2018年5月20日日曜日

Big MOUTH Three(ビッグ・マウス・スリー)――西野ジャパンはポンコツの寄せ集め

サッカーW杯ロシア大会に出場する日本代表選手が概ね決定されたようだ。今月30日に行われる親善試合ガーナ戦に日本代表として招集された27選手は以下のとおり。
※( )内は所属チームと年齢(2018.05.20現在)

(GK)
川島永嗣(メッス、35)、東口順昭(G大阪、32)、中村航輔(柏、23)
(DF)
長友佑都(ガラタサライ、31)、槙野智章(浦和、31)、吉田麻也(サウサンプトン、29)、
酒井宏樹(マルセイユ、28)、酒井高徳(ハンブルガーSV、27)、昌子源(鹿島、25才)、遠藤航(浦和、25)、植田直通(鹿島、23)
(MF)
長谷部誠(フランクフルト、34)、青山敏弘(広島、32)、本田圭佑(パチューカ、31)、乾貴士(エイバル、29)、香川真司(ドルトムント、29)、山口蛍(C大阪、27)、原口元気(デュッセルドルフ、27)、宇佐美貴史(デュッセルドルフ、26)、柴崎岳(ヘタフェ、25)、大島僚太(川崎F、25)、三竿健斗(鹿島、22)、井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ、21)
(FW)
岡崎慎司(レスター、32)、大迫勇也(ブレーメン、 28)、武藤嘉紀(マインツ、25)、浅野拓磨(シュツットガルト、23)

西野ジャパンは忖度代表

(本番では23名に絞り込まれるわけだが)27選手を見た限りにおいて、ロシア大会出場の日本代表に期待するものは何もない。ハリルホジッチの突然の解任のあと、代わって監督に就任した西野朗のビジョンが見えてこない。推測でいえば、協会(JFA)幹部、Jリーグ、テレビ、広告代理店、スポンサーに対する忖度、気づかいの結果にすぎない。拙Blogで書いた通り、西野ジャパン(日本代表)に期待はない。こんなにも関心の薄れたW杯は過去にない。

中島翔哉の選外が最大のサプライズ

最大の驚きは、今シーズン、ポルトガル・リーグで大活躍した中島翔哉(23才)の落選だ。彼はポルトガル一部のポルティモネンセSCにおいて、リーグ戦29試合に出場(29試合でスタメン、21試合にフル出場)し、10得点12アシストという好成績で終えた。今シーズン、メキシコで大活躍したといわれる本田圭佑は29試合出場して10得点、7アシストであるから、中島のほうがチーム貢献度は高い。

ではなぜ中島が選外になったのかといえば、西野ジャパンが本田、岡崎、香川のいわゆる「ビッグスリー」を固定メンバーとする絶対方針があるため、ポジションが重なる中島に代表メンバーに入る余地がないからだ。西野は「ビッグスリー」を代表に入れるために監督に就任したようなもの。中島には悲しいかな、スポンサーがついていない。もう一つの理由として考えらえるのが、西野ジャパンの年功序列体質ではないか。中島はまだ若いと。

「ビッグスリー」の「口害」

相変わらずの本田のビッグマウスには閉口する。香川の力んだ「演説」も聞き苦しい。筆者が納得できないのは、彼らが主軸だったブラジル大会(2014)の日本代表の成績は、退場者で一人少なくなったギリシアとスコアレスドローで引き分けた勝点1のみ。勝利なき惨敗だったこと。あれから4年も経ったロシア大会、彼らを攻撃の主力に据えてブラジル大会以上の成績を残せるのか…「ビッグスリー」が4年前より心技体において向上したとはとても思えないどころか、まちがいなく退歩している。

ロシア大会は、ブラジルの失敗の総括から導かれた戦略・戦術で臨むべきものであり、代表選考はその表出のはずだった。しかし、急場しのぎの代行=西野にそれを求めても無駄なこと。喜んでいるのは当たり前のサッカーファンではなく、スポンサー、テレビ、広告代理店、そしてナイーブ(うぶ)な代表サポーターばかり。ああつまらない。

オオフジツボ、ストリート・ライブ

谷中、千駄木「よみせ通り」商店街にて、オオフジツボがストリート・ライブ・コンサートを行った。

ビアパブイシイの主催である。


『「昔は良かった」と言うけれど』

●大倉幸宏〔著〕 ●新評論 ●2000円(税別)

誠に示唆多き書だ。派手な論理展開や難解な言説を用いることなく、適正な資料の積み重ねによって、今日跋扈する暴論を吹き飛ばしてみせる。あるいは固定概念を覆してみせる。日本人の多くが本書を読めば、戦前回帰を望む政治勢力が進めている洗脳計画を回避することができる。

よって、筆者は日本人の多くが本書を読むことを期待する。本書を読んでもなお、戦前の日本のほうがいま(戦後)より良かった、とする人は真っ当な判断力の働かない、まことに残念な人というほかない。

戦前社会の荒廃ぶり

結論をいえば、戦後の日本人の道徳は戦前に比べて著しく改善しているし、公衆マナー、モラルも向上している。たとえば、電車内で化粧する女性の姿――これは戦前にもみられた光景であり、戦後(近年)になって出現したものではない。席を譲らない若者、騒ぎまわる子ども・・・といったモラル欠如の光景はいま(戦後)よりも戦前のほうがひどかった。

もらい児殺人の横行

幼児虐待もいまに始まったことではない。子どもの虐待は戦後増加したものではなく、戦前にも頻発していた。驚くべきは、事情があって育児できない子どもを譲り受ける「もらい児」が戦前では一般化していて、事情がある家庭から裕福な家もしくは子宝に恵まれない家庭に引取られていた。そこで発生するのが「もらい子殺人」と呼ばれる残虐極まりない犯罪の横行であった(P145~)。

その手口は、子どもを必要としない親から子ども譲り受けると同時に養育費を受け取り、その後に殺してしまうというもの。なかにはこれを生業にして大勢の子ども(その後の捜査で200人にわたっていた)を殺していた者さえいた。

託児療院経営者、集落等が組織的に「もらい子殺人」に関与した事例が報道されており、ある集落では200~300人の「もらい子」が養育費受け取り後に殺害されていた。これらは1910年代から1930年代にまで常態化していたようだ。

人口調整を目的とした嬰児殺し

そればかりではない。ある村落では、数十年にわたり、いわゆる「口べらし」と呼ばれる人口調整の手段として嬰児が殺害されており、子どもの白骨死体50体が発見された事件が当時の新聞に報道されている。

前出の児童虐待は戦前多発しており、戦後(今日)以上に社会問題化していた。家庭内虐待、学校に行かせず働かせる。働かせ口としてはサーカスの曲芸、もの売り、飲食店の給仕、丁稚奉公もあった。最悪なのは、路上における物乞い、身体の障害を見世物にするといった人権無視もあった。

