2010年5月23日日曜日

『ルポ 貧困大国アメリカ 2』

●堤未果[著] ●岩波新書 ●756円

本書は、米国社会の実相ルポの第二弾だ。第一弾は、アフガン・イラク戦争、サブプライムローン破綻、リーマンショック下の、そして、本書では、オバマ大統領誕生以降の、米国の姿が扱われている。

前書では住宅ローン破綻で家を奪われた人々や、借金苦の若者が「対テロ戦争」にかり出されていく構造が報じられたが、本書では、国民皆保険制度に反対する医産複合体(保険業界、医療業界)のロビー活動の結果、病人が高額な債務を背負わされるプロセスや、債務者が戦争に行く代わりに刑務所に放り込まれ、刑務所で強制的低賃金労働に従事させられる実態が明らかにされている。まったくもって、信じられない話だ。

米国で生活をしたことがない者には、本書が米国の「真の姿」であるのか、誇張された「虚の姿」であるかは断じるすべがない。だがそれでも、筆者は本書を信じる。なぜならば、その内容が、日本のマスコミがこれまで意図的に報じてこなかった米国民の悲惨な姿だと推測するからだ。筆者は、21世紀の米国社会とは、富めるものと貧なるものが固定化した、強固な階層社会だと確信する。また、米国=豊かな中産階級国家という神話が崩壊したことをも確信する。この神話は、日本が米国との戦争に敗れた後、1960年代を通じて日本国民に刷り込まれた“情報”だった。

米国に逆らってはいけない、米国は自由主義の旗手であり、自由主義に基づく理想の国家なのだ--というのが日本の国家権力及びマスコミの共通認識であり、そのようなメンタリティーの下で、「日米同盟」は維持されてきた。米国のありのままの姿を日本国民に知らせないことが、日本の権力者とその同伴者たるマスコミの情報戦略だった。そしてそのことは、いままさに普天間問題報道で維持されている。

本書を読む限り、かつての“栄光の米国中産階級”はとっくに二極分化過程を終え、極端な富者と極端な貧者に分断・固定化されてしまっている。そのことをなぜ、日本のマスコミは報じないばかりか、“自由なアメリカ”“アメリカンドリーム”を喧伝し続けるのか。

米国の一般的学生が学費ローンの「蟻地獄」に取り込まれるプロセスが本書に詳しい。米国の若者は、有名大学を卒業しなければ、「まともな就職」ができない、という恐怖に陥っているようだ。そうでなければ、薄給(時給)の外食産業従事者、不安定な非正規労働者にしかなれないことを知っているからだ。このあたりの事情は悲しいかな、日本は米国に近づいている。

若者は高額な学費を必要とする有名私大に入学するため、学費ローンを組む。ところが、超エリート大学には最初から、入学できない仕組みになっている。米国の超エリート大学とは、たとえば、“アイビープラス”と呼ばれる(ブラウン、コロンビア、コーネル、ダートマス、ハーバード、プリンストン、ペンシルバニア、イエールの“アイビー”に、マサチューセッツ工科、スタンフォード、デューク、シカゴ、カリフォルニア工科、ジョンズ・ホプキンスを加えたもの)。この“アイビープラス”には、いくら優秀でも、裕福な家庭の学生以外は、入学できないといわれている。その理由は公表されていないが、大学側が、大学施設を維持するために必要な寄付金を入学者に期待しているからだろう。

超エリート大学への入学の道を不本意にも閉ざされた中産階級以下の大量の学生たちは、次のクラスの大学に入学せざるを得ない。そこで彼らは、卒業後に高額な年収を得られるという見込みのうえで学費ローンを組む。しかし、実際には卒業後の彼らにまともな職はない。とりあえず、仕方がないので、低額時給のファーストフード業等に従事し食いつなぐ。彼らの低い収入では当然、学費ローンの返済は滞ることになるから、借入利子が膨らんで、不良債務者に転落していく。

だが、そうなれば、学費ローンを学生に供給したローン業者も大量の不良債権を抱え込んで経営が立ち行かなくなるのではないか・・・と思うのだが、ここに米国が掲げる「金融立国」の問題点が潜んでいることがわかる。

米国では学費ローンは、公的セクターが担ってきたが、いつの間にか民営化されていた。学費ローン企業は、“債権の流動化”と称して、学生に貸し付けた債権を傘下の債権回収業者(サービサー)、債権取立て代行業者等に売り払う。債権の流動化というのは、日本でも古くから行われていて、たとえば手形の割引や、借金の取り立て代行などが該当する。100万円の借金の取立てができなくなった債権者が、回収ゼロよりは…という思いで、それを専門業者に50万円で売り払う。債権を引き継いだ専門業者が債務者から50万円以上を取り立てれば、その分が利益となる。利息を計算すれば、100万円の債権はたとえば200万円くらいに膨らんでいることもあるかもしれないから、サービサー等が利息を含めた借入額全額を回収できれば莫大な利益を得られる。

米国の学生が借り入れを返済できなくなった学費ローンの利子を含めた総額は、時の経過とともに額面上は莫大な(債権)額に膨らんでいるわけであるから、それをサービサーが次から次へと転売(=流動化)していくことにより、架空の(未実現でありながら利息計算上の)利益を得られるように見える。典型的な「ババ抜きゲーム」だ。債務者である学生には、過酷な取立てが行われる一方で、流動化の出口でババを掴んだサービサーは当然破綻する。サブプライムローンと同じ結果だ。学費ローンの未実現の債権はいろいろな金融商品に織り込まれているから、証券を購入する投資家には見えない。それがどこかで破綻すれば、一気に金融危機がやってくるというわけだ。

学生が過剰な学費ローンを組むからいけないのだ、というかもしれないが、高校を卒業したばかりの若者には、大学進学以外に職を得る道がないと思うのは当然だし、将来、ローン返済が不可能になるとは思わない。ナイーブな若者を食い物したローンビジネス=債権流動化(証券化)ビジネスが諸悪の根源にある。

さて、本書がささやかながら伝えているのが、“オバマ大統領の真実”だ。就任当初7割という支持率から比べれば、現在5割に支持率は落ちたというものの、およそ半分の米国民はオバマを支持している。50%という数値は、オバマが“貧困大国アメリカ”の救済者なのか、所詮はブッシュと同じ、富者のための大統領なのかについて、米国民が判断しかねていることを表しているようにみえる。大統領選挙前から、3割はオバマを社会主義者だとして支持しないリバータリアンだろうから、オバマに期待した国民のうちの2割が彼を見切ったことになる。

この先、オバマの支持率は更に低下するであろうし、おそらく、米国の貧困も改善されないだろう。よしんば改善されたとしても、「××バブル」のおかげだろう。日本国民は、そんなオバマの米国をまだ信奉し続けるつもりなのだろうか。