ザ・バンド(THE BAND)のメンバー 、ガース・ハドソン(Garth Hudson)逝去の報が入った。ザ・バンド好きの親友J氏(以降、敬称略)からのDMだった。ガースの死をもって、メンバー5人(Robbie Robertson, Levon Helm, Richard Manuel, Garth Hudson, Rick Danko)が来世に旅立ってしまった。ご冥福を祈ります。 ガース訃報を聞く前に本書を読み終えたところだった。本書との出会いは、偶然にも書籍広告が目に入ったことだった。そうか、忘れられていなかったのだ、単行本が出るほどの知名度がこの日本にもあるのだ、とさっそく読んでみたところ、期待に違わぬ素晴らしい内容だった。筆者の知らないことが山ほど収められていた。ザ・バンドについてこんなにも深い知識をもち、解説できる日本人がいたのだ、しかも筆者より若い。著者(池上晴之氏/以降、敬称略)の「ザ・バンド愛」に敬服した次第だ。 さはさりながら、多少の違和感を覚えた箇所がなかったわけではない。ならば、その違和感を媒介にして、自分なりにザ・バンドについて思うところを書くしかない。以上が、拙稿執筆に向かった経緯であり、動機である。
§1.Music From Big Pink
[MUSIC FROM BIG PINK]
TEARS OF RAGE (Words by Bob Fylan Music by Richerd G Manual)
リズムの重いゴスペルタッチの曲
TO KINGDOM COM (Words & Music by Jaime Robbie Robertson)
R&Bの濃いナンバーだ。特にリズム隊がその色を強く出している。
IN A STATION (Words by Bob Fylan Music by Richerd G Manual)
キーボードのリチャード・マニュエルが書いた曲らしく、キーボードでハーモニーを出している。メインとなっているのはドイツが生んだ名器ウーリッツア〔註1〕である。これは独特な音なので出来ればこの音色で行きたい。しかし現物を揃えるのは大変なので、ヴィンテージ・シンセの音色が入っている音源を探してこれを使おう。
CALEDONIA MISSION (Words & Music by Jaime Robbie Robertson)
ゴスペルのニュアンスが強い曲だ。
THE WEIGHT (Words & Music by Jaime Robbie Robertson)
このアルバムからの最初のシングルである。チャート的にはさほど上がらなかった、ザ・バンドの曲の中では最も有名な曲。実際に演奏する上でもハッキリしたメロディ、分かりやすいビート感の影響で難しい曲が多い中、比較的楽に取り組める曲である。
WE CAN TALK (Words & Music by Richerd G Manual)
ザ・バンドの曲の中では軽快なビートを出しているナンバーの1つ。従ってバンドで取りくみやすい曲である。ヴォーカルはリチャード・マニュエル、リヴォン・ヘルム、リック・ダンコの3人が絡み合うように歌っているので、なかなかこの雰囲気を出すのは難しい。幸い3人のパンニング〔註2〕がしっかり成されているので、何処を誰が歌うかはハッキリ決められる。ザ・バンドのヴォーカル・アンサンブルは、ソロあり、ユニゾンあり、ハーモニーありと多彩だが、そのどれもが緻密な計算の上に成り立ちながらも、それをラフに表現している所が魅力である。また一聴すると頼りなさそうに感じるが、実はかなり骨太なヴォーカなのである。
LONG BLACK VEIL (Words & Music by Danny Dill and Marijohn Wilkin)
淡々としたリズムのカントリー・タッチの曲。このCDの収録曲でザ・バンドのメンバー、もしくはボブ・ディランが作ったモノではない唯一の曲である。〔中略〕シンプルな曲だが、詩の内容は深いので、ヴォーカの人は詩をよく読んでから歌ってもらいたい。このようにアメリカのフォーク・カントリーでは内容と曲調が一致しないような事が多いので、ちょっと我々の感覚とは違うというのを認識してかかるといい。
CHEST FEVER (Words & Music by Jaime Robbie Robertson)
ギターのロビー・ロバートソンの作で、ロック色濃いナンバー。イントロのオルガンはガース・ハドソンのプレイによるモノ。ハモンド・オルガンのレスリー〔註3〕を通し、オーヴァー・ドライヴさせた音色だ。フレーズはバッハのニ短調の『トッカータとフーガ』を基にしている。ザ・バンドのこの後のライヴではオルガンのアドリブ・ソロがあり、それがそのままこの曲のイントロに繋がるというのが恒例になっている。
LONESOMESUZIE (Words & Music by Richerd G Manual)