戦前の日本は軍事偏重、福祉切捨ての差別社会

これら戦前の子ども虐待は一個人、一家族の問題ではない。もちろん、マナー、道徳といった範疇を超えたもので、国家の社会政策、福祉政策、貧困対策等の欠陥の反映だ。その主因は、戦前の日本が明治維新以来国是としてきた「富国強兵」による軍事偏重にあった。

戦前の日本人の心が美しかったとか、人情が厚かったとか、心が温かったという言説は社会一般として成り立たない。戦前にもそのような日本人がいたと同様に、戦後にもそのような人がいるだけの話だ。公衆道徳、マナーに関して言えば、戦前に比していま(戦後)のほうが著しく改善・洗練化されている。基本的人権、社会福祉に関しては、戦前の日本ではないがしろにされ、多くの日本国民は貧困、差別に苦しめられていた。

教育基本法を骨抜きにしたい戦前回帰勢力の台頭

ではなぜ、戦前の美化が喧伝され、戦前のネガティブな情報がいま現在の社会において、共有化されないのだろうか。そのことは、前述と重複するが、戦前の政治体制に回帰したい政治勢力が、宣伝・洗脳攻勢をしかけているからであり、メディアがその勢力と一体化しているからだ。

彼らは戦後日本人の「劣化」を叫び、その原因を戦後教育のあり方に求め、それを担ってきた教師の組合である「ニッキョウソ」の敵視に向かう。〔戦後日本人の劣化=ニッキョウソ〕という論理なき宣伝を国民に展開する。

この手口はナチスのものと同様だ。ナチスはワイマール共和国成立後の社会の混乱と不安の主因を「ユダヤ人」に一元化して国民に喧伝することで大衆の支持を集めた。すべて「ユダヤ人」が悪い、という単純なメッセージで人心を掌握した。いまの日本において、戦前回帰を求める政治勢力も前出のとおり、日本人の「劣化」を「ニッキョウソ」に一元化しようとする。戦後の民主教育の根幹をなしてきた教育基本法を骨抜きにしようと謀る。彼らは精緻な論理性をもたない。民主主義教育の成果もしくは不十分性に係る検証もない。いまの日本人は劣化している、ニッキョウソが悪い、と情緒的、声高に叫ぶばかりなのだ。繰り返すが、戦前の日本人の道徳、倫理観、マナーはいま(戦後)よりも劣っていたにもかかわらず。

教育勅語は考えない「教育」を望む戦前回帰勢力の拠り所

戦前回帰を目論む勢力が教育において美化するのが教育勅語だ。それに関して、本書にまことに興味深い記述があるので紹介しておく。著者(大倉幸宏)は、大正後期に小学校で修身の授業を受けていたある女性が、当時の授業の様子について回想した小文を事例とする。その回想によると、当時の小学生は教育勅語の内容はまったく理解せずにただただ暗記、暗唱していたにすぎないというもの。教育勅語は、小4になると児童が見ないで書かないといけなくなるのだそうで、自習のときに、半紙を載せて写したのがばれて「日本人ともあろう者がお勅語の上に紙を載せて書くとは何事です!」とひどく叱られた子のエピソードも添えられている。著者(大倉幸宏)はこう続ける。
難しい漢語が並んだ教育勅語は、子どもが簡単に理解できるものではありませんでした。また、教育勅語が書かれた教科書を大切に扱うことが要求されたため、子どもたちにとって教育勅語は、ただ神聖なものであるというイメージだけが刷り込まれていきました。教える側も、その取り扱いには苦心していたようです。(P210)
筆者には、戦前の社会において、教育勅語が教育効果を上げたとは思えない。もし効果があったとするならば、それを集団で暗唱する集団行動に政治的意味があったのではないかとも。あるいは著者(大倉幸宏)の指摘のとおり、天皇(の言葉)を神聖化、神秘化する効果があったのではないかと。

教育勅語(暗唱)の身体的教育効果

では、政治体制が変わったいま(戦後)、なぜ、教育勅語が見直されるのか。それは、ものごとを考えない教育を望む勢力にとって都合が良いツールだからだろう。前出のように教育勅語は中身の理解よりも、それを暗記暗唱することの強制――身体性に重きが置かれていた。教育とは思考力の鍛錬にあるのだが、思考よりも暗唱、いわれたことを素直に考えずに励む行動が美化されたのではないか。それが戦前教育の基本だった。教育勅語を暗記せよといわれれば、素直に実行する子どもをつくること。国家のいうことは、それがどんなものか検証することよりも、黙って従うことが教育の役割だと認識する勢力にとって、教育勅語はなんとしても復活させたいツールのようだ。教育勅語は戦後教育を破壊したい勢力のシンボル的存在にちがいない。

大新聞に求められる戦前社会の実相の共有化

本書の基本となっているのは、戦前の新聞記事等の報道資料だ。「昔はよかった」という根拠なき政治的言説や風潮は、大新聞がみずから蓄積してきた、戦前の記事を広く社会に紹介することで是正可能だ。新聞みずからが過去に取材・報道した記事を広く社会と共有することで、誤った戦前美化の言説は否定できる。フリーのライターができる仕事を人材豊富な大新聞社にできないはずがない。新聞がそのことを放棄していることに合点がいかない。

2018年5月16日水曜日

日大アメフト選手、試合中に「テロ」 続発する日本スポーツ界不祥事

 学生アメリカンフットボール、関学―日大の定期戦中、とんでもない事件が起きた。関学のQBがパスを投げた数秒後に、日大のDLに背後からのタックルを受け重傷を負った。事件の映像を見ると、白昼、公開の試合中、日大DLが関学QBに仕掛けた「テロ」という表現が相応しい。日大側に弁解の余地はない。

審判も名門校に忖度か

この試合の審判は、「テロリスト」に対して、一回目の反則では通常のファウルで試合を再開。お咎めなしだ。この「テロリスト」、試合に出続けた結果、もちろん反省もせず悪質な「ファウル」を重ね、その後に、関学の選手に対してパンチを振るい、やっと退場となった。

なんと三度も「テロ」を敢行した挙句の退場処分。審判は、最初の「テロ」で同選手を一発退場すべきだった。あるいは没収試合でもよかった。明らかにこの日大選手は確信犯。加えて、報道にあるとおり、「監督の指示」である可能性も濃厚である。

日大はアメリカンフットボールの名門・強豪校であり、昨年の学生チャンピオン。審判は被害を受けた関学よりも、「日大」というブランドに忖度して、適格な判断を下せなかった可能性が高い。審判も失格である。

続発するスポーツ界の不祥事

さて、今年(2018)に入ってから、スポーツ界の不祥事が相次いでいる。思いつくままに列記してみよう。
  1. カヌー選手によるライバル選手に対する禁止薬物混入事件(1月)
  2. 日馬富士、貴ノ岩暴行事件で略式起訴後、罰金50万円の略式命令(同)
  3. 女子レスリング、伊調馨選手パワハラ事件(3月)
  4. 貴乃花部屋の貴公俊による、付き人暴行事件(3月)
  5. サッカー日本代表、ハリルホジッチ監督電撃解任(4月)
  6. サッカーJ1ジュビロ磐田のギレルメ選手、試合中に暴行事件起こす(5月)
そして、今回のアメフト日大選手の関学QBへの「テロ」事件だ。なんと5か月半に7件もの大事件が続発している。2の日馬富士暴行事件は2017に起きているので除外したとしても、月に1回以上のハイペースである。

