さて筆者は先の拙Blogにおいて、▽笹井が「STAP細胞」問題のキーパーソンであること、▽この問題の舞台が神戸の埋立て人口島「ポートアイランド」で起きたこと――の2点を強調しておいた。笹井が自宅ではなく、職場である人口島の研究棟を自死の場に選んだことは、筆者の直観があながち外れていなかったことを傍証しているようで、気味が悪かった。
埋立て人口島の先端医療センター研究棟――いかにも人の温もりを感じさせない場ではなかろうか。筆者がポートアイランドを訪れたのはいまから20年以上前のことだ。バブル崩壊と震災の影響で同所を訪れる機会が失われてしまったものだから、現在の状況はわからない。しかし、人口島は人口島、そこには人の所縁、温もり、記憶、絆が薄い。コンクリートの箱、すべすべしたタイル、金属製の手すり・サッシ、冷たいガラスで覆われた、ピカピカの「職場」であったに違いない。研究棟ならばなおいっそう、人と人を結びつける息づかいすら聞こえにくいのではなかろうか。植栽が施されていたとしても、その緑や花は、埋立ての人口島の厚化粧の一環に過ぎない。
そんな人口島の一角に医療研究施設と医療関連企業をテナントとして集めること――それが国と神戸市、理研から笹井に課せられた特命だった。そしてその切り札として「STAP細胞」研究というテーマが、若い女性研究者とともに舞い込んだ。笹井はそのことにより、人生を狂わせた…
笹井は「STAP細胞」問題のキーパーソンであった。だから墓場まで持っていかざるを得ない情報やら事情を抱えていた。笹井が問題の真相を語れば、国、神戸市、理研は崩壊する。ノーベル賞受賞者の理研理事長もただではすまない。口を閉ざし続けることの重荷は計り知れないほど重かったのだろう。
それだけではない。笹井を追い込んだ要因は幾つかある。笹井が会見において「存在する」と力説した「STAP細胞」に関する科学アカデミーからの反証が当たり前のように報道されるようになったことだ。その中には笹井より科学者として“序列の低い者”――理研の研究員、科学ジャーナリスト、ネット情報――からのものが圧倒的だった。そして、それらを集大成したのが『NHKスペシャル――STAP細胞 不正の深層』の放映だった。(この番組については筆者も拙Blogで感想を書いておいた)
笹井に圧力をかけたのは、それだけではない。日本学術会議は7月25日、「研究全体が虚構であったのではないかという疑念を禁じ得ない段階に達している」と指摘。改革を早急に進めること、保存されている関係試料などを調査し、不正が認定されれば速やかに関係者を処分することなどを求めていた。この声明は、日本を代表する科学コミュニティーから発せられたものだ。
同会議の声明の根底には、理研が「STAP細胞」問題に関する情報を必要以上に隠蔽する姿勢を崩さないことへの不信感がある。科学研究というのは、自由に議論し合うことで切磋琢磨され真理へ近づくものである。理研は各界から提起された疑問や疑念に答えるための真相解明に着手しようとしないばかりか、議論する姿勢すらみせない。
理研の姿勢と共通するのが、小保方(弁護団)である。小保方(弁護団)も科学的見地からの質問や指摘に対しては一切の回答を拒否し、一見強気なヒステリックな決めつけ的言語で逃げている。つまり、理研も小保方も、科学的真相解明を拒否する姿勢において共通する。両者は、争っているように見えて、実は真相解明を忌避する姿勢において利害を一にする存在なのだ。
理研も小保方(弁護団)も真相解明の動きを遮断する盾として、「STAP細胞」の再現検証実験を掲げる。真相解明とは、それを換言すれば、小保方、笹井ほかの関係者の処分に行き着く。しかるに、前出のとおり、理研も小保方もそのことの先延ばしに奔走してきた。そして、その裏側で不正に係る証拠物等の処分を内密に進めようとしていたのではないか。ところが、理研と小保方(弁護団)が処分を留保しようとすればするほど、理研の脇の下から、不正に係る情報、証拠、証言がこぼれ落ちてくる。それらを掻き集めれば、小保方、笹井らの不正が傍証されてくる。そうした状況に耐えきれなくなったのが、笹井のこのたびの自死ではなかったのか。本日(8月5日)の理研の会見で「処分を保留したことが自殺の原因ではなかったのか」という質問があったそうだが、筆者もこの質問をしたメディア関係者と見解を同じくする。
笹井の自殺の原因は何かということになるのだが、遺書が公開されていない段階では推察するしかない。筆者は、笹井が「自裁」を選んだ、と推理する。笹井は「STAP細胞」に関わる(小保方の)着想・実験・論文作成、すなわち、この問題の全過程における不正、捏造等を知っていたはずだ。(にもかかわらず笹井が小保方と共謀して「STAP細胞」論文を世に出した主因については、拙Blogで繰り返し書いてきたので省く。)
すでに論文が撤回され、不正も明らかになった。この期に及んで、当たり前の組織ならば、関係者は処分され、処分後に新しい人生を歩むことになったであろう。犯罪者が服役後、新しい人生を歩むように。
ところが、筆者が拙Blogで書き続けてきたように、当たり前の処分は留保された。張本人の小保方は、弁護士を立てて引きこもり、“真相隠蔽”において共通する理研と共闘して、「STAP細胞」の再現検証実験という無限時間の中に身を置くことを選んだ。
一方の笹井は、一流の研究者という自負において、「再現検証実験」の無意味さを自覚し、処分留保の時間的圧迫に一人、身をさらさねばならなかった。つまり、自己の行き場所を完全に失いつつあった。笹井は「不正」を自白することもかなわず、科学者の良心と不正の隠蔽という葛藤に悩み、自らの不正を自らが裁く方法、すなわち自裁の道を選んだ。
笹井の自死はもちろん、先述したように回避できた。笹井を自裁に追い込んだのは、理研(とその上にある文科相、官邸)であり、小保方(弁護団)である。なによりも真相解明に向けて当事者が口を開かなければ、死者の魂は永久に浮かばれない。