2011年11月18日金曜日

「巨人軍」崩壊こそが日本プロ野球近代化の一里塚

読売ジャイアンツの清武英利球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM=61)が、渡辺恒雄球団会長(85)を「コンプライアンス(法令順守)違反」「球団を私物化」と会見して批判した。その後、渡辺会長が、反論する談話を発表。さらに清武代表兼GMが再反論を発表し、両者泥仕合の様相を呈している。ところが、日本シリーズ開幕中の騒動ということで、当事者の読売に非難が集中しはじめ、清武GM、渡辺会長の双方が自制、本件は一時沈静化したものの、11月18日、読売球団が清武GMの解任を発表し、騒動が再燃しようとしている。

◎清武GMの渡辺会長批判はピント外れ

筆者は菅野ドラフト指名問題について「コンプライアンス違反」という観点から読売及び東海大学野球部(原貢顧問)を批判してきた。ちょうどそのとき、読売内部から、コンプライアンス違反の告発が出てきたことに驚きを覚えた。

泥仕合の外形は、成功体験にしがみつく老いたトップ(渡辺会長)と、それに反発する頭でっかちの若手管理職との対立のようにみえる。これまで、読売グループ内部には、頑迷で権力をもった老トップを諌めるような気骨ある者は皆無だったのだが、ちょっと経営学をかじった次世代管理職が蛮勇をふるって、老トップに反旗を翻したのか。告発の大義は、いま世間がもっとも関心を寄せる「コンプライアンス(法令順守)」という言葉。「コンプライアンス違反」だと主張すれば、老いぼれトップを蹴落とせる、そうすれば、巨人球団の、次は読売新聞の・・・トップに、と、思ったかどうかはわからない。

しかし、清武GM側が主張するところの渡辺会長の「コンプライアンス違反」という指摘は見当違い。記者会見を開いて告発するに値しない。本件は、評論家諸氏が指摘するように、読売内部のガバナンス(企業統治力)の崩壊であって、司法や第三者委員会等が介入するようなコンプライアンス違反の問題ではない。

それでも、清武GMの記者会見は、一点突破全面展開の決意が滲み出ていた。笑えるのは、前出のとおり、その大義がピント外れのこと。さはさりながら、筆者は本件について、読売ジャイアンツの崩壊を象徴する出来事と解釈し、日本プロ野球の改革の端緒だという意味で、清武GMによる自爆的渡辺会長批判を支持したい。

◎新聞、テレビを武器に権力を乱用するナベツネ(渡辺恒雄)
 
報道にあるとおり、告発された渡辺会長は、読売巨人軍の球団の会長だが、球団の代表権はない。しかし、球団の親会社・読売新聞社の社主、すなわち、読売グループの事実上のトップである。子会社である球団代表にすぎない清武GMとは格が違う。読売新聞といえば、創業者正力松太郎が戦後、米国CIAのエージェントを務めていたことがよく知られている。今日でも、読売新聞の論調は、米国の利益を誘導するものと理解されている。

米国CIAの後ろ盾がなくとも、同紙は日本最大の発行部数を誇り、そのうえ、テレビ局もその傘下においている巨大メディア。そんな第4の権力に好んで敵対しようと思う者は少ない。そのため、そのトップ・渡辺会長は、日本の政治家等に強い影響力をもっているといわれている。しかも、彼はプロ野球に関心が強く、これまで、日本プロ野球に強い影響力を行使してきた。圧倒的な巨人軍人気を背景としてセリーグ5球団は、事実上、渡辺の支配下にあった。パリーグには直接影響力は及ばないものの、前出のとおり、全国紙及びTVキー局を有する巨大メディア業の読売を好んで敵に回す者はいない。メディア業界のライバルである朝日新聞、毎日新聞は読売に対して一見辛口の批評をするものの、同業者を叩かないという日本の業界常識に則り、読売に対して本質的批判を加えてこなかった。朝日・毎日等に限らず、マスメディアを本質的に批判する者は、この日本国には存在しない。

◎巨人軍は読売新聞の拡販手段

渡辺会長が構想するプロ野球ビジネスは、日本プロ野球の生みの親・正力松太郎がつくりあげたビジネスモデルを引き継ぐもの。その正体は、新聞の拡販の道具としてプロ野球を利用することだった。正力がつくりあげた日本のプロ野球とは、球界の盟主として強い巨人軍を君臨させ、巨人軍が勝ち続けることで全国に巨人ファンを量産することだった。常勝巨人軍が巨人ファンを増大させ、その挙句、読売新聞及び報知新聞の販売拡大が成就する。一昔前まで、読売新聞の定期購読契約の切り札は、入手困難といわれる巨人戦チケットだったことはよく知られている。さらに、テレビの普及とともに、放映権ビジネスが巨額の富を読売グループにもたらした。巨人軍を除くセリーグ5球団は、巨人人気を高める付属物にすぎない。野球は相手がなければ成立しない娯楽だから。

