2026年1月13日火曜日

祝福する喜び


写真と本文は関係ありません
 
 成人の日のきのう、地下鉄駅のエレベーターに乗り込んだわたしのあとから、晴れ着姿の若い女性がひとり、はいってきた。ほかにだれもこなかった。 

 エレベーターの扉が閉まったとき、「成人ですか」とわたし、「はいそうです」と女性、「おめでとうございます、きれいですね」とわたし、「ありがとうございます」と、満面の笑みの彼女。エレベーターの扉が開き、互いに微笑みを交わし無言で別れた。 

 一人になったわたしに説明できない至福感が漂った。祝福される喜びもあるが、祝福する喜びもあるのだと。声をかけてよかったと。 

 いま思えば不思議だ。こういう時代、エレベーターという密室のなか、知らない男から声をかけられれば警戒して当然、わたしはガン無視される可能性もあった。そうなれば不快感だけが残っただろう。 

 振り返れば、エレベーターの扉が閉まったとき、そんなことはまったく思わなかった。「声をかけなさい」と、――そして、一分にもみたない時間をおいて扉が開いたとき、「もう、なにもいうな、これ以上、彼女にかかわるな」と、――神(のようなもの)が私に命じた。

 彼女は美人ではなかったけれど、美しかった。がんばったすこし濃い目の化粧がそれを強調した。なによりも若さが明るい未来を指し示していた。 〔完〕