2018年5月1日火曜日

ハリル解任の深層

サッカー日本代表監督を解任されたバヒド・ハリルホジッチ氏(以下「ハリル」と略記)が27日、都内の日本記者クラブで会見した。この会見で解任のすべてが明らかになったわけではないが、ハリルの発言及びJFAに忖度する必要のない良心的ジャーナリストの記事から、解任劇の真相らしきものがうかがえるに至った。

続出するスポーツ団体(公益財団法人)の不祥事と同類

今回の解任騒動というのは、ここのところ続出しているスポーツ団体の不祥事と変わらない。パワハラ、セクハラ、金銭トラブル、権力闘争・・・その多くが公益財団法人でありながら、情報公開は不十分なまま。公益法人の認可を行う内閣府にはそれら団体の資質を見抜く力や管理する力もないことを実証している。内閣府から認可権を剥奪して、新たな委員会を設置したほうが良かろう。

ハリル解任の3つの因子

さて、JFAがハリルを解任するに至った因子は一つではない。複合的ではあるが、どれも純粋スポーツ的見地からではない。もちろんサッカー日本代表強化のためのものでもない。

その因子は(一)JFA内の権力闘争、(二)代表選手の一部が解任をJFAに申し入れたこと、(三)は(二)と関連するが、前出のハリル解任を望んだ代表選手と代表スポンサーとが、ハリル解任で利害を一にしたこと――と要約できる。田嶋幸三JFA会長(以下「田嶋」と略記)は先の解任発表会見で、“解任理由は監督と選手とのコミュニケーション不足”と説明したが、ハリルは会見で、そのことをきっぱりと否定している。

ハリルをロシアに行かせたくなかった田嶋

(一)については、サッカージャーナリスト宇都宮徹壱氏(以下「宇都宮」と略記)のコラム「ハリルが去り、われわれに残されたもの」に詳しいので、そちらを参照してほしい。

宇都宮の見解を大雑把に抽出すると、ハリルを代表監督に招聘した霜田正浩(当時)技術委員長(以下「霜田」と略記)は、田嶋と会長選挙(2016年1月)の座を争った原博美(当時)専務理事(以下「原」と略記)の片腕だった。つまり、ハリルは、原―霜田ラインが決めた代表監督であり、田嶋の政敵が執行した人事だった。

かりに、ハリルがロシアW杯でベスト16入りを果たしたとしたら、田嶋の政敵、原―霜田の執行の正しさが証明され、田嶋は選挙に勝ったものの、会長の正当性は継続しない。田嶋にしてみれば、絶対にハリルをロシアに行かせるわけにいかなかったのだ。

ハリルを更迭せず、日本代表がW杯で惨敗したらどうなるのか。当然、現会長である田嶋の責任が問われることになる。なぜ、ハリルをW杯前に代えなかったのかと。田嶋の立場としては、ハリルで勝っても負けても、せっかく得たJFA会長の座は怪しいものとなる。

ではなぜ、田嶋はハリルをせっせと解任しなかったのか、土壇場での解任に至ったのか。それはハリルがW杯アジア予選を勝ち抜いた実績があり、しかも、ハリルが会見で反論したように、最近の日本代表チームにおける監督(ハリル)と選手の関係が概ね、良好だったからだろう。つまり、ハリルを解任する決定的理由が見つからなかったのだ。

ハリル解任を決定づけたベルギー遠征

ところが、昨年12月のE1における韓国戦惨敗、今年3月ベルギー遠征におけるマリとの引分、ウクライナ戦の負けが状況を変えた。この間の代表戦は試合内容が最悪に近く、加えて、マリ、ウクライナがW杯予選敗退国だったことも重かった。予選敗退国に負けたのだから、本戦で勝てるわけがないと。ここで田嶋はハリル解任の決断に至ったと推測できる。

反ハリル派代表選手、スポンサーからも解任の圧力が?