渡辺会長ほど、日本プロ野球を愛する者はいない――と称賛されることがある。だが、渡辺が愛したのは、巨人一極集中という、正力がつくりあげた歪んだプロ野球にすぎない。その証拠に、日本プロ野球において、渡辺は巨人弱体化に直結する制度・ルールには終始反対の姿勢を貫いた。その代表がドラフト制度で、その事例として、「空白の一日・江川事件」を挙げれば十分だろう。江川問題で世間の顰蹙を買った読売はその後、自由枠制度の創設などでドラフト制度に反発を続けた。自由枠制度も批判にさらされると、談合に近い逆指名=単独指名により、何人もの優秀なアマチュア選手を巨人に入団させてきた。それが揺らいだのが、今年のドラフトにおける日ハムによる菅野指名だった。そういう意味で、日本プロ野球――読売巨人軍一極集中の日本プロ野球界にコンプライアンスはない。このたびの清武GMの渡辺会長批判=「清武の乱」が、読売主導の日本プロ野球界全体を「コンプライアンス違反」として告発したのならば、それは意義ある志高い行動だと評価できるのだが、今回はそれとかけ離れた読売内部のコーチ人事に係る告発だったことが残念である。

◎「清武の乱」を日本プロ野球近代化の第一歩に

「清武の乱」について、評価できる点を挙げておこう。その第一は、GM制度とは何かの問題提起である。清武GMが本来のGM業務を全うしていたかどうかは別として、会長がチーム人事を直接行うのであれば、GM職は不要である。だから、巨人球団の代表権をもたない会長職にある渡辺は、巨人球団の取締役会等を開催し、清武のGM業務の評価を行うことが先決だった。その場において、巨人軍の2011年シーズンを検証し、清武をGM職にとどめ置くのか否かを決定し、GM職を継続させるのであれば、①清武の2012シーズンの構想の提出をまち、それを承認するかどうかを機関決定する方向、②清武に2012シーズンを一任する方向――の択一を機関決定すべきだった。

筆者の想像では、渡辺にはいずれの選択肢も思い浮かぶはずもなく、“俺が決める”として、「岡崎ヘッドコーチ解任」「江川助監督」を清武GM抜きで決めてしまったのだと思う。このような独断専行は職権乱用にあたる。一般の企業であれば、職務規程、業務規程、役員業務規程等に違反するケースとなろう。そのレベルにおいて清武が渡辺の蛮行を、「コンプライアンス違反」と告発したのならば、間違ってはいないが、文科省の会議室を使って、同業者が日本シリーズを戦っているタイミングに、記者を集めて、告発するような内容ではない。

読売巨人球団が代表権をもつ者をGM職に任命したのならば、その業務内容を規定し、清武がその業務を全うできなかったと判断したのならば、清武の上司にあたる桃井球団オーナーが清武を解任するか、もしくは、清武に対して2012シーズンの業績アップを約束させて、GM職を続けさせる以外、選択の余地はない。清武をGM職に留めたまま、その権限を剥奪し、規定した業務をさせないのであれば、いわゆる、「飼い殺し」という処遇に該当する。そもそも、巨人球団にGMの職務を規定したものがあるのかどうか。メジャーリーグ球団の外形を模しただけではないのか。

◎巨人球団の崩壊こそ、日本プロ野球近代化の近道

GM職のあり方を検討しあうことは、日本プロ野球球団にとって有益なことであることはまちがいない。だが、日本プロ野球近代化を短期間に達成するには、読売巨人球団が内部崩壊し、世の中に残存する読売巨人軍幻想が消滅することのほうが効果的である。正力松太郎がつくった巨人軍一極集中の歪んだ日本プロ野球の姿を正常化するには、人々がなによりも、プロ野球を志すアマチュア選手諸君が巨人球団内部の非近代性に気づき、そこを最高位だと思わないことが重要だ。続いて、現役プロ野球選手がFA権を取得したとき、第一の選択肢として、巨人球団を目指さないことだ。もちろん、巨人に入団したいという選手がいてもいい。巨人はあくまでも12分の1であり、相対的な対象であることが重要だと思う。

ドラフト制度創設以来、巨人からの指名でなかったため、大学に進学したり、ノンプロ野球球団に入団したり、浪人したりしたアマチュア選手が何人もいた。そういう事例が少なからず発生していたということは、スポーツ界にあってはならない不幸な出来事だと筆者は思う。筆者はそのような事例の根絶を願う。才能ある若いアマチュア選手には、プロ球団に一日も早く入団してもらいたい。そこで才能を磨き、高いパフォーマンスをできるだけ多くの野球ファンに見せて楽しませてほしい。田中(楽天)、ダルビッシュ(日ハム)、斉藤祐(日ハム)といった若手投手は、巨人の所属するセリーグではなく、パリーグで活躍し、多くのファンの強い支持を得ているではないか。彼らは「巨人軍幻想」をもたず、ドラフト制度の趣旨を理解し、日本プロ野球全体の健全な発展のためにドラフト制度を遵守し、プロとして精進・努力し、野球ファンを魅了している。

パリーグの若手3投手の潔さに比べて、2011シーズン、巨人で活躍した3選手――単独指名で入団した沢村(2011新人王候補)、他球団からの指名を拒否して逃げ回った長野(同セリーグ首位打者)、同じく自由枠で入団した内海(同最多勝)には薄汚さがついてまわる。読売の3選手は、プロ野球のスタート時点でスポーツマンシップを汚してしまった。彼らには、ルール遵守やフェアプレー精神という言葉が似合わない。エゴイズムしかない。だが、もちろん、彼らに罪はない。彼らも、巨人幻想という読売がつくりだした犯罪の犠牲者なのだから。