2月に入った。いつもどおり、猫たちの体重測定を記しておく。
Zazieが4.5kg(前月比200g増)、Nicoが6.6kg(同500g増)となった。
2015年1月30日金曜日
“I am Kenji”は愚かな猿真似
ISIS(イスラム国)に日本人2人が捕虜となり、うち1人が殺害された後、もう1名の日本人の解放をめぐり、いまヨルダン及び日本とISISが交渉のさなかにある。そんななか、捕虜Gの友人と称する多くの日本人が“I am Kenji”のボードを掲げて解放を呼びかけている。このことについて、TV出演した日本人イスラム研究者が、“I am Kenji”は、解放にプラスにならないから、やめたほうがいい――という趣旨の発言をした。筆者もこの研究者の指摘に全面的に同意する。友人の命を助けたいという気持ちは理解できなくもないが、この手法はナンセンス。TV出演した研究者が言う通り、なによりも、この行為がイスラム圏の心情をまったく理解していないことの証左だから。
イスラム教徒から嫌われている「フランス」を真似ては救出にマイナス
“Iam Kenji”とはいうまでもなく、“Je suis Sharlie”の真似。フランス・パリにある諷刺週刊誌「シャルリー・エブド」社で12人が殺害されたテロ事件の犠牲者を悼むフランスの集団が掲げたスローガンだ。
報道にあるとおり、「シャルリー・エブド」襲撃事件のきっかけは、同誌が預言者ムハンマドを中傷したことに端を発している。日本を含む非イスラム圏においては、ムハンマドへの中傷は表現の自由だされているが、筆者はそうは思っていない。同誌のやっていることは、ペンの暴力だ。メディア業界が行うペンの暴力、言葉の暴力は確かに人を殺傷することはないが、人の心を十分痛めつけることができる。
同誌は無神論的立場から、宗教をも中傷・揶揄の対象とすると言われているが、「シャルリー・エブド」の編集者たちはユダヤ教の狂信的信者であり、ユダヤ教以外を排斥するため、イスラム教等の他の宗教を馬鹿にした表現を平然と行い、それを「諷刺」と称していると筆者は推測している。
イスラム諸国からみれば、「シャルリー・エブド」という雑誌は許容しがたい存在だ。たとえば日本人が天皇を同性愛者にした「諷刺」漫画を描かれたらどういう気分になるだろうか。それも「表現の自由」なんだ、と寛容になれるだろうか。日本人には雑誌社を襲撃するだけの勇気はないが、イスラム教徒の中には直接的暴力に向かう者もいる。
いま日本人に求められているのは、「表現の自由」という教条主義に陥ることではない。異なる宗教、異なる主義主張を認め合うことではないのか。いまある宗教を侮蔑する行為は厳に慎むべきだ。
このような背景に鑑みれば、ISISに限らずイスラム教信徒から嫌われている「フランス」の猿真似をすることは得策ではないばかりか、直ちに中止すべき表現行為にほかならない。マスメディアもこの手の解放呼びかけの報道を控えたほうがいい。
英米が喧伝する「人命の非対称性」を認識せよ
あるNGOが公表しているイラク戦争の犠牲者の統計によると、その79%がイラク民間人で12万7,980人。残りの約2割が米軍兵士やイラク人治安関係者・武装民兵だという。うち、米軍主導の有志連合軍によって直接殺害された民間人は1万4,705人だという。
また、昨年7-8月、イスラエル軍によるパレスチナ・ガザ地区の殺戮によって生じた犠牲者はパレスチナ人2,140人、イスラエル側は兵士64人、一般市民6人と言われている。つまり、米国によるイラク戦争やイスラエルによるパレスチナ人虐殺により、多数のアリ、アブドゥーラ、オマール、イスマエール・・・が命を落としているのである。人命が第一とするならば、わたしたちは、イラク戦争及びパレスチナ・ガザ地区におけるアラブ人虐殺を前にして、“Je suis Abdullah” “Iam Ali”を叫ぶべきなのだ。
日本人人質事件の不可解さ
さて、ISISによるこのたびの人質事件については既に多くの報道がなされている。報道を読んでみると、不可解さが拭えない。まず、日本人のYがシリアに渡ったのが昨年の7月28日。翌月の8月14日に米国がISIS掃討のための空爆を開始していて、同月14日にYはISISの捕虜となっている。報道によるとYは民間軍事会社を設立しているというから、シリア入国は民間人として軍事行動に参加するか情報収集のためだと推測される。ネット上には小銃を携えたYの写真が流れていることから、Yの目的は前者であり、それ故、筆者はYをISISの捕虜と表記する。
もう一方のGはフリージャーナリストと言われている。彼は昨年10月25日、ISISに捕虜になったYを救出するという目的でシリア北部のISIS支配地域に単身「入国」したが、その後連絡が途絶えた。あくる年の1月25日、ISISが身代金を支払わなければ日本人の人質YとGを殺害するという脅迫動画をネットに投稿したことから、2人がISISに捕えられたことが明らかになり、今日に至っている。ところが、ネットに囚われの身が投稿される前、ISISからGの家族宛等に身代金要求があったことがわかっている。当然、日本政府も二人の誘拐を承知していたはずだ。
その間、日本のAB首相がISISと対峙するヨルダン、エジプト、イスラエルを支援する目的で中東を訪問。1月17日にカイロにて、これら3国に2億ドルの支援を約束する演説を行った。また、アラブと厳しく対立するイスラエルにおいて、AB首相はネタニヤフ首相と日章旗とダビデの星が輝く「六芒星旗」を背景に親密ぶりを世界に発信している。両国はテロ対策について連携強化の共同表明を発している。
ABが日本の首相として、イスラエルと極端な親密ぶりをアピールしたことは異例のこと。日本の中東外交が大きく変容しつつあることを象徴している。戦後、自民党政権下において、日本の対アラブ外交は親イスラエルの米国と一線を画し、親アラブを貫いてきた。アラブの産油国が石油輸入国の日本の命運を握っているという現状認識からであり、米国との同盟関係にあっても、日本とアラブとは友好関係が築かれていた。ところが、ABが前出のとおり、米国主導の有志連合に積極的に加担し、人道支援という名目の実質ISIS掃討のための軍事支出の肩代わりを明らかにしたことから、アラブの日本観は大きく変化することが懸念される。
イスラエルはもちろんのこと、ヨルダンは正統カリフの継承をめぐり、ISISと因縁浅からぬ間柄である。日本のヨルダン支援は、ISISを刺激するに十分なものとなった。(※ISISとヨルダンの因縁の関係については、1月30日・東京新聞朝刊の記事が簡潔にまとめられているので一読をお薦めする。)
ABのイスラエル、ヨルダン、エジプト訪問と今回のISISによる誘拐殺人事件との関係をどう見たらいいのか。一部報道にあるように、ISISがYとGを捕虜とし、取引の材料として事件化したことと、ABの中東外交は大いに関係がある。ISISに限らず、アラブ民族派にとってイスラエルはもちろん、同じアラブにあってヨルダンは敵である。イスラム同胞団を与党として投票により政権の座に就いたモルシを軍事クーデターにより打倒したエジプト現政権も米国の傀儡とみなしている。親米ヨルダン及び米国傀儡のエジプトが日本からも支援を受けるということは、ISISにとっては見逃すことができない。加えて、イスラエルとの親密ぶりだ。AB外交のアラブ敵視により、日本国民はISIS等のターゲットになり続けることを覚悟しなければならなくなった。
YとGの隠されたミッション
さて、YとGである。この2人には報道されていないミッションが託されていたようだ。前出のとおり、Yのシリア入国は民間軍事会社設立と無関係ではない。どころか、その運営の一環であろう。軍事会社というのは戦争屋である。その内実はハリウッド映画によってしか知るよしもないのだが、要人警護、軍事物資の物流、戦闘(傭兵)・・・と、戦争に関連するものならなんでも受注するらしい。その経営者(実績はないとはいえ)が戦闘地帯を一方の勢力に同行して銃を所持してうろつけば、敵対する勢力に捕えられて不思議はない。
不可解なのは、Yの資金の出どころだ。日本では現在需要がないと思われる民間軍事会社に出資する企業・個人がいるのだろうか。日本のどういう筋からYに資金が流れたのかも知りたいものだ。
もう一人の人質Gは人道主義的カメラマンだと報道されているが、彼のミッションがYの救出であったということは大いなる謎だ。ISISに単身乗り込んで渉りあい、Yを救出できるとは思えない。筆者の推測だが、GはY救出を個人的事業としてではなく、国家レベルの権威のもとに遂行しようとしたのではないか。ISISからYを連れ戻す、連れ帰るというのは事前に相手とのネゴシエーションができていなければ不可能だろう。Gは国家レベルのネゴシエーションを経てISISにYを引き取りにでかけたのだったが、何かの理由により、ISISとの合意が破棄され、Gも囚われの身となった、と考えられる。
