2014年5月4日日曜日

連休

今年のGWはカレンダーがよろしくない。
サラリーマン諸氏は長い休みが取りづらかったようだ。
そんなこととは関係のない筆者だが、どういうわけか、
東京の下町・錦糸町から、スカイツリーに行ってしまった。
昇らなかったけど。

錦糸町のタイ料理店「ウイパダー」のママさん


スカイツリーのそばに川が流れていたのか

近くで見るとけっこうふとい

ソラマチにある「世界のビール博物館」

 

小保方劇場、出し物は『オセロ』ならぬ“オセロゲーム”

東京新聞が以下の通り報じた。以下引用する。
STAP細胞の論文問題で、小保方晴子氏の不正を認定した理化学研究所調査委員会の委員の論文に、画像の切り貼りなど加工の疑いが指摘されていることが一日、分かった。理研は、本格的な調査が必要かどうかを判断するための予備調査を始めた。
調査委では、委員長だった石井俊輔上席研究員の論文に画像の切り貼りが見つかり、石井氏は「不正ではない」としたが委員長を辞任している。
新たに指摘があった調査委員は、理研の古関明彦グループディレクターと真貝洋一主任研究員、東京医科歯科大の田賀哲也教授。
二〇〇三~一一年に発表された論文のうち、古関氏が責任著者を務めた四本や、石井氏と真貝氏の共著の一本、田賀氏が責任著者である二本の計七本に指摘があった。DNAを分離する電気泳動という実験の画像の切り貼りや、細胞の写真の使い回しがあるのではという内容で、理研は田賀氏の論文を除く五本を予備調査の対象とした。古関氏は取材に「指摘の部分は、理研に報告している。現段階で個人的なコメントは差し控えたい」と回答した。(東京新聞/5月2日朝刊)
オセロゲームというのがある。シロとクロがプレーヤーの一手一手でめまぐるしく反転するあれだ。理研を舞台とした小保方劇場はまさしく、その様相を呈してきた。先日、小保方の論文不正を調査し、不正ありと判定した「研究論文の疑義に関する調査委員会」委員長の石井俊輔の論文不正が明るみに出て石井は同委員会委員長を辞任したばかり。それに次いで、今度は同委員の面々が小保方と同様、実験画像の切り貼りや使い回しをしていたのだ。つまり、小保方がクロ、理研の調査委員会はいかにもシロの集団だったのだが、このことにより、委員会もクロに反転してしまったのだ。つまり、小保方劇場出演者全員がほぼクロである。

これは困った。演劇といのは一般に善人と悪人があって、最後に善が勝つという物語で構成されているものなのだが、全員が悪人ならば物語は成立しない。小保方劇場は当初、小保方=善、理研=善で開幕し、第二幕は論文不正の発覚により、小保方=悪、理研=善でドタバタがあり、この第三幕で小保方=悪、理研=悪という結末に至った。

もっとも筆者は最初から小保方=クロ、理研=クロの立場を貫いてきたので驚いてはいない。が、それにしても理解に苦しむのが調査委員会の面面の精神構造だ。小保方の論文不正は日本中いや世界中が注目した問題。その調査委員を拝するということは、世界中の注目を浴びる。このことは火を見るより明らかではないか。自分の過去を振りかえってみて、自分に非がある可能性を自覚できれば、調査委員会に名を連ねるリスクを避けるのが普通だろう。“もし自分の不正がばれた”ならば、その反動の大きさは計り知れない…なのに…である。

ここからは推測だが、小保方も理研の調査委員会の面々も、あるいは先に論文不正を咎められたノーベル賞の山中伸弥も含めて、論文に掲載する画像に係る故意の加工は一般的行為であって、「不正」ではないとされていたのではないか。“そんなことは当たり前”という「常識」がまかり通っていたのではないか。拙Blogで何度も書いたことだけれど、小保方が「不正はない」と繰り返してきた根拠には、論文における画像等の加工等は「私だけでなく、諸先輩のだれもがやってきたこと」という確信があるのではないか。だから、「なんで私だけが不正と咎められるのですか」という論理に行き着くのではないか。

それにしても笑わせるのは、理研の野依良治理事長の言いぐさである。野依はかつて理研調査委員会の調査結果発表の記者会見で小保方を「未熟な研究者」と切って捨てた。小保方だけに論文不正の責任があるかのように小保方を断罪した。野依の断罪は、理研に非が及ばぬよう、理研に内在する不正の流れが明るみに出ぬよう、小保方でくい止めたいという願望からだろう。だがそうはいかなかった、理研の幹部が、しかも小保方をクロと判定した委員会の委員の多くが、小保方と同様の手口で論文作成において不正を行っていたのだ。もはや理研の組織的腐敗は明らかだ。小保方論文不正問題とは、理研という組織風土が生みだしたもの。「小保方」は、理研という腐った土壌に開いた、ドギツイ毒茸にほかならない。

こうなれば、小保方の不正よりも、理研の幹部たちの不正のほうが「罪」は重い。よって野依良治は一日も早く理事長職を辞任することだ。野依の辞任を出発点として、理研解体へと進むことが日本の科学研究分野を正常化する近道となる。

2014年5月2日金曜日

5月の猫


今月の猫たちの体重測定結果。

Zazieが4.6㎏(0.3㎏の増)、

Nicoが6.7㎏(0.6㎏の増)。

増えたり減ったり。

最近、猫たちはとても安定していて、とりわけNicoはますます人懐っこくなってきた。

昨晩はなんとベッドで筆者の傍らで寝た。

驚きの変化

2014年4月29日火曜日

小保方劇場、底なし沼へ――ノーベル賞・山中教授にも論文不正疑惑

またまたネットが、注目すべき研究論文に係る疑惑を指摘した。疑惑を指摘されたのは、なんと、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発者でノーベル医学生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授。山中が、2000年に欧州の専門誌に発表した論文の画像に不自然な加工した形跡があるという。

これを受けて山中教授が所長を務める京大iPS細胞研究所が調査したところ、山中教授の実験ノートなどから、実験は1998年ごろ行われたことを確認した。論文で発表した細胞は現在も使われており、再現性に問題がない点から「論文の内容が正しいことは明らか」と判断。切り貼りの跡がないことも確認した。

しかし、調査を担当し、その結果を公表したのが京大iPS細胞研究所の森沢真輔副所長。部下が上司の不正を問題視するはずもなく、この調査が公正に行われたかどうかは疑わしい。しかも、実験の生データは山中教授のノートでは確認できなかったという。共に研究の中心となった中国出身の研究者のノートに記録されている可能性もあるが、連絡が取れないという。

あれあれ、山中といえば、あの小保方の論文不正について、「実験ノートが重要・・・」とかなんとかご高説を垂れた者ではなかったか。

山中は会見で論文と同様の結果を示す実験の生データと図を示し、「学生に厳しく指導している私と昔の自分(の違い)を思い、恥ずかしい」と話したという。また、山中は不正を否定した上で、論文共著者の実験ノートが手元に保管されておらず、自分のノートにも実験の生データがなかったとして「日本の科学に対する信頼が揺らいでいる状況でこのようなことになり、誠に申し訳ありません」と陳謝したという。

ここで小保方の論文不正問題である。小保方は先の記者会見でも「論文に不正はない」を繰り返していた。そういえば、小保方の理研の上司で、小保方の論文不正の調査委員長を務めた石井にも論文不正が発覚したばかり。山中、石井といった小保方を上回るキャリアと実績をもった研究者が論文不正を行っていたことから「画像の差し替え、加工は不正に入らない」というコードが日本の科学界に常態化していると想像できまいか。

山中の疑惑は時効だという説もある。だが、山中の研究者倫理はどうなのだ、ノーベル賞をもらい、論文の正しさが証明されているから、山中はシロなのか。ならば、小保方も、「STAP細胞」の実在が証明されれば、シロということになる。となると、理研の調査と調査結果は無効に近い。つまり、「STAP細胞」の実在が証明されるまで小保方は処分されないでよいことになる。

となれば、論文に不正があっても、仮説の正しさが結果において証明されれば、不正を問わないでいい、というコードが科学界を出発点として、社会に敷衍することになる。科学者、研究者の退廃はとどまるところを知らない。小保方劇場は、ドロ沼ならぬ底なし沼状態に陥った。

2014年4月26日土曜日

ドロ沼化する小保方劇場

論文不正の調査委員長に論文不正が発覚
 
小保方晴子のSTAP細胞に関する論文に改ざんやねつ造があったと結論付けた理化学研究所の調査委員会で委員長を務めている石井俊輔・理研上席研究員が、委員長と委員を辞任することになった。その理由は、石井が責任著者になっていた論文に対して、ネット上で画像の切り貼りが指摘されたためだ。指摘された部分については、すでに訂正の手続きを行っているというのだが、石井は、小保方の「真正な画像データが存在している」という主張を「不正の認定は『論文投稿時にどういう行為が行われたか』なので、それは関係ない」と一蹴した経緯がある。
 
論文不正の調査委員長がねつ造の常習者だったというのだから、理研という組織が腐りきったそれだということを立証したようなものだ。筆者が拙Blogにて繰り返すとおり、小保方もクロだが理研もクロなのだ。理研を舞台とした小保方劇場は、これでますます先の読めないドロ沼状態に陥った。
 
小保方問題で後れを取る日本のマスメディア
 
石井の論文不正がネットからの指摘であったように、そもそも小保方論文不正問題の「報道」については、ネットがマスメディアに先行していた。小保方の学位論文、海外の科学専門雑誌に掲載されたSTAP論文について、コピペ、画像の切り貼り等を指摘したのはネットから発信されたものだ。また、「STAP細胞」そのものに疑義を発したのもネットからだった。

日本のマスメディア(新聞・TV・雑誌)はまるで不正を見抜けなかった。ネットが不正を発信していたにもかかわらず、日本のマスメディアは理研の広報戦略にのせられ、小保方を「リケジョ」ともてはやし、その割烹着姿を嬉々として垂れ流していたわけだ。
 
だからいまだに小保方擁護、「STAP細胞実在」を声高に叫んでいるのが、日本のマスメディア、とりわけ、TVなのだ。自分たちが論文不正に気付かず、まんまと理研に騙されていた愚かさを帳消しにしてくれるのは、「STAP細胞が存在すること」だからだ。それさえ存在してくれれば、自分たちのバカさが消えるという論理構成だ。小保方は正しかった、だから俺たちの報道姿勢に誤りはなかった、と納得したいのだ。一方、雑誌メディアは、小保方の論文不正発覚後、得意の下半身報道に舵を切り替えた。小保方と笹井芳樹の不倫報道に基軸を取り、そのことで販売部数増を図った。
 
小保方論文不正問題の核心を外す日本のマスメディア
 
日本のマスメディアは、論文不正が発覚したのちも、小保方問題が内包している2つのポイントを敢えて外して報道しているように思える。2つのポイントとは、
  1. 論文不正というルール違反、科学者倫理の逸脱について、それを批判する姿勢をもつのかもたないのか
  2. 理研という巨大組織の腐敗を批判するのかしないのか
日本のマスメディアが、衆人にとっていかにも明確なこの2つのポイントを敢えて避けようとしているのは、ネットが論文不正に係る報道を先行させた悔しさからだけではない。もう一つは、理研のボスがノーベル賞受賞者であること、いわゆる「ノーベル賞タブー」だ。

小保方・理研批判は安倍「成長戦略」のまやかしの批判
 
日本のマスメディアがこの問題の核心を敢えて外す理由は、彼らの自己正当化や理研のボスに対する忖度だけではない。理研が、安倍政権が進める「成長戦略」と不可分の関係にあることだ。安倍政権の広報部隊である日本のマスメディアは、小保方も理研も本気で批判報道できない。
 
なぜならば、STAP細胞論文が発表された背景には、安倍が掲げた「成長戦略」があるからだ。安倍の「成長戦略」を「実体化」する象徴的分野が再生医療だ。「成長戦略」では再生医療が国を挙げた重点投資の目玉になっている。「STAP細胞」はだれにもわかりやすい再生医療分野だ。第二に、「成長戦略」が掲げる「女性の活用」だ。小保方は「女性の活用」を象徴するまさに「看板娘」というわけだ。第三が理研を予算額が大きい「特定国立研究開発法人」に指定することだ。
(以上の指摘は、Blog「世に倦む日日」から引用した。)
 
われわれはもはや、ネットに期待するしかない
 
[安倍の「成長戦略」-理研-STAP細胞-小保方晴子]の虚構の構造は、論文不正で一気に瓦解した。安倍の「成長戦略」をシンボライズするはずだった理研及び小保方は、論文不正で挫折すると同時に、その内部腐敗が次々と明るみに晒されてきた。だが、日本のマスメディアはその核心に目をつぶり続ける。日本のマスメディア、TV・新聞の現場は科学に暗く、雑誌が得意なのは下半身報道、そしてそのどちらの幹部も安倍政権の圧力に縛られて手も足も出ない。われわれはもはや、ネットに期待するしかないのである。

2014年4月25日金曜日

『遊動論』――柳田国男と山人

●柄谷行人[著] ●文春新書 ●800円(+税)

 本題となっている「遊動」とは何かから始めたい。著者(柄谷行人)が本書あとがき(P198)にて説明しているように、本書は後半に収録されている付論「二種類の遊動性」を先に読んだほうがわかりやすい。
  柄谷は「交通(移動・戦争等)」及び「交換」といった観点から人類史を問う方法論を用いていて、本書もその方法が駆使されている。本書は人類の社会の始原から、現代の国家と資本の原理を超える道筋を「遊動」という観点から明らかにしようという試みである。社会の始原とは“人類が定住する前の社会のありよう”と換言できる。


