さて、このような不幸な事件を契機としてあれこれ物申すのは心苦しい限りだが、やりきれない思いを抑えがたく、敢えて筆をとった次第である。なぜならば、この事件の背景となっている風景は、筆者がこれまで認識していた当たり前のそれと著しく乖離しているからであり、明らかに筆者がこれまで見ていた情景、当たり前に感じていた世界(社会)が変容をきたしていると感じたからにほかならない。
殺人容疑少年(18歳)が保護観察対象者だという驚き
第一に、殺人容疑少年が保護観察中であったということ――この少年が保護観察となった理由は、以前、鉄パイプで通行人を殴って脳挫傷を負わせたことだという。その少年が再犯として今回の殺人事件を起こしたことになる。
一体全体“保護観察”とは何なのか。筆者の想像だが、殺人容疑少年の担当となった保護司は定例の面接をルティーンでこなし、書類をつくっていただけなのではないか。なぜそう想像するのかというと、この少年は恒常的に飲酒・喫煙をしていたというし、殺人の前にU君に暴行を働き、それを知ったU君の友人数人が殺人容疑者少年の自宅にまで押しかけるという騒ぎを起こしていたからである。そのときは殺人容疑少年の家族が警察に通報し、U君の友人たちを追い返したという。
殺人容疑少年は厚生保護法に規定する「一般遵守事項」「特別遵守事項」に違反していた
これらのことから、殺人容疑少年が厚生保護法に規定された「一般遵守事項」「特別遵守事項」に反していたことは明らかである。更生保護法における保護観察対象者が遵守するべき一般遵守事項と特別遵守事項は以下のとおり。
〔一般遵守事項〕
更生保護法50条では一般遵守事項について次のように規定している。
1.再び犯罪をすることがないよう、又は非行をなくすよう健全な生活態度を保持すること。
2.次に掲げる事項を守り、保護観察官及び保護司による指導監督を誠実に受けること。
イ.保護観察官又は保護司の呼出し又は訪問を受けたときは、これに応じ、面接を受けること。
ロ.保護観察官又は保護司から、労働又は通学の状況、収入又は支出の状況、家庭環境、交友関係その他の生活の実態を示す事実であって指導監督を行うため把握すべきものを明らかにするよう求められたときは、これに応じ、その事実を申告し、又はこれに関する資料を提示すること。
3.保護観察に付されたときは、速やかに、住居を定め、その地を管轄する保護観察所の長にその届出をすること。
4.前号の届出に係る住居に居住すること。
5.転居又は7日以上の旅行をするときは、あらかじめ、保護観察所の長の許可を受けること。
3.保護観察に付されたときは、速やかに、住居を定め、その地を管轄する保護観察所の長にその届出をすること。
4.前号の届出に係る住居に居住すること。
5.転居又は7日以上の旅行をするときは、あらかじめ、保護観察所の長の許可を受けること。
〔特別遵守事項〕
更生保護法51条では次の特別遵守事項について、保護観察対象者の改善更生のために特に必要と認められる範囲内において具体的に定めるものと規定している。同法52条と53条では特別遵守事項の変更や取り消しが規定されている。
1.犯罪性のある者との交際、いかがわしい場所への出入り、遊興による浪費、過度の飲酒その他の犯罪又は非行に結び付くおそれのある特定の行動をしてはならないこと。
2.労働に従事すること、通学することその他の再び犯罪をすることがなく又は非行のない健全な生活態度を保持するために必要と認められる特定の行動を実行し、又は継続すること。
3.7日未満の旅行、離職、身分関係の異動その他の指導監督を行うため事前に把握しておくことが特に重要と認められる生活上又は身分上の特定の事項について、緊急の場合を除き、あらかじめ、保護観察官又は保護司に申告すること。
4.医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識に基づく特定の犯罪的傾向を改善するための体系化された手順による処遇として法務大臣が定めるものを受けること。
5.法務大臣が指定する施設、保護観察対象者を監護すべき者の居宅その他の改善更生のために適当と認められる特定の場所であって、宿泊の用に供されるものに一定の期間宿泊して指導監督を受けること。
6.その他指導監督を行うため特に必要な事項。
川崎の保護司が保護観察中であった殺人容疑少年が上記の「一般遵守事項」及び「特別遵守事項」を守っていないことを知らなかったはずがない。万一、知らなかったとすれば、保護司の資格はない。知りながら殺人容疑少年を放置していたとするならば、保護司もU君殺害の片棒をかついだことになる。
殺人容疑少年の父親に感ずる違和感
第二は、殺人容疑少年の家族(とりわけ父親)に対し感じる違和感である。前出のとおり、殺人容疑少年は犯行当時、保護観察中であった。ならば、親として保護司以上に、自分の子供の更生に力を尽くすべきである。ところが、この父親は殺人容疑少年の飲酒・喫煙を放任していた。前出のとおり、U君の友人グループとのトラブルを知りながら、親として子のトラブルの原因を糺し、子供を諭したような形跡が認められない。その一方、事件のあった直後、「自分の子供は事件とは無関係」という声明を出したばかりか、証拠隠滅、アリバイ工作をした容疑をもたれている。