リチャード・マニュエル作の珠玉のバラード。孤独なスージーに切々と語りかけているのが伝わってくる。シンプルな構成の曲
THIS WHEEL’S ON FIRE(Words & Music by Bob Dylan)
ボブ・ディランとリック・ダンコの共作。Ⓐ メロは珍しくマイナー・キーになっている。Ⓑ以降はメジャー・キーになるが、曲調に変化が付くので、この差はハッキリ出したい。
I SHALL BE REALEASED (Words & Music by Bob Dylan)
ボブ・ディラン作のこの曲は今なおカヴァーされることも多い名曲。リード・ヴォーカルはリチャード・マニュエルで、素晴らしいファルセットを披露している。典型的なバラードであるが、リズムは意外にもタイトにまとめられ、しかもパターン化されている。
〔註1〕ウーリッツア:ドイツのウーリッツァ社が1954年から1983年まで製造販売していた電子ピアノバンド・スコアに付されたものなので、演奏上の注意点が主に記述されている。その部分は省略し、各曲のコンセプトが記されている部分のみを転載した。このアルバムの多様性が理解しやすい。
〔註2〕パンニング:(panning)とは、ステレオやサラウンドなどの多チャンネルオーディオにおいて、音像定位を(多くは水平方向に)変化させる表現、またはその機能。単にパンとも呼ぶ。
〔註3〕レスリー:レスリー(スピーカー)は1940年にアメリカでドン・レスリー(Donald J. Leslie)によって開発されたロータリースピーカー。 内蔵の「ホーン」や「ローター」と呼ばれる音の出口を物理的に回転させることによってドップラー効果を生み、独特な揺らぎを伴ったサウンドを発生させる。
§2.文化多様性とアメリカーナ
- 1968年 Music From Big Pink(ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク)
- 1969年 The Band(ザ・バンド )
- 1970年 Stage Fright(ステージ・フライト)
- 1971年 Cahoots(カフーツ)
- 1972年 Rock Of Ages(ロック・オブ・エイジズ)
- 1973年 Moondog Matinee(ムーンドッグ・マチネー)
- 1975年 Northern Lights - Southern Cross(南十字星)
- 1977年 Islands(アイランド)
- 1978年 The Last Waltz(ラスト・ワルツ/コンサート開催は76年)
アメリカーナとロック
アメリカーナ(Americana)は、米国の音楽的精神を構成する共有された多様な伝統、特にフォーク、カントリー、ブルース、リズム・アンド・ブルース、ロックンロール、ゴスペル、その他の外部の影響から融合したサウンドの合流によって形成されたアメリカの音楽の混合物である。アメリカーナは、アメリカーナ音楽協会 (AMA)によって「カントリー、ルーツロック、フォーク、ゴスペル、ブルーグラスなど、アメリカのさまざまなアコースティックルーツ音楽スタイルの要素を取り入れた、現代の音楽であり、その結果、独特のルーツ指向のサウンドが生まれ、もとになったそれぞれのジャンルの純粋な形態とは別の世界に存在している。アコースティック楽器は頻繁に使用され重要だが、アメリカーナではフル・エレクトリックのバンドもしばしば使用される。
〔註4〕ポリバレント:サッカー用語で複数のポジションを守れるという意。サッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムが口にしたことから、サッカー界に定着したが、本来は、化学における複数の性質を持った物質という意味。
§3.移民国家北米と音楽文化多様性
民族多様性と歴史の長さ
①=ひとことで先住民と言うが、北米は広大な大陸である。先住民のコミュニティがどのくらいあり、どれほどの言語があったのか想像できない。もちろん、それぞれの音楽もあったにちがいない。
②=ブルースはデルタに移送されたアフリカ系の人々の音楽をルーツとする、というのが常識だが、奴隷の売買を仲介した北部アフリカ人(トゥアレグ族)の民族音楽の影響の下に歌われ出したという説もある。しかも、①同様大陸である。北米に拉致されたアフリカンも、多種多様の文化を持っていたにちがいない。
③はわかりやすい。彼らが彼らの文化的基準に則り建国の主導権を握った。今日の北米音楽文化は彼らの基準である近現代音階を基礎に発展をみた。③に①②④が融合したのがアメリカーナである。
次に、北米の歴史を簡単に振り返る。アメリカの独立(記念日)は1776年だが、最初にイギリス人が北米に入植したのは1607年、ジェームズタウンの建設からだ〔註5〕。北米における建国の歴史は、ザ・バンドが活躍した1970年代時点でおよそ350余年間になる。
