2012年2月29日水曜日

閏日に雪とは、

珍しい。

生涯、忘れにくい2月29日となろう。

2月の雪の日と言えば、1036年(昭和11年)の「2.26事件」のあった26日だろうか。

齋藤史のうた2首

暴力のかくうつくしき世にすみてひねもすうたうわが子守うた

革命を持たざる国に生まれ来て風雨ほどほどに有りて終るか




2012年2月26日日曜日

谷中霊園で、

猫にあった。

最近、霊園内で猫に出くわすことはあまりない。

寒いからだろう。

二匹の猫とも、人間を怖がらない。

このあたりで、餌をもらっているに違いない。


@Yanaka

ちょっと、近所をお散歩

○寛永寺境内



○上野公園

2012年2月23日木曜日

猫と話す


最近、白猫のNicoとの会話が可能になった。

Nicoの語彙としては概ね、遊びたい、ブラシをしてほしい、ドア(窓)を開けて、餌がほしい、くらいだが、通じる。

残念ながら、Nicoはこちらの言葉がわからないので、厳密には会話ではないのかもしれないが、

悪くない傾向である。

一方の、Zazieはあまり鳴かないが、表情が豊かである。

2012年2月8日水曜日

東北被災地から戻りました。

復興はまだまだ、という印象が強い。

たとえば、昨年7月以来の再訪の地、石巻・門脇地区の場合、

雪がうっすら積もっていて、季節は幾度か変わったことを認識できるものの、

復旧、復興のかけらすらうかがえない。

被災地の一日も早い復旧・復興を祈念するばかり。

◆石巻漁港


◆雄勝


◆閖上

2012年2月1日水曜日

ZazieとNico(2月)




二匹の猫は相変わらず仲が良かったり、取っ組み合いをしたりと活発。

体重は、Zazieが2.7㎏、Nicoが5.2㎏。

Zazieが100gの微減、Nicoが100gの微増となった。

餌の消化具合については、目視では変化がない。

成長が止まったのかな。

2012年1月30日月曜日

『オウム真理教の精神史  ロマン主義・全体主義・原理主義』

●大田俊寛 ●春秋社 ●2300円(+税)

2011年大晦日の深夜、オウム真理教元幹部、平田信容疑者(46)が突然出頭したというニュースが流れた。平田容疑者は、1995年2月の目黒公証役場事務長逮捕監禁致死事件などで特別手配されたまま、16年半も逃亡したことになる。平田容疑者の逮捕によって、忘れかけていたオウム事件の記憶が呼び起こされた。

オウム真理教の一連の事件についてはわからないことが多く、オウム真理教の核心をついた本が読みたいと常々思っていた。そんなとき、本書の刊行を耳にした。それだけに、期待は大きかったのだが、期待は裏切られた。このことは後述する。

さて、本書は、オウム真理教とは何だったのか、という問いに対する回答である。著者(大田俊寛)は、それを「ロマン主義的で全体主義的で原理主義的なカルトである」とする。いかにも簡潔な回答だが、そもそもカルトとは、“ロマン主義的で全体主義的で原理主義的なもの”なのではないか。

著者(大田俊寛)が使用するロマン主義、全体主義、原理主義とはどういうものなのかは、本書を読んでいただければわかることなので、ここでは詳述しない。なお、著者(大田俊寛)が本書で使用する原理論は、終末論的世界観と換言したほうがわかりやすい。

著者(大田俊寛)は、“ロマン主義、全体主義、原理主義という思想的潮流が発生し、社会に対して大きな影響を振るうようになったのは、近代という時代の構造、より具体的に言えば、国家が此岸の世界における主権性を獲得し、宗教や信仰に関わる事柄が「個人の内面」という私的な領域に追いやられるという構造そのものに起因していると考えることができる。”と説明する。

この説明は、カルト教団全般についてのものであって、オウム真理教に限ったものではない。たとえば、日本近代の黎明期に起きた「神風連(敬神党)の乱(1876)」、アジア太平洋戦争直前、青年将校による「2.26事件(1936)」、戦後の共産党による「血のメーデー事件(1952)」、高度成長期の三島由紀夫と盾の会による「自衛隊市ヶ谷駐屯地突入事件(1970)」、「連合赤軍事件(1971~1972)」など、みな、ロマン主義的、全体主義的、原理主義的なカルト教団・党派等が起こした事件である。だが、オウム真理教はそれらと異なっている、同質性よりも、異質性のほうが勝っている。オウム真理教の特殊性の説明がほしい。

それだけではない。オウム真理教が実際の国家権力(日本)に対して軍事的に対峙した経緯を振り返ると、小規模な同志の粛清から端を発し(オウムの場合は、真島照之死亡事件。連合赤軍の場合は、早岐やす子と向山茂徳を印旛沼にて殺害した事件。)、その死の隠蔽から軍事的エスカレートが始まっているという脈略で言えば、前出の「リンチ殺人事件」「浅間山荘事件」を起こした「連合赤軍」と近似した精神的傾向が認められるように思える。すなわち、オウム真理教が示した思想的潮流の説明を“近代の構造”に求めるよりも、閉ざされた人間集団が醸成する権力構造が引き起こす混沌した精神状況、すなわち、スターリン主義的病理に求めたほうが当たっているように思える。

著者(大田俊寛)は、本書最終章(5章)の最終単元において、オウム真理教の特殊性について簡単に触れている。このことは、推測だが、本書の展開がオウム真理教の一般的説明に終始しすぎたことに対する、著者(大田俊寛)反省の念からではないか。

…世界中に存在する多くの「カルト」を見渡してみても、オウムほど活発で過激な行動に出たものはきわめて稀であり、そのような宗教がなぜ日本に出現したのかということは、問われて良い事柄である。(P279)
“問われて良い事柄”ではなく、このことこそ“問われなければならい事柄”である。そして、前出のとおり、オウム真理教の核心的問題とは、オウムの特殊性の解明にある。著者(大田俊寛)は、この“問い”に対して、以下のとおり回答する。

最初に仏教と葬儀の問題について。(略)第二に、都市の巨大化の問題について。(略)最後に、天皇制の問題について。
はたしてそうなのだろうか。この“問い”に係る著者(大田俊寛)の説明があまりにも不十分であるがため、読む者は靴の上から足を掻くような焦燥感を覚えつつ、本書を読了することになる。先述した期待外れとは、このことを指す。

なお、本書とは関係のないことだが、蛇足ながら、筆者が抱くオウムへの関心を最後に書いておく。それを一言で言えば、オウムが誕生し、拡大し、サリン散布に代表されるような大規模テロを敢行するまでの世俗的な要件である。

第一は、資金の流れ。
今日でも、既存の宗教法人におけるカネの流れは不透明なところが多いと言われる。オウムが、地方とはいえ、広大な土地を取得し、大規模な施設を建設できたのは、新興のカルト教団では得られなかった資金をオウムであるがゆえに調達し得たからだろうと思う。出家信者の財産収奪や宗教関連の物品販売だけで、賄えたのだろうか。

第二は、ロシアとの接点。
この件については、本書にも簡単に触れられている(P260~)。本書によると、オウムがロシアから入手した武器は、自動小銃のAK-74、生物化学兵器関連製品(防毒マスク、防護服、検知器等)、ヘリコプター(ミル17)、洗脳用LSD、もちろん、武器製造ノウハウ伝授、武器使用を可能とする軍事訓練も受けていたという。オウムがのちにテロに使用したサリンの製造技術も、ロシア経由であった可能性が高い。

1990年代初頭のロシアはソ連崩壊から間もない時期に当たり、混乱状態にあったらしい。近年のハリウッド映画にしばしば描かれているように、旧ソ連軍の大量破壊兵器(ミサイル、核爆弾、生物兵器等)を世界中に売りさばいているのは、“ロシアンマフィア”の仕業であり、オウム真理教もそのような集団と取引を行っていたことが推測される。

オウムがロシアで布教活動中、武器販売を専門とする闇組織と接触し、武器調達に至ったのか、そもそも、オウムのロシア進出は武器調達が目的だったのかも定かでない。また、両者の仲介者はだれなのか、という疑問も残ったままである。

第三は、日本の公安当局とオウムの関係。
前出のように、大量な資金がオウム真理教に還流し、それを使って、彼らは大規模な不動産を取得し、ロシアから、大量の武器や高額なヘリコプターを調達した。日本の当局がオウムの一連の不自然な動きを察知できなかったのだろうか。オウムが宗教法人であるがゆえに、当局が捜査(介入)を躊躇ったのではないか。

第四は、ロシア以外の海外勢力の影。
1995年3月、警察庁長官國松孝次が狙撃され重傷を負った事件は未解決なまま、2010年3月に殺人未遂罪の公訴時効(15年)を迎えている。なお、現場からは、朝鮮人民軍のバッジや大韓民国の10ウォン硬貨が見つかったという。この事件では、オウム真理教の信者だった警視庁巡査長(事件当時31歳)が取り調べに対し、犯行の具体的な状況や、銃を神田川に捨てたことを1996年5月に詳細に供述していたが、証拠品捜索の為にダイバーを投入しても銃が発見されないなど、供述に矛盾点が多いとして立件は見送られた。

