2010年11月13日土曜日

かっぱ橋道具街

かっぱ橋には、厨房用品、飲食店用具を専門に扱っている店舗が集積している。

昔は業者を対象としていて、素人は相手にしていなかったが、いまは小売にも積極的になった。









2010年11月12日金曜日

舎人公園

新交通システムの舎人ライナーに初めて乗って、舎人公園に行った。
広いが、個性のない公園だった。







2010年11月8日月曜日

尖閣ビデオ映像投稿は「国家反逆罪」

尖閣諸島の中国漁船衝突事件のビデオ映像が流出した問題で、日本中が大騒ぎになっている。本件の前に、公安資料がやはりインターネット上に流出しており、日本の治安関係組織の情報管理の甘さが心配されている。

当該ビデオ映像の投稿者については、検察もしくは海上保安庁の内部の者であると推測されている。また、動機については、中国の強圧外交に屈した日本政府に対する抗議であるとか、逮捕した中国人船長を釈放した、これまた、日本政府に対する現場(=海上保安庁)の怒りだともいわれている。マスコミに登場する一部ナショナリストからは、ビデオ投稿者を「憂国の徒」「国士」だと賞賛する声まであがっている。TVのワイドショーでは、ビデオ映像公開を控えた日本政府に非難が集中し、早く公開しておけば、こんなみっともないことにならなかったであるとか、犯人探しは必要ない、とまで公言するコメンテーターまで現れている。

まずもって、ビデオ投稿者は、これが検察もしくは海上保安庁の職員によるものであるならば、犯罪者である。国家公務員法(守秘義務)違反であるから、即刻逮捕し、背後関係など徹底的に捜査しなければならない。もちろん処分の対象となる。国は、犯人を特定し、犯罪者の氏名を公開し、捜査結果もまた、国民に公表すべきである。さらに、杜撰な管理を行った(検察もしくは海保の)管理者も処分しなければいけないし、今後の改善策を作成・提出させるべきである。

第二に、ビデオを公開すべきかどうかという問題がある。筆者は、当該ビデオは外交カードだと考えるがゆえに、公開・非公開は政府の判断に委ねられるべき性格のものであり、これまで、原則非公開という政府の措置は正しいものと確信する。つまり、ビデオ映像の公開を控えた政府判断は正しかったと。

中国漁船が海保の警備艇に体当たりをしたことは事実であり、そのことは、ビデオ映像を見なくても判断がつく。中国政府もそのことはわかっている。それでも、中国政府は、日本側が中国人船長を逮捕するという事実を許容できない事情があった(と筆者は推測する)。だから、中国は強圧的な手段をとった。それに応じて、日本政府が対抗的強硬姿勢を示せば、日中関係は修復できないところまでいってしまう。武力衝突である。それは、両国政府も国民も望まない。では、中国の事情とは何かといえば、これまた推測だが、中国の権力中枢内部における、日本外交に係る路線対立である。

今回中国政府が示した強硬姿勢は、世界(とりわけ欧州)から、非難の的となった。それは副次的な成果だった。また、日本が中国人船長を釈放し、さらに、中国で逮捕された日本人4名の釈放を急いだことは賢明であった。なお、両国のトップ同士がいくどか非公式に接触し、両国の関係修復に努力したことも正解だった。ビデオ映像非公開が、日中関係が比較的早期に修復に向かった理由の1つであったかもしれないし、どうでなかったかもしれない。いずれにしても、両国の関係が修復されるのは、あとは時の経過を待つだけという状況にたどり着いた。そして、完全に修復された暁には、ビデオ映像は永遠に日の目を見なかった可能性もある。それでいい。

一方、可能性としては低かったものの、中国側が、なお引き続き日本政府を非難し、中国漁船のとった行動を正当化するような姿勢をいまにいたっても示していたとしたら、そのとき、日本政府は、外交カードの1枚として、ビデオを世界中に公開するという選択肢も浮上したかもしれない。現実にはそうならなかったのだが。

