2022年7月1日金曜日

選挙とマーケティング

 「AIDMAの法則」 

 白井聡が選挙について、堀内勇作の研究である「コンジョイント分析」(マーケティング理論)を援用して自民党の常勝について書いていたので、筆者も選挙とマーケティングにふれてみようと思う。
 両者の関係に係るマーケティング理論の古典として、「AIDMAの法則」が挙げられよう。ご存じの方が多いと思うが説明する。同法則は、ヒトがモノを購入する段階を規定したもの。そのことを順に示すと、Attention→Interesting→Desir→Memory→Actionとなり、その頭文字をとって「AIDMAの法則」と名付けられた。日本語ではA=知名、I=理解、D=確信、M=記憶、A=行為と訳されることが一般的だ。
 消費者が商品を購入するとき、その商品の名前を知っていること、良さなどについて理解していること、購入を確信すること、記憶していること――が購入行動に結びつくということになる。マーケッターは、これら各段階において有効な手段(メディア選択)の実施をクライアント(メーカーなど)に促す。知名に有効なのはいうまでもなくマス広告(テレビ、ラジオ、全国紙、雑誌など)であり、理解・確信・記憶においてはカタログ、リーフレット、活字メディアにおける編集タイアップ広告、テレビならばインフォマーシャルがある。行為の段階では、売場におけるPOP、ディスプレイなどが有効とされる。モノを売るには、これらを総合的に実施すること、すなわち、メディアミックスの立案が、販売にもっとも効果を発揮する。高額なテレビ広告(知名)だけやっても、販売に結びつかないことのほうが多い。
 ところが、20世紀まではそのとおりだったのだが、今般、インターネットの普及とネット通販の活況により、メディアミックスに変化が起きた。AIDMAがディバイスの画面で完結してしまうこともあり、売る側の広告料負担の節約につながりつつある。ネットでの購買行動のプロセスモデルにおいてAIDMAに対比されるのが、日本の広告代理店(電通等)によりAISAS(エーサス、アイサス)が提唱された。Attention、Interest、Search(検索)、Action(行為)、Share(共有、商品評価をネット上で共有しあう)であるが、いずれにしても、広告代理店は、広告収入の減少に悩まされている。 

選挙と「AIDMAの法則」 

 選挙の場合、その活動(運動)については公職選挙法による規制がある。候補者個人がマスメディア(テレビ等)を利用して選挙広告を行うことは制限されている(政見放送のみ)。そのため知名(A)については、宣伝カーによる候補者の名前の連呼、人が集まるところにおける街頭演説等、イベント、電話作戦等に注力せざるを得ない。そのため、政党が候補者選定に有効だろうと考えだしたのが、芸能人、スポーツ選手といった知名度の高い人物を候補者に立てる方式である。海外事例としては、米国共和党から大統領選に出馬し当選したドナルド・レーガンは、ハリウッドの映画俳優であった。同じくアーノルド・シュワルツェネッガーはカルフォルニア州知事になった。ウクライナ大統領のゼレンスキーの前職はコメディアンだという。もちろん、彼らが有名人だから当選したとは言い切れない。筆者が思いつく海外事例はこれくらいだが、日本の政界において、前職が芸能人、スポーツ選手の国会議員がどれくらいるのか、見当もつかないくらい多数に上る。
 だがしかし、知名度があれば当選するというものでもない。なによりもメディアミックスが重要なのであって、知名度が高いから必ずしも購買にむすびつくわけではないのと同じことである。理解・確信・記憶がなければ当選は難しい。ところが、冒頭の堀内の「コンジョイント分析」によると、有権者は投票のさい、候補者の政策を考慮に入れないという。 つまり、I(理解)、D(確信)、M(記憶)に対応する政策訴求は、日本の有権者には無視されているのである。

3:2:5の法則(日本の国政選挙の実態) 

