2022年10月4日火曜日

NPB、2022シーズンを総括する(セリーグ)

  


 NPB(日本プロ野球)2022シーズンペナントレースが終了した。セリーグはヤクルトが首位をほぼ独走し、横浜も安定した戦いぶりをみせ、けっきょく勝率5割前後の3球団がCS進出をめぐり混戦模様となったが、阪神が辛うじて勝ち残った。  パリーグは大混戦、最終戦でオリックスが勝ち、ソフトバンクが負けて順位をひっくり返し優勝するというまさに、ドラマチックな幕切れとなった。 
 コロナ禍、感染した選手、監督及び濃厚接触者の戦線離脱があり、連敗を余儀なくされた球団もあったけれど、おおむね全球団にコロナ禍が及んだと思われ、成績への影響はほぼ平等だったともいえる。まずはセリーグ編である。 

 

横浜の2位は大健闘 

 

〔セリーグ〕 

 順位は以下の通り。 

 1. ヤクルト2.横浜3.阪神4.読売5.広島6.中日 

 シーズン前に筆者が予想したのは、 

 1.阪神、2.ヤクルト3.読売4.広島5.中日6.横浜 

 

 筆者が最下位と予想した横浜には、その非礼を詫びなければなるまい。阪神はセリーグの中では投打のバランスがもっとも取れたチームなので、3位は納得できない。序盤の連敗が響いた。外国人選手のケガ、不振、藤波の出遅れなど、計算外が続出したとはいえ、序盤の連敗が悔やまれる。   ヤクルトの優勝を牽引したのは村上である。優勝決定後とはいえ、三冠王獲得と日本人選手最多本塁打記録を更新した活躍は称賛に値する。交流戦の圧倒的成績がリーグ優勝に貢献した。 

 それにしても、ヤクルトの先発投手陣の顔ぶれで優勝を果たしたことが信じがたい。ブルペン陣の充実が優勝のもうひとつの原動力となった。  横浜の2位は破壊力ある打線、クローザー山崎の復活、中継ぎ陣の充実(エスコバー、伊勢ら)だろう。ソトが一塁に定着して内野守備に安定感が増したことも見落とせない。二年目の三浦監督の落ち着いた采配も記憶に残る。 

 

選手層が薄かった読売 

 

 読売の4位は筆者の想定内だ。3位阪神との差は無きに等しいもので、このチームの実力はこんなもの。読売は選手層が厚いと筆者も書いてきたけれど、2022年シーズンではむしろ、その薄さが目立った。遊撃の坂本が長期離脱するとその穴を埋めるべき選手と、レギュラー坂本との力の差が大きすぎた。トレードで獲得した廣岡は二軍に埋もれたまま、ヤクルト時代より下手になっている。守備位置をたらいまわしにされ、得意の打撃を生かし切れていない。彼を坂本の控えに定め、せいぜいもう一つの守備位置として一塁にしておけば、打撃に専念できただろう。  三塁岡本が打撃不振に陥ったけれど、その代役を務める選手がいない。岡本ほどの長打力はなくても、脚力やヒットを打つ確率の高い選手で穴を埋めなければチームは勝てない。原監督は選手の特性を生かす起用ができない。   読売のレギュラー野手陣をみてみると、ベテラン坂本を除くと、前監督が育てた岡本(三)、トレードで獲得した中田(一)、外野はFA移籍の丸(中)、元MLBのポランコ(右)、メキシコ独立リーグのウォーカー(左)の5選手が主軸で、吉川(二)、大城(捕)の生え抜きが残るが、大城の捕手としての力量、とりわけインサイドワークには疑問符が残ったままだ。中田に一塁の座を奪われた増田陸、香月、そして、丸・ポランコ・ウォーカーに外野の座を奪われた松原・重信・立岡・石川、そして、故障した坂本の穴を埋めるべく前出の廣岡、中山、湯浅と並べてみると、彼らにレギュラーは務まりそうもないことがわかる。彼らに才能がないわけではない。一軍の経験がないこと、自信がないことが、力を発揮できない主因だろう。  全選手を生え抜きで賄うことは困難だけれど、読売はなんのために、二軍(三軍)、育成で大量の選手を抱えているのかがわからない。2022シーズン、下から上がってきてレギュラーを獲得した野手がいないのはどういうことなのだろうか。


故障者多い読売投手陣

 読売の野手陣に比べれば投手陣の若返りは目覚ましい。ところが、先発をみると、戸郷、菅野、メルセデスがほぼローテーションを守れたが、山崎伊、赤星、シューメーカー、井上、アンドリュース(途中退団)、戸田、堀田らは新人、新入団で、一軍で実績のある山口俊、高橋優、井納が脱落という異常な陣営となった。ブルペンはクローザーの大勢が大活躍したものの、セットアッパーの平内で勝ちゲームを落とした試合が何試合かあった。中川、大江、鍵谷が故障離脱、畠、桜井、鍬原、利根、ビエイラ、デラロサ、高木もシーズンを通して投げられなかった。高梨、今村がシーズンを投げ切ったが、今村の成績はいまひとつであった。

 

読売投手陣の再建は大事業

 

 ここで、2022シーズンの読売投手陣を素材にして、現代プロ野球の投手陣のあり方について考えてみよう。   繰り返しになるが、読売投手陣の崩壊ぶりはすさまじかった。前出の通り、山口俊・高橋優・井納・中川・大江がほぼ一軍登板なし。鍵谷・畠・桜井・利根・ビエイラ・デラロサ・高木もほぼ脱落に近かった。   今般の日本プロ野球では、週6連戦が一般的である。ゆえに勝ちが見込める先発投手は6人いれば理想的だが、なかなかそれだけ集めきれないので、最低4人で6連戦4勝2敗でよしとしたい。つまりカード(2勝1敗)勝ち越しである。その結果として勝率.667となれば優勝は間違いない。読売の先発投手陣はあと一人いればよかったのだが、その一人が出てこなかった。   現代プロ野球の役割分担は、先発が6回まで3点以内(クオリティースタート)、7回・8回(セットアッパー/和製英語。アメリカでは「setup pitcher」または「setup man」 )、9回(クローザー)の組み立てである。読売のクローザー大勢はほぼ完ぺきであった。筆者が監督ならば、7回は右の山崎伊、左の今村で固定。8回のセットアッパーに高梨・平内で固定。この4投手を補助する新戦力、既存戦力が万全なら、4位より上に行けたはず。  あたかもガラクタのような惨状に陥った読売投手陣を立て直すのは、たやすいことではなかろう。FA、外国人獲得、トレードで応急措置をするしかないが、トレードは交換選手が見当たらないので難しい。

(次回はパリーグ) 

   

2022年10月1日土曜日

Blog URL等の変更

 谷根千写真帳のURLなどを変更しました。




2022年9月22日木曜日

ジャズ・バーからネパール料理(根津)

・La Cuji
マスター曰く、真空管がロシア製なので入手困難に。
思わぬところで、ウクライナ戦争の影。
真空管はロシアがお手の物。デジタルではないから、
情報攪乱の影響を受けない(笑)



・チャングラ(ネパール料理)
ダルバードをいただく





 

2022年9月20日火曜日

稲盛和夫とカルト資本主義

 稲盛和夫が亡くなった。稲盛は松下幸之助の跡を継いで経営の神様と呼ばれた。そんな折、友人3人と投稿し合うLINEチャットにおいて、そのなかのA氏が稲盛及び『カルト資本主義』(斉藤貴男著)を取り上げていたので、筆者もそれらについて、書きとどめてみようと思った次第である。

1990年代、司馬遼太郎が日本の経営者の愛読書だった 

 筆者は、霞が関の某省某局の編集協力による、某業界向け啓蒙業界誌の編集をしていた。その雑誌のなかで、産(業界大手企業、業界団体トップ)、官(霞が関の局長~事務次官、関連公益法人トップ)、学(関連学会の学者)から話を聞く(インタビュー)ページの担当者だった。自分が聞き手になることもあった。人に頼んだこともあったが、編集責任者として同席した。1990~2000年まで、月2名(産1、官または学1)に登場してもらったから、合計240人という計算になる。
 インタビューの最後は気楽な質問で締めくくるという筋書きで、趣味や愛読書をたずねるのがお約束だった。当時(1990年代)、経営トップが挙げた愛読書の人気ナンバーワンは司馬遼太郎だった。ちょっと気取って、『不確実性の時代』 (ガルブレイス)、『断絶の時代』(ドラッガー)を挙げる者もいたが、司馬が圧倒的だった。社長室や秘書課のスタッフが「司馬遼太郎と回答」とマニュアル化した可能性もあるが、話の流れからしてそうとも思えなかった。ただなかで、「中村天風」という人物の名を挙げた者がいた。そのとき筆者は天風のことを知らなかったのだが、「テンプ―」という名前が気になったことを覚えている。 

中村天風という邪悪な陰 

 中村天風について詳しく知ったのは、前出の『カルト資本主義』に収録された「京セラ 「稲盛和夫」という呪術師」を読んでのことだった。斉藤は、稲盛の著作やインタビューなどに西郷隆盛、二宮尊徳、石田梅岩といった歴史上の人物、あるいは中村天風、安岡正篤ら昭和の〝思想家”たちに私淑したという記事が散見されることを指摘したうえで、稲盛は〝グル”でありたいのだと断言し、稲盛が私淑した人物が《いずれもニューエイジ思想が吸収した日本の伝統的な価値観の持ち主だ》としている。そして、《とりわけ近年のビジネス社会で神様のごとく崇められている天風は、いかにも稲盛好みの人物である》とも。筆者が『カルト資本主義』を読んだのは同書刊行直後のことだから、1998年前後に筆者は中村天風の正体を知ったことになる。斉藤は同書において中村天風について次のように書いている。

 天風がどのような生涯を送ったのか、正確には不明である。ただ、彼を崇める経営者たちは、次のような波乱万丈の物語を信じているらしい。
 ーー1876(明治9)年、東京で旧柳川藩士の家に生まれた天風は、福岡の修猷館に学んだ中学生の時、柔道の試合の遺恨で彼を狙った相手を殺し、〝昭和の怪物”と言われた右翼の草分け・頭山満のもとへ預けられた。日露戦争では軍事探偵として満州で活躍、”人斬り天風”の名をほしいままにしたが、激務がたたって三十歳で結核に冒される。救いを求めて欧米を放浪する途中で立ち寄ったエジプトでヨガの聖者・カリアッパ師に出会い、ヒマラヤで修業した。その後米国コロンビア大学を首席で卒業し医学博士となり、帰国後は東京実業貯蓄銀行頭取などを歴任するが、1918(大正8)年、何もかもを捨て統一哲医学会という集団を組織し、自身の思想と修行法の集大成である心身統一法を広めた(以上、松本幸夫『中村天風伝』など関連書籍、雑誌記事等から構成)ーー。(『カルト資本主義』文芸春秋版/以下「前掲書①」という。P134~135) 

  次に、天風の教えである。斉藤は『日経ベンチャー』96年4月号の特集「中村天風が教える『人材革命』」を引用して次のような評価を下した。 

〈「心の持ち方で人生は変わる」ということだ。積極思想が、〝潜在能力”を開発し、心に念じたことは必ず実現する、とも言う〉〈困難も肯定的に受け止めれば、道は開ける、とする。さらに、人間の力の元を「気」であるとし、難題も将来のいい方向につながるためにあるモノだと感謝の念で受け止める内に「気」が体内に入り、潜在能力が開発され、思わぬ力を発揮して願いが叶う、というのである〉(前掲書①P135) 

 斉藤は、《要するに天風は、「成長の家」の谷口雅春と同じことを言っていた、そして、稲盛は人殺しをした天風に学んだのである》と軽蔑する。続いてーー 

 稲盛は・・・天風の〝素晴らしさ”を、・・・こう語ったことがある。
「混迷する世相の中で、生きる指針が大変フラフラしているときに、盤石の思想のようなもので現象をとらえ、見ていかなければならない、変動する現象界の中で、フラフラしていたのでは消耗しきってダメになってしまう。そういう、つまり真理を説いたのが天風さんですね」
「天風さんは、吾とはなにか、人生とは何か、ということを明快に説いていますし、たった一回しかない人生の中で、感情の赴くまま、または理性の赴くままに、ああでもない、こうでもないと一喜一憂し、ない頭で一生懸命考えて策を練り、いろいろなことをして生きているけれども、人生とはそんなものではないはず、と説いています。
 感情や感覚や理性、そういうものを超越したところに真のあなたの意識があるはず、それはこの宇宙のあらゆるものと共通の存在としか言いようのないもの、真の吾、宇宙のあらゆるものと共通の真である、と」(稲盛和夫が語る『中村天風に学んだこと』『財界』95年8月29日号)(前掲書①P136) 

