2022年5月6日金曜日

仏大統領選で躍進したルペン氏は何故「極右」と呼ばれるのか

 

フランス大統領選で敗北したルペン。彼女がなぜ極右と呼ばれのかという愚生の疑問に対する満足な回答が得られぬ中、なんと、そのものずばりの論考をネットで見かけた。『論座』にある「仏大統領選で躍進したルペン氏は何故「極右」と呼ばれるのか」(金塚彩乃 弁護士・フランス共和国弁護士)だ。この論考が愚生の疑問に対する回答として「正答」なのかどうかを検証する能力がない。だから、紹介としてお読みいただければ幸いである。 以下、その要約である。

(一)フランスの大統領制について 

金塚は今回の選挙について、以下のような前提を述べる。 

・・・ルペン氏が何故「極右」と呼ばれるのか、どのような「プログラム」を持っているのかということはあまり報道されていない。ルペン氏は様々な主張を行っているが、その根底にあるのは現在の第五共和制憲法の改正である。本稿ではその内容を紹介したい。

大統領の権限は絶大だ。首相及び国務大臣を任免し、閣議を主宰し、下院である国民議会の解散権を有するが、大統領自身は議会に対して責任を直接負うことはない。大統領は軍隊の長であり、条約について交渉し批准する権限を有する。そして、一定の事項について、国民投票を通じて立法をすることが可能となる。 

(二)ルペンが率いる国民連合について 

ルペンが父親が創設した「国民戦線」を引き継ぎ、2018年に党名を国民連合に改称すると同時に、党のイメージ戦略に取り組み、父親時代の過激な反ユダヤ主義や移民排斥、人工妊娠中絶反対などの主張を封印して党の「普通化」「脱悪魔化」を図り、父親の時代よりも広く支持者を集めてきたことはすでに報道済みだ。なお、現在、国民戦線は下院で8議席(577議席中)、地方議会で268議席(1837議席中)、3万人以上のまちで2名の首長(279人中)を擁している。欧州議会においても23人の議員を輩出している。 

(三)フランスの「極右」の定義 

いよいよフランスにおける極右とはなにか――である。金塚はフランスの研究者の団体であるCollectifによる「極右」の定義を紹介している。 

極右による世界観は有機体論、つまり社会を一つの生物のように見るところにある。一つの生命を持つ共同体は、民族、国籍あるいは人種から構成されるとし、「私たち」を強調する一方で他者を排斥し、普遍主義を拒絶する。違った文化を持った他者は、「私たち」が均質な共同体を作ることを阻害する邪魔者である。
また、現在の社会は退化しており、自分たちだけが救済者として社会を救うことができると考える。その際に社会を救う中心となるのは国民であって、救済者である指導者と国民との間に直接の関係性の構築を強調する 。
このようなナショナル・ポピュリズムは、フランスでは19世紀後半から今日まで脈々と存在し続けたが、この定義によれば、その中心を担うのが、現在は国民連合であると指摘される。 

もちろんルペンは、自分たちが極右であると呼ばれることを拒絶しているのだが、この定義によれば、その中心を担うのが、現在は国民連合である。ゆえに、ルペンも国民連合も極右と呼ばれるということになる。 

(四)ルペン(国民連合)の主張について 

①対EU政策

2017年の選挙で訴えていたEUからの脱退を封印し、EU法に対してフランス法を優越させることを訴えた。国境管理の見直しも求めている。国民連合の主張は、フランスによるフランス国境の管理である。現在EU圏内においては物流は自由になされることとなっているが、国民連合はフランス領域に外国からの商品を輸入するにあたり、フランス独自の管理の必要性を主張する。さらに、フランスのEU分担金の削減も国民連合は求めている。 