繰り返すが、ビデオ投稿者は、「憂国の徒」でもなければ「国士」でもない。一歩まちがえば、国家を危機に陥れたかもしれない反逆者・犯罪者・スパイである。投稿者が国家公務員ならば、前出のとおり、犯罪者である。犯罪者は裁かれなければならない。そして、外交カードについて杜撰な管理を行った行政組織の管理者にも、処分が必要である。

本件では、幸いにして日中関係は修復しつつあり、当該ビデオは重要な外交カードではなかった。だがしかし、だからそれを勝手にもちだして、動画サイトに投稿してよいわけがない。本件は軽微な外交カードの流出であったが、もっと重要なものであったならば、それを持ち出した者は、亡国の徒であり、(わが国には存在しないが、)“国家反逆罪”に該当する。“国家反逆罪”を犯した者には、断固とした処分を行わなければならない。

2010年11月4日木曜日

東大本郷構内にある巨大な楠


千駄木の森

住宅街の中、ぽっかりと空いた穴のような、不思議な空間。



@Sendagi

2010年11月2日火曜日

寛永寺(追加)

寛永寺の敷地のうち、立入禁止になっている区域が、徳川将軍の廟である。





将軍が亡くなったとき、門を構築する話が「ブラタモリ」にて紹介された。





寛永寺本堂裏側


2010年11月1日月曜日

門前





@Yanaka

寛永寺~両大師(輪王寺)

○寛永寺

TV番組の「ブラタモリ」に触発されて、上野(寛永寺・両大師)を改めて散策。






立入禁止につき柵の隙間から撮影



○両大師(輪王寺)





2010年10月27日水曜日

順調

昨日、術後、2回目の検診が終了。

医師より、「順調です」とのご託宣あり。

というわけで、まずは一安心。

徐々に、復帰を目指します。

2010年10月25日月曜日

手術は成功

22日に手術。

翌日、第一回の検診。

いずれも異常なし。

明日、第二回目の検診。

そして、週末に第三回目の検診が予定されている。

いまのところ、順調な感じ。

2010年10月21日木曜日

『歴史の終わり』〈上下〉

●フランシス フクヤマ (著) ●三笠書房 ●2100円(各)




いまから20年ほど前、世界を揺るがす大変動が起った。第二次世界大戦後(1945年)、米国と世界を二分して支配してきた超大国=ソ連邦が崩壊したのだった。それに伴い、東欧の社会主義国家群も崩壊し、東西ドイツが統一された。本年(2010年)は東西ドイツの統一20周年に当たる。

○リベラルな民主主義体制の実現で「歴史は終わる」

東側世界の崩壊により、先進諸国の知識人を呪縛していたマルクスの予言――歴史は社会主義革命~共産主義革命の全世界化によって終わる――が、現実をもって解き放たれた。そしてそのころ、超大国のもうひとつである米国において、本書が衝撃を持って受け止められた。本書が、ソ連・東欧における社会主義国家群の消滅をもって、世界はリベラルな民主主義体制の実現に向けて、その歴史を終えると予言していたからだ。第二次世界大戦後から半世紀近くにわたり、東側(ソ連)と厳しい冷戦を戦ってきた欧米西側諸国にとって、本書は、自らの陣営――自由と民主主義及び資本主義経済体制の勝利を宣するものにほかならなかった。

本書の要旨を大雑把にまとめてみよう。
・歴史は意味=方向をもって進む。
・歴史を進める動因は、「経済的なもの」と「人間が抱く気概」である。前者は、近代自然科学を土台にした資本主義経済体制として結実した。一方、後者は、長らく、人々が抱いてきた「認知を求める闘争=優越願望」を意味する。
・これまで積み重ねてきた人類の経験において、人々はこれまでのなかでもっともよい社会体制として、リベラルな民主主義社会を選択する。
・リベラルな民主主義社会とは、生命の維持、財産の獲得と保持であり、加えて、各人の尊厳及び自由を保証する社会にほかならない。
・近い将来、世界は、歴史を脱した地域(脱歴史世界)といまだに歴史にしがみついている世界(歴史世界)に分けられるはずだ。
・そして、リベラルな民主主義が、「人類のイデオロギー上の終点」および「人類の統治の最終の形」になるかもしれない。

