2018年12月5日水曜日

高輪ゲートウェイは歴史・文化の破壊である

民俗学者で日本地名研究所長であった谷川 健一(1921-2013)は、“地名は大地に刻まれた刺青である”という意味のことを言った。戦後の住居表示法施行に伴う地名変更が行政により進められ、多くの貴重な町名等が失われた状況を憂いた発言だった。それでも、学校名、駅名、バスの停留所等に地名を残す努力が続けられてきた。

さて、「高輪ゲートウェイ」である。恥ずかしい。江戸東京の歴史、文化に対する冒涜である。かつて国鉄は、山手線の新駅に「御徒町」という由緒ある駅名を冠した。この地域は、江戸期、御徒と呼ばれた下級武士(騎乗を許されない歩兵)が居住した地域であったのだが、前出の町名変更により、台東という表示に変更されてしまった結果、町名としての御徒町は消滅した。国鉄はそれを新駅名として後世に残したのである。その国鉄は解体され、東京を走る旧国鉄の鉄道は、JR東日本という民営企業が引き継いだ。

このたびの山手線新駅の駅名については、一般公募したにもかかわらず、公募数下位の「高輪ゲートウェイ」に決まったという。公募は形式であって、JR東日本が「高輪ゲートウェイ」という駅名をあらかじめ決定していたと思われる。つまり、社長決済による決定であろう。命名者はJR東日本の現社長である。

新駅名を得意げに発表するJR 東日本の某社長の風貌からは、失礼ながら歴史、文化、民俗学に思いをはせるリベラルアーツが感じられない。この駅名はほぼ永遠に近い時間、東京に残されることになろう。某社長の名前は、この愚かな駅名の命名者として、無教養の経営者として、歴史・文化の破壊者として、刺青のごとく消え去ることがない。愚かというよりも、哀れである。

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