2022年2月18日金曜日
うんざり五輪
プーチン大統領はシドニー五輪選手団の壮行会で「スポーツでの勝利は100の政治スローガンよりも国民を団結させる」と述べているという。いまどき国民を団結させてやることといえば、戦争ぐらいしか思いつかない。
専制政治家の五輪利用
スポーツは勝ち負け、すなわち白黒がはっきりしている。あいまいで混沌とした現実の社会現象よりは結果が頭に入りやすい。専制的政治家がポピュリズムによって支持を得るように。すなわち、スポーツが強い国はよい国、そして世界のなかで優越的な地位にいる国、あなたはその一員なんだよ、そして僕がその強い国のリーダーなんだよ、という展開にもっていく。自国の選手が五輪でメダルを取るということは、自国が強い国であり、運動音痴の人間でも、メダルをとった選手と一体化する。専制的政治家にとって、スポーツは都合の良いツールなのだ。
このことに最初に気づいたのは、20世紀、ナチスドイツだったのではないか。ナチスドイツは五輪を首都ベルリンで開催し、同時に、当時の先端的メディアであった映像を駆使して、自国のスポーツ選手の肉体美を強者、優越者、支配者として国民に提示した。アーリア民族という幻想の共同体をつくりあげる一助とした。そればかりではない。五輪が人種差別を促進した。五輪開催にあわせて、ベルリン(周辺部を含む)にいたロマは強制収容所に入れられた。五輪の直後からユダヤ人狩りが激しさを増した。なお、2020東京大会においても、都心のホームレスが公園等から排除された。
祝賀型資本主義と五輪ーーメディア産業が五輪開催を推進
五輪を契機とした祝賀型資本主義によって、経済の底上げ効果が期待されるようになった。競技場に代表されるハコモノ建設、道路整備、観光客目当てのホテル建設、競技場周辺における都市計画の規制緩和などなど、経済界が五輪景気に期待する。
併せてメディア業界、とりわけテレビ業界は五輪中継及びその関連番組の視聴率が高いこと、及び、広告収入増の観点から、広告代理業者と結託して、五輪開催推進勢力となった。その結果、専制的国家とマスメディアは五輪推進において共同戦線を張るに至った。
アメリカの場合、全国3大ネットワークのうち、NBCしか五輪放映権をもっていないから、CBS、ABCのライブ中継はない。ところが日本の場合、五輪開催中、地上波の過半が特別編成で競技中継番組を流す。地上波、BSあわせて数局が五輪のライブ中継をし、加えて、ニュース番組、情報番組、特別番組、スポーツニュース番組などで五輪関連番組が放映される。五輪に興味がない人間はテレビを消す時間が長くなる。 ナショナリズムを高揚させたい政治家、そして、祝賀型資本主義で恩恵を受ける建設業者、不動産業者、メディア業者等のための五輪にはもう、うんざりだ。
2022年2月15日火曜日
疑惑の人、阪神矢野監督、シーズン前に自ら退任を公表
2月中旬に差し掛かり、NPB(日本プロ野球)各球団のキャンプは佳境に入りつつある。紅白試合から他球団との練習試合も開催されている。しかしながら、各球団にコロナ感染者が続出し、順調な船出とはいかない。
キャンプイン初日、阪神矢野監督、異例の今季限りでの退任を自ら公表
今年のキャンプで異例とも思えたのが、阪神タイガース矢野監督が、キャンプイン初日に自ら今シーズン限りでの退任を公表したことだ。指揮官が戦う前に退任を選手、ファンに公言するのは珍しい。筆者の記憶にはない。良いことか悪いことかと問われれば、もちろん、悪い。その理由は、指揮官は結果に責任を負うのであって、任期を自ら定めるものではないからだ。趣味で監督の仕事をやっているのならば、それもよかろう。しかしかりにも、阪神タイガースがシーズン途中、泥沼にはまって負け続けたときはどうなのか。そのときは辞めるしかあるまい。すなわち、プロの指揮官が自ら任期を限る意味はまったくない。辞める監督の指揮下でプレーする選手の気持ちも考えていない。この人の言動はとにかく軽すぎる。思慮に欠けるのだ。
2021シーズン、阪神のサイン盗み疑惑発生
