今週の月曜日(21日)、病院で検査。
土曜日に別の検査がある。
ここで状況を詳しく書くことはできないものの、尋常ではない。
検査結果が出ていないから、なんともいえないが、調子が悪いことだけは確か。
2011年2月19日土曜日
2011年2月17日木曜日
2011年2月14日月曜日
2011年2月12日土曜日
2011年2月2日水曜日
大相撲と八百長
大相撲に八百長があったとの報道。いまさら、驚くには当たらない。相撲は芸能であって、スポーツではない。米国でプロレスが「ソープオペラ」(TVの連続ドラマ)と呼ばれるのに似ている。相撲は長い歴史をもった伝統芸能であり、日本国民に親しまれており、力士は厳しい修練を積む。筆者は、そのような意味で、相撲に八百長があったとしても、力士や相撲界を貶めるつもりはない。
相撲という芸能を批判するつもりはないものの、大相撲報道のあり方、とりわけ、相撲をプロスポーツと同等に扱う日本のジャーナリズムについては、筆者は不信を抱いている。連勝記録だとか、優勝回数だとかの記録についても、筆者は信用していない。
日本の伝統芸能は、歌舞伎界、相撲界をその代表的存在として、「悪しき伝統」を引きずっている。その1つが、闇世界との密接な関係だ。2点目は、非人間的上下関係、暴力的体質、そして、3点目は伝統芸能協会及び業界の不透明性だ。
昨年、大騒動になった歌舞伎界の「海老蔵事件」は、相撲界の「朝青龍事件」によく似ている。どちらも日本の伝統芸能界に属する大スターが起こしたもの。前者が被害者、後者が加害者という立場の違いはあるが、両者とも、六本木・麻布界隈を舞台にして、グレーゾーンの人々と事件を起こしたという共通点をもつ。事件の舞台となった飲食店は、麻薬取引の舞台となった区域にあるところだった。もちろん、海老蔵、朝青龍に麻薬取引の疑惑があるというわけではないが、一般人が近づかない区域だ。
両事件に共通する最大の点は、いずれも示談が成立していて、事件の全容が解明されないままであることだ。朝青龍は突然、角界を引退し、事件については未だに無言を貫いている。海老蔵は記者会見を二度開いて、積極的に事件情報について公開しようとしている姿勢を見せているものの、事件の核心については、口を噤んだままだ。
大相撲界の「八百長報道」については、かつて、八百長の存在をスクープしたフリー記者がいたが、マスコミ相撲ジャーナリズムから無視された。相撲界には「相撲記者クラブ」というマスコミ記者の組織があって、彼らは相撲界に不利益な報道はしないことになっている。政治・行政における、官庁記者クラブと同じ組織体質だ。フリー記者は八百長事件をスクープするが、中央のマスコミがそれを無視するから、結局のところ、事実関係は明らかにされないまま消滅してしまう。
相撲が八百長であることで最大の不利益をこうむる者の一人が、マスコミ相撲ジャーナリズムなのだ。相撲が「ソープオペラ」であれば、それを報ずる意味がなくなる。人気力士も、優勝も記録も、相撲に係るすべてが報道に値しなくなる。プロレスの「記録」や「勝敗」に関心を払う人がいないように、人々は大相撲の結果に関心を払わなくなる。そうなれば、相撲界の危機であると同時に、マスコミ相撲ジャーナリズムの危機となる。大相撲の八百長を公にすることは、大相撲のプロレス化を意味し、大相撲のマイナー化とともに、マスコミ相撲ジャーナリズムのマイナー化を招来する。
今回の「八百長メール」発覚は、警視庁による野球賭博捜査を発端にしたものであって、「相撲記者クラブ」の取材によるものではない。ここから一点突破全面展開、大相撲という伝統芸能界が引きずっている「悪しき伝統」が、相撲界から一掃されることを期待する。相撲記者クラブも、もうわかっていることなのだから、大相撲を一般のスポーツと同等に報道することを諦めたほうがよい。