定住以前の狩猟採集民社会

 柄谷によれば、原初の社会を推論するには、人類学が扱ってきた漂泊的バンド社会〔註〕の考察から可能だという。
そこ(漂泊的バンド社会)から、定住以前の狩猟採集民社会について、ある程度推測できるだろう。・・・バンドの凝集性は、共同寄託や供食儀礼によって確保される。バンドの結合は固定的ではなく、いつでも出ていくことができる。バンドは概ね、25-50名ほどの小集団である。その数は、食料の共同寄託(平等な分配)が可能な程度以上に増大せず、また、共同での狩猟が可能である程度以下にも減少しない。また、バンドが固定的でないだけでなく、家族の結合も固定的ではない。・・・家族と家族の間の関係は、もっと不安定である。ゆえに、親族組織は未発達であり、また、バンドを超える上位の集団を持たない。(本書P181) 
狩猟採集によって得た収穫物は、不参加者であれ、客人であれ、すべての者に、平等に分配される。これは、この社会が狩猟採集に従事しているからではなく、遊動的だからである。彼らはたえず移動するため、収穫物を備蓄することができない。ゆえに、それを所有する意味もないから全員で均等に分配してしまうのだ。(本書P182) 
 柄谷は定住以前の社会について、きわめて自由度の高いものとしてイメージする。自分たちが狩猟採集したものを平等に分配できる範囲の定員が保たれ、そこから出るのも入るのも自由、家族の結合も緩やかで、バンドを超える集団、すなわち支配権力層をもたない。柄谷によると、このような社会形態を規定するのは狩猟採集という生産形態ではなく、遊動的生存という条件によって強いられたものだという。つまり、狩猟採集とは獲物となる動物や食料となる植物等を求めて遊動する必要があるから、それを可能とする社会として、前出のようなイメージの社会集団が形成されていたということになる。

〔註〕バンド(band);  文化人類学の用語としてはもっとも未発達な進化段階の社会組織を意味する。衣食住のための物質文化もきわめて単純であり、また生産、保存貯蔵、運搬などの技術も未発達な集団で、ほぼ採集・狩猟に生計を依存し、動植物資源を追って季節的に移動する。生活単位は夫婦とその子どもからなる核家族で、資源が豊富なときは一時的に30人から100人ほどの集団をつくるが、また家族単位で離散してしまう。
 次に、柄谷はこのことを贈与論の観点からみる。
(この全員均等分配は、)「純粋贈与」であって互酬的ではない。収穫物を蓄積しないということは、明日のことを考えないということであり、昨日のことを覚えていないということである。したがって、贈与とお返しという互酬が成立するのは、定住し蓄積することが可能になった時からだといえる。そうすると、定住以前の狩猟採集社会には、共同寄託はあるが互酬的交換はなかったと考えるべきである。」(本書P182) 

国家を回避する互酬制原理

 柄谷によれば、人類の定住は農耕技術を習得したことによって開始されたのではない、つまり、定住があって、その後、農耕と牧畜=遊牧が二極に分化したという。その証拠となるのが日本列島の縄文時代で、縄文文化は新石器文化であり、縄文人は簡単な栽培や飼育を行っていたのだが、それは彼らが定住することにより、その結果、自然に生まれてきたものだという。
・・・たとえば、縄文時代は新石器文化である。もちろん、そこで始まった栽培・飼育が、農耕・牧畜へと発展する可能性はあった。また、定住とともに生産物の蓄積、さらにそこから富と力の不平等が生じる可能性があった。それは早晩、国家の形成にいたるだろう。しかし、そうならなかったのは、定住した狩猟採集民がそれを斥けたからである。彼らは、定住はしても、遊動民時代のあり方を維持するシステムを創りだした。それが贈与の互酬性(交換様式A=贈与と返礼)なのである。ゆえに、農耕・牧畜と国家社会の出現を「新石器革命」と呼ぶのであれば、われわれは、それを阻止することをむしろ革命と呼ぶべきであろう。その意味で、私はこれを「定住革命」と呼ぶ。
一般に、氏族社会は国家形成の前段階として見られている。しかし、むしろ、それは定住化から国家社会に至る道を回避する最初の企てとして見るべきである。その意味で、氏族社会は「未開社会」ではなく、高度な社会システムだといえる。それは、われわれに或る可能性、つまり、国家を超える道を開示するものとなる。
くりかえすと、定住とともに、集団の成員は互酬性の原理によって縛られるようになった。贈与を義務として強いることによって、不平等の発生を妨げたからである。もちろん、これは人々が相談して決めたことではない。それはいわば「神の命令」として彼らに課せられたのである。(本書P183-184)

 柄谷の立論の際立った特色は、定住から国家へと進む中間に、定住する以前の遊動民社会が有していた社会システムを維持した集団を措定することにあり、そこに国家を超える可能性を見いだそうとしていることだ。このことは後で詳述する。

農耕と牧畜は「原都市」で出現した

 柄谷は、一般に定説だと思われているゴードン・チャイルドが唱えた「新石器革命」について、ジェイン・ジェイコブズの『都市の経済学』を引用しつつ否定する。
・・・チャイルドが唱えた新石器革命(農業革命)という概念によれば、農業・牧畜が始まり、生産力の拡大とともに、都市が発展し、階級的な分解が生じ、国家が生まれてきた。・・・(その一方、ジェイコブズによれば)・・・その逆に、農業は「原都市」で始まったのである。「原都市」は、共同体と共同体の交易の場として始まった。そこでは、さまざまな情報が交換、集積された。農耕はその結果として生じた、と彼女はいう。私(柄谷)は、この仮説を支持する。(本書P186-187) 
 柄谷は加えて牧畜についても、それは原都市で発明されたもので、その後、農耕民と遊牧民の分化が生じたと考える。狩猟採集民の後に出現した遊牧民も遊動性が高い生活様式を維持しているが、遊牧民の遊動性と、狩猟採集民のそれとは異質だという。
農耕と牧畜は原都市で出現した。とともに、それらの分化、いいかえれば、農耕民と遊牧民の分化が生じた。遊牧民は、原都市を出て遊動するようになる。彼らはある意味で、遊動的狩猟採集民にあった遊動性を回復した。しかし、彼らは狩猟採集民とは異質である。遊牧は農耕と同様、定住生活の中で開発された技術であり、また、遊牧民は農耕民と分業関係にある。彼らは農耕民と交易するだけでなく、商人として共同体との間の交易をになう。(本書P188)
二種類の遊動民

 柄谷はそのことを踏まえて、流動民(ノマド)の概念を拡大するとともに、二種類に峻別する。ノマドは、(一)焼畑農民。多くの場合、彼らは狩猟採集も行う。(二)漂泊的商人・手工業者。彼らが交換様式C(商品交換)を担った。(三)遊牧民。だが、遊牧民が焼畑農民、漂泊的商人・手工業者と異なるのは、しばしば結束して農耕民を征服し従属させるということである。それによって国家が形成された。
この場合、国家を形成するのは、たんなる暴力ではない。それは、服従すれば保護する、というかたちでの「交換」である。私はこのような交換のあり方を、交換様式Bと呼ぶ。すると、遊牧民は、交換様式Cとともに、交換様式Bの発展を担ったということができる。(中略)国家あるいは王権が成立するためには、外部からの征服という契機が不可欠である。それが遊牧民である。とはいえ、すべての国家が征服によって形成されるわけではないし、また、つねに征服が遊牧民によってなされるわけでもない。ただ、征服が現実になくても、遊牧民に対する防衛という動機が、首長制国家を集権的な国家に変容するのである。(P188-189)
 柄谷によれば、原都市=国家で生まれた農耕・牧畜、あるいは農耕民と遊牧民があいまって、国家を形成したことになる。遊牧民の遊動性はしたがって、遊動的狩猟採集民のそれとは似て非なる。遊牧民は共同体の間にあり、商業ないし戦争を通して、共同体の中に浸透、侵入、支配するにいたる。遊牧民の遊動性は、交換様式でいえば、Aではなく、BとCに導かれるという。さらに、遊動民の中に、遊牧民に似た者として、(四)山地民を加える。
遊動民一般をノマドと呼ぶとすれば、その中には、狩猟採集遊動民、遊牧民、山地民(焼畑狩猟民)が入る。また、遊動性という観点からみれば、漂泊する商人や手工業者を入れてもよい。定住農耕民からみれば、ノマドは不気味な存在である。彼らは非農耕民を軽蔑するが、それに依存するほかない。なぜなら、彼らとの交換がなければ、共同体の自給自足的経済はなりたたないからだ。一方、ノマドも、定住農民の生き方を軽蔑していると同時に、さまざまな意味で、後者に依存している。このように、各種のノマドが、交換様式C(商品交換)の発展を担ったし、また、しばしば交換様式B、すなわち国家形成に関与してきたのである。(本書P190)
ドゥルーズ&ガタリの“ノマドロジー”は帝国を創り出す

 ノマドといえば、ドゥルーズ&ガタリの『千のプラトー』(1980年)が思い浮かぶ。柄谷は、このノマドロジーに対して、以下のとおり批判する。
このノマドロジーは、定住性やそれに伴う領域性や規範を超えるとしても、国家と資本を超える原理ではない。それどころか、国家や資本を飛躍的に拡張する原理である。たとえば、戦争機械としての遊牧民は、国家を破壊するが、より大きな国家(帝国)を創り出す。資本も同様である。たとえば、金融資本は、脱領域的であり、領域化された国家経済を破壊する。
米ソの冷戦体制が揺らぎはじめた1970年代以後、ノマドロジーは、この冷戦構造を解体する脱領域的・脱構築的な原理と目された。しかし、ソ連邦が崩壊し、資本主義のグローバリゼーションが生じた90年代以後、それは「資本の帝国」、あるいは新自由主義を正当化するイデオロギーに転化した。・・・90年代に入ると、それは新自由主義のイデオロギーと区別できなくなる。(本書P191-192)
 柄谷は、ドゥルーズ&ガタリのノマドロジーを否定しつつ、資本=ネーション=国家を超える手がかりとして、遊動性を掲げる。柄谷のそれは、遊牧民的遊動性ではなく、狩猟採集民的な遊動性だ。定住以後に生じた遊動性、つまり、遊牧民、山地人あるいは漂泊民の遊動性は、定住以前にあった遊動性を真に回復するものではない。かえって、それは国家と資本の支配を拡張するものである。
定住以前の遊動性を高次元で回復するもの、したがって、国家と資本を超えるものを、私は交換様式Dと呼ぶ。それはたんなる理想主義ではない。それは交換様式A(互酬)がそうであったように、「抑圧されたものの回帰」として強迫的に到来する。いわば、「神の命令」として。したがって、それは最初、普遍宗教というかたちをとってあらわれたのである。だが、交換様式そのものは宗教ではない。それはあくまで経済的な交換の形態なのである。
交換様式Dにおいて、何が回帰するのか。定住によって失われた狩猟採集民の遊動性である。それは現に存在するものではない。が、それについて理論的に考えることはできる。(本書P193)
柳田国男は先住民(山人)と遊動民(山民・芸能的漂泊民)を区別した

 ここで柳田国男である。柳田は日本で遊動民に注目した思想家だ、と柄谷はいう。しかも重要なのは、柳田が二種類の遊動性を弁別したことだという。
先ず、彼(柳田国男)は「山人」の存在を主張した。山人は、日本列島に先住した狩猟採集民であるが、農耕民によって滅ぼされ、山に逃れた者だという。ただ、山人は山民(山地人)とは違って、その実在を確かめることができない。彼らは多くの場合、天狗のような妖怪として表象されている。さらに、柳田は、移動農業・狩猟を行う山民、および、工芸・武芸をふくむ芸能的漂泊民に注目した。しかし、柳田はそのような遊動民と山人とを区別していた。つまり、遊動性の二種類を区別したのである。(本書P194)
 次に網野善彦である。網野に代表される柳田民俗学批判は、後期の柳田がその関心を、遊動民から定住農耕民に向けるようになったため、定住農民と国家を超える視点を無くしたというものだ。網野に代表される柳田批判は、商人・職人・芸人のような遊動民を重視し、そこに、定住農民による国家権力(天皇制)を超える契機を見い出だそうとした。
しかし、このような芸能的遊動民は山人とは異質である。遊牧民が定住農民の社会の間にあって、それらを交易などで媒介しつつ、時には定住農民を支配する国家を形成するように、芸能的遊動民は定住農民共同体の間にあって、それらを媒介することによって生きつつ、他方では、定住農民を支配する国家(王権)と、直接・間接的に結びつく。つまり、彼らは一方で定住民に差別される身でありながら、他方で、定住民を支配する力をもったのである。
一方、根本的に「国家に抗する」タイプの遊動民は、山人である。しかし、山人は当初から実在するとはいいがたい存在であった。山人の存在を唱えた柳田は嘲笑され、次第に自説を後退させた。が、けっして放棄することはなかった。定住農民(常民)に焦点を移しつつ、彼は「山人」の可能性を執拗に追及したのである。最終的に、彼はそれを「固有信仰」の中に見出そうとした。彼がいう日本人の固有信仰は、稲作農民以前のものである。つまり、日本に限定されるものではない。また、それは最古の形態であるとともに、未来的なものである。すなわち、柳田がそこに見いだそうとしたのは、交換様式Dである。(P194-195)
柳田は山民の中に「社会主義の理想」を見た

