2014年7月11日金曜日

がんばれアルゼンチン!

王国の悲劇

準決勝最初の試合はブラジル-ドイツ。この試合についてはすでに多くの論評があり、言い尽くされた感がある。1-7という大差のブラジルの敗北をどう評価すべきなのか。どこかの監督の言葉どおり、「サッカーは非論理的」なのだろうか。

スポーツ評論のすべては結果論だ。スポーツが試合前に論理的に結果が判明していたならば、それを見る価値はない。スポーツは現在進行にのみ意味と価値のあるドラマなのだ。だから、ブラジルの大敗を予想した者がいないのは当然だ。筆者は本大会の優勝者をブラジルと予想した。戦力的には難のあるチームだったが、ホームの利があると信じたからだ。

ドイツ戦の敗因は

エース、ネイマールの欠場、守備の要、Tシウバのサスペンションによって、ブラジルが苦戦するであろうことはだれもが予想できた。それでも、1-7のスコアは想定外だった。

拙コラムで書いたことではあるが、こういう大会では、大差の試合が起こらないわけではない。本大会グループリーグ(GL)において、前回王者のスペインがオランダに1-5で大敗しているし、わが日本もコロンビアに1-4で惨敗している。前者は精密機械(スペイン)の歯車が狂い、制御不能に陥ったためだ。後者はGL敗退寸前に追い詰められた日本が、ノーガードで前に出たためだ。それでも、スペイン、日本ともに7失点はしていない。そればかりではない。ドイツに大敗したのがブラジルでなければ、たとえばアジアの日本とか韓国だったら、さほど話題にもならなかっただろう。W杯史上まれな大差の敗北の当事者が王国ブラジルだったことが衝撃だった。

ブラジルが大敗したこの試合、ドイツの良いところはいくつか指摘されている。先取点のスクリーンプレーは各メディアがとりあげているように、実に頭脳的で見事なものだった。だが、ドイツの良さだけで、大量7点が上げられるとは思えない。やはり、ブラジルに自壊現象が生じた、と考えるべきだろう。

コロンビア戦の“削りあい”がすべて

ブラジル大敗の要因は、ベスト4をかけた南米対決、コロンビア戦にあった。ブラジルは2-1でコロンビアに勝ったが、試合内容は褒められたものではなかった。この試合のファウル数は54(ブラジル31、コロンビア23)あり、イエローはともに2枚だった。ブラジルに出されたそのうちの1枚が、前出したとおりTシウバに出された。

ベスト4のもう一方、ドイツ-フラン戦のファウル数は33(ドイツ15、フランス18)、イエロー2(ドイツ2、フランス0)だった。多くも少なくもない数字だろう。ファウルやイエローは審判の主観に負うが、それでもブラジル-コロンビア戦におけるブラジルのファウル数は異常数値だった。

自らが仕掛けた削りあいでブラジルはコロンビアには勝ったものの、その代償は、ブラジルに重くのしかかることとなった。ネイマールがコロンビアDFのハード・ブリッツを受けて骨折し、以降出場不能となった。その背景として、この試合の主審がファウルに寛容であり、多少の“削りあい”を容認したからだ。そのなかで、両チームの選手にハードな接触プレーが誘発された。やられたらやりかえせ、主審の笛の範囲の接触はOKなのだからと。

その結果、ブラジルの守備の要、キャプテンのTシウバは、通算2枚目のイエローをもらい、準決勝に出場できなくなってしまった。この結果は南米サッカーの光と影の象徴だ。彼らの悪しき伝統“削りあい”という影の部分が、開催国ブラジルを覆った。

セルフ・コントロールに失敗したブラジルの選手たち

そればかりではない。GLから決勝トーナメント(T)を通じて、ブラジル選手の異常な興奮ぶりが目に付いた。PK戦勝利による涙、コロンビア戦におけるファウルの多発などなど、開催国のプレッシャーに自制(セルフ・コントロール)がきかなくなる寸前まで追い詰められた感があった。

ブラジルの選手の精神状態は、引っ張られすぎて切れる寸前のゴム紐のようなものだったのではないか。そしてドイツ戦である。試合開始早々、どちらかといえば、ブラジルは興奮状態がプラスに働いて、好調のように見えた。よく言われる、「試合の入り方としては悪くなかった」というやつだ。ところが、セットプレー(前半11分)でドイツに先制点を奪われたところで、ブラジルの選手たちの精神状態は、興奮状態から不安もしくは焦りへと変わりつつあったのではないか。そして前半23分に失点すると彼らの緊張、不安、焦りは一挙にしかも重層的に高まり、ゴム紐はぷつんと切れた。つまり、瓦解した(29分までの6分間で4失点)。

