチッチ主審の勇気あるレッドカード


やっと出されたアルゼンチン選手へのレッドカード


 前出のとおり、VARを含めた審判員もFIFAの意向に逆らえば、W杯に呼ばれなくなるから、FIFAに忖度する。決勝戦でアルゼンチンの選手にレッドカードを出したスラビコ・ビンチッチ主審(スロベニア出身)の心中はいかばかりかと察する。筆者はこのレッドカードで、W杯の将来に希望を見た。

 ビンチッチは、大会終了からわずか1週間後に審判からの引退を発表したという報道を筆者は目にした。

W杯はまだ終わっていない


(1)FIFAは暴力選手を規定どおり処分できるか


 7月29日、BBCはスポーツジャーナリストのElizabeth Botcherbyの署名でFIFAがアルゼンチン代表チームについて、懲戒手続きを開始したと報じた。アルゼンチンがワールドカップ決勝でスペインに敗れた後、そして大会期間中を通して見せた振る舞いに係る懲戒だ。その内容は以下のとおり。

 世界統括団体(FIFA)は、7月にニューヨーク・ニュージャージー・スタジアムで行われた試合の終了ホイッスル後に何が起こったのかを調査するため、懲戒倫理担当の検察官を任命した。この試合では、アルゼンチンの複数の選手とスタッフが、1対0で敗れたスペインの選手たちと口論になった。
検察官の勧告に基づき、FIFAはアルゼンチン代表選手のナウエル・モリーナ(2件)とレアンドロ・パレデス(3件)、およびアルゼンチン代表アシスタントコーチのロベルト・アヤラ(1件)に対し、FIFA懲戒規定第14条に基づく暴行容疑で調査を行う。
 モリーナは、第14条に基づく非スポーツマン行為の疑いで懲戒処分を受ける可能性もある。
 チームメイトのチアゴ・アルマダとスペイン代表MFのガビも、同様の違反行為で告発されていて、FIFAの懲戒規定によれば、選手や役員は非スポーツマン行為に対して最低1試合の出場停止処分、暴行に対して最低3試合の出場停止処分を受けることになる。 (BBC)

(2)頓挫したインファンティーノの野望


 FIFAはW杯終了後、W杯など主催大会の商業的価値を高めるために放映権やスポンサーシップなどを集約した子会社を設立し、最大2割の株式を投資家に売却する方針を発表した。子会社の当初の株式評価額を200億ドル(約3兆2千億円)とし、売却益を原資に、加盟する211のサッカー協会には計画に参加すれば最大2千万ドル(約32億円)の一時金の支払いを約束した。

 これに対して欧州サッカー連盟(UEFA)は7月30日、「W杯は売り物ではない」と表明し、計画が取り下げられない限り、加盟協会のチームはFIFA主催大会に参加しないと宣言した。北中米カリブ海連盟とアジア連盟も計画への反対を表明。インファンティーノ会長の上級顧問を務めていたカルロス・コルデイロ氏もFIFAの提案に反対して辞任を決めたとの声明を出した。

 これらの反発を受けたFIFAは8月1日、「この提案を進めることはありません」と方針転換を明言した。銭ゲバ、インファンティーノの野望は頓挫した。

 FIFAは、暴行を働いたアルゼンチン選手を規定どおり処分できるのか、また、インファンティーノは今後、どのような提案でW杯を壊しにくるのか、それにたいして、UEFAに代表される良識派が彼を退陣に追い込むことができるのか――世界中が注目している。
 その結果が判明するまで、W杯は終わらない。〔完〕

2026年8月1日土曜日

イオンモール ガス爆発事故と戦争

ミサイル攻撃を受けたかのような事故現場

 このたびの熊本大地震に被災された皆々様に心よりお見舞い申し上げます。

被災地のようすをTV映像で確認する限り、もっとも衝撃的だったのが熊本イオンモールのガス爆発のものだった。 

筆者は、不謹慎ながら、その影像が、パレスチナ・ガザ地区、ウクライナ各所、そしてベイルートなどの現在進行中である戦地のようすと重なってしまった。ミサイル、ドローンあるいは空爆によって破壊された市街地の――イオンモールとおなじく、人々が日々の暮らしを営む――住宅、病院、店舗・・・のものだ。

イオンモールにおいては、国を挙げて救命、救援活動が展開され、おそらく多くの人が救出されたと思われる。 

さてもしも、日本がどこかの国と戦争になったならば、相手国の放つミサイル、ドローン、長距離砲等や空爆により、街中いたるところが破壊され、イオンモールのような、いや、それ以上の破壊を被ることだろう。戦争の最中、国を挙げての救援、救出を望む術もなかろう。そればかりではない。日本が相手国にたいして破壊攻撃を行い、相手国の生活者の生命・生活を奪うのだ。

戦争は軍人同士が前線で戦ったり、空中戦・海戦で攻撃し合ったりするものだけではない。市民の生活の場および生活インフラが攻撃を受け、兵士と同じように生活者(非戦闘員)に被害が及ぶ。 生活者の死には英雄もいなければ、国から讃えられることも、顧みられることすらない無言の死だ。

人類は、地震という自然災害を予知し予防する手立てをいまのところ、もちわせていないが、戦争をなくすことは可能だ。 もちろん、世界中の人々の努力と叡知が結集しなければ可能ではないのだが。

