2015年9月2日水曜日

当事者、武藤、永井、佐野は速やかに盗作を認めベルギー側に謝罪を

東京五輪大会組織委員会(会長・森喜朗元首相)は1日、五輪公式エンブレムの使用を中止し、今後新たなデザインを公募して制定し直すと発表した。エンブレムは7月24日に発表されたが、デザインがベルギーの劇場のロゴと似ているなどとして訴訟が起こされているほか、作者が手がけたこれまでの仕事に「引き写し」「模倣」があるとの指摘が相次ぎ、組織委は「このままでは国民の理解が得られない」(武藤敏郎事務総長)と判断したという。

武藤事務総長は、「一般(素人のおろかな)国民が騒ぐから使用中止」と説明

組織委員会の会見をTV中継で見ていて驚いた。組織委員会の武藤敏郎事務総長は、▽佐野に盗作はなかった、▽デザインのプロの世界では、佐野の作品は盗作ではなくじゅうぶん容認される、ただし、▽一般国民の支持が得られない(バカな国民が大騒ぎする)から、▽佐野の要請を受けて使用を中止した――といい抜けたのだ。

会見に集まったマスメディア業界の住人達は、武藤の傲慢な説明に怒らず、はいそうですかと聞き流した。武藤も武藤だが、メディアもメディアである。五輪で潤うマスメディア業界、彼らには組織委員会を本気で批判することはできない。考えてみれば、このたびの盗作追及はマスメディアではなく、ネットユーザーの手によるものだった。もはや、この日本国においては、正義はネットにしか存在し得ない。

佐野の盗作は、数々の状況証拠から明らか

盗作問題の経緯は省略する。はっきりしているのは、使用中止を加速させたのが、公式エンブレム審査委員代表・永井一正による審査過程の公表からだったこと。それによると、コンペの審査結果では、佐野の原案が一席に入ったものの商標権登録調査の結果、類似のものがあるため登録できなかったらしい。そこで、審査委員会(=組織委員会事務局)が原案に修正を加え、修正された作品を一席にしたらしい。

ところが、原案を公表したとたん、これまた、2013年に東京で開かれた『ヤン・チョヒルト展』のポスターに似ている、との指摘があった。加えて、佐野が作成したエンブレムの展開例のパネルが明らかに盗作であることが発覚した。つまるところ、五輪エンブレムに係る佐野のデザインのどこにも、オリジナル性が認められないというわけだ。

武藤はデザイン業界の伏魔殿(審査委員会)にエンブレム審査を丸投げ

組織委員会事務総長の武藤は役所という特殊な環境で純粋培養された人間。だから、デザイン業界のことはわからない。そこで、エンブレムの決定については、五輪公式エンブレム審査委員会に丸投げしたようだ。しかし武藤が丸投げした先は、デザイン界の伏魔殿のような閉鎖的利権集団。そこで「佐野でいきましょう」という合意がなされ、今回の盗作問題の発端をなした。

審査委員会はデザイン業界の伏魔殿


永井の詭弁「コンセプト論」を丸呑みした武藤

審査委員代表の永井一正は、佐野の盗作疑惑を一貫して否定し、佐野を擁護してきた。永井の佐野擁護のロジックは、「コンセプトが違えば、表現が似ていても容認される」というもの。実は、1日の会見でも武藤はたびたび、この永井の詭弁論理を繰り返し引用していた。永井の詭弁論理を組織委員会事務局、すなわち、事務総長である武藤が信じ込んでしまったことが、今回の混乱の発端である。永井は、デザインの世界では無意識に同じようなデザインが出てくることがあり、それを否定してしまえば人材は育たないという意味で、この論理を振り回している。

武藤もそれを信じ込んだのだが、無意識による一致が許されるのはデザイン学校等のデザイン学習の場まで。デザインを学ぶ学生が無意識で起こした作品が、先人の有名な作品と類似した結果になったとしよう。デザイン科の教授等、デザインを教える側は、その結果において学生を責めることはない。むしろ誉めることもある。ただし、その作品は学生の作品として永久にとどめられ、コンクールやコンペに出展することは憚れる。

このことは何度も書くが、デザインを含めた表現行為においては、オリジナルこそが保護される。偶然、似てしまった作品は、先人の作品の存在を認めた時点で反故にされる。あたりまえではないか。

