今年のドラフトの注目点は、以下のとおりであった。
(1)甲子園で活躍した藤波投手の交渉権を獲得するのはどこか。
(2)神宮のエース・東浜投手の交渉権を獲得するのはどこか。
(3)昨年、日ハムの指名を拒否した菅野投手を読売以外の球団が指名するのかどうか。
(4)米国メジャーリーグ入りを希望する高校生・大谷投手を指名する球団があるのか。
クリーンな藤波、東浜に拍手
(1)及び(2)については、複数の球団が指名をし、抽選の結果、藤波が阪神、東浜がソフトバンクと、両者納得の結果を得たような気がする。ドラフト前に、どこの球団から指名されても交渉に応じる姿勢を明らかにしていた2人の人気者に拍手を送りたい。天は、善なる心を持つ者に祝福を与えるものだ。
ドラフト破り菅野を「祝福」するマスメディア
一方、(3)については、読売が単独指名で交渉権を獲得し、指名の挨拶に出向いた原監督が用意した背番号付(19番)の読売のユニフォームを菅野にきせるところがTVに報道された。まるで、入団会見のようだ。スポーツジャーナリズムのみならず、マスメディアまでもが、菅野の読売単独指名を祝福するような報道をしていたことに筆者は驚きを覚えた。
菅野の場合、単純に言って、ルール違反、“ドラフト破り”だ。菅野はドラフト前に読売以外の球団から指名を受ければ米国行きだと牽制までした。そんな菅野の頑なな姿勢を前にして、読売以外の球団も菅野指名を控えた。
▽アマチュア野球の建前さえも崩して、浪人・菅野を野球部に抱え込んだ東海大学、▽東海大学と読売の不健全な関係を疑問視もせず、伯父~甥の親族愛という虚構を盾にして、読売・菅野の強引な一本釣りを美談に歪曲したマスメディア、▽他球団を黙らせた読売――の3者は、ドラフトの健全な運営を妨害・阻害するルール違反者ではないのか。
日ハムのドラフト方針を媒介にドラフトを再考する
さて、浪人して1年間迂回して一本釣りという読売のドラフト戦略の犯罪性に対する糾弾はこのくらいにする。話題を転換して、日ハムの大谷指名を媒介にして、ドラフトというものを改めて考え直してみることにする。
筆者の推論では、日ハムは、日ハムを除くすべての日本のプロ野球関係者(プロ球団経営者、スポーツジャーナリズムはもちろんのこと、われわれファンを含めて)とはまったく位相を異にした視点でドラフトを位置づけているように思える。日ハムのドラフト戦略をみると、われわれのドラフト信仰の払拭を促しているにようにさえ思えてくる。
日ハム、菅野、大谷と2年連続で「強行」指名を敢行
日ハムは2011年ドラフト会議において、読売を“逆指名”していた菅野を「強行」指名し、今年は前出のとおり、米国球界入りを表明していた大谷を「強行」指名した。ここで“強行”に敢えてカギカッコを付けたのは、それがマスメディアの強い思い込みの表象であって、日ハムがドラフトについて遵法の精神で取り組んでいる、と、筆者は考えるが故だ。
前出のとおり、日ハムは昨年、菅野の指名権を得たものの、入団交渉に失敗している。そして、本年も大谷の指名権を獲得したものの、入団に至る可能性は極めて低い(と筆者は考える)。その根拠は、仮に大谷が日ハムの説得に応じて前言の米国行きを翻すようなことになれば、それこそ、“日ハムとの密約”と評されても仕方がないからだ。そんなリスクを負う愚者はいない。大谷が日ハムの交渉に応じることは不可能なのだ。となると、日ハムは2年続けて、ドラフト1位指名を無駄遣いしたことになる。2年連続して、1位指名を空振りすることを承知で、なぜ、日ハムは今年も大谷を指名したのか。この空振りは球団強化のマイナスではないのか。
プロ志望届を提出した、その年の一番の選手を指名する
日ハムのドラフトに係る方針は、栗山監督が明言しているように、その年の最も優秀なアマチュア選手(※日本の場合、ドラフトにかかる高校生・大学生・社会人が純粋なアマチュア選手だとは言えないのだが、とりあえず、表向き、野球を職業としていないという意味)を指名することだという。この方針がぶれることはないとのことだ。だから、アマチュア選手側が抱える思惑――たとえば、読売以外は入団交渉に応じないであるとか、米国野球界入りを希望する等の事前の意思表明――を、日ハムは無視する。
ドラフト制度は、プロ野球志望届を提出した者を指名することなのだから、たとえば、菅野、大谷がその届を出した以上、プロ球団側から指名を受ける立場にあり、ドラフト会議終了後、交渉権を得たプロ球団が志望届を出した者と交渉することは自然である。だから、マスメディアが特定の選手について、「強行」指名という表現を用いることのほうが誤りとなる。ドラフト制度が、選手と球団の事前の密約や、両者の特定の思惑に基づき運営されることを排除する以上、日ハムの指名は強行でもなんでもない。むしろ、菅野、大谷のほうが、プロ野球志望届を提出しながら、公正なドラフト制度に則らずに特定の思惑の下に行動した、もしくは行動しようとしている“違反者”と見なされるべきなのだ。しかるに、日本のマスメディアは、ドラフト制度に則り行動するプロ球団=日ハムの指名を「強行」と異状であるかのように表現し、日ハムを、不自然な行動をしている者と見なすよう、世間を誘導しようとしている。