きょうから8月、敗戦から81年が経過しようとしているいま、日本国民が忘れ去ろうとする「反戦・平和主義」を、いまいちど取りもどさなければならない。〔完〕 

2026年7月20日月曜日

有志同期会(2028年夏季)

 久々の高校の有志同期会。8人が集まりました。

その冒頭、幹事からこれまで同会に来たことがある2名の訃報にて始まりました。幹事が開催の連絡をしたものの返信がなく、心配して調べてみたところ、亡くなっていたとのこと。

お二人とも孤独死という無念。合掌

会はお二人を偲びつつも、楽しくお送りするものとなりました。




二次会

二次会


2026年7月14日火曜日

最悪のサッカーW杯


 サッカーW杯北中米大会が大詰めを迎えている。イングランド、アルゼンチン、フランス、スペインがベスト4に残った。筆者はフランス優勝と予想する。

さて、筆者はドーハの悲劇を経て1998年フランス大会からW杯に興味を持った者だが、今大会は私(わたくし)史上、最低最悪のW杯のように思える。

広域すぎる開催圏

まず、北中米開催圏という広域開催による弊害だ。選手に負担がかかる。しかも冷房の効いたドームと、高温下の屋外というコンディションが異なるスタジアムで試合が行われたため、不公平が生じてしまった。

水ぶくれの48チーム参加

出場チームが32から48に増え、32チームが決勝トーナメントに出場できるというレギュレーションの変更もバカげている。わずか16チームが予選落ちというのでは予選リーグの価値がない。水ぶくれの試合数増で、収益拡大狙いが見え見えだ。

金持ち優遇のダイナミックプライシング

今大会で初めて導入された入場料金制度・ダイナミックプライシングもFIFAの利益追求に一役買っている。サッカーはそもそもが庶民の娯楽だ。価格を釣り上げて、金持ちばかりが席を確保し、庶民が会場に足を運べなくなるような入場料の自由価格競争はサッカーファンの夢を壊す。

サッカーの本質を損なうハイドレーションブレイク

ハイドレーションブレイク(給水タイム)導入も、サッカーの本筋から外れている。サッカーはプレーの合間を縫って給水できるゲームだ。マラソンも選手が走りながら給水する。どこで給水するかは各選手の判断であって、全走者の走行を一律に止めるようなことはしない。給水も技術である。ハイドレーションブレイクは、巷間いわれるように、TV中継におけるCMタイムにすぎない。TVのCM本数増による売上増が狙い。

続出する〝メッシの″アルゼンチンに有利な判定

審判の判定が狂っている。ここまでのところ、決勝トーナメントに入ってからのエジプト戦(ベスト8)、スイス戦(ベスト4)でアルゼンチンに有利な判定が目に余る。アルゼンチン選手の悪質なプレーはファウル(笛のみ)どまり、相手選手の反則にはイエロー連発。しかも、いきなりのVAR判定でゴール取り消しや、相手チームのエースに退場処分が出るといったありさま。アルゼンチン選手はそのことを理解していて、自分たちにイエローは出ないという前提で悪質なファウルを繰り返す。

審判の忖度とVARの恣意的介入

審判もFIFAの意向に逆らえば、W杯に呼ばれなくなるからFIFAに忖度する。さらにVARの恣意的介入が加わり、めちゃくちゃな判定が相次いでいる。アルゼンチンのエース、メッシは、米国MLSのインテル・マイアミに所属している。メッシのアルゼンチンがW杯で優勝すれば、彼はアルゼンチンの英雄かつ米国MLSマイアミの英雄として、米国サッカー界も盛り上がる。トランプに近いインファンティーノFIFA会長がアルゼンチンというよりもMLSの英雄メッシをつくりだしたいため、アルゼンチン優勝を画策しているのではないか、という憶測も流れている。

準決勝2試合の主審の裁きぶりに注目

フランスースペイン戦の主審は イバン・バートン(エルサルバドル)に決定。バートンは残念ながら評判がよろしくない。グループリーグにおける日本ースウエーデン戦で日本人選手のソックスにいちゃもんをつけ、ピッチから出て行かせた事例が記憶に新しい。判定に偏りが目立つという指摘もある。メッシのアルゼンチンにとって、フランスとスペインを比べれば、フランスよりもスペインに勝ちあがってほしいと思うだろう。バートンの裁きぶりに注目が集まる。

一方のアルゼンチンーイングランド戦は、主審(イスマエル・アリエス)とアシスタントレフリー2名の計3人がアメリカ人という構成。巷の声としては、英語を話す主審だからイングランドに有利だというものと、FIFA とアメリカはメッシのアルゼンチンの優勝を望んでいるというものが相半ば。いずれにせよ、公正な裁きが望まれる。〔完〕

2026年7月11日土曜日

れいわ新選組 解党

 
会見する山本太郎

 報道により、山本太郎、大石あきこの幹部が離党表明し、れいわ新選組(以下「れいわ」)が実態上解党したことを知った。
 

「れいわ」の支持者は日和見主義


   筆者が「れいわ」の熱心の支持者だったはずの知人のA君に解党の経緯などについてたずねたところ、こんな回答が返ってきた。 
 
自分(A君)は、選挙の際の選択肢として、「最悪は避けたい」という消極的動機で立憲か「れいわ」の候補者のどちらかに投票してきた。自分は「熱心な」支持者〔後述〕でなかったし、内部の事情など知る由もない。「れいわ」の今後については、水道橋や木村を中心に結党時の理念「生きているだけで価値がある」に立脚して再出発するしかないのではないか。山本太郎には、ただ「お疲れ様」だけだ。
 