 『日経ベンチャー』『財界』といった経営者向け雑誌が中村天風を取り上げているのだから、筆者が取材した経営者たちが愛読書というレベルではなく、経営の指針としてその名を挙げたのはいまになってみれば当然のことだったのだ。当時、天風を知らなかったのは、筆者の浅学のせいである。
 斉藤の『カルト資本主義』を改めて読み返してみると、日本の産業界の深部に、つまり企業風土のなかに、不吉というか邪悪な陰を認めざるを得ない。天風を崇める経営者たちは、従業者をできるだけ考えない道具、人間というよりも労働機械のごとくであることが望ましいと考えている。生産性を上げる、売上を伸ばす、新製品を低コストで開発する――従業者はそのための単なる道具であり、文句を言わないで会社のためにひたすら献身する者が望ましいと考える。だから残業代は出さない、会社を離れても仕事のことを考えよ、上司に従え、そのことが結局は、最高位にある自分を敬い崇めることにつながると。従業者は経営者を神と崇め、すべてに従わなければならないのだと。
 稲盛は従業者に対して、「イメージは実現する」(前掲書①P136)という呪いをかけることを忘れない。この言説は天風仕込みのもので、企業が従業者に「やる気を起こさせる」ための基本的なメソッドのひとつである。今日でも、「××の成功の法則」だとか「売上アップの秘訣」とかの出世・成功マニュアル本に書かれていることが多い。

日本産業界における生産性向上運動 

 日本の産業界にあっては、生産性向上のための様々なメソッドが出ては消えを繰り返してきた。QCサークル運動、国鉄や郵政省で行われたマル生運動(1960年代~1970初め)、トヨタの看板方式などなど。QCやマル生の思想的基盤は、労働者が上からの指示命令に従うのではなく、自発的に自らの職場の効率的運用改善に取り組むことを促すことにあった。そのうえでティラー(主義)システムから作業の標準化を学び、労働現場の究極的な効率化が実現していく。トヨタの看板方式はその集大成であろう。
 中村天風を崇める経営者が目指すものは、こうした流れと異質な経営手法であって、彼らはグルが支配する企業風土の構築により従業者を経営者の思うどおりに動かすことを目指す。たとえて言うならば、いま話題の旧統一教会が信者に珍味売り、花売りといった労働を信仰と称して無給で働かせ、売上金全額を教団が召し上げるシステムに似ている。稲盛の経営術もそれに近い。グルである自分のため、グルが経営する会社のためにグルが築き上げた経営方針に沿って忠実に働らくこと、従業者が自らの生活のために働くのではだめなのだという経営術である。従業者は我欲を捨て、「純粋」かつ「清らか」なる精神でグルに尽くせ、貢げ――というのである。そうすれば明るい人生が開かれると。稲盛和夫の経営術こそ、カルト資本主義そのものである。

日本のカルト宗教の淵源とその展開 

 ここで稲盛の経営術から離れ、日本のオカルト思想を概観する。
 日本のオカルトの淵源をどこに求めるのかは定かではないが、宗教学者の大田俊寛の『現代オカルトの根源--霊性進化論の光と闇/ちくま新書』(以下「前掲書②」という)によると、オカルト宗教(大田の用語では「霊性進化論思想」)はまず、19世紀後半から20世紀前半までは、もっぱらヨーロッパにおける神智学協会の運動を中心に発展し、そして20世紀後半以降は、アメリカにおけるニューエイジの運動として多様な展開を見せたという。
 その流れを受けて、日本では、神智学協会の創設者の一人であるオルコットが1889(明治22)に来日するなど、19世紀末にはすでに神智学の存在が知られていたのだが、その思想が広く一般にまで浸透するようになったのは「精神世界」の流行や「第三次宗教ブーム」が見られた1970~80年代以降のことだとされる。日本の「精神世界」とは、同じく大田俊寛によると、古来の霊学思想、現代アメリカのニューエイジ諸思想など、新旧のオカルティズムが雑然と入り混じった多彩な思想潮流のことだという。
 日本におけるその展開は、(一)ヨーガや密教の修行を中心とする流れ、(二)スピリチュアリズムを中心とする流れーーの二種に大別される。(一)はクンダリニー・ヨーガ〔注1〕の修行による超能力の開発が重視され、(二)では、高位の霊格との交信が重視される。 以下、前掲書②を参照して詳細を見てみよう。

(一)ヨーガや密教の修行を中心とする流れ 

三浦関造 

 日本において神智学系ヨーガの基礎をつくり上げたのが三浦関造(1883ー1960)である。三浦は1916年に『埋もれし世界』という著作においてブラヴァツキーの神智学に言及していた。1930年に渡米し、同地の神智学徒と交流を重ね、40年~終戦まで上海に滞在し、居留している外国人に向けてのオカルティズムの講義や、英文での著作を業としていたといわれる。
 戦後になって、三浦は活動を本格化し、1953年にヨーガ団体「竜王会」を結成する。そして機関誌『至上我の光』を発行するとともに、『神の化身』『聖シャンバラ』『輝く神智』等の書物を著わし、神智学の普及に努めた。
 三浦の思想は、ブラヴァツキーやリードビーターの教説に基づく根幹人種論〔注2〕、太子論、ヨーガの実践論が中心であったが、アメリカ滞在の経験を反映してか、アリス・ベイリーに由来するニューエイジ論からの影響も認められる。近い将来、新たな「アクエリアス(水瓶座)」の時代が到来し、人類は物質文明から精神文明に移行すると主張した。 

本山博、桐山靖雄、麻原彰晃 

 クンダリニーヨーガに基づく霊性の進化という観念から強い影響を受けたのが本山博(1925ー 2015/「国際宗教・超心理学会」会長)と、「阿含宗」の創始者である桐山靖雄(1921ー 2016)の二人である。オウム真理教教祖(グル)の麻原彰晃(1955ー 2018)についてはすでに膨大な情報が提供されているので本稿では省略する。 

(二)スピリチュアリズムを中心とする流れ 

 欧米においては、神智学とスピリチュアリズムはときに衝突を見せながらも、相互に深く影響を与え合うことで発展を遂げた。日本ではその両者とも欧米ほどの社会的広がりは獲得できないでいるが、欧米と似たような影響関係が認められなくはない。そのような思想的土壌から生み出されたのが「幸福の科学」である。以下、幸福の科学成立前の歴史的経緯から振り返ってみる。 

浅野和三郎 

 日本におけるスピリチュアリズムのパイオニアと見なされているのが浅野和三郎(1874ー 1937)である。浅野は東京帝国大学で英文学を学び、小泉八雲から指導を受けた。シェイクスピアの翻訳、ワシントン・アーヴィングの『スケッチブック』〔注3〕や、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』といった幽霊譚の翻訳を手掛け、英米文学を通して霊の世界に関心を深めていた。
 浅野が41歳のとき三男が原因不明の病にかかり、ある女行者の祈祷によってそれが治癒したことをきっかけとして、祈祷師の持つ神秘的な霊力に心惹かれ、その分野に取り組むこととなったという。まず、大本教開祖の出口なおに出会い、1916年に大本教に入信。なおの死後は教団を継承した出口和仁三郎の片腕として活躍するが、官憲による大本教弾圧を契機に教団を脱退する。大本教から離れた浅野は1923年、東京に「心霊科学研究会」を設立し、霊的世界の探索を継続した。
 1929年には次男の死をきっかけに、妻の多慶子が霊の言葉を聞き取る能力を発揮するようになった。その際に浅野は、大本教の鎮魂帰神法における「審神者(さにわ)」(神憑りで発せられる巫者(ふしゃ)の言葉を解釈する者)の役を務め、『新樹の通信』や『小桜姫物語』という霊言集を公刊している。
 浅野和三郎が一方の神智学に関する知見を得たのは、海軍機関学校時代の同僚であるE.Sスティヴンソンを通じてであった。スティヴンソンは1910年、ブラヴァツキーの著作『神智学の鍵』の翻訳を出版している(邦題は『霊智学解説』)。浅野は大本教入信以降も神智学の関連書籍を読み継いで、チャールズ・リードビーターやアニー・ベサントといった神智学徒の著作を参考文献として挙げている。 

高橋信次 

 スピリチュアリズムと神智学を結合させることによって、新たな宗教団体を作り上げたのが「GLA( God(神)Light(光)Association(会)」の開祖である高橋信次〔1927ー 1976)である。高橋はその晩年、人類や文明の創造者である「エル・ランティー」という高級霊の化身と位置づけるようになった。エル・ランティーとは高橋によれば、3億6405年前にベータ―星から地球に到来した「人類の祖」である。高橋は自らの死の直前、自身を「エル・ランティー」という特別な霊格の化身としたため、その後の教団に動揺と混乱をもたらした。GLAの主宰者の地位は長女である高橋桂子に継承されたが、彼女は間もなく自らが大天使ミカエルであることを宣言し、『真創生紀』という三部作によって独自の宗教観を詳細に展開したため会員たちの混乱にいっそうの拍車がかけられた。その結果、幹部の多くが教団を離脱するとともに、天界に戻った高橋信次から正しい霊示を受けたと称する者が何人も現れた。その一人が幸福の科学の創始者・大川隆法(1956ー)である。 

大川隆法 

 東大を卒業し総合商社に勤務していた大川に、1981年、大きな変化が訪れた。そのころ大川は前出のGLAの高橋信次や高橋桂子の著作を愛読していたが、信次の著作『心の発見ーー神理篇』を初めて読んだとき、自分は昔これを学んだことがあるという強烈な思いに捉えられたという。その後、自動書記によって、日蓮の弟子の日興から「イイシラセ・・・」というメッセージを受け取る。それを契機に、日蓮やイエス・キリスト、高橋信次の霊と交信することが可能になったという。やがて大川は、天上界のあらゆる霊と交信することができるようになり、それをもとに1985年以降、父親の善川三郎とともに、『日蓮上人の霊言』『キリストの霊言』『天照大神の霊言』等の霊言集を公刊していった。1986年、「幸福の科学」を設立、1987年には教団にとっての中心的理論書である『太陽の法ーー新時代を照らす釈迦の啓示』が公刊された。
 初期の幸福の科学は高橋信次の霊言集を20冊ほど公刊しており、GLAの分派的性格を色濃く帯びていたが、次第に大川自身を中心とする体制に変容していく。それを明示するために行われたのが「エル・カンターレ宣言」である。「カンターレ」というのはGLAの教義においては人類の祖である「エル・ランティー」の分霊の一つとされていたが、幸福の科学はそれを、地球霊団の最高大霊と称した。そして大川は、1991年、東京ドームで開催された「御生誕祭」において、自身をエル・カンターレの本体意識が降臨したものと位置づけたのである。
 幸福の科学の教義及び歴史観については、『太陽の法』という著作に描かれた宇宙論と文明史に凝縮して読み取れるという。同書の内容を詳述すると長くなりすぎるので大雑把に書くと、おおむねこんな感じである。

〔宇宙論〕
 大宇宙の根本仏が宇宙空間を創造し統治するため巨大霊として13次元の宇宙霊を創造した、云々。そして最初の生命体が金星で誕生。その生命体を統治する最高度の人格として、九次元大霊の「エル・ミオーレ」が創造され、エル・ミオーレは美しい外貌と高度な知性を備えた人間を創造し、金星にユートピア社会を作り上げた、云々。
 そのころ地球でも大日意識、月意識、地球意識といった霊たちによって、生命体の創造が開始されていて、6億年前から、哺乳動物を中心とした高等生物の創造が始まり、その担当者として金星からエル・ミオーレが招かれた。エル・ミオーレは、自らの住まいとして地球に九次元霊界を作り、その際に自分の名前を「エル・カンターレ」に変更した、云々。しかしながら、九次元霊の一人であるエンリルという霊格は、「祟り神」としての性格を備えていて、エンリルの部下の一人であったルシフェルは、1億2千年前にサタンという名前で地上に生まれたとき、堕落して反逆を起こし、四次元霊界のなかに地獄界をつく上げてしまう、云々。こうして地球はエル・カンターレを筆頭とする光の指導霊に導かれ、意識レベルを進化させてユートピア社会を築こうとする傾向と、悪魔や悪霊たちに誘われ、欲望に溺れて地獄界に堕してしまう傾向に引き裂かれることになった、云々。 

〔文明史〕
 人類が創造されて以来、地球では「ガーナ文明」「ミュートラム文明」「ラムディア文明」「ムー文明」「アトランティス文明」という5つの文明の歴史が詳述されている。それぞれの文明は大いに繁栄をするのだが、やがて当時の人間の邪心により崩壊したり、海中に沈んだりして消滅し、次の文明に引き継がれていく。ムー大陸、アトランティス大陸の沈没を逃れた人は世界各地に移り住み、現在につながる諸文明を築いていった。地球の最高大霊であるエル・カンターレは前出の5つの文明の最高霊(ラ・ムー、トス、リエント・アール・クラウド、オフェリアとヘルメス、釈迦)としてその意識の一部を下生させてきた。それに対して大川隆法は、エルカンターレの本体意識が下生したものとされる。そのため現在の世界は、大川のいる日本を中心として繁栄を遂げることになる、云々。