②対外国人政策 

自国民優先原則を打ち出す。そのなかで、雇用や住居、最低所得補償に関してはフランス人を優先することとし、国籍において血統主義を打ち出すことを主張している。移民に関しても厳格な政策の導入を主張する。難民認定についてもあまりに寛容になされていると指摘する。ルペンの主張によれば、フランスの法律で認められている外国人の「家族呼び寄せ」の制度の下、移民が親や子だけでなく、兄弟姉妹まで呼び寄せることが可能となっているが、その結果、フランスという国家ではなく、移民自身が誰を移民とするかを決定することができる状況が生まれていると訴える。ルペンは、大幅な移民政策の見直しが必要だと主張する。移民に関してもフランス到着後の申請ではなく、出発国のフランス領事館における申請を条件にするべきだと主張する。 治安強化のため、一般的な厳罰化や捜査機関の権限強化に加えて、犯罪を犯した外国人の強制送還の徹底を強調する。イスラム過激派に対しては、非宗教的国家というフランスのアイデンティティや憲法上保障される自由や権利を侵害する団体として、アイデンティティの攻撃という観点から批判がなされ、公的な場所でのイスラム過激派の主張の表明の禁止が目指される。イスラム過激派の主張を表明した帰化外国人からは、フランス国籍の剥奪も約束される。

③国内対策 

2019年からのいわゆる「黄色のベスト運動」の発端となったガソリンに対する付加価値税の軽減や、賃金の1割アップ、年金の支給開始年齢の60歳への引き下げなど、不況とインフレに苦しむフランスの低所得者層を対象とする公約を掲げた。 

要するに、ルペンは、フランスというアイデンティティの下、他者の排斥を叫び、EU秩序の否定や自国民優先主義など、現行の憲法上認められない主張を繰り返している。ルペンの主張を実現可能にするためには、国民と指導者との直接的な関係性を築くこととなり、ナショナル・ポピュリズムが称揚する国民投票の実施を国民に訴えたのである。このことがルペンをして、極右と呼ばれる所以である。 

(五)フランスにおける国民投票制度 

金塚は、フランスにおける国民投票制度を次のように紹介している。

フランス革命時においても「代表制」が重視されていたが、その後も国民投票に対する警戒心は強かった。ナポレオンが政権を掌握したのも、その甥のナポレオン3世が同様に権力を収奪したのもともにクーデタによるものだったが、いずれのクーデタもその後の「プレビシット」と呼ばれる国民投票によって正当化されてきた。このような経験から、イエスかノーだけで回答を迫られる国民投票は独裁者の手段であるとの見方が強い。 それでもなお、代表民主制が国民の意思から乖離することを避けるために、第五共和制憲法においては、一定の国民投票が予定されていた。それが憲法11条及び憲法89条である。
憲法11条においては、政府あるいは両院の提案に基づく大統領の発議により、公権力の組織、経済あるいは社会政策、公役務、憲法に反することのない範囲で、公的機関の運営に影響を有することとなる条約批准の許可に関して国民投票が可能であるとされ、国民投票の結果可決された法律は、15日以内に法律として公布されると定めている。
さらに、国会議員の五分の一以上及び有権者の十分の一の賛成があった場合に、法案を国民投票に付することができる(ただし1年以内に公布された法律を廃止することはできない)ともされ、国民の自発的意思によって国民投票を行い、国会を経由することなく法律を成立することが可能とされている。しかし、国民発議には少なくとも400万人の賛成が必要とされるなど、そのハードルは高く、まだ国民の発議による国民投票が実施されたことはない。また憲法89条は、憲法改正の際の国民投票を定めるが、フランスでは、五分の三以上の国会議員の賛成により国民投票を経ないで憲法改正をすることは可能であるとされ、国民投票による憲法改正は現行憲法ではほとんど実施されていない。 

(七)ルペンが狙う倒錯した憲法改正 

金塚は、ルペンの狙いを次のようにまとめている。

憲法11条による国民投票で、憲法を改正する内容を持つ法律を成立させることにより、憲法を改正するという、憲法が法律に優位するという法秩序を逆転させる手法だ。具体的には、現在のハードルをぐっと下げ、50万人の発議で国民投票を可能にすることを約束する一方、現在公権力の組織等に限られている国民投票の対象をすべての分野に拡大するとして、死刑やEU離脱の問題、国民優先の諸政策、イスラムのスカーフ着用問題なども国民投票の対象にすると主張している。
このような倒錯した憲法改正は不可能ではない。ド・ゴール大統領は1962年、大統領直接公選制を導入するために憲法11条に基づく国民投票を行い、その結果として憲法が改正されることとなった。これは憲法89条が予定してない違憲な改憲ではないかということが争われたが、憲法院は1962年11月6日の判決において、主権者国民が直接投票した法律について、違憲立法審査権は及ばないと判断をした。ルペンは、このド・ゴール大統領の手法を強調し、国民の声をより直接的に反映をさせる国民投票を一般化させるべきだと主張する。 