 この回答を受けて愕然とした。A君は国政選挙時、(彼曰く)いち大衆として、ボランティアと称してビラを配り、ポスターを貼り、選挙事務所に日参していた。そのことを誇らしげに筆者に語ってもいた。筆者が「れいわ」の政策に疑問を投げかけると、「山本太郎の演説会場にきて、山本太郎に直接質問してみたら」と言っていたくらいだ。    
 
 「れいわ」の不祥事が報道されるようになり、そしてついに解党に至るに及び、自分は熱心な支持者ではないと過去を否定する。ただ最後の〝山本太郎には、「お疲れ様」だけだ″のひと言に「れいわ」への隠された想いが凝縮しているように感じた。 
 

政策なき左派ポピュリズム政党 

  
 「れいわ」という党は、上から下まで腐っていた。筆者は直感的にそれを感じ、支持しなかった。彼らの唯一の「政策」は消費税廃止だった。ところが、高市自民党と維新そして野党までがそれを言い出したところで、「れいわ」の「政策」は政策でなくなった。山本が病気を理由に活動を停止して以降、大石が「正論」をヒステリックに発信し続けたようだが、そのような傾向は、党の政策を理論的に構築する能力がないことの裏返しだった。SNSにこんな投稿があった。 
 
参政党支持者も、れいわの支持者も、そして共産党の支持者も、生活者としての体感は共通なのです。 
その苦しさが、グローバル化した資本主義経済にあるという認識も、たぶん共有しているのです。 
ところが、れいわの人や参政党の人は、それが資本主義批判に向くことがないのです。 
資本主義批判を可能にするためには、資本主義を外部から捉える科学的社会思想が必要ですが、それは「共産主義」として西側社会の大衆から遠ざけられてきたからです。 
山本太郎がインチキなMMTみたいなのに引っ掛かったのも、端的に言えば、資本主義システムの理解が中途半端だったせいです。 
また、参政党の人は、社会システムの問題を「愛国心」とか「外国人差別」のような、感情や情緒で解決しようとしていますが、それが最悪の選択肢であることは歴史が物語るとおりです。

参政党の躍進と「れいわ」の崩壊 


  そのとおりだと思う。「れいわ」と参政党は同根異種以外のなにものでもない。ではなぜ2020年代になって、左右のポピュリズム政党がそれなりに支持を集め、やがて右が躍進し、左が消滅しようとしているのか。世情が右に振れているからという言説は結果の説明にすぎない。参政党にあって「れいわ」にないものは、政党のつくり方における技術力の差だと筆者は思っている。 
 
 拙宅の最寄りの駅から帰路の途中、参政党のオレンジ色のTシャツを着た運動員の姿をしばしばみかける。リーダーは中年男性、運動員の年齢は幅広い。彼らは熱心に演説、ビラ配り、幟を担いだ示威行進…に勤しむ。

 筆者はそのなかで、幟を担いだ高齢のご婦人の視線が印象に残っている。その目力は、1930年代の世相を映したモノクロームのニュース映像に出てくる隊列を組んで行進するドイツ・ナチ党の党員のそれと似ている。両者に共通するのは、「所属している」という充実感と自信のようなもの、すれちがう他者を見下すような優越感だ。「れいわ」支持者にそのような意識がないと断言できないが、おそらく参政党支持者に比べれば、その出力は低い。「れいわ」支持者は、先述したA君のような消極的支持者が多くを占めていると思うからだ。 
 

俳優山本太郎の演技力に賭けた「れいわ」の官僚 たち


  筆者は「れいわ」という政党の組織構造を以下のとおり推測してみた。頂点は政治屋(官僚)たちで、山本、大石らを表の政治家として活動させ、彼らを操作することで大衆の支持を集めようと謀った。官僚たちと山本・大石らの共通の狙いは政党交付金という濡れ手で粟の大金だ。そのために、山本という俳優出身の演技力に賭け、この企ては国政選挙を通じて実現・成功した。 
 
 政治家・山本太郎はいつしか演技者である役割を超え、自分が救済者だと信じ、「救国の士」と自覚するに及びそのように行動し始め、過激発言を多発した。貧困者のための炊き出し現場に日参し、全国の被災地で無償労働に励み、国会で過剰な政府批判を展開した。しかし、過重な自己犠牲は山本の心身を棄損し、精神を病んで自壊行為(69キロオーバーの149キロで走行のスピード違反)におよび、今回の離党・引退宣言でその任を自ら解いた。 
 
 山本の離党・引退会見はかなりひどかったようだ。山本の態度・発言を見聞きした「れいわ」支持者のひとりは、「山本・大石は左派ポピュリストの皮をかぶったネオリベだ、カネ、カネだけがすべてだ」とSNSに投稿した。 
 

「れいわ」の敗戦処理を監視せよ 


  山本・大石が離党して、党名変更したとしても「れいわ」という政党が消滅したわけではない。政治家がいなくなり、政治屋(官僚)が残ったということは、政党交付金の残金が党の金庫に残されていることを意味する。残党諸氏は、残金の明瞭な管理に努めてもらいたい。 
 