  これらの文明史は実は、GLAの歴史観の剽窃である。しかも、神智学を始めとする霊性進化の思想に属する多数の文献が参照・援用されている。例えば、ブラヴァツキ―(『シークレット・ドクトリン』など)やリードビーター(『チャクラ』『大師とその道』など)によって確立された神智学の歴史観と、『太陽の法』に示された幸福の科学の歴史観のあいだには、いくつかの類似点が存在する。(本稿末の〔注2〕を参照のこと。)大川の他の著作物もまた、神智学やニューエイジ関連の書物を情報源とすることによって組み立てられた、日本的ヴァリエーションの一つとして理解することができるという。

ニューエイジ思想とは何か

 やや遠回りした感がなくはないが、斉藤は前掲書①において稲盛和夫とニュー・エイジ思想の関係を追っている。稲盛はニュー・エイジ思想の体現者なのだろうか。前出のとおり、大田俊寛が展開した日本における精神思想の形成の系譜は、まずもって海外からの輸入思想、いわゆるモダニズムとして受容され、それを土台にして、日本の古今における神秘思想を接合した混合的産物である。稲盛の表の顔、すなわち文化的、精神的な言動の裏に何があるのかーーそのことを意識したうえで、ニューエイジ運動を定義してみよう。『現代社会のカルト運動』(S. フォン・シュヌーアバイン著)からの引用である。 

「現代の危機」から霊的脱出路を求めている・・・西欧と北米の人びとは、伝統的宗教組織に心の支えを見出しているのでもないし、世界を解明し、改革し得ると主張する世俗的組織(いわば政治的イデオロギーと科学的世界観)によってこうした問題を解決できるとも思っていない。だから、彼らのうちには意味の空白を満たしてやろう、と呼びかけてくる秘教的、あるいはオカルティズムの教えに惹かれる人たちもいる。いわゆるニュー・エイジ運動は、これらの教えを受け容れる貯水池となっている。この運動を正確に述べるのは、難しい。というのは、この運動は統一的組織をもたず、拘束的教義もなく、世界観の共通性も僅かしかないからである。この運動を結び付けているのは、ある種の強い帰属感情である。したがって、ニュー・エイジ運動とは、「合理的に伝達されて、広い範囲に影響を及ぼす拘束力よりも、並列している諸傾向の感情的結合を強調する、新しいタイプの社会《運動》である。」(Pilger/Rink)
こうした諸傾向には、神秘主義、秘教、オカルティズム、現代の西欧自然科学、すなわち心理学(とくにW・ライヒとC・Gユングのそれ)の諸要素、心理療法のさまざまな流れ、ある種の再生思想という西洋宗教の概念装置、それに前キリスト教、あるいは非キリスト教の種族宗教もしくは自然宗教のインパクトがある。とくに、後者には「シャマニズム」「新魔女(ノイエ・ㇸクセン)」、それにケルトとゲルマンの「叡智の教え」がある。(略) この運動は、現代社会が生存の危機に陥り、破滅の淵に瀕している、という意識をもち、調和に満ちた、新しくより高度な時代――ニュー・エイジの名称も、ここに由来するのだが――の到来に備えて、「転換期」に生きる思想に革新する。
この「転換期」は占星術的解釈を取り入れた天文学のモデルによって説明されている。「地軸が徐々に回転することによって、天の赤道と黄道の交点は黄道の獣帯(黄道十二宮)上を逆向きに移動してゆく。」今日、この交点は黄道十二宮の魚座と水瓶座の間にあり、それゆえ新しい時代はニュー・エイジ運動では「水瓶座時代」と呼ばれている。 危機意識から生じた意味喪失感から、多くの人びとは宗教問題に対し関心をもつようになっている。
現代の産業社会の、絶えず増大している現世志向と世俗化傾向は――マックス・ヴェバーはこれを「世界の脱呪術化」と特徴づけた――多くの現代人にはいまや自明の事柄であるし、あるいはまさにこの傾向こそが、現代の体制危機の原因だと考えられている。かといって伝統的な教会に戻ることもできない。教会こそが現代の危機を招来した共犯者である、と時には考えられているのだから。
これに対してニュー・エイジ運動は、「世界の再呪術化」と呼びうるような、そして前近代的で神秘主義的――呪術的世界像の諸要素を復権させるような、一種のパラダイム転換を要求しているのである。さらにニュー・エイジ運動は、現代社会の方向喪失現象に対して、秘教思想の入り混じったさまざまな心理療法の技法によって、「自己の根源と根底」を再発見することを提唱する。こうすることによって、合理的・直線的思考とは異なる、水瓶座時代への移行にふさわしい、全体的・循環的な「新しい意識」も人間のうちに目覚めさせられるのだ、と云う。  
結局のところ、彼らは、支配的な科学にある自然科学の一面的な合理的見方に代わって、現代自然科学の成果と宗教的・神秘的内容を混ぜ合わせることによって、「全体的世界観」を生み出そうと望んでいる。この点で、とくにエコロジーの傾向が重視されている。ニュー・エイジ運動の歴史的基盤と資源は神智学である。神智学はすでに一世紀以上も前に、当時の人びとのオカルティズムや仏教・ヒンドゥー教の宗教の装置と、当時流行していた自然科学理論、とくにダーウィン主義・ヘッケルの一元論を、ニュー・エイジと似たようなやり方で綜合していた。神智学とニュー・エイジの親近性は、たんに世界像と個々の思想が似ている点だけでなく、ニュー・エイジの主導的支配者らが、かつて神智学運動に加わっていたし、現在も参加している、ということでも示されている。(『現代社会のカルト運動』(S. フォン・シュヌーアバイン著/恒星社厚生閣P2~4)

  かなり長文の引用でしかも、翻訳がこなれていないので、筆者なりにポイントを整理してみた。ニューエイジ思想とは――

  1. 現代の危機からの霊的脱出の手段。調和に満ちた、新しくより高度な時代(ニュー・エイジ)の到来に備える。
  2. 伝統的宗教(キリスト教)、イデオロギー(マルクス主義)に絶望し、それらにかわるものを期待する。
  3. 現代社会の諸思想を「転換期」に生きる思想に革新する。 
  4. 「転換期」は占星術的解釈を取り入れた天文学のモデルに基づく。 
  5. 地軸が徐々に回転することによって、天の赤道と黄道の交点は黄道の獣帯(黄道十二宮)上を逆向きに移動してゆく。今日、この交点は黄道十二宮の魚 座と水瓶座の間にあり、それゆえ新しい時代はニュー・エイジ運動では「水瓶座時代」と呼ばれる。
  6. 「世界の再呪術化」。前近代的で神秘主義的――呪術的世界像の諸要素を復権させるような、一種のパラダイム転換を要求する。 
  7. 神秘主義、秘教、オカルティズム、現代の西欧自然科学、すなわち心理学(とくにW・ライヒとC・Gユングのそれ)の諸要素、心理療法のさまざまな流れ、ある種の再生思想という西洋宗教の概念装置、それに前キリスト教、あるいは非キリスト教の種族宗教もしくは自然宗教(「シャマニズム」「新魔女(ノイエ・ㇸクセン)」、ケルトとゲルマンの「叡智の教え」)を援用する。 
  8. 組織、綱領、聖典等をもたない自由で非拘束的な運動である。 
  9. 自己の根源と根柢の再発見を提唱する。 
  10. 秘教思想の入り混じったさまざまな心理療法の技法、現代自然科学の成果と宗教的・神秘的内容を混ぜ合わせることによって、「全体的世界観」を生み出そうとする。とくにエコロジーの傾向を重視する。 
  11. その歴史的基盤と資源は19世紀後半に成立した神智学である。 
  12. 神智学は〈オカルティズム、仏教・ヒンドゥー教〉といった非科学と〈ダーウィン主義・ヘッケルの一元論自然科学理論〉といった科学を総合した「学」である。
  13.  神智学とニュー・エイジは強い親近性が認められる。両者の世界像と個々の思想は近似。さらに、ニュー・エイジの主導的支配者らが、かつて神智学運動に加わっていたし、現在も参加している。

 S・フォン・シュヌーアバイン によるニューエイジ思想の定義からすると、稲盛の中村天風への思い入れの表現はニューエイジ思想とはニュアンスが異なるように思われる。とりわけ、ニューエイジ思想が世界を席巻した1960、1970年代にかけて登場したヒッピーの思想と行動との違和である。ヒッピーは思想的にも実践的にも、反管理社会を目指した。その根底にあるのは〈自由〉であった。
 ニューエイジ思想は混交的思想であるから何でもあり、といえばそれまでだが、その根本は精神革命にある。既存の普遍宗教及びマルクス主義が世界人類の幸福になんら寄与できなかったのだから、その代替として、アジアや北米の先住民の民族宗教、欧州における前キリスト教宗教、その他神秘思想をもちだしたのである。そして、自己の根源の再発見を目指し、現代を「転換期」ととらえ、新時代(まさにニューエイジ)の到来を夢想する。稲盛のそれには、保守的で全体主義的な集産主義の匂いを感じる。
 稲盛は生前、彼が経営する会社をニューエイジ的企業風土に「転換」する気配すら見せなかった。経営と思想は別物だから同じ方向に向かうことは不可能だと言えばそれまでだが、稲盛が目指したのは精神世界的言辞で偽装した「経営哲学」を振りかざし、従業者や支持者をマインドコントロールし、労務管理を無視して長時間労働を強いることであった。自由の圧殺である。マインドコントロールされた者は会社に対して、組合を結成し、ストライキ等で異議を唱えたり、自己主張することがない。 

新自由主義と相いいれない稲盛式経営術 

 1990年代の京セラのような企業がこれから先、存続するのだろうか。稲盛がつくりあげた企業は京セラ、現在のKDDIが代表的であるが、これらの会社がいまだ、イナモリイズムで経営されているかどうかはわからない。筆者は、稲盛式経営術が自己責任に立脚した新自由主義下の企業経営に適応しないと考える。
 スラヴォイ・ジジェクはその著『ポストモダンの共産主義』において、次のように書いている。 

資本主義の新たな精神は、こうした1968年の平等主義かつ反ヒエラルキー的な文言を昂然と復活させ、法人資本主義と〈現実に存在する社会主義〉の両者に共通する抑圧的な社会組織というものに対して、勝利をおさめるリバタリアンの反乱として出現した。この新たな自由至上主義精神の典型例は、マイクロソフト社のビル・ゲイツやベン&ジュリー・アイスクリームの創業者たちといった、くだけた服装の「クール」な資本家に見ることができる。(P99) 

 〈クールな資本家〉といえば、GAFAMの5人、ラリー・ペイジ(グーグル創業者)、ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)、 マーク・ザッカーバーグ ( フェイスブック/現メタCEO)、スティーブ・ジョブズ (アップル創業者)、そしてジジエクが挙げたビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)が代表的存在だろう。最近では、イーロン・マスク(テスラCEO)、ジャック・ドーシー(スクエアCEO)を加えてもいい。ジーンズにTシャツというカジュアルな服装で、得意げに新商品発表のプレゼンテーションを行う彼らのスタイルは〈自由〉を象徴する。資本主義の新たな精神すなわち新自由主義下の経営者はこうしたタイプに変わっている。
 ジジエクの新自由主義に対する見方のポイントは、それが「1968年革命」を経た結果、生成された経済システムであるということにある。その根底にあるのは、繰り返しになるが〈自由〉であり、経営哲学もまた「リバータリアニズム」である。日本企業でもそうした傾向が続くと筆者は考える。
 加えて、日本でも法令順守の意識が社会に浸透し、ブラック企業に対する批判が強まってきた。なによりも、悪条件で働く者が「社畜」という自嘲の言い回しを獲得し、社畜の地位にとどまることを拒否する機運が高まりつつあることが注目される。
 斉藤は京セラグループの役員を経験した関係者への取材から、こんな発言を引き出している。《家庭を顧みるようでは管理職失格、という空気ですから、幹部には家庭崩壊に追い込まれる者が多い。過労死も珍しくないんです。94年にはK常務がクモ膜下出血で亡くなりました(前掲書①P150)》。当時の京セラはいま風に言えばブラック企業そのものだった。そこで働く従業者は社畜そのものであった。ただ、幹部も従業者も、稲盛の呪力(マインドコントロール)によって、気がつかなかったのかもしれない。そんな経営術が今日、生き延びることは難しいし、生き延びてはいけない。とはいえ、稲盛式経営術が日本社会から消滅することはないだろう。法令順守を重んずる大企業からは放逐されるだろうが、日本社会のどこかに静かに棲息し続けるに違いない。