矢野監督は疑惑の渦中の人だ。昨シーズン、サイン盗みの疑いでヤクルト村上が抗議をした。2021年7月6日の出来事だった。村上の抗議に対して矢野は村上に対して、いかにも野卑な表現で否定した。コミッショナーもヤクルト側の抗議を無視して、事態はうやむやのままシーズンを終えた。しかし、阪神は抗議を受けたヤクルトに優勝をさらわれ、2位でペナントレースを終え、クライマックスシリーズでも3位の読売に負けてシーズンを終えている。 矢野が村上に謝罪したとは聞いていない。
物的証拠はないが状況的「証拠」はある
サイン盗みがあったのかなかったのかは筆者にはわからない。ただ、「状況的証拠」はある。阪神の2021打撃成績を調べると、開幕から6月まで(すなわち抗議のあった7月前までの3・4月、5月、6月の71試合)の月間本塁打数合計は70本であったのに対し、7月から10月までの72試合における本塁打数合計は51本と大幅に減少している。勝率については、シーズン開始から7月6日までが45勝32敗3分、.584。それ以降は32勝28敗7分、.533とこれまた落としている。貯金(いわゆる価値と負けの差)は13から4とこれまた大幅減である。 阪神タイガースの成績は、ヤクルト村上が抗議を発した7月6日をもって下降したのである。
「驚異の新人」だった佐藤輝明の成績
シーズン途中、新人王候補間違いなしと呼ばれた佐藤輝明の成績を見てみよう。前出と同じように、サイン盗みの抗議のあった7月以前とそれ以降の比較である。3月から6月までが278打席73安打、.262、7月から10月までが167打数、28安打、.168の低率である。本塁打数は19本から5本と大幅減となっている。
新人選手の成績であるから、他球団の投手が研究したことで成績が下がったという理屈は成り立つ。佐藤がサイン盗みをしたから成績が良かったと断言できるわけではない。その証拠がないのである。阪神タイガースも佐藤輝明も、裁判でいうところの推定無罪である。しかしながら、これだけは言えるのである--阪神タイガーズ、矢野監督、そして全選手がサイン盗みの疑惑を実績で払しょくできなかったと。
2022シーズン、阪神のみならず、全球団、フェアプレイに徹してほしい。
2022年2月12日土曜日
『幻の村-哀史・満蒙開拓』
●手塚孝典〔著〕●早稲田新書 ●990円
本書の章立ては以下のとおりである。
第一章 沈黙の村
長野県河野村の満蒙開拓団の悲劇に係る記述。
第二章 忘れられた少年たち
長野県山ノ内町の満蒙開拓青少年義勇軍の悲劇を伝える。数えで16~19歳の青少年たちが、敗戦間近、関東軍撤退後のソ連国境地帯の軍事的空白地帯に送り込まれ、侵攻してきたソ連軍に追われ、逃亡中及び収容所で非業の死を遂げた実態が示される。
第三章 帰郷の果て
第四章 ふたつの祖国に生きる
ともに中国残留孤児問題への論及。開拓団家族はソ連軍の侵攻から逃亡する途中、せめて幼い子供だけは生き延びてほしいと、中国人に子供を預けた。戦後、その子供達が成人し、祖国日本への帰還を希望したのだが、帰還はそう簡単ではなかった。言葉、生活習慣、日本社会の排他性など、帰還した残留孤児たちの日本での生活は厳しかった。2002年に始まった、残留孤児による国家賠償請求訴訟の裁判では帰国した残留日本人の9割(2,211人)が原告となった。長野県では2004年、79人が原告となった。
第五章 幻の村
第一章で登場した河野村において満蒙開拓を推進した当時の河野村村長・胡桃澤盛(くるみざわ・もり)の日記を中心にして、満蒙開拓がいかに推進されたかが詳細に示される。と同時に、戦後、自分が送り出した開拓団の悲惨な結果(73名が集団自決)を知らされた胡桃澤盛が自死を選択した経緯等が示される。
日記
第五章の胡桃沢盛の日記を読むと、盛のそう長くない人生のなかに〈1930年代〉が凝縮されていることにはっとさせられる。と同時に、盛の歩んだ進路と日本帝国がアジア太平洋戦争に邁進した過程がぴたりと重なり合っていることに驚愕する。 21世紀に生きる「われわれ」は、彼の日記により、取り返しのつかない破綻、破滅、悲劇を同時代のように追体験する。満蒙開拓は、日本の近現代史を考える者に重い課題を突き付ける。
さて、長野県は全国中、満蒙開拓団を最も多く送り出した。