ISISは、英語ができるGにこの先の利用価値を見いだした。もう一方の英語が喋れないYは、ISISに利用価値を見出されず、あっさりと処刑されたようにも感じるし、Yが軍事行動に参加した敵国軍人だったから処刑したとも考えられる。
Gはともかく、Wには北大生が逮捕された「私戦予備および陰謀の罪(刑法93条)」が適用されてしかるべきだったのではないか。民間軍事会社経営者が咎めなしにシリアに渡航できた一方、北大生が「私戦予備罪」でシリア渡航前に逮捕されたのは合点がいかない。
2015年1月27日火曜日
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
●矢部宏治〔著〕 ●集英社インターナショナル ●1200円+税
本書読了後、ふと、三島由紀夫のことが頭をよぎった――などて天皇は人となりたまいし――『英霊の聲』『文化防衛論』で展開した、戦後民主主義批判、戦後の象徴天皇制批判である。三島と本書は見事に通底する。
本書読了後、ふと、三島由紀夫のことが頭をよぎった――などて天皇は人となりたまいし――『英霊の聲』『文化防衛論』で展開した、戦後民主主義批判、戦後の象徴天皇制批判である。三島と本書は見事に通底する。
戦後民主主義批判を行ったのは、三島だけではない。60年安保闘争後から60年代末に湧きあがった新左翼運動も戦後民主主義批判を行った。
しかし、三島や新左翼の戦後民主主義批判は本書ほど洗練されたものではなかった。当時は日米間の外交文書の公開はじゅうぶんではなく、また、GHQによる日本統治に係る研究も今日の水準とはほど遠かった。なによりも、当時の戦後民主主義批判は情念的であって、GHQの占領政策や日米安保法体系について検証する姿勢を欠いていた。とはいえ、時代の限界性を伴いつつも、三島は昭和天皇の“人間宣言”に戦後日本の欺瞞を直観的に自覚しそれを作品化し、新左翼は日米安全保障条約に日本の戦後体制そのものの欺瞞を直観的に政治課題として「安保粉砕」を叫んだ。本書にて展開された戦後民主主義批判と当時の情念的それ(三島と新左翼)は、結論において同じである。そのことは本書を読んでみれば納得できると思う。
しかし、三島や新左翼の戦後民主主義批判は本書ほど洗練されたものではなかった。当時は日米間の外交文書の公開はじゅうぶんではなく、また、GHQによる日本統治に係る研究も今日の水準とはほど遠かった。なによりも、当時の戦後民主主義批判は情念的であって、GHQの占領政策や日米安保法体系について検証する姿勢を欠いていた。とはいえ、時代の限界性を伴いつつも、三島は昭和天皇の“人間宣言”に戦後日本の欺瞞を直観的に自覚しそれを作品化し、新左翼は日米安全保障条約に日本の戦後体制そのものの欺瞞を直観的に政治課題として「安保粉砕」を叫んだ。本書にて展開された戦後民主主義批判と当時の情念的それ(三島と新左翼)は、結論において同じである。そのことは本書を読んでみれば納得できると思う。
本書のテーマは、本題に示されたとおりきわめて明確である。「原発再稼働問題」と「基地問題」が国民の思いとは反対の方向に体制側(政治・行政・司法・学界・マスメディア等)によって、進められていくのはなぜなのか。
それだけではない。著者は、次の素朴な疑問――民主党が政権をとって首相となった鳩山由紀夫が米軍・普天間基地の県外または国外への「移設」を言い出したところ、鳩山政権はあっというまに崩壊した――その謎を解きたい――ということも、本書執筆の動機だという。
本書はそうした体制(権力)の推進力――根拠を明らかにしていく。その謎の解をここに書いてしまえばいわゆる“ネタバレ”になるから書かないが、ヒントとして、「日米安全保障(安保)条約」「日米地位協定」「日米原子力協定」そしてそれらに記されていない「密約法体系」を挙げておく。これらを総称して著者は「安保法体系」という。さらに注目すべきは、「日米合同委員会」なる組織である。
この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去17人中12人。そのうち9人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです。
このように過去60年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあがっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、またそのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどできるはずがない。だから鳩山さんの証言にあるように、日本国憲法によって選ばれた首相に対し、エリート官僚たちが徒党を組んで、真正面から反旗をひるがえすというようなことが起こるわけです。(略)
彼らは日本国憲法よりも上位にある、この「安保法体系」に忠誠を誓っていたということです。(P52)
「安保法体系」に異議を唱えて検察テロに倒れた政治家といえば、田中角栄、前出の鳩山由紀夫、小沢一郎、細川護熙が思い浮かぶ。最近では小渕優子もその可能性が高い。いずれの者も“政治とカネ”の問題に端を発し、検察が動き、マスメディアが失脚に世論誘導し、政治生命を止められる、という構図である。それが「日米合同委員会」によって執行されている証拠を示すことはできないが、日本国の現実は、70年間に及んで、日本の国益よりも米国の国益に従っているのである。
本書はこうした日米関係が構造化された歴史的経緯について、日本の敗戦時から遡って明らかにしていく。本書を読むと、日本の戦後体制が構築されていくさま(たとえば、昭和天皇の人間宣言、日本国憲法の制定等)が、米軍の占領戦略、権益確保、そして「東京裁判」との関係で進められたことがわかる。それらに関連するキーワードとして、戦勝国(連合国)による「敵国条項」も覚えておこう。
本書はこうした日米関係が構造化された歴史的経緯について、日本の敗戦時から遡って明らかにしていく。本書を読むと、日本の戦後体制が構築されていくさま(たとえば、昭和天皇の人間宣言、日本国憲法の制定等)が、米軍の占領戦略、権益確保、そして「東京裁判」との関係で進められたことがわかる。それらに関連するキーワードとして、戦勝国(連合国)による「敵国条項」も覚えておこう。
本書は誠に示唆多き書である。戦後70年の節目の今年、日本を見直すという意味で必読の書である。本書が、なぜかマスメディアからも学界からも取り上げられることがなく無視されるのか。その理由も本書を読めば理解できる。ぜひの一読をお勧めする次第である。
2015年1月25日日曜日
2015年1月23日金曜日
モーリのクリエイションクラブ展「神々のマスク」
不思議な展覧会である。
全国の美術、芸術とは無縁の人々が、部活動というかたちで創作した手づくりのマスク・100点余が集まった。
マスク、すなわち神である。
コラボレーション美学(国籍、性別、年齢を問わず、イキイキ活動する人々から生まれた美しい世界)と呼ばれるこの活動は、毛利臣男が提唱し、広げているもの。
毛利臣男はイッセイミヤケのファッションデザイナーおよびファッションショー演出を担当した後、モーリス・ヴェジャール、パリオペラ座のバレエ衣装等、世界のデザイン界で活躍するアーチスト。
その活動はいわゆるジャンルを越えている。
日本では猿之助の「ヤマトタケル」の舞台衣装を手掛けたことでよく知られている。
筆者は彼が三宅一生のところで仕事をしているときに出会った。
唐津のもの、山口のもので、アイデンティティーを感じる。さらに神としての同一性も感じられる。
このことは人が神を外化するときに、無意識の集合性として表象する結果なのか。
そこに日本人の基層の神が潜んでいるのかもしれない。
なにやらユングのようだ。
全国の美術、芸術とは無縁の人々が、部活動というかたちで創作した手づくりのマスク・100点余が集まった。
マスク、すなわち神である。
コラボレーション美学(国籍、性別、年齢を問わず、イキイキ活動する人々から生まれた美しい世界)と呼ばれるこの活動は、毛利臣男が提唱し、広げているもの。
毛利臣男はイッセイミヤケのファッションデザイナーおよびファッションショー演出を担当した後、モーリス・ヴェジャール、パリオペラ座のバレエ衣装等、世界のデザイン界で活躍するアーチスト。
その活動はいわゆるジャンルを越えている。