おわりに 

 稲盛和夫が亡くなった日、 筆者のFacebookの 友人がこんな投稿をしていた。

《その企業家(稲盛和夫のこと)を支えたと、ワコールの塚本会長に言わせたのが、朝子夫人だ。
稲盛氏の生涯は昭和・平成史、そのものだが、夫人の一家のFamily Historyは、東アジア近代史といえるかもしれない。
夫人の父は韓国名、禹長春博士。日本での研究に限界を感じ、当時の李承晩大統領に請われ、日本語しか話せないのにも関わらず、ひとり渡韓し、韓国農業の近代化に尽くしたひと。父は国賊と言われたが、彼は近代韓国農業の父と言われる。
そして
その国賊と言われた(禹長春の)父が禹範善、韓国の近代化を求め、その結果閔妃暗殺事件に関わることになり、日本亡命、そして呉で閔妃の旧臣に暗殺された人物となる。なお、暗殺事件の際、漢城の日本領事館の窓口となり、暗殺事件に関わった書記官の子息が堀口大學である。》 

 

 禹長春博士の伝記から、と友人はメンションしていたが出典が書いていない。禹長春の伝記巻末の協力者に稲盛和夫の名前があり、不思議に思って調べたという。
 稲盛と並んで京都財界の双璧をなしたワコールの塚本が「稲盛をささえた」というが、夫人がどのようにささえたのか、具体的な内容が書いていない。稲盛のカルト経営術と朝子夫人の家系との関係性は不明だが、夫人のひととなり・思想が知りたくなった。夫婦なんだから、影響が何もなかったとは言えまい。
 稲盛和夫は不思議な人物である、そして謎を残したまま、この世を去った。合掌

                  

〔注1〕 クンダリニー;ヒンドゥーの伝統において、人体内に存在するとされる根源的な生命エネルギーを意味する言葉。宇宙に遍満する根源的エネルギーとされるプラーナの、人体内における名称であり、シャクティとも呼ばれる。クンダリニー・ヨーガでは、グンダリニーを覚醒することにより、神秘体験をもたらし、完全に覚醒すると解脱に至ることができるとされる。

〔注2〕 根幹人種論;以下、前掲書②より引用。
第一根幹人種;地球における最初の人類、すなわちは、北極周辺に存在する「不滅の聖地」に出現した。しかしその場所は、不可視の非物質的領域であり、そこに現れた人間も、天使によって与えられた「アトラス体(星気体)」という霊的身体をもつにすぎなかった。不滅の聖地は、地球における人類発祥の地であると同時に、人類が第七根幹人種にまで進化した際に再び回帰する場所とされる。以下、その名称(及び出現した場所)等を記す。

第二根幹人種;ハイパーポーリア人。現在のグリーンランド近辺にあったとされる「ハイパーポーリア大陸」と呼ばれる極北の地に誕生。「エーテル体(生気体)」という霊体を有し、分裂によって増殖する性質を備える。大規模地殻変動が起こって厳寒の冥府となり、第二根幹人種は滅亡。

第三根幹人種;レムリア人。「レムリア大陸」に誕生。第二根幹人種の一部から、進化した者。彼らは当初、卵から生まれ、両性具有の存在であったが、やがて男性と女性に分化し、生殖行為と胎生によって子孫を増やすようになった。人類として初めて、物質的身体を有するようになった。惑星霊に属する「光と知恵の子」と呼ばれる者たちは、第三根幹人種の身体を好ましく思い、そのなかに降下した。こうして地球に、高度な霊性の種子を有する人間たちが現れることになった。彼らは、後の「大師(マスター)」の原型となる。しかしこの段階において、人類がある程度の知性と自由を獲得したことは、悪への転落を生じさせる契機ともなった。大師の原型が生み出される一方、「炎と暗い知恵の主」と呼ばれる者たちも人間のなかに降下し、彼らはルシファーを始めとする「悪魔」の原型となった。火山の爆発によりレムリア大陸は海中に没した。

第四根幹人種;アトランティス人。プラトンが論じた伝説の地「アトランティス」で発展を遂げた。高度な文明を築いたものの、第三根幹人種において発生した善と悪の対立が継続反復され、第四根幹人種は「光の子」と「闇の子(=巨人族)」に分化。アトランティスは大洪水によって沈没し巨人も滅びた。

第五根幹人種;アーリア人。アトランティス王国を統治していた聖人たちは洪水を逃れてヒマラヤやエジプトなどの各地に離散し、「大師」として人々を導くことによって、新たな文明を築いていった。その営みから誕生したのがアーリア人である。SDではアーリア人が現在の世界の支配種族として位置づけられている。

第六根幹人種;バーターラ人。アーリア人の文明は、(SDが書かれた当時は)世界各地に点在しているが、今後はアメリカ大陸が中心地となり、将来的にはその場所で第六根幹人種が誕生する。新しい人種の子供たちは、出現の当初は精神的・肉体的な奇形児と見なされるが、徐々にその数を増加させてゆき、やがては人類の多数派を占めるようになる。しかしその頃には火山の爆発や津波が頻発し、最終的にはアメリカ大陸も沈没する。現在の第六根幹人種は、こうして死滅するに至る。

第七根幹人種;バーターラ人は海洋から新たに浮上する大陸でさらなる進化を遂げ、物質的身体の束縛から急速に離脱してゆく。彼らのなかから第七根幹人種が生み出されるが、そのとき人類における物質的周期は終了し、完全な霊性の段階に移行することになる。地球における人類の進化の歴史は、こうして終焉を迎える。神人として不滅の聖地に回帰する。

〔注3〕 スケッチ・ブック;原題/英題(The Sketch Book of Geoffrey Crayon, Gent.)は、アメリカ人作家アーヴィングがジェフリー・クレヨン (Geoffrey Crayon) という筆名で発表したイギリス見聞記を中心にしたスケッチ風物語集。34篇からなる短編小説と随筆を含む短編小説・随筆集である。全34篇のうち「リップ・ヴァン・ウィンクル」と「スリーピー・ホロウの伝説」は最初の近代的短編小説として世界に広く知られている。 

2022年9月9日金曜日

夜の根津・観音通り

最近、このあたりも閑散としている。




 

2022年9月2日金曜日

旧統一教会問題を考える〔緊急投稿〕

旧統一教会と選挙 

 予告を変更して、旧統一教会に関する補論を急遽、書くことにした。そのきっかけとなったのが、お読みになった方も多いと思われるが、『東京新聞 論壇時評(2022/08/29夕刊)』に掲載された中島岳志の『旧統一教会と自民党/ 固定票と「悪魔の取引」』という小論である。同小論は、両者の関係に対する簡潔にして的確な批判となっているが、納得しかねる部分もある。以下、中島の時評の要約およびそれに対する筆者の批判を展開する。 なお予告した「洗脳」は後日、まとまり次第、掲載する。

〔一〕中島の時評の要約 

 安倍政権を支持する固定票とは、▽日本会議、神道政治連盟等に代表される戦前回帰勢力票、▽後援会、町内会等の草の根保守層票、▽自公政権下、権益を享受する経済等諸団体構成員票、そして、▽旧統一教会信者票である。なお、公明党との共闘による創価学会員票は、自公連立政権維持のための間接的基盤として寄与している。

安倍政権が仕組んだ「固定票、低投票率」選挙 

 中島は鈴木エイト〔著〕の(『日本を壊した安倍政権』/扶桑社)を援用しつつ、第二次安倍政権において旧統一教会と自民党の関係が深められたことを、また、中北浩爾〔著〕の(『自民党-「一強」の実像』/中公新書)を援用しつつ、安倍政権がかつての小泉政権による無党派層重視の選挙戦術から、固定票を積み上げる戦術に転換したことを明らかにしている。
 安倍政権は争点を明確にした選挙を行わなかった。総選挙の場合には〝なんとなく解散″を続けた。小泉政権が衝撃的ワンイッシュー「郵政解散」で大勝した選挙戦スタイルと際立った対比を見せてきた。その結果、安倍政権における国政選挙はきまって低投票率であり、投票率が低いぶん、固定票で上回る与党が勝つというパターンを繰り返してきた。そしてこのパターンは、現政権(岸田)にも引き継がれようとしている。
 安倍政権下の選挙における旧統一教会と自民党との関係は、旧統一教会の組織票依存だけにとどまらず、選挙運動を支える人員などを旧統一教会が無償で提供することで、より深まっていった。安倍政権下、それまで長年にわたり文科省が申請を拒んできた旧統一教会の宗教法人名の変更を自民党幹部議員である下村博文(文科大臣)のもと、一転して許可した。このような相互関係を前出の鈴木エイトが「悪魔の取引」と表現したことが本文中に紹介され、この小論のサブタイトルに付されている。 

旧統一教会票が参院選比例代表選挙でプレゼンスを発揮 

 安部政権下の参院選においても、与党がマニュフェストを明示せず選挙を戦ってきたことは、総選挙と変わらないが、それだけにとどまらない。中島は、三春充希〔著〕の『武器としての世論調査/ちくま新書』を援用し、参議院選挙における旧統一教会の介入戦略を紹介している。重要な個所なので、全文を書き抜く。 

三春は、旧統一教会の有権者を8万3千人程度と推計する。参議員の比例代表選挙で1議席を獲得するためには百万票程度が必要となる。しかし、獲得議席がどの候補者のものとなるかは、個人名が記された票の数によって決まる。「自民党の場合、その際に必要となる票は12万票程度であるため、旧統一教会の票を誰に乗せるかは、自民党の各派閥の中でどのように議席が分配されるかということに関わってくる」。つまり、旧統一教会のプレゼンス(存在)を最大化することができるのが、参議院比例代表選挙の「非拘束式名簿」なのだ。旧統一教会はこの方法を通じて、実質的な教団の組織内議員を与党の中に送り込み、政治的影響力を行使してきたと見られる。

〔二〕中島の時評を批判する 

 中島は、《旧統一教会と自民党の蜜月を生み出した背景には、低投票率と選挙制度のあり方がある。有権者もまた、この問題にかかわってきた当事者であることを、自覚しなければならない。》と結んだ。筆者は中島のこの結びに納得することができない。 

マスメディアが政権監視を怠った罪 

 直近の岸田政権下の参院選において、同政権は原発再稼働、原発新増設について、投票日前に発表しなかった。選挙民からすれば、かくも重大な政策転換は、選挙前に政権(与党)が公表すべきだと考えて当然である。なぜこのような詐欺まがいの政権運営が平然となされるのかといえば、マスメディアが選挙前、各政党が掲げる政策を国民に伝えていないからである。政権放送があるからそれでいいというのであれば、マスメディアの用をなさない。政権与党が政策を公表しなかったから、報道できなかったという言い訳はひとまず通用するかもしれない。がしかし、マスメディアは、政権与党が選挙前に重大な政策転換を公表しなかったことを選挙後に厳しく追求する責務があるはずだが、それもしない。
 岸田政権も安倍政権が遂行してきた、選挙を盛り上げずに固定票(組織戦)で勝ち抜く選挙戦術を受け継いでいる。自公政権の欺瞞的選挙(戦)が長期間にわたり許されてきた、あるいはこの先も続きそうな主因は、マスメディアが政権与党と癒着しているからにほかならない。安倍政権時代、政府自民党は政治焦点をぼかしたまま解散・総選挙を行いながら、マスメディアはそのことを批判せず、黙認し続けてきた。岸田政権でもその状況は変わりそうもない。安倍政権が低投票率と現行の参院選挙の制度的欠陥を使って長期政権を維持できたのは、有権者の無自覚・無関心もあるかもしれないが、マスメディアが政権監視を怠ってきたからである。前者よりも後者のほうがはるかに罪が重い。

自民の低投票率・固定票選挙戦術に無抵抗な左派(野党)

 安倍政権下の低投票・固定票選挙を許容してきたもう一つが左派野党(立憲・国民・社民・れいわ)の無為無策である。とりわけ、旧民主党の流れをくむ立憲と国民の責任は重い。安倍政権が戦前回帰勢力、創価学会・旧統一教会等宗教団体、経済団体等の固定票を固めて低投票選挙へと転換したことを見抜けず、あいかわらず、民主党が政権奪取した2009年の総選挙勝利の成功体験にしがみついてきた。民主党政権が短命に終わった原因を彼らがどのように検証したかしらないが、自民党は2009年の敗北を彼らなりに総括し、手を打った。その一つが固定票(組織票)固めである。固定票固めに目途がついたところで、いかに低投票率の選挙に持ち込むかを思案したに違いない。その結果、選挙前にはマニュフェストを公表しないこと、マスメディアを抑え込み、無党派層を眠らせておくことであった。そして、固定票を固めるためなら、前出の通り、「悪魔」とも手を握ったのである。 