なお、当時、オウムに対する当局の対応は、いかにも後手後手であった。「地下鉄サリン事件(1995年3月)」の前に起こった「松本サリン事件(1994年6月)」では、警察は、被害者である第一通報者・河野義行氏を重要参考人として取り調べを行った。また、マスコミによる報道が過熱の一途を辿り、事実上、マスコミによる冤罪が確定してしまった。捜査当局とマスコミ共作による、「でっち上げ」が常套化したのは、松本サリン事件からかもしれない。

最後に忘れてならないのが、オウム真理教幹部の一人・村井秀夫に対する、テロ殺人事件である。事件は、1995年4月23日午後8時35分、教団東京総本部ビル前において、村井が、犯人によって刃物で殺害された。その様子はTVニュースで繰り返し放映され、日本中に衝撃を与えた。実行犯は昼頃より事件現場に待ち伏せており、計画的犯行であることが伺えた。実行犯は事件後直ちに逮捕された。

『ウイッキペディア』には興味深い引用があるので、以下、ペーストする。

事件直後の上祐史浩外報部長(当時)のTV番組内での証言によれば、村井は死ぬ間際に「ユダにやられた」と話したという。後の2000年2月の週刊プレイボーイ上のインタビューでは上祐は、「彼(村井)は刺殺される直前に、オウム真理教の事件その他はユダヤの陰謀であると言おうとしていた、そんな気配がある」「ユダヤ叩きというのは、僕にはどういう意味なんかよくわからない」が、「彼はあの直前に、テレビに出演してユダヤ叩きをやろう、という計画を立てていた」「刺殺される数時間前に彼から私の方に「ユダヤ叩きをやりますよ。今から戻ります」という電話があった」「彼はその直後に刺殺された」、と述べている。また、事件当日、「オウム出版の編集部に彼が「ユダヤの陰謀関係の本を集めてくれ」と依頼していたという事実もある」。また、事件直前に出演したTBSテレビNEWS23で、筑紫哲也の「阪神大震災が地震兵器で起きたとすれば、それを使ったのは誰ですか。米軍ですか?」の問いに対して、「米軍と特定するには条件が足りないが、かなりの力を持っている団体と思う」と答えている。

殺害された村井が、「ユダヤ叩き」をやろうとしていた、というのは誠に奇妙なことだといわねばならない。

これらは、もちろん、本書が解明しようとした、“オウムとは何だったのか”という設問とは位相が異なるけれど、オウムの実態解明には、これまた、避けてとおれない事柄のように思える。

※著者(大田俊寛)が本書にて、若干触れている宗教学者・中沢新一批判については、稿を改めることとする。

2012年1月20日金曜日

ポスティング制度に罪はない。

日ハム・ダルビッシュ有投手(25)がポスティング制度を利用して、MLBレンジャーズへの入団を決めた。契約金額は6年6000万ドル(約45億円)で、06年にレッドソックスと6年契約した松坂投手の5200万ドルを上回り、日本人過去最高額となった。彼がMLBで長く活躍することを祈っている。

なお、ポスティングに伴う入札額は、松坂(西武ライオンズ)=5111万1111ドル11セント、ダルビッシュ(日ハム)=5170万3411ドル00セント。両者とも約40億円で、入札額に大きな開きはない。

その一方、西武・中島裕之内野手(29)を250万ドル(約1億9250万円)で落札したヤンキースは控え扱い。しかも6年間も球団の保有権下に置くという条件を提示して、破談に至った。また、首位打者3度を誇るヤクルト・青木宣親外野手(30)は、中島と同じ250万ドルでブルワーズに落札され2年契約を結んだ。青木の場合は、独占交渉権獲得後、米国に呼びつけられ、事実上の“入団テスト”をやらされてから、ようやく正式オファーが出されるという異例の扱い。しかも、年俸は、米紙報道によると1年目100万ドル(7700万円)、2年目125万ドル(9600万円)と低額。ヤクルト時代の年俸3億3000万円と比較すると、1/3以下だ。

中島、青木の2選手の契約が不調・低調だったことから、日本プロ野球(NPB)関係者からポスティングへの批判がわき起きている。野球評論家のなかには、「中島、青木への評価は、日本プロ野球76年の歴史にとってあまりに寂しい。実績ある選手が入札制度のもと、これほどなめられるのを見ていられない」と怒りをあらわにする者もいるし、日本プロ野球組織の加藤良三コミッショナー(70)に対して、ポスティングの撤廃もしくは凍結を通告してほしい、と訴える者もいる。これらの引用は、日本のプロ野球関係者・ファンが抱く、ポスティング制度への批判・不満の最大公約数だともいえる。

だが、筆者は、このたびのポスティングの結果はきわめて妥当なものだと思っている。その根拠は、NPBの野手選手がMLBで活躍できていないことだ。

これまでMLB入りした野手の日本人プレイヤーは、イチロー、松井秀喜、福留孝介、松井稼頭央、井口資仁、岩村明憲、城島健司、新庄剛志、田口壮、中村紀洋、西岡剛の11選手。彼らの成績を詳しくは書かないが、なかで際立った活躍をみせたのがイチローで、次いで松井秀喜の2選手に限られる。MLB入りしてすぐケガをしてしまった西岡の評価はくだせないとは言うものの、筆者の主観では2012シーズン以降の彼の活躍は難しいとみる。つまり、イチロー、松井(秀)以外の9人の日本人野手は、MLBでは並かそれ以下。MLBの各球団は、日本人の野手選手に対して、入札額を日本の球団に支払ってまで契約をする価値を見いだせないのではないか。

日本プロ野球のレベルは、米国3A<NPB<MLBというのが妥当なところ。NPBの一流野手は、3Aの一流よりいまは上かもしれないが、フィジカル、将来性で劣ることがこれまでの成績が証明している。ならば、MLBとしては、マイナーから上がってきた米国の選手と契約したほうがコストは安いし、成長も期待できる。日本人の一流野手や将来性があまり期待できない日本人投手の場合、ポスティング制度を使って入団させても、契約金はおさえたいと考えることに合理性がある。

そればかりではない。MLB側の日本人選手受け入れは、野球の成績以外の経済効果を期待してのこと――という側面を否定できない。日本企業のサプライヤー契約、日本人観光客の増加、グッズ市場の拡大といったところか。

しかし、野球の成績以外の経済効果は時の経過とともに薄らいでいくし、なによりも、入団した日本人選手が活躍しなければ色あせたものになってしまう。日本人選手を入団させる場合、実力面=戦力効果は多少期待薄でも、入札金額の回収は入団時における諸々の経済効果によって可能だし、ある程度の利益は見込める、だが、高額の複数年契約はリスクが高いので避けたい、というのがMLB側の本音ではないか。

ポスティング制度は、MLB入りを希望するNPB側が任意に仕掛けるものだ。NPBに属する日本人選手とNPB球団の合意に基づかなければ成立しない。NPB球団は入札額を得られるし、選手もNPBでは実現不可能な高額契約金を得られるか、そのチャンスを手に入れることができる。一方、仕掛けられたMLBとしては、入札に応じる権利はあるが、義務はない。きわめて合理的な制度(システム)ではないか。

繰り返すが、NPBの球団には入札額、NPBの選手にはNPBでは手にできない契約金(を得られる機会)が実現できる。傍がとやかく言うことではないし、ポスティングを廃止もしくは凍結するというのは、一獲千金の道を塞ぐ愚行だ。もちろん、NPBのコミッショナーが規制するような話ではない。それこそ、球団と選手の勝手というものだ。

ポスティング制度が廃止・凍結されれば、選手はFA権を得られるまで待つしかない。NPBのFA制度の場合、大雑把に言えば、高校卒業選手で8年間、大学卒業・社会人で7年間、NPBでプレーしなければ権利取得できない。それが短いのか長いのかは別の議論が必要。

結論を急げば、現行、ドラフト制度を形骸化するような、事実上の選手の逆指名を許すのであれば、FA権取得年限は短すぎる。逆に、ドラフトで指名された選手が――交渉権を得た球団の提示契約内容が合理的であることを前提とするが――すべからく指名球団に入団するのであれば、現行のFA権取得年限は長すぎるので短くすべきだ。

NPBは、ドラフト制度を厳格に作動させ、その一方で、トレードやFA制度を活用し、選手の流動性を高めることが必要だ。もちろん、MLBとNPBの行き来も、自由度をより高めるべきだ。ポスティング廃止など、とんでもない。