 それだけではない。複数の幹部党員が事件級の疑惑に包まれたままだ。 「れいわ」の闇が表面化すれば、司直の登場に相成る。「れいわ」が惨めで悪質な左派ポピュリズム政党だったとしても、そのような終わり方だけはしてほしくない。 〔完〕 
 

2026年6月2日火曜日

阿部読売巨人軍監督 現行犯逮捕


プロ野球・読売巨人軍の阿部慎之助(当時監督/以下、肩書敬称省略)が、5月25日、長女への暴行容疑で警視庁に現行犯逮捕された。 

読売球団の迅速な対応はなにを意味するのか 

報道によると、阿部は、25日午後6時ごろ、東京都内の自宅で、姉妹のけんかを止めようとしたときに、長女(18)から言い返されたことに腹を立て、襟元をつかみ、投げ飛ばして倒すなどの暴行を加えたという。長女にけがはなかったとも。 

事件を受けて、報道陣の取材に同席した代理人の名古屋聡介弁護士が「長女の手紙」を代読した。それによれば、長女が対話型AIのChatGPTに相談したところ、「児童相談所への匿名での相談」を助言され、実際に電話をした。電話を受けた児相の職員が警察に通報し、逮捕に至ったという。 

阿部は、26日未明に釈放されたものの、同日午前に辞任を申し入れ、受理された。前出の「長女の手紙」には、「警察が来て一番驚いているのは自分自身ですし、父が警察に連行された姿を見て、目前で私は泣き崩れてしまいました」とあるという。 

筆者は、この事件の全容が公表されていないにもかかわらず、きわめて短期間に収拾が図られたというところに疑問を抱いた。そこで、この事件の疑問点、注目された点などを以下に列挙してみた。 

  1. 被害者に加えられた暴行の程度がどれほどのものだったかが判明していないこと 
  2. 長女が ChatGPTに相談したこと 
  3. その回答が児童相談所(児相)に相談したらいい、というものだったこと 
  4. 通報を受けた児相が警察に通報したこと 
  5. 通報を受けた警察が阿部を現行犯逮捕したこと 
  6. 事件発覚後、読売巨人軍が阿部の辞表を即受理したこと 
  7. 阿部の辞任を受けたファンが阿部復帰の署名を募り、13万人超が復帰に賛同したこと 

1の暴行の程度だが、長女が「手紙」で殴る蹴るを否定しているようだが、前出の報道では、「襟元をつかみ、投げ飛ばして倒すなど」となっていて、「など」にどのような暴行が含まれるかが明らかにされていない。 

2~3の「ChatGPTに相談」とその回答については話題性はあるが、たいした問題ではない。長女が加害者である父親をただちに警察に突き出すことを躊躇したのは当然だ。長女は警察ではないどこかに相談したかったところ、 ChatGPTが児童相談所という、長女にとってきわめて望ましい回答を与えてくれたため、そこに通報したと理解できる。それよりも、父親の暴力を母親、姉妹が止められなかった理由が筆者にはわからない。推測だが、阿部家には父親の暴力を容認することが日常的だったのではないか。 

4の児相の〔対応=警察へ通報〕は問題するに当たらない。至極当然の対応だ。 

5の現行犯逮捕時の実態=真相はいまのところ(2026/06/02現在)不明だが、長女への加害の程度がきわめて軽微で、室内に破損物がなく、整然としたままならば、現行犯逮捕はまずない。室内に暴行の状況を計るに足る物的証拠が残されていたか、加害者が興奮状態もしくは酩酊状態(阿部は飲酒をしていたと報道されている)だった可能性はある。 

6の読売の対応だが、読売は報道されていない情報をつかんでいて、その事実が後日報道されることを恐れて、即刻、阿部を辞めさせたと考えられる。 

7の復帰署名は愚かな行動だ。本邦の一部のプロ野球ファンの愚劣さを象徴する。捜査が終わらない段階で加害者に同情してみせて、自己満足するとは。こういう軽佻浮薄な直情傾向がDVや家庭内暴力を助長する。 

家族 家庭 聖なるもの   

家族とは小さな共同体だ。夫婦という契約的関係や親子・兄弟といった血縁を媒介とした 関係が標準的だが、養子や連れ子といった血縁関係を持たない者どうしで形成されることもある。 

家庭とは家族が生活を営む場(空間)だ。社会を構成する微小な空間だが、家族にとっては隔絶した私的空間であり、閉鎖されている一方、それが癒しや安らぎの場ともなり得る。その一方で、家族と言えども感情的反発や利害関係の衝突に起因する親子のぶつかり合い、兄弟・夫婦間の諍いも起こり得る。 

家族帝国主義 

日本の明治期、家族の長は父親であり、その次に位置するのが長男とされた。男系支配の家族関係だ。父はときに子を暴力を用いて躾けた。母はそれを傍観した。また、夫はときに妻に暴力を加えた。だが、それら暴力は家族間のもしくは家庭内の問題として、社会的に容認された。 

家父長的支配の関係は、天皇制全体主義へと国家規模に拡大した。それは家族帝国主義という用語を生んだ。その内実は支配する側による民衆に対する一方的暴力支配だ。国家権力の実体機関である警察、軍隊、その代替者である在郷軍人、自警団が国家を批判する民衆を暴力をもって抑圧した。子が父親に服従するように、民衆は国家(天皇)に服従した。暴力を受忍する規律権力の内面化が構造化された。 