無策 旧民主党の罪 

 自民から民主、民主から自民という政権交代時、自民党の総括はともかくとして、政権を奪われた民主党は無為無策であった。確実な固定票であるはずの連合を右派(旧同盟)に切り崩されたまま放置した。無党派層だけれども、自公政権に抵抗する意識をもった市民団体などに対する働きかけも放棄した。民主党が放棄した市民運動が既成政党の援助を受けず、独力で自公勢力を撃破した事例が、先の杉並区長選における岸本聡子の当選であった。
 同党地方支部組織、地域支援組織の強化・拡大に汗をかこうとする党員は皆無であったのではないか。そもそも党員がいないに等しいのではないか。民主党支持の岩盤層とは、55年体制下に「革新」意識を醸成した、化石のよう高齢者層だけとなった。しかも、民主党は彼らをも裏切るような分裂を繰り返した。そしていま、立憲と国民に分裂し、後者はかつての革新の衣装を脱ぎ捨て、前者も泉党代表の下、後者と差別化できない様相を呈してきている。
 実態上、野党第二党である共産も、頭打ち状態である。党員数の拡大もなされず、『赤旗』購読者(シンパ)数も増えない。日本共産党については後述する。


  連合と旧統一教会の接点は「反共主義」 

 労働者の組織であるはずの連合も、芳野友子(1966~)会長の下、右傾化がはなはだしい。芳野の反共主義のルーツといわれる、芳野が学んだ、富士政治大学校に注目したい。

芳野連合会長が学んだ富士政治大学校と旧統一教会 
 富士政治大学校(1969年設立)は、日本の私塾・養成学校、民社・同盟系の研修機関である。 創立者は民社党第2代委員長西村栄一。西村は「1970年代の政界の激動に備えるためには、なんとしても若い活動家層を育成しておかねばならない」との理念から創立に取り組み、1969年8月、西村が集めた基金を中心にして財団法人富士社会教育センターが設立された。同年10月、労働組合員向けの研修機関として富士政治大学校が開設された。民社党初代委員長で当時常任顧問西尾末広が最高顧問に就任した。神奈川県座間市議会議員の松橋淳郎によれば、「一説によると、同学校は、昭和40年代共産主義やファシズムに対して、アメリカ中央情報局(CIA)の支援を受けて創立したとも言われている」という(Wikipediaより引用)。そもそも、民社党自体がCIAの資金で結党されたともいわれている。 

富士政治大学校の運営母体の第二代理事長・松下正寿は旧統一教会擁護者 
 同校が旧統一教会と関係が深いことが今日、報道されるようになった。両者を結びつけるキーマンが、前出の富士社会教育センターの第二代理事長及び市民大学講座学長(1969年)を務めた松下正寿(1901~ 1986)である。松下と旧統一教会の関係については、以下の通り。 松下は――

  • 1969年、旧統一教会関連の市民大学講座学長に就任 
  • 参議院議員時代の1973年、世界基督教統一神霊協会教祖の文鮮明に助言を求めるため面会。以来、旧統一教会の思想や運動に深く関わりを持つようになり、元筑波大学学長の福田信之と共に、旧統一教会に重用された。 
  • 1974年、旧統一教会が中心になって設立された世界平和教授アカデミーの会長に就任。
  • 1975年、世界日報論説委員に就任。 
  • 1979年6月、世界日報社から、監訳を務めたフレデリック・ソンターク著『文鮮明と旧統一教会 その人と運動をさぐる』を刊行。同年7月、ソウル・ロッテホテルにおける国際学術会議で韓国語によるスピーチを行った。
  • 1983年5月、日韓トンネル研究会が設立。松下は設立総会で呼びかけ人代表として挨拶を述べた。1985年には「国際ハイウェイ・日韓トンネルの構想は国際文化財団の創設者である文鮮明先生のものである。我々は先ずこの素晴らしい構想に対して感謝しよう」と書き記した。 
  • 1984年、文鮮明の人物像や理念を紹介した『文鮮明 人と思想』を上梓。 
  • 1987年1月16日に旧統一教会本部において正寿の昇華追悼式が挙行された。 (Wikipediaより引用) 

『ドキュメント異端』 

 学者である松下が旧統一教会に取り込まれ、教団の学界等への浸透に利用されていったか、あるいは進んで浸透に貢献しようとしたかは別として、その実態が以下の報道により明らかである。 

 元立教大学総長で安倍晋三の祖父・岸信介氏の特使や民社党の参議院議員も務めた松下正寿氏のインタビューでは、統一協会による浸透工作がキリスト教界・学術/教育界にどのように及んでいたかを明らかにした。そのなかに統一協会の関連組織である学術団体「世界平和教授アカデミー」が設立された経緯がクリスチャン新聞編の『ドキュメント異端』に書かれている。以下、その引用である。 

世界平和教授アカデミーという組織がある。公称2000人の学者を会員に擁し、毎年、「世界平和国際会議」「学際研究会議」を開催、「科学の統一に関する国際会議」に参加者を派遣するほか、研究会やシンポジウムを開き、季刊誌『知識』等を発行している。現在、米国、英国、西独、韓国に同様の学会があるという。
この学術団体、実は旧統一教会と深い関係があるのだ。その最大の財源である国際文化財団は文鮮明が創立したもので旧統一教会の資金によって運営されており、久保木修巳旧統一教会会長が日本での会長を兼務している。東京麹町にある事務局の職員12人は、松下正寿同アカデミー会長(元立教大学総長)の話によれば、全員が旧統一教会員。事務局でも「全員ではないがだいたいそう」だという。このアカデミー創立の経緯を見ると、1970年代初頭、文鮮明の提唱によって「日韓教授親善セミナー」及び「科学の統一に関する国際会議」が開始されたことに端を発する。それが発展して組織化され、1974年、134人の学者が発起人となって正式に世界平和教授アカデミーとして発足したのである。
旧統一教会と密接な関連を持つ世界平和教授アカデミーの会長で、同じく市民大学講座学長でもある松下正寿氏は、元立教大学総長、祖父の代からの聖公会の会員である。現在(1981年当時)民社党顧問であり、1968年から一期、自民、民社推薦で参議院議員を務めたこともある。熱心な反共主義者で、旧統一教会の積極的な擁護者としても知られ、旧統一教会のしおり(入会案内)には「旧統一教会こそ、世界の進みつつある破滅から人類を救う、唯一の存在であると信じている」と、熱い推薦文を寄せている。(web『ゆるねとにゅーす』) 

 芳野が富士政治大学校において松下正寿の教えを受けたわけではない。松下が旧統一教会と密接な関係をもって活動していたのは半世紀前のことである。とはいえ、芳野の共産党アレルギー、同党排除の姿勢は国際勝共連合を政治部門に擁した旧統一教会の影響を受けた富士政治大学校で学んだ経験からくるものだと推測できる。 

れいわ新選組の現状と課題 

 れいわがこの先、どのような組織づくりを目指すのか見えないのだが、結党(2019)3年では現状が精いっぱいであろう。れいわについての懸念は、山本太郎の個人商店のままで、彼が選挙に出る以外に票を獲得する方策がうかがえないことである。 

山本太郎の政治(選挙)活動を振り返る

  • 2012年12月1日、第46回衆議院議員総選挙への出馬と政治団体「新党 今はひとり」の立ち上げを表明。東京8区から無所属(日本未来の党・社会民主党支持)で立候補。主に反原発、反TPP等を訴え、71,028票を獲得するも次点で落選。 
  • 2013年7月21日の第23回参議院議員通常選挙では東京都選挙区から無所属で立候補、666,684票を獲得し4位で初当選 
  • 2014年3月19日、脱原発勢力を結集させる国政政党を作ることを目的に「新党ひとりひとり」へ名称変更。 
  • 2014年、政党要件を失っていた生活の党に入党し、政党要件を回復させるとともに、党名を「生活の党と山本太郎となかまたち」に改めさせた。 
  • 2019年4月10日、夏の参議院議員選挙に向けて同月下旬に自由党を離党する一方、新たに政治団体「れいわ新選組」を設立。 
  • 2019年7月、第25回参議院議員通常選挙に比例区より立候補、比例区の全候補者で最多となる991,756票 の個人名票を得るも落選(山本以外の候補者2人が「特定枠」で優先して当選したため)。「れいわ新選組」の得票率が4.6%であったことから、政党要件を満たし、「れいわ新選組」の党代表となる。 

山本の街頭演説の動画がSNSで大量にリツイートされる など、SNS上での選挙戦略も含めその勢い は「社会現象化」し、「れいわフィーバー」、「れいわ旋風」 などとメディアで評され、選挙後には、自身は議席を失ったものの「れいわ新選組」は”躍進”と複数の記事で報じられ、複数の野党から連携を持ちかけられるなど、注目される存在となった。 

  • 2020年7月5日執行の東京都知事選に立候補するも落選(得票数は657,277票、得票率10.7%) 
  • 2021年9月、衆院議員選比例東京ブロックからの立候補を表明、投開票の結果、れいわ新選組が比例東京ブロックで1議席を獲得したため、衆議院議員に初当選(※れいわ新選組の獲得票数3,605,925票) 
  • 2022年4月15日、衆議院議員を辞職 
  • 2022年7月 参議院議員選挙に東京選挙区よりれいわ新選組公認で出馬、565,925票(9.0%)を得て当選 

山本太郎は賞味期限切れか 

 山本太郎の得票数推移を東京選挙区というが同一条件で比較してみる。2013年参院選無所属で当選した666,684票(当選)をピークとし、2020年都知事選(落選)で657,277票で約1万弱の減、2022参院選東京選挙区で565,925票(当選)で1万票弱の減、2013年選挙からは10万票近くの減となっている。
 その山本太郎であるが、2022年参院選に出馬するため、2021年に当選した衆議院議員の職を辞した。れいわ新選組からしてみれば、山本が現職でなく応援にまわっただけの選挙では勝てないという算段であろう。山本太郎が当選するか落選するかの緊張感を伴った選挙でなければ、党が埋没するという判断が働いたとみていい。山本太郎が自分の選挙区と仲間の選挙区をまわることで有権者に党の存在を喚起させ、そのうえで、当落の緊張感をバックに、選挙戦を盛り上げていくという手法である。
 歴史が浅く人材・資金も乏しい小党としてはほかに選択肢がないのであるが、この手法にも陰りが見えてきた。山本太郎自身の獲得票数の減少傾向である。れいわの山本頼りの手法が賞味期限切れに近づいてきたということを意味しないだろうか。山本が選挙に出なければ選挙に勝てない、という現実が近づいてきていると同時に、山本自身の選挙も安定的ではなくなってきたように見える。かりに、いま、国葬反対をもって解散総選挙になったとしたならば、れいわは、山本抜きで総選挙を戦わなければならなくなる。そのとき、再び、山本が参議院議員を辞して総選挙に出馬するという選択はもうできまい。禁じ手だったのだ。そんなことを繰り返せば、れいわという政党はどのような政治を目指すのかがますます、見えなくなる。選挙のたびに山本が出馬するという悲喜劇を繰り返せば、有権者の反発は免れまい。山本抜きのれいわ新選組が、解散・総選挙に向けて、どれだけの立候補者をラインアップできるのか、そして、山本太郎不在の選挙を戦えるのか。 

おわりに 

 筆者は当該Blog等においてしばしば、固定票(組織票)選挙に対する野党側の無策を指摘してきた。野党、とりわけ旧民主党は組織づくりを放棄し、政権奪取を諦めたような選挙を繰り返してきた。政権を奪い返そうと自民党が「悪魔」と手を結び、政権党であり続けようとしてきたおよそ10年間、旧民主党、共産党はなにもしなかった。彼らがしてきたのはせいぜい、55年体制の残りカスを頼りに、限られた幹部の当選に尽力してきたにすぎない。
 一方、旧統一教会の影響を受けた反共塾、富士政治大学校は芳野というゴリゴリの反共主義者を育て上げ、労働者団体のトップに押し上げた。同大学校で「反共主義」を叩きこまれた芳野は、野党共闘粉砕の盟主として、その仕事をいま、やりとげている。
 「反共」のターゲットとされてきたエセ共産党、日本共産党に期待するものはなにもない。党内エリートが年功で指導者双六で上がっていく官僚主義政党は、この世から消えてほしい。旧民主党左派のはずだった立憲民主党はいずれ、国民民主党とともに与党化し政治戦線から消えるだろう。残るは、れいわ新選組だけなのである。旧統一教会問題を契機として、れいわ新選組が一日も早く、地域、労働の現場、市民運動の現場へと党勢を拡大する方向に舵を切ることを願ってやまない。(この項終わり) 

2022年8月26日金曜日

旧統一教会問題を考える〔第一部〕

 世界平和統一家庭連合 (旧統一教会及びその政治団体である国際勝共連合等関連団体。以下「旧統一教会」という。)に関する報道が連日、メディアを賑わせている。多くの日本人は、日本人信者の多額の献金等が韓国の教団本部に還流することにより、教祖一族が私腹を肥やしていることをーーまた、彼らの政治活動に使われることを知り、素朴なナショナリズムを刺激され、大いに義憤を感じていると思われる。韓国がアダムで日本がイブという旧統一教会の教義に基づく日本(人)蔑視、とりわけ、合同結婚式で日本人女性がかの国で下流といわれる男性と結婚させられ、傷ついて帰国したなどという報道に接すると、義憤のボルテージはさらに高まって、〝旧統一教会憎し″の感情が日本中に充満しつつある。

