2013年4月28日日曜日

ビアパブの開業

本日(4月28日)、娘の婿殿が拙宅近くにビアパブを開店した。

身内に飲食店をやる者がいなかったので、新鮮な気分だ。

うまく軌道に乗ることを祈念している。

※以下の写真はプレオープン(26日)のもの

店名はずばりイシイである
外観
内装

店主の石井
クラフトビールが「売り」である

2013年4月16日火曜日

NPBの長寿投手の米国体験が意味するもの

済美・安楽の投手生命を危ぶむ観点から、日本プロ野球(NPB)で活躍する長寿投手について調べてみた。

NPBにおける現役最年長投手=選手は、中日ドラゴンズに所属する山本昌投手(47歳)だ。山本は、投手生命が短いと言われているNPBにおける例外中の例外的存在。先のコラムで書いたニューヨーク・ヤンキース所属の黒田博樹投手は1975年生まれの38歳だから、山本の長寿ぶりが特筆できる。

この2人の長寿投手の共通点は、第一に、なんといっても高校時代に「甲子園」で活躍していないこと。2人とも、高校野球は無名投手であった。つまり、「甲子園」を巡る予選、本戦における連投、多投の経験がない。

第二に、米国野球体験をしている点だ。現役大リーガーの黒田が米国式のトレーニング、調整法に従っていることは当然のことで理解できるのだが、山本にMLB経験はない。だから、山本は純国産投手ではないかと思われるかもしれないが、Wikipediaによると、山本が投手としての才能を開花させたのは米国留学によったことが理解できる。

Wikipediaの記述によると、入団当時、野球解説者だった星野仙一(1987年より中日監督)は山本を見て、「背番号が34で左投げというから『金田2世』と期待してブルペンを見に行ったが、ただの大柄な男で、あまりに不恰好なモーションでコントロールもない。球も130km/h前後しか出ないからがっかりした」と語っていたという。

NPBでは評価が低かった山本だが、1988年2月、中日は業務提携していたロサンゼルス・ドジャースと同じベロビーチでキャンプを行い、山本ら若手選手5人が野球交換留学としてそのままアメリカに残ることになった。ところがその実情は、中日がドジャースとの交流関係を保つために選手を派遣する必要があり、その年の戦力にならない選手が選ばれ、山本については「手足は長いし、体も大きい。本場アメリカの指導者ならこういう選手の扱いに慣れている分、うまくいくかもしれない」という一抹の期待を掛けられてのものだったという。山本は、ドジャース傘下の1Aベロビーチ・ドジャースで前年に山本を指導していたドジャースの世話役・アイク生原から、投手の基本である低めへのコントロール、スローカーブの精度の向上、その他生活習慣を厳しく指導されたという。

山本は帰国直後、当時の中日の投手が足りない状況だったこともあり先発の一角に加わると、スクリューや精度の高いコントロールを駆使して一軍で5連勝を記録し、リーグ優勝に貢献した。その1988年の日本シリーズでは第3戦の先発に抜擢され工藤公康と投げ合ったが、彦野利勝の先頭打者本塁打の1得点を守りきれず敗戦投手となった。

ところが、翌シーズン(1989年)、なかなか勝利をあげることができず、前出の星野仙一(当時・中日監督)から、同シーズンオフにおいてのアメリカへの教育リーグ再留学を言い渡される。つまり、星野から、山本は半ば戦力外扱いを受けたのだった。星野といえば、日本の暴力指導の悪しき伝統を受け継ぐ「指導者」の一人。その星野が解説者時代に入団当時の山本昌を酷評し、そして監督として、山本をほぼ戦力外扱いにした。星野からネグレクトされた山本が現在まで現役を続行しているという事実は、日本式投手トレーニング方法及び調整法の危うさを象徴するものともいえる。

そんな山本は2008シーズン、42歳で200勝を達成し名球会入りを果たした。さて、2000年になってから、山本の前に200勝を達成したのは、2005シーズンMLBロイヤルズで200勝を達成した野茂英雄(36歳)、そして、2004年に41歳で200勝を達成した工藤公康の2人。けっきょく、工藤を最後としてそれ以降、つまり2000年代、スターターで200勝を達成した投手は出ていない。

そのうちの1人、工藤公康は、1982年に西武ライオンズ入団し2011年に引退するまで、16年間現役を続行した。工藤が黒田、山本昌と異なるのは、「甲子園」から工藤はスター投手だった点だ。