家族の関係である家父長制は、観念として、国家における天皇制全体主義に延伸した。また家庭という小規模共同体空間は国家という大規模共同体空間へと拡張した。関係性としては、民衆は天皇の赤子とされ、空間性としては、国家(の自然や人情)は万民の安らぎの場、癒しの場であると錯覚された。家庭=国家に侵入する敵は排除の対象となった。太平洋戦争前、日本帝国が国際連盟を脱退したのはその象徴だ。こうして一君万民の日本帝国は内に排外主義を、外に帝国主義を胚胎し、侵略戦争に向かった。これが前出の家族帝国主義だ。 

法を超越する家族と家庭 

阿部逮捕事件に戻ろう。若い女性が元プロスポーツ選手の中年男性に家庭内ではなく、街中のたとえば飲食店や公道等で暴行されたとしたらどうなるか。被害者もしくは通行人等の目撃者が110通報し、かけつけた警察官に加害者は現行犯逮捕される。あたりまえのことだ。それが有名人ならば、大きく報道される。芸能人の麻薬事件にあるように、当該芸能人は大々的に報道され、TVカメラの前で謝罪する。それが本邦の「当たり前の」光景となっている。当該芸能人が大麻を1キロ所持していたか、0.5グラム所持していたかは問題にならない。 

このことを阿部の暴行の程度に敷衍すれば、阿部が長女に殴る蹴るの暴行を加えたのか、投げ飛ばしたかという程度は問われない。まして、家庭内の問題だ、親子喧嘩にすぎない、だから加害者を見逃せ、という議論は成立しようがない。 

家族や家庭を聖化し、普遍的(法的)介入を退け、犯罪を見逃せという論理は通用しない。麻薬所持の芸能人が芸能界(という職場)を追放されるように、女性に暴行を加えた野球人が――それが実の娘であろうとも――野球界(における監督業)から追放されるのが本邦の「ルール」に従った道筋なのだ。 

法的刑罰と社会的制裁 

このような本邦の「ルール」がはたして基本的人権の侵害にあたるかどうかの議論はある。法的な処罰よりも社会的制裁のほうがはるかに上回っているのではないかという観点だ。法的な処罰は司法の領域だが、社会的制裁をくだす主体はマスメディアの領域となっている。テレビ報道はすべからく、テレビ事業に従事する者の恣意性に委ねられている。そこに従事する者は民間テレビならば、報道者の良心・思想性にではなく、視聴率という経営の価値観に従属する。それが社会的制裁の大いなる問題点だ。テレビ事業に従事する者による私刑ではないかと。 

その反対の事例もある。海外の刑事もののドラマでは、せっかく追い詰め逮捕に至った犯罪者が証拠不十分という上層部等の圧力により釈放されてしまうケースだ。釈放されるのは大金持ち、警察幹部、政治家といった支配層に属する者だ。悔しがる刑事は、懇意にしているジャーナリストに捜査資料を渡し、ジャーナリストは特ダネとして大々的に報じる。ジャーナリストは特ダネという報酬が、刑事には無念を晴らすという、両者にウイン・ウインの取引がうまれる、という筋書きだ。巨悪に対して刑罰ではなく、社会的制裁が加えられ、視聴者であるわれわれは、巨悪が「裁かれる」結末に胸をなでおろす。これはドラマの中の話であって実際におこるかどうかわからないが、重要なのは、本邦の「ルール」と同様、マスメディア重要な役割を負っていることだ。 

しかし。近年、より深刻な状況変化が起きている。ソーシャルメディアの発達により、マスメディア事業者から無数のユーザー(匿名個人)が制裁に加わったことだ。いまのところ、無数の匿名個人による恣意的な制裁を制限する手立てがない。〔完〕 

2026年5月19日火曜日

「第4回 話そう、ザ・バンド‼ 小倉エージ×池上晴之」

  今回のテーマは”1974年のザ・バンド”。ザ・バンドとボブ・ディランとの2度の共演([Planet Waves]および[Before the Flood])が取り上げられている。前者は同年1月17日のリリースで、ザ・バンドはディランのバックに専念している。後者は同年1月3日、シカゴからスタートしたディランとザ・バンドによる北米21都市・40回にわたるコンサートツアーである。


左:池上晴之氏 右:小倉エージ氏(2026/5/9 /Bar461/曙橋)

(一)[Planet Waves]

 筆者はボブ・ディランについてよく知らない。好きとか嫌いとかいうよりも、ついていけないと思い続けている。この対談終了後に行きつけのダイニングバーで偶然会った友人は、「オレは[Planet Waves]を聴いて、ディランが嫌いになった」と言ってはいたが。

「歌手」ボブディラン、「演奏者」ザ・バンド

 小倉氏が[Planet Waves]から選んだのは〈On a Night Like This〉〈Going ,Going,Gone〉〈Dirge〉〈Forever Young〉など計7曲。小倉氏は、このアルバムでディランは「歌手」になったという独特の評価をした。確かに前出の歌唱はそれまでの突き放すような歌い方から、情緒的で情感を前面に打ち出しているように思える。しかもディランが自身について書いた歌詞を小倉氏は私小説的だともいう。なかで 〈Dirge(哀歌)〉は、ポルトガルのファドを思わせる。メキシコ経由でイベリア半島の歌謡の影響を感じる。ディランが主演した映画『ビリィ・ザ・キッド』のロケでメキシコに長期滞在したからだろう、と小倉氏は説明した。