 筆者はいまだ、旧統一教会問題の全体像を見通せる地点に到達していない。マスメディア(東京新聞「こちら特報部」など)及びインターネットに掲載されている関連記事などを参考として読みつつ、その全体像に迫ろうと情報収集を続けている。
 そんな中、筆者なりの視点として、①日本人の宗教観、②洗脳ーーという二本を柱として、なにかまとまりそうな段階にたどりついた。拙稿は論考途上のものであって、その後の状況次第では変更もありうる。よって、断片的メモとして読みとばしていただけれと思う次第である。

〔第一部〕旧統一教会と日本人の宗教観

 日本の旧統一教会信者はなぜ、教団が提供する壺、絵画、印鑑等を法外の価格で購入してしまうのか。あるいは、多額の献金をするのか、その理由を求めるための前提を整理する。 

旧統一教会はなぜ、日本(人)を集金ターゲットに定めたのか 

 旧統一教会はその勢力を世界に広げているが、彼らが回収する献金額は日本からがダントツでトップであるということ、換言すれば、日本以外の地域 (その本貫地である韓国を含めて)においては、信者を獲得することはできても、カネは獲得できていないと報道されている。日本人が元来ナイーブ(うぶ)な国民(性善説、他人を疑わない善良さ)なので、教団の口車に乗せられやすいのか。
 その一方で、教団の献金獲得ノウハウ(洗脳技術)がCIA~KCIA伝授のものなので、それに日本人信者が抗しきれない、という説もある。だがそれほど彼らの洗脳技術が強力なものならば、世界中の人間を洗脳することができるはずだし、世界中からより多額の献金が集まるはずなのだが、日本以外ではその洗脳技術とやらが効果を発揮していないように見える。日本以外の国では、彼らの洗脳技術が功を奏しない、つまり、日本人が洗脳されやすいファクターXがあるのかどうか。
 いや、教団が洗脳技術を日本以外の地域では意図的に用いない、という推論もあり得る。つまり、教団は日本を戦略的に集金地域と定めた、という推論である。その根拠は、前出のアダム国=韓国、イブ国=日本という旧統一教会の教義に求められる。日本は韓国に貢ぐ使命を帯びているということの立証として、つまり教義の正当性を立証するため、日本を戦略的に集金地域として定め、信者を集金活動に集中させたと言えるかもしれない。日本から多額の献金が集まっている事実をつきつけ、旧統一教会の教義は正しいでしょう、世界中の(日本人信者も含めた)信者に、イブ国の実在を証明してみせた、という見方も成り立つ。 

霊感商法

 一般に、市場におけるモノの値段は決まっていない。買う側がその価値を認めれば、たとえば、女子高生の着古した制服を信じられない価格で買う人もいる。違法ではない。買う側と売る側に合意が成立していれば、価格は統制されない。だから、鑑定価値、市場価値がない壺や印鑑、絵画を何億円で売ろうと買おうと自由である。霊感商法の違法性を証明することはだから、そう簡単ではない。要はそこにどのような説明がなされていたかに係る。
 たとえば、「これを買えばご先祖様の霊が慰められますよ」というくらいのセールストークであれば、それが違法だと証明することは難しい。「先祖の霊」の存在、非存在をだれも確認できない。先祖がそのような感情を抱くかも同様に確認できない。買う側がそれを信じるかぎり、自由な取引になる。似たような事例は無数にある。印刷で複製された一見美しい、無名の外国人作家(その人物が実在していることが前提)の作品 を5万円くらいのお手頃値段で販売している業者はあまた存在する。買う側が気に入ればそれまで。骨董屋にいけば、一見、高名な作家の贋作がおいてある。店主がなにもいわないかぎり、客が気に入れば店頭の価格で売っても問題はない。
 旧統一教会が霊感商法で世間を騒がせたのは1980年代のことであった。以来、対策弁護団の奮闘もあり、2018年6月8日に消費者契約法改正案が成立し、「消費者は事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは当該消費者に重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示してその不安をあおり、当該消費者契約を締結することにより確実にその重大な不利益を回避することができる旨を告げるにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる」(法第4条第3項第6号)ようになった。これは霊感商法が禁止されたわけではなく、霊感商法について消費者は消費者契約を取り消すことができると規定されたにすぎない(取消権の期限は法7条により、追認をすることができる時から1年以内又は該消費者契約の締結の時から5年以内)とされた。(同法施行は2019年6月15日)
 繰り返せば、上記のような状況において、宗教団体等が勧めてきた霊感商品の契約を取り消すことができる、つまり、状況によっては、商品の返品⇔返金が可能となったにとどまる。だから前出のように「これを買えばご先祖様の霊が慰められますよ」というくらいのセールストークが禁止されたわけではない。神社で「破魔矢」が売られているが、その効用が証明されないからといって、販売禁止にいたるわけではない。 

献金と違法集金 

 近年、旧統一教会による霊感商法は減少しているとの報道がある。世間の警戒感が強まったからだろう。教団は路線を変更し、「物販」から「献金」に切り替えたようだ。献金の違法性の立証はさらに難しいのだが、教団の献金の一部が返金された事例もある。
 このケースは、妻が夫に内緒で、旧統一教会に1億円を献金していたとして、夫が妻(正確には裁判を契機として離婚が成立していたので元夫、元妻であるが)を訴えた裁判で、東京地裁は旧統一教会の不法行為を認定し、約3400万円の支払い(夫への返金)を命じたというもの。判決は「被告(旧統一教会)においては、組織的活動として、これまで、信者の財産状態を把握した上で、特に壮婦(献金した妻)の場合、献金によって夫を救い、夫の家系を救うことこそが信者の使命であるとして、夫や他の家族の金を拠出するように指示をし、夫の財産を夫の意思に反して内緒で献金する等の名目で交付させていたと言うことができる」と教団の計画性を認定し、「被告(旧統一教会)においては、専業主婦である妻が行った献金等について、その原資が原告(夫)の財産であり、原告の意思に反して出捐(寄付)されたことを認識していたと認められるから、上記出捐について、組織的な不法行為として原告に対して存在賠償責任を追うべきである」とつけくわえた。
 旧統一教会が献金を強要したわけではないが、①献金者(妻)の家族(夫)の財産状況等を把握していたこと(→計画性)と、②夫に内緒で夫の財産を献金させたこと(→夫の不同意)の二点がポイント。判決は、旧統一教会にたいし、献金されたうちの何割かを夫に返金させたにすぎない。夫が資産家であることを調べ上げて、妻に夫に内緒で献金を仕向けたことが明らかだから、教団が受け取った妻からの献金を夫に(一部)返しなさいよ、と裁判所が命じたものだ。安部を暗殺した男性の母親が全財産を献金してしまったというが、献金を法的には止められない。献金する者が納得のうえならば、金額の上限も下限もない。そこでこの問題の原点ともいえる洗脳の問題が立ちあがるが、そのことについては第二部で詳述する。

日本における、あるプロテスタント教会の実態 

 筆者の知人の一人に東京・下町の教会の牧師さんがいる。彼は国際基督教大学を卒業後、有名な公益法人に就職して、定年近くで退職、牧師の道を選び、現在の教会に赴任した。その教会は日本基督教団に属する。日本基督教団は公会主義、つまり、いかなるキリスト教の教派にも属さないキリスト教無教派の理念、理想を旨とする。日本基督教団は公会主義を継承する唯一の団体でもある。
 プロテスタントの教会の維持はたいへんだが、信者に献金を強要することはない。建物も設備も老朽化しているがそのままだ。もちろん、宗教グッズを売ることもない。信者やその周囲の人からの献金で運営しているが、おそらく持ち出しだろう。サラリーマン時代の貯えと退職金で賄っているのだと思う。本部からの資金援助という話は聞いたことがない。カトリックは金持ちで、余裕があると聞いたことがあるが、それでも信者から財産を奪うような献金をしているという話を聞いたことがない。 

Donation,Charity、利他 

 キリスト教にかぎらず、献金は英語ではcontribution、donationという。それと似た概念にcharity=慈善(行為)がある。charityは、慈愛、思いやり、聖書に説かれたキリスト教的愛、同胞愛、博愛、慈善の心、寛容、寛大さも意味する。たとえば、She donates to her  favorite charity every month.(彼女は気に入った慈善(事業)に毎月献金をする)と使われる。つまり、献金は自分のためではなく、困っている他者に向けた行為であって、祖先の霊を鎮めるためだとか、自分のいまの困難さを取り除くためなどで行うものではない。いまの自分を救済する方法は唯一、神を信じること、祈ることだ。
 教会に献金箱がおいてあるが、日本の神社にある賽銭箱とは異なる。献金箱に入れられたカネは教会を媒介して、貧者等にまわる。もちろん教会の建立、再建、保全のために献金が使われることがあるが、それで献金者が救われることにはならない。教会という公共物(信者=他者が使うための施設であり神の家)を維持するための行為である。キリスト教とて時代とともに変節し、権力者が「聖者」になるために多額の献金をしたり教会や聖堂を寄進するようになった。カトリックの総本山バチカンが、マネーロンダリングとして利用されているという報道もある。しかし、キリスト教の献金の本来のあり方は、利他の精神にある。仏教も利他の精神を基盤とする宗教である。 

賽銭が意味するもの 

 日本土着の原始宗教を母体として発展した神社神道はどうなのか。日本人は新年になると神社に参拝する。子供のころは神社で七五三という通過儀礼を行う。受験等の合格祈願も神社でする。神前の結婚式を挙げる者も多い。観光旅行やまちあるきの途上、通りすがりの神社に参拝することもしばしばである。その際、神社の賽銭箱に小銭を投げいれ、自分と家族の今年一年の健康、幸せを祈る。
 その賽銭であるが、賽銭とは祈願成就のお礼として、神や仏に奉納する金銭のことだった。貨幣経済が発展していなかった近代以前は、金銭ではなく幣帛・米などを供えた。「賽」は「神から福を受けたのに感謝して祭る」の意味。「祭る・祀る」の語義は「飲食物などを供えたりして儀式を行い、神を招き、慰めたり祈願したりする」ことだという。だから神社で賽銭を投げて神に祈るのは、神から恩恵を受けるための前払いの儀式なのだ。本来は、神様のおかげでいいことがありました、ありがとうございました、とお礼の意味で賽銭を投げたのであるが、こんにち、あとさきが逆転し定着してしまった。そのため、祈願成就の「お礼」が標準的であった「賽」が遠のき、「お礼参り」といわれて、特別な儀礼に逆転してしまった。あとさきはともかく、賽銭は利他でなく、「利自」つまり自己を利する願いの代償であることは変わらない。賽銭に投げいれる金額が大きければ、それだけ自己を(神が)利してくれる確率が高まると考えられるようになった。
 旧統一教会はおそらく、日本人特有の祈りと賽銭の関係を理解していたのだろう。日本人にとっての献金=賽銭は、自己の願いとその成就を神に頼み込む日常的な行為(儀式)である。だからこそ、日本人信者は、教団による献金の要請に応じ続け、破綻の泥沼にはまりやすかった。だからといって、日本人信者にたいして、「自己責任」と切り捨てるわけではない。日本人の信仰のあり方を旧統一教会が巧みに付け込んだという仮説を立ててみたい。 

日本人の祖霊信仰と旧統一教会 

 日本では、故人の葬式を終えたのち、初七日・四十九日、一周忌、三回忌、七回忌と法要を重ねる。その後、おおむね三十三回忌を迎えると、「弔い上げ」といって、法要を打ち切る。以降、死者の供養は仏教的要素を離れ、「故人の霊」から「先祖の霊」となる。これを祖霊という。祖霊は、先祖の霊として、家の屋敷内や近くの山などに祀られ、その家を守護し、繁栄をもたらす神として敬われる。先祖の霊は「ホトケ様」「カミ様」「ご先祖様」と呼ばれるようになる。しかし、仏式で死者を弔ってから三十三回忌以降に、祖霊信仰へと変容するわけではない。死後、すでに故人の霊は祖霊として遺族に意識されている。仏式の法事と日本の土着宗教である祖霊信仰は、遺族等の内面で同時並行していると考えられる。
 祖霊信仰のポイント、すなわち、日本人の死後の理想は、死後、先祖の霊となり現世の者から祀られ、敬われたいというところにある。もちろん自分が死んだあと、残してきた家族などに繫栄や安全を齎す使命を帯びているとはいえ、子孫が自分を崇めてくれることに重きがおかれているのであり、死後に係る利他と利自(己)はトレードオフの関係にある。
 故人を見送った側においては、残された側が祖霊に少なからず瑕疵を与えているのであれば、祖霊からの恩恵を受けられないと考える。お盆、正月において現世に降りてくる祖霊を迎え入れ、酒や御馳走で歓待する。祖霊がもてなしに満足し、喜んで帰っていただければ、自分たちに途切れることなく幸いが齎されると考える。このような現世の者と祖霊との関係の儀式化がお盆や正月の家族など小さな単位で行われる宗教行事であり、やや広い関係(共同体)の内部で行われるのが、神社(氏神)における祭礼であり、明治維新以降は、国家神道へと拡大した。いずれも、祖霊から繁栄・安全(時に戦争勝利)を期待するものであることに変わりない。前者では神社の賽銭箱に小銭を投げ入れ、後者では資産家・国家までが神社を保護し、なにがしかの寄進、寄附、献灯等を行っている。