日本との比較
時間軸からすると、日本の西洋音楽の受容は明治維新(1868)以降からとなる。日本人が西洋音階(近現代音階)に従って曲をつくり歌うようになってから、ザ・バンドが活躍した1970年代までの年限はわずか100年間にすぎない。100年の間に前出の日本の伝統的音楽と西洋音楽の融合は判然とは確認できない。言うまでもなく、北米における音楽の融合過程は、時空において日本を凌ぐ。北米の音楽は、ザ・バンドにかぎって影響を受けたわけではないが、地域の多様さと歴史の長さという観点からすれば、日本に比べてはるかに高度に熟成する条件を備えていた。
もうひとつ、宗教(教会)音楽も重要な要素として挙げなければならない。ザ・バンドの場合、オルガンを担当したガース・ハドソンの影響である(ガースについては後述)。宗教音楽(キリスト教)は黒人霊歌、ゴスペルとして北米で独自の発展を遂げたことはよく、知られている。
日本の宗教音楽といえばご詠歌に代表されるが、近現代音階に従った音楽と融合した形成はほとんどないのではないか。
〔註5〕一般には、1620年、ピルグリム・ファーザーズ(清教徒)がメイフラワー号に乗船してイギリス南西部プリマスから、北米の新天地、現在のマサチューセッツ州プリマスに渡ったのが最初の入植だとされが、そうではない。北米という移民国家の特性である文化多様性は他の文化領域に比べて、音楽において、より自由にかつ強く育まれた。音楽には言語の壁のような高い障壁がない。西洋音階の普遍性は、それに従わなかった地域の音楽とヨーロッパの音楽とのあいだの自由な融合を可能にした。民族楽器がギターやピアノに置き換えられ、自由に手軽に、影響を与えあった。また、楽譜が融合を加速した。
さて、よく知られているように、ザ・バンドのメンバー5人のうち、4人(ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン)がカナダ人で、アメリカ人はリボン・ヘルムだけである。カナダ人が、アメリカ人あるいはアメリカ合衆国について、どのような感情を抱いているかは筆者にはわからない。だが、音楽という領域においては、両者を分かつ決定的差異はないものと推測する。両者は故郷(ヨーロッパ)から北米に入植者として渡ってきた共通の祖先をもつ者どうしだ。しかも、およそ350年間の音楽的融合を経て、ともに、音楽の世界を志した者どうしなのである。
§4.音楽の電気化とロックンロールの誕生
17~18世紀
入植者の原郷の楽曲がコミュニティーごとに歌い演奏される時代
19世紀から1920~30年代
大都市を中心に、ショウビジネス、ダンス音楽が流行。大人数編成のスイングジャズが人気となる時代。
1940〜50年代
ポップス、ジャズ(スイングからモダンへの移行期)、ロックンロールの発生と、メディアの発展等を背景に大衆音楽が多様化していく時代
1960~1970年代
イギリス発のビートルズ旋風、フォークソング、ロックの隆盛。60年代後期から多様化から融合へと向かう時代
その中で、北米の音楽の変遷に電気が与えた影響を見逃すことができない。楽器の電気化が新しいアイデアを生み、それまでにない創造性を付加した。マイクロフォンの性能アップは、音量にとどまらず、ヴォーカルの洗練化に貢献した。エレクトリックギター、エレクトリックベース、ローリー・オルガン(ローリー社製の電子オルガン)、クラヴィネット(電気ピアノ)、シンセサイザー等の電気化された楽器が、アンプ(増幅装置)等によって、大音響と新たな表現性、技巧を与えた。電気化から電脳化に進むと、さらに新しい技巧を音楽に与えるとともに、高度な録音技術を実現した。
音楽の電気化に媒介されて生まれたシカゴ・ブルースの誕生については、次のような背景があるという。
第2次世界大戦時に増加したアフリカ系アメリカ人の大移動がある。その流れを受けて1930年代から50年代にかけて、南部の州からシカゴへ多くのブルース・ミュージシャンが移住した。彼らは、故郷の南部のブルースを、北部の電気ブルースとして新たな息吹を吹き込んだ。彼らはライヴハウスを始め、マックスウェル・ストリートなどでも演奏を展開した。路上での演奏は、より大きな音の必要性をブルースマンに認識させ、これもシカゴ・ブルースがエレクトリック化、バンド化へ進んだ要因とも言われている。 (Wikipedia)ブルース音楽の電気化は、シカゴの騒がしい音楽酒場で始まったという説もある。酔っぱらった客同士の話し声がうるさくて音楽が聴こえなかったからだ。アコースティックギターで弾き語りされたブルースがエレクトリックギターの演奏に変わった。そしてより強い刺激が求められ、ブルースは激しいリズム(4ビート)に乗り、ロックの原型であるロックンロールの誕生につながった。1995年、筆者がシカゴでブルースを聴いた「ブルー・シカゴ(BLUE CHICAGO)」は大きなホールだった。もちろん、当時とそのときのホールが同じ大きさだと言い切るつもりはない。