しかし、工藤も黒田、山本昌と同様に米国野球と接点をもつという共通体験をもっている。工藤もMLB経験はないが、彼の球歴をWikipediaで調べると、入団1年目(1982年)には活躍をしたものの、その後はやや伸び悩み、入団3年目の1984年に広岡(当時監督)に命じられ、アメリカの1A・サンノゼ・ビーズへ留学している。

工藤にとってはMLBを見たことが転機となり、さらに、帰国後宮田征典の指導を受け、主力投手として成長できた。投手コーチの宮田といえば、読売で「8時半の男」といわれたクローザーの草分け的存在。卓抜した野球理論と合理的指導で名高い。宮田には、「エース」ならば多投、連投も辞さず先発完投という日本型の硬直した観念はないはずだ。もちろん工藤本人の精進はあるが、米国留学及び宮田の指導という環境が、工藤の名球会入りの基盤となった、と、想像できまいか。

今後、名球会入りの可能性がある先発投手は、西口文也(40歳)の182勝(2012シーズン終了時点)と石井一久(40歳)の2人。石井はNPB・MLB合計で182勝(同)を達成している。次いで、前出の黒田博樹(160勝、NPB、MLB合計)。そして、松坂大輔(32歳)もNPB、MLB合計で158勝(同)なので可能性は十分ある。松坂の場合は、故障から再起できるか否かがカギを握っている。

松坂に代表される「甲子園」の「エース」が、プロ入り後、故障に苦しんでいる姿を見ることは、筆者には耐え難い。高校時代に多投・連投をすることで、投手生命を縮め、30代前半の若さで、通算200勝を前にしてリハビリにもがいているのだ。彼らは桁外れの才能をもちながら、「甲子園」という舞台で酷使され、プロ球界に入って後に前線からの撤退を余儀なくされる。プロ野球を目指す若者には、「甲子園」がなければドラフトに係らない境遇を改善することができない。自分のキャリアを自分なりに大事に構築できないのだ。

2013年4月9日火曜日

根津の花

いま根津では、ツツジ以外の花のほうがきれいかも。
根津神社境内
同上
根津神社近くの民家の藤棚
同上
 
同上
@Nedu

根津神社ツツジ祭り

ツツジ祭り開催中というので出かけてみたが、ちょっと早かったようだ。



@Nedu

2013年4月7日日曜日

済美・安楽智大の722球は体罰に等しい

いわゆる「センバツ」が終わった。高校生の全国的野球大会だ。このイベントの目玉は、済美高校の2年生投手・安楽智大(16歳)だ。球速は150キロを超え、変化球(主にカーブ)もいい。フィジカル的にも優れた逸材だ。安楽には、日本球界のみならず、米国MLBも注目しており、ダルビッシュの再来だという評価もあるらしい。

ところで、この大会の安楽の投球状況をみると、3月25日=232球、30日=159球、4月1日=138球、2日=134球、3日=109球という驚異的なもの。なんと、9日間で772球にのぼっているではないか。このことについて、米野球専門誌ベースボール・アメリカ電子版は3日、「酷使」だと眉をひそめ、「メジャーの投手なら5~6週間分に相当する球数。決勝はスピードが10キロ落ち、疲れ果てていた」と将来的な影響を危惧したという。

当然の指摘だ。安楽は、済美高校野球部監督から、4月の1日から3日まで、なんと3日連続登板・合計381球という狂気的な起用をされた。安楽は前出のとおり、まだ16歳の高校生。身体面では、肩、肘はもちろんのこと、全身が発展途上にあり、短期間とはいえ、身体の酷使は故障につながりやすい。更に驚くべきことは、日本のスポーツマスコミがこのような狂気の投手酷使を批判しないことだ。批判どころか、熱投、力投と賛美する。だれがどう考えたって、16歳の少年に9日間で772球も投げさせれば、いいことはないと考えるだろう。肩や肘に必要以上の負担がかかると考えるほうが普通だろう。

ところが、日本の野球風土では、それが当然だとさるばかりか、むしろ逆に称賛されるのだ。スポーツ医学会は、こういう現実を放置するつもりなのだろうか、「医者」の「良心」とやらはどこに行ってしまったのだろうか。そればかりではない。スポーツジャーナリズムも狂気の連投について警告しないどころか、このような現実を美談として称賛し、逆に推奨しようとする。「ジャーナリスト」の「良識」とやらは、どこに行ってしまったのだろうか。筆者にはまったく理解できない。