 では柳田が日本列島の遊動民として実態的に見たものはだれだったのか。柄谷は柳田の『九州南部地方の民風』という論文を引用する。
彼(柳田国男)はこの論文に、「社会主義の理想の実行さるる椎葉村」という小見出しを付した。《・・・此山村には、富の均分というが如き社会主義の理想が実行せられたのであります。『ユートピア』の出現で、一つの奇跡であります。併し実際住民は必ずしも高き理想に促されて之を実施したのではありませぬ。全く彼等の土地に対する思想が、平地に於ける我々の思想と異なって居るため、何等の面倒もなく、斯かる分割方法が行わるるのであります。(『九州南部地方の民風』)》(本書P68)
 柳田国男が生きた時代、椎葉村では焼畑農業と狩猟が人々の生計を支えていた。柳田国男はそこに伝えられていた資料を使って『後狩詞記』を書いた。椎葉村の人びとは、伝承となって妖怪化した山人ではなく、実際に生きている山民であった。柄谷は、柳田は椎葉村の暮らしの中に「稲作農耕民以前の狩猟採集民」の生活形態をみた、と考える。
 それは、前出のとおり、定住した狩猟採集民のことだ。彼らは定住とともに生産物の蓄積、さらにそこから富と力の不平等が生じる可能性がありながら、つまり、国家の形成にいたる道がありながら、それを斥けた民であった。彼らは、定住はしても、遊動民時代のあり方を維持するシステム=贈与の互酬性(交換様式A=贈与と返礼)を維持した民であった。定住化から国家社会に至る道を回避する最初の企てを行った民であった。
 柄谷の柳田国男論を大雑把にまとめれば、柳田は、人々の自治と相互扶助、つまり協同組合あるいは「協同自助」の問題を追及し続けた思想家(民俗学者)であった、ということになる。柳田は山人からはじまって山民に出会い、そこに国家と資本の原理を超える社会主義の原理を発見したということになろうか。


2014年4月18日金曜日

保身と裏切り――理研副センター長笹井芳樹会見

毒が溜まった

先の拙Blogにて「小保方劇場閉幕、以降、このことに言及しない」と宣言しておきながら、前言を撤回する。その理由は、16日、小保方晴子の新型万能細胞「STAP(スタップ)細胞」の共著者で理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長の笹井芳樹(52)の記者会見をLIVE中継で見てしまったからだ。TV映像で笹井とメディア関係者とのやりとりを見聞きしているうちに身体中に毒が充満し、その毒をどうしても吐かないではいられなくなったからだ。笹井の登場によって、「小保方劇場」第二幕が上がった。

ヒール笹井の登場

笹井はいわば「ヒール」。小保方の上司にあたり、小保方と情を通じていたとされている。にもかかわらず、理研の論文不正問題調査結果で笹井はシロ、小保方はクロ。小保方の「単独犯」と判定された。調査結果公表後、笹井は姿を消し、小保方を擁護するような発言を一切しなかった。そのため、笹井は世間から、上司でありながら部下(小保方)に責任をなすりつけ、姿をくらませた卑劣な男として評価されていた。そんな男が会見するのだから、世間の注目が集まって当然だ。

保身のため小保方を裏切った笹井

会見は退屈だった。質問者も回答者も核心に迫らない。会見において笹井にメディアが尋ねるべきポイントは以下の2点、それ以外はどうでもよかった。その2点とは、(一)笹井は理研の調査結果を受けいれるのか否か、(二)なぜ、論文不正が起きたのか――に尽きる。

(一)で笹井が「受けいれる」と明言するのならば、それは小保方に対する裏切りを意味する。つまり、“自分は理研において保身する、小保方さん、サヨウナラ”というわけだ。笹井と小保方がどのような感情で結ばれていたのか、例えば肉体関係まであったのかどうかまでは筆者はわからない。ただ十分言えるのは、(A)先輩研究者と若手研究者同士、師弟的及び同志的絆で結ばれていたか、あるいは、(B)互いに利用しあう打算的関係だったか――のどちらかだ。(A)(B)どちらでも、それが男女の関係に移行することは大いにあり得る。

もちろん、会見で笹井が小保方との私的関係を明言するはずもなく、うやむやな答弁で終始しただろうから、そんな質問は時間の無駄だという見方もある。だが、このたびの理研の不祥事の根幹には、小保方が理研でユニットリーダーの地位を得、海外の研究雑誌に不正論文を発表してしまった主因の一つとして、笹井と小保方の間の緊密な関係という事項があったことだけはまちがいないのだから、少なくとも、このたびの論文不正問題を注視する世間の目を代表して、メディアはそのことをこの会見で笹井にぶつける義務があった。

笹井は会見において、筆者が掲げたような直接的質問形式に対してではないが、小保方について言及した。笹井の心情を意訳すれば、“君は研究者として未熟である。幹部の僕は理研で生き残る、論文不正のすべての責任を君にとってもらう”ということが一つ。笹井のこのような態度は、日本のエリート特有のものだ。保身と責任転嫁で一貫している。部下の成果はわがものとし、部下の失敗は部下のものとする――という姿勢だ。このような姿は、上司に部下とともに呼び出された部長が「お前のことは俺が守る」と言いながら、上司に詰問されるなり「そんなことは知りません」と言って責任を部下にかぶせるlotoのCMそのものではないか。

しかし、笹井はそれだけに終始したわけではない。彼は“STAP細胞は有力な仮説として存在する”と言い続けた。そうすることで、“間接的に小保方を擁護する”姿勢を滲ませた。だが、そう言い続けることは、小保方のみならず自身を弁護し続ける最良の言説である。笹井はそのことをよく知っている。まったくもって、煮ても焼いても食えない男だ。

笹井と小保方――あまりにも悲惨な男女関係の結末

論文不正は研究者にとって罪だ。その責任はとらねばならない。その一方で、笹井と小保方が理研という組織内部で交わした男女の関係性という面で見れば、これほどの悲劇を大衆に晒した場面をしらない。会見中継とは無慈悲なものだ。一組の男女のあまりにも残酷な結末がメディアを通じて世間に晒された。男女間の結末が、しかも芸能人でなく一般人の関係が、全国に中継配信されたのだ。このような異常な状況がこれまでにあっただろうか、筆者の記憶にはない。笹井と小保方の関係が(A)なのか(B)なのかはわからない、(A)でも(B)でもないかもしれないにしても、“哀れ”という言葉以外が見つからない。

責任回避に終始した笹井

第二点目の「論文不正が起きた」主因について――この論点については、すでに理研の野依理事長が「いくつかの複合的な要因が重なって、本件のような問題が発生してしまった」という意味の答弁をしており、その通りだと思う。笹井もこの複合的要因について会見で詳しく述べているので繰り返さないが、彼が展開する論旨を大雑把に言えば、STAP細胞論文の主要な実験とデータ収集等は若山研で終わっており、自分(笹井)はそれについて疑義をはさむことができなかった――ということに尽きる。つまり、笹井に言わせれば、問題は若山と小保方がコンビを組んでいた時期に仕組まれた、と言ったのだ。

この笹井の認識は、理研の調査委員会の調査結果とシンクロする。これもまた世間の常識から見れば、奇怪というほかない。調査委員会(笹井も同様だが)は、小保方を管理する者はシロ(建前上は、「責任はある」という表現だったが)、小保方はプレーヤーだからクロという認識で一致している。

このような主張が通るならば、理研は管理者を高給で雇用する必要はなくなる。理研は管理者=功労者という位置づけなのか。不祥事において当事者のクロは当たり前だが、管理者に管理責任が生じないという業務規程ならば、理事長以下全員がプレーヤー(ユニットリーダー)というフラットな組織で十分だ。プレーヤーが研究成果に応じて給与を決定するシステムでいい。理研には同類の法人及び官庁と似たような職制が構築されていて、管理者がその責任の度合いに応じて高額給与を受け取る給与規程が具備されているはずだ。笹井のように自分に管理責任はないという「逃げ」が許されるのならば、理研は笹井の給与の管理分に該当する額を削るべきだ。本件を契機に、笹井を管理職から外し、プレーヤーに戻したらいい。併せて、理研の組織をプレーヤー型に改組し、スリム化すればいい。

当たり前の民間企業ならば、管理者は「責任は俺がとるから、お前ら、思いっきりやれ」と言って、若手を前線に送り出すのではないのか。若手はそんな管理者の意気に感じて成長し、力をつけていくのではないのか。

論文不正の主因は理研幹部が小保方に情を働かせたこと

さて、本件の主因について、実のところ筆者は、まったく別次元の因子を考えている。まず理研が小保方を採用したことに始まり、若山との共同研究に起用し、彼女をユニットリーダーに抜擢し、さらに、一度不採用になった『Naitur』論文を笹井が手直しをして再投稿し、それが採用されるまでに至った過程で、小保方の不正をだれも指摘できなかった要因ということになる。換言すれば、その全過程で理研に客観的・科学的知見が働かなかった理由ということになる。このことは、理研という優秀な、頭脳明晰な研究者の集団の内部で、いかにも不自然な話なのだが、次のような観点に立てばその謎は解ける。つまり、理研内部の関係者すべてが、小保方という若い女性の魅力に情が働いていたと。

そのように考えるならば、すべて辻褄が合う。笹井は、小保方を採用したのは人事委員会及び前任者だと会見で話していたから、その採用責任者も含め、理研内部が小保方という若い女性研究者を前にして、正常な判断が働かなくなったのだ。理研の管理職にある幹部研究者が、小保方の前でのぼせ上っていたのだ。それくらい、小保方に魅力があったかどうかはわからない。が、理研が不正を発見できずにこのような不祥事を起こしてしまった要因は、複合的なものである以上、まったくそのとおりで、複合的な要因の、しかも大きなそれは、小保方に対して小保方の上司たちが情を働かせたことで説明できる。

科学の問題というよりも人間の問題

つまり、こういうことだ。理研は、科学者、研究者の聖域ではないということ。理研に生じる問題は、ほかの、たとえば営利追求組織で起こることと同じレベルなのだ。男女関係、嫉妬、足の引っ張り合い、派閥争い・・・不正まで。そのことは官庁、警察組織、企業、教育機関、軍隊・・・と変わらない。そう考えれば、理研における小保方の不正は、組織(人間集団)において惹起する問題の一つに過ぎないとも言える。(だから仕方がないというわけではない。)

不正が起こる背景を男女関係にのみに還元することはよろしくない。だが、複合的要因を科学や研究上の技術という領域に絞って考えるのも正しくない。“Love is Blind”というではないか。小保方を採用した者を含め、若山も笹井も小保方を巡る理研の幹部級研究者すべてが小保方に対し、Blindの状態だったのだ。このことは結果において、認めざるを得まい。

小保方はクロ、理研は解体

ここまでいささかシニックに、敢えて本件について斜に構えてコメントしてきたが、今回の論文不正事件の本質は、理研という適正な競争を伴わない、税金によって運営される巨大組織が必然的に孕む問題と、すべての組織に共通する問題の二面が絡み合っていることだ。

繰り返せば、競争を伴わない組織には恣意性が働き、それが人事も研究内容も左右するということだ。恣意性とは本件においては男女関係、すなわち情だ。それが(笹井の表現を借りれば)研究を俯瞰する立場の目を曇らせ、客観性を失わせてしまったのだ。この先の笹井の選択は理研を辞めることだ。あの会見で笹井を信頼する者は理研内には存在しないだろう。研究者はロボットではない。笹井は一人の女性を公衆の面前で裏切るという重い十字架を、事件のあった理研という「聖域」で背負って行くつもりか。

そのことと同じように、理研という適正な競争を伴わない組織では、この先、新たな「小保方事件」が発生することは間違いなかろう。小保方もクロ、理研もクロなのだ。本件を機に、小保方ほか理研幹部は理研を辞し、その後、理研は解体へと向かうのが筋というものだ。

2014年4月11日金曜日

小保方劇場の閉幕――会見で論文不正がより明確に

小保方問題を楽しんだ国民

STAP細胞の論文が不正と認定された問題で、理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダー(30)が9日に大阪市内で記者会見した。この問題についてはずいぶんと楽しませてもらった。小保方の不正はもちろん、理研のいい加減さ、研究機関としてふさわしくない実態が暴露され、そのことも人々を楽しませた。小保方と男性上司との不倫報道まであって、“研究所というと固そうだが、なんだ、うちの会社と変わんないな”なんて面白がった人も多かったかもしれない。

だが、理研はエンターテインメント・コンテンツを国民に提供する機関ではない。税金で科学的研究を行い、研究成果をもって世に資することが求められている。だから、このたびの不祥事における理研の責任は追及されるべきだ。税金を返せ、こんなことやっているのなら廃止しろというのが重税にあえぐ国民の声だ。

筆者も理研小保方騒動を楽しんだ者の一人だが、今回をもってこの問題に関する発言を打ち止めにする。昨日(9日)の会見にサプライズはなく、小保方の強度の思い込み、はったり、願望、希望を再確認したからだ。小保方は人間性に著しく欠陥を抱えた、思い込みが激しく、善悪の判断及び倫理性に欠けた人格を有した者であることが明確になったからだ。その小保方は理研に未練たらたらで、会見内容は筆者の予想したとおりだった。

会見は異端審問のような様相

会見風景は、あたかも西欧中世の異端審問所審査の様相を呈していた。小保方はSTAP細胞作製の方法として、コツとレシピだという。中世の錬金術師か魔術師のようだ。科学の実験なのだからその方法も客観的に記述するべきだろうが。「私にしかできない」STAP細胞というのは、いったいなんなのだ。秘伝の味か?あるTV番組で、「小保方一人を魔女狩りにしてはならない」とコメントした知識人がいたが、小保方信者のお一人だろうか。小保方は「STAP細胞」をあやつる、現代の魔女ともいえるのだ。