一方的に相手の抹殺を図る

ギレルメの一件は、激高・興奮した者による単純な暴力事件だが、そのほかの事件の内容は極めて深刻である。年明けに起きた、カヌー界におけるライバル選手に対する禁止薬物混入事件が最近のスポーツ界の悪質さをよく象徴している。アスリートならば、自分が強くなりたいという誘惑にかられ、ドーピングに走る。このことはもちろん許されることではないが、理解できなくもない。

ところが、この事件では、自分を傷つけることなく、ライバルをドーピング違反で潰すという手段に出た。このことは、これまでの常識や最低限の約束事が崩壊してきたことを象徴する。日本のスポーツ界において、とても重要なものが失われるとともに、何かが崩れたのだ。

今回の日大の「テロ」も薬物混入事件に似ている。無防備な者をターゲットにして、意図的に怪我をさせる、すなわち、自分を傷つけることなく、相手の抹殺を図ろうと。

弱い立場、現場の者が「上」から攻撃を受ける

相撲界の不祥事では、ターゲットは常に弱者(番付下位の者)となる。レスリングの伊調馨は史上最強の女子選手だが、マットを離れれば、弱い立場の現場の人間にとどまる。ハリルホジッチも日本サッカー協会という組織からしてみれば、「お雇い外国人」にすぎない。

無防備な者が、薬物混入や違法タックルといった「テロ」を受ける。また、弱い立場の者、現場の者が、協会幹部、監督、役員、コーチ、先輩といった「上」の立場の者から暴行やハラスメントを受ける。公正であるスポーツ界の実態は、ダーティーで封建遺制が残った、近代以前の閉鎖社会であることが見て取れる。

日本のスポーツ界を支配する〈戦争学〉

それだけではない。日本のスポーツ界には、いきすぎた勝利至上主義が色濃く残っている。アジア太平洋戦争敗戦後、日本社会における民主化が進行した一方で、社会の諸機構、各階層において、戦時総力戦体制の遺構が温存された。なかでもスポーツ界は、近代化、民主化が最も遅れた。

日本のスポーツ界は、戦後復興の国民精神のシンボルとして五輪、世界大会等におけるメダル獲得が最優先され、60年代には「しごき」と呼ばれる野蛮な指導方法が称賛されていたくらいだ。学生スポーツ界(体育会)では、先輩後輩の封建遺制が残存され、現役が負ければ、OBらから懲罰、体罰が課せられるのが当りまえだった。それらは、勝利のためだと許容されてきた。〈戦争学〉の支配である。

そればかりではない。高校大学を問わず、生徒学生集めの手段として、学生スポーツが利用されている。甲子園の野球名門校となれば、当該高校のブランド価値が高まり、生徒が集まりやすくなる。学校経営にプラスとなる。こうして、問答無用の勝利主義が許容され、学生スポーツは戦時総力戦体制が手厚く温存されるようになった。学生スポーツ(体育会)において育まれた勝利至上主義は、〈戦争学〉として体系化され、「勝利ためには手段を択ばず」が常態化される。

その体質は学生から社会人、スポーツ団体へと持続的に受け継がれ、スポーツ各組織内に学閥が形成されるに至る。学閥が派閥争い、権力闘争、ポスト争奪の組織単位として抗争を繰り返す。前出の不祥事における、サッカー(JFA)、レスリング(同協会)の事件は、派閥争いが投影されたものである。

人間の価値を決めるメダル、代表といった肩書

選手のあいだでは、ただのスポーツ経験者→五輪出場選手→メダル獲得者(銅→銀→金)のヒエラルキーが固定化され、競技生活終了後の生活水準を決定するに至っている。サッカーでは、元代表かそうでないかといった具合である。

引退後のアスリートの人間的価値は、組織マネジメント力、指導力、スポーツコメンテーターとしての実力、批評力、取材力といった専門性ではなく、前歴が決定する。

メディアはスポーツ界の歪みを批判できず

かくも歪んだスポーツ界を醸成したのは、メディアがその体質を批判しないことが主因である。スポーツが重要なコンテンツとなった今日のエンタメ業界、とりわけテレビは、スポーツ界の歪んだ体質の批判を控えた。大相撲界がその典型で、相撲ジャーナリストたちは、相撲部屋内の暴力体質を批判せず傍観してきた。「甲子園」、代表サッカー、このたびの学生アメリカンフットボールもしかり。「名門」日本大学アメフト部内の暴力体質も批判されることがなかった。

アメフト「名門校」の「テロ行為」を容認してはならない

事件後、雲隠れしている日大アメフト部監督
〈戦争学〉に支配された日本のスポーツ界。このたびの日本大学アメフト部に対する処分としては、廃部が望ましい。「テロ」の指示を出した監督及びそれを実行した学生は、アメフト界から永久追放されるべきだ。報道によると、日大の当該監督及び選手から、関学の被害選手に対して、謝罪もないという(5月16日現在)。日大側に反省の態度はないとみていい。日大の態度こそ、〈戦争学〉の体系に則った態度である。勝つためには、何をやってもいいのだと。また、英雄は組織をあげて守らなければならないのだと。

2018年5月13日日曜日

『「愛国」という名の亡国論』

●窪田順生〔著〕 ●さくら舎 ●1500円(税別)

今日、テレビには、日本が世界の中で極めて優秀な国だとふれまわる、“日本礼賛番組”があふれているという。『Youは何しに日本へ?』『世界ナゼそこに?日本人 知られざる波乱万丈伝』『世界の日本人妻は見た!』『世界!ニッポン行きたい人応援団』『和風総本家』『たけしのニッポンのミカタ』『世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ!!視察団』『cool japan 発掘!かっこいいニッポン』・・・


日本礼賛番組の構造

スポーツ中継、映画、ニュース以外のテレビを見ない筆者なので、上記の番組がどんなものか判断しかねる。ただ、タイトル及び本書の番組説明を読むことで、これらの番組内容について概ね理解できる。外国人が日本の良いところ、優れたところに感嘆したり驚愕したりすることで、見る側(日本人)に快感を覚えさせる企画だろう。

多くの視聴者は、番組に紹介された日本の事業者、日本人技術者(職人)、日本人そのもの、日本の自然から社会に至るまでの優秀さを確認するとともに、それらが日本人(自分たち)の代表だと錯覚する。そして、その一員である自分も優秀だと納得する。

スポーツも同様だ。先の平昌冬季五輪における日本のテレビのフィーバーぶりも日本礼賛番組と同じ構造にある。フィギュアスケートの羽生結弦やスピードスケートの小平奈緒らが金メダルを取れば、彼ら彼女らは自分たちの代表だと多くの日本人は確信する。サッカー日本代表はまさにその名称からして、「自分たちの代表」にほかならない。だから「絶対に負けられない戦い…」というヒステリックでおよそ不可能な謳い文句がテレビで絶叫されても、当然だと思ってしまう。

