●ピーター・サルウェイ[著] ●岩波書店 ●1500円+税
本題について整理しておこう。訳者の南川高志氏が「あとがき」でことわっているように、『古代のイギリス』というタイトルはふさわしくない。原題は『ROMAM
BRITAIN』だから、“ローマ時代のブリテン島”くらいがふさわしい。
そもそも、「イギリス」とは誤解を与えやすい表記だ。まず、現在のグレートブリテンを国際政治の観点からみてみよう。日本でいう「イギリス」は無意識のうちに、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを、さらに、アイルランド共和国の存在までも消去させてしまう。そもそも、ローマ帝国がブリテン島を征服する前、先史ヨーロッパ人が存在し、やがて、中欧からやってきたケルト人が彼らを滅ぼしたというのが定説の1つになっている。
紀元前1世紀、カエサルがブリテン島を征服し、ローマ支配が始まった。その後、蛮族の侵入により、ゲルマン系のサクソン人がブリテン島の支配者となり、やがて、ノルマン人(イングランド)がそれにとって代わり、今日に至っている。その間今日まで、直近の征服者イングランドと、スコットランド、ウェールズ、アイルランドとの抗争が続いている。直近の征服者・イングランドを日本では、「イギリス」という。
さて、本書は、ROMAM
BRITAINの翻訳部分と、訳者南川氏のイギリスにおけるローマ史跡の案内である「イギリスで『古代ローマ文明』を楽しもう」の二部構成になっている。翻訳部分は、ブリテン島とローマ帝国に関する歴史研究だ。本書から、ローマ帝国がなぜ、ブリテン島征服に注力したのかをうかがい知ることができる。古代の地中海世界にあって、ブリテン島は世界の果てだった。ローマの権力者、とりわけ、軍部出身者がそこを支配したということは、自らが世界の支配者であることを証明することになったのだ。
研究部分に不満がある。一番の不満はローマ帝国に支配された側の視点がないことだ。ケルト人(イギリスではブリテン島先住民をケルトと呼ばないらしいが)の立場が欠けているから、ローマ支配の実態が分かりにくい。遺跡からハード部分を知ることはできても、ソフト部分が、たとえば、ローマの宗教とケルトの宗教がどのように融合したのかがわかりにくい。
その一方、本書の優れた点は、ブリテン島におけるローマの影響を広く知らしめたことだ。日本人にとって、ブリテン島におけるローマの影響は盲点だった。私のような「ケルトファン」にとっても、歴史の隙間だった。ローマ支配を経験した欧州の代表的地域はフランスだが、世界史好きの日本人ならば、古代フランスをガロ=ロマニアと呼ぶ歴史概念は常識になっている。ところが、「イギリス」の歴史の中に、ロマニア=ブリトンという概念を知る人は少ない。フランス語がラテン語系であるから影響が強いと考え、英語がゲルマン(サクソン)語系だから、ローマの影響を低いとみてしまうのかもしれない。
本書が「イギリス」の複合性を知るきっかけになればいい。そして、ローマ帝国の大きさを改めて知ることもムダではない。