2015年1月27日火曜日

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』


●矢部宏治〔著〕 ●集英社インターナショナル ●1200円+税


本書読了後、ふと、三島由紀夫のことが頭をよぎった――などて天皇は人となりたまいし――『英霊の聲』『文化防衛論』で展開した、戦後民主主義批判、戦後の象徴天皇制批判である。三島と本書は見事に通底する。

戦後民主主義批判を行ったのは、三島だけではない。60年安保闘争後から60年代末に湧きあがった新左翼運動も戦後民主主義批判を行った。

しかし、三島や新左翼の戦後民主主義批判は本書ほど洗練されたものではなかった。当時は日米間の外交文書の公開はじゅうぶんではなく、また、GHQによる日本統治に係る研究も今日の水準とはほど遠かった。なによりも、当時の戦後民主主義批判は情念的であって、GHQの占領政策や日米安保法体系について検証する姿勢を欠いていた。とはいえ、時代の限界性を伴いつつも、三島は昭和天皇の“人間宣言”に戦後日本の欺瞞を直観的に自覚しそれを作品化し、新左翼は日米安全保障条約に日本の戦後体制そのものの欺瞞を直観的に政治課題として「安保粉砕」を叫んだ。本書にて展開された戦後民主主義批判と当時の情念的それ(三島と新左翼)は、結論において同じである。そのことは本書を読んでみれば納得できると思う。

本書のテーマは、本題に示されたとおりきわめて明確である。「原発再稼働問題」と「基地問題」が国民の思いとは反対の方向に体制側(政治・行政・司法・学界・マスメディア等)によって、進められていくのはなぜなのか。

それだけではない。著者は、次の素朴な疑問――民主党が政権をとって首相となった鳩山由紀夫が米軍・普天間基地の県外または国外への「移設」を言い出したところ、鳩山政権はあっというまに崩壊した――その謎を解きたい――ということも、本書執筆の動機だという

本書はそうした体制(権力)の推進力――根拠を明らかにしていく。その謎の解をここに書いてしまえばいわゆる“ネタバレ”になるから書かないが、ヒントとして、「日米安全保障(安保)条約」「日米地位協定」「日米原子力協定」そしてそれらに記されていない「密約法体系」を挙げておく。これらを総称して著者は「安保法体系」という。さらに注目すべきは、「日米合同委員会」なる組織である。

この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去17人中12人。そのうち9人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです。
このように過去60年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあがっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、またそのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどできるはずがない。だから鳩山さんの証言にあるように、日本国憲法によって選ばれた首相に対し、エリート官僚たちが徒党を組んで、真正面から反旗をひるがえすというようなことが起こるわけです。(略)
彼らは日本国憲法よりも上位にある、この「安保法体系」に忠誠を誓っていたということです。(P52)

「安保法体系」に異議を唱えて検察テロに倒れた政治家といえば、田中角栄、前出の鳩山由紀夫、小沢一郎、細川護熙が思い浮かぶ。最近では小渕優子もその可能性が高い。いずれの者も“政治とカネ”の問題に端を発し、検察が動き、マスメディアが失脚に世論誘導し、政治生命を止められる、という構図である。それが「日米合同委員会」によって執行されている証拠を示すことはできないが、日本国の現実は、70年間に及んで、日本の国益よりも米国の国益に従っているのである。

本書はこうした日米関係が構造化された歴史的経緯について、日本の敗戦時から遡って明らかにしていく。本書を読むと、日本の戦後体制が構築されていくさま(たとえば、昭和天皇の人間宣言、日本国憲法の制定等)が、米軍の占領戦略、権益確保、そして「東京裁判」との関係で進められたことがわかる。それらに関連するキーワードとして、戦勝国(連合国)による「敵国条項」も覚えておこう。

本書は誠に示唆多き書である。戦後70年の節目の今年、日本を見直すという意味で必読の書である。本書が、なぜかマスメディアからも学界からも取り上げられることがなく無視されるのか。その理由も本書を読めば理解できる。ぜひの一読をお勧めする次第である。