高校で習う「倫理・社会」の教科書並みの平易さで記述された本書であるが、わかりにくい面も多い。著者(フクヤマ)は、自身の歴史観を次のようにまとめている。

■ホッブスやロック、そして合衆国憲法や独立宣言を起草した後継者たちにとってリベラルな社会とは、特定の自然権、なかんずく生命の権利――つまり自己保存の権利――や財産獲得の権利として一般に理解されている幸福追求の権利を有する個人のあいだの一つの社会契約だった。つまり、互いに生活や財産に干渉しないという、市民間の相互的かつ対等な合意であった。これに対してヘーゲルにとってのリベラルな社会とは、市民が互いに認め合うという相互的かつ対等な合意のことであった。ホッブスやロックのいう自由主義が理にかなった私利私欲の追求であるなら、ヘーゲル流の「自由主義(リベラリズム)」は理にかなった認知、つまり、各人が自律的な人間として万人に認められるという普遍的な基盤の上に成り立つ認知の追及と解釈できる。■(下巻・P57)

○歴史は終わらなかった

それに対して、エマニュエル・トッドは、2002年に本書を次のように批判している。

■1989年から1992年に発表されたこの理論(=『歴史の終り』)は、パリの知識人を面白がらせた。フクヤマはヘーゲルを単純化して用いたが、その用い方が高度な消費にも耐えたことに、パリの知識人は驚いたのである。歴史は意味=方向を持つが、その到達点は自由主義的民主主義の全世界化である。共産主義の崩壊は人間の自由のこの歩みの一段階に他ならず、これに先立って、ポルトガル、スペイン、あるいはギリシャの、南欧の独裁政権の瓦解というもう一つの段階があった。トルコでの民主化の出現は、この動きの一環をなし、ラテンアメリカの民主主義の強化も同様である。以上のような説明モデルが、ソヴィエト体制の崩壊と時を同じく提案されたわけだが、フランスでは全体として、アメリカ的なおめでたさと楽観論の典型的な例と受け止められた。現実のヘーゲル、すなわちプロイセンに服従し、ルター派の権威主義を尊重し、国家を崇敬したあのヘーゲルを知っている者にとって、個人主義的民主主義者としてのヘーゲルというイメージは、大いに笑えるものだった。フクヤマがわれわれに提案したのは、ディズニーのスタジオでほんわかと仕上げられたヘーゲルなのである。それにヘーゲルは歴史の中における精神の前進に関心を寄せたが、フクヤマの方は、教育に触れることがあっても、常に経済的ファクターを最も重要と扱っており、しばしばマルクスの方により近いように見えるのである。マルクスと彼とは全く別の歴史の終りを予告したのだったが、そのモデルの中では、教育的・文化的発展は副次的なものにすぎない。それゆえにフクヤマはまことに奇妙なヘーゲル学徒になっているのである。きっとアメリカの知的生活の常軌を逸した経済主義に感染したに違いない。(P30)・・・(略)・・・フクヤマは、自由主義的民主主義国家には戦争は不可能であると結論するマイケル・ドイル(プリンストン大学国際関係研究所所長)の法則を、自分のモデルの中に組み込んでいる。ドイルはヘーゲルではくむしろカントにヒントを得て、80年代の初めにこの法則を導き出した。ドイルというのもわれわれにとっては、見た目はおめでたく見えるけれど、実践的には生産性に富んだ、アングロ・サクソン経験主義の二つ目のケースである。戦争は民主主義国同士では不可能であるということが、具体的な歴史の検討によって検証される。具体的歴史は、自由主義的民主主義国はそれに敵対する体制との戦争は免れないとしても、互いに戦うことはないことを証明しているのである。■(『帝国以降』P30)