「センバツ」の前にWBCという、これまた野球の世界的イベントがあった。日本代表である「侍ジャパン」は準決勝でプエルトリコに負けた。このイベントはくだらないと思うものの、唯一評価できる点は、投手に投球数制限がかけられていることだ。細かいレギュレーションはここでは書かないが、まずもって連投はできない。もちろん、一人の投手が「センバツ」のように、第一試合から決勝戦まで、イベントすべての試合に投げることはあり得ない。当然だろう。

球数制限については、日本では、米国は肩、肘等を消耗品だと考えることが通念だと報じられることが多いが、もちろん、医学的側面もあるが、プロフェッショナルの場合、できるだけ多くの投手に登板機会を与えようという側面もある。雇用機会の増大だ。そのことを根拠にして、スターター、セットアッパー、クローザーという1試合の中の分業体制が整備されている。

日本の高校野球の場合、「エースで4番」という「スーパースター」に依存しているチームがほとんど。その「エース」が予選から本大会(甲子園)まで一人で投げ切るのが定番になっていて、今年の「センバツ」に限らず、夏の大会も含めて、一人の「エース」が狂気の投球数で大会を投げ切ることが義務となっている。

その結果どういうことが起こるのかというと、投手生命の短命化傾向だ。たとえば、日本の名球会会員(資格:日米通算で打者が2000本安打以上、投手が200勝以上、もしくは250セーブ以上)53人のうち、投手は15人、打者は38人と、打者優位の結果となっている。投手15人のうちスターター(岩瀬、佐々木、高津のクローザーを除く)は、なんと、12人にまで減少する。日本の投手は優秀だといわれながら、200勝以上を達成できた投手は意外と少数であることがわかる。

また一方、日本の投手は優秀だという評価を反映して、日本人投手のMLB移籍が頻発しているものの、抜群の実績を上げたのは野茂英雄ただ一人(ダルビッシュには大いに期待できるが)。野茂は1995~2008の13シーズンもMLBに在籍した。日本人投手では最長だろう。あの怪物・松坂大輔でさえ2007にMLB移籍して、活躍したのは2007、2008の2シーズンにとどまり、2012シーズン途中でトミー・ジョン手術を受け、2013シーズンどうなるかというところ(筆者は、MLB復帰は困難だとみているが)にきている。

例外は、黒田博樹で、38歳のベテランながら、今シーズンもMLBで活躍を続けている。ほかに、大家友和が1999~2009と在籍年数は長いものの、実績はいまひとつ。MLBから日本球界に復帰した石井一久も39歳で現役続行中だが、やはりMLBにおける実績はいまひとつ。そのほかの日本人投手のスターターで、MLBにおいて実績を残した者は思い当たらない。 

日本野球は、日本の分厚い野球文化を背景にして、優秀な選手を輩出してきた。しかしながら、非科学的な「英雄主義」と、誤った「チーム献身思想」に毒され、逸材を思いのほか、早くに球界から去らせる結果を招いている。このような悲劇から若い才能を守るためには、リトルリーグ、高校野球、大学野球において、投球数制限をルール化することだ。さらに、野球を志す若い才能を多様化して認知することだ。先発型なのかブルペン型なのかを見極め、適所にあった選手起用をすることだ。スポーツ医学界も、若年層の連投、多投を制限するよう、アマチュア球界に働きかけてほしい。そして、なによりも、日本のスポーツメディアが、若年投手の連投、多投を非難・批判するような報道をすることだ。

日本のスポーツ界は、指導者が選手に暴力(「体罰」と言われているようだが)を行使し、根性を鍛えることが「強化」の常識と化している。この暴力風土は、小中学校、高校、大学体育会で常態化し、指導者は暴力で選手を鍛えれば強くなると信じている。そのため、指導者の暴力を嫌って、才能のある若者が運動部から退部することもまれではない。優秀なアスリートが、指導者の暴力の行使により、理不尽にも、逆にスポーツから遠ざけられているのだ。

高校野球の全国大会(甲子園)では、直接的な暴力ではないものの、監督(指導者)が非常識な投球数を一人の高校生投手に課すことが当たり前どころか、美化されている。このたびの済美の監督による安楽投手への連投命令は、まさに体罰=暴力に匹敵する。

スポーツ医学界、メディア、スポーツ指導者の3者が、若年アスリートの身体と競技の妥当かつ合理的な関係に目覚めるのは、いったいいつの日のことになるのだろうか。若きアスリートの身体を消耗させることでカネを儲ける者を、これ以上、許していいものなのだろうか。