2012年1月16日月曜日

大学入試センターを解体せよ

大学入試センター試験において、地理歴史と公民で問題配布ミスなどのトラブルが相次いだ。事実上の学歴社会、卒業大学名格差社会である日本において、試験を運営する大学入試センターの責任は重い。

報道によると、トラブルは大きく分けて2つで、1つは試験官が地歴と公民の2冊を配布するのに時間がかかるなどしたため開始が遅れ、終了時間を繰り下げたケース。もう1つは、2冊配布する必要があるのに、地歴のみを配布、その後誤りに気づいて公民を配ったケース。少なくとも全国58会場の計4565人の受験生に影響が出たといわれている。運営側の不手際によるトラブルとしては過去最悪規模。今後の調査で影響人数がさらに拡大する可能性もあるという。

センター試験の必要性については、筆者はおおいに疑問を持っている。大学入試センターの存在「意義」は、文科省の天下り先確保ではないかとさえ思っている。が、この問題には、今回は触れない。

さて、大学入学試験で思い出されるのは、昨年、某国立大学の受験において、受験者が試験場にて、携帯電話を使用して問題の解答をウエブサイトに求めた「事件」ではないか。携帯電話を使用したカンニングが発覚したのち、大学側は偽計業務妨害の被害届を警察に提出した。そして、新聞・テレビが大騒ぎをして、未成年者である予備校生が「犯人」として警察に「逮捕」され、「事件」は「解決」をみた。

筆者は、この「事件」の大学側の対応、すなわち、カンニングを偽計業務妨害で警察に被害届を提出した大学当局の行為を、当該大学が自ら定めた「入学試験実施規程」等に反するのではないか、という疑念を抱いていたが、大学当局が規程類を公開していないので、実際のところはわからないままだ。当時、マスコミも、大学の試験実施に関する管理ミスを追及しなかったので、「事件」の真相は不明なまま。

常識的に考えて、管理・監視体制が厳重な試験会場において、受験者が長時間にわたり、携帯電話でメールを打ち続けることが発覚しないというのは考えにくい。そんなことができたのは、試験管理者・監督者が居眠りでもしていて、この受験生の異常な行動を発見できなかったからに違いない。大学当局は、警察に「事件」として届け出て、受験者を逮捕させるのではなく、大学当局自らの管理・監視の怠慢をこそ反省すべきだった。

そして、今回のセンター試験のミスの多発である。これは受験生の不正行為ではなく、センター試験管理者・運営者のミス以外のなにものでもないから、いかなる抗弁も許されない。センター試験の責任者は、引責辞任をしてもらいたい。また、文科省大臣は被害者に謝罪をし、センター試験の責任者を免職処分にすべきである。その論拠は、メール・カンニングをした受験者は警察に逮捕までされたのであるから、それに相当する責任の取り方がセンター試験の責任者に求めらるのが当然だと考えられるからである。

ミスの原因はなんだろうか。筆者の憶測・推測にすぎないが、今日多くの大学において、派遣社員によって、大学入学試験が実施されていることと無関係ではないような気がする。このことは、派遣社員の実施能力が劣ることを意味しない。今年のセンター試験が派遣社員によって実施されたかどうか確認していないが、もしそうであるならば、同センターの試験実施責任者が、派遣社員に対し、十分な訓練を行っていないことがミス発生の主因だと推測できる。派遣社員に試験実施事務を円滑に行わせるためには、事前に十分な説明及び実施訓練を施さなければならない。にもかかわらず、試験実施費用を節減したいがため、同センターが派遣会社と試験本番当日に限り派遣契約を交わしたことも考えられる。当日契約では、試験運営事務実施者(=派遣社員)が試験実施の詳細を理解できないまま、本番を迎えてしまい、ミスを犯すことになる。

派遣社員を活用することは、さまざまな状況に鑑み、それを規制することはできない。だが、センター試験の重要度を考慮するならば、より慎重かつより厳格な試験実施が求められるはずだ。同センターが試験を満足に実施できないのならば、ほかの実施機関にセンター試験実施事務を委託する方法もある。試験実施に限り、予備校等を活用することも検討に値する。

2012年1月6日金曜日

Nicoに首輪

家人がNicoに、手製の首輪をプレゼントした。

首輪をいやがるふうをみせずに、おとなしく、されたままでいる。

いかにも「家猫」らしくなった。

一方のZazieは首輪をいやがる。

この猫は、あくまでも自由の束縛を嫌う。

二匹の性格の違いが如実にあらわれた首輪である。


2012年1月4日水曜日

根津神社

@Nedu

@Nedu

@Nedu

参拝

拙宅近くの根津神社に参拝。

こちらの神社のほうが格が上のようだ。

何度もカメラにおさめたので、本殿は撮影せずに、周囲を。


2012年1月2日月曜日

初詣

寒風の中、近くの諏方神社に参拝。


平成24年正月

@Myoohin,Yanaka

@Myoohin,Yanaka

@Tennoji,Yanaka

New Year, 2012

新年。
Blogの更新が1月、滞っていました。

さて、二匹の猫の現状ですが、体重はZazieが2.8㎏、Nico5.1㎏。(2012年1月1日測定)

Zazieが400g増、Nicoが500g増。

Zazieの体重が増えているので安心。

写真は、珍しく二匹が抱き合って仲良く寝ているシーンです。

2011年12月1日木曜日

ZazieとNico

Zazie

Nico


最初の猫(Zazie)が来てから、半月になろうとしている(遅れて1月ほどして、Nicoが来た)。

二匹の猫はほぼ順調に成長している。

Zazieは体重2.4キロで前月から200gの微増、Nicoは4.6キロでなんと700gも太ってしまった。

このままいくと肥満になる。なんとかせねば・・・

さて、猫は寒がりらしく、とりわけ、Zazieは、眠いとき人間に抱かれたがる。

一方のNicoは、日に日に人間に慣れてきたものの、くっつく程度で、一人で寝ることが多い。

くっつかれると可愛さが増す。

でも、猫というのは、飼い主を主人とは思っていないようで、主人を喜ばそうとはしない。

自分が眠いとき寝る、そして、そのとき寒ければ、人間にくっついて暖を取る。

飼い主と猫は主従の関係ではなく、対等なのだ。

餌をあげている飼い主、つまり、人間は、猫を養っているのだから己が主だと錯覚しがちだが、猫が餌を食べなくなってうろたえるのは、飼い主の人間のほう。

飼い主のほうが、むしろ、従である。

経済的関係が主従を決定しないという関係が人間社会にも貫徹されるべきではなかろうか。

いちょう祭り

いちょう祭り(外苑前)




東宮御所



迎賓館



ホテルニューオータニ



昨日(11月30日)、久々に都心に出た。イチョウで有名な外苑前から赤坂方面へ。

途中、何かといま話題の東宮御所周辺を散策。

詰所の警官が、カメラをもって歩く当方に向け、うさん臭そうな視線を放つのが気に入らない。

迎賓館を経て、ホテルニューオータニを突き抜け赤坂見附へ。

田町通りを抜けて、地下鉄千代田線(赤坂)にて帰宅。

収穫のない都心散策であった。

2011年11月28日月曜日

秋の根津神社



@Nezu

晩秋



11月の末だというのに毎日、だらだらと暖かい日が続いている。

紅葉も、イチョウの葉以外は色づかない。

2011年11月18日金曜日

「巨人軍」崩壊こそが日本プロ野球近代化の一里塚

読売ジャイアンツの清武英利球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM=61)が、渡辺恒雄球団会長(85)を「コンプライアンス(法令順守)違反」「球団を私物化」と会見して批判した。その後、渡辺会長が、反論する談話を発表。さらに清武代表兼GMが再反論を発表し、両者泥仕合の様相を呈している。ところが、日本シリーズ開幕中の騒動ということで、当事者の読売に非難が集中しはじめ、清武GM、渡辺会長の双方が自制、本件は一時沈静化したものの、11月18日、読売球団が清武GMの解任を発表し、騒動が再燃しようとしている。

◎清武GMの渡辺会長批判はピント外れ

筆者は菅野ドラフト指名問題について「コンプライアンス違反」という観点から読売及び東海大学野球部(原貢顧問)を批判してきた。ちょうどそのとき、読売内部から、コンプライアンス違反の告発が出てきたことに驚きを覚えた。

泥仕合の外形は、成功体験にしがみつく老いたトップ(渡辺会長)と、それに反発する頭でっかちの若手管理職との対立のようにみえる。これまで、読売グループ内部には、頑迷で権力をもった老トップを諌めるような気骨ある者は皆無だったのだが、ちょっと経営学をかじった次世代管理職が蛮勇をふるって、老トップに反旗を翻したのか。告発の大義は、いま世間がもっとも関心を寄せる「コンプライアンス(法令順守)」という言葉。「コンプライアンス違反」だと主張すれば、老いぼれトップを蹴落とせる、そうすれば、巨人球団の、次は読売新聞の・・・トップに、と、思ったかどうかはわからない。

