自民党の「裏金事件」を争点とした総選挙が終わり、自公政権が過半数割れという結果で幕を閉じた。与党が後退したかわりに立憲民主、国民民主、れいわ新撰組が議席数を伸ばし、公明、維新、共産が議席を減らした。維新と並んで極右と思われる日本保守党、参政党がわずかながら議席数を獲得もしくは伸ばした。
選挙結果は有権者の意識を反映しない
《選挙結果は有権者の意識を反映する「忠実な鏡」ではない。むしろ、投票率や選挙戦略などの変数によって大きく左右されるというものである。(「極右の躍進は民意の反映か?」(菊池恵介〔著〕『地平』2024.8月号P38)》 さらに続けて、このことは政治学者や社会学者にとって明白である、とも菊池はいう。
〝選挙結果が有権者の意識を反映しない”とはどういうことかというと、今回のように自公維という保守勢力が議席を減らしたからといって、有権者が保守的政治意識から革新的政治意識に変異したことを意味しないということだ。
ではこのたびの変数とは投票率や選挙戦略だったのかといえば、投票率は近年の総選挙の数字と同様の低率で変化していない。選挙戦略については、野党の選挙戦略の課題とされる市民共闘は、相変わらず実現しないままだった。ただ唯一の例外として、インターネット(SNS動画)を駆使して若者を対象に「生活」に絞って訴求した選挙戦略が功を奏した国民民主党の躍進は認められる。この選挙戦略は、先の東京都知事選で地方都市の前首長の新人が大きく票を伸ばし得票数2位を獲得したことの延長線上にあり、選挙戦略が投票結果に反映した事例となる。
ただし、2024年時点では新しい戦略だが、他党が同様のツールを駆使するようになれば、戦略的効果はなくなってしまう。大阪を除く日本のほとんどの有権者の投票先決定要因は〈裏金事件〉だったと断言できる。
議席を伸ばした立憲だが、比例代表得票数では微増
〈裏金事件〉に抱いた有権者の感情を筆者なりに解釈してみよう。有権者の意識は「保守」で変わっていないことが、別表からうかがえる。
【別表】比例代表 党派別得票数 前回対比
自民 1991万→1458万 -533万
立憲 1149万→1155万 +6万
国民 259万→616万 +357万
公明 711万→596万 -115万
維新 805万→509万 -296万
れいわ 221万→380万 +159万
共産 416万→336万 -80万
参政 なし →187万
保守 なし →114万
社民 101万 →93万 -8万
立憲の躍進は有権者のルサンチマン
日本のマジョリティー有権者は自公に投票してきた。彼等・彼女等の意識は現状肯定すなわち保守だ。このたびの投票では、保守の意識を内的にとどめたまま、「裏金自民」に反旗を翻した。その情動はカネ・損得勘定への執着だ。釣り銭をちょろまかされたときの悔しさのような感情に近い。裏金議員は裏金で飲み食いしたかポケットに入れたにもかかわらず、所得税も払っていない。有権者の怒りが小選挙区で爆発した。そのルサンチマン、悔しさにも似た感情が「反自民」および自民にへばりつく「反公明」にむけられた。
有権者の意識は保守志向でかわっていない
別表から、与党(自公):野党(それ以外)を比較すると、与党2054:野党3390(総数5444)と野党の圧倒的勝利となる。次に、保守:革新という機軸で比較する。この場合の保守/革新という概念は、党綱領、現行憲法に対する姿勢、福祉、支持母体、外国人・在日にたいする見方等を包括して筆者が規定したもの。保守=自民・公明・維新、参政、保守党/2864〉:〈革新=立憲・国民・れいわ・共産・社民/2580〉となり、保守勢力が過半数(2722)を超えている。
国民民主を革新派に入れたのは支持母体が労働組合だからだけれど、党首の言動から推し量ると、保守に限りなく近い。かりに日本の総選挙制度を政党別比例代表制に一本化したとしたら、保守勢力が過半数をゆうに制していたことになる。
〈裏金事件〉を世に出したのは孤高の大学教授であり、立憲でも維新でもない。それを精力的に報道したのはマスメディアではなく、共産党の機関紙『赤旗』だった。にもかかわらず、共産党の比例票は減少した。このことは、日本のマジョリティー(有権者)の意識が選挙結果に反映されていない傍証となる。有権者は今回選挙の強力な変数である〈裏金事件〉のみに支配されたのだ。
これからの日本を支配するのは保守と極右
今後の選挙では今回の〈裏金事件〉が変数となることはない。自民党も今後は、「ばれない裏金づくり」を工夫するかもしれないし、多くの有権者は、今回選挙でカタルシスを吐き出してしまった。「裏金事件」は終わった。
次の参院選(2025年7月)において予想される選挙結果は、保守と新興極右のさらなる党勢拡大だ。新自由主義の浸透の下、民営化、規制緩和、減税へと人々の関心が向かい、近年のフランスでは極右の台頭が顕著となった。前出の菊池は次のように書いている。《階層格差が拡大し、没落する中間層や底辺層の代弁者不在の空白を埋めるかのように、(フランスでは)極右が躍動するようになった。(前掲書P41)》
今回の選挙で、日本にもその兆候が顕在化した。極右の日本保守党、陰謀論の参政党、左派ポピュリズムれいわ新撰組、優生思想と高齢者排除を党首が公言した国民民主党の台頭だ。また今回後退したものの、維新が大阪の19選挙区すべての議席を独占したように、近畿圏で勢力を維持している。維新の政策は福祉予算削減、緊縮財政、財界と一体化した政策(たとえば万博やカジノ)推進という新自由主義そものであり、その傾向は続く。
極右およびポピュリズム政党が狙うのは、外国人排斥、差別主義、高齢者攻撃であり、減税(消費税撤廃)を含め、没落する中間層や底辺層の代弁者をよそおうことだ。
加えて、自民党内では、旧安部派が極右団体の支援の下、石破総裁の責任追及を激化し、石破おろしに決起する可能性を否定できない。次期参院選で自公が負ければ、自民党内の旧安部派が公明・維新・国民民主・日本保守・参政との大連立を画策する可能性もありえないわけではない。そうなれば、自民党内反安部派+立憲民主による中道右派連立が対抗軸として形成される可能性もある。そのとき、れいわ、共産、社民は、日本の政治舞台から大きく後退する。
自民惨敗報道はきわめて皮相的
開票結果を報じる新聞の第一面に踊る「自民惨敗」の見出しは真実を伝えていない。大きく議席数を伸ばした立憲だが、比例では自民500万票減、維新300万票減を奪い取れていない。立憲はなんと、わずか6万票増で終わっている。2020年結党の国民民主が350万票、参政・保守が合せて300万票獲得したが、共産・社民は合せて88万票失い、れいわは159万を奪ったに過ぎない。
日本人の政党支持に係る意識は不変であるが、このたびの総選挙では、「裏金事件」、ネット戦略という変数が小選挙区を主戦場として、その特異な制度が立憲に議席を与えたとみるべきだ。ゆえに注視すべきは、与党の過半数割れではなく、極右・左派ポピュリズム政党が確実に力を増したというところにある。〔完〕