●鈴木透[著] ●中央公論新社 ●840円(税別)
アメリカ合衆国における性と暴力を考察した書だ。筆者(鈴木透)は、現在の米国おける性と暴力について、両者に共通する原理及び相互関係を見出そうとする。著者によると、ヨーロッパから米国にやってきた移民たちは、広大な未開拓の大地を処女に見立てた。米国の性と暴力は、広大な処女地を開拓した開拓民の精神と肉体の記憶に求められるという。
もちろん、それだけではない。性については、建国期、英国から移住してきた清教徒(ピューリタン)の性に対する謹厳な態度と、英国のヴィクトリア的伝統である、「女性は家」の慎ましさの強制の伝統が土台となっている。また、暴力については、連邦政府の統治が行き渡らない開拓地では、私法、私刑、民間武装、自警団の伝統が根付いた。
新大陸における移民による国づくりという、特殊な国家形成を為した米国だが、今日まで、性と暴力とでは、まったく異なる道を辿っている。性については、性の解放に向けて(もちろん、革命と反動の振り子現象を繰り返しつつも)、概ね解放路線で進捗している。米国における性の課題といえば、人工中絶、同性愛、異人種間(黒人と白人等)の性愛、女性の社会進出、離婚問題等であろうが、これらに対する社会の関心度、マスコミの取り上げ方、議論の仕方、法制度の整備の状況はきわめて公明正大であり、かつ、まともである。
ところが、暴力となると、まったくといっていいほど、制御に向けた動きは封じられる。著者(鈴木透)がいうように、暴力の突出した形態を戦争だとするならば、独立戦争以来、メキシコ戦争(カリフォルニアを強奪)、南北戦争と続き、その後、20世紀初頭まで続いた孤立主義を経て、第一次大戦参戦、第二次大戦(その後の朝鮮戦争を含む)、冷戦期における核兵器開発、中東戦争、ベトナム戦争、パナマ侵攻、そして、21世紀に入ると、「9.11」以降の対テロ戦争(アフガン、イラク侵略戦争)まで、戦争を続けている。こうした、米国の直接的軍事行動を、開拓時代の死刑の伝統で説明できるのだろうか。
20世紀以降の米国の軍事行動は、米国経済に占める軍事産業の割合の増大と関係しているのではないか。米国経済、米国社会が軍事産業への依存度を高めるに従い、米国の世界規模での暴力(戦争)が恒常化したのではないか。軍事産業の拡大が地域の雇用を増大させ、地域経済を活性化させている。米国経済・社会は、軍事産業抜きには立ち行かない。
もちろん、米国の「草の根」暴力主義は、銃器野放し状態の「銃社会」が象徴する。性が連邦政府の権限拡大に伴い、解放に向かったにもかかわらず、連邦政府の権限拡大は、暴力規制=銃規制にはまったく機能しなかった。その理由は何か。米国民がいまだ、二挺拳銃のカウボーイ意識を引きずっているとは思えない。なぜなら、新大陸開拓の移民国家である、カナダ、オーストラリアは、銃を完全に規制したからだ。連邦政府の権限拡大は、米国を専軍政治=軍事産業依存型経済体制=軍事国家に変貌させた。そして、暴力の場を世界に拡大させた。その原因は、おそらく複合的な要素の結合だろう。それを解明しなければ、米国の暴力の源泉を解明したことにならない。
なお、米国の自警団、テロ集団として、KKKと並んで特記すべき存在として、「ブラック・リージョン(黒い軍団)」を挙げておきたい。米国の暴力を扱う本書で、まったくその存在に触れられていないのは誠に残念だ。
「ブラック・リージョン」とは、1030年代、米国オハイオ州に生まれた秘密結社。元KKKメンバー、反共産主義者、人種差別主義者らで構成された、ナチスを髣髴とさせるカルト集団。黒いマスクと黒の法衣のようなコスチュームに身を固め、ユダヤ人、黒人、カトリック教徒を「米国の敵」と看做し、テロの標的とした。不況下のデトロイトに進出し、右翼的大企業であるフォード社らと結託し、多数の労働組合幹部を殺害した。
「ブラック・リージョン」の構成メンバーは、警察官、政治家、裁判官、公務員等の社会の中枢に属する層に浸透したが、ある殺人事件をきっかけに米国社会がこの組織暴力を追い詰めるに至る。裁判で関係者が有罪判決を受け組織は壊滅するものの、連邦政界との関係は不問にふされ、さらに構成員名簿がいつの間にか消失するなど、不可解な部分も多い。
「ブラック・リージョン」を通じて、1930年代の米国に、ナチスドイツと同質のファシズムが台頭していたことを窺い知ることができる。「ブラック・リージョン」を知る人は、第二次大戦直前の米国を「反ファシズム」「自由と民主主義の国」と言い切ることに、躊躇を感じる。「ブラック・リージョン」のテロがおさまってから10数年後、日本を占領した米国もまた、ファシズム体質を宿す国だったのだ。戦後日本における、米国=民主主義国家という幻想(=無媒介な米国崇拝)も、民族主義的反感も、どちらも危険というほかない。
いまや、米国はまさに、「ブラック・リージョン」に染まったた感がある。
(2006/11/16)