12月7日、押尾元被告が、新たに合成麻薬の「譲渡」の容疑で逮捕された。押尾容疑者は8月3日、東京都港区のマンションでMDMAを使ったとして麻薬取締法違反(使用)容疑で逮捕・起訴され、先般、懲役1年6月、執行猶予5年の有罪判決が確定したばかり。
筆者は、この事件について何度も当コラムに書いてきた。先の公判で押尾元被告に有罪判決が下ったが、一緒にいた女性の死亡の真相については、何も明らかにされなかった。そのことが、人々の間に苛立ちを募らせた。裁判所が真実を明かさないのであれば、いったいだれがどうやってそれを究明するのか。一人の女性の命が失われたにもかかわらず、最も近くにいた押尾容疑者の行動に責任がないで済まされていいのだろうか――人々の苛立ちは、結局は警察・検察・司法に対する不信感として沈殿した。ここのところ、冤罪事件が多数発覚しする一方で、凶悪犯罪は未解決なまま。検察の動きといえば、政治献金に対する政党間のアンバランスな取り組みが顕著となっていた。人々は、最近の警察・検察の行動に不信感を募らせている。そればかりか、最高裁が「ビラまき事件」に関して、言論圧殺に近い判決を下していた。日本の警察・検察・裁判所は機能不全に陥ったのか・・・
今回の押尾元被告の再逮捕は、警察・検察不信をいくらか緩和した。先の公判の押尾元被告の供述の信憑性が裁判官に疑われたくらいだ。検察・警察が何もしなければ、人々の当局への不信は一層沸騰しただろう。
再逮捕後、マスコミにいろいろな情報が飛び交うようになった。たとえば、押尾学容疑者の毛髪から合成麻薬MDMAの成分が検出されていたともいう。警視庁捜査1課は同容疑者が自らMDMAを入手して、日常的に使用していた疑いもあるとみて調べている。同容疑者には常用性がありながら、MDMAは死亡した女性から譲り受けたと偽証し疑いが濃い。押尾容疑者は使用罪での初公判などでMDMAの使用について「米国との使用を合わせて4回」と主張。亡くなった女性と使用した以外の過去の使用は、「米国内だけ」と供述していた。 また、「MDMAは死亡した女性からもらった」と一貫して主張してきた。となれば、憶測・推測にすぎないが、押尾容疑者が、容態が悪化した女性を救命せず、MDMA入手の罪を女性になすりつけようと図ったのではないか、と考えて不思議はない。
今後の捜査の展開としては、押尾容疑者が死亡した女性にMDMAを渡したと証明できれば、死亡した女性の容体急変後に適切な措置を取らなかったとして、保護責任者遺棄致死容疑での立件が近づく。 捜査1課は、押尾容疑者のほか、死亡した女性の携帯電話を捨てた証拠隠滅容疑で元マネジャー、押尾容疑者にMDMAを渡した麻薬取締法違反容疑でネット販売業の知人男性の3人を同時に逮捕した。
そればかりではない。テレビに出演したヤメ検弁護士のO氏は、過去の判例から、押尾被告には傷害致死の嫌疑もあるという。O弁護士によれば、大量の覚せい剤を知人に注射して死亡させた覚せい剤常用者が傷害致死罪で立件され、公判で検察側の主張が認められたという。
さて、この事件は、『刑事コロンボ』『必殺仕掛人』『ダーティーハリー』などの正義の味方(=ヒーロー)の物語を思い起こさせる。合成麻薬の常用者で有名な俳優--金持ちで威張り腐った犯人(=押尾容疑者)--が、知人女性にそれを飲ませ、容態を悪化させる。麻薬常用のスキャンダルを恐れた犯人は事件の揉み消しを図らんとして、取り巻きやマネジャーと共謀して、容態が悪化した女性を3時間近く放置し、死に至らしめ、亡くなった女性に麻薬所持の罪をかぶせようと画策する。財力やコネクションを使ってマスコミを黙らせ、当局にも捜査中止の圧力をかけ、犯人の目論みは成功したかのようにみえたのだが、そこにヒーローが現れ、犯人側の「空白の3時間」を解明し、犯人の策謀を暴いてみせる--というわけ。この事件、初期段階の当局の動きは、誠に鈍かったという印象を受けた。
今日に至るまでの間、当局内部にこの事件に対する取組みについて変化があったのか、当局が最初から、このような手順を踏む計画であったのか、筆者には知る由もない。だが、結果的には押尾容疑者が墓穴を掘った観は否めない。つまり、女性の容態が悪化したとき、押尾容疑者が119番をするなり救命に尽力していたならば、そして、女性の命が助かっていたならば、彼には情状酌量の余地が十分あったし、麻薬の「使用」の罪に服すれば足りた可能性も高い。そうであれば、せいぜい懲役1年数ヶ月、執行猶予数年で、この事件は終わったはずである。
ところが、押尾容疑者は人倫に外れ、救命活動に尽力せず、亡くなった女性に罪を着せようと図ったために、保護責任者遺棄罪で立件されることは確実となり、証拠次第では、保護責任者遺棄致死傷罪、さらに、O弁護士のいうように、傷害致死罪で立件される可能性まで生じてしまったのである。
自業自得とは、まさにこのことである。“悪い奴”を世にのさばらせることは、神がお許しにならない。ちなみに、保護責任者遺棄罪は3月以上5年以下の懲役、同遺棄致死傷罪は20年以下の懲役となる。傷害致死罪の場合、懲役3年の有期懲役と決まっていて、有期刑の上限は20年以下となる。筆者のような素人裁判官が現在の情報に基づき押尾容疑者に判決をくだすとしたら、最短で5年間、彼を塀の中の人とする。