2009年7月9日木曜日

『自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来』

● グナル・ハインゾーン〔著〕 ● 新潮選書 ●1400円(+税)

ある地域(国家)の人口動態を分析してみると、15~23歳の人口幅が大きな幅(山)=総人口の30%以上)を形づくると時期があり、その幅(山)をユース・バルジという。ユース・バルジが現れた地域(国家)では、戦争、内戦、動乱等が発生する。(もちろん、ユース・バルジが現れるためには、急激な出生数の増加が必要であるから、その前に、いわゆる、ベビーブームが起こっていることになる。)。


つまり、一人の男(父)が結婚して子供を2人以上設ければ、二男、三男・・・は相続の対象からはずされ、「ポスト」を求めて争う。「ポスト」を求めるユース・バルジは戦闘能力の高い青年層であるから、そのエネルギーが戦争、内乱、動乱等を発生する。――本書の要旨を大雑把にいえば、こんなところだろう。

古代、ヨーロッパではゲルマン民族の移動が起り、ローマ帝国の衰亡を招いた要因の1つに数えられている。民族移動の主因が人口増(本書流にいえばユース・バルジ)であったかどうかはわかっていないが、人口増だとする説も有力である。

また、10世紀から250年間にわたって行われた、西欧諸国によるイスラム圏に対する十字軍派兵の背景には、そのころの西欧における農業技術の高度化による食糧事情の安定があるといわれている。食糧事情の安定により出生率が高まり、若年人口が増加したとき、長男以外の二子、三子…らが居場所を求めて東へ動き始めた、という説明に説得力がないとは言えない。

また、本書では、15世紀に開始された大航海時代とそれに続く西欧の南北アメリカ、オセアニア、アジア等に対する植民地支配の歴史をその証明事例に用いている。本書は、西欧が世界の覇権を握ることになるエポックメーキングな年を、1493年(コロンブスの新大陸発見の翌年)に求めている。

本書による、大航海時代の西欧の人口推移は以下のとおりである。
コロンブスを生んだポルトガルの場合、100万人(1500年)から200万人(1600年)にほぼ倍増、スペインの場合、600万人(1490年)から900万人(1650年)に1।5倍の増、オランダの場合、70万人(1490年)から200万人(1640年)に3倍増、イギリスの場合、350万人(1450年)から1600万人(1600年)へと4倍強に増加しているという。(本書・P159~P170)

地球規模のパワーバランスの大転換が15世紀(1492年のコロンブスによる新大陸発見)であったという本書の指摘については、筆者も賛同したい。だが、本書も指摘するとおり、西欧が大西洋を西に目指さなければならなかった理由は、東側をチュルク(オスマン・トルコ帝国)勢力によって封じ込まれたためだ。

1453年5月29日、オスマン帝国(オスマン・トルコ)のメフメト2世によって、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルが陥落し、東ローマ帝国が滅亡している。古代からのローマ帝国が最終的に滅亡したのだ。このことは何を意味するのかといえば、古代からヨーロッパ世界が覇権を握っていた地中海が、アジア=チュルクによって奪い取られた、ということである。西欧は、東方(地中海の覇権)を失ったから、西方(大西洋)に転ぜざるを得なくなった。そして、「新大陸」を発見したのである。が、しかし、コロンブス(西欧)が目指したのは、あくまでも東方=インドであって「新大陸」ではなかった。コロンブスが、新大陸がインドでないことを知ったのは、発見後、しばらく経ってからであった。

日本の場合、明治維新(1868)後、すなわち江戸時代(封建制社会)が終わり、近代社会が開始されたときの総人口が3,500万人であったものが、日清戦争、日露戦争、朝鮮半島併合、中国進出を経て、真珠湾攻撃開始時(1941)における総人口は7,500万人にまで膨張していたともいう(P188)。このような人口増に伴って、当然のことながらユース・バルジもほぼ相関して増加していることになる。

