2022年6月22日水曜日

杉並区長選を鳥瞰する(地域と政治)

 東京・杉並区長選は、野党共闘(立民、共産、れいわ、社民等)が成立して、盛り上がりを見せた。結果は野党統一候補の岸本聡子が、四選を目指した田中良 (現職・無所属)を僅差で破り初当選を果たした。負けた田中は無所属だが、実態上は自民・公明等の国政与党の支援を受けていた。
 筆者は杉並区民ではないし、同区の情況を把握していないが、拙Blog前投稿で示したとおり、高円寺の再開発事業計画に関心をもっていた。この選挙結果がその行方を左右するといわれているところから、再開発計画の凍結・見直しを表明していた岸本の勝利に安堵している。少なくとも、以降4年間は再開発が進まないだろう。 

(一)岸本の勝因は投票率アップ

 岸本の勝因は、新聞報道(東京新聞/2022/6/22朝刊/ フリーライター・畠山理仁の話) によると、投票率アップだという。東京の区長選の投票率はおおむね低率で、杉並の場合も、前々回(2014年)が28.79%、前回(2018年)が32.02%、今回が37.52%であるから、低いレベルにある。それでも今回選挙で、過去2回を5~10ポイント上回ったことに注目していい。
 筆者には、投票率がなぜ上がったのかわからないし、その票がどのように流れたかもわからない。よって、以降は推論になるのだが、岸本当選の要因として、①女性候補、②野党共闘ネットワークの精力的な選挙活動、③岸本が再開発計画みなおし、凍結を表明したこと――を挙げる。①については、岸本が女性であること以上に、候補者として「タマがよかった」ことだろう。②については、当然のことながら票が拡散しないのだから勝因となる。その伏線は、昨年衆院選東京8区(杉並区)において、自民党元幹事長・石原伸晃を立民の吉田晴美が破ったことである。この勝利は、同ネットワークの運動の成果であり、その流れが今回選挙にも持ち越された。さて、筆者としては、③が投票率のアップにつながり、その票が岸本に流れたと信じたい。そう確言するためには、投票行動の調査分析が必要だが、たとえば、松本哉の「再開発反対デモ」などが効いた可能性もあり得る。 

(二)国政選挙につながるか 

 岸本の勝利は、野党共闘にとって「大きな勝利」なのか、それとも「ささやかな二勝目」なのか――岸本新区長 の考え方は、れいわ新選組の政治信条に近いという。新自由主義が進める公共の叩き売りを象徴する水道民営化の弊害をいちはやく指摘し、利権政治を否定し、ひとにやさしい政治を目指すという主張はその範疇にある。
 しかしながら、岸本はれいわが探し出して担いだ候補者ではない。岸本が区長選に出馬するにあたっては、2022年1月、児童館統廃合やJR駅周辺の道路拡幅事業などの田中良杉並区長(当時)の区政運営に批判的な区民らが、市民団体「住民思いの杉並区長をつくる会」を結成。同年4月10日、同団体は任期満了に伴う杉並区長選挙に岸本を擁立することを決定し、岸本は同月に杉並区に移り住んだという(『東京新聞web』2022年4月26日) 。岸本を発見し、彼女を区長選に引きずり込んだのは、既成国政政党である立民、共産、れいわではなく、市民団体だった。 
 岸本の政治信条と近いというれいわ新選組の政治活動、選挙運動は、野党共闘ネットワークとは同質なのだろうか、両者はおなじような政治体なのだろうか――筆者はこう考える。 同ネットワークは、杉並という地域で地道に活動を継続してきた市民団体であり、選挙になると、市民生活に脅威を与えるような候補者に批判的立場にある候補者を応援し、前出の石原伸晃落選という成功事例をつくりだした。今回の杉並区長選では、その組織力とネットワークが駆動し、既成国政政党がそれにのっかり、新区長誕生に行き着いたと。  