日本では猿之助の「ヤマトタケル」の舞台衣装を手掛けたことでよく知られている。
筆者は彼が三宅一生のところで仕事をしているときに出会った。
さて、展覧会の印象。マスクはそれぞれ個性的で、個別的であるが、どうやら地域ごとに似通っている。
このことは人が神を外化するときに、無意識の集合性として表象する結果なのか。
そこに日本人の基層の神が潜んでいるのかもしれない。
なにやらユングのようだ。
![]() |
| 毛利臣男 |
この展覧会はさらなる発展が期待される。
世界を見渡せば、独特のマスク文化をもつメキシコが、そして、アフリカ・マリ共和国のドゴン族の仮面のダンス、チベット仏教の仮面劇(筆者はインド北部のラダック地方で見たことがある)も思い浮かぶ。
![]() |
| ラダック地方の仮面ダンス(筆者撮影) |
ユーラシア、アフリカ、アメリカ大陸とのマスクの共演・・・が
2015年1月16日金曜日
2015年1月5日月曜日
2015年1月2日金曜日
Happy New Year 2015
2014年12月29日月曜日
小保方晴子が生涯背負うこととなった「STAP細胞」の汚点
●「STAP細胞」の再現に失敗
日本中を騒がせた「STAP細胞」問題が終わろうとしている。12月19日、理研は「STAP現象の検証結果」を公表し、STAP細胞の存在が確認できなかったと結論づけた。この検証実験は、実験総括責任者として相澤慎一特任顧問の下、研究実施責任者に多細胞システム形成研究センターの丹羽仁史チームリーダーを充てたものと、小保方晴子の独自のものとが並行して行われた。検証結果は、そのどちらにおいても「STAP細胞」の再現には至らなかった。
●「STAP細胞」はES細胞の混入
12月25日、理研は「研究論文に関する調査報告書」(研究論文に関する調査委員会・委員長 桂 勲)を公表した。同委員会は「STAP細胞」や万能性の証拠とされたマウスなどが、すべてES細胞が混入したものだった可能性が高いと結論付けた。
だが、混入が意図的だったかどうかは「培養器具の不注意な操作による混入の可能性も考えられる。決定的な判断は困難」とし、混入した者を特定しなかった。同委員会によると、特定に至らなかった理由は、混入者を特定できなかったことだという。
作製した「STAP細胞」やマウスなどについて、調査委は「ES細胞の混入があった場合、当事者は小保方晴子氏と若山照彦氏しかいないように見える」と分析。だが実験が行われた若山の研究室は「多くの人が夜中に入ることが可能だった」ことから、「必ずしもそうとは言い切れない」と判断したという。また、調査の過程で小保方の研究室の冷凍庫からES細胞が見つかったが、これについて小保方、若山は知らないと回答。故意または過失による混入を全面的に否定したため、誰が混入したかは特定できないと結論付けた。
小保方が会見において「200回以上作製に成功した」とした発言は何だったのか。
●調査結果はNスぺ『STAP細胞 不正の深層』のとおり
理研の二つの調査結果は、なんのことはない、7月27日に放映された、「NHKスペシャル/『STAP細胞 不正の深層』」のとおりではないか。この番組が放映された直後に、笹井芳樹は自殺した。おそらく笹井はこの番組を見て観念したことが確認できた。
犠牲者(自殺者)を出し、日本の科学史に大きな汚点を残した「STAP細胞」問題の解決に要した時間とカネはいわゆる浪費である。いわんや人命の喪失は悲惨ともいえる。理研がすばやく処分をくだせば、このような無駄なカネも時間も命も損失しなかったのだ。
●小保方(弁護団)の立て籠もり作戦が悲劇を誘発
そもそもは小保方が弁護士を立てて立て籠もり、訴訟をちらつかして理研を恫喝したのがことの始まりである。小保方(弁護団)の罪は重い。小保方はすでに理研を退職している。理研がこの先、処分を発表したとしても当事者の小保方は理研にいないし、論文共著者で共同実験者の若山も外部の人間である。笹井はすでの他界している。理研の処分は実効性がない。ならば、小保方弁護団は小保方を守ったのだろうか。実効的処分を免れたのだから、少なくとも小保方を守ったと言える。
だが、はたしてそうなのだろうか。日本の科学史に汚点を残すような大事件の真相を隠蔽し、自殺者を出し、当事者を放免することが「守った」ことになるのだろうか。当事者の小保方は不正、捏造、偽証を償うことなく、この先も生きていくことになる。その人生は逃亡者のそれである。小保方は「STAP細胞」という罪障を背負って生き続けるのである。小保方を隠し続けた弁護団の作戦は、小保方のこの先における人生の汚点を消すことに失敗している。小保方は、不正、捏造の罪を償って再出発すべきだった。過而不改是謂過矣(過ちて改めざる、是を過ちと謂う。)
●当事者としての反省をみせない理研
小保方が「STAP細胞」の汚名を一生背負い続ける反面、理化学研究所にはどんな罰もくだらない。12月19日の「STAP現象の検証結果」を説明した実験総括責任者の相澤慎一は会見中、「科学者として・・・」を何度も連発していた。この期に及んで「科学者として云々」とは笑わせる。真っ当な科学者倫理をもった者が理研にいたのならば、こんな醜態をあらわすはずもない。理研の研究者に科学者倫理が徹底していなかったから、愚かな不正や捏造や偽証が続いたのではなかったのか。ありもしない「万能細胞」とやらを、若い女性研究員に割烹着を着せてメディアに発信したのは理研ではなかったのか。偉そうに「科学者として・・・」を連発するこの理研幹部に憐れみを感じた。
丹羽仁史も同類である。確かこの男、かつて会見において、「STAP細胞は存在する」という意味の発言をした記憶がある。筆者の記憶違いだろうか。丹羽にも反省は感じられない。
●不正の当事者特定こそが科学者倫理再構築の糸口
「研究論文に関する調査報告書」の調査委員長・桂勲の発言と態度も感心しない。桂は理研関係者ではないが、(自分たちは科学者であって)犯人捜しの役割をもたない――という意味の発言していた。犯人捜しは岡っ引きの仕事であって、科学者であるわれわれは、そんな(不浄な)仕事はしないんだ――という意識が表情にありありと浮かんでいた。
現状、少なくとも理研のような研究所において、純粋科学研究は存在しえない。科学は資本に密接している、いや、隷属しているといったほうがいい。先人たちのように、研究者が純粋に科学に向き合った時代とは違う。この委員会の長である桂に課せられたのは、研究論文に関する調査報告であって、不正、捏造の実行者(犯人)をあげることではない――という主張は間違いではないように思える。だが、本件、すなわち「STAP細胞」問題に限れば、実行者を特定し、その動機を解明することこそが、科学者倫理再構築の道筋だった。なぜ、実行者たちは科学者倫理を逸脱忘却し、不正、捏造へと暴走したのか。その切迫した心情と背景が解明できれば、理研という組織の問題点、研究者及び研究受託の現状と課題が明らかになったはずだ。少なくともその糸口くらいはつかめたかもしれない。岡っ引きの仕事こそが、理研において失われた科学者倫理を再生する契機となったかもしれない。
桂は調査の入り口を間違え、出口ではすでにネットやテレビ番組(NHK)において指摘されていた、「不正・捏造」を追認するにとどまった。残念というか期待外れである。一流の「科学者」が集まった調査委員会の仕事としてはお粗末すぎる。
●マスメディアの「STAP細胞」報道は誤報ではないのか
理研が「STAP細胞」作製実験に成功したと発表したとき、マスメディア、とりわけテレビは割烹着姿の小保方と漫画が描かれた実験室を一斉に報道した。「リケジョ」という新語まで流行らせた。この報道はいわゆる誤報ではないのか。メディアが誤報を訂正・謝罪した話は聞いていない。この問題の初期の一連の報道は、朝日新聞の従軍慰安婦報道や原発事故の吉田調書報道と変わらないように筆者には思える。
日本中を騒がせた「STAP細胞」問題が終わろうとしている。12月19日、理研は「STAP現象の検証結果」を公表し、STAP細胞の存在が確認できなかったと結論づけた。この検証実験は、実験総括責任者として相澤慎一特任顧問の下、研究実施責任者に多細胞システム形成研究センターの丹羽仁史チームリーダーを充てたものと、小保方晴子の独自のものとが並行して行われた。検証結果は、そのどちらにおいても「STAP細胞」の再現には至らなかった。
●「STAP細胞」はES細胞の混入
12月25日、理研は「研究論文に関する調査報告書」(研究論文に関する調査委員会・委員長 桂 勲)を公表した。同委員会は「STAP細胞」や万能性の証拠とされたマウスなどが、すべてES細胞が混入したものだった可能性が高いと結論付けた。
