NPB(日本野球機構)の観客動員数は確実に伸びている。日本はプロ野球ブームともいえる。その背景には、WBCにおける優勝(2023)、MLB(Major League Baseball)における大谷ほか日本人選手の活躍がある。しかしながら、NPBの好調の要因はいずれも外在的であって、NPB独自の努力とは言いがたい。なによりも、スター選手の不在だ。現在のNPB人気は一過性なのではないか。その理由を以下、述べていく。
MLBの経営努力
MLBも観客動員数は増加傾向にある。だが日米を比較すると、両国のあいだには埋めがたい差異がある。日本では野球が人気ナンバーワンスポーツだが、米国では圧倒的にアメリカン・フットボールのほうが人気がある。野球の欠点は試合が時間制ではないため、試合時間が長いことだ。時間を売るTV(中継)にもなじまない。スポーツファン及びメディアは、試合時間が決まっているアメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーになびいてしまう。
MLBは野球における営業面のマイナスを是正(試合時間短縮)するため、さまざまな制度及びルール変更を繰り返してきた。以下、それらについて大雑把に見ておこう。
2024シーズンから、①ピッチクロック(pitch clock)、②タイブレーク(tie break/ポストシーズンでは採用されない) 、③投手の牽制球回数制限――を導入した。①②については、米国ではMLBほか、マイナーリーグ、大学野球でも採用されている。②は国際大会でも採用されている。また、攻撃重視の観点から、2024年、盗塁数の増加および野手・走者の安全確保のため、塁ベースのサイズを大きくした。この措置は、先行して導入したコリジョンルールを一段高めたものだ。
NPBセリーグはなぜ、DH制度を採用しないのか
MLBアメリカンリーグで1973年より採用されていたDH制度をナショナルリーグでも2022年から完全導入した。いかにも奇異なのが、NPBのセリーグだけがDH制度を採用しないことだ。国際試合で採用されているDH制度を頑なに導入しない理由がわからない。
スケールの大きいMLBのポストシーズン
試合システムの改革としては、かなり古い話だがレギュラーシーズンのほかにポストシーズンとして1969年にプレーオフ制度が導入された。プレーオフは漸次制度改良され、現在のワイルドカード・シリーズ、ディビジョン・シリーズ、リーグ・チャンピオンシリーズ、ワールド・シリーズの4シリーズ制に移行した。
MLBの球団数はアリ―グ15、ナリーグ15の合計30球団だが、ポストシーズンに参加するチームは12球団にのぼり、なんとNPBの全球団数と同数だ。
3シリーズとも勝ち上がり方式で、ワールド・シリーズまでの道筋を短期決戦型に仕上げた。この制度はサッカーで採用しているカップ戦に近い。長丁場のレギュラーシーズンとは異なった短期決戦をファンに楽しんでもらおうという仕掛けだ。NPBもMLBに倣って、クライマックスシリーズを創設したが、セパ両リーグの上位3チーム(といっても6チーム中の上位3チーム)という、なんとも緊張感を欠いた「ポストシーズン」になっている。
インターリーグ(NPBでは交流戦と呼ばれる)は1997年から開始され今日に至っている。NPBもMLBに倣って採用されたが、ワンカード(3試合)で終わってしまうため、筆者にはどうでもいい制度に思える。
NPBの強みと弱み
MLBの改革について大雑把にまとめたが、NPBとの違いの根底には、商圏の違いにある。米国は日本の25倍の国土面積を有し、それに北米カナダ(トロント・ブルージエイズ)も商圏に含む。米国(MLB)のスケールを日本(NPB)が真似することは不可能である。人口も日本の約3倍だから、各地域が独立国のような様相を呈していて、各チームは郷土愛に支えられている。
(1)日本社会からの大々的支持
NPBの強みはなんだろうか。まず、野球が日本社会全体から根強い支持を受けていることだ。少年野球→高校野球→大学野球→社会人野球と分厚い野球人口とそのファンが存在し、それにこたえる選手、指導者、支援者、スタッフが組織されていることだ。このことは最大の強みである。
