2025年2月18日火曜日

『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』

 ●橘 玲〔著〕 ●文春新書 ●1900円+税 

 ビッグ・テックと呼ばれる巨大IT企業がアメリカのみならず世界経済を牽引するようになった。それら企業の創業者たちは巨額な富を築いている。彼らは20世紀の億万長者とは趣を異にしている。彼らの成功への道筋には汗のにおいがしない。彼らはギフテッドと呼ばれる理数系の天才たちで、彼らの知能が巨額の富と直結しているからだ。20世紀の億万長者たちの成功への道のりが労苦のそれであったとするならば、ビッグ・テックの成功者たちのそれは、知能そのものとなっている。その知能と成功が彼らを万能感に浸らせているように思える。 

 ビッグ・テックの成功者の中から、テック・ライト(テック右派)と呼ばれるグループが形成された。トランプ新政権に入閣したイーロン・マスクがそれを代表する。彼らのイデオロギー(思想)の第一の特徴は、自由を最重要視することだ。その結果として、経済活動に係る政府の関与をよしとしないのみならず、個人の生活、表現、行動において、政府に規制されることを望まない。このような傾向は、米国の建国以来培われてきたイデオロギーであるリバータリアニズム(それを信奉する者をリバタリアンという)と酷似している。そこから、テック・ライトの別称として、本題にあるテクノ・リバタリアンという呼称があたえられるようになった。なお、リバータリアニズムとトランプ主義については、拙note(https://note.com/tokyoriki/n/n59277b6ec4fa) を参照のこと。 

 テック・ライトとトランプの接近が表に出始めたのは、2024年の米国大統領選挙からだった。彼らの狙いは、バイデン政権が行ってきたテック関連産業における規制をトランプ新政権誕生により撤廃もしくは緩和されることを期待したからだ、と報道されるようになった。 

 しかし、彼らとトランプの蜜月関係は、2022年のイーロン・マスクによるツイッター買収からはじまっていたようだ。ツイッターの創業者ジャック・ドーシーはトランプと一線を画し、トランプのアカウントを凍結した。とはいえ、バイデンの民主党政権がビッグ・テックと一線を画していたというわけではない。以下の記述は主に、「偽情報・ディープフェイク もう一つの大統領選(内田聖子〔著〕『地平2025年1月号』/以下「前掲書」という)のリポートに拠る。 

 内田によると、ツイッター社が2020年に民主党政権に投じたロビー資金は90万9,431ドル(約1億2,000万円)で、共和党にはわずか1万4,137ドル(約190万円)にすぎなかった。つまり、簡単にいえば、イーロン・マスクが買収する前のツイッター社は民主党よりだったということにすぎない。民主党政権時代のFBIや移民・関税執行局(ICE)などの連邦機関はビッグ・テックの監視技術を購入することで移民や市民の監視を進めていたのである。2020年当時、テック・ライトという党派性をもったグループが形成される以前は、テック企業と政府の結びつきについては、それほど報道されていなかった、と別言できる。この緩やかな流れが急変したのが2024年の大統領選挙中であり、以降、強く社会が認識するようになったと言える。

 そのさなか、Facebook、Instagram、X(旧ツイッター)、You Tube、Tic Tokなどは、それまで公表してきた選挙の公正性に関するポリシー、たとえば、「政治や選挙に関連する暴力を助長するコンテンツを特に禁止する」「生成AIで作成されたコンテンツにはその旨をラベル付けする」という措置を翻していく。そして、(民主党政権下における)SNS上の言論規制、政府の非効率性、経済活動に係る規制を攻撃するようになる。彼らの狙いは、「自由」を建前とした、たとえば自動運転自動車の安全性に係る規制の撤廃であり、NASA廃止による宇宙開発事業の民営化である。イーロン・マスクはテスラという自動運転自動車の実用化のための研究開発を進めているし、宇宙開発事業にも手を出している。NASAが解体されれば、その事業を概ね自社が受け継ぐことができる。 

 〈建前の自由〉と〈本音の利権獲得〉が米国の大衆の目には映りにくい。米国のマジョリティーにとっての民主党(政権)は、1930年代のニューディール政策以来、大きな政府という刻印が押された存在であり、連邦政府を通じて、自分たちの税金が貧困者(働かない怠け者)に配られていると思い込んでいるからだ。トランプ2.0発足からすぐ、イーロン・マスクは政府効率化省(Department of Government Efficiency, DOGE)のトップに就任し、連邦政府機関の解体を進めている。このことは、米国のマジョリティーにとっては拍手喝采の快挙に見える。 

 テック・ライトの狙いは彼らが率いるテック企業による利益の最大化にとどまらない。本書に詳述されているように、彼らは議会(立法)・司法・行政という権力の分散化を非効率として退け、①有能な独裁者(dictator)による執政、②自由な経済活動による経済活性化、③頭の悪い大衆を管理するためのコンピューターの高度な技術開発の完成――による経済発展と安定した社会の構築を目指す。 

彼ら(テック・ライト)は民主主義を否定し、その代替として、心理学や神経科学とAIを組み合わせるかたちで、「マインドハッキング」「サイコグラフィックス」「デジタルコカイン」などの用語で言われるような、人間の意志決定の操作を目的とする研究開発、実装を日々進めている。AI/アルゴリズムを使ったプロファイリング、ターゲッティング等による人々の「部族化」は、特定の政治傾向の過激化・極端化をもたらし、異なる意見を聴く寛容性をますます困難にしている。すでに米国では、政党や党派などによる意見の極端化・分極化に加えて、愛着や強い支持、そして別の集団への感情的な敵対心が高まる「感情的分極化(affective polarization)が生じていると指摘されている。(前掲書P37~38)

 トランプとテック・ライトが目指す近未来社会がどれほど恐ろしいかは想像に難くない。リバタリアンはトランプ政権の下、完全な自由の実現を目指すとしながら、実は完全に自由が奪われたデストピアを構築しようとしているのである。米国のマジョリティーがそのことに気がつくのかどうか不安だが、日本に暮らす者は、米国すなわちトランプの真似だけはしないよう、日本政府を監視し続ける必要がある。 〔完〕