だが、混入が意図的だったかどうかは「培養器具の不注意な操作による混入の可能性も考えられる。決定的な判断は困難」とし、混入した者を特定しなかった。同委員会によると、特定に至らなかった理由は、混入者を特定できなかったことだという。
作製した「STAP細胞」やマウスなどについて、調査委は「ES細胞の混入があった場合、当事者は小保方晴子氏と若山照彦氏しかいないように見える」と分析。だが実験が行われた若山の研究室は「多くの人が夜中に入ることが可能だった」ことから、「必ずしもそうとは言い切れない」と判断したという。また、調査の過程で小保方の研究室の冷凍庫からES細胞が見つかったが、これについて小保方、若山は知らないと回答。故意または過失による混入を全面的に否定したため、誰が混入したかは特定できないと結論付けた。
小保方が会見において「200回以上作製に成功した」とした発言は何だったのか。
●調査結果はNスぺ『STAP細胞 不正の深層』のとおり
理研の二つの調査結果は、なんのことはない、7月27日に放映された、「NHKスペシャル/『STAP細胞 不正の深層』」のとおりではないか。この番組が放映された直後に、笹井芳樹は自殺した。おそらく笹井はこの番組を見て観念したことが確認できた。
犠牲者(自殺者)を出し、日本の科学史に大きな汚点を残した「STAP細胞」問題の解決に要した時間とカネはいわゆる浪費である。いわんや人命の喪失は悲惨ともいえる。理研がすばやく処分をくだせば、このような無駄なカネも時間も命も損失しなかったのだ。
●小保方(弁護団)の立て籠もり作戦が悲劇を誘発
そもそもは小保方が弁護士を立てて立て籠もり、訴訟をちらつかして理研を恫喝したのがことの始まりである。小保方(弁護団)の罪は重い。小保方はすでに理研を退職している。理研がこの先、処分を発表したとしても当事者の小保方は理研にいないし、論文共著者で共同実験者の若山も外部の人間である。笹井はすでの他界している。理研の処分は実効性がない。ならば、小保方弁護団は小保方を守ったのだろうか。実効的処分を免れたのだから、少なくとも小保方を守ったと言える。
だが、はたしてそうなのだろうか。日本の科学史に汚点を残すような大事件の真相を隠蔽し、自殺者を出し、当事者を放免することが「守った」ことになるのだろうか。当事者の小保方は不正、捏造、偽証を償うことなく、この先も生きていくことになる。その人生は逃亡者のそれである。小保方は「STAP細胞」という罪障を背負って生き続けるのである。小保方を隠し続けた弁護団の作戦は、小保方のこの先における人生の汚点を消すことに失敗している。小保方は、不正、捏造の罪を償って再出発すべきだった。過而不改是謂過矣(過ちて改めざる、是を過ちと謂う。)
●当事者としての反省をみせない理研
小保方が「STAP細胞」の汚名を一生背負い続ける反面、理化学研究所にはどんな罰もくだらない。12月19日の「STAP現象の検証結果」を説明した実験総括責任者の相澤慎一は会見中、「科学者として・・・」を何度も連発していた。この期に及んで「科学者として云々」とは笑わせる。真っ当な科学者倫理をもった者が理研にいたのならば、こんな醜態をあらわすはずもない。理研の研究者に科学者倫理が徹底していなかったから、愚かな不正や捏造や偽証が続いたのではなかったのか。ありもしない「万能細胞」とやらを、若い女性研究員に割烹着を着せてメディアに発信したのは理研ではなかったのか。偉そうに「科学者として・・・」を連発するこの理研幹部に憐れみを感じた。
丹羽仁史も同類である。確かこの男、かつて会見において、「STAP細胞は存在する」という意味の発言をした記憶がある。筆者の記憶違いだろうか。丹羽にも反省は感じられない。
●不正の当事者特定こそが科学者倫理再構築の糸口
「研究論文に関する調査報告書」の調査委員長・桂勲の発言と態度も感心しない。桂は理研関係者ではないが、(自分たちは科学者であって)犯人捜しの役割をもたない――という意味の発言していた。犯人捜しは岡っ引きの仕事であって、科学者であるわれわれは、そんな(不浄な)仕事はしないんだ――という意識が表情にありありと浮かんでいた。
現状、少なくとも理研のような研究所において、純粋科学研究は存在しえない。科学は資本に密接している、いや、隷属しているといったほうがいい。先人たちのように、研究者が純粋に科学に向き合った時代とは違う。この委員会の長である桂に課せられたのは、研究論文に関する調査報告であって、不正、捏造の実行者(犯人)をあげることではない――という主張は間違いではないように思える。だが、本件、すなわち「STAP細胞」問題に限れば、実行者を特定し、その動機を解明することこそが、科学者倫理再構築の道筋だった。なぜ、実行者たちは科学者倫理を逸脱忘却し、不正、捏造へと暴走したのか。その切迫した心情と背景が解明できれば、理研という組織の問題点、研究者及び研究受託の現状と課題が明らかになったはずだ。少なくともその糸口くらいはつかめたかもしれない。岡っ引きの仕事こそが、理研において失われた科学者倫理を再生する契機となったかもしれない。
桂は調査の入り口を間違え、出口ではすでにネットやテレビ番組(NHK)において指摘されていた、「不正・捏造」を追認するにとどまった。残念というか期待外れである。一流の「科学者」が集まった調査委員会の仕事としてはお粗末すぎる。
●マスメディアの「STAP細胞」報道は誤報ではないのか
理研が「STAP細胞」作製実験に成功したと発表したとき、マスメディア、とりわけテレビは割烹着姿の小保方と漫画が描かれた実験室を一斉に報道した。「リケジョ」という新語まで流行らせた。この報道はいわゆる誤報ではないのか。メディアが誤報を訂正・謝罪した話は聞いていない。この問題の初期の一連の報道は、朝日新聞の従軍慰安婦報道や原発事故の吉田調書報道と変わらないように筆者には思える。
2014年12月26日金曜日
2014年12月17日水曜日
2014年12月13日土曜日
2014年12月9日火曜日
2014年12月6日土曜日
Happy Tea Life
何年か前、筆者の仕事を手伝ってくれたIさん姉妹が紅茶店(h.m.c)を開き、
最近、川崎(駅から徒歩5分)に店を移したので行ってきた。
Iさんは手作りケーキ、紅茶、紅茶染めグッズ等を販売し、
妹さんはやはり手作りのアクセサリーを販売している。
最近、川崎(駅から徒歩5分)に店を移したので行ってきた。
Iさんは手作りケーキ、紅茶、紅茶染めグッズ等を販売し、
妹さんはやはり手作りのアクセサリーを販売している。
2014年12月3日水曜日
2014年11月19日水曜日
ハッピーリタイアメント
旧友のSさんが、自身の誕生日・11月13日をもって定年退職した。
ハッピーバースデー、ハッピーリタイアメント、そして筆者夫婦の結婚記念日を祝し、
ちょっと遅れて19日、SさんとパートナーのMさんを夕食にお招きした。
ハッピーバースデー、ハッピーリタイアメント、そして筆者夫婦の結婚記念日を祝し、
ちょっと遅れて19日、SさんとパートナーのMさんを夕食にお招きした。
2014年11月17日月曜日
2014年11月7日金曜日
「革マル派」の幽霊が昼日中、国会を彷徨った
衆院予算委員会は30日、安倍晋三首相らが出席して「政治とカネ」問題などの集中審議を行った。そのなかで質問に立った民主党の枝野幸男幹事長が行った質問に対し安倍は、枝野自身の政治資金収支報告書の記載漏れに加え、左翼過激派「革マル派」が浸透している団体からの献金問題を引き合いに大反撃したという。
安倍:「殺人や強盗や窃盗や盗聴を行った革マル派活動家が影響力を行使しうる、指導的立場に浸透しているとみられる団体から、枝野氏は約800万円の献金を受けていた」
枝野:「私は、首相も社会的な存在として認める連合(日本労働組合総連合会)加盟の産別とはお付き合いをしているが、そうした所の中にいろんな方がいる…」
安倍が言うところの“革マル派が浸透している団体”というのは旧国鉄の労働組合であった国鉄動力車労働組合(動労)のこと。動労委員長だった松崎明(故人)が革マル派の幹部。民営化後のJRでは全日本鉄道労働組合総連合会(鉄道労連、のちJR総連)を結成、民営化された新会社における労働運動で主導権を握った。全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)は、日本労働組合総連合会(連合)の加盟団体である。
革マルとは革命的共産主義者同盟(革共同)革命的マルクス主義派の略。革共同は新左翼として結成の後、同派と中核派に分裂、1960年代後半から70年代、両派は互いに死者を出す内ゲバを繰り広げた。内ゲバはその後収束したものの、両派の対立はそのまま今日まで持ち越されている。