(八)今回の大統領選の最大の争点だったのは〈国民投票のあり方〉 

日本ではおよそ報道されなかったが、今回のフランスの大統領選で重要な論点となったのは、国民投票のあり方であった。なぜ、報道されなかったのか。岸田政権がめざす日本における憲法改正にとってマイナスだと判断されたからだろう。 

それはそれとして、ここで留意すべきは、ルペンのいう国民投票がどれだけの熟議を可能とするものなのか。また、外国人の問題や宗教の問題などを国民投票の争点とすることにより、国民の意見を聞くという形式を通じて、社会の分断を深める危険である。マクロン政権が試みた国民の意見を聞くという方法は、不十分ながらも、対象を限定しつつ、市民間の議論や熟議を促すものであった点が、社会的争点についてイエス・ノーという二者択一の判断を求めるルペンの国民投票のあり方と異なると言える。 

フランス行政法・EU法を専門とするトゥール大学のオーバン教授はこのような国民に対する態度の違いについて、「法治国家の中の国民か(マクロン)、法治国家に対抗する国民か(ルペン)」と表現する。代表民主制の中で直接民主制を導入するものとして日本でも評価される国民投票だが、それをどう使うかについて、フランスの大統領選挙は警鐘を鳴らすものでもある。 

(九)フランスの「極右」と極右的政治社会情況にある日本 

日本の報道においては、ルペン(国民連合)の主張については分析されることなく、フランスでの極右の躍進という部分のみが強調されていたが、その中心的なポイントは、自国民優先と国民投票という手法の一般化にある。このことは、欧州各国及びフランス特有の政治的危機ではなく、現在の日本の情況において、無視できない課題を突き付けている。 金塚は、日本の現状について次のように警告している。

・日本の外国人受け入れ について

フランスでは許されない、社会福祉政策における国籍条項は、日本の最高裁判決が覆されていない。なおルペン候補とともに極右の候補として大統領選に立候補したゼムールは、移民政策に関しては日本を見習うべきだとも主張していた。また、国民連合の前身である国民戦線の元幹部で当時党首だったルペンの父親のブレーンであったゴルニッシュ(実は、娘のルペンと党首の座を争った)は、日本法のスペシャリストであった。その影響がないとは言えない。
平成元年のいわゆる「塩見訴訟最高裁判決」は、「その限られた財源の下で福祉的給付を行うにあたり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるべきことと解される」としたが、ルペンの国民連合が主張する自国民優先原則と基軸を一にする。また、平成26年の最高裁判決も、生活保護の法的支給対象が日本国籍を持つ者のみを対象とすることを正当と認めている。つまり、国民連合の主張は、日本とは全く関係のない「極右」の主張ではなく、その中には日本ですでに実施されている政策すら存在する。移民政策や外国人政策に関しては、すでに日本で実施されているものについて、国民連合が求める憲法や裁判所の判断を覆すための国民投票すら、日本では不要の主張となっている。
国民連合のような「極右」の団体が、具体的に何を主張しているかを知らずに、そのまま「極右」と指摘することは、「極右」の主張が対岸の火事に過ぎず、私たちには関係ないという思考停止をもたらすリスクを抱える。極右の主張のコアとなる、ルペンが打ち出すような自国民優先の原則などをどのように考えるかは、すでに一定の分野においてフランスよりも自国民優先の原則が浸透している日本では、決して他人事ではない。重要なことは、フランスの大統領選のようなケースを通じて「極右」の主張の中身を検討し、それを外国の出来事としてではなく、自分たちの社会でも深く考えなければならない問題なのかどうかを、改めて問い直すことだろう。

つまり、日本の現行法体系のなかには、フランスでは許されないものがあるということ。フランスの極右が「日本を見習え」とフランス国民を扇動しているのである。 ルペンは大統領選で負けたとは言え、引退したわけではない。国民連合がこの先、パリに代表される都市とは異なる意識をもつ地方において、下院選挙や地方議会で議席数を増やす可能性も指摘される。(了)