2013年4月2日火曜日

4月の猫(Nico, Zazie)

先月(3月)、Zazieが手術を受けたため、体重測定日を後ろにずらしたが、
 
今月から、月初測定にもどした。
 
Nicoが5.7㎏で前月より300g減。
 
Zazieは3.2㎏で前月より200g増。
 
Zazieは手術後、体重が増えているのみならず、活発である。
Nico

Zazie

2013年3月29日金曜日

谷中の桜(Part-2)

宗林寺@Yanaka

岡倉天心記念公園(六角堂)@Yanaka

春の日ぐらしの里

谷中から西日暮里方面に向かう道にも桜の名所がある。

このあたりは、江戸時代、日ぐらしの里と呼ばれ、観光の名所として庶民に親しまれたという。

花見寺(青雲寺)@Nishinippori

同上

同上

滝沢馬琴筆塚の碑(同上)
日ぐらしの布袋として知られる修性院の塀のタイル絵(春)
 
同(夏)

同(秋)
同(冬)

2013年3月24日日曜日

谷中の桜が満開だ

全生庵

谷中霊園

同上

同上

同上

同上
@Yanaka

2013年3月21日木曜日

コブシ咲く

立派なコブシの木(谷中霊園)
同上
@Yanaka

古民家がギャラリーに

    民家がギャラリーに(池之端)

桜が咲いた


3月19日、気温が上がり、界隈の桜が咲き始めたと聞いて、上野方面に散歩にでかけた。

上野公園
同東照宮
同東照宮
同東照宮
寛永寺
寛永寺
寛永寺幼稚園のコブシ
上野中学
 

2013年3月17日日曜日

Zazieは手術前より体重が増えた。


先月末に手術したZazieでしたが、今月9日に抜糸をし、13日には包帯を取り、いまではすっかり元気になりました。

包帯をとった後の数日はなんだかよそよそしく、警戒心が強かったのですが、時間の経過とともに、もとに戻りました。

動物の回復力の強さに改めてに感心した次第です。

そんなわけで、3月は体重測定を見合わせていたのですが、Zazieが2.9㎏、Nicoが6.0㎏で、Zazieは手術前より0.6㎏増となりました。反対にNicoが0.1㎏の減。

 
 
Nicoは変わらず元気。よく食べ、よく遊び、そしてよく寝る。


2013年3月12日火曜日

Remember 3.11(2013)

東日本大震災から昨日で2年が経過したことになる。筆者は2011、12年にそれぞれ1度ずつ、被災地を訪問した。そのとき、被害規模の大きさ、復興の困難さを実感したが、いまTV映像に映し出される被災地の情況は、あまり、そのころと変わっていないように見える。復興は大幅に遅れているのだ。

さらに深刻なのは、福島第一原発事故だろう。事故は終息どころか、その情況はますます深刻の度を増している。

いまさら悔やんでも始まらないが、あの民主党が昨年末の総選挙の時、「脱原発」を闘争方針に掲げたため、選挙民は「民主党憎し」の一念で、脱原発・反原発・卒原発を掲げた政党に投票をしなかった。原発は選挙の争点から遠のき、戦後、原発推進を一貫して続けてきた、換言すれば、福島原発事故の責任者であるはずの自民党が、総選挙によって免罪され信任されてしまった。民主党が犯した過ちの深さはいまさらながら、恐ろしいものがある。

3・11直後、原発事故の原因が原子力事業を中心とした、産・官・学にメディアを加えた4極の利権構造にあることは国民的合意事項だった。「原子力ムラ」という言葉すら市民権を得ていたくらいだ。しかるに、当時の民主党内主流派、すなわち、松下政経塾派に菅グループを加えた反小沢・鳩山グループの連続的失政が国民の民主党離れを加速させ、反原発の国民的合意さえも崩壊させてしまった。民主党には投票しない、だから、民主党が掲げる反原発にも賛同しない・・・という投票のフォーミュラーが確立してしまったのだ。そのため、反原発(=卒原発)を党是とした小沢グループがそのあおりをうけ、選挙に敗北する結果となって、今日に至っている。反原発の政治的核が不在なままなのだ。