相撲という芸能を批判するつもりはないものの、大相撲報道のあり方、とりわけ、相撲をプロスポーツと同等に扱う日本のジャーナリズムについては、筆者は不信を抱いている。連勝記録だとか、優勝回数だとかの記録についても、筆者は信用していない。
日本の伝統芸能は、歌舞伎界、相撲界をその代表的存在として、「悪しき伝統」を引きずっている。その1つが、闇世界との密接な関係だ。2点目は、非人間的上下関係、暴力的体質、そして、3点目は伝統芸能協会及び業界の不透明性だ。
昨年、大騒動になった歌舞伎界の「海老蔵事件」は、相撲界の「朝青龍事件」によく似ている。どちらも日本の伝統芸能界に属する大スターが起こしたもの。前者が被害者、後者が加害者という立場の違いはあるが、両者とも、六本木・麻布界隈を舞台にして、グレーゾーンの人々と事件を起こしたという共通点をもつ。事件の舞台となった飲食店は、麻薬取引の舞台となった区域にあるところだった。もちろん、海老蔵、朝青龍に麻薬取引の疑惑があるというわけではないが、一般人が近づかない区域だ。
両事件に共通する最大の点は、いずれも示談が成立していて、事件の全容が解明されないままであることだ。朝青龍は突然、角界を引退し、事件については未だに無言を貫いている。海老蔵は記者会見を二度開いて、積極的に事件情報について公開しようとしている姿勢を見せているものの、事件の核心については、口を噤んだままだ。
大相撲界の「八百長報道」については、かつて、八百長の存在をスクープしたフリー記者がいたが、マスコミ相撲ジャーナリズムから無視された。相撲界には「相撲記者クラブ」というマスコミ記者の組織があって、彼らは相撲界に不利益な報道はしないことになっている。政治・行政における、官庁記者クラブと同じ組織体質だ。フリー記者は八百長事件をスクープするが、中央のマスコミがそれを無視するから、結局のところ、事実関係は明らかにされないまま消滅してしまう。
相撲が八百長であることで最大の不利益をこうむる者の一人が、マスコミ相撲ジャーナリズムなのだ。相撲が「ソープオペラ」であれば、それを報ずる意味がなくなる。人気力士も、優勝も記録も、相撲に係るすべてが報道に値しなくなる。プロレスの「記録」や「勝敗」に関心を払う人がいないように、人々は大相撲の結果に関心を払わなくなる。そうなれば、相撲界の危機であると同時に、マスコミ相撲ジャーナリズムの危機となる。大相撲の八百長を公にすることは、大相撲のプロレス化を意味し、大相撲のマイナー化とともに、マスコミ相撲ジャーナリズムのマイナー化を招来する。
今回の「八百長メール」発覚は、警視庁による野球賭博捜査を発端にしたものであって、「相撲記者クラブ」の取材によるものではない。ここから一点突破全面展開、大相撲という伝統芸能界が引きずっている「悪しき伝統」が、相撲界から一掃されることを期待する。相撲記者クラブも、もうわかっていることなのだから、大相撲を一般のスポーツと同等に報道することを諦めたほうがよい。
2月は惨憺たるスタート
31日の夜から体の調子が悪くなり、昨日(1日)の朝は、起きられない状態になってしまった。
食欲不振、微熱、腰痛が一日中続き、寝ていた。
今朝は熱もおさまり、食欲も回復してきたものの、本調子ではない。
インフルエンザ?食あたり?
原因として、思い当たるものがない。
食欲不振、微熱、腰痛が一日中続き、寝ていた。
今朝は熱もおさまり、食欲も回復してきたものの、本調子ではない。
インフルエンザ?食あたり?