旧統一教会の献金勧誘トーク

 旧統一教会が信者にたいして献金を募るときの勧誘トークは概ねこんなものであろう。

〔事例1〕入信から2年、今度は三男の自殺で精神的に不安定な状態に陥っていたというAさん。それを知った教会の関係者はAさんにこう話したといいます。
 (元信者のAさん)「息子さんの霊が降りてこられて『自分の生命保険のお金を献金してくれ』と言われてましたと。心身ともに弱っていますよね。だから言われる一言一言を信じてしまいました」。
 冷静な判断がつかなかったAさんは言われるがまま、三男の生命保険金から1200万円を献金したといいます。
 (元信者のAさん)「(旧旧統一教会では)お金は俗世界のものと最初からうたっていますので、生きている人間にいろんな災いが起きるということを折に触れて説く」。
 このほかにも、ネックレスや壺などを購入させられ、計3000万円近い金額を旧統一教会に献金したといいます。(ABC/関西ニュース) 

〔事例2〕きっかけは当時小学生だった息子の野球少年団。同じ団に所属する母親に誘われ、風水関係の即売会に出かけたことだった。「あなたの家系には女の人の失敗がある」。店長を名乗る人物にこう指摘され、300万円の「水晶」の購入を促された。「人生の曲がり角。今この時を逃しては駄目」「先祖が地獄で苦しんでいる」。説得を受けること5時間ほど。「もともと家系図とかに興味があった。先祖を助けられるのは私しかいないと思った」。ためらいつつも保険の解約金を充てた。
 その半年ほど後、「世話係」とされる人から「生まれ直すため」などとして380万円の献金を求められた。一度は断ったが、今度は「子孫に災いがかかる」などと畳みかけられた。「何としても自分がやらなきゃ、と思ったんでしょうね」。当時38歳だったことにちなむ380万円の請求を受け入れ、まず100万円を支払った。残額は月10万円ずつ支払い続けた。(岐阜新聞Web) 

 2例を挙げたにすぎないが、〈息子さんの(自殺の)霊が〉〈家系〉〈先祖が地獄で〉〈先祖を助ける〉〈子孫に災いが〉といった語彙に気づく。旧統一教会の霊感商法や献金要請のトークは、日本人固有の祖霊信仰に付け込んだものだと推測できる。 
 なお、日本のその他もろもろの新旧宗教の実態についても調べなければいけないが、今回は前出の日本基督団のみとした。旧統一教会に近い事例としては、明覚寺(本覚寺)グループによる「霊視商法」が名高い。明覚寺には解散命令が出た。

〝騙される者が悪い”は解決策にならない 

 日本人は、生きる者と死んだ者が交流し合うことを通じて、前者は後者がもつ超越的パワーにより、幸福、繁栄、無病息災……が齎されることを願う。そのために、カネ・モノを献上し、後者にたいして、祈願成就のお礼をする。このことを非科学的だと非難することはできない。日本人の信仰が利他ではないから野蛮だと批判することもできない。自然宗教は、自然に抗う人間の営みから紡ぎ出されたものなのだから。また、日本人が啓蒙思想を通過していないから、〈祖霊〉というインチキトークに騙されるのだ、という批判もあり得るかもしれないが、筆者はそのような近代的批判に与したくない。
 旧統一教会の勧誘にのってしまう者は不幸な、あるいは、疎外された者である。そのような者に手を差し伸べられる社会が形成されない限り、霊感商法や詐欺まがいの献金を社会から一掃することは困難だろう。(第一部/完) 

※                  ※

 第二部は『閉ざされた言語空間』(江藤淳)及び『ショック・ドクトリン』(ナオミ・クライン)を検討図書として用い、洗脳について考える。これら二書は国家・国民規模の洗脳の実態を詳述したものである。不可視の、そして、自覚なき洗脳の実態を知るところから、洗脳問題へのアプローチを開始する所存である。

〔追記〕第二部は『洗脳』(その1)(その2)の構成で note に投稿(2022/11/20)


2022年8月23日火曜日

夜のすずらん通り

 コロナ禍、人通りが絶えた。

土曜の夜9時過ぎだというのに。

千駄木

2022年8月15日月曜日

『現代思想入門』

●千葉雅也〔著〕 ●講談社現代文庫 ●900円+税 

 はじめに断っておくと、拙稿は書評のレベルにない。現代思想の初心者である筆者が本書をテキストとして読みながらノートをとったものにすぎない。以下、本書のなかから主に、デリダ、ドゥルーズ、フーコー、ラカン、レヴィナスに係るノートを公開する。

  さて、本書の構成は次のとおりである。
第一章から第三章まで:デリダ、ドゥルーズ、フーコーの解説、第四章:ニーチェ、フロイト、マルクス、第五章:ラカン、ルジャンドル、第六章:「現代思想のつくり方」と題され、ドゥルーズからレヴィナスを介して、ポスト・ポスト構造主義への展開の序章のような内容となり、マラブー、メイヤスらの解説がつく。第七章:ポスト・ポスト構造主義(ハーマン、ラリュエル)の解説。そのあとに「現代思想の読み方」という付録がつき、おわりに「秩序と逸脱」で締めくくられる。
 著者(千葉雅也)がデリダ(1930 - 2004) 、ドゥルーズ(1925 - 1995年) 、フーコー(1926 - 1984)から解説を始めたのは、この3人が現代思想の出発点だと認識するからだろう。そこで提示されたキーワードが脱構築である。脱構築とは、《二項対立のどちらをとるべきか、では捉えられない具体性に向き合うもの(P32》と定義される。また、脱構築とは「二項対立を揺さぶる」こととも別言される。
 脱構築を最初に提唱したのはデリダで、差異は同一性と対立するといい、同一性はものごとの固定的な定義であり、差異は定義に当てはまらないようなズレや変化を重視することとした。著者(千葉雅也)はデリダの態度を〈概念の脱構築〉と、以下、ドゥルーズを〈存在の脱構築〉、フーコーを〈社会の脱構築〉と、それぞれ名づけ解説する。 

(一)デリダ 

差異の哲学 

 《ポスト構造主義=現代思想とは「差異の哲学」である(P35)》。差異とは同一性と対立し、物事を「これはこういうものである」とする固定的定義、すなわち同一性に対して、逆に、必ずしも定義に当てはまらないようなズレや変化を重視する思考である。この思考方法はドゥルーズに引き継がれ深化された。同一性と差異は二項対立であるが、この二項対立において差異を強調し、ひとつの定まった状態ではなく、ズレや変化が大事だというのが現代思想の大方針となる。さらに脱構築について、デリダは、脱構築によって全部を破壊しろと言っているわけではなく、それは「介入」であるという。
 著者(千葉雅也)は、《「仮固定的」な状態とその脱構築が繰り返されていくようなイメージ(P36~37)》として、デリダの世界観を捉えてほしいという。著者(千葉雅也)がいう「仮固定」とは、物事には一定の状態をとるという面もあるが、その一定の状態は絶対ではなく、仮のものだというところから著者(千葉雅也)が名づけた概念である。脱構築は現代思想においてはさらに徹底され、「同一性と差異の二項対立も脱構築する」ことが必要だという。 

 それはつまり、とにかく差異が大事だと言うだけではなく、物事には一定の状態をとるという面もあるということです。ただし、その一定の状態は絶対ではなく、仮のものです。ここで「仮固定的」な同一性と差異のあいだのリズミカルな行き来が現代思想の本当の醍醐味である、ということになるでしょう。(P37) 

(二)ドゥルーズ 

Avs.非Aという二項対立の脱構築 

 ドゥルーズ=存在の脱構築に入る前に「排中律」にふれておこう。通常の認識では、AとBがバラバラに、区別して存在すると捉えられる。Bとは非Aである。アリストテレスの『論理学』では、「選択肢Aと非Aを前にして、Aと非Aが同時にあるという第三の可能性はない」とされ、これを「排中律の法則」という。BとはAではないもの、区別されて存在するというのは対立関係にある。しかし、《ドゥルーズの見方では、ものごとは多方向に超複雑に関係しあっている。その関係性が「リゾーム」と呼ばれるものでした。つまり、Avs.非Aという二項対立を超えて=脱構築して関係し合っているということで、その意味で、リゾーム的に物事を見るのは「存在の脱構築」だと言える(P110)》という。 

(三)フーコーの権力論 

規律訓練=自己監視する心の誕生 

 フーコーの権力論は、①王様がいた時代→②近代→③現代という三段階で考えられている。そして近代化の最も重要な時期を17~18世紀におく。この時代の前は、王の権力行使はみせしめ、拷問(残酷な刑罰)を与えて見世物にしたりして、王の権威を示威するものだった。それゆえ、犯罪や逸脱は権力に見つからなければいい、ということになる。
 それにたいして、前出のとおり、17~18世紀を通して権力のあり方が規律訓練へと移行する。権力というと一般には、支配(能動)と被支配=隷属(受動)という二項対立でとらえられているが、フーコーは支配される側が、受け身ではなく、むしろ「支配されることを積極的に望んでしまう」ような構造があるということを明らかにする。権力とは上から押しつけられるだけでなく、下からそれを支える構造もあるということだ。権力とは上と下が絡まり合いながら複雑な循環運動として作用している、つまり権力とは「無数の力関係」であると。
 またフーコーは、「正常」と「異常」の脱構築を進め、「近代」が隔離すなわち精神病棟・監獄の誕生から、自らが権力に馴致していく規律訓練(しつけ・監視)により、支配者が不可視化されることを明らかにする。そうなってしまうと、権力による一方的な支配から脱することはできないのではないか、そこから脱するにはどうしたらいいのかという素朴な疑問がわいてくる。その問いに対して、《権力構造、あるいは「統治のシステム」の外を考えること。秩序の外部への「逃走線」を引く(ドゥルーズ)ことが重要(P87》だ、と著者(千葉雅也)はいう。単なる二項対立的構図での抵抗運動では、逃走線を引くことになるどころか、むしろシステムに囚われたままになる、という解を与える。 

生政治 

 個人に働きかける権力の技術を規律訓練とするならば、大規模な集団、人口として被支配者を扱う統治が18世紀を通して成立する。こちらの権力の側面を「生政治」とよぶ。《生政治は内面の問題ではなく、即物的なレベル、たとえば、出生率をどうするかとか、人口密度を考えて都市をいかに設計するかとか、そういうレベルで人々に働きかける統治の仕方(P98)》をいう。著者(千葉雅也)は規律訓練と生政治のちがいについて、新型コロナをめぐる社会のありようを例に出して次のように説明する。 

「感染拡大を抑えるために、出歩くのを控えましょう」といった心がけを訴えるのが規律訓練で、「そうは言ったって出歩くやつはいるんだから、とにかく物理的に病気が悪くならないようにするために、ワクチン接種をできるかぎり一律にやろう」というのが生政治です。(P99) 

(四)ラカン 

精神分析による人間の定義~人間は過剰な動物である 

 人間は他の動物と比較すると、本能的必要性以上のこと、多様なことを行う。本能とは「第一の自然」であり、人間はそれを「第二の自然」であるところの制度によって変形する。人間はそもそも過剰であり、まとまっていない認知のエネルギーをなんとか制限し、整流していく。そのことが人間の発達過程である。自由に流動する認知を精神分析では、本能と区別して「欲動」という。この欲動の可塑性が人間性だという。可塑性とは、そもそもは固体が外力を受けたときにおこるひずみは、ある限界までは外力を除くと、もとの状態に復する(つまり弾性である)のだが、その限界(=弾性限界)を超える力がかかると、この内部からの応力は急激に減少してしまい、永久的な変形をさせることが可能となることをいう。つまり、欲動により人間がもとに戻らなくなる状態を可塑性と表現する。
 逸脱による再形成とも別言できる。欲動のレベルによって成立するすべての対象との接続を精神分析では「倒錯」と呼ぶ。つまり、人間のやっていることはすべてが倒錯的なのだということができる。それを、正常と異常=逸脱という二項対立を脱構築するという。本能的傾向と欲動の可塑性のダブルシステムを考える(ジャン・ラプランシャン)ということになる。 

ラカンの発達論 

(1)母の不在と死の欲動(享楽) 