“覆水盆に返らず”の諺のとおり、政治の世界では、変わってしまった潮目を元に戻すことは不可能だ。そのことは、「戦後ゼネスト闘争」「60年安保闘争」「70年安保闘争」といった戦後政治の局面変化を思い出せば、容易に想像がつく。日本国民が「反原発」で結束することは、おそらく筆者の存命中にはない。だが、それがもしあるとしたら、いやあってはならないのだが、どこかの原発が再び事故を起こすときだけだろう。だが、そのときは、日本はもう「終わっている」。

さて、いまのままの状態が続けば、近い将来、日本は増え続ける放射能汚染水を海に流すことで海洋汚染国となり、「除染」という名の放射能の国土内外の移動を続けることで、深刻な放射能汚染国家となるばかりか汚染輸出国となって、近隣諸国はもちろんのこと、世界中から非難を浴び続けるだろう。その被害は、現在の中国の大気汚染よりも深刻であり、悲惨なものとなろう。いまの日本人はそのことを想像しないし、理解しない。日本は広島・長崎に米国により原子爆弾を落とされ、そこから復興した自信が過信となり、放射能の汚染に鈍感になってしまったようだ。しかし、このたびの福島の放射能事故は、広島・長崎の放射能汚染よりも長期的かつ広範囲に及ぶものであることを忘れてはいけない。

3.11を忘れない、ということは、広島・長崎・福島という放射能事故の悲惨さを忘れない、ということを意味する。そして、それは沖縄とも通じているのであり、「戦争」「戦後」「米国」とも無縁ではない。

いまさら“反米愛国”を唱えようとは思わないが、福島原発事故は、地震、津波といった自然災害とは一線を画すもの――戦後の日本と米国の特殊な関係に直結した問題なのだ。それは、戦後日本の成り立ちと深くかかわっているのであり、原発問題を掘り下げれば、日本国の権力の源泉にたどりつく。

筆者の直感では、“アベノミクス”はいずれ化けの皮が剥がれ、旧態依然とした自民党の土建政治が明るみに出る。産・官・学・メディアの利益共有と利益誘導を旨とする自民党政治が国民生活を困窮に導く。やがて、国民の側から、「政権交代」が渇望されるだろう。だがそのとき、政権交代を主導するのが「ヒトラー」であってはならない。だから、「ヒトラー」の出現を阻止するための準備だけはいま、しておこう。

2013年3月3日日曜日

巨大カエルが出現

一昨日(1日)の夕方、外出しようとしたら、拙宅マンションの1階ピロティに異物を発見。

近づいて確認したら、茶色の大ガエルだった。

たまたま通りかかった同じマンションの住人の話だと、よくあることだというが、小生は初体験。

近づいても怖がらないで悠然としている。

春がきたことを知らせにきたかのようだ。

不思議なことに、外食後、帰ろうとしたら外は大雨。

雨を知らせたかったのかな。

タイルと同色の保護色に変身か?

Zazie、手術、入院、退院

先月末(28日)、Zazieが近くの動物病院において避妊手術を受け、同日、入院。

あくる日( 今月1日)に退院した。

退院したとはいえ、全身を包帯で覆われ、なんとも痛々しい。

麻酔も効いていて、よたよたしていた。

餌を食べるのでひと安心

寝ている姿も痛々しい

2013年2月25日月曜日

梅は咲いたが・・・

近所の梅が咲いてきた。

 
 
@Yanaka

2013年2月17日日曜日

IOCの世俗性を評価する――レスリング、五輪競技除外問題

国際オリンピック委員会(IOC)は12日、スイス・ローザンヌで開いた理事会で、昨夏のロンドン五輪で実施した26競技のうち、レスリングを除外することを決めた。レスリングは次回2016年リオデジャネイロ五輪(ブラジル)では実施されるが、東京都が招致を目指す20年五輪からは行われない公算が大きくなった。

IOCは、夏季五輪の26の「中核競技」を、20年五輪から25に減らす方針を決めていた。中核競技から外れると、IOCが五輪活性化のために進める実施競技入れ替えの対象となる。 20年五輪では25の中核競技に加え、ゴルフと7人制ラグビーも実施される。IOCは5月の理事会で、さらに追加する候補として、野球・ソフトボール、空手、スカッシュなどにレスリングを加えた8競技を検討し、いくつかに絞る。9月の総会で、このうちの1競技を実際に採用するかどうかを決めるが、今回外れたレスリングがすぐに復活する可能性は低い。 レスリングは、近代五輪最初の大会だった1896年アテネ五輪から男子が実施されている伝統ある競技。2004年のアテネ五輪から採用された女子では、55キロ級の吉田沙保里、63キロ級の伊調馨の両選手(ともにALSOK)がロンドン五輪で3連覇を達成するなど日本がメダルを量産してきた。

