戦争特集の第二弾――たいへんすぐれたメディア論を紹介する。今日のメディア時代において、歴史認識というものがどのように形成されるかを透視した論考として、本書はもっともすぐれたものの1つだろう。
いまから、60年前、日本はアジア太平洋戦争で軍事的に敗北し、ポツダム宣言を受け入れ降伏文書に調印した。わずか、60年前の1月間に満たない短期間の史実(出来事)であるにもかかわらず、驚くなかれ、今日の日本のマスメディアは、そのことを正確に報道または記述していない。
今日の日本人の大多数は、日本が戦争に負けた日を8月15日だと認識している。ところが、ポツダム宣言受諾の日は8月14日、降伏文書調印は9月2日だ。欧米諸国の場合、第二次世界大戦終結の日は9月2日であるとされ、歴史教科書の記述も国民的認識にも、ぶれはない。米国の場合、その日を「VJディ」として、全国民が共通に認識している。
一方、日本国民が8月15日を「終戦記念日」と認識したのは、戦争当時の記憶から手繰り寄せられたものではない。その日を終戦と認識し出したのは、1980年以降だと本書は分析する。終戦記念日を8月15日に法制化したのは、それよりも前だが、日本が戦後復興を完全に成し遂げ、世界で有数の経済大国となったとき、日本の終戦が8月15日と認識されたと本書はいう。この指摘は驚きであると同時に、著者の慧眼に感服するばかりだ。極論すれば、日本国民に戦争の記憶が薄れだすに従い、「日本は戦争に負けだのではない」「天皇が戦争をやめたのだ」という記憶の置き換えが、そのころから始まったのだ。
8月15日が戦争終結の日とされる根拠は、いうまでもなく、天皇が戦争終結のラジオ放送(「玉音放送」)を行ったからだろう。あの日、全国民が跪いて畏まって、天皇の戦争終結の放送を聞いた・・・というのは、実は真実ではない。多くの国民は、ラジオの声からは戦争終結を聞き取ってはいない。その声が消え、アナウンサーによる補足説明で、そのことを知った、というのが真実だ。大多数の国民が「玉音放送」を涙で聞いたという虚構=神話をつくったのは、大新聞だというのが、本書の趣旨だ。本書によると、「玉音放送」を国民が畏まって聞いたとされる新聞写真及び記事は、新聞記者・カメラマン・編集者があらかじめ仕込んでおいた、やらせ写真等及び予定稿による創作だったことが著者の調査と取材によって、明らかにされる。
日本の大新聞というものは、誠に恐ろしい。戦時下、大本営発表で国民を欺き、しかも、敗戦に至っては、国民を創作写真と作文記事で欺いたのだ。メディアの責任はあまりにも大きい。しかも、戦後、メディアはそうした虚構記事を集め、終戦記念特集として、何度も何度も繰り返し国民に増幅して提供することによって、ポツダム宣言受諾、降伏文書調印という世界標準の歴史を、日本国民から消去させたのだ。
日本人は、戦争~敗戦~戦後というおよそ70年弱の歴史ですら、為政者に奪われている。国民から歴史を奪ったのは為政者であり、その執行者はマスメディアだった。新聞が抱え込んだ歴史の偽造責任を断じて許すことはできない。
なお、本書が行った、《戦死者の記憶~お盆~夏の高校野球》が習合した、8月=日本人の死の季節感の分析も、たいへんすばらしい。そこで著者が行った、夏の高校野球大会の批判的分析も優れている。筆者も漠然とそのような思いを抱いていたのだが、著者は、主催者(朝日新聞社)の騙しの戦略を完璧に見抜いている。夏の高校野球の欺瞞性を知りたい方は、本書を一読してもムダではない。