§5.「Jupiter Hollow」の省察
新しいサウンド
(矢吹は)・・・ことレコードでの彼等の音楽=ロックの質の高さは、ただ最高としか言いようがない。むろん、この際用いる質という言葉には、音楽(とりわけ彼らは歌)の全ての領域が含まれているのは言うまでもない」と述べている。ここで重要なのは、矢吹は現在「アメリカーナ」と呼ばれている音楽のことではなく、「音楽の全ての領域が含まれている」と言っていることだ。つまり、ロックに限らず、クラシック、現代音楽、ジャズ、民族音楽あるいは声楽、器楽演奏…「音楽の全ての領域」と矢吹は言っている。〔中略〕矢吹を援用してザ・バンドのすばらしさを強調したうえで、池上は、アルバム『南十字星』の構成を以下のように分類する。同アルバムはLPレコード盤で発売されているからA面とB面に分かれる。曲名は以下のとおり。
矢吹は…「このザ・バンドに限っては、個人的嗜好などをはるかに越えた、ぼくの捉えるところのロックにおける最高峰のバンド、 つまりロックがその領域から外れることなく発展し続けた姿として、ここ数年來変わることなくぼくの心に重く存在し続けている。そしてロックの羅針盤の針は常にザ・バンドを示している」と。(本書P39)
A面
1 Forbidden Fruit
2 Hobo Jungle
3 Ophelia
4 Acadian Driftwood
B面:
1 Ring Your Bell
2 It makes No Difference
3 Jupiter Hollow
4 Rage and Bones
池上は、A面の曲と演奏は「彼等(ザ・バンド)の創りあげた音楽の延長上」にあり、B面は〝あらゆる物を内包可能なロックを透視するかのような、新しいサウンドの曲と演奏″だと分類し、このアルバムで〝ぼくが好きな曲は、このB面の4曲なのだ”、そして、最も注目すべき曲は〝「Jupiter Hollow」だ”(本書P39~41)という。そして、この文言に続いて、
ツイン・ドラムとベースとクラヴィネットのファンキーなリズムに乗せて、三人のヴォーカリスト(ドラマーのリヴォン・ヘルム、ベーシストのリック・ダンコ、ピアニストで時々ドラムも担当するリチャード・マニュエル)が入れ替わりリードをとったりコーラスしたりする背景にガース・ハドソンが演奏するオルガンとシンセサイザーが多層的に変幻自在の音を繰り広げる。聴いたこともない不思議な曲だ。聴きやすい曲なのにもかかわらず、とても複雑な演奏なので、何度聴いてもすべてを同時に聴きとることが難しい。
〔中略〕
「Jupiter Hollow」はザ・バンド自身の演奏で「来たるべきロック」を具体的に示すことができた唯一の曲である。ロックの象徴と言える楽器はエレクトリックギターだ。ところが、この「Jupiter Hollow」にはエレクトリックギターは入っていない。ギタリストのロビー・ロバートソンはパーカッシブでファンキーな音が特徴のクラヴィネットというキーボードを弾いている。シンセサイザーの音が全編に使われ、ドラムはブラシを使ってスネア・ドラム中心のシンプルな演奏で〔中略〕この曲を聴くと、まるでザ・バンドがYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の影響を受けているかのようだ。(本書P41~43)
§6.ピーター・ヴァイニー(Peter Viney)による「Jupiter Hollow」評
「Jupiter Hollow」については、Peter Vineyが「THE BAND WEB SITE」〔資料1〕のなかで、論じている。以下、論点を整理して記述する。
(1)概要
①コレクションに入らなかったし、ステージでも演奏されたことがないこと。
②それゆえ、オリジナルアルバムを所有しなければならないこと。
③ザ・バンドの最高の演奏であること。
④崇高なガース・ハドソンの最高の演奏であること。
(2)ラインナップ
・ロビー・ロバートソン – クラヴィネット
・レヴォン・ヘルム – ボーカル、ドラム
・リチャード・マニュエル – ボーカル、ドラム
・ガース・ハドソン – ローリーオルガン、シンセサイザー
・リック・ダンコ – ベース、ボーカル
ドラマーはツイン、キーボード奏者は2人(ロビー・ロバートソンがリズム楽器としてヒノプティッククラヴィネットを演奏。ギターなし。ガース・ハドソンのレイヤーが何層にも重なる。
彼らの最高のスタイルで声を切り替えるので、どれがどれか見分けるには耳をすませなければならない。ステージでやるには難しすぎるかもしれないが、パーカッシブ・キーボードとサスティン・キーボードの両方を演奏できるリチャード・ベルの能力が加われば、なんとかできるだろう。