こうした現象は、素朴な愛国心、自国民愛なのだから、目くじら立てて批判する対象ではないという見方が大勢だろう。五輪やサッカーで自国を熱烈に応援したからといって、戦前の軍国ファシズムの心情とは一致しないと。自分たちの「代表」を応援して何が悪いのだと。はたしてそうなのだろうか、それについては後述する。

朝日新聞論

本書はマスメディアの愛国報道について、その現状及び歴史の分析を通じて、そこに潜む危険性を指摘する。後半の〔第5章:「反日」と「愛国」は表裏一体〕〔第6章:戦前から「愛国」が抱える闇〕にかけては、「朝日新聞論」ともいうべき内容となっている。

著者(窪田順生)によると、戦後の朝日新聞においては、「愛国」と「反日」の報道は表裏一体の関係にあり、「反日」報道が増加すると、その次に「愛国」報道がバランスをとるかのように増加するという。そして、このバランス報道は、朝日の社是(綱領)であるところの、「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」にあるという。

朝日新聞が社是とする「中正」とは、偏向しないくらいの意味だとも思えるが、筆者(窪田順生)によれば、それは二重人格であり、ダブルスタンダードであり、社会に大きな混乱を招くもとだという。火をつけて騒ぐだけ騒いだ後にしれっとした顔でそれを消すのが朝日新聞なのだと。

「優生学」が日本礼賛報道の本質に

そればかりではない。本書は朝日新聞における今日の日本礼賛報道のルーツを探りだす。著者(窪田順生)によると、朝日新聞における「日本が世界一報道」の定型をつくりだしたのは、下村宏(下村海南)という元台湾総督府民政長官であるという。下村は、同職を退任後、朝日に副社長として向かい入れられた(1921、大正4)。

下村は当時における国際通で、朝日の副社長という肩書を使って、講演やラジオ番組で世界における日本の位置を大衆にわかりやすく説明して回ったという。ところが、下村の日本と世界の関係を計る思想的基軸は、優生学に基づくものであった。彼は日本人が世界で最も優れた人種であることを願ったうえで、日本人が「優れている」と下村が判断した技術、事象、統計等を、客観的検証を欠いたまま大衆にふれまわったようだ。

優生学の根本は、「優れていないもの」の排除・抹殺だ。身体的、精神的に「欠陥」があると国が認識すれば、「優れていない者」は社会から除外されてしまう。今日、世界(他国民)より「優れたかのような日本(人)」が相次いで報道される裏側には、戦前に日本で望ましいとされた似非科学=優生学の復古の兆候が見て取れる。

戦後、朝日新聞は生まれ変わったと思われるかもしれない。だが、日本の至る所に戦前のシステムが残存したと同様に、優生学的価値基準が朝日の中に残存したと考えていい。今日、朝日が中正の名の下で「日本礼賛」と「反日」の報道を繰り返すことから、そのことは明らかだ。「日本イイネ」の蔓延に慣らされているうちにそれが洗脳の完了へと至り、思わぬ方向へと日本を進めることになる。

2018年5月10日木曜日

高桑常寿写真展(5/10~16)

「高桑常寿写真展 アフリカ・ミュージシャンの肖像2018」のオープニングパーティーに行ってきました。

アフリカ民族音楽の演奏などあり、盛り上がりました。

高桑常寿さん







2018年5月9日水曜日

NPB、30試合を消化

大谷翔平の「二刀流」の成功、イチローのアドバイザー就任(事実上の現役引退?)と、ここのところアメリカ・メジャーリーグ(以下「MLB」と略記)の「ビッグニュース」が日本の野球界を席巻している今日この頃。

大谷の評価はまだ早い

前者については、いまは評価する時期でないと筆者は考える。いまのところ大谷の挑戦は順風満帆のように見えるが、シーズンは長い。広大な北米を戦場とするMLB、大谷が順調なままシーズンを終えるとは考えにくい。過労、体調不良、故障がないことを祈っているが、筆者の予感では、大谷の「二刀流」挑戦はシーズン半ばで頓挫する。

イチローの身柄は来年日本開催試合まで凍結か

後者については、MLBが来年予定している日本開催試合(マリナーズVsアスレチックス)にイチローを利用しようという目論見が見え隠れする。マリナーズ及びMLBは、彼を興行的成功のための担保としたようだ。

イチローは現段階では戦力外だが、来年、日本に選手として凱旋すれば、MLBの日本開催は興行的に成功する。だから彼に引退してもらっては困るし、他球団(NPBのどこか)と契約してもらっても困る。イチローにとっては、マイナーに落とされる屈辱を回避できるし、今シーズン、マリナーズに故障者が出れば、選手復帰も可能となる。現役引退は来年日本開催のMLBの試合となれば、イチローのプライドも満たされる。

セリーグ順位は筆者の予想どおり

 さて、日本プロ野球(以下「NPB」と略記)は各チームとも概ね、30試合を消化した。この段階で今シーズンの行方が読み通せるというのが球界の常識となっている。5月8日時点のセリーグ順位を見ると、①広島、②阪神、③読売、④DeNA、⑤中日、⑥ヤクルトとなっていて、筆者が開幕前に予想した順位とぴたりと一致する。このままの順位で行ってもらいたいものだ。

想定外は読売の岡本和真、吉川尚輝、小林誠司の打撃の好調ぶり。岡本が打率3割以上を維持しているのは驚きだ。吉川、小林はここにきて下降傾向にあるが、岡本は好調を維持している。

この好調ぶりの主因は、他球団の岡本対策の誤りにある、と筆者は考える。開き気味の岡本に対して、相手投手が遅い変化球(スライダー、カーブ等)を真ん中から外角高めに投じて打たれているケースを散見する。岡本は速球が苦手で、とりわけインハイ、インローはほぼ打てない。そのかわり、遅い変化球の高めは多少外側でも強引に叩いて、ヒットするパワーがある。彼は、読売から日ハムに移籍した大田泰示に似たタイプ。

パリーグ、楽天最下位とは想定外

パリーグはまるで予想外の展開。①西武、②ソフトバンク、③日ハム、④オリックス、⑤ロッテ、⑥楽天で、しかも楽天は勝率2割5分8厘、と驚きの低率だ。

筆者の予想は、楽天2位だった。楽天には頑張ってもらいたい。首位西武だが、エースの菊池雄星が故障して黄色信号が灯った。筆者の予想では西武の弱点は先発投手陣だったから、菊池の故障は痛いだろう。


イギリスからお客様

娘のイギリスの友達が婚約者を連れて来日。

拙宅に遊びに来てくれた。

彼の仕事はシェフとのことで、日本料理に興味津々。



2018年5月5日土曜日

ジャックと谷根千

今宵はイングランドのミュージシャン(ドラマー)、Jackを谷根千にご案内。

根津の路地にて

REN(根津)