原因として、思い当たるものがない。
2011年1月30日日曜日
2011年1月28日金曜日
2011年1月26日水曜日
日韓戦
見るほうも力が入った、アジア杯準決勝日韓戦。
日本は、前半の調子がよかっただけに、90分で勝ちたかった試合。
日韓ともにペナルティーエリア内の反則でPK1点ずつを献上。
PK以外の得点シーンとしては、サイド攻撃できれいに点をとった日本、パワープレーからごり押しでゴールを奪った韓国、という結果。
このことは、互いの特徴を象徴しているように思える。
韓国は組織力不足、日本はフィジカルの弱さ――という双方の課題が浮き彫りになったのではないか。
そんな意味でも、まさに両者の実力は互角だ。
この大会、日本はここまで結果を出していることは評価できるが、課題も多いように思う。
たとえば、この試合の采配面。
ザッケローニの「逃げ切り作戦」は疑問。
5バックへのシステム変更と守備固めのための選手交代は、麻雀の「ベタ降り」に近い。
満貫あがってトップに出たものの、打ち込みを恐れて、降りるばかりでは、トップは維持できない。
ザッケローニは麻雀を知らないかもしれないけれど・・・
この監督の弱気が、ピッチの選手に乗り移り、相手にバイタルエリアを支配され、土壇場で追いつかれ、PK戦までもつれた。
日本がまだカウンターを狙っている、という警戒心を相手にもたせる必要があった。
おもしろかったけれど、サッカーレベルとしては、必ずしも高くない。
日本は、前半の調子がよかっただけに、90分で勝ちたかった試合。
日韓ともにペナルティーエリア内の反則でPK1点ずつを献上。
PK以外の得点シーンとしては、サイド攻撃できれいに点をとった日本、パワープレーからごり押しでゴールを奪った韓国、という結果。
このことは、互いの特徴を象徴しているように思える。
韓国は組織力不足、日本はフィジカルの弱さ――という双方の課題が浮き彫りになったのではないか。
そんな意味でも、まさに両者の実力は互角だ。
この大会、日本はここまで結果を出していることは評価できるが、課題も多いように思う。
たとえば、この試合の采配面。
ザッケローニの「逃げ切り作戦」は疑問。
5バックへのシステム変更と守備固めのための選手交代は、麻雀の「ベタ降り」に近い。
満貫あがってトップに出たものの、打ち込みを恐れて、降りるばかりでは、トップは維持できない。
ザッケローニは麻雀を知らないかもしれないけれど・・・
この監督の弱気が、ピッチの選手に乗り移り、相手にバイタルエリアを支配され、土壇場で追いつかれ、PK戦までもつれた。
日本がまだカウンターを狙っている、という警戒心を相手にもたせる必要があった。
おもしろかったけれど、サッカーレベルとしては、必ずしも高くない。
2011年1月23日日曜日
東欧の雑貨を売るお店
2011年1月18日火曜日
マルチチュードの革命運動
チュニジアで政変が起きたようだ。
筆者はいまから5年ほど前、チュニジアを観光旅行したことがある。
当時、チュニジアは観光客にとっては安全で、美しく、清潔なところだった。
当地の人々もフレンドリーで、とても感じがよかった。
でも、実際は、独裁政権下にあって、チュニジア国民はみな、窮屈な思いをしていたのだろう。
このたびの反体制運動では、インターネットが重要な役割を果たしたという。
アントニオ・ネグリが提唱する、マルチチュードの革命運動か。

※「犠牲祭」に供する羊を屠るチュニジアの人
筆者はいまから5年ほど前、チュニジアを観光旅行したことがある。
当時、チュニジアは観光客にとっては安全で、美しく、清潔なところだった。
当地の人々もフレンドリーで、とても感じがよかった。
でも、実際は、独裁政権下にあって、チュニジア国民はみな、窮屈な思いをしていたのだろう。
このたびの反体制運動では、インターネットが重要な役割を果たしたという。
アントニオ・ネグリが提唱する、マルチチュードの革命運動か。

※「犠牲祭」に供する羊を屠るチュニジアの人
2011年1月12日水曜日
スクワットをやった翌朝
昨日、久しぶりにスポーツクラブにて、スクワットをやった。
筋トレの中で、脚は筆者の最大の弱点の1つ。
トレーニング中、すぐに疲労してしまい、持続することができない。
がんばろうとしても体が動かない。
そして、翌日、身体の裏側に、倦怠感のような鈍痛と疲労感が残る。
今朝もそのとおりになっている。
仕方がない。
筋トレの中で、脚は筆者の最大の弱点の1つ。
トレーニング中、すぐに疲労してしまい、持続することができない。
がんばろうとしても体が動かない。
そして、翌日、身体の裏側に、倦怠感のような鈍痛と疲労感が残る。
今朝もそのとおりになっている。
仕方がない。
2011年1月7日金曜日
2011年1月4日火曜日
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