CD版ではアルバムの最後を飾るが、オリジナルのLPリリース(および日本のCD版)では、ラグス・アンド・ボーンズが最後の選曲という異なる順序になっている。
アルバムのタイトル「ノーザン・ライツ - サザン・クロス」への唯一の言及も含まれている。一見すると、このタイトルは夜空を指しているようだ(同年のクロスビー、スティルス&ナッシュのサザン・クロスと比較)。この曲では、「ノーザン・ライツ」の後に「真夜中の太陽の下で」という言葉が続くので、天国を指している。アルバムのタイトル全体は、それを超えて、ザ・バンド内のカナダとアーカンソーの軸を指している。ノーザン・ライツはカナダである。 サザン・クロスは南軍の旗、または南部である。アルバムの目玉はアカディアン・ドリフトウッドで、カナダとニューオーリンズを結びつけている。
(3)他のコメント
・レヴォン・ヘルム
「ジュピター・ホロウ」はガースをフィーチャーした曲で、このアルバムでH.B.(ハニーボーイ)というニックネームを付けられたガースは、スタジオで時間をかけてレコードを甘くし、スタジオの最先端のモードに仕上げた人物だった。シャングリラには24曲のトラックがあり、ガースはその余裕を利用して、ARP、ローランド、ミニモーグ、その他のシンセサイザーを使って1曲に6曲ものキーボードトラックを作った。これらの多くはコンピューターのキーボードでまとめられており、ガースは魔法使いのようにキーボードを操り、音楽にほぼオーケストラのようなオーバーレイを与えた。
・バーニー・ホスキンズ
シャングリラは最先端の24トラックスタジオで、最新のシンセサイザーを完備しており、ガースはキーボードパートに多くの時間を費やしました。新しいテクノロジーの可能性に夢中になった彼は、ミニモーグとARPストリングアンサンブルをザ・バンドの本質的にローテクなサウンドに組み込むことに何の問題も感じませんでした。ジュピター・ホロウの複雑なレイヤーを一度聴けば、彼が成功したことがわかります。
・クリス・モリス(ビルボード、CDスリーブノート)
テクノロジーの進歩(特にガース・ハドソンによる新しい洗練されたキーボードの採用)のおかげで、音楽は光沢のあるレイヤードな輝きを帯びています。これほどシンプルでゴージャスなサウンドのザ・バンドのアルバムを他に思いつくのは難しいです… Northern Lights – Southern Cross の楽器演奏は、それ自体がほとんど別世界です。ザ・バンドは、自慢することなく、その集団の腕前を徹底的に披露しています。特に注目すべきは…(ハドソンの)Jupiter Hollowでの幻想的なキーボード演奏だ。
・グレイル・マーカス
(Northern Lights- Southern Crossでの)アクションは行間にある。Moondog Matineeがマニュエルのアルバムだとしたら、このアルバムは、ロビーが全曲を書いたにもかかわらず、ガース・ハドソンのものだ。彼は、偽りの匿名性で演奏し、彼の音楽は存在感を放ち、背後の壁にタペストリーが掛けられていた。どんなニュアンスも彼からは逃れられず、どんなに捉えどころのない感情の陰影も、彼には理解できないようだった。
1990年のリマスター版では、そのすべてが明らかになっている(そして、なぜビッグ・ピンクとザ・バンドが同じ扱いを受けなかったのか不思議に思う)。
§7.「Jupiter Hollow」はガース・ハドソンのもの
G
Jupiter Hollow
C G
Northern Lights
C G/D G
Cast a glow through the window late last night
Gsus4 G C G
I went to follow through the sycamore
C C/D
When I found myself in a place
G
I'd never been before
C G/B
There was a unicorn and a dragon queen
D G
Beneath the burgundy sky
C G/B
I saw an old soldier singin' a love song
C/D
He had the distance in his eye
G
Livin' in another world
C C/D G
Livin' in another time
C G
Like a comet I was hurled
C C/D G
Oh, livin' in another world
この曲のコード進行はきわめてシンプルだ。アコースティックギターを弾きながら歌えば、牧歌的にも聴こえるだろう。