表現の世界において、先人の作品をリスペクトするという原則が貫かれれば、著作権は何の問題もなく保護される。一方の商標権には商標登録という制度があり、登録された作品は万人に開示されるから、著作権よりはわかりやすい。著作権には登録制度がない。だから佐野のように、先人の作品をコピペする輩が跋扈する。悪意ある作品の類似である。これを盗作と言う。武藤をトップとする東京五輪組織委員会事務局は、商標権さえクリアすれば問題は起こらないと早合点したのではないか。

このたびの五輪公式エンブレム作品は、デザイン科の学生の作品とは全く異なる世界に属している。公式エンブレムを使用するには、スポンサーが組織委員会に尋常でない金銭を納める。自分の作品を盗まれた側にとって、盗作を媒介にして数億円が取引される現実は容認し難い。

今回のトラブルは、プロフェッショナルな世界に、アマチュアの世界でしか通用しない永井の詭弁論理を適合させようとした、組織委員会事務局(=武藤事務総長)に責任がある。

佐野の恨み辛みは自業自得

佐野は今回の件で書面によるコメントを提出し、会見には現れなかった。「STAP細胞」問題の小保方も「STAP細胞はありまーす」と絶叫した会見を一度開いたきり、雲隠れした。佐野も小保方も、逃亡を旨とする点で同類のようだ。

さて、佐野の置かれた状況は、テレビの刑事番組によくある、状況証拠は揃っているが容疑者本人は犯行を否認しています――といったところか。前出のベルギーのデザイナーが、エンブレムデザインの使用中止が決まっても、提訴は取下げないと発言しているようなので、盗作か否かはベルギーの法廷で決着することになる。たいへん結構なことだ。ベルギーで有罪ならば、その証拠は日本でもアメリカでも、世界中どこでも認定されるらしいので、佐野の盗作疑惑はそこで決着がつく。

悲しいのは佐野のコメントである。そこには、マスメディア、ネットへの恨み辛みであふれていたが、係る事態は、そもそも疑惑発覚後、会見を開かず雲隠れした佐野自らが引き起こしたもの。佐野に適正な広報(代理人)がついていたならば避けられた。

尋常でないのが、佐野の自分が被害者であることを強調する文面。佐野がメディアやネットの追及を受けるのは、論理的な説明がなされないことに人々が苛立っているから。「盗作は絶対にしていない」といいながら、次々と佐野の盗作作品が明るみに出る。そのことを佐野はメディアやネットの問題だという。追及を終わらせるのは、追求から逃れ背を向けるのではなく、追及に真正面から対峙し、まじめに答えることだった。

武藤、永井、佐野の三者は速やかに盗作を認めベルギー側に謝罪を

佐野の盗作が法廷で認められるのは、佐野がベルギーのデザインを認知していたうえで、それを盗用した具体的証拠が示されることだという。たとえば、ベルギーサイドが、ベルギーの劇場のロゴが描かれた佐野のデザインブック等を証拠として提出することなどが考えられる。しかし、佐野が盗作を否定している現状では、事実上不可能だ。佐野の盗作の立証はできないのだから、ベルギーサイドは敗訴する――だれが考えても勝てない裁判をなぜ、ベルギー側は起こすのか――となろう。

ところがどっこい、である、佐野がたびたびにわたって盗作を繰り返していた事実があり、そのうえで佐野が劇場のデザインを知る立場にあったことが立証されれば、裁判所が佐野を「クロと判断する」可能性があるという。この2つは簡単に立証できる。前者については、有り余るほどの事例がある。後者については、佐野が、画像SNSであるピンタレスト等のネット画像をしばしば検索していたことは知られている。つまり、佐野には、ベルギーの裁判所でデザイン盗用の判決が下りる可能性が十二分にあるということだ。換言すれば、ベルギー側にとっては、勝つ見込みのない裁判ではなく、勝てる可能性が十二分にある裁判闘争というわけだ。

日本の五輪組織委員会は責任問題をうやむやにしようと図っているが、世界を舞台にすると日本的幕引きは通用しないのかもしれない。

筆者は、裁判の結果が判明する前に、武藤敏郎事務総長、永井一正五輪公式エンブレム審査委員代表、そして佐野研一郎の三者が、盗作を認めベルギー側に謝罪することが望ましいと考える。