しかし、清武GM側が主張するところの渡辺会長の「コンプライアンス違反」という指摘は見当違い。記者会見を開いて告発するに値しない。本件は、評論家諸氏が指摘するように、読売内部のガバナンス(企業統治力)の崩壊であって、司法や第三者委員会等が介入するようなコンプライアンス違反の問題ではない。

それでも、清武GMの記者会見は、一点突破全面展開の決意が滲み出ていた。笑えるのは、前出のとおり、その大義がピント外れのこと。さはさりながら、筆者は本件について、読売ジャイアンツの崩壊を象徴する出来事と解釈し、日本プロ野球の改革の端緒だという意味で、清武GMによる自爆的渡辺会長批判を支持したい。

◎新聞、テレビを武器に権力を乱用するナベツネ(渡辺恒雄)
 
報道にあるとおり、告発された渡辺会長は、読売巨人軍の球団の会長だが、球団の代表権はない。しかし、球団の親会社・読売新聞社の社主、すなわち、読売グループの事実上のトップである。子会社である球団代表にすぎない清武GMとは格が違う。読売新聞といえば、創業者正力松太郎が戦後、米国CIAのエージェントを務めていたことがよく知られている。今日でも、読売新聞の論調は、米国の利益を誘導するものと理解されている。

米国CIAの後ろ盾がなくとも、同紙は日本最大の発行部数を誇り、そのうえ、テレビ局もその傘下においている巨大メディア。そんな第4の権力に好んで敵対しようと思う者は少ない。そのため、そのトップ・渡辺会長は、日本の政治家等に強い影響力をもっているといわれている。しかも、彼はプロ野球に関心が強く、これまで、日本プロ野球に強い影響力を行使してきた。圧倒的な巨人軍人気を背景としてセリーグ5球団は、事実上、渡辺の支配下にあった。パリーグには直接影響力は及ばないものの、前出のとおり、全国紙及びTVキー局を有する巨大メディア業の読売を好んで敵に回す者はいない。メディア業界のライバルである朝日新聞、毎日新聞は読売に対して一見辛口の批評をするものの、同業者を叩かないという日本の業界常識に則り、読売に対して本質的批判を加えてこなかった。朝日・毎日等に限らず、マスメディアを本質的に批判する者は、この日本国には存在しない。

◎巨人軍は読売新聞の拡販手段

渡辺会長が構想するプロ野球ビジネスは、日本プロ野球の生みの親・正力松太郎がつくりあげたビジネスモデルを引き継ぐもの。その正体は、新聞の拡販の道具としてプロ野球を利用することだった。正力がつくりあげた日本のプロ野球とは、球界の盟主として強い巨人軍を君臨させ、巨人軍が勝ち続けることで全国に巨人ファンを量産することだった。常勝巨人軍が巨人ファンを増大させ、その挙句、読売新聞及び報知新聞の販売拡大が成就する。一昔前まで、読売新聞の定期購読契約の切り札は、入手困難といわれる巨人戦チケットだったことはよく知られている。さらに、テレビの普及とともに、放映権ビジネスが巨額の富を読売グループにもたらした。巨人軍を除くセリーグ5球団は、巨人人気を高める付属物にすぎない。野球は相手がなければ成立しない娯楽だから。

渡辺会長ほど、日本プロ野球を愛する者はいない――と称賛されることがある。だが、渡辺が愛したのは、巨人一極集中という、正力がつくりあげた歪んだプロ野球にすぎない。その証拠に、日本プロ野球において、渡辺は巨人弱体化に直結する制度・ルールには終始反対の姿勢を貫いた。その代表がドラフト制度で、その事例として、「空白の一日・江川事件」を挙げれば十分だろう。江川問題で世間の顰蹙を買った読売はその後、自由枠制度の創設などでドラフト制度に反発を続けた。自由枠制度も批判にさらされると、談合に近い逆指名=単独指名により、何人もの優秀なアマチュア選手を巨人に入団させてきた。それが揺らいだのが、今年のドラフトにおける日ハムによる菅野指名だった。そういう意味で、日本プロ野球――読売巨人軍一極集中の日本プロ野球界にコンプライアンスはない。このたびの清武GMの渡辺会長批判=「清武の乱」が、読売主導の日本プロ野球界全体を「コンプライアンス違反」として告発したのならば、それは意義ある志高い行動だと評価できるのだが、今回はそれとかけ離れた読売内部のコーチ人事に係る告発だったことが残念である。

◎「清武の乱」を日本プロ野球近代化の第一歩に

「清武の乱」について、評価できる点を挙げておこう。その第一は、GM制度とは何かの問題提起である。清武GMが本来のGM業務を全うしていたかどうかは別として、会長がチーム人事を直接行うのであれば、GM職は不要である。だから、巨人球団の代表権をもたない会長職にある渡辺は、巨人球団の取締役会等を開催し、清武のGM業務の評価を行うことが先決だった。その場において、巨人軍の2011年シーズンを検証し、清武をGM職にとどめ置くのか否かを決定し、GM職を継続させるのであれば、①清武の2012シーズンの構想の提出をまち、それを承認するかどうかを機関決定する方向、②清武に2012シーズンを一任する方向――の択一を機関決定すべきだった。

筆者の想像では、渡辺にはいずれの選択肢も思い浮かぶはずもなく、“俺が決める”として、「岡崎ヘッドコーチ解任」「江川助監督」を清武GM抜きで決めてしまったのだと思う。このような独断専行は職権乱用にあたる。一般の企業であれば、職務規程、業務規程、役員業務規程等に違反するケースとなろう。そのレベルにおいて清武が渡辺の蛮行を、「コンプライアンス違反」と告発したのならば、間違ってはいないが、文科省の会議室を使って、同業者が日本シリーズを戦っているタイミングに、記者を集めて、告発するような内容ではない。

読売巨人球団が代表権をもつ者をGM職に任命したのならば、その業務内容を規定し、清武がその業務を全うできなかったと判断したのならば、清武の上司にあたる桃井球団オーナーが清武を解任するか、もしくは、清武に対して2012シーズンの業績アップを約束させて、GM職を続けさせる以外、選択の余地はない。清武をGM職に留めたまま、その権限を剥奪し、規定した業務をさせないのであれば、いわゆる、「飼い殺し」という処遇に該当する。そもそも、巨人球団にGMの職務を規定したものがあるのかどうか。メジャーリーグ球団の外形を模しただけではないのか。

◎巨人球団の崩壊こそ、日本プロ野球近代化の近道

GM職のあり方を検討しあうことは、日本プロ野球球団にとって有益なことであることはまちがいない。だが、日本プロ野球近代化を短期間に達成するには、読売巨人球団が内部崩壊し、世の中に残存する読売巨人軍幻想が消滅することのほうが効果的である。正力松太郎がつくった巨人軍一極集中の歪んだ日本プロ野球の姿を正常化するには、人々がなによりも、プロ野球を志すアマチュア選手諸君が巨人球団内部の非近代性に気づき、そこを最高位だと思わないことが重要だ。続いて、現役プロ野球選手がFA権を取得したとき、第一の選択肢として、巨人球団を目指さないことだ。もちろん、巨人に入団したいという選手がいてもいい。巨人はあくまでも12分の1であり、相対的な対象であることが重要だと思う。

ドラフト制度創設以来、巨人からの指名でなかったため、大学に進学したり、ノンプロ野球球団に入団したり、浪人したりしたアマチュア選手が何人もいた。そういう事例が少なからず発生していたということは、スポーツ界にあってはならない不幸な出来事だと筆者は思う。筆者はそのような事例の根絶を願う。才能ある若いアマチュア選手には、プロ球団に一日も早く入団してもらいたい。そこで才能を磨き、高いパフォーマンスをできるだけ多くの野球ファンに見せて楽しませてほしい。田中(楽天)、ダルビッシュ(日ハム)、斉藤祐(日ハム)といった若手投手は、巨人の所属するセリーグではなく、パリーグで活躍し、多くのファンの強い支持を得ているではないか。彼らは「巨人軍幻想」をもたず、ドラフト制度の趣旨を理解し、日本プロ野球全体の健全な発展のためにドラフト制度を遵守し、プロとして精進・努力し、野球ファンを魅了している。

パリーグの若手3投手の潔さに比べて、2011シーズン、巨人で活躍した3選手――単独指名で入団した沢村(2011新人王候補)、他球団からの指名を拒否して逃げ回った長野(同セリーグ首位打者)、同じく自由枠で入団した内海(同最多勝)には薄汚さがついてまわる。読売の3選手は、プロ野球のスタート時点でスポーツマンシップを汚してしまった。彼らには、ルール遵守やフェアプレー精神という言葉が似合わない。エゴイズムしかない。だが、もちろん、彼らに罪はない。彼らも、巨人幻想という読売がつくりだした犯罪の犠牲者なのだから。