〈中核競技〉 2007年のIOC総会で導入が決まった制度で、選ばれた競技は組織の腐敗などがない限りは除外されず、優先的に五輪で実施される。実施競技の上限は28。中核競技以外にも、大会ごとの追加枠で採用される「その他の競技」がある。(朝日新聞)

日本人の驚き

レスリングが五輪競技から除外される可能性が高まったという報道は、日本中に驚きを与えた。日本・本家の柔道の不振をよそに、レスリングは「日本のお家芸」と呼ばれてきた。優秀な成績をおさめてきた吉田沙保里が、国民栄誉賞を得たくらいだ。日本が金メダルを期待できる競技が五輪から外れるとは――という驚きが一つ。そして二つ目の驚きは、レスリングという競技は古代ギリシアに起源をもつ五輪の原点にも等しいもの――という確信の崩壊だ。

IOCの「怪しさ」

そもそものところ、五輪の競技種目を決定するIOCという団体の正体がわからない。手っ取り早く言えば、五輪を運営するIOCそのものの実態が日本人には見えていない。会長がいて理事がいて、各国の代表がいて・・・という当たり前の組織のようではあるが、会長、理事の選出方法にも透明性がない。筆者からみれば、西欧の貴族気取りの名士の集まりのようだ。彼らは己の名誉欲と金銭欲を、IOCを舞台にして満たしているようにさえ見える。そんな「偏見」を抱くのは筆者だけではないようで、今回のレスリング除外については、旧ソ連圏・東欧、イスラム圏からも抗議の声が上がったという。五輪のレスリングでは、西欧各国によるメダル獲得は少なく、反対に旧ソ連圏、東欧、イスラムのそれが多いという。日本もその仲間だ。

報道によると、IOCが五輪競技の採用を決定する条件はいくつかの事項の調査結果によるという。チケットの売上枚数、インターネットのアクセス数、TVの視聴率などがあるらしい。レスリングはルールがわかりにくく、世界的なレベルではTV視聴率も低く、また、若者からの支持もないという。古代オリンピックの象徴的競技であるレスリングは、IOCが実施した調査結果からすると、マイナーな競技になりつつあるというわけだ。換言すれば、レスリングの五輪除外には合理的根拠があるということになる。五輪に係る伝統的価値や象徴的価値は意に介さないというわけだ。

頭と四肢――西欧の身体思想

さて、はなはだ回り道的なアプローチであるものの、西欧の視点からスポーツとは何かを問うことも悪いことではなかろう。スポーツの原基は、身体の概念を探ることに代替できる。E・H・カントーロヴィッチ著の『王の二つの身体』によれば、団体は人間の身体に譬えられる。神秘体、有機体の思想だ。そこでは、キリストが頭(かしら)であって、教会は四肢(からだ)に当たる。その概念は王権に昇華し、王が頭であって、国(臣民)は四肢となる。いずれの場合でも、頭(かしら)と四肢(からだ)の間には明確な優劣の序列があり、四肢は頭に劣後する。

一方、日本人の身体に関する考え方はどうなのだろうか。いま、そのことについて明記した書物が思い浮かばないものの、たとえば、「心技体の充実」という言葉が象徴するように、心と体は対等な関係にあるような気がする。この言葉は、日本人が大好きな言葉の一つだ。日本人には、心もしくは頭(かしら)を上位として、四肢を貶めるような考え方はないような気がする。

さらに、「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も亦た涼し」の諺から類推すると、火を涼しく感じる四肢のほうが心頭(かしら)よりも上位にあるかのようなイメージを感じる。 つまり、日本人にとっては、スポーツは頭と四肢が一体化した表現であり、頭(精神)と四肢(肉体)が共振する聖なるものとして尊ばれる。一方、西欧では、スポーツは四肢の躍動であり、頭(かしら)とは分離されたものと位置づけられる。だから、スポーツが占める位置は、エンターテインメント以上ではない。

ここで博学な人々からは「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という名言をもって、筆者の立論に異議を唱えられることだろう。だが、この異議には、『Wikipedia』を参考にして、反証しておこう。

