ショック・ドクトリンという言葉がある。カナダのジャーナリスト、作家、活動家であるナオミ・クラインが提唱した概念だ。「惨事便乗型資本主義」と同義だ。大雑把に言えば、戦争、津波やハリケーンのような自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとが茫然自失から覚める前に、およそ不可能と思われた過激な市場主義経済改革を強行することを言う。アメリカとグローバル企業が用いる「ショック療法」だ。
このたびの2020年東京オリンピック開催決定の後、安倍政権及びマスメディアが継続して敢行している大衆コントロールは、「惨事便乗型」ならぬ「慶事便乗型」と呼んで間違いなかろう。目的はもちろん、「フクシマ隠し」「被災地隠し」だ。
まず驚いたのが、8日のIOC総会プレゼンテーションにおける安倍総理の福島第一原発の汚染水問題に関する発言。安倍は、「状況はコントロールされていると私が保証します。汚染水の影響は原発の港湾内の 0.3平方キロメートルの範囲内で『完全に』ブロックされています」と笑顔で語った。さらに、安倍は、「健康問題については、今までも現在も将来も全く問題ない」と強調した。
嘘はいけない、と、親は子供に教えるのが一般的だ。一国の首相が、世界が注目する国際的団体の総会において、大嘘をついた。安倍がブロックしていると言及した「0.3平方キロメートル」とは、防波堤の内側の部分。しかし、この港湾内の海には現在も地下水を通じて汚染水が漏れ続けていて、外の海への流出を完全に防ぐことはできていない。また、港湾の外側の海にもタンクから漏れ出した高濃度の汚染水の一部が流出したとみられる。汚染水については、国も東電も完全にはコントロールできていない。汚染水ばかりではない。そもそも、日本政府も当事者である東京電力も、地震と津波で破壊された福島第一原発をコントロールできていない。
そればかりではない。日本のマスコミは、オリンピック東京開催決定を境に、汚染水問題を報道しなくなった。逆に彼らは、安倍のIOC総会発言~オリンピック開催決定の喧騒的報道で日本国中を「盛り上げ」、2020年に向けて日本がバラ色の未来を切り開くかのような情報を垂れ流し続けている。安倍政権は、オリンピック東京開催決定を契機にして、日本のマスメディアを駆使して、「フクシマ」が収束したかのような幻想を日本国民に植え付けることに成功しつつある。
オリンピック開催決定にいちゃもんをつける言論人はマスメディアから排除され、実質的発言権を失っている。前回の当コラムにて書いたように、オリンピックの最大の受益者の一人が、広告料収入等の増大で潤うマスメディア業界。そのため、マスメディアは、安倍のメディアコントロールに自ら加担し、オリンピック東京開催の名の下に「フクシマ隠し」「被災地隠し」に奔走している。
東京を中心としたインフラ整備や競技場、選手村の建設がオリンピック開催までの7年間で完成することができるのならば、なぜ、被災地は被災後2年半が経過した今なお復興の目途が立たないのか。ガレキの処理に時間がかかったなどというのは方便。
大資本の利益追及を代行する役所にとっては、被災地よりも「東京」への投資の方が確実かつ短期間で回収が見込めるばかりか、リターンが大きいからだ。さらに中央の役人にとっては、被災地に関わってしんどい思いをするよりも、東京オリンピック開催にかかわる方が楽で得になることが多いからだ。 マスメディアにとっては、被災地報道よりも東京オリンピックにまつわる番組や特集のほうが広告料収入に結びつきやすいからだ。大資本を後ろ盾にした安倍政権にとっては、被災地復興に地道に取り組むよりも、東京オリンピックでリーダーシップを見せたほうが支持率を得やすいからだ。
こうして、「フクシマ」「被災地」はマスメディアの「無視する力」によって、人々の記憶から消去されつつある。安倍のIOC総会プレゼンテーションの発言が、オリンピック東京開催決定によって、実質的な「原発収束宣言」となりつつある。
この先、アベノミックスは「慶事便乗型資本主義」と合体して、大衆の暮らしを破壊すべく猛威を振るうことになるだろう。