さらに小保方は「STAP細胞は存在しま~す」と悲痛な叫びをあげた。この絶叫はガリレオが異端審問にかけられたときに発した「それでも地球は回っている」を自己に投影させたものか。自分は無知な宗教者(理研)によって理不尽な審判をくだされたけれど、ガリレオがそうであったように、真理は私にあるのよ、というつもりだったのか。

STAP細胞の存在の有無と論文不正は別の問題

小保方はSTAP現象の「真実性」を無媒介に訴えた。しかも以下のとおり、見え見えの虚言を吐いた。▽その作製には200回以上成功していること、▽複数の研究者がその存在を認めていること、▽別の研究者が再現実験に成功していること――を公言した。一方、論文の不正については故意(悪意)ではなく不注意によるミスだと強調した。つまり、不正については一切口をつぐみ、ことさら「STAP細胞」の発見と作製の成功を強調する戦術だ。小保方の「発見し製作したもの」については後述する藤沢数希のBlogの説明が筆者にはわかりやすい。

けっきょくのところ、小保方及びその弁護団は「STAP細胞」はあるぞ、だから、論文不正を見逃せ、見逃さなければ法廷闘争だぞ、と理研を暗に恫喝し、涙の小保方を見せメディアを味方にし、小保方にこの先も理研で研究活動を続けさせる戦術のようだ。

小保方の研究については、管見の限り前出の藤沢数希のBlogがきわめて的確で、純文系の筆者の参考となった。小保方は本人が言うとおり研究者として未熟で、思い込みが激しく、思い込みを論文にする過程で研究者としては信じられない不正を働いた。研究者としては技術的にも倫理的にも欠格だ。だから、この件に関しては、理研が理研の規程に基づき、粛々と小保方を処分することを要望する。再調査の必要もない。その結果、訴訟に至るのならば受けて立って、シロクロをつけてほしい。不正を見逃すような妥協だけは困る。

なお、小保方が主張する「STAP細胞」の発見と作製の真偽については、小保方側は国民の前に、STAP細胞研究に係るすべての研究ノートを提出すべきであろう。小保方は理研の調査では手元にあった2冊の実験ノートを調査委に渡しただけだ、といった。ならば入手可能なすべての実験ノートを提出すべきだ。いまからでも遅くない。また、小保方が言うSTAP細胞を確認した第三者の存在を公にし、その証言も公表すべきだ。もちろん、そのときの実験ノートの記載が裏付けとして必要だ。

理研を舞台とした小保方劇場はあの会見をもって閉幕した。STAP細胞は仮説であり、日本の科学界は、STAP細胞という仮説を証明する努力を続けることとおなじくらい、日本の科学史上最大・最悪の不正事件である小保方を許容しないよう、声を上げていただきたい。STAP細胞があるかないかわからないのだから、小保方はシロだという小保方弁護団及び日本のマスメディアの誘導を科学的見地から阻止してほしい。

この先、他の研究者がSTAP細胞の作製に成功したとしても、それは小保方の功績ではない。小保方の「STAP細胞」は、論文に不正があった時点で、アウトなのだ。このことを日本のマスメディアははっきりと報道してほしい。

成果の上がらない研究者を税金で雇用し続けることは不可能

若い研究者に研究機会を与えることは重要だ。だが、成果の上がらない研究者を長期間、税金で雇用し続けることはできない。それは研究者に限らない。ましてや研究不正を働いた研究者を税金が投入された研究機関が雇用し続けるのは、著しいモラルハザードに当たる。小保方弁護団と小保方擁護のメディアの連合軍の恫喝に、理研は屈してはならない。筆者は、理研については廃止・解体が筋だとは思っているし、理研の肩を持つ気にはならないが、理研はこと小保方の不正についてだけは妥協しないで闘い続けてほしい。“小保方、理研で研究続行”という、理研と小保方の談合に至らないことだけを祈っている。

猫は寒がり

冬が終わり春になったにもかかわらず、猫は寒がり。

夜、ベッドの上に2匹が次々と上がってくる。

最初はNico。筆者がベッドに入るや否や、足元で寝つく。

深夜、寝静まった頃、なんだか重いなと感じて目を覚ますと、Zazieがやはり脚の上にいる。

狭いシングルベッドに、人間1人と猫2匹がひしめきあって寝ているというわけだ。

そんな状況をカメラに残せないのは残念だが、就寝中なので仕方がない。

猫がベッドを離れるころは、きっと季節は夏へと変わっているにちがいない。


 
 Zazieは、筆者がテレビを見ているとき、胸元にあがって寝付く。
一方のNicoは、せいぜい足元にあがるくらい。

2014年4月8日火曜日

小保方晴子と『罪と罰』

理研の発生・再生科学総合研究センター研究ユニットリーダー・小保方晴子が引き起こした、このたびの論文不正問題について、整理をしておこう。小保方(STAP細胞論文筆頭著者、責任著者)ほか3名(笹井芳樹、若山照彦、丹羽仁史=共著者)は、刺激惹起性多能性獲得細胞(STAP細胞)を発見しその作製に成功した旨の論文を外国の科学雑誌に発表した。この研究発表を大雑把に言えば、「万能細胞」の発見というものだろうか。この論文が本当だとすれば、これまでの科学的常識を覆す大発見だった。

ところが、この論文についていくつかの瑕疵が指摘され、それを受けた理研は内部調査を行い、小保方の論文にいくつかの不正があると結論付けた。理研は、不正を行った小保方に対し処分の可能性を示唆したが、共著者の笹井、若山に対しては重大な責任があるという指摘にとどまり、また、同じく丹羽は免責され、STAP細胞の有無を検証する研究の責任者に任命した。すなわち、小保方はクロ、ほかの3人はシロという判定だ。

理研と争う小保方

これを受けた小保方側から理研の調査結果に対して不服申し立てがあり、明日(4月9日)、小保方本人が反論の記者会見を開く予定だという。小保方の主張は「STAP細胞は存在する」という根拠に基づくものとなる見込みだが、前出の小保方の上司にあたる丹羽は4月7日の謝罪会見で、「STAP細胞は仮説の段階に戻った」と発言した。

小保方は「STAP細胞は存在する」と主張し、理研は「STAP細胞は仮説だ」と主張する。おいおい、そういう論争を研究所でいくども繰り広げ、仮説を本説に磨き上げていくのが科学者・研究者というものなのじゃないのかい、庶民ならばだれしもそう思う。少なくとも、発表する前に内部で徹底的に議論すべきじゃないの、と言いたくなる。理研の職員(研究者)及び理研という組織は、まったくもってどうしようもない、とだれもが思うだろう。税金を使って若い女性に割烹着を着せて、遊んでいるんじゃないよ、というのが正直なところだ。

理研がへまをやらかした主因(理研の動機)

この問題を動機という観点で考えてみよう。まず、理研である。小保方の「STAP細胞」に検証もなしで飛びついた動機は何なのか。これについては、Blog「世に倦む日日」が次のように指摘している。
小保方晴子とSTAP細胞の発見は、安倍晋三の進める「成長戦略」のプロモーション・シンボルだった。その中味は三つあって、第一に、再生医療への国家を挙げた重点投資が「成長戦略」の目玉になっていたことに関わっている。安倍晋三とマスコミが「成長戦略」を宣伝するときは、必ず再生医療が引き合いに出され、「成長戦略」を正当化し訴求する看板商品になっていた。第二に、「女性の活用」がある。1/20に産業競争力会議が出した「成長戦略進化のための今後の検討方針」では、その第一の課題項目が「女性の活躍推進」になっている。第三に、教育の分野での研究開発投資の戦略的重点化で、「特定国立研究開発法人」を設置して巨額の予算を投入し、年収1億円以上の研究者をゴロゴロ出すことが策定されていた。つまり、安倍晋三の「成長戦略」の柱であるところの、再生医療、女性、研究開発重点投資の三つのキーワードが結節したところに、「小保方晴子のSTAP細胞」の花火の打ち上げあったということになる。実際に、安倍晋三は1/11に理研を視察し、笹井芳樹から説明を受ける場面をマスコミに撮影させて宣伝報道させていた。(2014/3/25)

筆者はこのBlogの著者の指摘に全面的に同意する。すなわち、理研というところは、いかにも研究機関にふさわしくない組織なのだ。安倍政権の政策が実現しつつあるかのような仮象性を人々に与える機関。そして政府に気に入られて組織を拡大し、莫大な予算を獲得して天下りを受け入れ、その予算を使って関連業界と癒着する機関。このことは拙blogで繰り返し指摘した。だから結論もまた明白で、理研を廃止する方向で整理すればいい。少なくとも、研究機関として存続すべきではない。

小保方晴子の動機――夢の実現という己の無謬性信仰

次に小保方晴子である。彼女の不正の動機は何なのか。本人は現時点で反省していない。少なくとも、STAP細胞はあると主張している。つまり、万能細胞の存在を信じていて、しかも論文に不正はないという。

小保方の主張は一見無茶苦茶な論理だが、まったく否定されるべきもの、一笑に付されるべきものでもない。科学は仮説から――換言すれば夢からスタートする。人類が空を飛びたいという願望を擁いたのがいつのことだったかは知らないが、人類はそれをおそらく気の遠くなるほどの長い年限をかけて実現した。月に行きたい、ペストを克服したい…いくらでもそういった科学の勝利を挙げることができる。だから万能細胞、夢の若返り細胞の発見という夢を信じることは科学の第一歩だ。

しかし、問題はそこからだ。信ずることは結構なことだけれど、それを作製したと宣言することは簡単ではない。たとえば万能型ロボットのドラえもんの作製可能性を信ずることは勝手だけれど、そのことはそれを実現することとはまったく次元が異なる。ドラえもんを作製したと言って、その画像を模造したり、画像を切り貼りしたり、コピーペーストしたりしてドラえもん研究論文を発表したとしたら笑いものだが、STAP細胞ならば、その発見と作製を信じることができる。直近にips細胞(誘導多能性幹細胞)の発見があったからだ。だから筆者は、小保方の論文不正の動機は、自分の仮説(夢)を実現したいという一念だったのだと推論する。

普通の精神の研究者ならば、論文作成に不正をしてまで夢の実現を急がない。ところが小保方は論文に偽造を施し科学雑誌に公表した。その後ろ盾になったのは、理研という日本では権威のある研究組織の中で認められ、共同研究者のお墨付きまでもらったことだろう。理研の後ろ盾は小保方の自信になったのではないか。ところが、論文発表後、各所から不正を指摘され、心の支えだった理研内部から不正と断じられた。 それでも、小保方は己の夢にしがみついている。万能細胞は存在するのよ、私の夢はだれも否定できないのよ、(それが仮説であっても)私にはあるのよ、そうでしょう、だから不正ではないのよ――と叫び続けるつもりだ。こんな幼稚な精神をもった研究者が存在すること自体が奇跡だ。

小保方とラスコーリニコフ

筆者は小保方の精神構造の中に、ドストエフスキーの小説『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフをみる。「選ばれし者は、より大局的な正義をなす為ならば、既存の法や規範を超越する資格を持つ」というわけだ。「選ばれし研究者の正義(=夢)の実現のためならば、既存の論文作成の手法を超越する資格をもつ」という論理構造だ。「目的のためならば手段を選ばず」という論法ではない。万能細胞は世の中に必要だ、これが実在すれば多くの人が救われる。わたしは理研という日本で有数な研究機関でそれを研究している。あとは発見するばかり。そして発見した(と錯誤した)。残る作業はそれを証明するだけ。そのためには発見したと思わせる「見やすい」画像を流用しましょう、コピペだって正義よ…だって、万能細胞は人類の発展に貢献するもの、人の命をすくうものなのだから…という具合だ。

小保方はオウム信者に似ている

この心的構造は、「地下鉄サリン事件」を起こしたオウム真理教の信者とよく似ている。彼らも人類救済を夢見た。そして、オウムに敵対する人々(悪霊にとりつかれた人々)を救済するためには、ポアが必要だった。つまり悪霊に取りつかれた人を殺害し、この世からあの世=天国に向かわせることが必要だった。それが人類を救う神の節理、神の教えだと。大局的な正義、人類を救済するための行為は、すべて正当化されるという論理だ。

このような自己に対する無謬性=自己絶対化はどこから生ずるのか。それは若者にありがちな傾向だとも言えるが、自己相対化の訓練を怠ってきたことから生ずる場合が多い。ラスコーリニコフの場合は高利貸しの老婆を殺害したのちに、己の信じた絶対正義の貫徹の思想の相対化を迫られた、すなわち苦悩が始まったのだ。ラスコーリニコフは行為の後に、人間の当たり前の思想的営為を取り戻した。だが、小保方には、いまだそれが訪れていない。

おそらく小保方という人間は、自己絶対化のなかでここまで生きてきたのだろう。夢の実現の連続の人生だったのではないか。その道はおそらくここまで順風満帆だったのかもしれない。だから小保方はラスコーリニコフと同じように、「法と規範を超越した行為」に挫折なく行き着いてしまったのではないか。

懐疑せよ、小保方的不幸人間になる前に

この先、小保方と理研が裁判で争うことになるのだろうが、不毛だ。今度は倫理(規範)を超えた近代法の争いになる。理研には解体という可視的な措置が可能だが(もちろん、理研解体を唱えているのは筆者だけだが)、小保方にはそのような具体的措置はくだらない。人間性の問題だから、だれかが小保方の精神を糺すこともできない。理研が勝訴すれば、理研の規程に基づいた処分が小保方にはくだるのだろうが、せいぜい戒告程度だろう。小保方はおそらくドストエフスキーを読まないだろうから、ラスコーリニコフの苦悩をわがものとすることも生涯あり得ない。小保方はまことにもって狭隘不幸な人生をこれからも歩むことになろう。だから、若い研究者にあっては、自己が信じた仮説を信ずることとおなじくらいそれを疑うことをすすめたい。第二、第三の小保方にならないために。

