2016年8月5日金曜日

テレビが当選させた都知事、小池百合子

東京都知事選が終わった。投票日の午前中、筆者はあるSNSのダイレクトにおいて、仕事を一緒にしたことのあるZ子ちゃんとメッセージ交換をしていた。Z子が「今日は都知事選ですよ!」と話題を振ってきた。以下、そのやりとり。

筆者:Z子ちゃんは都民じゃないでしょう。これから鳥越さんに投票してきます
Z子:そう、神奈川県民なので。鳥越さんなんですね!!
筆者:もちろんですよ。参考までに、Z子ちゃんがまだ都民だったとしたら、だれにしますか?マック赤坂?
Z子:笑 マック赤坂 私は小池さんかな~

Z子は最近結婚して、東京から神奈川に転居したばかり。政治に興味のない、サーフィン好きのアラフォー女性。彼女の「小池さんかな」という呟きに、筆者は鳥越当選の最後の望みを絶たれたようにすら感じた。やっぱりだめか、と。

その予感はあっという間に現実となる。筆者の願望叶わず、鳥越は落選。超右派(改憲・軍事オタク)の小池百合子が当選した。改めて得票結果を見てみよう。小池百合子=2,912,628票、増田寛也=1,793,453票、鳥越俊太郎=1,346,103票、上杉隆=179,631票(以下略)。小池の圧勝だ。

立候補者を巡る混乱?

都知事選の経緯を簡単に振り返ってみよう。あの舛添前知事の騒動のあと、自民党・公明党は人気のあるジャニタレの父で元総務省の役人トップを候補者と目論んだが断られた。有力な代替候補がみつからないうちに小池が自公の公認を得ずに立候補を表明。慌てたように見えた自公はとりあえず増田を公認候補とし、保守分裂の様相を呈した。

一方の野党共闘(民進・共産等)は、先に立候補を表明していた宇都宮健児を下ろし、土壇場で自ら立候補を表明した鳥越俊太郎の推薦を決めた。

保守分裂、野党共闘は候補者の一本化に成功――この状況を受けて、筆者は都知事選における野党共闘の勝利を確信した。

テレビと小池

「東京都知事」については、ここのところ格好のテレビコンテンツとなり、猪瀬辞任騒動、舛添騒動と、朝から晩まで都知事関連報道がなされるのが定番となった。すっかりアベ政権のポチとなったテレビ局が自由に取材放映できる数少ない政治的題材。国政とは関係ないため、比較的自由に扱える。製作コストは安価だし視聴率も悪くない。視聴者側も都知事選ともなれば各候補者の品定め――と、お茶の間のかっこうな暇つぶしだ。

しかし、テレビ局というのはそれほど頭が悪いわけではない。都知事選の報道には巧妙な罠が仕掛けられている。前出のとおり、小池はいわゆる先出し立候補表明。思い付きではない。舛添辞任を見越して、都知事選にむけて準備をしていたと思われる。

自民党・公明党は前出のとおり、総務省の役人に断られた時点で、この選挙を諦めていたと推測できる。野党連合も候補者選びに難儀し、準備不足のまま鳥越に決まった。「後出し」有利という風評を流したのはテレビであり、野党連合もそれを信じた感がある。

小池当選はテレビの誘導の結果

このたびの都知事選は、テレビ局が小池当選に向けて暗躍した結果である。都知事選立候補者は、小池、増田、鳥越を含めて全部で21名いた。増田及び鳥越は政党の推薦者であるから有力な候補者であるという理屈はとおる。ところが小池は表向き、組織の支援を受けないと自ら表明していた。小池は元防衛大臣だから有力候補者として増田と鳥越と同格だという論理は成立しない。テレビ局が報道に値する候補者として増田、鳥越、小池を選び、3人に報道を集中させた根拠は理論的には存在しない。各テレビ局が恣意的にこの3人を「有力候補者」として選んだにすぎない。政党推薦なしの候補者は小池だけではない。小池の候補者としての格付けは、今回得票数4位(179,631)に終わった上杉隆と同程度。にもかかわらず、上杉に関するテレビ報道は皆無に近かった。小池を有力候補者の一人に加えたのはテレビなのである。

それだけではない。極めて興味深い分析がある。小池百合子のテレビ露出時間が他の候補者に比べて圧倒的に長いというデータ(「テレビ放映時間から見る都知事選」)である。小池が立候補表明を他の2人より早く行ったから露出時間が長かったという事実を考慮しても、小池がテレビによって、立候補者21名のなかで特別扱いを受けていたことが明らかだ。

三択の罠

三択から何を選ぶか――消費者が3ランクに格付けされた商品を選択するパターンである。「赤・白・ピンク」なら「ピンク」、「松竹梅」なら「竹」、「上中下」なら「中」、が選ばれる。政党色を嫌う東京人の過半は、冴えない風体の増田(白)及びオールドレフトの鳥越(赤)を嫌って、ピンクの小池を選択する。与党の増田(松または上)、野党の鳥越(梅または下)にも嫌気を感じ、推薦なしの竹または中(=小池)を選ぶ。