オーナーご夫妻と記念写真

2018年5月1日火曜日

ハリル解任の深層

サッカー日本代表監督を解任されたバヒド・ハリルホジッチ氏(以下「ハリル」と略記)が27日、都内の日本記者クラブで会見した。この会見で解任のすべてが明らかになったわけではないが、ハリルの発言及びJFAに忖度する必要のない良心的ジャーナリストの記事から、解任劇の真相らしきものがうかがえるに至った。

続出するスポーツ団体(公益財団法人)の不祥事と同類

今回の解任騒動というのは、ここのところ続出しているスポーツ団体の不祥事と変わらない。パワハラ、セクハラ、金銭トラブル、権力闘争・・・その多くが公益財団法人でありながら、情報公開は不十分なまま。公益法人の認可を行う内閣府にはそれら団体の資質を見抜く力や管理する力もないことを実証している。内閣府から認可権を剥奪して、新たな委員会を設置したほうが良かろう。

ハリル解任の3つの因子

さて、JFAがハリルを解任するに至った因子は一つではない。複合的ではあるが、どれも純粋スポーツ的見地からではない。もちろんサッカー日本代表強化のためのものでもない。

その因子は(一)JFA内の権力闘争、(二)代表選手の一部が解任をJFAに申し入れたこと、(三)は(二)と関連するが、前出のハリル解任を望んだ代表選手と代表スポンサーとが、ハリル解任で利害を一にしたこと――と要約できる。田嶋幸三JFA会長(以下「田嶋」と略記)は先の解任発表会見で、“解任理由は監督と選手とのコミュニケーション不足”と説明したが、ハリルは会見で、そのことをきっぱりと否定している。

ハリルをロシアに行かせたくなかった田嶋

(一)については、サッカージャーナリスト宇都宮徹壱氏(以下「宇都宮」と略記)のコラム「ハリルが去り、われわれに残されたもの」に詳しいので、そちらを参照してほしい。

宇都宮の見解を大雑把に抽出すると、ハリルを代表監督に招聘した霜田正浩(当時)技術委員長(以下「霜田」と略記)は、田嶋と会長選挙(2016年1月)の座を争った原博美(当時)専務理事(以下「原」と略記)の片腕だった。つまり、ハリルは、原―霜田ラインが決めた代表監督であり、田嶋の政敵が執行した人事だった。

かりに、ハリルがロシアW杯でベスト16入りを果たしたとしたら、田嶋の政敵、原―霜田の執行の正しさが証明され、田嶋は選挙に勝ったものの、会長の正当性は継続しない。田嶋にしてみれば、絶対にハリルをロシアに行かせるわけにいかなかったのだ。

ハリルを更迭せず、日本代表がW杯で惨敗したらどうなるのか。当然、現会長である田嶋の責任が問われることになる。なぜ、ハリルをW杯前に代えなかったのかと。田嶋の立場としては、ハリルで勝っても負けても、せっかく得たJFA会長の座は怪しいものとなる。

ではなぜ、田嶋はハリルをせっせと解任しなかったのか、土壇場での解任に至ったのか。それはハリルがW杯アジア予選を勝ち抜いた実績があり、しかも、ハリルが会見で反論したように、最近の日本代表チームにおける監督(ハリル)と選手の関係が概ね、良好だったからだろう。つまり、ハリルを解任する決定的理由が見つからなかったのだ。

ハリル解任を決定づけたベルギー遠征

ところが、昨年12月のE1における韓国戦惨敗、今年3月ベルギー遠征におけるマリとの引分、ウクライナ戦の負けが状況を変えた。この間の代表戦は試合内容が最悪に近く、加えて、マリ、ウクライナがW杯予選敗退国だったことも重かった。予選敗退国に負けたのだから、本戦で勝てるわけがないと。ここで田嶋はハリル解任の決断に至ったと推測できる。

反ハリル派代表選手、スポンサーからも解任の圧力が?

それだけではない。ベルギー遠征前から、田嶋の耳にはハリル解任の内外から圧力は感じていたはずだ。代表選手とスポンサー契約を結んでいる大企業、代表戦視聴率を気にするテレビ等が大手広告代理店を介してJFAに圧力をかけていたはずだ。それらの声が最大ボリュームとなったのは、前出のベルギー遠征の第二試合、ウクライナ戦ではなかったか。この試合で先発したある選手(以下「H」と略記)が、反ハリル派の頭目とされる。そのHが低調な動きで途中交代したことを記憶している方も多いと思う。つまり多くのスポンサー契約を抱えるHが、ハリルにより、ロシアW杯代表選手から外される可能性が高まったのだ。もう一人、JFAの有力スポンサーであるA社と契約している選手(以下「K」と略記)も、ハリルの構想外だったから、KはHと同調した可能性が高い。

監督と一体のはずの技術委員長が後釜とは呆れてものもいえない

状況は煮詰まっていたが、それだけでハリルを解任することはできない。ポストハリルをだれが務めるのか?田嶋がハリル解任を決断できたのは、西野朗技術委員長(以下「西野」と略記)から、代表監督就任の了承を得たからだろう。これもまた、田嶋にとって好都合だった。西野がロシアで結果を出せば、功績はハリルを解任した自分と現場の西野が共有すればいい。負ければその責任は前任のハリルと西野が負えばいいことになる。西野は技術委員長在籍中、ハリルとあまり交流がなかったという。これも奇怪な話で、本来ならば、技術委員長(西野)と監督(ハリル)は一体であって、ハリルが辞めるならば西野も辞めるのが筋。西野がハリルの後を引き継ぐのは、西野の技術委員長としての瑕疵を放免することになる。

このたびのハリル解任は権力闘争とスポンサー対策の結果である。ハリルと西野の新旧代表監督は、田嶋の権力欲の犠牲者にほかならない。この解任騒動によって、田嶋は日本代表がロシアで勝とうが負けようが、しばらくの間、JFA会長の座を安定的に維持できる。ハリルを追い出した田嶋のおかげで、本来ならばW杯代表メンバーから外された可能性が高いH及びKのロシア行きも確約された。代表スポンサー、テレビ、大手代理店からもその功績が認められることとなろう。

西野はたとえ、ロシアで結果を出せなくとも、期間が短かったという言い訳がたち、責任論は噴出しない。本人のやる気次第では、次のW杯まで代表監督の座が約束される。日本サッカー界における邪魔者はハリルただ一人だった。

ハリル解任のアシストをした多数のサッカージャーナリスト

ハリルを代表監督から外すには、JFA会長、代表選手、スポンサー、テレビ、大手広告代理店といったステークホルダーの圧力だけでは実現しない。彼らの意思を、メディアを介して大声で叫び続けたサッカー解説者(元代表選手)、同コメンテーター、同ライターらの存在を忘れてはならない。彼らは、表向きサッカー戦略及び戦術の面でハリルを批判したかのようにみえるが、すべて見せかけである。プロのサッカージャーナリストならば、日本が惨敗したブラジル大会(2014)以前の「自分たちのサッカー」に戻ってみたところで、ロシアで勝てる可能性は低いと考えるのが自然だろう。