 一方のザ・バンドはどうなのか。小倉氏が挙げた前出の楽曲の中で印象に残ったのが 〈Going ,Going,Gone〉と前出の〈Dirge〉。ロビー・ロバートソンがハイフレットで奏でる緊迫感あふれるギターが素晴らしい。彼がギタリストとしてこれまでにない領域に踏み込み、それに同期してザ・バンドは「演奏者」となったのか。

〈The Third Man〉→ [Planet Waves]  →〈Theme from The Last Walz〉

 小倉氏は、 1973年にリリースされた [Moondog Matinee]に収録された 〈The Third Man〉を起点に [Planet Waves]を経て、1976年11月のザ・バンドの解散コンサートで発表された〈Theme from The Last Walz〉へと続く流れを指摘した。 [Moondog Matinee]は前回の当対談のテーマとなったザ・バンドのカヴァー・アルバム。全曲中「The Third Man」だけがインストルメンタルで、しかも、唯一アフリカ系アーチストではないウィーンのチター奏者、アントン・カラスの作のカヴァーだ。

 チターはオーストリアを中心にその周辺で演奏される弦楽器。強く張った弦をはじく音色が独特で、ヨハン・シュトラウス2世のウインナ・ワルツ『ウィーンの森の物語』の冒頭と末尾で演奏されるソロが有名である。ウィン・フィルとカラスが共演したアルバムもある。ザ・バンドがウィーンを舞台にしたスリラー映画のテーマ曲を [Moondog Matinee]に組み入れた理由は定かではないが、結果として、[Planet Waves]というボブ・ディランのバック演奏の中に生かされたことは確かだ。

 さて、チターの音色は、ハプスブルク帝国の栄光の都ウィーンの絢爛たる舞踏会をイメージさせる。巨大なシャンデリアの下で正装した男女が優雅にワルツを踊る場面である。このような世界観は、ザ・バンドの音楽性を象徴するアメリカーナとは対極にあるように思う。

スコセッシの『The Last Waltz 』は長大な切り取り動画

 ここで、 The Last Waltzにふれておく。マーチン・スコセッシ監督の映画『The Last Waltz 』をみるかぎり、ザ・バンドの解散コンサートがなぜ The Last Waltzなのか理解しにくいのだが、ザ・バンドはもとより会食・舞踏会・詩の朗読・コンサートという構成の大規模なイヴェントを企画し、実際そのととおり執り行った。だが、スコセッシ監督の映画では、ディナーや舞踏会等の場面はカットされ、音楽映画として編集され公開されたのである。

 実際の[The Last Waltz]と映画のそれとの違いについては、今回の対談のもう一人の主役・池上晴之氏の著書『ザ・バンド 来たるべきロック』を読んだ方には既知のことだろう。未読の方は参照されたい。



 端的にいえば、スコセッシ監督の映画『The Last Waltz 』は長大な切り取り動画である(正確にはそれにスタジオ撮影とオーバー・ダビングを施して再構成したもの)。しかし、音楽映画としては素晴らしい出来栄えだったため、人々の記憶に[The Last Waltz]というイヴェントは映画のとおりだと受け止められ記憶され、実際に行われたイヴェントの模様は振り返られることがなかった。

 筆者は 〈Theme from The Last Waltz〉(という楽曲)が象徴する実際のイヴェント としての"The Last Waltz"と、スコセッシがつくりあげた映画 『The Last Waltz』とは重なっていないように思っている。その淵源は、イヴェントの構成が、会食・舞踏会・詩の朗読の後に北米音楽界にみならず世界的に活躍した大御所、大物アーチストがゲスト出演し、彼ら・彼女らとザ・バンドが共演するという、不整合性にある。筆者のような日本の義務教育程度の音楽教育しか受けていない者には、ワルツとロックは対極にあるとしか思えない。にもかかわらず、映画を見た当時、それを不思議に思うことがなかった。これすべて、監督スコセッシの魔術である。

(二)[Before the Flood]


聴衆がライターを灯してディランとザ・バンドを迎えた様子のジャケ

Asylam Record P-5138~9Y

  [Before the Flood] はボブ・ディランがザ・バンドとともに1974年1月3日~2月14日に北米21都市40公演を行なった8年ぶりのコンサート・ツアーのタイトル。1974年6月、二枚組のアルバムとしてリリースされている。邦題は『偉大なる復活』。

 それから半世紀を経た2024年9月、発表ライヴ音源417曲 (16トラックテープから新たにミックスした133曲、現存するすべてのサウンドボード録音) を含む全431曲を収録した現存する全ライヴ音源を収録した CD27枚組ボックスセット『偉大なる復活: 1974年の記録 (The 1974 Live Recordings)』が 発売された。筆者はボックスセットを聴いていないが、小倉氏・池上氏によると、ザ・バンドのパフォーマンスに削除されているものがあるという。