繰り返せば、夢を実現する、己の信じる道を歩む、正義を実現する――といった正論に誤りがあるはずがないのだが、そう盲信する前に、自然科学、社会科学を問わず、立論=仮説を得ることよりも、その実証、証明に至る道の方がはるかに困難だということを思い返してほしい。

小保方は理研と争う姿勢である限り、小説の後半のラスコーリニコフであることに至らず、物語の始まりの「老婆殺し」の「大局的正義」に立ち戻ろうという気でいる。不幸な人間だ。筆者は彼女に対しいま、哀れみすら感じている。

谷根千漂流

旧友Sさんと夜の谷根千を漂流

居酒屋「ひょうたん池」の後、「桃」にてカラオケ @Yanaka

お次は根津のBar Hidamari (ママのGeogeさん)  @Nedu

同上

2014年4月7日月曜日

桜(ソメイヨシノ)の後に咲く花

@Yanaka

@Yanaka

2014年4月4日金曜日

理研を廃止せよ――民主党政権の事業仕訳けは正しかった

小保方はクロ、しかも「単独犯」――理研最終調査結果

新型万能細胞「STAP細胞」の論文問題で、理化学研究所(神戸)は最終調査結果を発表し、そのなかで小保方晴子研究ユニットリーダー(30)が論文を捏造、改ざんしたと断じた。理研は小保方をクロと断定したわけだが、小保方以外の3人の調査対象者(笹井芳樹、若山照彦、丹羽仁史=以下論文共著者)に研究不正は認められなかったと結論付けたが、うち、山梨大学の若山照彦教授と理研発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長については、データの確認などを怠ったとして「責任は重大」とした。「責任は重大」という調査結果の文言は、3人の行為が同研究所の定めるなにがしかの規程のどの部分に該当し、それが処分対象になるものなのかならないものなのかについては報道されていないのでわからない。責任は重大だけど、処分には当たらないよ、という解釈でいいのだろうか。しかも、STAP細胞論文の共著者で、理研において同研究で小保方にもっとも近い位置にいる丹羽仁史の責任が免責されているのは不可解極まる。

理研は小保方の不正の動機を明らかにせよ

そればかりではない。不祥事に係る最終調査結果を発表する場合、不祥事を起こした本人が調査結果に納得していることが一般的だ。調査結果を受容し、その結果に基づいて今後行われる処分に潔く従います、というのが筋だ。そこに反省の気持ちが見られれば、処分が軽微に及ぶことも多々あろう。当事者が若く未熟である場合、再起の機会を与えることを滲ませる処分もあるだろう。その度合いを斟酌するのは、当事者の動機次第というものだ。今回の場合、小保方はなんのために捏造をしたのか、それこそが調査の肝に当たる。小保方は、理研の記者会見を受けて、理研に不服申し立てをするという。小保方は反省していない。理研と争うつもりだ。これには驚いた。(この件については後述する。)

今回の最終調査結果では、画像のすり替えや等、論文を構成する部材にばかり焦点が当たっていて、小保方の精神性――不正や捏造に至った精神の現象性について触れていない。理研の調査委員会は小保方にヒアリング調査をしたというが、ヒアリングをしたのならば、そのことを通して、小保方の具体的反論や論文作成の過程が明らかになったはずだ。調査委員はそれを受けて、小保方に非のある部分を示し、小保方に指導をし、反省を促すべきではなかったのか。小保方の精神性をスルーして調査が進んだのはなぜなのだろうか。そもそも、小保方が反省をしないというのは小保方のどのような精神構造からなのか。

問われるべきは理研の体質

理研は小保方の「単独犯」で幕引きを図ろうとしているようにみえる。しかし、理研には税金が投入されている。一人の「未熟な研究者」が論文を捏造して世間を騒がせて申し訳ない、ですまされる問題ではない。理研においては、小保方のような「未熟な研究者」が自由気ままに研究を続け、その輩に税金を使って給与を払い続けているのではないか。小保方の件は世間に知られたけれど、われわれが知らない「未熟な研究者」による捏造や無駄な研究がほかにもたくさんあるのではないか。この先、理研から第二第三の小保方が出てくる可能性は皆無なのか――そう考えて当然だろう。本件を契機として、理研の管理責任こそが問われなければならない。 再発防止策が求められる。

もっとも同調査結果は小保方の論文に不正があったかどうかを判定するものだから、再発防止や組織管理の問題については触れない、という観点は正しい。ならば、なおのこと、理研のあり方を糺す第三者機関による理研解体作業に着手しなければならない。理研の中に、「未熟な研究者」を野放しにする体質が内在しているのではないか。「未熟な研究者」の研究結果を検証する科学的能力が不足しているのではないか・・・本件を契機として、理研の問題点をさまざまな角度から問う、理研解体のための調査委員会設置が望まれよう。

理研は税金の無駄遣い機関

さて、ネオリベラリストの経済学者ミルトン・フリードマンが生きていてこの問題を知ったならば、理研不要論を声高に唱えたことだろう。フリードマンらの市場原理主義の視点からすれば、政府が科学研究に税金を投入することは悪なのだから。

フリードマンはその著『資本主義と自由』のなかですぐさま廃止すべき政府の政策・制度として、▽農産品の買い取り保証価格(バリティ価格)制度、▽輸入関税または輸出制限、▽家賃統制、全面的な物価・賃金統制、▽法定の最低賃金や価格上限、▽細部にわたる産業規制、▽連邦通信委員会によるラジオとテレビの規制、▽現行の社会保障制度、▽事業・職業の免許制度、▽公営住宅、▽平時の徴兵制、▽国立公園、▽営利目的での郵便事業の法的廃止、▽公有公営の有料道路――を挙げている。

税金が投入された政府機関には自由な競争原理が働かない。理研はその典型だ。今回のように、「未熟な研究者」(小保方)が勝手気ままに不正を行えたのは、理研という政府が税金を投じた研究機関だからだ。そこでは正しい競争が行われないから、大きな研究成果を期待することは難しい。ミルトン・フリードマンならば、理研という存在にすぐさま廃止すべき政府の機関を見たに違いない。研究成果を促進するのは、自由な競争原理が働く民間の研究機関においてだ、と断じただろう。

小保方側の提訴で理研に裁判費用が

筆者は市場原理主義者ではないけれど、このたびの理研の不祥事の報道を見聞きするたびに、フリードマンに賛同したくなってくる。その気持ちさらに強くさせたのが、理研の最終報告の直後、クロと断じられた小保方が、理研の見解に「とても承服できません」と憤り、2日には「論文の撤回に同意したことは一度もなく、取り下げるつもりはない」とのコメントを出し、週明けに理研に不服申し立てをする意向で、8~9日を念頭に会見を開く予定でいるという報道があったことだ。

つまり、小保方は理研を相手取り、訴訟をおこす構えなのだ。小保方が訴訟をするとなると、理研もそれに応じて弁護士を立てることになる。その金はどこから出るのかといえば、理事長のポケットからではなかろう。当然、税金の一部が訴訟費用に充てられる。おいおい、たいした研究成果もあげていない、しかも不祥事を起こした研究所が、こんどは訴訟費用なんかで税金を使うのかよ、というのが庶民の正直な気持ちだ。

民主党政権下の「事業仕訳け」は正しかった

理研といえば、2009年、当時の民主党政権が行った「事業仕分け」において、事業仕分けチームが科学技術に係る予算の減額の判定を下したことについて、ノーベル賞を受賞した高名な科学者たちが一斉に批判したことが思い出される。

理研理事長であるノーベル賞受賞科学者・野依良治は、事業仕分け結果について、まず、日本は先進国と比べて、科学技術関連予算が格段に少ないこと、そして、米国で博士号を取る人が中国の20分の1、韓国の6分の1しかいない現状などを説明し、「10年後、各国に巨大な科学国際人脈ができ、そこからリーダーが生まれる。日本は取り残される可能性がある」と指摘。「(事業仕分けは)誇りを持って未来の国際社会で日本が生きていくという観点を持っているのか。将来、歴史の法廷に立つ覚悟でやっているのかと問いたい」と疑問を呈した。

当時、事業仕分けチームが行った科学技術予算の減額は、科学技術の発展を否定する観点から行われたものではない。彼らが目指したのは、たとえば、独立行政法人の理研が明らかに無駄な予算を獲得し、それを浪費している実態に、また、この独法が科学技術の発展に資する活動を行わず、関連する企業と癒着し、公正さを欠く契約等により研究資材等を購入している実態にメスを入れたかったのだ。

当時、理研のスパコン開発は利権がらみ。それだけではない。理研は関係官庁から天下り官僚を受入れ、関連機関、団体、企業と特命随意契約を交わして、入札もなく理化学器械等を買い漁っているような「研究所」だった。しかも、そこの研究者にいたっては、研究成果が出なくとも追い出されることはなく、欧米の研究所のように、研究者が厳しい競争にさらされることがない。つまり、理研に就職しさえすれば、たいした研究成果をあげなくても、放り出されることはないような「研究機関」なのだ。理事長の野依良治は当時、「歴史の法廷」という言葉を吐いた。今回の不祥事を前にして、「歴史の法廷」に立つのは、「未熟な研究者」小保方晴子及び「その無能な管理者」野依良治の両名なのだ。

2014年4月1日火曜日

平成26年度、スタート

4月新年度のスタート。

メディアは「消費税」狂想曲。

税率アップの是非は問われない。

さて、猫の体重測定結果を記しておく。

Zazieは4.3㎏、前月比300g減った。

Nicoは6.1㎏、同400g減った。

2匹とも増えたり減ったり・・・

2014年3月31日月曜日

桜(ソメイヨシノ)満開




@Yanaka

桜満開

桜(ソメイヨシノ)が満開だ。

谷中霊園

2014年3月30日日曜日

ネコケツ

ハムスターの後ろ姿を撮影した写真集=ハムケツが話題だ。

うちの猫で撮ってみた。

2014年3月28日金曜日

3月末の桜

(1)長明寺(谷中)

枝垂桜
(2)本行寺(西日暮里)
枝垂桜

同上
(3)全生庵(谷中)
ソメイヨシノ

同上

2014年3月16日日曜日

Cafe Gallery 幻

千駄木の路地裏奥にそのカフェはある。

カウンターに並んだ不思議な酒類

カフェオレをいただく

商品棚

同上

奇抜な商品数々

照明はシャンデリア


奇妙な小物たち
 
同上
@Sendagi

野依良治は理研理事長を辞任せよ

万能細胞と言われる「STAP(スタップ)細胞」の論文に対する疑惑をめぐり、理化学研究所の調査委員会は14日、中間報告をした。同報告に係る記者会見に出席した理研幹部は、野依良治理事長、川合真紀理事(研究担当)、米倉実理事(コンプライアンス担当)、竹市雅俊・発生・再生科学総合研究センター長、石井俊輔・研究論文の疑義に関する調査委員会委員長。

理研中間報告記者会見に違和感

この会見をTV映像で眺めていて違和感を覚えたのは筆者だけだろうか。壇上に上がった理研幹部たちに当事者意識が感じられないのだ。今回の疑惑はおそらく不祥事だろう。企業であれば、社員が不祥事を起こし世間を騒がせたのだ。医療に係る案件であるだけに、その実現に期待をした患者さんも多かったのではないか。科学に対する信頼を損ねたという指摘はその通りだと思う。

であるならば、理事長以下幹部たちは、不祥事を起こしてしまった自らが統括する組織=理研の管理体制・甘さ、不備、管理能力不足等、いわゆるガバナンスの欠如を反省すべきではないのか。しかるに壇上の幹部たちは、他人事のようなのだ。理事長も冒頭では謝罪をしたものの、会見が進むうちにこの案件の当事者(小保方晴子)だけに責任があるかのような発言を繰り返す。挙句は、小保方氏を“未熟な研究者”と一刀両断する始末だ。

そうであるのならば、そのような未熟者をユニットリーダーに据え、しかもその未熟者が行った研究結果を理研内部で検証もせず世に出した責任はどこにあるのか。小保方が勝手にやって勝手に発表したとでも言うつもりか。組織のトップである野依良治理事長以下、会見に臨んだ理研幹部にあるのではないのか。この中間報告で欠落しているのは、理研という組織の未熟さの検証ではないのか。そのことを欠落したまま最終報告書を作成し発表したとしても、世間に対しては説得力をもたない。理研理事長はノーベル賞受賞者だというから頭はいいのだろうが、組織を統括する能力や問題解決能力はない。あるのは権威を背景とした自己保身だけだ。野依良治は理事長を辞任すべきだ。

なぜ、理研では研究者倫理が遵守されなかったのか

会見を仕切った幹部の態度もいかがわしい。そもそもコンプライアンスというのは、組織が法令を順守するという意味だ。今回の案件は理研という組織が法令とはいえないが、少なくとも研究者としての倫理を著しく逸脱した行為の結果だろう。だからまずもって反省すべきは、自らが担当する理研のコンプライアンスのあり方、その不備、甘さだろう。中間報告という限界はあっても、自らの担当業務の怠慢を棚に上げて、あたかも第三者委員会のような態度で中間報告を行うその精神構造が理解できない。今回の案件が決着した時点で、コンプライアンス担当責任者以下、幹部も職を辞すのが妥当だ。

最終報告作成においては野依以下、理研幹部をヒアリングせよ

理研がなぜ、「STAP(スタップ)細胞」の論文の発表を急いだのか。その背景をこそ明らかにしなければならない。中間報告ではその検証の方向性が、小保方の論文の疑惑解明に偏っている。それはそれで仕方がない。まず疑惑の真相を検証することが先だろう。それが明らかになった時点で、検証の方向は理研の組織のあり方、理研(の職員=研究者)がなぜ、このような未熟な研究発表を行ってしまったのか――に向かわなければならない。

今度は、野依良治理事長以下、壇上に上がった、川合真紀理事(研究担当)、米倉実理事(コンプライアンス担当)、竹市雅俊・発生・再生科学総合研究センター長、石井俊輔・研究論文の疑義に関する調査委員会委員長がヒアリングの対象となる。 (文中敬称略)

2014年3月11日火曜日

We remember 3.11.