それだけではない。ベルギー遠征前から、田嶋の耳にはハリル解任の内外から圧力は感じていたはずだ。代表選手とスポンサー契約を結んでいる大企業、代表戦視聴率を気にするテレビ等が大手広告代理店を介してJFAに圧力をかけていたはずだ。それらの声が最大ボリュームとなったのは、前出のベルギー遠征の第二試合、ウクライナ戦ではなかったか。この試合で先発したある選手(以下「H」と略記)が、反ハリル派の頭目とされる。そのHが低調な動きで途中交代したことを記憶している方も多いと思う。つまり多くのスポンサー契約を抱えるHが、ハリルにより、ロシアW杯代表選手から外される可能性が高まったのだ。もう一人、JFAの有力スポンサーであるA社と契約している選手(以下「K」と略記)も、ハリルの構想外だったから、KはHと同調した可能性が高い。

監督と一体のはずの技術委員長が後釜とは呆れてものもいえない

状況は煮詰まっていたが、それだけでハリルを解任することはできない。ポストハリルをだれが務めるのか?田嶋がハリル解任を決断できたのは、西野朗技術委員長(以下「西野」と略記)から、代表監督就任の了承を得たからだろう。これもまた、田嶋にとって好都合だった。西野がロシアで結果を出せば、功績はハリルを解任した自分と現場の西野が共有すればいい。負ければその責任は前任のハリルと西野が負えばいいことになる。西野は技術委員長在籍中、ハリルとあまり交流がなかったという。これも奇怪な話で、本来ならば、技術委員長(西野)と監督(ハリル)は一体であって、ハリルが辞めるならば西野も辞めるのが筋。西野がハリルの後を引き継ぐのは、西野の技術委員長としての瑕疵を放免することになる。

このたびのハリル解任は権力闘争とスポンサー対策の結果である。ハリルと西野の新旧代表監督は、田嶋の権力欲の犠牲者にほかならない。この解任騒動によって、田嶋は日本代表がロシアで勝とうが負けようが、しばらくの間、JFA会長の座を安定的に維持できる。ハリルを追い出した田嶋のおかげで、本来ならばW杯代表メンバーから外された可能性が高いH及びKのロシア行きも確約された。代表スポンサー、テレビ、大手代理店からもその功績が認められることとなろう。

西野はたとえ、ロシアで結果を出せなくとも、期間が短かったという言い訳がたち、責任論は噴出しない。本人のやる気次第では、次のW杯まで代表監督の座が約束される。日本サッカー界における邪魔者はハリルただ一人だった。

ハリル解任のアシストをした多数のサッカージャーナリスト

ハリルを代表監督から外すには、JFA会長、代表選手、スポンサー、テレビ、大手広告代理店といったステークホルダーの圧力だけでは実現しない。彼らの意思を、メディアを介して大声で叫び続けたサッカー解説者(元代表選手)、同コメンテーター、同ライターらの存在を忘れてはならない。彼らは、表向きサッカー戦略及び戦術の面でハリルを批判したかのようにみえるが、すべて見せかけである。プロのサッカージャーナリストならば、日本が惨敗したブラジル大会(2014)以前の「自分たちのサッカー」に戻ってみたところで、ロシアで勝てる可能性は低いと考えるのが自然だろう。

ハリルの会見の後を受けて、醜悪な発言でハリル再批判を行ったのは田嶋であったが、JFAの太鼓持ちのサッカージャーナリストも同様に、ヒステリックに「ハリルでは勝てない」を繰り返すばかり。ならば、「西野で勝てる」根拠を示してもらいたいものだ。

加えて、解任騒動前から、ハリルと選手との「コミュニケーション不足」を記事にしたサッカーライターも多かった。彼らは取材で得た情報ではなく、JFA及び代表選手の一部がリークした話を記事にした可能性が高い。

ハリル解任の不自然さを冷静に伝えた少数のライターの存在が救い

前出の宇都宮を筆頭に、少数ながらハリル解任の不自然さを記事にしたサッカージャーナリストがいたことが救いである。熱烈な代表サポーター及びナイーブ(うぶ)な代表ファンがいまいちど、彼らの記事を読みかえし、彼らが展開したJFA批判に同調してくれれば、日本代表のガラパゴス化は回避できる。