ハリルの会見の後を受けて、醜悪な発言でハリル再批判を行ったのは田嶋であったが、JFAの太鼓持ちのサッカージャーナリストも同様に、ヒステリックに「ハリルでは勝てない」を繰り返すばかり。ならば、「西野で勝てる」根拠を示してもらいたいものだ。

加えて、解任騒動前から、ハリルと選手との「コミュニケーション不足」を記事にしたサッカーライターも多かった。彼らは取材で得た情報ではなく、JFA及び代表選手の一部がリークした話を記事にした可能性が高い。

ハリル解任の不自然さを冷静に伝えた少数のライターの存在が救い

前出の宇都宮を筆頭に、少数ながらハリル解任の不自然さを記事にしたサッカージャーナリストがいたことが救いである。熱烈な代表サポーター及びナイーブ(うぶ)な代表ファンがいまいちど、彼らの記事を読みかえし、彼らが展開したJFA批判に同調してくれれば、日本代表のガラパゴス化は回避できる。

2018年4月27日金曜日

『昭和維新試論』

●橋川文三〔著〕 ●講談社学術文庫  ●972円(キンドル版)

宣伝文にはこうある――“本書は忌まわしい日本ファシズムへとつながった〈昭和維新〉思想の起源を、明治の国家主義が帝国主義へと転じた時代の不安と疎外感のなかに見出す。いまや忘れられた渥美勝をはじめとして、高山樗牛、石川啄木、北一輝らの系譜をたどり、悲哀にみちた「維新者」の肖像を描く、著者、最後の書。(講談社学術文庫)”

本書最終章「国家社会主義」の終わり方のあまりの唐突さに、著者(橋川文三/1922-1983)の書き続けたかったはずの強い意志の反転をみた。

日本人は〔革命〕ではなく〔維新〕に共鳴する

〈昭和維新〉とは、一般に「1930年代(昭和戦前期)の日本で起こった国家革新の標語である(Wikipedia)」と考えられている。それは流動的かつ情況的ムーブメントでありスローガンである。インシデントとして挙げれば、「五・一五事件」(1932、昭7)「二・二六事件」(1936、昭11年)となろうが、両事件が示すように、〈昭和維新〉が成就されたものなのか、されなかったものなのかについては明確でない。

日本では、閉塞的情況の打開の動きを「〇〇維新」とするのが常である。革命と同義のようだが、日本人は「維新」の方に親和性を覚える者が多い。そのことは日本人の明治維新に対する郷愁であり崇拝の念であり、国家・人心の一新は、明治維新のようであってほしいという願望の現れである。

新しいテロリスト像の出現

本書は朝日平吾について触れることから始まる(「序にかえて」)。朝日は当時の金融資本家で、東大安田講堂の寄贈者として知られる安田善次郎を暗殺(1921、大10)したテロリストであるのだが、彼を「大正デモクラシー」の陰画的表現と評し、朝日平吾の人物像に当時の右翼、左翼、アナーキズムへ奔った青年たちと共通する、感傷的な不幸者の印象を認める。それは明治維新直後に起こった士族反対派が抱いたテロリズムの心情とは異なっていた。朝日の心象は、「不可解」と遺書に記して(1903、明36)華厳の滝に飛び込んだ藤村操と共通するものだともいう。本書によれば、“〈昭和維新〉というのは、そうした人間的幸福の探求上にあらわれた思想上の一変種であった”ということになる(テロ・自殺が人間的幸福の探求なのかどうかについては疑義を挟む者もいるかもしれないが)。

このことの情況的説明は次のとおりとなろう。明治維新(1868)からおよそ30年間の日本が近代国家としての第一段階を歩んだ時代――牧歌的近代国家建設期だとするならば、日清(1894、明27)・日露(1904、明37)という2つの大戦を経験した後の日本は、第二段階――帝国主義国家への移行とその完成に向けた時代に該当するということだ。〈昭和維新〉は、その変容を契機として産み落とされ、いくつかの屈曲を経て成長した、(思想・運動の)妖怪といえる。

明治20年代から始まった維新国家の変容

本書は〈昭和維新〉の思想を論評するにとどまらず、そこに至るまでの日本のさまざま思想的潮流を明らかにする。前出の、「神政維新」「桃太郎主義」を唱えた渥美勝(1877-1928)――彼はその粗末な身なりと風貌と思想性から、第一次世界大戦後のワイマール(ドイツ)に出現した、インフレ聖者を彷彿とさせる。高山樗牛、石川啄木からは、明治青年の疎外感、不安感がうかがえる。

そうした明治後期から大正初期の日本人に対して日本国が発出したのが「戊辰証書」(1908、明41)であり、後の「癸亥詔書」(1924、大13)である。これらは日本人のあるべき姿を国が示したものであると同時に、当時の日本人は国が望む人物像から逸脱し、制御不能な様態を呈していたことを逆証する。では、当時の日本人はどんな価値観を持っていたのだろうか。

日清日露大戦後の日本の若者は、国家主義から個人主義、本能主義、官能主義に傾倒する者が少なくなかった。その結果として、宗教的神秘主義への傾斜も認められたというが、いかに成功すべきかの立身出世の世俗主義も世を覆っていたという。

当時、帝国主義国家を目指す日本政府から見れば、このように著しく後ろ向きの風潮は好ましくなく、早急に糺すべき対象であった。そのようなとき、日本国が思想的・道徳的な核として据えるのが日本化された儒教思想であることは覚えておいていい。そしてその場合、維新は弁証法的な革命としてではなく、神代への復古を目指した改革運動として現れる。明治維新がその祖型であり理想とされる。もちろん、それは天皇を頂点とし、日本化された儒教思想によって下位に位置づけられた従順な臣民という構造をもち、同時に野蛮な尊王攘夷と淡麗な日本的美意識で飾られたものとなる。

〈昭和維新〉の推進母体=国本社の創設

日本は第一次世界大戦(1914、大3)を境として、深刻な閉塞状態に陥る。ロシア革命(1917、大6)、関東大震災(1923.9、大12)、虎ノ門事件(摂政暗殺未遂事件/1923.12)等により社会は騒然となり、共産主義(日本共産党結党/1922、大11)、社会主義、無政府主義が台頭する。

そのような情況下、〈昭和維新〉は民間、官界、学界、政界を巻き込んだ最強のムーブメントへと成長していく。その萌芽は、「老壮会」、「猶存社」を経て結成された国本社(創始者は平沼騏一郎)の誕生(1924、大13)であろう。同会の構成員は軍人19名(陸軍10、海軍9)、官僚(司法関係8、内務6、外務3、大蔵2)等と多岐にわたり、同社が目指したのは政治と道徳の一体化であった。それは前出の日本的儒教と日本的美意識が融合した民族主義の哲学にほかならない。同会は前身の猶存社に北一輝が参加するに至り、〈昭和維新〉遂行の強力な思想性を獲得する。