JR関連の労働組合について、革マル派と関係のある労働組合だとする規定はまちがってはいないが、同労組員全員が革マル派だというわけではないし、革マル派の思想が完全に浸透しているわけでもない。そもそも革マル派が日本社会に与える政治的影響力はゼロに等しい。連合の加盟団体を名指しで、「殺人・・・云々」と国会で発言するのは、いかがなものかとは思う。
さて、過去、殺人、強盗等を行った団体」という表現は、日本共産党もそうだし、戦前、6.15、2.26事件を引き起こした団体(民族派団体、日本帝国軍隊の一部等)にも当てはまる。さらには、戦前・戦中、共産主義者、社会主義者、民主主義者を弾圧し、獄中でリンチ殺害した特高警察もそうだ。プロレタリア作家の小林多喜二の殺害について、Wikipediaは以下のとおり記している。
日本近代史において、権力側が思想犯として共産党員、反戦運動家等を拉致、拘留し、多喜二のように惨殺した総件数については調べていないが、その件数は革マル派が行ったそれとどちらが多いのであろうか。
そもそも、安倍晋三が今日政治的影響力を失った革マル派を国会で持ち出す意図に疑問をもつべきなのだ。いまなぜ、革マル派なのかといえば、前の拙Blobに書いた通り、安倍による「サヨク」脅威論による、人心誘導作戦にほかならない。
自民党議員や同党の大臣に「政治とカネ」の疑惑が巻き起こり、国会で問題にされると、野党議員を革マル派に結びつけて、自陣の攻撃をかわすという卑劣な防御作戦にすぎない。そもそも、安倍が問題視した枝野の献金は違法なのか。枝野が国会で追及した自民党国会議員の疑惑については、政治資金規正法に違反している可能性がある。安倍が問題視した枝野の件と、枝野が問題視した自民党議員の件とは、まったく異質な次元の問題だ。そこをきちんと整理すれば、安倍の意図がいかに姑息なものかわかってくる。
繰り返すが、安倍の政治手法は、ヒットラーのそれと同じだ。民主党、社民党等の野党は「サヨク」だから悪だ、という決めつけから始まる。「サヨク」は殺人、強盗をやってきた、革マル派は恐ろしい、彼らは日本国民の敵だ、それとくっついている民主党=枝野は日本国民の敵だ・・・
安倍が決めつけている悪の権化=サヨクのところに、「ユダヤ人」と入れれば、ヒットラーの演説と寸分変わらなくなる。善悪の単純化した対立構造をつくりあげ、大衆を「善」に向けて誘導する。「悪」の脅威について、メディアを使って拡声する。「悪」は「ユダヤ人」、サヨク、革マル派、中共・・・と代替可能なのだ。
政治的影響力という意味では幽霊にも等しい革マル派が、なんと安倍によって呼び出され、昼日中、国会を彷徨った。昔の名前でなんとやら、いかにも時代錯誤な光景ではないか。
日本国民は、真の敵を見誤ってはならない。もちろん真の敵とは、幽霊・革マル派ではなく、安倍晋三その人だ。
安倍:「殺人や強盗や窃盗や盗聴を行った革マル派活動家が影響力を行使しうる、指導的立場に浸透しているとみられる団体から、枝野氏は約800万円の献金を受けていた」
枝野:「私は、首相も社会的な存在として認める連合(日本労働組合総連合会)加盟の産別とはお付き合いをしているが、そうした所の中にいろんな方がいる…」
安倍が言うところの“革マル派が浸透している団体”というのは旧国鉄の労働組合であった国鉄動力車労働組合(動労)のこと。動労委員長だった松崎明(故人)が革マル派の幹部。民営化後のJRでは全日本鉄道労働組合総連合会(鉄道労連、のちJR総連)を結成、民営化された新会社における労働運動で主導権を握った。全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)は、日本労働組合総連合会(連合)の加盟団体である。
革マルとは革命的共産主義者同盟(革共同)革命的マルクス主義派の略。革共同は新左翼として結成の後、同派と中核派に分裂、1960年代後半から70年代、両派は互いに死者を出す内ゲバを繰り広げた。内ゲバはその後収束したものの、両派の対立はそのまま今日まで持ち越されている。
JR関連の労働組合について、革マル派と関係のある労働組合だとする規定はまちがってはいないが、同労組員全員が革マル派だというわけではないし、革マル派の思想が完全に浸透しているわけでもない。そもそも革マル派が日本社会に与える政治的影響力はゼロに等しい。連合の加盟団体を名指しで、「殺人・・・云々」と国会で発言するのは、いかがなものかとは思う。
さて、過去、殺人、強盗等を行った団体」という表現は、日本共産党もそうだし、戦前、6.15、2.26事件を引き起こした団体(民族派団体、日本帝国軍隊の一部等)にも当てはまる。さらには、戦前・戦中、共産主義者、社会主義者、民主主義者を弾圧し、獄中でリンチ殺害した特高警察もそうだ。プロレタリア作家の小林多喜二の殺害について、Wikipediaは以下のとおり記している。
新聞報道によると、2月20日正午頃別の共産党員1名と赤坂福吉町の芸妓屋街で街頭連絡中だった多喜二は築地署小林特高課員に追跡され約20分にわたって逃げ回り、溜池の電車通りで格闘の上取押さえられそのまま築地署に連行された。最初は小林多喜二であることを頑強に否認していたが、同署水谷特高主任が取調べた結果自白した。築地署長は、「短時間の調べでは自供しないと判断して外部からの材料を集めてから取調べようと一旦5時半留置場に入れたが間もなく苦悶を始め7時半にはほとんど重体になったので前田病院に入院させる処置を取り、築地署としては何の手落ちもなかった」との説明を行なっている。なお、小林死亡時の責任者は特高警察部長だった安倍源基で、その部下であった中川、特高課長の毛利基(戦後、埼玉県警幹部)、警部山県為三(戦後、スエヒロを経営)の3人が直接手を下している。
警察当局は翌21日に「心臓麻痺」による死と発表したが、翌日遺族に返された小林の遺体は、全身が拷問によって異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていた。しかし、どこの病院も特高警察を恐れて遺体の解剖を断った。死に顔は日本共産党の機関紙『赤旗』(せっき)が掲載した他、同い歳で同志の岡本唐貴により油絵で描き残され、千田是也が製作したデスマスクも小樽文学館に現存している。
日本近代史において、権力側が思想犯として共産党員、反戦運動家等を拉致、拘留し、多喜二のように惨殺した総件数については調べていないが、その件数は革マル派が行ったそれとどちらが多いのであろうか。
そもそも、安倍晋三が今日政治的影響力を失った革マル派を国会で持ち出す意図に疑問をもつべきなのだ。いまなぜ、革マル派なのかといえば、前の拙Blobに書いた通り、安倍による「サヨク」脅威論による、人心誘導作戦にほかならない。
自民党議員や同党の大臣に「政治とカネ」の疑惑が巻き起こり、国会で問題にされると、野党議員を革マル派に結びつけて、自陣の攻撃をかわすという卑劣な防御作戦にすぎない。そもそも、安倍が問題視した枝野の献金は違法なのか。枝野が国会で追及した自民党国会議員の疑惑については、政治資金規正法に違反している可能性がある。安倍が問題視した枝野の件と、枝野が問題視した自民党議員の件とは、まったく異質な次元の問題だ。そこをきちんと整理すれば、安倍の意図がいかに姑息なものかわかってくる。
繰り返すが、安倍の政治手法は、ヒットラーのそれと同じだ。民主党、社民党等の野党は「サヨク」だから悪だ、という決めつけから始まる。「サヨク」は殺人、強盗をやってきた、革マル派は恐ろしい、彼らは日本国民の敵だ、それとくっついている民主党=枝野は日本国民の敵だ・・・
安倍が決めつけている悪の権化=サヨクのところに、「ユダヤ人」と入れれば、ヒットラーの演説と寸分変わらなくなる。善悪の単純化した対立構造をつくりあげ、大衆を「善」に向けて誘導する。「悪」の脅威について、メディアを使って拡声する。「悪」は「ユダヤ人」、サヨク、革マル派、中共・・・と代替可能なのだ。
政治的影響力という意味では幽霊にも等しい革マル派が、なんと安倍によって呼び出され、昼日中、国会を彷徨った。昔の名前でなんとやら、いかにも時代錯誤な光景ではないか。
日本国民は、真の敵を見誤ってはならない。もちろん真の敵とは、幽霊・革マル派ではなく、安倍晋三その人だ。
2014年11月2日日曜日
異常な朝日新聞攻撃から透けて見える安倍晋三の頭の中