結果論として、ブラジル大敗の分析は合理的に説明がつく。サッカーは、けして非論理的ではない。しかし、ブラジルが序盤で先制点を上げていたら、ブラジル選手の興奮度はエネルギーに変換していたかもしれない。その結果、大敗したのがドイツだったかもしれない。どちらに転ぶかは、神のみぞ知るところなのだ。

南米サッカーの秘められた力=堅守

ブラジル大敗の翌日行われたオランダ-アルゼンチン戦は、前日とは実に対照的な試合となった。両チームともに昨日の試合の衝撃を引きずって試合に臨んだようだ。そのことを一言で言えば、“恐怖”だろう。両チームとも過度な攻撃性を抑制し守備的になった。アルゼンチンはオランダのリアクション・サッカーを警戒し中盤を省略、オランダの3バックの両側のスペースにロングボールを供給する作戦に出た。中盤からの攻撃はメッシ一人にお任せ。そのメッシに対して、オランダは最大3人で守った。

オランダも得意のリアクション・サッカーを封じられ、しかも、頼みのロッベンがサイドのスペースに走りこまないため、チャンスがつくれなかった。この試合のファウル数は25(オランダ15、アルゼンチン10)、イエローは3(オランダ2、アルゼンチン1)だった。前出のブラジル-コロンビア戦と比べれば、ファウル数は半分以下。いかに接触プレーが少なかったかがわかる。“削りあい”を回避し、ケガ及び先制点を恐れた。

アルゼンチンの守備の要、ハビエル・マスチェラーノの好プレーも特筆されるべきだ。この選手、身長はそう高くないが、粘り強さ、スタミナ、走力、判断力、ポジショニングに優れていて、オランダの決定機をことごとくつぶした。体格に恵まれない日本人が模範としたい選手の一人だ。

両チームがリスク回避のマネジメントを優先したとはいえ、南米の伝統である堅守が、フィジカルのオランダを止めた試合だと言える。メッシばかりに目を奪われがちなアルゼンチンだが、南米特有の守りのDNAをいかんなく発揮した。ブラジル-ドイツ戦とは異なる、緊張感のあるいい試合だった。

決勝戦はドイツ有利だが、筆者はアルゼンチンに勝ってほしい

条件からすれば、決勝戦(日本時間・14日早朝)におけるドイツ有利は動かない。準決勝はブラジルに90分の楽勝。しかも休養日は、対するアルゼンチンより1日多い中4日。ブラジル相手の大勝は選手に自信を与えたはずだ。アルゼンチンはオランダと延長戦(120分)を戦っての中3日。これは苦しい。

それでも、アルゼンチンに希望があるのは、メッシが元気でいることだ。いまのところ、故障、ケガの情報はないし、コンディションも悪くなさそうだ。守備の要のマスチェラーノも健在だ。準決勝のブラジルは、ネイマール(攻撃の要)、Tシウバ(守備の要)を欠いてドイツに敗れたが、アルゼンチンはどちらの要も試合に出場できる。オランダを封じたアルゼンチンの守備が崩壊しなければ、僅差の勝利が期待できる。もちろん、決勝点はメッシの信じられないプレーによる得点というわけだ。

筆者は、アルゼンチンに優勝してもらいたい。なぜならば、W杯の歴史を振りかえると、30年ウルグアイ大会=ウルグアイ優勝、50年ブラジル大会=ウルグアイ優勝、62年チリ大会=ブラジル優勝、70年メキシコ大会=ブラジル優勝、78年アルゼンチン大会=アルゼンチン優勝、86年メキシコ大会=アルゼンチン優勝、94年アメリカ大会=ブラジル優勝と、北中南米開催のW杯では、南米勢が優勝しているからだ。この地勢的サイクルからすれば、今回南米ブラジル開催の優勝国は、アルゼンチンでなければならない。

南米開催のW杯において、欧州(ドイツ)が優勝することはあり得ない。ここでドイツが優勝すれば、サッカーの覇権は欧州ということになってしまう。そんな事態だけはなんとしても避けなければならない。がんばれ、アルゼンチン!