北一輝の思想

北一輝は今日、彼を教祖的指導者として担ぎ上げ、「二・二六事件」等を起こした陸軍皇統派のイデオローグとして否定的評価を受けているが(実際に統制派により処刑された)、本書(14章:北一輝の天皇論)において、北と皇統派の思想的差異が明確に整理されているので、この章はぜひとも読んでいただきたい。

北の天皇論は、明治憲法の正統的解釈とされてきた天皇と国民の関係――主権者天皇の統治対象としての国民という関係(=天皇の国民)を転倒し、天皇を民族社会の有機的統合と発展を代表する「国家の一分子」としてとらえ(=国民の天皇)、国民は天皇とともに国家の最高機関を形成すると考えるものであった。

その特徴は次の通り。
  • 天皇論としては、明治期の伝統的な国家論の全面的否定の上に組み立てられていること
  • 天皇存在の根拠を何らかの古い伝統的信条もしくは「迷信」の援用に頼ることなく、基本的には西欧近代の国家哲学にもとづいて弁証しようとしたこと
  • 国民論としていえば、それを「臣民」としてではなく、近代的な意味での「ネーション」と同じものとしてとらえようとした。

北一輝を誤読・単純化した皇統派

一方、陸軍青年将校・士官学校生らは北一輝の思想について、天皇を頂点とし、その下に臣民を直接的に配置することが必要だというふうに単純に理解した。「一君万民」である。皇統派は、社会の諸悪の根源は、天皇と国民(臣民)の中間に巣食う政治家、官僚の悪政であると。それゆえ、自分たち(皇統派)が中間に位置する政治家・官僚を暴力的に一掃すれば、(明治維新がなしえたような)天皇の善政に復古すると考えたのだ。皇統派の維新を目指した一連の蹶起を〈昭和維新〉とするならば、それは頓挫した。

しかしその終息にあたったのは軍部の反対勢力、すなわち、皇統派と対立していた統制派であった。〈昭和維新〉は陸軍内部の主導権争いとして始まり、皇統派の排除により、新たな生命を与えられ延命した。その延命は、日本を悲劇へと導くものとなった。〈昭和維新〉の第二幕である。

統制派が推進した総力戦体制

皇統派を鎮圧したのは統制派とよばれる陸軍幹部、上層部であった。では統制派とはどのような勢力なのだろうか。のちに日本を破滅的危機に導いた統制派について、現在の日本人は多くを知っていない。

本書によれば、統制派とは「高度な総力戦に備えて軍の統制を制度と人事によって強化し、その組織的圧力によって国家全体を高度の国防国家に止揚しようとするもの」だという。統制派のイデオローグは永田鉄山(陸軍中佐)。永田が唱える高度な総力戦とは、欧州を主戦場とした第一次世界大戦が国家と国家の総力をあげた戦争であったとの認識から出発した国家観である。戦争とは、軍事はもとより、経済・物流・思想・文化・メディア・・・といった国家の総力が激突する戦いだという認識である。こうした認識は間違ったものではない。第一次世界大戦後の欧米の帝国主義諸国は、戦争をそのように認識していたのだから。

そして統制派が軍部のみならず、政治の実権を握った時、日本は総力戦体制を整え、国防から無謀無策の侵略戦争への道を進んだ。そのとき国民を統治したイデオロギーは、統制派が鎮圧した皇統派のスローガン、「一君万民」であったことはいうまでもない。国民は天皇の赤子として、天皇のための戦争で死ぬことが名誉とされた。〈昭和維新〉は1945年(昭20)、およそ320万人の戦死者を出して終わった。

2018年4月26日木曜日

JAKE BUGG Solo Acoustic Tour

JAKE BUGGのコンサートに招待され、恵比寿のリキッドルームに行ってきた。

ギター一本のソロコンサートなので、彼の曲をじっくり聞けたかな。

アフターショーでは知人のジャックのおかげで、ジェイク直筆サイン入りCDをプレゼントしてもらった。




後ろで写真撮影しているのがジャック

ライブ終了直後のジェイク

ジェイクが目の前でサインしてくれたCD

2018年4月23日月曜日

サルデスカ(スペイン・バスク料理)

娘のちょっと早めの誕生日会。

鶯谷(東京・台東)のサルデスカにて開催。

日本では珍しいスペインバスク料理のお店です。










2018年4月11日水曜日

非常識な監督交代 JFA、ハリル日本代表監督を解任

 日本サッカー協会(JFA)が9日、都内のJFAハウスで会見を開き、田嶋幸三会長がバヒド・ハリルホジッチ(以下、「ハリル」と略記)監督の解任と、西野朗技術委員長を新監督とする人事を発表した。解任理由は、ハリルと代表選手とのコミュニケーション不足、摩擦などだという。ウクライナ戦の後、監督と選手の状況が悪化し、解任の決定打になったという。



ハリルの方針は日本代表に定着せず

今回のハリル解任劇を端的にいいあらわせば、〝JFAが一部選手の私利と企業利益の追求に屈した、悲しくも非常識な「惨劇」であった”といえる。それはサッカーというスポーツとは乖離した茶番ともいえる。このことの詳細を以下に示す。

筆者は直前の拙Blogにおいて、「ハリルの4年間の仕事は失敗」と書いた。アジア予選を突破したという実績がありながら、なぜ、失敗なのか。その回答は、先のベルギー遠征の2試合(3月23日マリ戦・3月27日ウクライナ戦)を見れば自明なこと。相手はアフリカ地区、欧州地区におけるW杯予選敗退国。ハリル率いる日本代表は、その2チームに対して、サッカー全般で劣っていた。ハリルのチームづくりは4年間、空転していたことは明らかだった。

日本のメディアに巣食う「反ハリル」の代弁者たち

ハリルの「縦に速い攻撃」が日本人には合わないとか、「パスを回せ」とかのメディアの騒音は一貫して日本のサッカーメディアの内側に存在し続けていた。サッカー評論家(元代表選手)、フリーライターがその発信元。彼らは明らかに、反ハリル勢力の代弁者であり、その筋の者、その筋のポチである。彼らは、ハリル解任に尽力した代表の一部の選手及びJFA、電通(アディダスを筆頭とする日本代表のスポンサー各社及びテレビ局の代理人)の意図を汲んだ発言者である。

ハリルの解任理由は、選手と監督の戦術面のディスコミュニケーションだというが、筆者にはそう思えない。監督と選手の関係は緊張に満ちたもの。監督の好みが選手起用を左右することは珍しくない。力がありながら、招集されない選手もいる。それが、代表サッカーである。監督の方針によって、W杯で招集されない選手、リーグ戦で試合に出られない選手・・・を数えたらきりがない。