しかし日本社会の特殊性がマイナスを生む。そのことを象徴するのが、〝だらだら試合”の横行だ。日本では試合時間が長いことがあまり問題視されない。その理由は、日本人が「間」を重視する国民性をもっているからだろう。不必要なタイムをかけることが、相手の気をそらす有効な手段だと認識されている。不必要な牽制球もそうだ。野球解説者が「打者の打ち気を逸らす絶妙なタイミングですね」と緩慢で無意味な投手の牽制球を称賛することは当たり前であり、中継アナウンサーも解説者に同意する。メディアが試合時間の短縮を阻害する〝だらだらプレー”をあたりまえというよりも、積極的に容認してきたのだ。
(2)甲子園野球からの「解放」が必要
そればかりではない。日本野球に悪影響を与えているのが「甲子園」だ。短期決戦の甲子園野球は、選手の健康管理面、戦術(作戦)面において、未成年者プレーヤーが本来目指すべき野球を逸脱し、独自の甲子園野球スタイルを確立してしまった。犠牲バントの多用、エースと呼ばれる一人の投手の酷使などだ。変則の甲子園野球に適応するよう訓練された高校生をそこから解放することが、NPB改革の第一歩でもある。
(3)勝利のほうが引分よりも価値がある
NPBには延長12回で引分という制度がある。筆者にはまったく理解不能な順位決定基準だ。勝率によって順位が決まるため、勝ち数よりも引分数が多い方が順位が上にくる可能性がある。引分を認めるならば、勝率よりも勝点制度(勝利3、引分1、負け0)にすべきだ。
MLBでは引分がなかった。タイブレークが導入されるまでは延々とゲームが続き、日付が変わる試合もあった。勝負には勝ちと負けしかないというのがMLBの哲学だが、長時間の試合の非合理性が認識され、タイブレークが導入され、前出のとおり国際試合もMLBに倣った。しかるにNPBは引分・勝率のローカルルールが貫かれ、国際ルールからも離反した状態を続けている。筆者には、NPBの無頓着ぶりが理解できない。国際試合で勝つためには、タイブレークをより多く経験することが必須のはずだが。
現行12球団による独占状態
「巨人人気」はこれまでNPB人気を支えてきたのだが、逆にそれがNPBの甘えを生み、近代化、革新の機運を阻んできように筆者には思える。いまでこそ希薄になってきたものの、「野球は巨人...」、「巨人...なんとか、卵焼き」という巨人中心主義が日本球界をながらく蝕んできた。 プロスポーツ存立の基本はホームのファンの支持にある。
NPBの甘えの構造を象徴するのが、「12球団」という不変の球団数の維持だ。球団のオーナー・チェンジは幾度もあったが、その数は増加しない。NPBとりわけセリーグ各球団は「巨人人気」にあやかって集客できた。だから、新規参入を阻害し、プロ野球マーケットを独占してきた。このことは、既得権益の維持とも換言できる。
毎年、新人100人が球界入りして、100人が首切りにあうという。だから、高いレベルが保持されるという見方もあるらしいが、筆者は、そうは思わない。チャンスに恵まれず、才能を眠らせたまま職業野球業界を離れた者も多いのではないか。そのことについては後述する。
日本の職業野球業界はNPB・12球団傘下の二軍と三軍(全球団ではない)があり、二軍はイースタン、ウエスタンの2リーグが活動している。イースタン、ウエスタンは現行12球団の下部組織であり、選手育成と一軍選手の調整の場としての機能を担っている。
12球団が職業野球人を1軍・2軍・3軍としてを丸抱えして、不要になったと判断した選手の首を斬るシステムだ。そのことはMLBとかわらないが、MLBはAAA、AA、Aの各リーグの独立性が強く、MLB球団の本拠地をもたない地域にプロ野球という娯楽を提供している。
なお、近年、日本球界に「独立リーグ」が誕生し、(1)四国アイランドリーグ(2005)、(2)ルートインBCリーグ(2007)、(3)さわかみ関西独立リーグ (2014)、(4)北海道ベースボールリーグ(2020)、(5)ヤマエグループ九州アジアリーグ(2021年)、(6)北海道フロンティアリーグ(2022)、(7)日本海リーグ(2023)の7リーグ、28球団が活動している。( )内は創設年。独立リーグの球団はどこも緊縮財政で経営状態は芳しくない。独立リーグの球団を母体としてNPBに参入できるチームをつくりあげるには、大企業のスポンサードを必要とする。