また、日本では、アジア・太平洋戦争の敗戦直後(1947~1950)、ベビーブームが起こり、1960年代になって、その人口分布にユース・バルジが現れた。その世代は、日本では「団塊の世代」と呼ばれ、1960年代後半、火炎瓶、木材(当時「ゲバ棒」といわれた。ゲバとはゲバルトのこと)、投石等を伴った、過激な学生運動が引き起こされている。

日本においては、19世紀末から20世紀初頭にかけたユース・バルジ現象がアジア・太平洋=侵略戦争を引き起こし、その一方、20世紀中葉のユース・バルジ現象は、急速な経済成長と学生運動(=サブカルチャーの活性化)という、国内異変を引き起こしたことにとどまった。事象はまったくちがうものの、ユース・バルジが、日本の現代史において、特筆すべき「異変」を引き起こしたとはいえる。

米国でもほぼ同時期にベビーブームが起こり、1960年代後半、彼らは「ベビーブーマー」と呼ばれるユース・バルジとなって、公民権運動、ベトナム反戦運動等の政治運動と、自然回帰を目指したヒッピー運動と呼ばれるコミューン運動をほぼ同時期に繰り広げた。ただ、この時期、米国の場合は日本と違って、米国政府がベトナム紛争に積極介入し、社会主義国家である北ベトナムに対する軍事行動を起こしていた。米国のユース・バルジのうち、学生を中心とした上層階級は国内で反戦運動・ヒッピー運動を展開し、その一方、徴兵に応じた下層階級はベトナム戦争に従軍したのである。

さて、本書は、ユダヤ(米英)側による、ユダヤ的世界戦略に基づく、イスラム圏攻撃の正当化を目的としたものだと考えられる。

本書の趣旨を別言して繰り返せばこうなる――ユース・バルジを抱えるのはイスラム圏だ、だから、イスラム圏は、(西欧が大航海時代に行ったように)、世界制覇を目論むに違いない、だから、非イスラム圏(西欧、北米、中国、インド、東アジア)は、共同して彼らに立ち向かう努力(=武装)を怠ってはならない、と。

今日、内戦、内乱等を抱える地域(=発展途上国)というのは、国内産業が未成熟なため、弱く不安定な経済力しか持ちえず、そのため、国内に抵抗勢力を抱えることになってしまう。それらの地域の人口分布を見ると、いわゆる“先進国”とは異なるのであって、人口分布も国内の不安定要因の1つであるともいえる。発展途上国の多くがなぜ、今日のような脆弱な経済力しか持ち得ないのかといえば、本書も指摘するように、15世紀から開始された西欧側による植民地支配があり、西欧側による収奪があったことも大きい。植民地支配におけるモノカルチャー、さらに、西欧を中心とした資本主義経済の発展がグローバルな経済格差を生じさせた。そのような地域が、イスラム教圏であるところの、中東、アフリカ、アジアの多くであり、イスラム圏以外では、インド(ヒンドゥー圏)、東南アジア等(仏教圏)、南アメリカ(カトリックキリスト教圏)である。そのような地域を西欧=北に反して、「南」と称する。そして、かかるグローバルな格差を「南北格差」といいい、その問題を「南北問題」と称している。

本書は、悪意ある、反イスラムキャーンペーンの書である。本書の悪意は、ユース・バルジを今日のテロリズムと結び付けている点にある。人口減少に陥ったヨーロッパ先進国が移民を受け入れざるを得なくなった。本書によると、その移民の二世たちがテロリストになるのは、彼らの母国がユース・バルジを抱えているからだ、というのである。移民の出身地(母国=イスラム圏)の人口分布がユース・バルジを示しているから、移民の子供たちもまたユース・バルジであり、危険な存在である、と。このようにして、西欧の移民受入国の国民を、移民排斥もしくは移民差別へと煽動するのでる。本書は、“ユース・バルジ”という人口マジックを用いた、イスラム蔑視の“とんでも本”にすぎない。