2011年11月13日日曜日

Nico、回復


元気がなかったNicoが回復した。

元気がなくなった原因は明らかではないが、家人の知人が拙宅にとまりにきていたこととも考えられる。

その間、Nicoは食欲がなくなり活動が鈍っていたのだが、元気になったのが知人がいなくなったときと一致する。

猫もそれなりに気を使っていたのかもしれない。

2011年11月9日水曜日

食欲なし、元気なし


大食だったNicoに食欲がない。しかも、元気がなく、動きが鈍い。

家人が常食にしていた餌を替えたからかもしれないし、何かの病気かもしれない。

心配である。

2011年11月7日月曜日

マイクロ一眼、試写




コンデジよりもグレードが上で、軽いというマイクロ一眼を購入。
試写に及んだ。

とりあえず、AUTO で・・・不忍池(上野公園)

2011年11月6日日曜日

菅野よ、正義か利権か

5日、セパ両リーグのCSファイナルシリーズを見比べた。パリーグはソフトバンクが西武を退け、日本シリーズ進出を決めた。この試合は、杉内(ソフトバンク)、涌井(西武)の両エースの力投が光った。結果はソフトバンクの勝利で終わったけれど、両エースがそれぞれ一球の投げ間違いで失点をくらい、ともに涙して降板する劇的な展開をみせた。一方のセリーグは、中日が先制し、そのまま盛り上がりもなく中日の楽勝で終わった。

たった1試合でリーグの実力差を云々できないけれど、リーグを象徴する試合内容だったと筆者は解釈している。この試合で力投した杉内、涌井に加えて、ダルビッシュ(日ハム)、田中(楽天)、 ホールトン (ソフトバンク)、 和田(同)、攝津(同)、ケッペル(日ハム)、唐川(ロッテ)らの実力派先発投手をそろえるパリーグ。一方のセリーグにはパリーグほどの投手は見当たらない。明らかにパリーグの投手陣のほうがセリーグを上回っている。

さて、報道によると、日本ハムからドラフト1位指名を受け、決断が注目される東海大・菅野智之投手(22)に、来年のドラフトで読売入りするため、東海大大学院進学という“抜け道説”が浮上しているという。

ある夕刊紙は、菅野の「決断」の「方向性」について以下のように報じている。

※(東海大学大学院進学という)ウルトラCなどと呼ばれる方法で巨人入りしても、ろくな結果にはならない。邪道はファンの反感を買うだけ。過去に実例がある。空白の1日事件の江川卓氏と、密約説の桑田真澄氏の例を見れば一目瞭然だ。
江川氏は法大卒業後、一浪したあげくドラフトの空白の一日を突いて巨人と電撃契約。球界を揺るがす大事件に発展し、最終的に小林繁氏(故人)との前代未聞の交換トレードが行われた。
桑田氏の場合は、ドラフト前にプロ入りを拒否して早大進学宣言。しかし、実際は巨人の単独1位指名で入団した。
この2人が入団時のダーティーイメージをぬぐうのに、どれだけ苦労したことか。菅野が伯父の巨人・原辰徳監督(53)と「一緒にプレーしたい」という夢を実現するため日本ハム入りを拒否するのは問題ない。ただ、大学院進学という小手先で来年のドラフトを待つのは、江川氏や桑田氏と同列の邪道だろう。

巨人には“正道”を歩んだいいお手本がいる。昨季新人王、2年目の今季は首位打者になった長野久義外野手(26)だ。日大卒業時に「巨人以外には行きません」と宣言。今回の菅野と同様に、日本ハムが敢然と指名したが、初志貫徹の長野は社会人野球のホンダ入りした。2年後に今度はロッテが指名したものの、再び入団拒否。3度目の正直で巨人の単独1位指名を受けた。
菅野も巨人入りに固執するならば、長野のように堂々と社会人野球入りすべき。大学球界よりワンランク上の世界で2年間実力を磨き、再チャンスを待てばいい。

大学院進学は、あいさつなしの電撃指名に激怒した祖父・原貢氏(76)=東海大系列校野球部顧問=の発案ともいわれる。かわいい孫のため、1年でも早く希望をかなえる苦肉の策なのだろう。ルール違反ではないし心情的にも分かるが、野球人としては感心しない対応策だ。
息子の原監督同様、孫も爽やかなイメージのスターに育てたいなら、抜け道のイメージがついて回る方法はタブー。日本ハムを拒否し、次のチャンスを待つ決断をするのなら、社会人野球をアドバイスしてはどうか。

一昨年の長野、昨年の澤村拓一投手(23)に続き、今年も菅野を一本釣りしようとした巨人に立ちはだかった日本ハムに対し、世論は「よくぞやってくれた。ドラフトを守った」と拍手喝采した。それが世論なのだから。(夕刊フジ編集委員・江尻良文)

この夕刊紙は、菅野が読売に入団することが前提であり、日ハムのドラフト1位指名は、前提を覆す異常行動だと断言しているに等しい。先の当コラムで書いたけれど、「プロ野球志望届」を提出した学生選手は、ドラフト会議においてあらゆる球団から指名される可能性を承知しているものと判断できる。全球団に指名の権利があることは、ドラフト制度が保証している。

また、先にも書いた通り、ドラフト会議で指名する前に、プロ球団は学生選手と交渉することは禁止されている。このことは学生野球連盟が自ら規定していることだ。学生野球選手及び関係者が特定の球団と特別な関係をもつことも、同規定によって禁止されている。

ところが、夕刊紙の報道によると、東海大学野球部顧問の原貢なる人物が、堂々と、規定を遵守した日ハムを批判(激怒)し、かつ、自らが学生野球規定に反していることに恥じることがない。しかも、マスメディアがそのことで原貢を批判することもない。

そればかりではない。2度にわたってドラフト破りを敢行して読売に強行入団した長野について、「正道」と称賛する。これまで、日本のマスメディアは、コンプライアンスに違反した者をヒステリックに弾劾してきた。しかし、ドラフト制度を無視し、希望球団に入団するまで1位指名球団との交渉を拒否し続け、「単独指名」を獲得するようなドラフト破り選手を、「正道」と評価する。

菅野がアスリートとして、プロで野球をすることを希望するのならば(読売に入団することを希望するのではなく)、前出のとおり、涌井、田中、ダルビッシュ(はMLBへ移籍か)、杉内、和田(ソフトバンク)らの好投手がそろう実力のあるパリーグ(すなわち日ハム)に入り、彼らと力を競ってもらいたいものだ。

打撃部門においても、パリーグには、統一球導入の影響を受けずに48本の本塁打を放った 中村(西武)、25本の本塁打を放ち、攻守走の三拍子がそろった松田(ソフトバンク)、打率338で首位打者になった内川 (ソフトバンク)、319の 糸井(日ハム)、 312の後藤がいる。

一方のセリーグは、投手部門でパリーグのエース級投手ほどの印象を残した投手はいない。打撃部門では、本塁打トップは31本のバレンティン(ヤクルト)で、以下、ラミレス (読売)、 畠山(ヤクルト)と20本台にとどまっている。打率にいたっては、トップ長野(読売)が316の低率。以下、 マートン(阪神)311、宮本(ヤクルト)302、鳥谷(阪神)300と、3割打者が4人しかいない。

くりかえすが、菅野投手が真に野球選手として、自らの実力を磨きたいと思うのならば、いま現在においては、パリーグの日ハムに入団し、田中(楽天)を筆頭とするパの他球団の実力派エースクラスと勝負をしてもらいたい。

スポーツというものは不思議なもので、人間の力では左右できない流れがあると筆者は思っている。いま現在そしてここ数年は、セリーグよりもパリーグのほうに実力のある選手が集まっているし、野球の質が高い。菅野投手がセリーグの球団(=読売)ではなく、パリーグの球団(=日ハム)から1位指名を受けたのは、人知の及ばぬ流れに従ったものだと筆者は解釈している。運命というのならば、それでいい。野球の神様が、菅野に対して、実力のあるリーグに所属して、さらに自らの実力を磨きなさいと、命じたのだ。

そればかりではない。野球の神様は、日本のプロ野球に内在する、歪んだ「巨人人気」を糺すよう、菅野投手に託したようにも思える。有名選手の単独指名に走る読売、学生野球連盟の規定を守らず、不正を強いる学生野球(東海大学野球部)のボス、そして、ドラフト制度破壊(コンプライアンス無視)に沈黙するスポーツマスメディア――彼ら利権の亡者に鉄槌を加えられるのは、菅野自身の決断だけだ。

菅野がドラフト制度を遵守し、日ハムと交渉し入団すれば、野球界の正義が守られる。菅野が読売並びに読売と通じた、学生野球部の恥部及びマスメディアに屈してしまえば、日本プロ野球から正義が遠のく。菅野よ、どうする、正義か利権か。