以下、『Wikipedia』からの引用である。
orandum est, ut sit mens sana in corpore sano――この一節は、古代ローマ時代の風刺詩人、弁護士である、デキムス・ユニウス・ユウェナリス(Decimus Junius Juvenalis)が『風刺詩集』第10編第356行に残したものとしてよく知られている。・・・英訳は(A sound mind in a sound body) と訳され、「身体が健全ならば精神も自ずと健全になる」という意味の慣用句として定着している。しかし、これは本来誤用であり、ユウェナリスの主張とは全く違うものである。 そもそも『風刺詩集』第10編は、幸福を得るため多くの人が神に祈るであろう事柄(富・地位・才能・栄光・長寿・美貌)を一つ一つ挙げ、いずれも身の破滅に繋がるので願い事はするべきではないと戒めている詩である。
ユウェナリスはこの詩の中で、もし祈るとすれば「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」(It is to be prayed that the mind be sound in a sound body) と語っており、これが大本の出典である。 以上の背景から、単に「健やかな身体と健やかな魂を願うべき」、つまり願い事には慎ましく心身の健康だけを祈るべきだという意味で紹介されることがあるが、それも厳密には誤りである。健全な精神については数行に渡って詳細に記述されており、ユウェナリスがローマ市民に対し誘惑に打ち克つ勇敢な精神を強く求めていたことが窺える。
 その後しばらくは本来の正しい意味で使われていたが、近世になって世界規模の大戦が始まると状況は一変する。ナチス・ドイツを始めとする各国はスローガンとして「健全なる精神は健全なる身体に」を掲げ、さも身体を鍛えることによってのみ健全な精神が得られるかのような言葉へ恣意的に改竄し、軍国主義を推し進めた。
その結果、本来の意味は忘れ去られ、戦後教育などでも誤った意味で広まることとなった。このような誤用に基づいたスローガンは現在でも世界各国の軍隊やスポーツ業界を始めとする体育会系分野において深く根付いている。
現在は冷戦も終わり軍国主義を掲げる必要がなくなったことや、解釈によっては身体障害者への差別用語にもなりかねないことから、多くの国では身体と精神の密接な関係とバランスを表す言葉として使われている。

ここで明確なように、頭よりも四肢の優位を喧伝してきたのは、西欧では異端のナチズムであり、平和よりも相手を殺戮することを優先する軍隊であり、その思想をそっくり持ち込んだ、日本の体育会系団体等だ。

IOCの世俗性は評価できる

前出のとおり、IOCという団体には怪しさが漂う。報道では、五輪競技として「生き残る」ためには、IOCに対するロビー活動が必要だという。ロビー活動とは、言い換えれば、不正のことだ。それは、公式・正式な議場における代議員の審議を経て決定される正当な結論を、ロビーという非公式な場で覆す行為にほかならない。そこでは、賄賂等の受け渡しという利益誘導が潜んでいておかしくない。直接の金銭の受け渡しはなくとも、政界、財界、宗教界等の権力者の恫喝や便利供与も代議員にあっておかしくない。IOCにはそれが必要だという。ますます、怪しいではない。

だが、そういう政治性が物事の決定には必要なことのほうが現実なのかもしれない。IOCは怪しいが、しかし、少なくとも、世俗的だ。IOCは、五輪競技の決定を、マーケッティング的な手法に求め、しかも、ロビー活動の影響という現実的要素に委ねている。

このたびの「レスリング外し」から明確なように、IOCは古代ギリシアのオリンピアの祭典という神話・伝説に立脚しない。一方、事実上、ナチス政府が開催した五輪ベルリン大会は、五輪というイベントを通じて、「アーリア民族=ドイツ人」の力の誇示という疑似的な宗教性が潤色されていた。「民族の祭典」とは、そういうことだ。

いまのIOCは、五輪=スポーツをナチスのような宗教性・民族主義・排外主義から分断しようと努めている。そういう意味で、筆者はIOCに好感をもつ。日本人は、金メダルが取れる種目を失おうとしていることで、いろいろな想像をめぐらしているが、それはたぶん、見当違いだ。イスラム圏からの抗議もおそらく、見当違いだ。

IOCは非政治的傾向を強めつつあり、非宗教的であり、脱民族主義的であり、脱国家主義的であり、それは商業主義に帰着する。けっこうなことではないか。五輪=スポーツを政治利用したナチスに比べれば、彼らのほうがましであり、これからも商業主義を求めてほしいものだ。

IOCは、五輪=スポーツをエンターテインメントとして理解し、その高度化に向けて努力している。これを機に、日本人は、スポーツはあくまでも世俗的であらねばならないことを改めて認識し直す必要がある。

