2024年9月13日金曜日

『新東京アウトサイダーズ』

  ●ロバート・ホワイティング〔著〕 ●角川新書 ●1900円(税別)

 敗戦直後の混乱した日本の首都・東京。そこには占領軍諜報部員や一攫千金を狙った外国人、日本人ヤクザ等が暗躍した。いまでは想像もつかない闇世界があった。彼らの暗躍ぶりは表の報道からはうかがい知れないものばかりであり、日本の正式な現代史に記されることもない。著者(ロバート・ホワイティング)はそれを掘り起こし洗い出し、これまで『東京アンダーワールド』『東京アウトサイダーズ 東京アンダーワールドⅡ』に描きだした。本書はその第三作ということになる。


アウトサイダーズの5類型

 これら本題は、〈アンダーワールド〉〈アウトサイダーズ〉という語で括られているが、登場する人物像は一様ではなく、いくつかの類型に分けられる。
 その第一は、敗戦直後、混乱する東京にやってきたガイジンたちだ。彼らはナイーブ(うぶ)な日本人を標的にして詐欺を働いた。いうまでもなく、犯罪者である。第二は、やはり混乱期の東京で勢力を拡大した、黎明期の日本の暴力団だ。第三は、GHQの下、敗戦国日本の針路を定めるべく諜報活動を担ったアメリカの諸機関のスタッフと日本人協力者である。第四は、日本社会から排除されたガイジンだ。第五は、日本の旧植民地から日本に移住もしくは強制連行された者およびそれをルーツとする人々である。

戦後日本を裏で創り出したアウトサイダーズ

 戦勝国アメリカは敗戦国日本を占領し、GHQを設置して日本の民主化を押し進めた。ところが、東アジアにおける共産勢力の台頭により、冷戦激化を予測したアメリカは日本を反共の砦にしようと画策した。この路線変更は1947年ころから顕在化する、いわゆる〝逆コース″と呼ばれる対日政策の変更をいう。
 GHQ は手始めに極東裁判で投獄した日本人戦争犯罪者を釈放し、政治・行政・司法の各分野に復帰させた。また、諜報部門(のちのCIA)を通じて戦争犯罪人として投獄していた政治家等に資金を提供し、反共親米政党を結成・育成した。育成された反共親米政党が今日の自由民主党である。その一方、GHQは台頭してきた社会主義者、共産主義者、労働運動指導者等の活動をときにソフトにときに暴力的に制限した。日本の左派の抑圧を非合法で成し遂げるため、戦前、日本の植民地であった中国北東部、朝鮮、台湾等で麻薬の売買や現地人民を暴力的に搾取して富を築いた軍人・国粋主義者(日本人フィクサー)、暴力団等を利用した。つまり、この分野に登場するアウトサイダーは、アメリカ人と日本人であり、前者はアメリカの国益(反共)のために、後者は自らの政権復帰並びに権力維持のために、お互いを利用したのである。今日の日本国の原型ともいうべき国家形態がこのとき、彼等の手によってデザインされ、つくりだされたのである。

排除されたガイジン

 排除されたガイジン(アウトサイダーズ)の筆頭は日本プロ野球界に招かれた外国人監督、選手、そして読売ジャイアンツの王貞治も含まれる。また、経済界では、日本企業に招かれた外国人社長(CEO)であり、なかでもっとも有名なのが日産自動車の立て直しに成功したカルロス・ゴーンである。著者はゴーンの日産からの追放、逮捕、起訴について疑問を呈しつつ、また日本の警察の人質捜査手法、司法の人権侵害を批判しつつ、日本(人)⇔ガイジンの対立構造を設定する。著者によると、この分野のガイジンは、日本人の島国根性、ガイジン嫌い、日本特殊論といった日本社会のクリシエの犠牲者であり、日本(人・社会)は外国(人・社会)とは違うんだといった「論法」により、不当に排除されたと結論づける。そればかりではない。著者は、こうした排除の構造が、日本の後進性、封建遺制であり、日本の国際化を阻んでいるという。
 

日本だけが特殊というわけではない

  ロバート・ホワイティングの「アウトサイダーもの」はおもしろい。日本(人・社会)をぶったぎる書きぶりは痛快でさえある。敗戦直後から今日までの日本が合法的かつ理性的に歩んだとはいえない。学校では教わらない闇もしくは裏の戦後史があり、著者から得た貴重な情報も盛りだくさんある。筆者も日本人の一人として、反省を迫られる箇所もある。確かに日本の後進性や封建遺制を払拭できないところは認めよう。差別や排除もなくならないどころか、ますます、強度を増している。
 しかし筆者は、ガイジンを排除するのが日本(人・社会)の特殊性だとは思わない。筆者は外国で生活をしたことはないが、留学経験者やいま現在外国で暮らしている日本人の多くが、現地で排除・差別を経験している。アジア人だから、日本人だからという理由で、職業の選択の幅がせばまったことを実感したという者が少なくない。 

地球規模で進行しているガイジン差別・排除

  そればかりではない。現にいま、ヨーロッパではアラブ系・アフリカ系移民に対する差別・排除・暴力が一般化している。彼ら・彼女らの排除を目指す右派政党が台頭している。
 ロバート・ホワイティングの母国・アメリカの大統領候補であり大統領経験者が、TV討論会で、オハイオ州スプリングフィールドのハイチから移民が近隣住民のペットを食べていると発言した。ハイチ系移民はまちがいなく、アメリカ社会のアウトサイダーだ。ハイチ系アメリカ人社会の指導者らは、これによってハイチ系の人びとの生命が脅かされ、地元地域の緊張をさらに高めかねないと警告した。つまり、大統領経験者が移民というアウトサイダーをフェイクニュースで誹謗中傷し、彼らを危険にさらしているのがアメリカ(人・社会)なのである。対立候補がハイチ人をルーツにもっているから、こうした悪罵で対立候補を貶めるつもりなのだろうが、そのような発言を許容しているのが21世紀のアメリカ(人・社会)なのである。
 パレスチナで虐殺を続けるイスラエル軍人がハマス(パレスチナ人)を動物だといった。動物だからいくら殺してもかまわないという論法である。そのイスラエルを支援するのがロバート・ホワイティングの母国アメリカ合衆国である。

差別・排除の根源にあるもの

 差別・排除・暴力・犯罪・アンダーグラウンド(闇)社会の存在といった社会問題の根源には、帝国主義、戦争、植民地、人種差別といった負の共通根がある。そしてそれらを正当化する西欧絶対主義があり、オリエント・アフリカに対する差別主義がある。前者が地球規模のヘゲモニーを奪取したところで普遍的であるかのように仮象している。
 ロバート・ホワイティングはそれを日本の戦後社会に特定して、そこで起こったこと、起こっていることを詳細に情報化しているのだが、ロバート・ホワイティングの「日本論」はゴシップ(世間ばなし。よもやま話)の域を超えない。本書および著者の限界がそこである。〔完〕