2011年11月2日水曜日

規定を遵守した日ハムが批判されるいわれはない

今日のドラフト制度の問題点を整理するうえで見過ごせない規定を紹介する。「大学野球部員のプロ野球団との関係についての規定」(以下「プロ野球団との関係規定」と略記)だ。これは日本学生野球連盟が特別に定めたもので、大学野球選手(アマチュア側)がプロ野球球団との関係をより明確にすることを目的としている。ここにおける《関係》とは、プロ契約についてだと考えてさしつかえない。以下、重要な個所を引用する。

第1条 以下の各項に該当するものは、大学野球部員としての資格を失う。
従って、在学中に学校を代表するチームに加わって、試合をすることはできない。以下プロ野球団とは国内だ けではなく、外国のプロ野球団をも含む。

(1)当該年度のプロ野球新人選択会議(以下ドラフトという)で交渉権確定以前に、プロ野球団と正式に契約を結んだもの。

(2)ドラフト以前に、正式の契約でなくとも、書類により、本人もしくは代理人等がプロ野球団に入団の約束をしたもの。

(3)いかなる名目であっても、プロ野球団またはその関係者より直接、間接を問わず金品を受けたもの。親権者が受けた場合も含む。

(4)正式入団契約以前に、プロ野球団のコーチを受けたり、練習または試合に参加したもの。

(5)プロ野球志望届提出以前に、プロ野球団のテストを受けたもの。

(6)特定のプロ野球団に入団する旨を表示したもの。

第2条 当該年度、所属する大学野球連盟に登録された野球部員は、プロ野球志望届けを提出し、当該連盟の公式戦が終了するまでは、一切プロ野球団との交渉を持ってはならない。

第3条 野球部員は、プロ野球団との交渉を希望する場合、または入団テストを受けようとする場合は、それ以前に所属する大学野球連盟に、別に定める様式により「プロ野球志望届」を提出しなければならない。当該連盟は「プロ野球志望届」を受理後、受理月日を速やかに全日本大学野球連盟へ報告し、報告を受けた全日本大学野球連盟は、即日ホームページにその連盟名、学校名、氏名を掲載、届け出がなされたことを公示する。

(2)この「プロ野球志望届」は当該年度の、9月1日から10月13日までに各地区大学野球連盟に提出するこ ととする。ただし、日本野球機構傘下の球団以外のプロ野球団と入団交渉を受けたり、テストを受ける場合は、10月14日以降もプロ野球志望届を所属連盟に提出してからでなければならない。

(3)なお、野球部員が「プロ野球志望届」を提出したあと、プロ野球団と交渉したり、入団テストを受けることができるのは所属大学野球連盟に提出した翌日以降とする。但し当該連盟の公式戦が終了していない場合は公式戦が終了した翌日以降とする。

(注)プロ野球志望届を所属連盟に提出しない野球部員は、当該年度のドラフトでプロ野球団から指名を受けることはできない。

第4条 部長、監督、コーチ、野球部員は、学生野球の本義にてらし、特にプロ野球団との関係については、世間の疑惑を招くことのないように注意しなければならない。

第5条 (略)

ポイントを整理しておこう。

第1条第6項の規定は、学生選手からの、「逆指名」の禁止。
第2条の規定は、プロ野球球団との「事前交渉」の禁止。
第4条は、きわめて出来の悪い規定で曖昧。世間とは何か、疑惑とは何かが不明。であるが、この文言が間違っているわけではない。

このたびの東海大学菅野投手の場合、伯父にあたる原辰徳がプロ野球読売ジャイアンツの監督をしており、その監督の父親(菅野投手の祖父)原貢が東海大学野球部監督を務めた人物。貢は学生野球全体に強い影響力をもっているばかりか、読売と親しい関係を築いているといわれている。

というわけで、第4条の規定を素直に読めば、原ファミリーは東海大学公式野球部を基盤として、プロ野球球団の読売ジャイアンツと強い関係をすでに築いていることになる。すなわち、原ファミリーの存在自体が、プロ野球団との関係規定に違反している。

であるから、原貢を筆頭とする東海大学野球部関係者が、ドラフト会議で菅野投手を指名した日ハム球団に対し、「事前に(指名の)挨拶がない」と批判してはいけない。事前の挨拶は、プロ野球団との関係規定第2条に違反しているからだ。かりに、これまで、ドラフト会議前にプロ球団側が、学生選手、その親族、所属野球部監督・コーチ等関係者に「挨拶」をしていたとしたら、明らかにプロ野球団との関係規定に反する。ドラフト会議終了(厳密には学生野球の公式戦終了)まで、プロ野球球団側は、学生選手及びその関係者に接触してはいけないのだ。

菅野投手自身はどうなのか。伯父がプロ野球球団の監督であることは、仕方のないことで、どうしようもない。さはさりながら、プロ野球団との関係規定第4条をこれまた素直に読めば、“世間の疑惑を招くことのないように注意しなければならない”わけで、親族であればあるほど、親族のいる特定の球団と関係のあるような疑惑を招くことのないよう、菅野投手、そして周辺者は注意しなければいけないことになる。菅野投手の場合、管見の限り、自身が読売ジャイアンツに入団したいとか、監督である伯父のもとで野球がしたいと発言していない。このことは、プロ野球団との関係規定を遵守する、立派な態度だと評価できる。

問題の第一は、前出のとおり、原貢を筆頭とする東海大学野球部関係者なのだ。彼らは、前出のとおり「挨拶なしの日ハム批判」をしているくらいだから、プロ野球団との関係規定を無視し、ドラフト破りを画策しようとする張本人たちだと考えられる。彼らのような、有望な大学野球選手を利権とするを輩を排除することがドラフト制度遵守の第一歩となる。

問題の第二は、繰り返しになるが、スポーツマスコミの報道の在り方だ。ドラフト制度を遵守しようという気がスポーツマスコミにあるのならば、学生選手が特定のプロ球団と特定の関係が生じないよう、報道に配慮すべきだ。読売というプロ球団の監督を伯父に持つ学生選手は、それでなくとも、特定のプロ球団と関係があるかのように思われて不思議ではない。つまり、伯父~甥という自然の関係だけで、世間は疑惑をもってしまう。親族という関係であっても、規定は規定だ。親族ならば規定を外すというのは、法治国家ではない。「アラブの春」で打倒された独裁政権は、国家が生み出す利権をファミリーで分け合っていた。そのことが国民の怒りを買ったといわれている。親族優遇は、民主主義破壊の一歩なのだ。

法制度(ドラフト会議)を円滑に運営するには、親族、学閥、男女差、出身地・・・等による例外をつくらないことだ。だから、菅野投手の場合、読売との関係を強調するような報道は控えるべきだった。「親族」が報道されればされるほど、菅野投手は苦しい立場に追い込まれる。菅野投手には、プロ野球団との関係規定第2条が重くのしかかっていたと推察する。

読売側には、スポーツマスコミを介して、親族であるがゆえに「単独指名」が許容されるかのような誘導を行った気配がうかがえる。規定よりも親族であることのほうが優先されるという独善であり、民主主義破壊の第一歩だ。読売というマスメディア業界の一員が率先して、法制度(規定)を無視し、さらに、ほぼすべてのマスメディア業界がそれに追随した。これが日本のメディアの現在の荒廃した風景だ。

前出のとおり、菅野投手周辺が、指名した日ハムに対して、「事前挨拶がない」と批判したという報道が繰り返された。だが、日ハムのほうが規定を遵守し、ドラフト会議前に菅野投手側と接触しなかっただけの話だ。だから、「挨拶云々」は指名を拒否する条件にならないばかりか、かりに読売が「挨拶」を行っていたとしたら、それこそがプロ野球団との関係規定に違反する。そのことについて、スポーツメディアは指摘しようとはしない。

ドラフト会議会場において、日ハム菅野指名に大きな拍手がわきおこり、さらに読売がくじを外したとき、さらに大きな拍手と歓声がわいたという。筆者は、このことを、日ハムのコンプライアンス遵守に対する人々の支持のあらわれだと解釈する。

2011年11月1日火曜日

体重が増えない

きょうから11月。猫の体重測定を行った。

Zazieが2.2キロで前月からの増減がない。

NIcoは3.9キロで前月から0.5キロの微増である。

Nicoの微増はいいとしても、Zazieの体重が増えていないのは心配。

2011年10月31日月曜日

「プロ野球志望届」を出しながら交渉拒否は法令違反

コンプライアンスは通常、「法令違反」と訳されるが、法律違反でなければコンプライアンス違反に係らないかと言えば、そうではない。このことについては、直前の当コラムに書いた。コンプライアンスとは、法令はもちろんのこと、諸規定(倫理規定を含む)、共同体の約束事、マナー等を遵守することだ。ドラフト会議とは、プロ野球界とプロ野球を志す学生アマチュア選手との間に構築された約束事だ。同制度は契約金の高騰を防止すること、特定球団に戦力が偏らないこと等を目的としたもので、きわめて合理的だ。