「偉大なる復活」、だれが復活したのか

 「偉大なる復活 ボブ・ディラン/ザ・バンド=ライヴ!]のライナーノーツの冒頭に、小倉氏は次のように書いている。



1974年1月3日、シカゴ・スタジアムにおいて、ザ・バンドを従えたボブ・ディランの8年ぶりのコンサート・ツアーの幕は切って落とされた。〔中略〕7時を過ぎた頃には18000余りの座席を埋め尽くし、満員の観客は、ディランの登場を待ちわび続けていたのである。そして開演予定時間の8時を30分あまりすぎた頃、突然訪れた暗闇に人々は歓声の声をあげたのだった。まずリック・ダンコを先頭にしたザ・バンドの面々が登場。続く6人目のザ・バンドのメンバーとみまごうその人こそボブ・ディランであったのだ。そしてステージの右端に歩み寄ったディランは、取りあげたエビフォンを手にしてまもなく、何のカウントもなしに、いきなり「ヒーローズ・ブルース」を歌いはじめたのである。

 このツアーの開催が決まる前、ディランは活動休止状態にあった。ザ・バンドはロビー・ロバートソンのスランプとリチャード・マニュエルのアルコール依存症の休止期間から抜け出したばかりという難しい状況だった。両者は復活を目指すべき思いを共有していた。もちろん両者の支持者にとっても復活は望むところだったにちがいない。

 このツアーがザ・バンドにどのような影響を与えたかについて小倉氏は、前出のライナーノーツに《サウンドの変化に気づくはずである。とりわけ目立っているのは、シンセサイザー及びメロトロン〔註〕の起用》だと指摘している。 

〔註〕メロトロン(Mellotron)は、1960年代に開発された、アナログ再生式(磁気テープを媒体とする)のサンプル音声再生楽器である。 アメリカのハリー・チェンバリンが作成したチェンバリン(Chamberlin)を元に、イギリスのレスリー・フランク・ノーマンのブラッドレィ3兄弟が、設計と作成を行った。(Wikipedia)

リヴォン・ヘルムの回想

 小倉氏によると、ツアー中、ディランはいきなりセットリストを変更したり二番から歌いだしたりと、暴君ぶりをいくどとなく発揮したようだ。コンサートが落ち着くのに時間を要したとも、また、開催地ごとに出来栄えにむらがあったとも。とはいえ、ザ・バンドは暴君の気まぐれに耐えるに足る思いをしたようだ。リヴォン・ヘルムの回想録『Levon Helm and The Story of The Band(邦題「ザ・バンド 軌跡』)には次のようにある。

ボブとぼくたちは707ジェットの「スターシップ・ワン」で各都市を移動した。707ジェットの内部は改造され、バーや個室がそろっていて、空飛ぶラスヴェガスのようだった。(同書P227~228)

70年代ロックンロールの豊富な資金で、ぼくたちは6人の王侯のように旅をした。最高速のジェット、長いリムジン、ホテル最大のスイートルーム、大量の白い粉。(同P230)

 その一方、この長期のツアーはザ・バンドの全メンバーの心身を疲労困憊させた。

・・・ボブがマイクにむかって「15分でもどる」といい、ぼくたちは楽屋に倒れこんだ。大観衆を前にした演奏は、大量のエネルギーを必要とした。まるで力を絞りとられるスポンジのようにスカスカになった気がした。たばこに火をつけたとき、手がふるえたのをおぼえている。(同P229)

・・・こんな具合だった。少々の変更はあったが、つぎの6週間、大体これとおなじコンサートをした。自分たちがあきてしまわないよう、新しい方法を編みだしながら古い曲の演奏をしたが、いつも結局はかつて野次られたことのある曲にもどっていった。ボブ・ディランはあのころから大地に足をつけて立っていた。そして世界のほうが二転も三転もした。客はぼくたちとおなじような歳で――三十代――、演奏をよく聞いて礼儀正しかった。変な気分になったこともある。これはボブ・ディランとザ・バンドという劇で、客は何年も前に見すごしたものを見るために金をはらって劇を見にきているんだ。そんな気分になったのだ。ボブをふくめて、みんながそれを感じていた。それもしかたがなかった。ぼくたちにとって経済的な意味ではよいツアーだったが、必死の情熱を注ぐものではなかった。(同P229~230/太字は筆者による)

 [Before the Flood] の邦題は[偉大なる復活]だが、少なくともザ・バンドにとっては長期かつ大規模なコンサート・ツアーでバーンアウトし、復活という自覚とは異なる体験になったようだ。 なお、[Before the Flood]の(Album)および(Tour)については、Wikipediaが筆者にはとても参考になった。

 さて、ザ・バンドは数カ月の休養をとり、マリブにシャングリア(というスタジオ兼ライブハウス)を拠点として構えることになる。〔続く〕

2026年4月21日火曜日

サッカー日本代表はW杯で勝てるか


 サッカー日本代表(森安ジャパン)が称賛されている。親善試合のホームにおけるブラジル戦およびアウエーのイングランド戦に勝利したからだ。W杯を間近(本年6月15日)に控え、優勝も狙えるとの報道もある。確かに日本代表の実力は上がっている。欧州リーグでレギュラーをはる選手も複数出ている。2002年、W杯日韓大会に初出場した時とはまったく状況が異なっている。 

