2010年8月31日火曜日

党首を選挙で選ぶのは当たり前のこと

政治政党が代表選挙を行うことはあたりまえ。スターリン主義の日本や中国の共産党、宗教団体を基盤とし、その教祖を事実上の党首とする公明党には路線対立が起りえないから、路線対立を巡る代表選挙が存在しない。代表選挙があっても、形式にとどまる。そういう政党は、民主主義政党ではない。

党内に路線を巡る対立がある場合、革命後のソヴィエト連邦は、党内の権力を奪取したスターリンが反対派を粛清し、党内秩序を維持した。恐怖政治である。また、一昔前の日本の「新左翼」ならば、党内理論闘争を行い、それでも埒が明かない場合は、内ゲバで決着をつけた。

このたびは、日本の政権与党――民主党の話である。同党内における路線の対立は明らか。小沢一郎を担ぐ一派は、政権奪取前に掲げたマニフェストを遵守する原理主義であり、菅首相を担ぐ一派は、修正主義である。この対立は革命後に惹起する、<革命>対<反革命>の図式を投影したもので、このような現象は、市民革命、社会主義革命を問わず、権力交代後に必ず起こる。

決着をつけなければ、先へは進めない。しかるに、民主党の路線対立に対して、批判する報道が絶えない。何が気に入らないのだろうか。マスコミ関係者には、「対立」が「ごたごた」に見えるのか。彼らは、党は「一枚岩」でなければいけないと信じているのか。テレビに出演するコメンテーター氏は、民主党の代表選挙は国民が関与しないと言い出す始末。代議員制度の否定である。直接投票による大統領制度の怖さについては、ポピュリズム=小泉政権の悪しき経験によって克服しえた問題だと思っていたのだが、そうでもないようだ。

民主党の代表選挙に係る報道として重要なのは、小沢~菅のあいだいの路線の違いを明確にすることだ。小沢側の主張と菅側の主張の違いを明らかにすることだ。とりわけ、菅が首相に就任してすぐに消費税10%をもちだした経緯を明らかにさせることが重要だと思う。もう一つは、普天間移設問題だ。前首相の鳩山は、移転問題の期限において危機に見舞われたが、米軍のグアム移転は無期延期になっていて、鳩山はあの時点で決断する必要はなかった。普天間移設報道は、鳩山(小沢)を辞任させる材料の1つにすぎなかった。

民主党が政権に就いて以来、不可解なことがいくつも起っている。今回の代表選挙で、そのうちのいくつかが明らかになればいい。マスコミは、代表選挙を機に、小沢、菅の両陣営に対して、政府民主党内に隠された不可解さの淵源を公表させるような働きかけを行ってほしい。代表選挙は、候補者を通じて不可解さを問う絶好のチャンスだと思う。