◎ドラフト制度の必要性

プロ野球は日本人に最も愛されている娯楽の1つであり、社会の関心も高い。地域にプロ野球球団をもつことは地域の人の夢の1つであり、実現すれば、その地域の活性化につながる。それは経済効果にとどまらない。だから、筆者はできるだけ多くのプロ野球球団が日本に存在すべきだと思っている。日本の人口1億2千万人超に比して現在の12という球団数は少なすぎる。

いま衰退期にあるという日本のプロ野球だが、衰退から飛躍へとベクトルを変換するためには、少なくとも、現状の12球団から8球団ほど増設し20球団体制で臨むべきだと思っている。地域でいえば、東北、北関東、甲信越、東海、中国・四国、沖縄等にプロ球団があっていい。

球団を増設するためには、初期投資、運営経費等を抑制した合理的球団経営が求められる。そのような観点に立つ時、ドラフト制度は新人契約金の高騰を防止する面で、必要不可欠な制度として機能する。さらに、各球団の戦力均等化が担保され、リーグ戦の白熱化がプロ野球ファンの拡大に直結する効果も期待できる。

◎「巨人」の復活は日本のプロ野球の「死」

そう考えないプロ野球経営者もいる。彼らは、かつての日本のプロ野球、すなわち、「巨人軍」人気に全面的に依拠し、日本中の野球ファン=巨人ファンであったことを理想とする者たちだ。彼らは、“巨人軍は永遠に不滅です”と信じている。

スポーツマスコミ経営者も同様だ。彼らの発行するスポーツ新聞が全国的規模で売上を伸ばすためには、全国の野球ファンが巨人ファンであることほど好都合なことはない。北は北海道から南は沖縄まで、巨人ブランドが浸透していれば、これほどシンプルなマーケティングはない。巨人が勝てば、全国規模で新聞部数が増大する。新聞に限らない。テレビ局、雑誌社も同様だ。

しかし、野球に限らず、スポーツの魅力は内容だ。戦力、情報、人気が一極集中したままであれば、そのようなコンテンツは腐敗する。同じ球団が9年連続して日本一であり続ければ、勝負とは呼べない。実際、近年のプロ野球界の推移を振り返ると、その人気が、他のスポーツに奪われていく過程そのものだった。プロ野球人気を侵食したスポーツは、どれも力の拮抗した者たちが真剣に競う内容をもったものだった。たとえば、米国のMLB(大リーグ野球)、世界のサッカー、米国のNBA(バスケットボール)、フィギアスケート、陸上競技、格闘技・・・それらの台頭と進出によって、日本プロ野球は人気に陰りをみせた。とりわけ、1995年、日本のプロ野球選手・野茂英雄がMLBで活躍したことがその契機となったと言って過言でない。野茂がドジャースの投手として、MLBで活躍をはじめ、MLBのライブ映像が日本に届けられるようになってきてからというもの、日本のプロ野球の貧困さに日本の野球ファンが気づき始めた。加えて、2002年日韓W杯が開催され、日本のスポーツファンがサッカーの魅力に覚醒して以来、日本プロ野球、とりわけ、“巨人一極集中”は一気に衰退へと向かっていった。

◎それでも野球は日本で一番の人気スポーツ

もちろん、それでも、日本のスポーツ界におけるプロ野球の地位は依然トップであり、スポーツ界の王者であることに変わりない。だから、人々はドラフト会議の結果にこうまで注目する。一人の新人選手の入団交渉権の行方について、世間が騒然とするようなスポーツはほかにない。

であるからこそ、日本の野球人には、コンプライアンスが求められる。前出のとおり、ドラフトは法的規制ではないが、野球界おける新人契約に係る倫理規定と言える。法外な契約金で新人を金満球団が独占できないよう、学生野球界とプロ野球界が倫理的に取り決めた規制とも換言できる。

学生野球選手は、プロ野球入りを希望する者すべてがその旨を学生野球連盟に申請する(「プロ野球志望届」)。学生野球連盟は申請を受け付け、それを公示し、プロ野球球団は順番にその中の意中の選手に対して(交渉権)を指名する。指名が重複すれば抽選だ。これほどシンプルで公正な制度がほかにあろうか。しかも、選手は指名を拒否することができる。その場合は、どことも交渉しないことを意味するので、プロ野球球団に入ることはなくなる。先に出した「プロ野球志望届」に拘束されない。このことについては後ほど、触れる。

このたび、学生野球界の逸材・菅野投手に対して、1位指名をしたのが日本ハムと読売。抽選の結果、日ハムが交渉権を獲得した。何の不思議もない。ドラフト制度のあたりまえの進捗だ。ところが、菅野の伯父にあたる者がたまたま読売の監督だったことから、菅野が読売に単独指名されることが自然であるかのような空気づくりが、事前にスポーツマスコミの間で醸成されていた。伯父のいる球団に甥が入団するのが「当たり前」であるかのように。

◎ドラフト破りに介在する学生野球部のボス

筆者は直前の当コラムにおいて、甥が、たまたま伯父が監督を務める球団に入団することのほうが不自然であることを書いた。よって、そのことについては繰り返さない。ただ繰り返しておきたいのは、菅野を無抽選で単独指名したい球団があり、菅野を特定球団に入団させたい大学野球部があることだ。大学野球部(体育会)においては、暴力体質とともに、その悪しき伝統となっているのがコネ・学閥だ。先輩・後輩の関係による利権確保だ。学閥は就職、転職等の決定に重要な要素となっていることも少なくない。さらにそのことが深化して、利権につながる。このたびのドラフト会議においては、東海大学野球部が指名球団である日ハムと指名された菅野の間に介在し、野球界、すなわち、プロ~アマ(学生野球)が共同して構築したドラフト制度の円滑な推進を阻害しようとしているようにみえる。

ドラフト会議は、プロ球団と学生アマ選手の交渉について、公正さと経済合理性を担保するための制度だ。それは法外な裏金等の授受を排除するためのルールでもある。だから、選手と球団との間に不健全な第三者の介在も自動的に排除される。

ドラフト制度がなく、学生選手とプロ球団が直接入団交渉をすることになれば、一個人(学生選手)が複数の大企業組織(プロ野球球団)とあい渉らなければならなくなる。学生選手側が代理人として弁護士を立てることもできる。また、所属する野球部の監督等が代理人として登場することもできる。もし、後者のようなケースが頻発すれば、そこに裏金のような不透明な金銭のやり取りが発生する可能性を排除できない。ドラフト制度という合理的仕組み(=規制)は、入団交渉における不透明性を自動的に排除できる。

野球人(プロ球団、学生選手、学生球団=学生・社会人野球部等)すべてが、ドラフト制度を遵守することが、野球界のコンプライアンスの確立につながる。また、スポーツマスコミは、野球人のうちのどこかの部分がドラフト無視の行動を示した場合、あるいは、抜け道をさがすような行動を見せた場合、違反者に対し、批判を加えなければいけない。少なくとも、スポーツマスコミはドラフト当事者に対し、中立であらねばならない。

◎「プロ野球志望届」を無視する学生選手こそ「法令違反者」

菅野が今後進むべき道(選択肢)は1つしかない。ドラフト会議で指名権を得た日ハム球団と交渉し、妥当な条件であるならば、プロ野球(日ハム入団)に進むことだ。海外プロ野球、国内社会人球団等への入団もないことはないだろうが、菅野は学生野球連盟に対して、「プロ野球志望届」を提出している。であるから、志望届をホゴにするような選択は不正にほかならない。学生選手が堂々と、プロ・学生球界共同で構築した制度を無視するというのはいかがなものか。「プロ野球志望届」というのは、それほどまでに軽い提出書類なのか。「プロ野球志望届」を提出していながら、ドラフト終了後、プロ球団と交渉しない場合、法令違反にならないのか。

日本プロ野球機構はこれまで、「プロ野球志望届」を提出しながら、ドラフト会議終了後にプロ野球に入団しなかった学生選手に抗議していない。プロ側は、「志望届」をホゴにした学生選手をとがめるようなことはなかった。また、日本のマスメディアもその件を追及していない。「法令違反者」を批判しない日本のマスメディアとは一体全体、どのような価値観・倫理観をもっているのか。一人の政治家の事務的ミスを「法令違反」にでっちあげ、検察審議会までつかって起訴に追い込んだ日本のマスメディアが、「プロ志望届」を無視する学生選手に寛容な理由が知りたい。

2011年10月28日金曜日

スポーツマスコミの大罪―日ハム菅野指名は快挙

プロ野球のドラフト会議に係るマスメディア、とりわけ、スポーツマスコミの報道ぶりについては、ただただ呆れるばかりだ。

今年のドラフトの目玉の一人が、最速157キロを誇る大型右腕、菅野智之投手(東海大)。菅野は読売ジャイアンツ原監督の甥にあたるという。そんな血縁関係から、菅野は読売の単独指名間違いないという報道がなされていた。ドラフトの目玉を読売が単独指名をするのが当然だという空気づくりだ。なぜならば、菅野は監督の甥だから・・・