商業的利益が優先するW杯メンバー

田島幸三JFA会長が解任理由として、監督と選手の関係が「こじれている」という意味の発言をしていたが、この発言は解任理由の核心を象徴しているように思える。つまり、解任がチーム強化やW杯ベスト16入りを果たすためといった、純粋スポーツ的見地でなされたわけではないということ。解任の真の理由は、ハリルの選考によって、W杯メンバーから外れる選手と、彼らとスポンサー契約をしている者が共同して、ハリルを追い出したという意味に聞こえる。かれらの利益を確保するために仕組んだ、反ハリル・クーデターだと考えるとわかりやすい。

「パスサッカー」は2010年を頂点に退潮傾向に

筆者は、ハリルの方針は間違っていないと確信している。前出の「サッカー評論家」が主張するパスサッカー、ポゼッションサッカーは、2010年W杯南アフリカ大会(スペインが優勝)をピークとして後退し、いま現在、モダンサッカーの主流はフィジカル重視、単純化していえば、「縦に速い攻撃」が世界標準になっている。その土台となるのが、「デュアル」である。

ハリルはその流れを日本代表に定着しようと、およそ4年間、指導を続けてきたが、残念ながら、モノにならなかった。前出の「ハリルの失敗」という意味は、指導理念は正しかったにもかかわらず、その実践がかなわなかったということである。ベルギー遠征の2試合、ハリルの苦悩がTV画面から伝わってきていたではないか。彼は本番直前まで自分の戦術に合致した選手を見つけようとテストをくりかえし、そのたびごとに勝利に結びつけることができなかった。「勝利ナシ」とシンクロして、「ハリル解任」の声がチーム内外で沸騰し、ついにウクライナ戦の敗戦で「ハリルの砦」は決壊した。

だが皮肉なことに、解任の引き金となったベルギー遠征において、中島、柴崎という2選手を見出したことは、ハリルにとって少しの光明ではなかったか。その矢先の解任なのだから、彼の心中が穏やかであるはずがない。

ハリルの甘さ


ベルギー遠征後、ハリルは苦境に立たされていたのだが、彼はそのことに気づかなかった。ベルギー遠征はハリルにとっては練習試合つまりテストにすぎない2試合だったのだ。しかしながら、このハリルのこの位置づけ及び見通し・認識は正しくない、本番(6月19日コロンビア戦)まで3カ月を切った遠征試合において、本番に向けた戦列整備がなされていなかったことを大衆的に明らかにしてしまったことは、ハリルにとって致命的なミスであった。その甘さは厳しく問われて当然である。ベルギー遠征に向けたハリルの姿勢は間違ったものであり、計算違いであり、彼は自ら「解任」の墓穴を掘ってしまった。

ベルギーの2試合の内容及び結果が惨憺たるものだったから、「反ハリル派」に解任の口実を与えてしまった。いまのハリルを取り巻く状況なら、解任はだれからも文句が出ないと見たのだろう。「反ハリル派」の目論見はみごと成功した。解任後の報道は、「仕方がない」「新しい出発に期待する」「巻き返しが始まる」「これで日本らしいサッカーができる」・・・と。メディアからは勇ましい「進軍ラッパ」が鳴り始めた。敗戦を転進と言い換えた「大本営発表」を報道する戦時中のメディアと同等の野蛮さが満ち満ちている。

この時期の監督解任は代表サッカーにおける非常識

ロシア大会で日本がベスト16に入るか入らなかは神のみぞ知るところ。しかし、この監督更迭のドタバタぶりを見てしまった以上、日本代表に期待するものはなくなった。そもそもJFAは、ハリルホジッチのサッカー観を理解して監督に迎え入れたのではないのか。それが4年間で達成できなかったならば、次の4年間を待つまでではないのか。4年間で日本にモダンサッカーが定着されなかったからといって、8年前に逆行してどうする。

今日の日本代表がモダンサッカーの流れに乗り遅れたのは、ハリルだけの責任ではない。南アフリカ大会(2010年)が終わった段階で、JFAは世界のサッカートレンドを読み違い、ザッケローニを招いてしまったことで、フィジカル重視の世界のサッカーの潮流から取り残された。その結果、ブラジル大会(2014年)で予選敗退した。ブラジル大会直前、当時の日本代表の主力選手は、「自分たちのサッカーをすれば(W杯で)勝てる」「(W杯で)優勝を狙う」と豪語していた。結果はどうだったのか。

いま時計は8年前に逆行しようとしている。そして、逆行のリーダーは、なんとブラジル大会惨敗の戦犯である。そんな輩がロシア大会出場を目論んでハリルの方針に反旗を翻し、スポンサー(大手広告代理店)、JFA、スポーツメディアを巻き込んで、クーデターを敢行し、それが成功したのが4月9日の「解任劇」の真相であろう。

代表のサッカーが日本サッカーの質を決定する

ロシア大会で日本がベスト16入りしたらハリル解任は成功と評価され、予選敗退すれば間違っていたと、総括されるだろう。サッカーが「代表監督」に還元されて、次の代表監督探しで日本中が騒がしくなるというわけだ。

もちろん、代表監督選びには、日本のサッカーの方針が象徴されるという重要な側面があるのだから、おろそかにしてはいけない。だが、それだけに一元化されてしまえば、日本サッカーの質の向上が問われなくなってしまう。代表のサッカーの方針が定まっても、Jリーグを頂点とする日本サッカー界がそれと異なる動きをしていたのではおかしなことになる。こう書くととてつもなく壮大な日本サッカー改革が必要だと思われるかもしれないが、大げさなことではない。世界で勝てるサッカーを日本代表が示せば、下は自然にその流れに同化し従属するものなのである。

JFAはどうすべきだったのか

ハリルの方針は代表に定着せず、ロシア行きから外されそうな選手は造反を煽り、チームの「実情」をメディアにリークする者もいたかもしれない。本番3カ月前でチーム状態は最悪だったことも事実だろう。このまま放置しておけば、ロシアで惨敗するのは目に見えている云々・・・

筆者ならば、最後までハリルに任せる。結果はどうあれ、ロシア大会はハリルのサッカー集大成なのだ。ハリルのサッカーを良かれと判断して代表監督に招致したのだから、その結果を待つしかない。ハリルに課されたの最大のミッションであるアジア予選突破は果たしたのだから、彼にはロシアに行く権利がある。彼が最終的に見極めた素材(代表選手)で戦って、結果を問えばいい。なにが足りなかったのか、負けても得るものはあったのかなかったのか。そうすれば、次の大会までの目標や選手選考の基準、日本サッカー界全体の指導指針も出てくるはずだ。

ハリルを更迭してしまった結果、いまの日本代表はまさに空虚である。指針があっての4年間の努力であり、それがあっての結果であり、その総括も可能となる。よしんば空虚なチームが勝ったとしても、それは偶然の勝利にすぎない。負ければさらに空に虚を重ねるばかりである。

2018年4月2日月曜日

水元公園(2018/04/02)

東京23区の外れ、埼玉県との境にあるのが水元公園。

自然豊かなところで桜の名所の一つ。

今年は満開が例年より早く、ピークを過ぎてのお花見となってしまった。