安倍晋三が国会において、朝日新聞に係る異常な発言を繰り返した。10月29日に自民党本部で行われた側近議員との昼食会で、安倍が「これで『撃ち方やめ』になればいい」などと述べた、という報道が発端だった。この発言については、朝日新聞のほか、共同通信、毎日新聞、日経新聞、産経新聞が報じたのだが、この点について、枝野幸男が10月30日の衆院予算委員会で確認すると、なぜか安倍は朝日新聞だけを持ち出して「これは捏造です」と断言したという。
それだけではない。安倍は05年の「NHK改変問題」を唐突に持ち出した。これは05年に朝日新聞が、NHKのいわゆる従軍慰安婦問題を扱った番組の放送前日に安倍と中川昭一元財務相(故人)がNHK幹部と面会して放送内容に圧力をかけたなどと報じた問題だという。
安倍は、「ですから、かつて朝日新聞は、私が中川昭一さんとともに、放送内容を変えさせたという記事を書いた。しかし、中川昭一さんは、その番組が放送される前に(NHK側に)会ってすらいないことが明らかになった。私が呼びつけて、そう指示したということも、そうではないということが明らかになった。これはまさに『捏造』ですよね。こういう捏造が起こったかということが問題。それはまさに(朝日新聞が)安倍晋三を攻撃しようという意志があって記事を書くから、こういうことになる」と続けたという。
安倍が理想とするのは維新から敗戦までのおよそ80年間の日本
こうした安部の異常発言から、安倍の頭の中が透けて見える。安倍は「大日本帝国」の幻想にとりつかれているようだ。安倍の世界観とはすなわち、日本を悪くした、もしくは悪くするのは、「サヨク」であり、「サヨク」が日本国をいたずらに貶めているのだと。その「サヨク」の象徴的存在が「朝日新聞」であり、「アサヒ」と「サヨク」の台頭は、日本がアジア太平洋戦争に敗北したことに起因すると考えているようだ。
安倍が理想とし、取り戻したい「日本国」とは、明治維新(1868年)からアジア太平洋戦争終結(1945年)までのおよそ、“80年間”だと思われる。なお、真珠湾攻撃の開戦(1941年)から終戦(1945)までの日本の国家体制を総力戦体制と呼び、それまでの国家体制との異質性を強調する考え方もあるが、本稿ではそのことを問わない。
その間、日本帝国は日清戦争及び日露戦争に勝利し、朝鮮併合を行い、第一次世界大戦において戦勝国となった。当時の日本は強国として軍事的にアジアに君臨し、満洲国建国に代表される大東亜共栄圏構想の下、アジア各地を侵略し続けた挙句、前出のとおり、1945年、米国の軍事力に国土を廃墟と化され無条件降伏した。
安部はこの“80年間”の日本を「取り戻す」ことを自身の使命と考えている。安倍が考える日本の美風とは、明治維新後日本の擬似的伝統として偽装された家族、故郷(自然)、神に行き着く。その装置として、靖国に代表される神社及び神と、神に守られた強力な軍(兵士)がある。
安部が靖国に参拝したがるのは、選挙対策としてつながっている神道(政治連盟)、遺族会(政治連盟)との関係だけではない。前出のとおり安倍が「取り戻したい」日本は、日本が強国として世界のイニシアチブをとった“80年間”に日本がもっていた皇軍と皇軍に兵士を供給し続けた家族(母)、そしてそれらを育んだ日本の「美しい自然」ということになる。
戦前の思想が300万人超の戦死者を出した
しかし、安倍が「取り戻したい」日本は、1945年にほぼ壊滅した。アジア太平洋戦争だけでも、日本人の戦死者は300万を超えている。沖縄地上戦、広島・長崎への原爆投下、大都市部への無差別大空襲、シベリア抑留・・・と、悲惨な戦争結果を列記するだけで胸が痛む。つまり、安倍が「取り戻したがっている」日本の“80年間”とは、国家の破滅を用意した年月だった。だから言うまでもなく、安倍が理想とする思想(世界観、倫理・道徳、国家観、家族観、宗教観、自然観、戦争観・・・)は歴史的事実として、国を破滅に導く。安倍の思想は、安倍が言うところの日本を悪くする「サヨク」の思想どころではない。日本を滅ぼす絶対に戻ってはいけない“80年間”なのだ。
蛇足ながら言っておくと、安倍が敵視する朝日新聞は、安倍が理想とする“80年間”において、一貫して開戦の論陣を張り続け、戦中は大本営発表という誤報を国民に垂れ流し続けた体制翼賛メディアだった。
安倍の朝日新聞攻撃はヒットラーの「ユダヤ人」攻撃に酷似
そもそも、安倍が敵視する「アサヒ」も「サヨク」も、いまの日本に存在しない。まったく存在しないわけではないが、政治的影響力は皆無に近い。朝日新聞が「進歩的」だった時代はずっと昔に終わっている。安倍は存在しない「サヨク」をお化けのように怖がってみせて、攻撃の対象とする。ワイマール共和国にヒットラーが攻撃対象とした「ユダヤ人」は実在するユダヤ人ではないのと同じことだ。幻想の敵をつくって理屈抜きで攻撃する手法こそ、ファシズムの常套手段にほかならない。大衆は単純化された敵に反応しやすい。
安倍がヒステリックに朝日攻撃をするシーンをTV映像で眺めていると、その姿は、ユダヤ人を執拗に攻撃する、ヒットラーの姿に見事に重なっていた。ヒットラーの演説の論理構造は単純で、ユダヤ人がドイツを悪くしている、もしくは悪くする――というワンフレーズに要約できる。第一次大戦後のドイツにおけるインフレ、混乱、不道徳・・・そして戦争の敗因までもが「ユダヤ人」に起因するという主張で一貫していた。ユダヤ人の下に共産党、社会主義者、社民主義者がいて、彼らを応援する新聞(メディア)があるという具合だ。安倍も「サヨク」が悪の権化であり、彼らに乗っ取られたメディア(朝日新聞等)が安倍自身を攻撃し、日本国民を貶め、韓国、中国に日本国を売ろうとしている、と主張する。
安倍の思想と日本の極右勢力との親和性は、当然高い。日本の極右勢力はもちろん「サヨク」を敵視し、嫌韓、謙中であり、あの“80年間”に創作された日本の擬似的伝統――神、家族、自然を信奉している。
安倍は歴史修正主義者である。政治家としての安倍の念願が日本の国連常任理事国入りであることもよく知られている。この安倍の願望こそが、“80年間”への回帰願望をよく象徴する。安倍の願望は、日本が軍事的プレゼンスをもって国際関係を主導するまでに至った1930年代の日本の復活だ。しかし考えてみれば、そのときの日本の指導者の傲慢と無知が、日本を破滅させたのだ。
安倍はアジア太平洋戦争の敗戦の痛みを知らない。敗戦を経験していなから、軍事力(戦争)を観念としてとらえ、安易に軍事力を信奉する。安倍は戦争の結果を想像する能力に欠けている。だから安倍は、平和主義(憲法第9条)に縛られることなく、日本が世界を領導できる地位に高めるため、軍事力を背景とした国家体制を構築することを夢想してしまう。それが宰相として歴史に名を残すことだという勘違いができてしまう。
安倍政権が日本を滅ぼす
さて、安倍の経済政策(アベノミクス)は、すでに破たんしている。円安誘導で国内物価は上がり、生活者の収入は上がらず、金利は低い。年金に頼る高齢者にとって消費税率のアップは生活を困窮させる。その一方で大企業は減税され、円安誘導は株価を一時的に押し上げ、1%が優遇される。だがこれもモルヒネにすぎない。
1%(大企業、資産家等)は優遇され、99%(生活者)は苦境に追い込まれる。これがアベノミクスの正体だ。モルヒネがきかなくなれば株価も下がり、日本経済は漂流するしかない。安部の復古主義と誤った経済政策を止めなければ、日本はそれこそ最暗黒の歴史を繰り返すことになる。
それだけではない。安倍は05年の「NHK改変問題」を唐突に持ち出した。これは05年に朝日新聞が、NHKのいわゆる従軍慰安婦問題を扱った番組の放送前日に安倍と中川昭一元財務相(故人)がNHK幹部と面会して放送内容に圧力をかけたなどと報じた問題だという。
安倍は、「ですから、かつて朝日新聞は、私が中川昭一さんとともに、放送内容を変えさせたという記事を書いた。しかし、中川昭一さんは、その番組が放送される前に(NHK側に)会ってすらいないことが明らかになった。私が呼びつけて、そう指示したということも、そうではないということが明らかになった。これはまさに『捏造』ですよね。こういう捏造が起こったかということが問題。それはまさに(朝日新聞が)安倍晋三を攻撃しようという意志があって記事を書くから、こういうことになる」と続けたという。
安倍が理想とするのは維新から敗戦までのおよそ80年間の日本
こうした安部の異常発言から、安倍の頭の中が透けて見える。安倍は「大日本帝国」の幻想にとりつかれているようだ。安倍の世界観とはすなわち、日本を悪くした、もしくは悪くするのは、「サヨク」であり、「サヨク」が日本国をいたずらに貶めているのだと。その「サヨク」の象徴的存在が「朝日新聞」であり、「アサヒ」と「サヨク」の台頭は、日本がアジア太平洋戦争に敗北したことに起因すると考えているようだ。