筆者は、《作曲はロビー・ロバートソンだが、ガース・ハドソンのものだ》という前出のグレイル・マーカスの指摘に全面的に同意する。池上にYMOの登場を予感させると言わせたのは、ただただガース・ハドソン〔註5〕のつくり込みによるものだ。
註5:幼い時から讃美歌の演奏をしていたと言われている。カナダ、ウェスタンオンタリオ大学に入学し音楽理論と和声学を学ぶ。やがて従来の音楽に飽き足らなくなり、ラジオから流れてくるリズム・アンド・ブルースやロックンロールに興味を持つようになる。地元の小さなバンドに入って腕を磨き、1959年頃、ロニー・ホーキンスとバックバンドのホークスに出会う。この時は加入しなかったが、ガースの豊富な音楽の知識に惚れ込んだホークスの一員ロビー・ロバートソンやリヴォン・ヘルムの口利きで1961年、ホークスに加入する(リヴォンの証言では1960年の暮)。ガースは持ち前の音楽知識、キーボード奏者としての非凡な才能により、他のメンバーに多大な影響を与えた。(Wikipedia等)
彼の豊富な音楽知識と創造性がローリー・オルガンを経て、シンセサイザーという高度な電脳鍵盤楽器の可能性を試行したのが「Jupiter Hollow」という楽曲なのだ。
1970年代は大衆音楽における大きな分岐点
モダン・ジャズ界では、ジャズ・トランペット奏者マイルス・デイヴィスが1969年に『イン・ア・サイレント・ウェイ(In A Silent Way)』を発表した。マイルスはジャズにエレクトリック楽器を持ち込み、フュージョンという新しい音楽ジャンル確立の先駆けとなった。翌年には『ビッチェズ・ブリュー( Bitches Brew )』が発表され、フュージョンという概念が定着した。このアルバムには、ジョー・ザヴィヌル( Joe" Zawinul) とチック・コリア( Chick Corea) がエレクトリックピアノで参加している。
フォークソングとロック、モダン・ジャズとロックがそれぞれ融合する時代が始まる。境界を超える象徴ともいえるのがエレクトリックギター、エレクトリック鍵盤楽器となる。前出の『南十字星』でザ・バンドが使用したクラヴィネットは、71年にスライ&ザ・ ファミリー・ストーン(Sly & the Family Stone) の「ポエット(Poet)」で、72年のスティービー・ワンダー(Stevie Wonder)」の「迷信(Superstition)」などですでに多用されていた。
ザ・バンドが1975年にリリースした『南十字星』の中の一曲(Jupiter Hollow) でクラヴィネットを用いたことが新しいのか古いのかは議論しても始まらない。彼らも彼らなりに、時代の流れを感じとっていたにちがいない。とりわけ、鍵盤奏者のガースは敏感だったのではないか。
§8.ザ・バンドは「南十字星」でなにをしたかったのか
さて、「ザ・ラスト・ワルツ」に話をもどそう。池上によると、このコンサートは解散を意味するのではなく、これをもってライブ演奏を行わない、というロビー・ロバートソンによる宣言だという。その背景には、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、リボン・ヘルムの3人が酒とドラッグに溺れ、人前で演奏することの困難さを感じたからだとされている。この3人の退廃ぶりはロビーが制作した映画『かつて僕らは兄弟だった(Once Were Brothers) 』に描かれている。
ザ・バンドの総決算
筆者の想像の契機となったのは、池上による『南十字星』におさめられた曲に係る逐一の解説からだ。
A面1曲目の目の「Forbidden Fruit』は「ロックバンド」そのもの、これほどいわゆるロック的な表現をした曲は、それまでのザ・バンドにはないと。一方でB面1曲目の「Ring You Bell」のイントロはロックというよりもファンクだ。そしてB面2曲目の「It Makes No Difference」は失恋の歌。A面4曲目の「Acadian Driftwood」は、18世紀カナダのアカディア地方にいたフランス系入植者たちが、イギリスによって強制退去させられる悲哀を描く物語だ。では、ここでなぜロックに限らずポピュラー音楽でいちばん普通のいわゆる失恋のラブ・ソングを初めて演奏したのか。それは、この「It Makes No difference」が、いわゆる「ロック」の到達点となりうる普遍性を獲得した作品になったからだ。楽曲も演奏も歌も、これまでのザ・バンドで最高のものと言えるだろう。池上の言説に同意する。『南十字星』とは、ザ・バンドが解散を前に彼らの音楽の総決算と言い換えられる。メンバーひとり一人がロビー・ロバートソンがつくった曲に向けて、それぞれの思いの丈をぶつけた。ガース・ハドソンの場合は日進月歩する電気鍵盤楽器シンセサイザーの可能性を試行した。ロビーはガースの意図を理解し、エレクトリックギターを置き、クラヴィネットに専念した。