1位指名の空振りは補強にとってマイナスか
客観的に見れば、日ハムのドラフト制度に対する方針と行動は筋が通っていて、公正であり、チーム強化のベストの方針であることは理解できる。だが、その結果として、日本のマスメディアに守られたルール違反者から交渉拒否を受け続け、1位指名権を無駄遣いすることのマイナス面はどうなのだろうか。2011年、2012年と2年連続の空振りが、球団弱体化につながるのかどうか。次にそのことを検証してみよう。
今の段階で、日ハムが2年連続で1位指名選手から袖にされたことがマイナスかどうかを判断することは困難だ。だが、日ハムのチーム力低下に直結する可能性がないとはいえない。というのも、たとえば、読売の場合、今季優勝した主力選手の入団履歴を調べてみると、1位指名の威力を無視することは難しい。
具体例を挙げておこう。高橋由伸野手の読売入団の経緯を『ウィキペディア』より以下、引用する。
1997年ドラフトにおいて、中日ドラゴンズ、日本ハムファイターズ、広島東洋カープを除く9球団の激しい争奪戦が繰り広げられる。高橋の出身地である千葉の千葉ロッテマリーンズファンが「高橋君にロッテへの逆指名入団を」と署名運動を繰り広げ、数万人の署名を集めたりもしたが、高橋本人は志望球団をヤクルトスワローズ、西武ライオンズ、読売ジャイアンツの3球団に絞る。ただ本人に「慶大野球部のように伸び伸びとしたチームがいい」との意向があったため、逆指名会見直前には読売新聞グループ傘下であるスポーツ報知を含めたいずれのマスコミも「ヤクルトスワローズに逆指名入団間違いなし」と報じていたが、本人の意思を超越した、周囲を巻き込みながらの壮絶な争奪戦が展開された結果、巨人を1位で逆指名入団する。会見では笑顔が一切見られず、目には涙を浮かべていたこともあり、巨人逆指名に至るまでの経過についても終始マスコミに取り沙汰されていた。2012年3月には朝日新聞の取材により入団時の契約金が最高標準額を大幅に超える6億5千万円であったことが発覚している。阿部慎之介捕手は、2000年ドラフト会議において、ドラフト1位(逆指名)で巨人に入団した選手。逆指名制度は読売がドラフト形骸化を図って創設したもの。いまはもちろん廃止されている。
内海哲也投手の場合、同じく『ウィキペディア』によると、ドラフトでは複数球団による1位指名での争奪戦が確実視されていたが、祖父の内海五十雄が巨人の野手だったこともあり、ドラフト直前に巨人以外からの指名は拒否することを表明した。そのため、2000年ドラフト会議では、巨人が単独で3位以降で指名することが想定されたが、オリックス・ブルーウェーブが1位指名した。指名直後に仰木彬から電話を受けるなどしたため、一時はオリックス入団に傾いたが、高校時代にバッテリーを組んでいた李景一が巨人から8位で指名されたことで再び拒否の姿勢を固め、最終的には東京ガスへ進んだ。2003年、3年越しの願いが叶って自由獲得枠で巨人に入団。自由枠制度というのは当時、ドラフト形骸化を画策した読売が創設させた制度でいまはない。内海は言うまでもなく、ドラフト破りで読売入団した前歴の持ち主である。
また、長野久義野手も日大卒業後の2006年ドラフトで日ハムの指名を拒否し、社会人野球Hondaに入団、2008年ドラフトではロッテの指名を拒否し、Hondaに残留。2009年ドラフトで読売が単独指名を果たし、読売に入団した、これまたドラフト破りの前歴をもつ。
沢村拓一投手は、2010年ドラフト前に「読売以外なら海外」と宣言して、読売の単独指名を勝ち取った、これまた、事実上のドラフト破り選手。主力選手のうち、まともにドラフト入団したのは、2006年の高校生ドラフトにて堂上直倫のハズレ1位で指名した坂本勇人野手くらい。
つまり読売の現在の主力選手構成について大雑把に言えば、▽読売主導によりドラフト制度を形骸化した「逆指名」「自由枠」で「合法的」に獲得した選手、▽事前の「読売以外ならば入団拒否」宣言により、単独指名で読売入団に成功した選手、▽FAで入団してきた選手、--で構成されていると言って過言でない。読売の今季リーグ制覇は、戦力的にみると、逆指名、自由枠入団のベテラン選手、事実上のドラフト破り選手、FA枠入団の選手による混成軍だと分析できる。
高橋、阿部、内海、長野、沢村と、ドラフト破りによる戦力補強の威力はすさまじい。だが逆に言えば、この先、高橋、阿部、内海が加齢により力の低下が確実に予測されるところから、読売が既存の保有の選手の底上げをしない限り、チーム力は落ちることは確実だ。ならば、日ハムの場合、1位指名を2年連続で、しかも、この先も含めて、指名拒否にあいつづけるというのは、相当の戦力ダウンに直結すると判断できるように思う。