2013年2月13日水曜日

桜宮高校、生徒自殺問題に進展

大阪市立桜宮高校生徒が運動部顧問から暴力を受け自殺した問題について、事態が動いた。その動きをまとめると以下のとおりになる。

(1)この問題を調査する外部監察チームは、「顧問の行為は『暴力』で、男子生徒を自殺に追い込んだ要因の1つ」と認める報告書を、大阪市教育委員会に提出した。

(2)報告を受けた同市教育委員会は12日、この顧問の処分を協議し、懲戒免職にする方針を固めた。

(3)市教育委員会は12日、桜宮高校の改革担当顧問を新たに設置し、前全日本女子バレーボール代表監督・柳本晶一さん(61)を迎えることを決定した。市教委は、柳本さんがかつての体罰指導から指導方法を変え、低迷していた全日本女子チームを2度のオリンピックに導いた実績から顧問就任を依頼したという。

筆者は、この問題に係る橋下徹大阪市長(以下、肩書等略)の方針を支持してきた。先の入試中止措置については内容が折衷的で気に入らなかったが、外部監察チームの報告及び顧問の処分並びに改革担当顧問の設置等の措置については満足している。もちろん、これらの措置は市教育委員会の名の下に行われてきたものだが、橋下が圧力をかけなければ、教育委員会はここまで動かなかったはずだ。

なによりなのは、生徒の自殺が、顧問の暴力によるものであることが調査結果により明らかになったことだ。生徒の死をかけた告発が功を奏したことになる。そして、そのことが、日本のスポーツ界にはびこっていた暴力を根絶する方向に社会を動かしていった。そのことがなかったならば、女子柔道トップチームにおける暴力問題も明るみには出てこなかっただろう。

残された課題は、処分された顧問が法によって裁かれるか否かであろう。筆者の希望は、もちろん、警察・検察・司法が顧問の暴力を法の下に裁くことだ。そうなれば、自殺した生徒の魂も浮かばれるであろうし、残された遺族の気持ちも少しは楽になるのではないか。

逆に気になったのは、市教育委員会が桜宮高校の入試を中止したときに生起した、「橋下批判」の嵐であった。筆者は、繰り返しになるが、橋下の政治姿勢を容認するものではない。「維新の会」も支持しない。だが、個別この桜宮高校生徒自殺事件に関しては、橋下が大阪市教育委員会にかけた圧力は正解であった。こういう高校を廃校にすることは間違っていない。

そればかりではない。生徒が顧問に「殺された」に等しい教育環境(=桜宮高校)に新入生を迎え入れるべきではない(入試中止)。そんなことに、議論の余地がないはずだ。にもかかわらず、そういう当たり前の措置を大阪市教育委員会は積極的にはとろとしなかった。そして、マスコミ、同校在校生の一部、同校保護者の一部等は、事態の深刻さを自覚しようとしないばかりか、入試強行(連続性)を訴えた。

加えて、反橋下陣営は、〔入試中止=受験生が可哀そう〕という、訳のわからない感情論で同校改革の流れを阻止しようとした。橋下を「暴君」と評した言論人もいたという。彼らは、橋下はこの事件を売名行為として利用としている、と批判したそうだが、まったく見当違いだ。反橋下陣営が、「入試中止」を政治的に利用しようとしたのだ。

桜宮高校に内在している暴力は、日本のスポーツ界全体に内在している悪しき暴力主義以外のなにものでもない。それは、「伝統」「根性」「精神力」「愛の鞭」「指導」という美辞麗句に名を変えて、スポーツをする若者を苦しめ続けてきたのだ。だから、橋下は、桜宮高校を潰そうとした。橋下は積極的に“悪しき日本”と対峙しようとした。そういう意味で、橋下の政治的センスは鋭い。凡庸な、名ばかり「改革派」ならば、そこまではしない。だから、橋下は油断ならない存在なのだ。

2013年2月12日火曜日

東京・五輪招致に反対する



先般、アート系のイベントに行ったとき、入場受付カウンターにこのバッチが無料で配布されていた。

東京にオリンピックを、というのが国民の総意のように報道されているが、そうは思えない。

東日本大地震並みの大地震再来に対する不安、収束できない福島原発事故の影響、そしてなによりも、3.11被災地の復興もままならない。

打つべき手の優先順位が狂っている。

そんな気がする。