ぼくの考えでは、ここでいわゆる「ロック」は終わった、ということになる。そして、次の曲「Jupiter Hollow」はもはやいわゆる「ロック」ではなく、「来たるべきロック」だ。とすれば、オリジナル・アルバムのB面2曲目の It Makes No Difference」と3曲目の「Jupiter Hollow」の間の音楽が鳴っていない数秒間に「ロック」と「来たるべきロック」の分岐点があるということになる。(本書P44~45)
極言すれば、池上の言う「来たるべきロック」に向かったのはロビーとガースだけだった。リボン、リチャード、リックはホークス時代から馴染んだロックンロール、ラブソングを土台にしながら、ロビーとガースの影響下でつくりあげてきた「ザ・バンド」にとどまった。そのときロビーは、ザ・バンドからの離脱を決意していた。 『南十字星』から10年ののち(1986年3月)、リチャード・マニュエルが自死した。
ポスト「南十字星」
イギリスでは、すでに1960年代後半にロックのジャンルの1つとしてプログレッシブ・ロック(progressive rock)が生れている。代表的なグループに、ピンク・フロイド(Pink Floyd) 、キング・クリムゾン(King Crimson) 、イエス(Yes)などがある。プログレッシブ・ロックは従来のロックに地域音楽、クラシック、ジャズ、フォークなどを融合させたものだ。
その後のロックの変遷は本稿と関係しないので書かないが、やがて20世紀が終わりに近づくころ、メロディー・ラインの枯渇が囁かれだし、ヒップホップミュージック (hip hop music) 、ラップ(rap)がロックにとって代わっていった。
おわりにかえて――青春の唄しか聴こえない
くり返しになるが、ザ・バンドとは、北米において350年にわたり蓄積された音楽エネルギーの爆発である。北米にやってきた多種多様な人々が抱え込んでいた故郷の音楽的要素が融合し、5人の男のどこかに記憶され、なにかを契機として表出したものだ。
ときに北米の風土を語り、入植者の望郷の念を漂わせる。かと思えば、南部デルタに心ならずも拉致され、強制労働を強いられたアフリカンの悲惨を想像させる。また、広大な北米を彷徨する放浪者の心情を代弁する。そしてそれらのどれもが抒情的だ。その一方、田舎町の片隅に取り残された若者のアナーキーな気分に同期したロックンロールが聴こえることもある。繁栄する大都会だけが北米ではない。そのような多様性こそが普遍性の意味であり、極東の筆者にまで伝わる力なのだ。
池上は「ザ・バンドのヒット曲を歌えますか?」(本書P97)と問うている。筆者は「もちろん歌える」と答える。ただし「歌える」とは、〝カラオケで歌える″とか、〝コピーバンドを組んで歌える″というレベルではない。歌えるというより、口ずさむことができると言い換えたい。
筆者の音楽はそこまでであり、それ以上を欲しなかった。〝口ずさめるメロディーと抒情性という要素”が筆者には不可欠だった。
音楽業界が市場経済の一部を構成する以上、イノベーションは必至だ。いや、業界が、と言う前に、新世代が、彼らが欲する音楽を必要とした。大衆音楽は時代とともに変容する。筆者の次の、その次の、またその次の世代・・・がいままさに体験している日常が、新たな大衆音楽を生む。
年寄りの筆者がザ・バンド以降の音楽に夢中になることは難しかった。感性がうけつけなかった。筆者には、ハードロック、プログレ、パンク、ヘヴィメタ…ヒップホップ、ラップ等はなじまないのである。
ザ・バンドは、筆者のなかでは、メロディーラインを保ち続けたロックのパフォーマーであり、暮らし、放浪、生活、恋愛、苦悩、信仰、歴史、そして抒情...を内包した唄者であり続けている。
次なる世代がザ・バンドを聴いてくれることを、心より、望んでいる。〔完〕
〔資料1〕
Jupiter Hollow
by Robbie Robertson
from ‘Northern Lights - Southern Cross’ (1975)
Well, it’s one major reason why you have to have the original albums, not the collections. It never even made it to a collection. It never even got played on stage. But it’s The Band at their very best. It’s sublime Garth Hudson at his very best. It’s one of my all time favorite Band tracks. It makes Barney Hoskyns’ Top 20 Band tracks. It makes my Top 10.