 ここで、日本の国政選挙の実態をあらためて確認しておこう。直近の第49回(2021.10.31投票日)総選挙の場合、投票率43.01%、465議席中、与党である自民(261)・公明(32)・維新(41)・国民(11)の合計議席数は345。一方の野党である立民(96)、共産(10)、れ新(3)、社民(1)で合計110にとどまった。与野党の議席数比率はおよそ3:1である。
 得票数をみる。まず、この国の有権者数は1億562万2,758人。投票率は55.93%であった。政党別にみると、
〔与党〕
 自民(小選挙区=2,762万6,157票/48.08%、比例=1,991万4,883票/34.66%)、公明(小選挙区=87万2,931票/1.52%、比例=711万4,282票/12.38%)、維新(小選挙区=480万2,793票/8.36%、比例=805万830票/14.01%)、国民(小選挙区=124万6,812票/2.17%、比例=259万3,375票/4.51%)。
〔野党〕
 立民(小選挙区=1,721万5,621票/29.96%、比例=1,149万2,115票/20.00%)、共産(小選挙区=263万9,708票/4.59%、比例=416万6076票/7.25%)、れ新(小選挙区=24万8,280票/0.43%、比例=221万5,648票/3.86%)、社民(小選挙区=31万3,193票/0.55%、比例=101万8,588票/1.77%)となっている。
 政党別の獲得投票数をみると、小選挙区では、自民が26%、公明が0.8%、維新が4.5%、国民が1.1%であるから、与党合計32.4%となる。一方の野党合計は、立民は16.3%、共産は2.5%、れ新は0.2%、社民は0.3%であるから、19.3%となる。すなわち、与党32.4%、野党19.3%、棄権・その他が48.3%となる。
 比例はどうだったのか。自民は18.8%、公明は6.7%、維新は7.6%、国民は2.4%であるから与党合計は35.5%となり、一方の野党は、立民が10.9%、共産が3.9%、れい新が2.1%、社民が0.9%であるから、17.8%となる。すなわち、与党32.4%、野党19.3%、その他及び棄権が48.3%となる。
 簡単な集計だが、巷間いわれている与党、野党、棄権の割合=3:2:5という定率はまちがっていない。この定率に慣れてしまうと大変だから指摘しておくと、マーケティングの世界、すなわち商品を売る市場競争において、ターゲットの7割がその商品を買わない(選挙の場合は野党に投票する・棄権する)とするならば、そのメーカーは倒産しておかしくない。だが国政選挙では3割獲得で国政を担当できるのである。これが日本の国政選挙における最大の問題点である。 

ブランドロイヤリティ

 選挙結果を左右するのが政策でなく、知名度は重要だが決定的ではない。ということは、組織票が選挙結果を左右する最重要の要因となる。その組織票は積極的な支持層の選挙権行使であるが、浮動票の存在がないわけではない。有権者の半数を占める棄権層だが、なにかのきっかけで投票場に足を運ぶこともある。前出のとおり、浮動票を獲得するために有効性があると思われたマニフェスト(政策)は、日本では無視に近いことが判明した。政策に無頓着な有権者がどの政党を選ぶかの決定的要素として、マーケティングにおけるブランドロイヤリティを考慮する必要があるかもしれない。選挙と政党ブランドロイヤリティの関係を分析した研究があるのかどうかわからないので、ここから先は推測の域を出ないのだが。
 ブランドロイヤリティでは、ファン心理(疑似恋愛感情)が代表的である。海外高級ブランド信仰(それを身に着けることによって他者に対して差別意識が生じたり、自己承認欲求が満たされる)、権力者に対する奴隷的隷属意識、帰属意識・・・それらが混然一体となって、現政権支持に傾くことがあり得るかもしれない。政権与党はTV露出度が高い。海外の政治家とどうどうと相渉っている。日本人の外国人コンプレックスの裏返しとして、現政権支持に傾くかもしれない。在任中、日本を壊したと評される元首相が高い支持を集めていたことは記憶に新しい。政権与党を批判する野党は「似非インテリ」だという反知性主義の横溢も今日の傾向である。 

与党常勝の決定的要因 

 野党が選挙で手抜きをしているようにはみえない。候補者の知名度、政策(マニフェスト)、選挙期間中の選挙戦術など見直すところがないわけではないのだろうが、与党と大差はないようにみえる。ブランド(政党)ロイヤリティにおいては明らかに不利だが、政権与党の失政もめだつ。そんななか、それでも、今回参院選の選挙予想は与党圧勝という。なにが勝敗を分けているのかといえば、組織の「あるなし」に行き着いてしまうように筆者には思える。有権者1億562万余りの30%を固める組織があるかないかーー国政選挙の勝敗はそこに係っているとしか考えようがない。与党常勝の主因は、野党が積極的支持層(組織)を固めていないからという結論に達する。選挙になってから、死に物狂いで頑張っても当選は約束されない。ましてや、有権者が阿保だ、愚民だと非難しても、票は集まらない。(了)