2008年12月23日火曜日

『図説アーサー王百科』

●クリストファー・スナイダー〔著〕 ●原書房 ●2800円(+税)


アーサー王の物語については、日本人にとってわかりにくい。アーサー王の物語といっても、アーサーいう人物を主役にした一貫性のあるストーリーの展開があるわけではない。アーサー王が主役であることもある。また、ランスロット、マーリンといった、アーサー王とつながりのある者が独自の物語を展開させる場合もあるし、アーサーと関連して登場する場合もある。また、トリスタンとイズーの物語のように、まったく別世界で物語が展開する場合もある。

日本において、これに近いものといえば、『平家物語』が思い浮かぶ。2つの物語の類似点の第1は、先述したように形式にある。『平家物語』はいろいろな物語の集合体であって、それぞれが独立した展開をみせている。アーサー王の物語も同様に、いくつかの話の集合体である。

第2は、共に、宗教的世界観に規定されている点である。『平気物語』は仏教的世界観――諸行無常、因果応報等に基づいているし、アーサー王はケルトの原始宗教、後世のキリスト教の教えを取り込んでいる。

第3は、後世への影響という点。どちらも、後世の作家たちが物語を原型にして、それに新たな創造を加え、解釈と改変により、新しい物語を紡ぎだしている。もちろん、その影響は文学者ばかりではなく、大衆レベルに行き渡り、サブカルチャーの主役としても、生き続けている。

一方、そのスケールは比較にならない。『平家物語』はたかだか日本(語)に限られた範囲で普及したものにすぎないが、アーサー王の物語は、今日の英国(イングランド、ウェールズ、スコットランド)、アイルランド、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、東欧といったヨーロッパ全域から、さらに、オリエントにまで広がりをみせている。物語がもっているパワーにおいても、アーサー王のそれは群を抜いている。

アーサー王の物語の原型の成立は5~6世紀だと推定されているが、そのころのヨーロッパは、ゲルマン民族の大移動期に重なっている。ローマが支配したブリテン島は、ローマ帝国の衰退と共にゲルマン民族の侵入を受けるようになる。アーサー王とは、そのころ、ゲルマン系のアングロ・サクソン族等の侵略に抗した、ケルト系先住民(ブリトン人)の王の一人をモデルにしているという説がある。その王と臣下の武勲を讃えたものである。

ところが、アングロ・サクソン族がブリタニアを征服した後、アーサー王の物語は、ブリトン人の敵=侵入者であり、新たな支配者であるアングロ・サクソン族に受け入れられる。この点は、スケールこそ違うものの、敗者・平家の物語が、勝者・源氏の世の中で敷衍する現象に近い。 ゲルマン系の各民族の移動と連動して、アーサー王の物語は、ヨーロッパ各地に広まっていく。そして、成立期にはブリトン人の異教(ケルトの宗教)的要素が盛り込まれたアーサー王の物語の中に、キリスト教的要素が混入する。

キリスト教が物語の中に混入するプロセスは、注意を要するところなので、順を追って書いておこう。 まず、古代ブリタニアの先住者はケルト系のブリトン人で、ケルトの古代宗教を信仰していた。ところが、BC43年以降、ローマ帝国の支配が始まる。以来400年にわたり、ブリタニアはローマの属州の1つであり続けた。その間、伝説では紀元1世紀、アリマタヤのヨセフにより、キリスト教がこの地に布教されたといわれている。しかし、ブリトン人はキリスト教徒に改宗したものの、ケルト的異教の要素も色濃く残した。アーサー王の物語に中にキリスト教と異教的要素が混在しているのはそのためである。

紀元400年を境に、ゲルマン系諸族の侵入が激しくなる。侵略者としてやってきたゲルマン系アングロ・サクソン族は、異教徒であった。ブリトン人はだから、キリスト教徒として、異教徒であるアングロ・サクソン族と戦った。つまり、アーサーは、キリスト教徒の王として異教徒と戦った英雄という側面をもっていた。 ブリトン人とアングロ・サクソン族の戦いは、後者の勝利にて終結する。この間の紀元400~600年を本書では「アーサー王の時代」と読んでいる。一般には、英国史における暗黒時代と呼ばれる、混乱と破壊の時代であった。

ブリタニアの支配者となったアングロ・サクソン族は、当地においてキリスト教に改宗した。そして、キリスト教徒の王であるアーサーを自分たちの王として受け入れようと努めた。アングロ・サクソン族のブリタニアにおける正当性は、キリスト教とアーサー王(という伝説の英雄)により担保された。 アングロ・サクソン族に限らず、ヨーロッパ各地に侵入したゲルマン系民族は、カトリックに改宗した。そして彼らの影響によって、各地にちらばったアーサー王の物語の中にキリスト教の物語が加えられ、アーサー王の物語は変容・発展する。さらに、中世に入ると、ヨーロッパに成立した騎士道のエートスが加えられ、アーサー王の物語が整備・完成にされていく。

さて、本書を読むことにより、英国(イギリス)という概念の曖昧さが一枚一枚はがされ、素のブリタニアの顔が現れると同時に、アーサー王の物語の誕生から今日までの成長の姿が、確認できる。「アーサー王」こそが、西欧の姿そのものではないか。原始ヨーロッパ→ケルト→ローマ→ゲルマン、また、異教→キリスト教→近代思想という、それぞれの要素から構成された今日のヨーロッパを遡る道は、アーサー王の物語の成立から今日に至る文学的継承を遡る道に並行している。

本書は、アーサー王の物語の解説書として、わかりやすさにおいて、出色の書である。アーサー王に興味を覚えた者ならば、まず一番に読むことをおすすめする。 (2008/12/23)