2006年の失敗

 親善試合の2試合で実力を計るのは難しい。若い代表ファンはご存じないだろうが、ジーコが日本代表を率いていた2006年ドイツW杯直前の親善試合(5/30/ドイツ・レーバークーゼン)において、日本はドイツと(2-2)引き分けた。日本の2得点はいずれも高原が上げたものだった。 

そのころドイツは日本が得点を奪うことすら不可能と思えるくらい強かった。しかもドイツは 開催国だ。親善試合とは言え、ドイツが手を抜くことはあり得ない。そんなドイツに日本代表はアウエーで引き分けたのだから、メディアは大騒ぎした。「さすがジーコ監督!」と、日本中がジーコ・ジャパンに期待を寄せた。 

ところが、本番(6月12日)のグループリーグ初戦、日本はオーストラリアに1-3で負け、第二戦はクロアチアと0-0で引き分けたものの、第三戦のブラジル戦を1-4で落とし、勝点1で予選敗退に終わった。前出のドイツとの親善試合で2得点を上げた高原に得点はなかった。 

本番までの調整が重要

結果論として言えるのは、ジーコ・ジャパンは本番の10月前にコンディションがピークとなり、次(6月4日)の格下のマルタ戦(1-0)から下降局面に入り、本番までに再上昇できなかった。 

森安ジャパンのW杯初戦(オランダ)は6月12日(米国・ダラス)で、その直前のカードは5月31日のアイスランド戦(東京)。この試合は壮行会の位置づけだろう。ということは、森安ジャパンは本番前に北中米で試合を組んでいないことになる。第二戦はチュニジア(メキシコ・モンテレイ)、第三戦のスウェーデンがダラス〔註〕だ。6月のダラスは日中は30度を超えるし、モンテレイも変わらない。東京のアイスランド戦からダラスのオランダ戦までの調整こそが重要となる。 

〔註〕拙稿執筆後、日本代表が試合をするダラスの会場がダラスAT&Tスタジアム( AT&T Stadium)であることが判明した。当該スタジアムは主にアメリカンフットボールの試合開催を目的とした開閉式屋根の多目的スタジアム。よって、第一試合中および第三試合中は酷暑の影響を受けない。オランダ戦、スウェーデン戦を空調が効くスタジアムで戦えることは好都合だが、もともとは人工芝のピッチのため、急遽、天然芝の敷設工事を行ったため、ピッチのコンディションは良くないと伝えられている。

日本代表の公式戦の成績

親善試合は練習試合なのである。昨年(2025)の森安ジャパンの公式戦の成績をみると 

  • 3月20日W杯アジア最終予選2-0でバーレーンに勝利(ホーム) 
  • 3月25日同最終予選 0ー0で サウジアラビアと引分(アウエー) 
  • 6月5日同最終予選 0ー1で オーストラリアに敗け(アウエー) 
  • 6月10日W杯アジア最終予選,6-0でインドネシアに勝利(ホーム) 
  • 7月8日東アジアE-1サッカー選手権 (EAFF E-1)6-1で香港に勝利(アウエー) 
  • 7月12日 EAFF E-1 2-0で 中国に勝利(アウエー) 
  • 7月15日 EAFF E-1で1-0で 韓国に勝利(アウエー) 

となり、公式戦は7戦5勝1敗1引分だが、 EAFF E-1の3勝利を除くと2勝1敗1引分で終わっている。2勝のうち明らかに実力不足のインドネシアからの勝利を除くと、1勝1敗1引分の五分の成績である。W杯アジア予選を早々に勝ち抜けたあとの3試合とは言え、このことは、公式戦が親善試合と異なる現実を示している。 

結論を言えば、W杯という真剣勝負の結果については、親善試合(練習試合)の結果の積み上げを参考に留め、本番までの調整具合を見ることが重要となる。調整にはフィジカル面にとどまらず、メンタル面も含まれることは言うまでもない。 

過信は禁物

ブラジル、イングランドといった強豪から奪った勝利を自信にするのはいいが、過信してはいけない。この勝利は練習試合なのだということを忘れてはならない。慢心こそが危険である。日本代表のW杯における最高位はベスト16どまりなのだから。自分たちはまだまだ挑戦者にすぎないのだという謙虚さを失ってはならない。〔完〕 


2026年4月6日月曜日

夜桜(不忍池)

 夜の桜と池






花が咲かない桜の木

 毎年、力強く美しく咲き誇っていた桜の木。

ことしは、いま現在、なぜか花が一輪も咲きません。これから咲くことはないでしょう。

寿命が尽きたのか、病気にかかったのか。残念です。






2026年3月27日金曜日

谷根千界隈枝垂れ桜

谷中・長明寺








西日暮里・本行寺









2026年3月20日金曜日

『ラストワルツ50周年記念 ウイリアム・ヘルムス写真展』

昨晩(2026/03/19)、『ラストワルツ50周年記念  ウイリアム・ヘルムス写真展』ウイリアム・ヘルムスX池上晴之トークショーに行って来た。(ビリケンギャラリー/東京・青山)

ウイリアムさんは、ザ・バンドの解散コンサート「ラストワルツ」をカメラにおさめた数少ない写真家の中のお一人。撮影の苦労話や会場の雰囲気など貴重なお話をいただいた。

さらに『ザ・バンド 来たるべきロック』の著者である池上晴之さんの詳細な解説が加わり、「ラストワルツ」を立体的に追体験するような感覚を覚えた1時間あまりだった。