(三)杉並における革新の伝統

 れいわ新選組の選挙運動は、党首・山本太郎を前面に出し、インターネット(SNS、YouTube、Blog等)及び街頭演説を駆使したスタイルが目立つ。資金不足という面があるのかもしれないが、れいわの選挙は空中戦である。一方、東京8区における前回衆院選及び今回杉並区長選で勝利した杉並区野党共闘ネットワークの選挙運動は、杉並というかつての革新の牙城を根拠地とした陣地戦である。両者の政治体は、筆者には異質に見える。
 両者のちがいは、戦後の住民運動を経験してきた杉並の実績に起因する。杉並には革新の伝統があり、れいわにはそれがない。革新における、老舗(杉並)と新規参入者(れいわ新選組)のちがいである。
 杉並は日本における原水爆禁止運動発祥の地である。このことは同区の革新の伝統をもっともよく表す。1954年3月、ビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験に反対する署名運動が杉並で始まった。同年5月、「水爆禁止署名運動杉並協議会」が結成され、組織的な運動へと発展する。そして8月には「原水爆禁止署名運動全国協議会」が結成され、運動は全国へ波及する。1955年には、原水爆禁止日本協議会(略称/原水協) が結成される。杉並区郷土博物館には、同運動に関する常設展示場がある。また、高度成長期にあった昭和40年代、公害や環境汚染が問題になっていたころ、杉並清掃工場の建設をめぐり、建設を推進する東京都に対し、同区高井戸地域の住民が反対運動を展開している。この紛争は当時、「東京ごみ戦争」といわれた(すぎなみ学倶楽部/ https://www.suginamigaku.org ) 。杉並にはかつて、東京都と「戦争」をした歴史がある。

(四)れいわ新選組の政治目標と選挙 

 れいわ新選組の現時点における政治目標は、野党第一党を目指すことだという(『鮫島タイムズ』鮫島浩/you Tube)。それには、立民、共産を後退させて、自らが自民・公明・国民・維新と単独で闘える情況を創出することだという。党首であり同党のアイコンである山本太郎が今回参院選・東京選挙区に立候補したことは、そのことを象徴すると。  
 鮫島の指摘が正しいとするならば、杉並区長選における岸本の勝利は、れいわ新選組の政治目標の達成ではなかろう。れいわは、野党共闘に積極的ではないはずだから。繰り返すが、杉並区長選の勝利は、杉並に根づいた革新ネットワークのそれであり、革新的土壌が根づいた杉並において、両者が融合し、無党派層を岸本に引き寄せた。換言すれば、れいわ新選組を含めた既成政党(立民・共産・社民)には、無党派層を自陣に引き寄せる力量がないということである。 

(五)与党の選挙の闘いかた 

 杉並で2連敗を屈した自・公・維新・国民だが、彼らの選挙戦のスタイルを大雑把におさえておこう。自民は、傘下の県連、地方議員を動員して業界団体、各議員後援会、町内会、宗教団体、日本会議・・・といった組織をフル活用して集票する。参院選比例ならば、広域にはられた業界団体、宗教団体の組織票は強力だ。さらに、与党というメリット(税制改正、各種優遇措置、特定事業指定等々)を「政策」という名目で法制化して、大ぴらに利益誘導することができる。マスメディアの不作為の応援もある。公明の強みは創価学会票だ。さらに、維新の大阪圏地域票、国民には連合右派の応援がある。与党が手ごわいのは、選挙に勝つための装置を長年にわたってつくり上げてきたところにある。戦後、日本の選挙民は与党に投票することが生活の安定に直結するという確信を抱いてきた。しかし、近年、その確信はおおいに揺らいでいるはずなのだが、野党側にはそれを組織化することができていない。

(六)野党の現況における組織実体

 れいわ新選組は歴史が浅い。地域にも広域にも根が張られてはいないのだから、いまのところ「山本太郎」頼みなのは仕方がない。しかし、立民は政党としての歴史を重ねている。にもかかわらず、縮小傾向に歯止めがかからない連合左派頼りである。共産もしかり。これまた先細りの党員と彼らが売りさばいた機関紙『赤旗』の読者頼みという状態である。野党が選挙に勝てないのは、陣地戦を戦うための根拠地(地域組織)の構築に失敗したからであり、それに取り組もうとしなかったからである。れいわを除く野党は、党幹部が選挙に勝てればいい(議員になること)、という認識のまま、できあがった組織に安住してきたのである。いわゆる、気楽な「野党業」だ。
 れいわ新選組には、立民、共産の「野党業」でいい、という姿勢を感じない。そこに魅力がある。しかし私見にすぎないのだけれど、れいわが陣地戦を戦う力量を蓄えるには、すなわち、地域に根差した組織づくりが実を結ぶには、21世紀の中葉に至るくらいの時間を要するようにも思える。
 〝ローマも選挙も、一日してならず”というわけ。(了)