安倍が理想とし、取り戻したい「日本国」とは、明治維新(1868年)からアジア太平洋戦争終結(1945年)までのおよそ、“80年間”だと思われる。なお、真珠湾攻撃の開戦(1941年)から終戦(1945)までの日本の国家体制を総力戦体制と呼び、それまでの国家体制との異質性を強調する考え方もあるが、本稿ではそのことを問わない。
その間、日本帝国は日清戦争及び日露戦争に勝利し、朝鮮併合を行い、第一次世界大戦において戦勝国となった。当時の日本は強国として軍事的にアジアに君臨し、満洲国建国に代表される大東亜共栄圏構想の下、アジア各地を侵略し続けた挙句、前出のとおり、1945年、米国の軍事力に国土を廃墟と化され無条件降伏した。
安部はこの“80年間”の日本を「取り戻す」ことを自身の使命と考えている。安倍が考える日本の美風とは、明治維新後日本の擬似的伝統として偽装された家族、故郷(自然)、神に行き着く。その装置として、靖国に代表される神社及び神と、神に守られた強力な軍(兵士)がある。
安部が靖国に参拝したがるのは、選挙対策としてつながっている神道(政治連盟)、遺族会(政治連盟)との関係だけではない。前出のとおり安倍が「取り戻したい」日本は、日本が強国として世界のイニシアチブをとった“80年間”に日本がもっていた皇軍と皇軍に兵士を供給し続けた家族(母)、そしてそれらを育んだ日本の「美しい自然」ということになる。
戦前の思想が300万人超の戦死者を出した
しかし、安倍が「取り戻したい」日本は、1945年にほぼ壊滅した。アジア太平洋戦争だけでも、日本人の戦死者は300万を超えている。沖縄地上戦、広島・長崎への原爆投下、大都市部への無差別大空襲、シベリア抑留・・・と、悲惨な戦争結果を列記するだけで胸が痛む。つまり、安倍が「取り戻したがっている」日本の“80年間”とは、国家の破滅を用意した年月だった。だから言うまでもなく、安倍が理想とする思想(世界観、倫理・道徳、国家観、家族観、宗教観、自然観、戦争観・・・)は歴史的事実として、国を破滅に導く。安倍の思想は、安倍が言うところの日本を悪くする「サヨク」の思想どころではない。日本を滅ぼす絶対に戻ってはいけない“80年間”なのだ。
蛇足ながら言っておくと、安倍が敵視する朝日新聞は、安倍が理想とする“80年間”において、一貫して開戦の論陣を張り続け、戦中は大本営発表という誤報を国民に垂れ流し続けた体制翼賛メディアだった。
安倍の朝日新聞攻撃はヒットラーの「ユダヤ人」攻撃に酷似
そもそも、安倍が敵視する「アサヒ」も「サヨク」も、いまの日本に存在しない。まったく存在しないわけではないが、政治的影響力は皆無に近い。朝日新聞が「進歩的」だった時代はずっと昔に終わっている。安倍は存在しない「サヨク」をお化けのように怖がってみせて、攻撃の対象とする。ワイマール共和国にヒットラーが攻撃対象とした「ユダヤ人」は実在するユダヤ人ではないのと同じことだ。幻想の敵をつくって理屈抜きで攻撃する手法こそ、ファシズムの常套手段にほかならない。大衆は単純化された敵に反応しやすい。
安倍がヒステリックに朝日攻撃をするシーンをTV映像で眺めていると、その姿は、ユダヤ人を執拗に攻撃する、ヒットラーの姿に見事に重なっていた。ヒットラーの演説の論理構造は単純で、ユダヤ人がドイツを悪くしている、もしくは悪くする――というワンフレーズに要約できる。第一次大戦後のドイツにおけるインフレ、混乱、不道徳・・・そして戦争の敗因までもが「ユダヤ人」に起因するという主張で一貫していた。ユダヤ人の下に共産党、社会主義者、社民主義者がいて、彼らを応援する新聞(メディア)があるという具合だ。安倍も「サヨク」が悪の権化であり、彼らに乗っ取られたメディア(朝日新聞等)が安倍自身を攻撃し、日本国民を貶め、韓国、中国に日本国を売ろうとしている、と主張する。
安倍の思想と日本の極右勢力との親和性は、当然高い。日本の極右勢力はもちろん「サヨク」を敵視し、嫌韓、謙中であり、あの“80年間”に創作された日本の擬似的伝統――神、家族、自然を信奉している。
安倍は歴史修正主義者である。政治家としての安倍の念願が日本の国連常任理事国入りであることもよく知られている。この安倍の願望こそが、“80年間”への回帰願望をよく象徴する。安倍の願望は、日本が軍事的プレゼンスをもって国際関係を主導するまでに至った1930年代の日本の復活だ。しかし考えてみれば、そのときの日本の指導者の傲慢と無知が、日本を破滅させたのだ。
安倍はアジア太平洋戦争の敗戦の痛みを知らない。敗戦を経験していなから、軍事力(戦争)を観念としてとらえ、安易に軍事力を信奉する。安倍は戦争の結果を想像する能力に欠けている。だから安倍は、平和主義(憲法第9条)に縛られることなく、日本が世界を領導できる地位に高めるため、軍事力を背景とした国家体制を構築することを夢想してしまう。それが宰相として歴史に名を残すことだという勘違いができてしまう。
安倍政権が日本を滅ぼす
さて、安倍の経済政策(アベノミクス)は、すでに破たんしている。円安誘導で国内物価は上がり、生活者の収入は上がらず、金利は低い。年金に頼る高齢者にとって消費税率のアップは生活を困窮させる。その一方で大企業は減税され、円安誘導は株価を一時的に押し上げ、1%が優遇される。だがこれもモルヒネにすぎない。
1%(大企業、資産家等)は優遇され、99%(生活者)は苦境に追い込まれる。これがアベノミクスの正体だ。モルヒネがきかなくなれば株価も下がり、日本経済は漂流するしかない。安部の復古主義と誤った経済政策を止めなければ、日本はそれこそ最暗黒の歴史を繰り返すことになる。
2014年11月1日土曜日
2014年10月29日水曜日
2014年10月28日火曜日
ザハ・ハディド
東京オペラシティにて、ザハ・ハディドさんのデザイン展が開催されている。
新国立競技場のデザインに採用されたデザイナーだ。
ところが、選考過程の不透明性、建物が及ぼす周辺環境への悪影響や周辺景観との不調和性、
加えて建設及びメンテコスト等の非経済性に係る異議が続出している。
ザハさんのデザインについては個人の好みが働くが、国立競技場がある神宮外苑周辺にはそぐわない。
この人の作品はアジアでは中国、香港、韓国等にあって、日本にない。
そのあたり、日本の国威発揚として採用が決まったのならば、選考する側の考え違いだろう。
見終わった後、パブへ。
2014年10月23日木曜日
2014年10月21日火曜日
小渕優子は原発推進派によって「消された」のか
小渕優子経済産業相と松島みどり法相が20日、閣僚を辞任した。小渕優子は不適切な政治資金問題、松島みどりは地元選挙区で「うちわ」を配布した問題の責任を取った。松島の「うちわ問題」はさておき、小渕優子の政治資金問題については、不自然な印象が拭えない。
第二次安倍内閣が発足したのが9月3日。その後、9月18日に『赤旗新聞』が、9月23日に『日刊ゲンダイ』が、そして、10月16日発売の『週刊新潮(10月23日号)』が小渕優子のスキャンダルを報じた。以降、同誌の発刊を契機として、日本の全メディアが小渕優子の政治資金問題をスキャンダルとして大々的に一斉報道し始めた。各メディアの論調はそろって、“政治とカネ”という醜聞仕立てであった。
同誌の内容を大雑把にいうと、小渕優子関連の2つの政治団体が平成22年と23年、選挙区の後援会員らのために「観劇会」を東京の劇場で開催した際、劇場側に支払った費用が、参加した後援会員らから集めた会費を2年とも約1300万円上回っていることが15日、両団体の政治資金収支報告書からわかったというもの。
だが、小渕優子の2つの政治団体(小淵優子後援会と自由民主党群馬県ふるさと振興支部)の収支報告書」の公表日付は不明だが、少なくとも、『赤旗新聞』掲載の直前ではない。群馬県のホームページに掲載された政治資金収支報告書の最新の公表日は、平成25年11月25日であって、それ以降の更新はない。総務省のホームページの定期公表も平成25年11月29日が最後(平成24年分)になっている。
いったいなぜ、いまになって小渕優子の政治資金収支報告書が問題視されたのだろうか。小渕優子が経産相に就任した本年9月3日から、『週刊新潮』がスキャンダルを報じた10月15日のあいだにいったい、なにがあったのだろうか。
日本のメディアは一切報じていないが、『ロイター』は10月17日に小渕優子経産相(当時)の動きとして、以下のとおり伝えていた。
また、10月21日の『東京新聞(朝刊)』は署名入り記事で以下のとおり報じている。
小渕優子の後任には、宮澤洋一が決まったが、宮澤洋一はWikipediaによると、東京電力株を大量に保有しているというし、前出の『東京新聞』も、原発再稼働推進派として報じている。