3.11から3年が経った。

早い。

メディアはその特集を集中的に流している。

TV映像でみるかぎり、2014年3月11日の被災地の風景は、

筆者が訪れた2011年7月、2012年2月と基本的に変わらないようにみえる。

復興は遅れているのだ。

被災地の復興ばかりではない。

原発事故も依然として終息のめどがたっていない。

にもかかわらず、日本人の関心は「東京オリンピック」であったり、

「アベノミックス」であったりと、原発事故や被災地復興とかけ離れている。

「復興は遅く、忘却は早い」という被災者の言葉が重い。

石巻(2012/02/04)




2014年3月9日日曜日

麻原彰晃、亀田家、原発、佐村河内守

 「ゴーストライター事件」の当事者・佐村河内守が謝罪会見を行った。会見のTV報道をみていて、“いつか見た光景”を思い出した。1995年、あの地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教幹部・上祐史裕らの会見風景だった。饒舌でありながら空疎な言語空間、責任逃れ、噛みあわない言説、芝居がかった身振り手振り、あたかも真実を語るかのような「資料」の提示・・・。マスメディアが巨大化した虚像の主役と、虚像を偶像化したメディア関係者という脇役が共作する会見舞台。TV映像を見ていると、メディア業界という業界は、まったく反省をしない従業者で構成されているそれなのだなとつくづく感じた次第だ。

オウム真理教及び麻原彰晃は、このたびの佐村河内とよく似た存在だった。前者は当時、「本物の教団・教祖」として、後者は「現代のベートーベン」としてマスメディアによって虚像化された。メディアはその本質を知っていた。知りながら真実を報道しなかった。どころか、称賛した。メディア報道にお墨付けを与えたのは、オウム真理教の場合は宗教学者(その代表が中沢新一)及び知識人、佐村河内の場合は「音楽評論家」と呼ばれる人々だった。メディアはその本質にアプローチする努力を怠り、TV媒体ならば視聴率が上がる存在として、雑誌媒体ならば販売部数が伸びる存在として――彼らを利用した。

虚像というものは、いつかその化けの皮が剥がれるものだ。実像が露見すると、メディアは手のひらを反して攻撃の対象とする。自分たちが太らせた豚をこんどは違う調理方法で料理し始める。麻原彰晃(オウム真理教)、佐村河内守、さらに亀田ファミリーを加えてもいい。いや、もっとも大きな存在は安全神話報道で3.11まで治外法権化された原発だろう。

佐村河内の騒動において筆者が注視しているのは、佐村河内が音楽業界で「活躍」しだした当時から、彼は耳が聞こえているという類のものだ。一部報道では、音楽業界関係者をはじめ、周囲の者にはそのことは常識だったという。雑誌の「AERA」は佐村河内に取材をしながら、そのあやしさに気づき掲載をやめたという。

筆者をはじめこの事件に関心を示す人の多くは、ことの真偽を検証する能力がない。だから、佐村河内をよく知る周囲の者に、ことの真偽について、正直に証言してもらいたい。管見の限り、そのことを実名で告発したのは、「ゴースト新垣」ただ一人。新垣の告発が真実かどうかを判定する方法は、複数の実名の告発で十分だろう。

報道によると佐村河内の刑事での立件については、手帳の不正取得は時効の壁に阻まれ困難だというし、詐欺罪も難しいらしい。ということは、彼を裁く方法は、民事による賠償と、佐村河内の嘘を白日の下に晒すという以外に手段がない。

筆者は佐村河内がゴーストライターを使って作曲をしていた、という行為については関心がない。以前の拙コラムで書いた通り、筆者は今回の事件が起きるまで、佐村河内という「作曲家」も知らなかったし、その「作品」も聞いたことがなかった。もちろん、彼を称賛した公共放送の番組も見ていない。

事件後、怒りを覚えたのは、彼が広島や3.11という未曽有の人類的不幸を金儲けの出汁に使ったこと。そして、彼が障害者を装っていたことの二点だ。これはどうしても許しがたいし、罪深い。

加えて許しがたいのが、佐村河内のあやしさを知りながら、彼を称賛し偶像化したマスメディアという存在だ。佐村河内が謝罪会見を開いたのなら、佐村河内を称賛したメディアはすべて謝罪会見をすべきだろう。それができなければ、自らの検証番組を制作・オンエアーもしくは特集記事として出版し、再発防止を誓うべきではないか。

麻原彰晃、亀田ファミリー、原発、佐村河内守・・・悪がメディアによって善と化し、告発者によって悪に戻りメディアが叩く。いや原発については叩くことすら忘却した。こんな愚かな過ちを日本のメディアは何度繰り返すつもりなのだろうか。

2014年3月2日日曜日

3月の猫

一日遅れたけれど、猫たちの体重測定記録。

Zazie=4.6㎏(+200g)、

Nico=6.5㎏(+700g)。

Nicoが太ったわ。

見た目、デブには見えないんだけど・・・

2014年2月18日火曜日

擬制は終焉せず

吉本隆明が『擬制の終焉』(1960年)を著してからはや、半世紀以上が過ぎた2014年2月9日。この日は、戦後「民主主義」を支えた旧左翼の裏切りがまたしても白日のもとにさらされた、記念すべき日であった。ほかでもない、前知事・猪瀬直樹の辞任に伴う東京都知事選投票日。主な都知事選立候補者は、舛添要一(当選)、細川護煕、宇都宮健児、田母神俊雄であった。

繰り返された旧左翼の裏切り

前出の『擬制の終焉』の擬制とは、共産党・(当時)社会党を併せた旧左翼が安保闘争に結集した広範な人民のエネルギーを結集できず、闘争を敗北に導いた指導責任を厳しく批判した総括的言語にほかならない。敗戦(1945年)後、日本に浸透した「民主主義」は60年安保条約改定を契機として危機に晒された。日米安保条約改定をめぐって、日本の世論はそれこそ二分された。進歩的市民・学生・労働者に代表される反戦平和勢力は、共産党・社会党を支持し、対米従属を維持したい保守勢力は自民党を支持した。

当時、共産党・社会党は、日本の「民主主義」(反戦・平和)を唱える良心的指導政党だと広く大衆に信じられていた。たとえば、総評と呼ばれた労働者の全国組織は、社会党支持で一枚岩だった。また、正統的左翼(前衛)としての共産党は反戦平和市民組織、知識人、芸術家、未組織労働者、学生組織等から幅広く支持されていた。しかしその当時、正統的とされた旧左翼の欺瞞性をいちはやく見抜いていた戦闘的学生集団がブント(共産主義者同盟)を結成し、国会突入という武装闘争を行った。しかし、安保条約改定阻止は果たされず、日本の反体制運動は以降沈静化した。以上が60年安保闘争の概要である。

2014年東京都知事選挙は、60年安保闘争に匹敵する歴史的選択を都民が行う政治決戦であった。そのテーマとは言うまでもなく、原子力発電の継続か否かであり、首都東京の民意を問うものであった。60年安保闘争が日本の反戦平和主義の貫徹による民族自決か、それとも、対米追従に基づく米国の属国化(占領体制)の継続かを問う民族主義的(ナショナルリズム)選択であったのに対し、2014年の都知事選挙は原発の是非、換言すれば、国家、国土、国民の存亡を問う――重いテーマであった。だが、半世紀前と同様、日本の「前衛」が大衆の高揚した反原発の意志を裏切った。

「反原発」勢力が分裂

このたびの選挙はかつてないほど重いテーマを背負いながら、人々は白けた気分で投票日を迎えた。原発の是非を問うという命題は「決戦」を意味する。決戦とは“白か黒か”“東か西か”を問う性質のもの。中間は存在し得ない。しかるに、日本の「前衛(共産党・社民党)」は、この決戦を反原発勢力のヘゲモニー争いにすり替えた。原発推進派が舛添要一に候補者を一本化し、連合(労働組合)をも支持母体に組み入れることに成功した一方、反原発側は宇都宮健児と細川護熙の2人の候補者を立ててしまった。

宇都宮・細川の両者の立候補の経緯を大雑把に振り返ると、まず、反原発勢力の一角である共産、社民が宇都宮健児を候補者として公認する。一方の推進派はその時点で正式な候補者を出さず、「マスゾエ」という名前がマスコミにチラホラ報道されるような状況だった。おそらく、推進派は桝添要一で決まっていたのだろうが、正式立候補は表明されていなかった。決戦であるならば、[推進派=桝添]VS[反原発=宇都宮]ですっきりするのだが、[反原発=宇都宮]では桝添に勝てない、宇都宮では“タマ”が悪すぎる、という雰囲気が漲ってきたところで、小泉・細川の元首相連合が反原発候補として登場する。立候補届出締切日ギリギリであった。細川ならば桝添に勝てる、という雰囲気が反原発勢力内部に盛り上がってきた。そこで候補者の調整が進められるであろうと、だれもが思った。

ところが、共産、社民は立候補者の調整に応じず、宇都宮、細川という二人の候補者が反原発勢力側から立候補することが正式に決まってしまった。ここで「決戦」は「不戦」に変わった。原発の是非を問う決戦選挙は成立せず、開票前から桝添当選が決まったような状況となって、決戦ムードは沈静化し、投票を待たずに推進派勝利が決まったも同様であった。

共産、社民は、反戦・平和・護憲という「老舗の暖簾」を守る選挙に転換

共産、社民はなぜ、候補者統一の調整に応じなかったのか。かりに宇都宮を下して、反原発のリーダーが小泉・細川にシフトしてしまったら、共産、社民はその存在意義を完全に失ってしまうからである。共産、社民にとって重要なのは、都知事選に勝って、「ストップ・ザ、安倍」を実現することよりも、日本の反戦平和(反原発を含む)勢力の「老舗の暖簾」を守ることだった。彼らは、小泉・細川を攻撃し、宇都宮が桝添に次ぐ投票数を獲得することに腐心した。つまり2位狙いである。そして、その結果として、以下の結果を招いた。

[2014年東京都知事選挙結果、主要4候補者の得票数]
  •  舛添要一   211万2千票
  •  宇都宮健児  98万2千票
  •  細川護熙    95万6千票
  •  田母神俊雄  61万8千票
 
共産、社民は都知事選には敗れたが、彼らが最初から目標とした、「左翼の暖簾」を守りとおした。共産、社民は依然として、日本の反戦・平和・脱原発勢力のリーダーの地位を安泰としたのである。もちろん、その結果、桝添が当選し、原発推進派が勝利した。これこそ擬制そのものではないか。60年安保闘争以来半世紀以上を経過しながら、日本の前衛の「老舗」である共産、社民の地位は安泰であるのだが、世直しはいっこうに進まない。

共産、社民とは、まさに体制の補完物にすぎない。大衆の原初的世直しの革命的エネルギーを踏みにじり、正統派「左翼」の地位を体制内に維持することだけに腐心する補完物。彼らは60年安保闘争のときと同じように、「革命」の擬態を身に着けたまま、彼らの本質を曝け出した。擬制は終焉していない。誤りは繰り返されたのである。
 
「68年革命」後のポストモダン資本主義の象徴=小泉・細川
 
歴史は繰り返したのか――否。歴史は螺旋状に上向した。60年当時、体制に向かって、旧左翼、新左翼(ブント→革共同)と左から順に配置されていた政治集団は、2014年においては体制に対して、旧左翼と新自由主義が並立していた。かつて存在した新左翼の席は空席だった。このことは何を意味するのか。
 
この問いはかなり難しい。即答は困難だが、ただ言えるのは、『ポストモダンの共産主義』(スラヴォイ・ジジェク[著])の次の一節が回答の一部をなしているのではないかと筆者は感じている。 
 