市場開放、新規参入を促して活性化を
景気がそれほど良くない日本の経済環境下、NPBに参入したい事業者がいるのかどうかについて、筆者は取材していないのでわからないものの、近年、日本のスポーツ界はMLBの大谷翔平、女子やり投げの北口榛花、イタリア男子バレーボールの石川祐希、NBAの八村塁といった、世界の大舞台で活躍する選手を多数輩出するようになってきた。そのなかで野球はエンタメ産業のなかでの最有力コンテンツであることは確言できる。TVの情報番組で大谷翔平が登場する回数は尋常な数ではない。いまがプロ野球ビジネスを始める絶好のチャンスだと思える。野球人気の高い地方中核都市をホームとしてNPB球団を創設すれば、地域活性化にも資する。MLBの30チームには及ばないものの、サッカーJ1の20チームくらいの規模のリーグが維持できるはずだ。
球団数増こそが発展の道
前出のとおり、日本球界では球団数を増やせば選手の質が落ちる、という消極論が絶えない。 はたしてそうだろうか。MLBの発展は米国の地域開発の進展にシンクロしている。東海岸から中部に本拠地を置いていた球団が西海岸に移転すると同時に、移転した穴を新球団が埋め、さらにディープサウスの都市化とともに西南部に新球団が結成され、さらに北米カナダに至る。交通機関、とりわけ航空機網の充実がそれを支えた。
1940年代には黒人選手に門戸が開かれ、人種・国籍不問の下、中米・南米出身選手が活躍する場を得た。そしていまでは東アジア(日本・韓国等)にも門戸が開かれている。MLBで大活躍中の大谷翔平は、MLBの拡大方針に基づくスカウティングの成果の一つでもある。大谷効果により、日本の公営放送であるNHKはMLBに対して87億円の放映料を支払っている。
MLBは新しいスターを見いだすため、全世界にスカウト網を構築した。30球団はスターを求めて、激しい競争を強いられる。才能を見いだす眼力が求められると同時に、プレーヤーはスカウトの目に留まろうと努力をする。才能のある選手を獲得するため、30球団は給料を上げなければならなくなる。こうして球団と選手のあいだに好循環が形成されていく。かぎられた数の球団で選手の才能を潰すよりも、球団数を増やして活躍の場を広げるほうがスターを生みだす機会が増える。
大谷の「終わり」がNPBの「終わり」
NPB(日本の野球)人気は、いま現在をピークとして、ゆるやかな下降線をたどるのではないか、と筆者は予想する。その異変は、いま海の向こうで活躍する大谷翔平の変容がもたらすはずだ。彼が「二刀流」に復帰すれば、今年の打者「一刀流」ほどの活躍は望めない。投手としての勝ち星は一桁で終わり、本塁打、打点、盗塁、打率は2024年を大幅に下回るだろう。故障する確率も高まる。「二刀流」という〈話題性〉と〈投打の成績すなわちチーム貢献度〉がバランスしなくなった時点で、「大谷神話」は崩壊する。大谷翔平は「並み」もしくは「並以下」の投手であり、「並み」のDH(打者)にとどまる。そのとき、常勝を義務づけられたドジャースは大谷をどうするのか。
よしんば、大谷翔平がMLBで「二刀流」を貫けたとしても、彼の30歳という現在の年齢を考えると、彼の現役生活はこの先長くて10年に満たないのではないか。大谷翔平は100年に一度の選手であり、彼に代わる選手はしばらく出てこない。大谷の絶頂期の終わりとともに、前出のとおり、NPB(日本の野球)人気もゆるやかな下降線をたどる。下降を迎える時期はそれほど遠くない未来だろう。
野球人気の下降局面を耐えぬく方策は、地域密着の球団経営にある。スーパースターの出現という一過性に負うのではなく、しっかりとしたフィジビリティ・スタディ(feasibility study)に基づいた球団経営に徹することだ。そういう球団が20チーム集まってリーグを組めば、NPB人気は不動のものとなる。〔完〕