『ロイター』及び『東京新聞』の報道からうかがえるのは、小渕優子は経産相に就任してから、原発エネルギー問題について、何かをしようとしたことだけは確かである。小渕優子は少なくとも、原発再稼働を検証抜きに推進するような政治家ではなかった。
安倍首相は、平成26年10月16日(現地時間)、第10回アジア欧州会合(ASEM)首脳会合等に出席するためイタリアを訪問し17日まで滞在した。つまり安倍が日本にいない間に、『週刊新潮』の小渕バッシング報道が始まり、その勢いは日本の全メディアによって燎原の火のごとく日本中に燃え広がったのである。この騒ぎを異国で知った安倍は急きょ予定を変更し帰国、事態収拾にあたったようだ。
つまり、小渕を任命した安部が不在の間に小渕バッシングは仕組まれ、安倍は小渕の首を切るために急きょ帰国したといえる。このことが意味するのは、小渕優子のスキャンダルに安倍は関与していないということ。安部の思惑とは異なるところで小渕優子の解任は準備され、そして実行されたものと推定できる。
総理大臣である安部を無視して大臣の首を挿げ替えることができるのはだれなのか。もちろんそれができるのは(小渕優子を経産省から追い出すことができるのは)、官・産の原発推進派であり、日本のマスメディアが後押しした結果にほかならない。
今回の小渕優子スキャンダルの発覚は、安部にまったくメリットがないわけではない。第二次安部内閣には、江頭聡徳防衛相、塩崎恭久厚労相、西川公也農水相の3つのスキャンダルがまだ控えている。さらにヘイトスピーチで知られる在特会との関係を疑われる閣僚が(女性閣僚を含めて)数人いる。同会との関係は、国際的スキャンダルに発展しかねない。
ここで、女性2大臣を切れば、世間も納得し、閣僚スキャンダル・ドミノの類焼を免れる目も出てくる。世間が注目する「女性」をあくまでも利用し尽くそうという魂胆である。国民が関心を失えば、野党の追及も迫力が薄れる。小渕優子だけではインパクトが低いので、ついでに、朝日新聞出身の松島みどりも切っておこうというわけか。残念ながら、日本国民は、権力の陰謀にナイーブ(うぶ)であり、メディアの扇動に乗りやすい。
第二次安倍内閣が発足したのが9月3日。その後、9月18日に『赤旗新聞』が、9月23日に『日刊ゲンダイ』が、そして、10月16日発売の『週刊新潮(10月23日号)』が小渕優子のスキャンダルを報じた。以降、同誌の発刊を契機として、日本の全メディアが小渕優子の政治資金問題をスキャンダルとして大々的に一斉報道し始めた。各メディアの論調はそろって、“政治とカネ”という醜聞仕立てであった。
同誌の内容を大雑把にいうと、小渕優子関連の2つの政治団体が平成22年と23年、選挙区の後援会員らのために「観劇会」を東京の劇場で開催した際、劇場側に支払った費用が、参加した後援会員らから集めた会費を2年とも約1300万円上回っていることが15日、両団体の政治資金収支報告書からわかったというもの。
だが、小渕優子の2つの政治団体(小淵優子後援会と自由民主党群馬県ふるさと振興支部)の収支報告書」の公表日付は不明だが、少なくとも、『赤旗新聞』掲載の直前ではない。群馬県のホームページに掲載された政治資金収支報告書の最新の公表日は、平成25年11月25日であって、それ以降の更新はない。総務省のホームページの定期公表も平成25年11月29日が最後(平成24年分)になっている。
いったいなぜ、いまになって小渕優子の政治資金収支報告書が問題視されたのだろうか。小渕優子が経産相に就任した本年9月3日から、『週刊新潮』がスキャンダルを報じた10月15日のあいだにいったい、なにがあったのだろうか。
日本のメディアは一切報じていないが、『ロイター』は10月17日に小渕優子経産相(当時)の動きとして、以下のとおり伝えていた。
[東京 17日 ロイター] - 小渕優子経済産業相は17日夕、電気事業連合会の八木誠会長(関西電力)と会い、老朽原子炉7基の廃炉判断を早期に示すよう要請した。「来年4月から7月に運転延長を申請する必要がある炉7基の取り扱いの考え方を早期に示していただきたい」と述べた。
八木会長は小渕経産相との会談後、記者団に対し、「取り扱いは各社の経営判断。それぞれの会社で検討していただきたい」と述べた。判断を示す期限についての質問に八木会長は「できるだけ早く示すようにしたい」と答えた。
対象の7基は、古い順に日本原子力発電の敦賀1号、関電美浜1・2号、中国電力島根1号、関電高浜1号、九州電力玄海1号、高浜2号。
八木氏は関電の対象4基について「検討を進めているが、現時点で決めたものはない」と話した。同氏は、今後、廃炉の際の財務面への影響を緩和するために、国に会計制度の見直しを求めたいとの考えを示した。
原発の運転期間に関する現行ルールは、運転期間を原則40年に制限しながらも、原子力規制委員会の認可を条件に20年間を上限に1回だけ運転延長が認められる。
すでに40年超の4基を含め、2016年7月時点で40年を超える7基を運転延長させるには、来年4月から7月までに規制委に申請する必要がある。その際、事業者は原子炉の劣化状況などを調べる「特別点検」を実施し、規制委の認可を得る必要がある。
小渕氏との会談に先立って行われて電事連の定例会見で八木氏は、特別点検には「数カ月はかかる」と述べた。(浜田健太郎)
また、10月21日の『東京新聞(朝刊)』は署名入り記事で以下のとおり報じている。
電力政策停滞も 再生エネ、原発…経産相の課題山積
小渕優子経済産業相が辞任し、後任に宮沢洋一氏が就く。(略)経産相が抱えるエネルギー政策の課題は多い。中でも太陽光発電を中心とする再生可能エネルギーを増やす議論は小渕氏が重視してようやく動きだした感があり、経産相の交代で政策が停滞する懸念がある。(略)経産省、電力会社ともに原発の再稼働を重視し、再生エネルギーを増やす対策を怠っていたが、9月3日に就任した小渕氏は電力各社の判断が妥当かどうかを専門家に検証してもらう部会を設置。背景には「電力会社の説明は本当なのかと疑った小渕氏の鶴の一声があった」(経産省関係者)という。中長期的な再生エネの拡大策も含めて議論は始まったばかりだが、経産相の交代で腰が折られる恐れもある。(吉田通夫)
小渕優子の後任には、宮澤洋一が決まったが、宮澤洋一はWikipediaによると、東京電力株を大量に保有しているというし、前出の『東京新聞』も、原発再稼働推進派として報じている。
『ロイター』及び『東京新聞』の報道からうかがえるのは、小渕優子は経産相に就任してから、原発エネルギー問題について、何かをしようとしたことだけは確かである。小渕優子は少なくとも、原発再稼働を検証抜きに推進するような政治家ではなかった。
安倍首相は、平成26年10月16日(現地時間)、第10回アジア欧州会合(ASEM)首脳会合等に出席するためイタリアを訪問し17日まで滞在した。つまり安倍が日本にいない間に、『週刊新潮』の小渕バッシング報道が始まり、その勢いは日本の全メディアによって燎原の火のごとく日本中に燃え広がったのである。この騒ぎを異国で知った安倍は急きょ予定を変更し帰国、事態収拾にあたったようだ。
つまり、小渕を任命した安部が不在の間に小渕バッシングは仕組まれ、安倍は小渕の首を切るために急きょ帰国したといえる。このことが意味するのは、小渕優子のスキャンダルに安倍は関与していないということ。安部の思惑とは異なるところで小渕優子の解任は準備され、そして実行されたものと推定できる。
総理大臣である安部を無視して大臣の首を挿げ替えることができるのはだれなのか。もちろんそれができるのは(小渕優子を経産省から追い出すことができるのは)、官・産の原発推進派であり、日本のマスメディアが後押しした結果にほかならない。
今回の小渕優子スキャンダルの発覚は、安部にまったくメリットがないわけではない。第二次安部内閣には、江頭聡徳防衛相、塩崎恭久厚労相、西川公也農水相の3つのスキャンダルがまだ控えている。さらにヘイトスピーチで知られる在特会との関係を疑われる閣僚が(女性閣僚を含めて)数人いる。同会との関係は、国際的スキャンダルに発展しかねない。
ここで、女性2大臣を切れば、世間も納得し、閣僚スキャンダル・ドミノの類焼を免れる目も出てくる。世間が注目する「女性」をあくまでも利用し尽くそうという魂胆である。国民が関心を失えば、野党の追及も迫力が薄れる。小渕優子だけではインパクトが低いので、ついでに、朝日新聞出身の松島みどりも切っておこうというわけか。残念ながら、日本国民は、権力の陰謀にナイーブ(うぶ)であり、メディアの扇動に乗りやすい。
登録:
投稿 (Atom)
