(ポストモダン資本主義への)イデオロギーの移行は、1960年代の反乱(68年パリの5月革命からドイツの学生運動、アメリカのヒッピーに至るまで)の反動として起きた。60年代の抗議運動は、資本主義に対して、お決まりの社会・経済的搾取批判に新たな文明的な批判をつけ加えていた。日常生活における疎外、消費の商業化、「仮面をかぶって生きる」ことを強いられ、性的その他の抑圧にさらされた大衆社会のいかがわしさ、などだ。
資本主義の新たな精神は、こうした1968年の平等主義かつ反ヒエラルキー的な文言を昂然と復活させ、法人資本主義と〈現実に存在する社会主義〉の両者に共通する抑圧的な社会組織というものに対して、勝利をおさめるリバタリアンの反乱として出現した。この新たな自由至上主義精神の典型例は、マイクロソフト社のビル・ゲイツやベン&ジュリー・アイスクリームの創業者たちといった、くだけた服装の「クール」な資本家に見ることができる。・・・(略)・・・1960年代の性の解放を生き延びたものは、寛容な快楽主義だった。それは超自我の庇護のもとに成り立つ支配的なイデオロギーにたやすく組み込まれていった。・・・(略)・・・今日の「非抑圧的」な快楽主義…の超自我性は、許された享楽がいかんせん義務的な享楽に転ずることにある。こうした純粋に自閉的な享楽(ドラッグその他の恍惚感をもたらす手立てによる)への欲求は、まさしく政治的な瞬間に生じた。すなわち、1968年の解放を目指した一連の動きの潜在力が、枯渇したときだ。
この1970年代半ばの時期に、残された唯一の道は、直接的で粗暴な「行為への移行」――〈現実界〉へおしやられることだった。・・・(そして、)おもに3つの形態がとられた。まず、過激な形での性的な享楽の探求、それから、左派の政治的テロリズム(ドイツ赤軍派、イタリアの赤い旅団など)。大衆が資本主義のイデオロギーの泥沼にどっぷりつかった時代には、もはや権威あるイデオロギー批判も有効ではなく、生の〈現実界〉の直接的暴力、つまり、「直接行動」に訴えるよりほかに大衆を目覚めさせる手段はないと考え、そこに賭けた。そして、最後に、精神的経験の〈現実界〉への志向(東洋の神秘主義)。これら三つに共通していたのは、直接〈現実界〉に触れる具体的な社会・政治的企てからの逃避だった。 
60年安保闘争から「68年革命」(日本で言うところの新左翼「全共闘運動」)を経た今日、日本の首都東京に現れた旧左翼に並走して登場した反対勢力の象徴は、新自由主義者の元首相・小泉純一郎と、政権奪取前後から、規制緩和を前面に打ち出した(当時)日本新党の党首にして元首相・細川護煕だった。二人はいうまでもなく、ネオリベラリストであり、シジェクが言うリバタリアンにほかならない。彼らはポストモダン資本主義の象徴そのものとして、都知事選に登場したのである。細川はさらに「陶芸家」という“東洋の神秘主義”をまとった政治家として再現したのである。そして、小泉も細川も、「68年革命」の経験者(いま60代半ばの世代)の嗜好である「自由」を体現した、まさにぴったりの、かつ、“直接〈現実界〉に触れる具体的な社会・政治的企てからの逃避”を好む者の象徴的存在にほかならなかった。
 
首都原発決戦に「細川・小泉」が飛び出してきたのは偶然でもなければ、体制側の深謀遠慮でもない。出るべくして出てきたのである。それは、「68年革命」経験者がいまだに、“具体的な社会、政治的企てから逃避し続けている”ことの帰結である。

だから、ニュートラルな良識的反原発派は予め、この選挙に距離をおいた。2014年東京都知事選は、反原発勢力が二分化した時点で、というよりも、共産、社民が早くに宇都宮を都知事候補とした時点で、終わっていたことを悟っていたからである。その帰結として、低い投票率がある。「決戦」を永遠に持ち越そうとする旧左翼の戦術に翻弄されたまま、大衆の素朴な反原発意識は封じ込まれたことを悟ったからである。だが、それでも、焦燥感を滲ませながら「細川」に賭けた人々もいた。彼らは、おそらくその多くが「68年革命」経験者だったに違いない。その結果、60年安保闘争、「68年革命」、に次ぐ三度目の敗北を経験したに違いない。性懲りもなく悪夢を三度繰り返して見たに違いない。
 
労働者とは産業の進歩に自らの希望を見出す存在
 
この選挙でもう一つ注視しなければならないのは、連合(労働組合)の桝添支持ではないか。連合を構成する大型組合組織の一つに全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)があり、同組合は3.11以降も原子力推進を公言してはばからない。連合加盟の大手組合は、労使一体、エネルギーは原子力で一致しているから、連合が桝添支持にまわるのは必然だった。
 
そのことは21世紀の日本特有の話ではない。以下、『生態平和とアナーキ―』(ウルリヒ・リンゼ[著])からの引用である。リンゼはワイマル時代のドイツの労働者の意識について次のように評している。 
プロレタリアの雑誌に発表されたオーストリアのシュトゥーバハ発電所(注)についての考察を見ると、この発電所は「現代の労働の、そして現代の人間精神の創造のみごとな作品」であるとほめそやしていることがわかる。プロレタリアは、電気――あらゆる自然力のうちの最強のもの――を、社会主義に道を開くブルジョア社会の爆破薬と見なしていた。すなわち、教養ブルジョア階級の文明批判が主張した反産業的で工業技術を敵視する反近代主義は、労働運動の中では受け入れられる見込みがなかった。
(労働者にとっては、)大規模な工業技術による自然力の利用は、まだ矛盾なく自然保護と調和させることができると思われていた。・・・歴史上の社会主義労働運動は、一方でこの自然開発の持つ自然破壊的な影響には辛抱強く目をつぶっていたのだが、それは・・・この運動が労働者の中に工業技術による自然の統治者を見、そしてこの工業技術がいつか生産の進歩を通じて労働者自身の宿命をも耐え得るものにすることができると考えられていたからである。
ワイマル共和国の政治を中心的に担ったドイツ社民党が指導する労働者が、当時最新の技術で稼働したシュトゥーバハ発電所に労働者の未来を見た如く、2014年、日本の連合に領導された電力総連は、“あらゆる自然力のうちの最強のもの”すなわち原子力発電を日本の労働者の未来を約束する工業技術の進歩だと錯誤して不思議はない。3.11があって福島第一原発事故が収束の見通しのつかないいまに至っても、日本の労働組合にとって原発は、“労働者自身の宿命をも耐え得るものにすることができる”ものと考えられている。
 
だから、反原発と労働組合運動に交点はない。20世紀初頭のドイツ(ワイマル共和国)に見られたとおり、進歩は労働者の希望であり、“原発という最先端(だという錯誤にすぎないのだが)技術”を労働組合が否定することは難しい。
 
なにをなすべきか

決戦はこの先、いずれやってくる。安倍政権が戦後日本の国是であった反戦・平和・護憲主義を否定し、臨戦体制を構築しようと突っ走る中、国を二分する政治課題が近いうちにわれわれの頭に降りかかる。おそらくそれは、火の粉のようにやっかいなものとしてだろうが。だからそのとき、体制内補完物として正統左翼の暖簾を守ろうとする旧左翼を封じ込めるような戦線の統一が望まれる。「68年革命」の幻影を追うことなく、大衆・生活者の生活感に沿う運動を構築することが求められる。
 
2014年都知事選敗北の総括・反省として肝に銘じなければならないのは、体制側と旧左翼の候補者に対して、ネオリベラリスト・リバタリアンを候補者として担がなければならなかった不条理ではなかったか。その不条理を乗り越える政治的テーマは、旧左翼に対する「新左翼」というアンチテーゼではない。それは「68年」に終わったことではないか。
 
だから新たな結集の環は、なにをなすべきかというよりも、なにをだれに委ねるか、と言い換えられなければならない。もちろんだれにゆだねるのかと言えば、若い世代に、である。彼らは無意識のうちに「68年革命」が生んだポストモダン資本主義の象徴である新自由主義者を否定するだろう。彼らは、安倍政権(コーポラティズム資本主義)、細川・小泉(ポストモダン資本主義=ネオリベラリスト、リバタリアン)、旧左翼(共産、社民)を超える新たな指導者(像)を見いだすはずである。それがだれであるか、また闘争のテーマがどんな形で現われるかは、まだ具合的に言えないが。(2.17.2014)

注:シュトゥーバハ発電所は水力発電所であって、原子力発電所ではない。
 

2014年2月12日水曜日

嘘に嘘を重ねる「詫状」――佐村河内ゴーストライター事件

「佐村河内ゴーストライター事件」に進展があった。佐村河内本人がメディア各社に宛てて「詫状」をFAXを送りつけたようだ。同書状のポイントは、以下の通り。
  1. 佐村河内は自伝で「35歳のとき、私は全聾になった」とし、2002年に手帳の交付を受けたことを明らかにしているが、3年くらい前から言葉が聞き取れる時もあるまで聴力が回復してきたと主張していること
  2. 新垣が6日の記者会見で「初めて会った時(18年前)から 耳が聞こえないと感じたことはない」と証言したが、新垣の告発は誤りである――新垣が嘘をついていると主張していること
  3. 取得していた聴覚障害2級の身体障害者手帳について「専門家の検査を受けていい」とし、2級でないと判定されれば手帳は返納するとの意思を示したこと
この「詫状」の記述を真実だと受け止める者は、ごく少数にとどまるだろう。多くの人々は、「あれあれ、この期に及んで、まだ佐村河内は、嘘に嘘を重ねるのか」とあきれたに違いない。

雑誌「AERA」の「耳が聞こえる」記事に怯えたのか

佐村河内が「3年前に聴力は回復していた」と言い出したのは、おそらく雑誌「AERA」が「佐村河内の耳は聞こえていた」ことを記事にしたからではないか。10日発売の「AERA」によると、「本誌が見抜いた佐村河内の嘘(うそ)」と題して、昨年6月に行ったインタビューの掲載を見送った経緯を紹介している。同誌によると、横浜市内にある同氏の自宅マンションで取材を行った際、疑わしい振る舞いがいくつかあったという。彼は交響曲「HIROSHIMA」に込めた思いや、幼少期のエピソード、作曲方法などについて冗舌に語ったが、手話通訳の動きが終わる前に話し始めたことが何度かあったという。さらに取材終了後、帰りのタクシーが到着してインターホンが鳴ると、即座に立ち上がって「来ましたよ」と言ったという。 同誌は、取材後に話を聞いた複数の関係者が、作曲能力や聴覚障害について疑問を投げかけていることなどから、インタビュー記事の掲載を見送ったらしい。

雑誌が気づき、NHK(TV)が気づかない不思議

ところで、“佐村河内ブーム”に火をつけたといわれているのが、2013年3月31日、NHKが放送した「NHKスペシャル 魂の旋律 〜音を失った作曲家〜」。同番組の企画は2012年ごろ、フリーのテレビディレクターによりNHKへ持ち込まれたという。筆者は同番組を見ていないので、Wikipediaからの引用によると、番組内容は以下のとおりだったらしい。

番組中では作品の構想が浮かばず苦悩する佐村河内の姿や障害者や東北大震災の被災者と佐村河内の交流などが描かれ、薬の飲み過ぎで立つことすらできずに床を這いまわるシーン、あるいは東日本大震災の被災者名簿を見たあと深夜の公園で一人苦悩し風速10m、零下2℃の海辺に6時間佇み、さらに2日間全く寝ずに闇の中からやっとつかみ取った旋律が「ピアノのためのレクイエム」になったなどと紹介されたという。

佐村河内がこのたびの「詫状」において、「3年前は耳が聞こえていた」というから、NHKの取材のとき、彼は聴覚障害者のふりをしていたことになるのだが、これも不思議な話。前出の雑誌「AERA」は昨年6月の取材の過程で佐村河内の聴覚障害の演技を見破っていた。一方のNHKの密着取材ドキュメンタリーの取材過程では、佐村河内の聴覚障害の演技を見破れなかったということになる。

当のNHKは、2月5日のニュース番組中で「取材や制作の過程で、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした」と謝罪したというのだが、NHKの「謝罪」も怪しい。同一の対象を取材しながら、雑誌が見破れて、公共TV放送が見破れない、というのは合理性に欠ける。対象と接した時間は、TV取材=NHKのほうが、雑誌取材=AERAより長かったのではないか。NHKが嘘をついている――佐村河内は聴覚障害者ではないと知りながら、「音を失った作曲家」に仕立て上げた――可能性が高い。NHKの罪は重い。
 
「詫状」の狙いは何か
 
なぜ佐村河内はいまになって、深夜、「詫状」FAXをメディア業界にばらまいたのか。巷間言われているのは、“五輪報道でメディアが手一杯の時間帯を狙った”というもの。その可能性がないとは言えないが、この手の報道は一刻一秒を争うものではないので、“五輪説”は疑わしい。FAXの送付のタイミングに格別意味はないのではないか。

この「詫状」の狙いは何かと言えば、ずばり、刑事による立件の回避だろう。(聴覚障害の虚偽の申立てによる)障害者手帳不正取得は前の当コラムに書いたように、身体障害者福祉法違反の罪に問われ、六月以下の懲役または20万円以下の罰金が科される。立件されれば、当然、逮捕、拘留だ。起訴かどうか微妙なところだが、社会的影響を考えれば、起訴され、裁判で実刑判決が下される可能性もある。これも先述したが、ホリエモンが、罪状は異なるが、初犯で実刑判決を受け収監されたことを考えれば、佐村河内が塀の中に入ることも大いにあり得る。佐村河内はこの可能性をもっとも恐れたのではないか。だから、そうならないよう、手帳の返納を申し出たのではないか。願わくば、「お詫び」ですべて済まそうという魂胆が見え見えだ。

2014年2月9日日曜日

国際子ども図書館


浄名院(上野桜木)雪景色






「紙と布」

拙宅の目と鼻の先(谷中三崎坂・谷中霊園寄り)に、こんなお店がオープンしていた。

店主にうかがったところによると、先月の8月オープンだって。




@Yanaka

雪の谷中

足跡の先には

これがいた。


2014年2月8日土曜日

「佐村河内ゴーストライター事件」の深い闇

佐村河内守のゴーストライターとして名乗り出た新垣の会見内容は、筆者の直感にすぎないが、大筋で正しいのではないかと思う。だが、新垣はこの事件の発端にして核心部分について明言していない。また記者会見の席上、それについて質問した者は不在だったようだ。

ネットに記載された新垣の会見詳報によると、新垣が佐村河内に出会ったきっかけについての質問に、新垣は次のように回答している。

--佐村河内さんとの出会いのきっかけは

新垣:「彼(佐村河内氏)とは知人を介して紹介されてお会いしました。彼が映画の音楽を担当することになり、彼が必要とした『オーケストラのための音楽をできる人を探してほしい』という相談を受け、私のところに連絡が来ました。最初の出会いはそのようなものです」

