伊東市の田久保市長の学歴詐称疑惑よりも、東京都の小池知事の学歴詐称疑惑の方が、何倍も深刻だ。駐日エジプト大使館やカイロ大学を巻き込んだ隠蔽の疑惑があるからだ。
周囲の情報はカイロ大学が「卒業証書」を発行したと認めた事実に劣後する
小池知事にたいする疑惑の根拠は、第一に、彼女のアラビア語が小学生以下である、という周囲からの情報に基づく。次に、カイロ大学で同窓であった者の告発、「小池さんは、アラビア語の講義をまったく理解していなかった」「講義に出席していなかった」といった類のものだ。
『女帝』という、カイロ大学時代の彼女の実像を暴露した本が売れた時、テレビの情報番組などがそれらを根拠として、学歴詐称ではないかと取り上げたが、まったく不毛なムダムダの報道だ、と筆者は思っていた。まわりがいくら疑惑に係る傍証を積み上げても、カイロ大学が「卒業証書」を発行・授与したとする表明(事実)に劣後すると。
なぜならば、本邦における――これから述べる事例は、いまから半世紀くらい前の話であって、今日の大学にかぎりそのようなことはありえないという前提だが――多くの私立大学では、前期および期末試験時に、名前さえ書けば進級・卒業できたと思われる学生が少なからずいたのである。どのような学生かといえば、「体育会」――たとえば、テレビ中継される「東京〇大学▢球リーグ戦」、「△☓対抗戦」などと呼ばれる華やかなカレッジ・スポーツ――の選手たちで、講義にはほとんど出席していなかった。体育会に属する学生たちの学業成績を調べることは不可能だが、傍目には、「なんであいつらが進級・卒業できるの?」という疑問がでて当然だった。だが、大学はその者たちの進級を認め、4年後、「卒業証書」を授与している。
日本でもっとも有名な元プロ野球選手の一人は、学生野球~プロ野球現役時代を通じて、普通人の理解を超える奇行の数々を残し、「彼は掛け算九九ができない」との「疑惑」をもたれたが、東京の某有名私立大学を卒業している。その反対の事例もある。首都圏にあるラグビー強豪高校を卒業し、ラグビー強豪大学にスポーツ推薦で入学したある学生は、練習中、膝に大ケガをし、選手生命を絶たれたのち、大学を除籍になったという。
小池知事が当時のカイロ大学でどのような成績をおさめたのか――首席だったのかビリだったのか、あるいはどのような貢献をしたのかしなかったのか――筆者にはわからない。もし、彼女が同大学を除籍もしくは中退したにもかかわらず、「卒業証書」を偽造したならば、まちがいなくその行為は犯罪となろう。だが、いまのところ、偽造(犯罪)を証明する手立てがないうえ、当のカイロ大学が「コイケは卒業した」と言明している以上、その「卒業証書」を偽物だと断ずる術がない。
当時のカイロ大学で小池知事と同じ時期、同じ学部で学んだ者が「彼女は卒業に値しない学力だ」と評価しても無効であるのは、いまから半世紀前、日本の私立大学の体育会系学生について、まわりの者が「卒業に値しない出席日数および学力だ」と評価したことが無効であることと等しい。体育会系学生が「卒業証書」を偽造した、もしくは、なんらかの圧力をかけて「卒業証書」を手にいれたと断ずることができないように、小池知事が示したカイロ大学発出の「卒業証書」が偽造されたもの、もしくは、カイロ大学がなんらかの圧力に屈して発出せざるをえなかった本物の卒業証書だと断ずることはいまのところできない。
加えて、「名誉卒業」という制度があることを忘れてはならない。この制度はやむを得ない事情により卒業できなかった者にたいして、その後社会においてその学校の発展と名声を高めることに大きく寄与した人物を名誉卒業として認定するものである。明治大学が北野武(ビート・たけし)に卒業認定証を授与した事例がよくしられている。
卒業の認定はそれぞれの大学機構の判断次第
カイロ大学に名誉卒業の認定制度があるかどうかしらないが、あってもなくても、小池がカイロ大学を「正規に」卒業しなかったとしても、同大学が小池の後年の「実績」をカイロ大学なりに貢献とみなし、名誉卒業に値すると判断し、「卒業証書」を授与したと考えれば、それはそれで正当だろう。筆者は、カイロ大学の内実についてなにも知らないが、経済大国日本の首都東京の首長(知事)が自分の大学の卒業生であることをマイナスではない、と感じて当然だろう。明治大学が、ビートたけしを「卒業」と認定したことと通じるものがある。
こんなふうにも考えられる。たとえば、ヨーロッパの某国の大統領が日本のとある私立大学に留学していたとして、諸般の事情により卒業できなかったする。その者が帰国後、政治家として大成し、某国の日本大使館や日本の当該私立大学を巻き込んで隠蔽かつ卒業を認めさせ、「卒業証書」を発行させたとする。そのことをまわりが「卒業していない、卒業証書は偽物だ」と騒いでも、なんの効力もない。大統領を自分の大学の卒業生だと認定することは、某大学にとってマイナスどころか大きな宣伝材料となる。
このようなことが正しいか正しくないかは別として、大学機構は必ずしも、学業成績・出席日数等をもって、卒業の基準としていない、ということが容易に想像できる。
大学機構が経営に資する者を受け入れ、卒業させていることを世間は承知している。政治的には、小池およびその支持者たちは世間の受け止め方がわかっているから、「卒業疑惑」が致命傷にいたらないことを同じく、承知している。そんな「疑惑」は、カイロ大学だけでなく、本邦の私立大学でもありふれた風景だ(った)から取るに足りない、と承知しているのである。
一部の「リベラル」は学歴偏重主義者である
ここまで見てきたとおり、田久保伊東市長と小池東京都知事とは状況が異なる。前者の場合は、当該大学が「卒業していない=卒業証書を発出していない」と明言している一方、後者は、カイロ大学が「卒業している、卒業証書は本物だ」と明言している。だから、両者を同等に扱うことができない。それでも、一部メディアと「リベラル」学歴偏重者たちは、小池の「カイロ大学卒業疑惑」をもちだし騒ぎたてようとする。前者はそれが売れ筋になるからであり、後者は、学歴がすべてだと思っているゆえに、それが傷つけられることに敏感だからなのだ。小池の学歴詐称疑惑に強く興味を示し、小池がいつか、学歴詐称で貶められることに期待を持ち続けている。学歴偏重者は小池に疑惑が向けられ続けられることで、学歴がすべてであることを確認し続けられる。
いうまでもなく、小池都政に対する攻撃の核心はそこにない。「リベラル」の学歴偏重者たちは、そのことにいまのところ、気づいていない。〔完〕