2014年2月12日水曜日

嘘に嘘を重ねる「詫状」――佐村河内ゴーストライター事件

「佐村河内ゴーストライター事件」に進展があった。佐村河内本人がメディア各社に宛てて「詫状」をFAXを送りつけたようだ。同書状のポイントは、以下の通り。
  1. 佐村河内は自伝で「35歳のとき、私は全聾になった」とし、2002年に手帳の交付を受けたことを明らかにしているが、3年くらい前から言葉が聞き取れる時もあるまで聴力が回復してきたと主張していること
  2. 新垣が6日の記者会見で「初めて会った時(18年前)から 耳が聞こえないと感じたことはない」と証言したが、新垣の告発は誤りである――新垣が嘘をついていると主張していること
  3. 取得していた聴覚障害2級の身体障害者手帳について「専門家の検査を受けていい」とし、2級でないと判定されれば手帳は返納するとの意思を示したこと
この「詫状」の記述を真実だと受け止める者は、ごく少数にとどまるだろう。多くの人々は、「あれあれ、この期に及んで、まだ佐村河内は、嘘に嘘を重ねるのか」とあきれたに違いない。

雑誌「AERA」の「耳が聞こえる」記事に怯えたのか

佐村河内が「3年前に聴力は回復していた」と言い出したのは、おそらく雑誌「AERA」が「佐村河内の耳は聞こえていた」ことを記事にしたからではないか。10日発売の「AERA」によると、「本誌が見抜いた佐村河内の嘘(うそ)」と題して、昨年6月に行ったインタビューの掲載を見送った経緯を紹介している。同誌によると、横浜市内にある同氏の自宅マンションで取材を行った際、疑わしい振る舞いがいくつかあったという。彼は交響曲「HIROSHIMA」に込めた思いや、幼少期のエピソード、作曲方法などについて冗舌に語ったが、手話通訳の動きが終わる前に話し始めたことが何度かあったという。さらに取材終了後、帰りのタクシーが到着してインターホンが鳴ると、即座に立ち上がって「来ましたよ」と言ったという。 同誌は、取材後に話を聞いた複数の関係者が、作曲能力や聴覚障害について疑問を投げかけていることなどから、インタビュー記事の掲載を見送ったらしい。

雑誌が気づき、NHK(TV)が気づかない不思議

ところで、“佐村河内ブーム”に火をつけたといわれているのが、2013年3月31日、NHKが放送した「NHKスペシャル 魂の旋律 〜音を失った作曲家〜」。同番組の企画は2012年ごろ、フリーのテレビディレクターによりNHKへ持ち込まれたという。筆者は同番組を見ていないので、Wikipediaからの引用によると、番組内容は以下のとおりだったらしい。

番組中では作品の構想が浮かばず苦悩する佐村河内の姿や障害者や東北大震災の被災者と佐村河内の交流などが描かれ、薬の飲み過ぎで立つことすらできずに床を這いまわるシーン、あるいは東日本大震災の被災者名簿を見たあと深夜の公園で一人苦悩し風速10m、零下2℃の海辺に6時間佇み、さらに2日間全く寝ずに闇の中からやっとつかみ取った旋律が「ピアノのためのレクイエム」になったなどと紹介されたという。

佐村河内がこのたびの「詫状」において、「3年前は耳が聞こえていた」というから、NHKの取材のとき、彼は聴覚障害者のふりをしていたことになるのだが、これも不思議な話。前出の雑誌「AERA」は昨年6月の取材の過程で佐村河内の聴覚障害の演技を見破っていた。一方のNHKの密着取材ドキュメンタリーの取材過程では、佐村河内の聴覚障害の演技を見破れなかったということになる。

当のNHKは、2月5日のニュース番組中で「取材や制作の過程で、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした」と謝罪したというのだが、NHKの「謝罪」も怪しい。同一の対象を取材しながら、雑誌が見破れて、公共TV放送が見破れない、というのは合理性に欠ける。対象と接した時間は、TV取材=NHKのほうが、雑誌取材=AERAより長かったのではないか。NHKが嘘をついている――佐村河内は聴覚障害者ではないと知りながら、「音を失った作曲家」に仕立て上げた――可能性が高い。NHKの罪は重い。
 
「詫状」の狙いは何か
 
なぜ佐村河内はいまになって、深夜、「詫状」FAXをメディア業界にばらまいたのか。巷間言われているのは、“五輪報道でメディアが手一杯の時間帯を狙った”というもの。その可能性がないとは言えないが、この手の報道は一刻一秒を争うものではないので、“五輪説”は疑わしい。FAXの送付のタイミングに格別意味はないのではないか。

この「詫状」の狙いは何かと言えば、ずばり、刑事による立件の回避だろう。(聴覚障害の虚偽の申立てによる)障害者手帳不正取得は前の当コラムに書いたように、身体障害者福祉法違反の罪に問われ、六月以下の懲役または20万円以下の罰金が科される。立件されれば、当然、逮捕、拘留だ。起訴かどうか微妙なところだが、社会的影響を考えれば、起訴され、裁判で実刑判決が下される可能性もある。これも先述したが、ホリエモンが、罪状は異なるが、初犯で実刑判決を受け収監されたことを考えれば、佐村河内が塀の中に入ることも大いにあり得る。佐村河内はこの可能性をもっとも恐れたのではないか。だから、そうならないよう、手帳の返納を申し出たのではないか。願わくば、「お詫び」ですべて済まそうという魂胆が見え見えだ。