会見詳報においては、新垣と佐村河内の出会いに係る質疑はそこで終わり、次の話題に移っているのだが、気の利いた人ならばここに当事件の核心が内在していることに気がつくはずだ。佐村河内と新垣を引き合わせた人物の存在にほかならない。文春の記事によれば、知人から依頼を受けたのは、新垣がようやく桐朋学園大学非常勤講師の職を手に入れた1996年のことだという。

新垣がいわゆる「知人」と称した人物――その「知人」は新垣を知り、かつ、佐村河内から彼の要望について相談されるほど、佐村河内に通じている者であろう。音大の講師を務める新垣の「知人」――しかも“オーケストラのための音楽ができる人”を探せる人物――なのだから、音楽業界者、音楽関係者である確率が極めて高い。結論を急げば、その「知人」が「現代のベートーベン・佐村河内守」を企画立案した者となるが、それは早急すぎる。企画立案者はほかにいて、「知人」は作曲ができる人間を探すことを託されたに過ぎないかもしれないし、そちらのほうが現実的だ。
 
筆者の推測は以下のとおりとなる――
 
企画立案者=Xは、健常者であるが音楽にはまったくの素人である佐村河内の容貌等から彼を「現代のベートーベン」に仕立て上げることを思いつく。まず、Xは佐村河内を聴覚障害者に仕立て上げるため、彼に身障者手帳を入手させる。聴覚障害者になりすますことは極めて容易だという。聴覚障害は自己申告が基本だからだ。
 
次にXは、佐村河内が音楽活動をしている実態を捏造する。このあたりでXが新垣以外の代作者を使った可能性もある(が、それを実証する時間はいまの筆者にはない)。聴覚障害者である佐村河内の音楽活動が音楽業界に及ぶようになってくるに従い、会見にあったように「オーケストラのための音楽を」という仕事の依頼が佐村河内にくるようになり、そこでXは、先の「知人」に依頼して新垣と佐村河内を引き合わせ、佐村河内に新垣が代作を引き受けてくれるよう説得させる。佐村河内の依頼を受けて代作を納品した新垣は、佐村河内の信任を得、以降、関係を続けるようになる・・・といった具合だ。
 
だから、「知人」を探し出して、「知人」から芋づる式に佐村河内の人脈を探りだせば、本件の全貌は明らかになる。もちろん、佐村河内に新垣を引き合わせた動機を詳しく聞き出せば、Xの存在もしくは非存在を含め、本件の核心が明らかになる。「知人」は佐村河内のこともよく知る人物であろうから、彼が聴覚障害者であるのかそうでないかも証言してくれるだろう。新垣そして「知人」が“佐村河内は聴覚障害者でない”と証言すれば、佐村河内は身障者手帳の不正取得で法の裁きを受けることになる。もちろん佐村河内の周辺の者、たとえば、彼と近い距離にいる家族が真実を話せば、ことの本質はもっと早く明らかになる。もっと手っ取り早いのは、佐村河内自身がすべてを話すことだが、いまの状況では難しかろう。佐村河内が法を犯した可能性が高いばかりか、民事で追い込まれることはまず間違いないからだ。
 
繰り返すが、筆者は佐村河内が単独で今回の事件を引き起こしたとは思っていない。本件を佐村河内と新垣の両者のみの関係に還元してしまえば、今回のペテンの全貌は闇に葬られる。このペテンを企画立案し実行した仕掛人=Xが必ずいるはずだ。
 
その者=Xは――
  1. 無名の佐村河内をどこからか見つけ出し、
  2. 彼を聴覚障害者に仕立て上げ(身障者手帳を入手させ)、
  3. 無名の音楽講師・新垣を引きずり込み音楽をつくらせ、
  4. 佐村河内に聴覚障害の演技を仕込み「現代のベートーベン」と偶像化し、
  5. 「聴覚障害の音楽家」という物語を餌に、NHKを筆頭とした間抜けなメディアを味方につけ、
  6. メディアに無料で広告宣伝(パブリシティー)をさせ、
  7. 善意の大衆の同情を買い、
  8. CD販売やコンサート興行で大衆から金銭を巻き上げ、
  9. 大儲けをした
――のだ。

そればかりではない。Xは、佐村河内が被爆二世であるという生い立ちを利用し「被曝」を商品化(『交響曲第1番《HIROSHIMA》』)し、東日本大震災被災者をも騙し(東日本大震災の被災者へ向けたピアノ曲「レクイエム」)、大儲けをしたのだ。

佐村河内の罪も重いが、仕掛人(がいるとしたらその者=X)の罪も変わらないくらい重い。法の裁きを受けてほしい。

2014年2月7日金曜日

佐村河内守は詐欺罪、身体障害者福祉法違反だ

聴力を失った作曲家として知られ、「現代のベートーベン」とも呼ばれる佐村河内守の楽曲が、実は別の人物が作曲したものだったことが明らかになった。この件を便宜上「佐村河内ゴーストライター事件」と称しておこう。それを受けて、当のゴーストライター(桐朋学園大非常勤講師・新垣隆)が会見を開き、これまでの佐村河内との関係を明らかにした。

佐村河内の聴力は健常者と変わらない

会見で新垣は概ね以下のことがらを告発した。

  • 佐村河内はこれまで聴力を失いながらも全ての曲を自身が作曲したとしてきたが、18年前から佐村河内が新垣に楽曲の構成やイメージを伝え、実際の作曲は、新垣が行っていたこと
  • 佐村河内は聴力障害者だとされてきたが新垣は、彼の聴力は健常者と変わらないこと
  • 新垣は代作の報酬としていくばくかの金銭を佐村河内から受け取っていたこと
佐村河内の代表曲というのは、広島の被爆者への鎮魂の曲「交響曲第一番 HIROSHIMA」や、ソチオリンピックで男子フィギュアスケートの高橋大輔選手が競技に使用する予定の楽曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」などがあるというが、この手の楽曲にまるで興味のない筆者はこれらの曲を聴いたことがない。そもそも佐村河内の存在すら知らなかった。たとえ知っていたとしても筆者はこの手の楽曲を評価する力量がないから、佐村河内の音楽家としての実力を云々することはできなかっただろうが。

身障者手帳不正取得は身体障害者福祉法違反の罪

佐村河内側は代理人(弁護士)をたて、すでにゴーストライターの存在を認めており、佐村河内が実際に作曲をしていないことを認め、謝罪をしている。ところが、新垣の会見を受けた佐村河内の代理人(弁護士)は、「(代理人自身が)佐村河内の身体障害者手帳を実際に見ている」と反論したというが、佐村河内の体調不良を理由として、本人が会見を開く予定はないとしている。

筆者が興味をもったのは、佐村河内が身障者手帳を取得し、自らを聴覚障害者としていたことだ。佐村河内の聴力については手帳をもっているという客観的事実からいえば、いまの段階では佐村河内のほうが正しいのだが、彼と接触していた新垣が健常者と変わらないと証言している以上、佐村河内が不正に手帳を取得した可能性の方が高い。なぜならば、新垣が会見で嘘を言う理由がないからだ。新垣は自分がゴーストライターであることを認め、真実を明らかにしようとして公の場に登壇した。そこで重ねて虚偽の発言をする理由が見つからない。新垣が佐村河内と接触したままを偽りなく会見の場で明らかにした、と考えたほうが自然だろう。

よって筆者は、佐村河内が不正に手帳を取得したもの推測する。手帳の不正取得は、身体障害者福祉法違反の罪に問われ、六月以下の懲役または20万円以下の罰金が科される。佐村河内の代理人は、佐村河内が手帳をもっているかどうかではなく、彼が聴覚障害者なのかそうでないのかを、明らかにすべきではないか。

TVに出演したヤメ検弁護士さんによると、佐村河内が問われる罪は、刑事における詐欺罪、民事における諸々の損害賠償責任であるという。さらに、身障者手帳の不正取得による身体障害者福祉法違反も問われるべきだろう。

ハンディキャップを装うことの大罪

さはさりながら、なんと醜い事件だろうか。被爆二世、聴力障害というハンディキャップを装い、それを売り物にしたペテン師・佐村河内守――実際は、自身が作曲する能力を持たないうえに、聴力障害を装って身障者手帳を不正取得した疑いすらある。この事件はうやむやにすべきではない。あのホリエモンが塀の中に収監されたのだから、佐村河内も自身の犯した罪を悔い改めるまで、きちんと勤めを果たしてほしいものだ。

家族はなぜ、不正を糺さなかったのか

次なる疑問は、佐村河内のペテンを周囲が見抜けなかったのかどうか――まず家族の存在。彼の最も身近にいる家族が佐村河内の不正を糺すべきではなかったか。

第二に彼が所属するプロダクション及び音楽業界関係者。佐村河内が聴力障害なのかどうか、音楽家としての実力はどうなのか。告発者によると、ピアノの技術は初心者レベル、楽譜も書けない者を「現代のベートーベン」と崇めた(というか売り出そうと考えた)のは、所属するプロダクションとレコード会社ではなかったのか。

第三にマスメディア業界。NHKTVは佐村河内の特集番組を制作・放映したという(筆者はその番組を見ていないのだが)。取材した担当ディレクターが佐村河内の音楽的力量及び聴覚障害の程度について、疑問を感じなかったのか。NHKは、取材対象を把握せず、はなから「現代のベートーベン」という物語をつくりたいと考え、思い通りの絵がとれたことをもって自己満足したのではないか。NHKは対象の実相についての検証を怠り、製作側の先入観を満たした映像を垂れ流したのではないか。TV業界に限らず、日本のメディア業者はレッテルを貼ることに熱心で、対象の実相に迫ることを怠る場合が多い。この件も、芸能プロ、音楽業界及びメディア業界が共作した偽装事件である可能性が高い。

本件は犯罪としての立件が望ましい

この事件が明らかになってもなお、「良ければだれがつくろうと関係ないじゃないか」――と、不正を見逃そうとする俗論がメディアにおいて支配的だ。おそらく、佐村河内と共犯関係にあるTV業界が意図的に流しているに違いない。

音楽的価値というのは相対的なものだ。音程の外れた歌手の楽曲のほうが、レコードがよく売れた、という話も音楽業界にはあるらしい。ところで一般に、身障者の作品には同情的な購買意欲が働く。パラリンピックという競技大会がある。身障者が陸上競技や水泳等の競技を行うのだが、その記録はもちろん健常者のものには劣るが、この大会の参加者に対しては、健常者以上の敬意が払われる。健常者の記録には劣るとはいえ、健常者以上の驚きと称賛が集まる。そのことはきわめて自然なことだ。

だから、佐村河内が聴力障害者でありながら作曲をしたという前提に対して、消費者は尊敬・敬意・驚きの感情を付加して、彼の作品を評価した。このことは、消費者が愚かなのではない。だから、佐村河内が聴力障害者でなかったことや、ゴーストライターの作であったことが明らかになった時点で、彼に裏切られたと感じることは当然のことだ。また、そう感ずることが身障者を貶めることにはならないし、健常者の“上から目線”でもなんでもない。

繰り返すが、今日、音楽に限らず、商品(作品)の価値は相対的なものだ。その商品(作品)を良しとする根拠・基準は見出しにくい。時代背景もあるし、このたびのように生産者(アーチスト)の属性に左右される場合もある。評論家、鑑定者といった専門家の評価に大衆が左右されることも少なくない。広告宣伝の力も無視できない。

それだけに、商品(作品)を提供する側には、偽装・不正・虚偽を防止するための規制や法体系が構築されていなければならないのだが、日本の場合、サプリメント商品に係る表示違反事件や外食産業の偽装表示事件にみられるように、規制はきわめて不備なままで、無法状態に近い。いわば提供者のなすがままに近い。消費者は守られていないのだ。

本件の場合、商品(作品)の提供者/制作者側の虚偽・不正が誰の目からも明らかになってきている。よって、商品(作品)提供者の非を法的に追求し、提供者の罪を厳しく問う必要がある。謝罪で済まされる問題ではない。

(文中敬称略)

2014年2月2日日曜日

2月

猫の体重測定から。

Zazie=4.4㎏(前月比-300g)、Nico=5.8㎏(同-400g)。

二匹ともかなり多重が減った。

このあたりで落ち着いてくれるといいな。

2014年1月24日金曜日

蛇道のF9

谷中 蛇道にあるF9というカフェでランチのハーフカレー。

前菜・サラダ、そして、デザート・コーヒーがついて1000円はリーズナブル。


谷中天王寺の庭で昼寝する大猫。

近づいても目を覚まさない。


根岸の里の・・・

下町 ブームの今日この頃にあって、あまり注目されないのが根岸(東京・台東区)。

俳句を小ばかにしたジョークの一つに、○○○根岸の里のわび住まい というのがある。

○○○のところに季語を入れればいっぱしの俳句になるというわけだ。

たとえば今頃なら――初雪や根岸の里のわび住まい

夏ならば――夕立ちや根岸の里のわび住まい

それくらい根岸という地名には、わびさびが似合う。

しかし、この界隈は残念なことに東京の中でも有名なラブホテル街として発展してしまって、
わびさびを伝える風情が残っていない。まちづくりの失敗である。

その結果、観光地としては、谷根千地域にに大きく差をつけられてしまった。

(1)三平堂
昭和が生んだ三人の天才の一人・林家三平の実家。
ちなみに残りの二人は、長嶋茂雄と美空ひばり。

 
 
(2)子規庵 
正岡子規が住んだ家
接道が狭くてIphone だとうまく撮影できない。
 
 

2014年1月17日金曜日

コロンブスの卵



Hagisoのキーマカレー(ランチセット)

@Yanaka