こんなバカな話はない。一般社会において、子が父親のライバル会社に就職することは珍しくない。おじ~甥の関係ならばなおさらだ。そもそも、子の立場からすれば、父やおじといった存在は鬱陶しい。あたりまえに成長した子供ならば、就職のとき、肉親のいない職場を選ぶことのほうが普通だろう。

逆に、自力で就職できない出来の悪い子供の場合、コネ(縁故)入社がある。あるいは、父親が世襲を目指す場合、子供の意思を無視して、自分の経営する会社に強制的に子供を就職させることもある。なによりも、コネや世襲というのは一般的ではない場合なのだ。

“菅野読売入り”を一般常識であるかのように書いてきたスポーツ記者諸氏は、自らのおじ等の肉親がいることをもって、いまのスポーツマスコミ会社に入社したのだろうか。繰り返すが、一般社会において、伯父が管理職(監督)を務める企業(球団)に甥である新人(選手)が入社(団)することのほうがよほど、不自然なのだ。

そればかりではない。原が読売の監督でいる期間は、せいぜい2012シーズンまでだろう。たまたま菅野がドラフト会議にかかった2011年シーズンとその翌シーズン、原は読売の監督を務めるにすぎない。しかも、2011シーズン、原監督はペナント優勝を逃し、リーグ3位という不本意な成績に終わっている。原は読売の監督の座を更迭されても不思議ではなかったのだが、なぜか、読売フロントは原を留任させた。憶測・邪推にすぎないけれど、菅野を単独指名するため、伯父の原に監督を続けさせた可能性すら否定できない。

読売はこれまで、ドラフト会議制度を事実上、形骸化させてきた。江川問題を持ち出すまでもなく、2011年シーズン、新人投手ながら11勝11敗、防御率2.03と大活躍した沢村拓一は2010年のドラフト会議で読売の単独指名を受けている。沢村の場合、ドラフトに際しては複数のメジャー球団からメジャー契約でのオファーもあり、巨人以外から指名された場合はアメリカでのプロ入りを選択していた可能性もあったといわれている。つまり、沢村は読売以外に指名された場合、指名球団との交渉を拒否して、アメリカへ行くぞ、という脅しを11球団にかけたのだ。せっかく1位の交渉権を得ても、選手が交渉を拒否するのであれば指名する意味がない、と他球団に思わせたのだ。もちろん、そう報道したのが、スポーツマスメディアだった。スポーツメディアは、読売の沢村単独指名の地ならしをした。

2011年シーズン、セリーグの首位打者となった長野久義の場合は、ドラフト破りに近い。2006年シーズン、長野(日本大学)は、春季は12試合出場、打率.489、主将を務めた秋季は13試合出場、打率.404の好成績をおさめ、2季連続首位打者(高須洋介・青山学院大学以来2人目)を獲得、ベストナインにも満票選出された。強肩・俊足を兼ね備え、プロの注目を浴びることとなり、同年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから4巡目指名を受けたが、巨人への入団を熱望していたことから入団を拒否した。

長野は2007年に本田技研工業へ入社。ノンプロチームHondaでも大活躍をし、大会最優秀選手に選出された。2008年、ドラフト会議で巨人以外に指名された場合はプロ入りせず会社に残留する意志を固めていたといわれていたが、巨人以外でも入団するとの情報を得ていた千葉ロッテマリーンズが2巡目で“強行”指名。ところが、長野は当日のボビー・バレンタインとの面会を拒否し、入団拒否を明らかにした。翌日にロッテ球団側に直接入団拒否を申し入れ、球団側も了承。Honda残留が決定し、2009年のドラフトで巨人の指名を待つこととなった。

2009年2月、巨人は長野にドラフト1位指名する方針を公表。長野は、Hondaにおいて、第80回都市対抗野球大会で打率.579の活躍で首位打者を獲得。チームを13年ぶりの優勝に導いた。2009年10月、ドラフト会議で巨人から確約通り単独1位で指名、交渉権が確定した。他球団は長野1位指名を行わなかった。

長野は、読売入団までなんと3年間、ノンプロチームで道草を食った。2006年、2008年の長野の交渉拒否を目の当たりにした読売以外の球団は、前出のとおり、長野の轍を踏まぬよう、2010年ドラフトにおいて、沢村の読売単独指名を許容した。

読売入団に固執する選手も選手だけれど、他の11球団の読売に対する弱気、遠慮がドラフトを形骸化させている。2009年ドラフトで読売が長野の1位指名を表明したとしても、他の11球団のうち、長野を必要とする球団が敢然と長野を1位指名すればよかった。抽選の結果、読売以外の他球団に交渉権が決まった場合、長野はプロ野球界入りを拒否できただろうか。大学卒業から4年間、ノンプロチームHonda(本田技研)の選手でいられただろうか。

もちろん、そうすることの弊害はある。長野という才能のある野球選手を大学卒業後4年間もノンプロチームに塩漬けにしていいのかという問題だ。また、長野の交渉権を獲得した北海道日ハム、千葉ロッテは、1位交渉権という最大の補強の機会を失っている。新人選手、プロ野球球団双方にとって、ドラフトのミスマッチに伴う損失は計り知れないほど大きいように思える。

しかし、2008年ドラフト会議で長野を獲得できなかった千葉ロッテの場合、2009年パリーグ5位、2010年同3位(日本一)、2011年同6位という結果になっている。長野がロッテに入団していたら、2009年シーズンからプレーしたわけだが、長野不在の2010年にクライマックスシリーズを制しているくらいだから、不在の影響は少なかったようにも思われる。

同様に、2006年ドラフトで長野を獲得できなかった北海道日ハムの場合、2007年シーズンは同1位、2008年同3位、2009年同1位、2010年同4位、2011年同2位という成績だ。

2009年ドラフトで長野を獲得した読売の場合、長野が入団した2010年シーズンは同1位だが、長野が首位打者を獲得し活躍した2011年は3位に順位を落とした。つまり、有望な新人を獲得することはチーム力アップの必要条件だが、獲得できなかったからといって、即座に成績に反映するとも限らない。これがチームスポーツの不思議なところだ。

結論を言えば、日本プロ野球が新人選手交渉権の公正さ及び経済合理性を担保するため、ドラフト制度を続けるつもりならば、各球団は補強すべき選手については、選手側の交渉拒否を恐れず、断固として上位指名を敢行すべきなのだ。

ドラフト会議がライブ中継される時代だ。球団は、指名権重複(抽選)や選手側の交渉拒否の事前情報を恐れてはいけない。指名重複の結果に基づく抽選は、それ自体がドラマであり、ファンサービスにほかならない。また、球団の逃げ腰に乗じて、選手側が交渉拒否の事前情報をリークするような不透明さを許せば、ドラフトは事実上形骸化し、人気球団に有望・有名選手が自ずと偏る傾向を助長してしまう。

さらに、スポーツメディアは「巨人」のドラフト形骸化戦略を援助する予断に満ち満ちた報道を中止すべきだ。読売はかつての「巨人」一極集中プロ野球の復活を夢見ている。だがもはや、全国区人気の「巨人」中心という構図の復活はあり得ない。21世紀の日本プロ野球は、それぞれの地域に根差した地域のための球団と、その地域のファンとともにある。全国津々浦々が「巨人」を応援するなどという不自然なスポーツ文化は、もうあり得ない。おらが国のおらがチームを応援する。

このたびの北海道日ハムの菅野1位指名は快挙だ。読売のドラフト破りの横暴を許さないため、換言すれば、「読売単独指名」を恒常化させないため、今後、各球団もこれに倣ってほしい。

また、プロを目指す若き野球選手も、「巨人」という幻想に迷って、自らの進路を誤ってほしくない。いまのプロ野球を代表する選手のうち、いったい何人が読売ジャイアンツに所属しているか数えてみればいい。野球において、日本代表チームを編成したとき、代表に呼ばれる読売の選手は、投手ならば内海、沢村、野手ならば、長野、阿部くらいだろう。読売ジャイアンでは、選手は育たない。

繰り返すが、スポーツメディアは、読売単独指名を助長する意図的報道を行ってはいけない。かりに、「読売以外にはいかない、指名されても交渉しない」と発言する選手がいたならば、その発言をもって、その選手を批判すべきだ。コンプライアンスは「法令遵守」と訳されるが、法律に触れないからと言って、約束事、ルール、倫理(規定)等を無視することは許されない。もちろん、海外への挑戦は自由であるから、それは除外する。海外志向の新人は、あらかじめ「自分は海外でやりたい」と表明すればいい。そうすれば、全球団がその選手を指名から除外することができる。「読売以外なら海外」というのは、ドラフト精神(倫理)に反する。

今年は計72選手が指名を受けた。指名された全選手の今後の活躍を祈念する。