また、スラヴォイ・ジジェクは、「9.11同時多発テロに先立つこと12年、1989年11月9日に、ベルリンの壁が崩壊した。この事件は「幸せな90年代」の始まりを告げ、フランシス・フクヤマのいう「歴史の終り」のユートピアの幕開けを告げたかに見えた。リベラルな民主主義が大筋で勝利をおさめた、グローバルなリベラル共同体の到来が間近に迫っている、そして、このハリウッド風のエンディングに向けての障害となるのは実験的で偶発的なもの(指導者がもう自分の出る幕でないことを悟っていない各地の抵抗勢力など)にすぎない――誰もがそう信じかけていた。これと対照的に9.11は、クリントン時代の終りを象徴し、新たな壁が現れる時代の訪れを告げた。・・・(略)・・・かくして、1990年代にフクヤマが示したユートピアは二度死ななければならなかったようだ。つまり9.11によって、リベラル民主主義の政治ユートピアは崩壊したが、グローバル資本主義の経済ユートピアは揺るぎはしなかった。2008年の金融大崩壊に歴史的な意味があるとすれば、それはフクヤマが夢見た経済ユートピアの終焉のしるしであるということだ。」(『ポストモダンの共産主義――はじめは悲劇として、二度目は笑劇として』P14:2009年刊)

○米国はどこに向かうのか

今日、フランシス・フクヤマがいう「歴史の終り」を信じる人は少なくなってしまった。20世紀末――つかの間に現出したリベラル民主主義の勝利と繁栄するグローバル経済――は、幻影以外のなにものでもなかったからだ。

本書刊行後、わずか20年の現実世界によって塗り変えられてしまった「歴史」であるが、本書(=『歴史の終り』)の意義をどこに求めるべきなのかといえば、超大国米国について、今後、どのように考えていくかという点に求める以外になさそうだ。フクヤマは米国中心の世界認識の下で本書を着想し、世に問うた。そして、今日、米国及び米国を取り巻く世界の現実により、本書は嘲笑の的となってしまった。

いささか陳腐化した本書の歴史観だが、それでも本書に注目すべき箇所があるとすれば、著者(フランシス・フクヤマ)が、対等と平等を実現したことが人類の到達点ではなく(それだけであれば、奴隷の社会になってしまう)、加えて、「優越願望」という非合理的な人間の心の動きを対置したことを挙げるべきかもしれない。

フクヤマは、「優越願望」は理性によって支配されるべきだとするプラトンを援用しつつ、人間社会には、「優越願望」が適正な制御を条件として必要だという。フクヤマは、合理的な欲望と合理的な認知という二本柱がバランスを保った社会=リベラル民主主義を希求している。

ところが、フクヤマがリベラル民主主義を実現したと看做した米国の真実の貌は、優越願望どころか、支配願望を越えた支配者と、私利私欲の底なしの追求者の巣窟であったばかりか、対等と平等は名ばかりの格差、貧困、暴力が支配する階級社会そのものだった。

前出のトッドは前掲書において、「……2050年前後にはアメリカ帝国は存在しないだろうと、確実に予言することができる」とまでいっている。「歴史の終り」ならぬ、「米国の終り」である。

2010年10月18日月曜日

猫町カフェ



2010年10月17日日曜日

池之端(上野公園)

○護国院大黒天





○山中旅館(中華料理が有名)



○ところどころに残る古い民家



2010年10月8日金曜日

古い木造建物

@Nezu

いい香り

路地を歩くと、どこからともなく、いい香りがする。金木犀である。






根津の古い木造の建物

2010年10月5日火曜日

木造3階建て


@Nezu

上野桜木~根津(その2)

木造3階建ての串揚げの店「はん亭」(根津)



アクセサリー店(根津)

2010年10月4日月曜日

上野桜木~根津(その1)

言問通り沿いにある一乗寺(上野桜木)



言問通りから一本中に入ると、不思議な路地がある。(上野桜木)