 ラカンの発達論である。現代思想を考えるうえで避けて通れない箇所なので、やや詳しく紹介する。
 子供は当初、まだ自己が独立しておらず、母と一体的な状態にある。いわゆる母子一体の状態。ここでいう母とは、その存在なしでは生き延びられない他者という意味。ところがその存在はつねに自分のそばにいてくれるわけではなく、自分を置いて台所やトイレに行ってしまったりする。子供はそのような分離を少しずつ経験する。そうすると、ひじょうに不安な状態に耐えなければならない。母の欠如を穴のようなものだとすると、まさに心にひとつの穴が空く。精神分析的には、母が必ずしもそばにいてくれないということが最初にして最大の疎外となる。疎外とは理想的な状態から弾き出されることことをいう。母がいたりいなかったりすることが子供にとって、根本的な不安を引き起こすが、それは母なる偶然性のためだ、という。
 母が消え強烈な不安で緊張するが、その後母が戻ってきて抱かれ乳をくれる。それは極端なマイナスからプラスへの逆転で不安が大きいほど、引き換えに途方もない快が得られる。第一の快は緊張が解けて弛緩すること、すなわち安心である。第二の快は偶然に振り回され、死ぬかもしれないギリギリのところを安全地帯へ戻ってくるというスリル。これは不快と快が入り混じったようなもので、第一の快より根本的なものである。第一の快の定義が「快楽」であり、第二のほうはむしろ、死を求めているようですらあるわけで、フロイトのいう「死の欲動」という概念があてはまる。ラカンはこれを「享楽」と呼んだ。
 子供は不可欠なものを呼び寄せる最初のアクションであるところの、泣き叫び(母を呼ぶ)をする。これは生命維持のためであり、欲望の根源である。子供は成長とともにおもちゃなどで遊ぶことになるが、そういった対象には、母の代理物という面がある。いわゆる母との関係の変奏としての展開である。成長してからの欲望には、かつて母との関係において安心・安全(=快楽)を求めながら、不安が突如解消される激しい喜び(=享楽)を味わったことの残響がある。

(2)父の介入 去勢 

 母と子の密接な二人の世界を邪魔するのが父(概念的にいえば第三者)である。母子の一体化を邪魔=禁止する、父は第三者的な外部すなわち「社会的なもの」を導入する人物となる。このことを通じて、子は自分以外の誰か=第三者との関わりのために母がいなくなってしまう、つまり、母がその誰かによって自分から奪われる、という「感じ」が成立してくる。父=第三者は、母を自分から奪う、憎むべき存在であり、母を奪い返さなければならないということになる。これがいわゆる「父殺し」の物語であり、以上のプロセスを精神分析では「エディプス・コンプレックス」と呼ぶ。また、こうした父の介入を、精神分析では「去勢」と呼ぶ。「客観世界は思い通りにはならない、だからもう母子一体には戻れない」という決定的な喪失を引き受けさせることが去勢である。 

(3)欠如の哲学 

 母の欠如を埋めようとするのが人生である。しかしそれは決して埋められない。絶対的な安心・安全はありえない。根本的な欠如を埋めようとすることがラカンにおける「欲望」であり、その意味でラカンには「欠如の哲学」がある。自分が欲しているものの背後には幼少期の根本的な疎外との複雑なつながりがある。これを手に入れなければと思う特別な対象や社会的地位などのことをラカンの用語で「対象a」という。人は対象aを求め続ける。

(4)ラカンの三つ組の概念 想像界・象徴界・現実界 

 第一の「想像界」とはイメージの領域、第二の「象徴界」は言語(あるいは記号)の領域で、この二つが合わさって認識を成り立たせる。第三の「現実界」は、イメージでも言語でも捉えられない、つまり認識から逃れる領域をいう。これはカントの『純粋理性批判』における感性(→想像界)、悟性(→象徴界)、理性(→現実界)に対応しているようにみえる。
 人間の発達では、まずイメージの世界が形成される。生まれたばかりの赤ん坊は対象を十分区別できず、すべての領域が曖昧でぼんやりつながっている。そこから言語が介入する。言語が行うのは「分ける」こと、名前を与え、イメージのつながりを切断し、制限する。その過程で、子供は自分自身の姿を初めてみることになる。それも鏡によってである。そのひとまとまりのイメージを自分のものとして引けるようになる。このことをラカンは「鏡像段階」と呼ぶ。自己イメージはつねに外から与えられるというのがラカンの重要な教えである。そして前出の「去勢」によって、想像界に対し、象徴界が優位になる。混乱したつながりの世界が言語によって区切られ、区切りの方から世界を見るようになる。象徴界の優位とは、世界が客観化されること、原初のあの幸福と不安がダイナミックに渦巻いていた享楽を禁止することを意味する。
 意味以前的にそこにあるだけというのが三番目の現実界である。それは成長する前の、あの原初の時、刺激の嵐にさらされ、母の気まぐれに振り回されていた不安の時、不安ゆえの享楽の時をいう。それが認識の向こう側にずっとある。
 人は本当に欲しかったもの、「本当のもの」を求め続けている。本当のもの=何か=対象aを得ても、「本当のもの」はまた遠ざかる。対象aを転々とすることで到達できない「本当のもの」=Xの周りをめぐることになる。このXが、イメージにも言語にもできない「いわく言いがたいアレ」としての現実界、原初の享楽である。この捉えられないXというのは二項対立を逃れる何か、グレーで、いわく言いがたいものである。 

(5)否定神学 

 日本の現代思想では、いわく言いがたいXに牽引される構造を「否定神学的」という言い方をする。否定神学とは、「神とは何々である」と積極的に特徴づけるのではなく、神を「神は何々ではないし、何々でもなく…」と決して捉えられない絶対的なものして無限に遠いものとして否定的定義するような神学のこと。まさにそうした神の定義と、このXのあり方は似ている。我々は否定神学的なXを負い続けて失敗することを繰り返して生きている。 

(6)「いわく言いがたいアレ」と現代思想 

 カントにおいては、前出の通り、否定神学的なXは「物自体」に相当する。繰り返せば、人間が経験しているのは現象であり、現象は感覚的なインプットと概念の組み合わせでできていて、その向こう側に本当の物自体があるのだが、物自体にはアクセスできない、という図式を『純粋理性批判』で提示した。これがラカンの三つの界と対応する。カントが現象と呼んでいるのは想像界と象徴界の組み合わせ。人間はイメージ(感性)と言語(悟性)によって世界を現象として捉えている。しかし、その向こう側に現実界(物自体)があり、それにはアクセスできない。にもかかわらず、それにアクセスしようと思っては失敗し続ける。
 フーコーは、このような近代的人間のあり方を『言葉と物』で示した。それによると、近代以前にはまず、神が無限の存在であり、神がつくった世界は総て隈なく秩序的であって、人間はそのなかに含まれていた。人間は有限であり、有限にできることをやるしかなかった。しかしそれ以降、有限性の意味が変わる。神と比べて人間が有限なのではなく、人間自身に限界があるために世界には見えないところがある、という自己分析的な思考が立ち上がる。人間にわかっていることの背後には何か見えないもの、暗いものがあって人間はそこに向かって突き進んでいくのだ、というような人間像になっていく。

(7)〈否定神学システム〉と〈否定神学批判〉 

 ラカンにおける、現実界が認識から逃れ続けるということが、否定神学システムの一番明らかな例である。そしていかに否定神学システムから逃れるかという考察を、「否定神学批判」と呼ぶことがある。これが日本現代思想の特徴である。捉えられない「本当のもの」=Xについては、デリダ、ドゥルーズの哲学にもあったし、同時にそこから離れる運動も彼らにはあった。人間はなんとかそれを捉えるために新たな二項対立を設定して、またとり逃し……というように生きていく。 

(五)レヴィナス  

ハイデガーの存在論批判と「他者の哲学」 

 レヴィナスは「他者の哲学」と呼ばれ、ハイデガー存在論を仮想敵として出発した。ハイデガーは物事がただ「ある」という、その「存在そのもの」をいかに思考するかという、極端に基礎的で、きわめて展開が難しい問題に集中した哲学者であった。
 レヴィナスは、ハイデガーの存在論の極端な抽象性にたいして、そこには他者が排除されていると抵抗する。その論拠は、すべて「ただある」という根本的な共通地平にすべての存在者が載せられてしまうことによって、抽象的な意味での共同性のなかにすべてが回収されてしまうと考えたからだ。
 ユダヤ人であるレヴィナスは、ハイデガーが一時期ナチに加担したという事実をふまえ、ハイデガー存在論、ひいては西洋哲学史の道行き全体が帯びているある種の危険性を(ユダヤ人であるがゆえに)哲学的に告発しようとする。レヴィナスは、ハイデガーの存在論を「存在論的ファシズム」とみなした。レヴィナスは超抽象的なレベルにおける政治性を考えたとも言える。存在論という極端な抽象性に抵抗する、ラディカルな意味での他者性というところから、ハイデガー批判を開始したことになる。 

「無限」であるような他者を超越論的次元におく 

 存在論は哲学の極みである。存在することそれ自体を考えるところまで極まったら、それ以上の根本はないと考えるのがふつうである。だがレヴィナスは、前出の通り、そこでなお、他者が排除されているという。レヴィナスは、存在から始めるのではなく、他者との向き合い、他者との距離から総てを始め直さなければならないという立場をとる。レヴィナスは「無限」であるような、他者を超越論的な次元に置く〔後述〕。これはひとつの極端化〔後述〕である。他者を「無限」と捉え、そして存在の地平を「全体性」と捉える。これはひじょうに強力な二項対立である。この論に対してはデリダから脱構築的介入があったようだが、ここではその論争を省略する。
 レヴィナスはその後、「存在するとは別の仕方で」というキーワードを提出する。フランス語では「Autrement qu’ être」、英語では「Otherwise than being」である。『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』という著作のタイトルである。
 存在という抽象的な全体性の地平から、なお外れるような他者――ドゥルーズ的に言えば、存在の全体性から逃走線を引くこと――を考えたとき、その他者はいったいどのように「ある」のかが問われる。それはもはや「ある」とは言えない。なぜなら、「ある」と言ってしまったら、ただちに存在論に引き戻されるからだ。
 そこで、言葉に無理をさせる必要が出てくる。「ある」というのは我々にとって根本的であるが、さらにそこから外れるものをかろうじてすくいとるために、存在するとは「別の仕方で」「別様に」というふうに、もはや副詞でしか言えないことを言おうとする。

(六)現代思想のつくり方 

 著者(千葉雅也)は現代思想をつくる四つの原則として、①他者性の原則、②超越論性の原則、③極端化の原則、④反常識の原則――を挙げている。

①他者性
:現代思想において新しい仕事が登場するときは、まず、その時点で前提となっている前の思想、先行する大きな理論あるいはシステムにおいて何らかの他者性が排除されている、取りこぼされているということを発見することから始まるという。〔前出〕
②超越論性の原則
:超越論的なものとはカントの概念(『純粋理性批判』)で、人間がものを認識し思考するときの前提として、人間の精神にはあるシステム、いわば、OS〔注1〕があり、それによって情報処理しているということを論じた。このOSをカントは「超越論的」と形容した。このことを踏まえて、何かある事柄を成り立たせている前提をシステマティックに想定するとき、それを超越論的と呼ぶ。〔前出〕 

〔注1〕 【Operating System】  / 基本ソフトのこと。OSとは、ソフトウェアの種類の一つで、機器の基本的な管理や制御のための機能や、多くのソフトウェアが共通して利用する基本的な機能などを実装した、システム全体を管理するソフトウェアである)

③極端化の原則
:現代思想ではしばしば、新たな主張をとにかく極端まで推し進める。排除されていた他者性が極端化した状態として新たな超越論的レベルを設定する。
④反常識の原則
:③において、ある種の他者性を極端化することで、常識的な世界観とはぶつかるような、いささか受け入れにくい帰結が出てくる。しかし、それこそが実は常識の世界の背後にある、というかむしろ常識の世界はその反常識によって支えられているのだ、反常識的なものが超越論的な前提としてあるのだ、という転倒に至る。 

(七)ポスト・ポスト構造主義

 マラブー(1959~)、メイヤスー(1967~)、ハーマン(1968~ )、ラリュエル(1937~ )を取り上げている。21世紀に入ってからの、西洋におけるポスト・ポスト構造主義は、ポスト構造主義的な同一性と差異の二項対立をさらに脱構築するというかたちで展開するものだという。 

おわりに 

 著者(千葉雅也)が現代思想について考えてきたことは、「秩序と逸脱」というテーマであり、本書は入門書であると同時に、その二極のドラマとして現代思想を描き直した研究書でもあるという。秩序を小馬鹿にした「冷笑系」でもなく、相対主義でもない。逸脱とは芸術的に生きることと通底するとも。そのような逸脱に向かう著者(千葉雅也)の資質というか、生き方に共感を感じる者は筆者を含め、少なくないと思われる。(了)