テレビに細断された情報の「かけら」

テレビが増田・鳥越・小池の3者を恣意的に選択し、報道を3人に集中した結果、イメージとして優れていたのは残念ながら小池だった。そのことを的確に評したのが、次のツイート。

@C4Dbeginner: 小池百合子候補は高齢世代からは穏健なリベラルに見え、ネット世代からは石原的な強硬派に見え、女性からは高学歴キャリア女性の象徴に見え、都議会に反発 する人には小泉的改革者に見える。無知や無関心ではなく、メディアに細断された「情報のかけら」の集合が生む鵺(ぬえ)のような怪物だと思う。

では小池の政治家としての本質はどのようなものなのか。金子勝のツイートが的確だろう。

masaru_kaneko: 【首都の死3】軍事オタクの核武装論者で移民排斥の新自由主義者の小池百合子氏が勝った。これから首都でトランプやボリス・ジョンソン並みのワイドショー型扇動政治が始まるだろう。だが、アベノミクスは日本経済と社会を破壊していく。

孫崎亨は小池を「アメリカがつくった政治家」だと評した。アメリカも小池の当選を喜んでいるとも。




地上戦の戦闘員

小池はメディア(主にテレビ)の援助を得て、いわゆる空中戦で他候補を圧倒した。では地上戦ではどんな戦いが展開されたのだろうか。小池の選挙戦の深層については報道がないからわからない。筆者も取材していない。だからここから先は推測になる。小池の選挙戦を支えたのはおそらく日本会議のメンバーではなかろうか。街頭への動員、シンボルカラーのグリーンの着装、選挙運動員の派遣、資金の捻出については、それこそブラックボックスである。政党推薦のない小池がその個人資産で賄ったとは思えない。

都民無党派層の傾向

今回の都知事選は1999年の選挙とまったく同じというわけではないが、保守が統一候補を絞り切れなかったという意味で共通していた。99年の当選者は石原慎太郎で推薦政党なし。石原の得票数は1,664,558、民主が推薦した鳩山邦夫が2位で石原の半分強の851,130、3位が推薦政党なしの舛添要一(836,104)、自公推薦の明石康は690,308で自公惨敗となった。今回と重なるのは、自公が明石、民主が鳩山、政党推薦なしが石原及び舛添で4名が有力候補者として注目された点。結果も今回の小池と同様、無党派の石原が圧勝した。ちなみに石原と舛添を足すとおよそ250万票で、小池の獲得票に近づく。

99年の自公の明石候補が今回の増田候補に、同じく民主の鳩山が今回の鳥越に、同じく石原が今回の小池に該当する。99年は無党派どうしの舛添と石原が票を食いあったため、石原得票数は今回の小池に遠く及ばなかったが、政党推薦なしが圧勝するパターンは99年に既に確立されていたのだ。今回は舛添のような「不純分子」が立候補しなかったため、表向き政党推薦なしの小池が圧勝という形をとった。今回の自公推薦の増田はタマとして最悪で、99年の明石と似たタイプ。鳩山と鳥越はタイプ的に異なるが、野党推薦で勝てるパワーはともになかったことが共通項。石原と小池はよく似た者同士で、無党派層の厚い支持を受ける要素を具備していた。

全政治過程における野党の怠慢

建前としての無党派(候補)が、実態と異なることはよくあること。だからといって、テレビがつくりだしたイメージに簡単に騙されてしまう都民は愚かだと嘆いてみても始まらない。都民の皮膚感覚的投票行動を都会人の軽薄さと侮蔑することもできない。有権者がどうだこうだ、と嘆いてみても得るものはない。「劇場型」「先出し後出し」「知名度」とマスメディアが流した都知事選のイメージにたやすく便乗しようとした野党側にすべての責任がある。

野党連合は、たとえばこのたびの主戦場である東京都において、戦後71年間、いったいどれだけの確固たる支持者を獲得し得ていたのか。民進党は、頼みの連合ですら反原発を踏み絵にして、鳥越支持の一本化を取り付けられなかったし、共産党も、党員数及びそのシンパ数は一貫して減少もしくは横ばいである。特定秘密保護法、原発、安保法制、TPP、改憲・・・と、政権を追い込む政治課題が山積していながら、しかも、甘利問題はじめ自公側にオウンゴールがありながら、勝ちきれない。相変わらずの「風」だのみ、若者団体「SEALDs(シールズ)」に尻を叩かれるありさまだ。経済危機がやってきて、プロレタリアートが一斉蜂起する夢を彼らは見続ける気なのか。党が「風」や「劇場」という自然発生性に拝跪したままならば、政権奪取(変革)は永遠にやってこない。「野党」が強い党をつくるために努力するしかないのだ。