昨年8月、合成麻薬MDMAを一緒にのんで死亡した飲食店従業員田中香織さんを救命しなかったとして保護責任者遺棄致死罪などに問われた元俳優押尾学押尾被告(32)の裁判員裁判は、10日の検察側証人の救命救急医師の証言で、ほぼ山を越えた。
救急医は、MDMAを服用して異常が発生した場合、死亡まで数十分かかるものと考えられ、すぐに救急車を呼べば、「田中さんは若く、心臓に原因がないので、病院に運ばれた後でも百パーセント近く、9割方助けられたと思う」と、さらに、「「正常な社会観を持っていれば、救急車を呼ぶはず」と押尾被告を切り捨てたという。
この日証言した田中さんの両親は、かねがね事実が知りたい--と、押尾被告に事件と正直に向き合うことを訴えてきたという。だが、押尾被告は一貫して「無実」を主張し、裁判で争う姿勢を崩さなかった。田中さんの死亡時刻や経緯には依然、周囲の証言と食い違いがある。しかし、ここまでの証言では、押尾被告が嘘をついている可能性が高いことがわかってきた。
そればかりではない。元マネージャー、友人・知人らの証言によれば、救急車を呼べという忠告を押尾被告が再三無視したこと、田中さんの死後、押尾被告が隠蔽工作を図ろうとした様子が明らかにされた。押尾被告は元マネージャーに、「一生面倒を見るから、オレの身代わりになるよう」懇願したともいう。
筆者は、この証言だけでも、押尾被告の「人間性の欠如」について、恐怖に近いものを感じた。傍らで知人の女性が危篤状態――生死の境を彷徨っている――にもかかわらず、マネージャーや知人に携帯電話をかけまくり、救急車を呼ばず、女性の死後、自分が「無罪」になるための姦計をめぐらしていた可能性が高い。身代わりの強要、証拠隠滅、口裏あわせ…といった工作に腐心した。警察に逮捕され、留置された後も反省をすることなく、自分は「救命に尽力した」と白を切り続ける。押尾被告という男は、いったい何者なのだ、悪魔か、それとも人間の皮を被ったモンスターか…
裁判の進行とともに、押尾被告の嘘が次々とばれていく。押尾被告の罪状は保護責任者遺棄致死罪などになっているけれど、殺人に匹敵するくらいその罪は重いように思える。しかも、いまだに反省、悔恨、謝罪の様子は見受けられない。
押尾被告が裁判に臨む姿勢は、人の道から大きく外れているように見える。一部のメディアの報道では、押尾被告の人脈には、自民党の現職の大物議員の息子、民主党の元国会議員、パチンコ業界のフィクサー等がいるとされている。押尾被告は、その人脈に名を連ねている「大物たち」の力によって、裁判で争えば無実が得られるという確信があるのだろうか。
押尾被告の弁護団は、「報道に判断を左右されないように…」と、裁判員に対して、異例の要請を行ったようだが、その心配はまったくなさそうだ。明白な証言・証拠が積み重なれば、「報道に左右される」余地は生じない。押尾被告の嘘を信じ、異例の要請を裁判員に対して行った弁護団の意図は、いったいどこにあったのだろうか。弁護団も押尾被告と一心同体、人の道から外れた、モンスターなのだろうか。弁護団が押尾被告を信じた、その理由が知りたい。