アマチュアNO1を入団させなければ――という呪縛
日ハムのドラフト方針は前出のとおり、「アマチュアNO1選手を指名する」だが、読売のドラフト方針は、「アマチュアNO1選手を手段を択ばず入団させろ」だ。
これは一見同一に見えるがまったく逆のドラフト戦略だ。詳しいデータを無視して直感的に言えば、ドラフトとは、日ハムの場合、複数ある戦力アップ方策の1つなのだが、読売の場合、戦力アップの唯一・至上の手段なのだ。
近年、FA制度が創設されたため、読売の戦力アップはドラフトとFAの2つに増えたが、旧弊に依拠して読売はそれでも、ドラフトに全力投球なままなのだ。だから、読売はなりふりかまわず、マスメディアを使って世論誘導してまで、アマチュアNO1選手をとりにいく。過去においては、逆指名・自由枠の創設(その裏で破格の契約金提示)、それができなくなった近年では、入団拒否、浪人(社会人野球入団等を含む)による、単独指名による事実上のドラフト形骸化を敢行してまでもだ。
読売をはじめとして、球界はドラフト信仰から目覚めよ
ドラフト関連記事はよく売れる、というのがスポーツメディアの常識らしい。確かに、そこに人間ドラマがなくはない。希望と現実の隔たり、くじという偶然性による将来決定、人間関係(先輩、後輩、親族)、選手の夢、願望、欲望・・・それが錯綜するドラフト会議がつまらないものだとは言えまい。
しかし、プロ球団における戦力アップはドラフトによるアマチュアNO1の獲得に限られるものではない。もちろん、アマチュアNO1は逸材であろうし、マスメディアに騒がれるだけの知名度があり、――いや、マスメディアが祭り上げる虚像のNO1かもしれないのであり、マスメディアがつくりあげる知名度なのだが、――そうした逸材を補強することは人気商売のプロ球団には財産になることを否定しない。
しかし、繰り返しになるが、それだけが補強手段のすべてではない。日ハムは、2010年ドラフトにおいて「ハンカチ王子」を1位指名で獲得したものの、彼は今季、伸び悩んだ。来季以降、「ハンカチ王子」の巻き返しもなくはないのだろうが、アマチュアNO1すなわち甲子園、神宮等のスター選手が必ず戦力になるとは限らない。そうした知名度のあるスター以外にも、優れた選手はいる。新人に限ることもない。トレードもあれば、球団に余剰的資金があればFAもある。
それだけではない。筆者の直感では、日本の野球人口に比して、プロ球団12というチーム数は少なすぎる。二軍を含めた24球団でもしかり。だから、才能を発揮する前に契約解除に至る選手も多い。そうした人材を再発掘するトライアウトの広汎な活用も重要となる。チーム強化の方策の中のドラフトはその入口の1つの制度であり、優勝な選手の指名権を引き当てれば補強が完了したというものではない。
ドラフトに係った逸材を1位指名することにキュウキュウとし、▽広汎なリクルーティング、▽育成システムの強化、▽トレード、▽FA制度の活用、▽トライアウト、▽海外無名選手の発掘・・・そしてなによりも、既存戦力の底上げといった方策を怠れば、チーム力アップにつながらない。読売を筆頭とする日本の球団の多くが、なによりもマスメディア及びファンが、ドラフト信仰、ドラフト1位指名神話におかされている間は、ドラフト制度の健全な運営すらままならない。
日ハムのように育成をコンセプトとしたチーム運営を図る球団が日本に出現したことで、日本球界に希望が見いだせるようになった。読売が続けるドラフトに係る悪弊を取り除き、選手育成で球団経営を健全化させる生き方がしめされようとしている。FAで高額年俸の選手を退団させ、若い低額の年俸の選手で勝てば、球団経営は親会社に依存しなくても、自立できる可能性が高まる。ドラフトは契約金の上限が定められた球団からみれば合理的な制度だ。それを遵法に徹して使いこなすことが今後、日本球界の健全経営の方策の一つとなろう。
読売が頑なにドラフト信仰におかされ続けるのは勝手だが、少なくとも、スポーツジャーナリズム、マスメディア、野球ファンよ、ドラフト神話、1位指名信仰から目覚めたほうがいい。
日本シリーズは因縁の対決に
今年の日本シリーズは図らずも、読売VS日ハムの因縁の対決となった。このことは昨年のドラフトで菅野指名に絡んだものだけを意味しない。読売がドラフト信仰を頑なに持ち続け、アマNO1選手の指名=入団に手段を択ばない球団である一方、日ハムは、それを強化の一方策として相対化する球団だからだ。
また読売は、FAに積極的投資を惜しまないのだが、日ハムはダルビッシュをメジャーに売り飛ばしながら、既存戦力の底上げでリーグ優勝を果たした。かたや、潤沢な資金で選手漁りをするする読売、かたや、育成型で健全経営を目指す日ハム――どちらが日本一になるのか、興味は尽きない。