First the line-up is certainly different:
Robbie Robertson – clavinette
Levon Helm – vocal, drums
Richard Manuel – vocal, drums
Garth Hudson – Lowrey organ, synthesizers
Rick Danko – bass, vocal
Twin drummers, as in the current line-up. Two keyboard players, but one is Robbie Robertson playing hypnotic clavinette as a rhythm instrument. No guitar. Layer upon layer of Garth Hudson. Voices switching in their best style where you have to listen hard to work out which is which (not that I’m bothered). Probably too hard to do on stage, though with the addition of Richard Bell’s abilities on both percussive keyboards and sustained keyboards they could probably manage it.
On the CD version it closes the album, though the original LP release (and the Japanese CD version) gave us a different running order with Rags and Bones as the final selection. It also contains the only reference to the album title, Northern Lights -Southern Cross. At first sight, the title seems to refer to the night sky (compare Crosby, Stills & Nash’s Southern Cross the same year). In this song, the words ‘northern lights’ are followed by ‘in the midnight sun’ so refer to the heavens. The album title as a whole refers beyond that to the Canada-Arkansas axis within The Band. Northern Lights is Canada. Southern Cross is the Confederate flag, or The South. The album’s centerpiece is Acadian Driftwood and this connects Canada with New Orleans.
Let’s review the quotes first:
Levon Helm
One number, Jupiter Hollow, was a showcase for Garth, who really earned his nickname of H.B. (Honey Boy) on that album, because he was the one who put in the studio time that sweetened the record and put it in that state-of-the-studio mode. Shangri-La had twenty four tracks, and Garth used that leeway to craft as many as half a dozen keyboard tracks on a single song using the ARP, Roland, Mini-Moog and other synthesizers he was working with. A lot of this stuff was tied together with a computer keyboard, which Garth wielded like the wizard he is, giving the music an almost orchestral overlay.
Barney Hoskyns
Shangri-La was a state-of-the-art 24-track studio, fully equipped with the latest synthesizers, and Garth spent many hours on his keyboard parts. Absorbed in the possibilities of the new technology, he saw no problem in incorporating Mini Moogs and ARP string ensembles into The Band’s essentially lo-tech sound. One listen to the intricate layers of Jupiter Hollow is enough to show that he succeeded.
Chris Morris (Billboard, CD sleeve notes)
Thanks to advances in technology (most notably in the employment of new, sophisticated keyboards by Garth Hudson), the music takes on a lustrous, layered sheen. It’s hard to think of another Band album that sounds so plain gorgeous … The instrumental performances on Northern Lights – Southern Cross are almost otherworldly in themselves. Without showing off, The Band gives an in depth demonstration of its collective chops. Of particular note … (is Hudson’s) phantasmagorical keyboard playing on Jupiter Hollow.
Greil Marcus
The action (on Northern Lights- Southern Cross) took place between the lines; if Moondog Matinee was Manuel’s album, this one, despite the fact that Robbie had written all the songs, was Garth Hudson’s. He played with deceptive anonymity; his music worked as a presence; tapestries hung on back walls. No nuance escaped him, no shade of emotion, no matter how elusive, seemed beyond him.
The remastered version from 1990 brings it all out (and makes you wonder why Big Pink and The Band have never had the same treatment).
(Piter Viney on Jupiter Hollow /THE BAND Website)