奇妙なのは、朝青龍に係るマスコミ報道のあり方である。「小沢不起訴」と「朝青龍引退」が大新聞の一面を二分していた。小沢報道では、小沢幹事長の名誉に関わりかねない報道が、“関係者によると”という形式でなされていた。あたかも、小沢幹事長が犯罪者であるかのごとく扱われていたのである。
朝青龍報道についてはどうだろうか。マスコミは、朝青龍が起こした事件の内容を一切報じない。“関係者によると”という記事も見当たらない。新聞・テレビは、朝青龍の事件に関しては、「起こった事」を一切報ぜず、小沢幹事長に関しては、“関係者”という幽霊のような存在の者の言うままに、記事を書き流した。関係者というのが、検察の担当者であることは、だれもが知っている。そのことを、「マスコミは、リークにのせられている」と批判されると、マスコミは、正当な取材だ、と嘯く。ふ~ん。
朝青龍事件のあったのは1月16日(土)の未明。本場所7日目にあたる。朝青龍は、その日、北勝力に勝っている。事件の詳細は、ネット及び一部マイナーな活字メディアが報じているのでそれに従うと、未明に泥酔した朝青龍は、西麻布の某飲食店の知人男性を殴打し、鼻の骨を折った。被害者男性は、その後、診断書持参で所轄の麻布警察署に何度か相談に訪れているらしい。朝青龍(側)は、ホームページにおいて、事件のあったことを認めたものの、被害にあったのは朝青龍のマネジャーだとして、マネジャー自身が被害者だと「告白」した記事をホームページに載せた。もちろん、この嘘はすぐにばれた。朝青龍側の措置は、HPに虚偽情報を流して、事件のもみ消しを図ろうとした疑いが極めて濃い。このことに関して、朝青龍に「説明責任」はないのか。
問題はそれだけにとどまらない。一部メディアの報道によると、被害者男性というのは一筋縄ではいかない人物だといわれ、素行があまりよろしくないとされている。被害者男性が暴力団関係者だという証拠はないものの、麻薬取引とも無縁ではないと言われている。いわゆる、グレーゾーンの人物のようだ。
それはともかく、被害者がどんな人物であれ、プロの格闘家が素人に暴力をふるい重症を負わせたとなれば、傷害事件である。格闘家の技は凶器とみなされているから、軽い刑では済まないだろう。ただし、一般に、だれかがだれかに傷害を負わせたからといって、すべてが事件になるわけではない。被害者が告訴をしないで示談に応じる場合もある。酒のうえで暴力沙汰に及び、ケガをさせた場合など、両者話し合いの上、被害者に示談金を渡し、双方が納得すれば、刑事事件にはならない。
マスコミ報道によると、警察に診断書を持参して相談にいった被害者男性は、加害者朝青龍(側)からの示談要請に既に応じたという。示談金がいくらだか知らないが、安くはないだろう。いずれにしても、朝青龍が刑事被告人になる可能性はこれでなくなった。そして、朝青龍は引退を表明し、角界から去った。しかし、示談の経緯に関して、朝青龍に「説明責任」はないのか。
朝青龍のこのたびの事件について、これで“一件落着”と、済ませられると思うのは、本人と高砂親方、相撲協会、そして、マスコミくらいだろう。
まず、本場所7日目、未明まで泥酔していたという事実。酒を飲もうが、カラオケをしようが、本割で勝てば文句あるまい――なのであろうか。相撲に素人の筆者には、未明まで酒を飲み泥酔して騒ぎを起こした「横綱」が、真剣勝負の格闘技において、その日の取り組みで簡単に勝ってしまうことが理解できない。「横綱」とはそれほどまでに強いものなのか。もちろん八百長だという証拠はない。八百長の嫌疑について、朝青龍に「説明責任」はいらないのか。
次に、知人男性もしくは飲食店関係者は、朝青龍と知り合いであることもわかっている。朝青龍が飲んでいた飲食店Fという店は、界隈でも、麻薬関係者等が出入りするところとして有名な店だとも言われている。もちろん、朝青龍が麻薬を常用していたとか、被害者男性が麻薬の売人であるとかいうつもりはない。だが、「国技」に関わり、公益法人(文科省)の最高位に身をおく者・横綱が、本場所中に盛り場で、しかも、いろいろな噂の絶えない店で泥酔していていいものなのか。それが「国技」「相撲道」とやらに反しないのか。麻薬関連で有名な店で朝青龍が泥酔したことと、被害者男性と朝青龍との関係について、朝青龍に「説明責任」はないのか。
朝青龍は「引退」したのだからそれでいい――というわけにはいかない。なぜならば、某週刊誌が、朝青龍がかつて、あるホステスに対して、性的暴力を加えたことが報じられているからだ。このような朝青龍に関する報道は、記者クラブ外から出たもの。小沢幹事長に説明責任をあれほどまでに迫ったマスコミは、ではなぜ、女性暴行事件の報道のある朝青龍に対して、「説明責任」を問わないのか。“関係者によれば”という報道を行わないのか。
朝青龍、相撲協会、マスコミの三者の間には、いかなる関係があって、国民が知りたいという願望に答えないのか、また、マスコミは、朝青龍及び相撲協会に対して、これだけの「説明責任」を問わないのか。