そればかりではない。事件後、ただちに弁護士を代理人としてたてたうえで、自分の子供が犯した殺人という大罪にたいして被害者に謝罪をするような言葉を投げかけていない。報道陣の前にも姿を現さない。殺人容疑少年の出頭も弁護士同伴だった。マスメディアに流すコメントは明らかに弁護士の代筆で謝罪の心は滲んでいない。
殺人容疑少年の父親の姿勢は、「STAP細胞」問題で小保方晴子がとった戦法と同じである。おそらく、殺人容疑少年の父親はTV報道で知った小保方弁護団の戦法を真似たのだと思われる。そこには罪を悔いる姿勢はなく、ただただ犯した罪を軽くしようと図る卑しさが見て取れる。殺人容疑少年の父親の姿勢は、アメリカ映画によくあるように、逮捕されたギャングやマフィアが「弁護士を呼んでくれ」とうそぶく姿と重複する。
“疑わしきは被告人の利益に”という言説を誤解してはいけない。この言説は、“証拠なしに、予断や状況だけで人を裁くことはNG”という意味であって、“犯罪者が犯罪被害者に対して謝罪の心を持たなくていい”ということではない。犯罪者は悔い改めることが第一であって、反省なく、自分の罪をできるだけ軽くしようと工作し、自分が起こした犯罪の詳細を語らないことは、罪に罪を重ねる卑劣な行為にほかならない。
報道によると、殺人容疑少年について近所の60代の主婦は「(彼は)小学生の頃、父親に折檻(せっかん)されて自宅から裸で飛び出してきたことがあった」と証言し、今回の事件について「自分が虐待されてきたから罪の意識がなかったんじゃないか」と話していたという。殺人容疑で自分の子供が逮捕されてすぐ弁護士をつける以前に、親として、子供にまともな躾や教育をすべきだったのではないか。
殺人容疑少年のグループ全員が「ハーフ」であるということ
第三は、犯人グループの少年が全員「ハーフ」であるということの驚きである。筆者は小中高と12年間東京・下町で過ごしたが、学校に「ハーフ」はいなかった。筆者が「ハーフ」に初めて出会ったのは大学時代。その彼は正確にはドイツ人とのクゥオーターで、後年有名な雑誌編集者となって今日に至っている。時代は「半世紀」近く前のことだから時代は変わったのだといわれればそれまでだが・・・
このことはもちろん、「ハーフ」は犯罪者予備軍だと言いたいわけではない。容疑者の少年が「ハーフ」というアイデンティティーで徒党を組んだのか、偶然の結果なのかはわからないが、仮に前者ならば、日本社会の「単一民族幻想」の崩壊が現実となった感がある。
気がかりなメディアの混乱状況
第四は、事件に係る報道の現状に対する違和感である。未成年犯罪については、マスメディアは慎重である。それはそれで仕方がない。法規制があるのだから。そのためだと思うが、TVのワイドショーは多くの時間をこの事件の報道に割いているが、内容はまったく希薄で、同じような情報をすべてのTV番組が垂れ流すばかりであった。報道時間は長いが、事件の深層がまったく伝わってこない。その苛立たしさが、半端ではなかった。マスメディアは情報を整理して届けるべきであろう。
その一方で、すなわちマスメディアの怠慢の反動として、ネットにおいては、被害者・加害者を問わずあふれんばかりの「情報」が垂れ流されていた(る)。筆者はネットにおける「その手」の「情報」に興味がないので多くをチェックしていない。だから拙Blogの事件に係る印象記述は、管見の限りの報道に頼っている。
マスメディアが未成年者の犯罪をどこまで報道するのかは、今後の大きな課題となろう。それはそれとして、この事件については検証すべき点が多々あり、検証結果は公にされるべきだと思う。
人間的反応を示さない大人たち、行動しない大人たち
前出のとおり、事件のあった川崎では、保護観察制度が機能していなかった。加えて、学校はおよそ1月間も不登校の生徒を結果において放置していた。警察も保護観察中の殺人容疑少年がU君に暴行を加えるなど諸々のトラブルを起こしていたにもかかわらず、立件をしていなかった。殺人容疑少年の父親も保護観察対象者である自分の子供の違法行為について関心を示していない。被害者U君も家庭の事情はあるとはいえ、ほぼ放任状態だったと推察される。およそU君と殺人容疑少年を取り巻く大人たち(社会)は、二人に対して驚くほど無関心であった。
これらのことから、少年法の改正(対象年齢引き下げ)が叫ばれようとしているらしいが、無意味である。既に述べたとおり、本件では保護観察制度が機能していなかったのだから、そちらを糺す議論が先であり、関連して、保護観察者に対して、(今回の場合は)学校、警察、家庭、友人関係を含めた地域社会のあり方も併せて議論されなければならない。それをしないまま、年齢引き下げ議論をしても実りはない。
大人たち(社会)が動かなかった一方で、具体的行動を起こしていたのは、U君の友人たちであった。U君が受けた暴行について謝罪を求めて殺人容疑少年の自宅にまで押しかけたのだ。いまはその行動の結果の是非を問わない。少なくとも言えるのは、理不尽な暴力に対して人間的に反応したのは、U君の友人グループだけだったという事実である。変容した社会の実相に反し、少年の正義感だけが時代を問わず変わっていなかった、と、筆者は信じたい。