開拓民総数は27万人余り。うち長野県は3万3000人と全国一の多さで、さらにその4分の1の8400人が飯田・下伊那郡からであった。この地域から長野県の4分の1以上の渡満者が出ているのは特筆に値する。2013年4月、日本で唯一の「満蒙開拓」に特化した記念館が、長野県阿智村に開館している。(『論文「全国一の開拓民を送り出した長野県」 満蒙開拓平和記念館―戦争と自治体―/自治問題研究所)』
当時、河野村がある長野県下伊那郡は全国で有数の生糸の生産地帯であった。ところが世界大恐慌の影響で対米輸出が大幅に減少し、同郡の農村の経済の疲弊が進んだ。そんな状況下、日本帝国政府が出した農村政策が皇国農村である。同閣議決定には満蒙開拓には一切触れていない。だが、よく読むと、そこに〈分村〉という二文字がある。 皇国農村という国策にそって、満蒙開拓移民はたくみに誘導され、かの地にわたっていったのである。
胡桃澤盛の自死と日本の戦争の時代
敗戦から1年近くが経過した1946年、盛のもとに、盛が満州へ送り出した河野村開拓団の悲報が次々と届けられるようになる。そして盛は、同年、自ら命を絶った。日記の最後のページは破られていて、そこには遺書があったとみられているが、誰が破ったかもその行方もわからないという。だが、当時の新聞がそこにあった最後の言葉を伝えていた。
胡桃澤盛の日記は、青春時代、大正デモクラシーを享受した長野の自由人が、1930年代、満州事変から始まった中国侵略戦争・アジア太平洋戦争へと進んでいく日本帝国の動きに同期していく過程を描きだしたものである。それは日本帝国の総力戦に向けた〈革新派〉の動きに、個が否応なくからめとられていく過程でもある。それを換言すれば、明治維新から始まった文明開化、すなわち、日本帝国の近代化の末路であり、日本浪曼派が嫌悪した日本型「近代」の終焉にほかならない。
いまを生きるすべての日本人は、自由人がいとも簡単に、軍国ファシズムに従順なる者に変容してしまった事実を見定め、かつ、敗戦間近に村人を満蒙に移住させてしまう不条理を考え続ける必要がある。20世紀の戦争、すなわち総力戦とは、国民一人一人が加害者であり被害者であることを強いるものであったことを忘れてはいけない。
あったことを記録するのが歴史の第一歩である。後年の者が「歴史戦」などとほざくのは論外である。歴史は修正されてはならない。胡桃澤盛の日記がそのことを如実に語っているではないか。
2022年1月11日火曜日
『人新生の「資本論」』
●斉藤幸平〔著〕 ●集英社新書 ●1200円+税
2019年新書大賞を受賞した話題の本である。最近、著者の斉藤幸平はマスメディアにしばしば登場するようになり、情況的発言も目に付くようになった。
危機論型革命論
本書を一口で評するならば、危機論型「マルクス主義」革命論ということになる。19世紀ドイツ、ベルンシュタインに批判された窮乏化論、20世紀日本、革命的共産主義者同盟革マル派に批判された岩田弘の世界資本主義危機論とほぼ同型である。本書の場合、経済危機が、気候変動・生態学的変化――地球環境危機に置き換えられているにすぎない。このまま資本主義を継続すれば、地球、そして人類が滅亡する、その素因は資本主義そのものにある、だから資本主義に代わる経済体制を目指さなければならないと。世界の終わり、終末を煽って世直しを訴える論法である。
マルクスの権威に依拠
もう一つ気になったのは、晩期マルクスに依拠して、持論を権威づけようとする傾向である。晩期マルクスがエコロジーや植民地に関心を示していたという「発見」については興味深いが、その「発見」を検証する能力は筆者にはない。だが、マルクスがその方向に舵を切らず、体系的論考を残さなかったのは歴史的事実であり、だから、どうしてそうなってしまったのか、という問いを設けることはできる。その解として、①マルクスにその時間が残されていなかったから、②マルクスが敢えて論の構築を放棄したから――という二通りの推論が考えつく。筆者は②だと思う。その理由は、マルクスにとって、革命主体はあくまでもプロレタリアでなければならなかったからである。地球環境危機の元凶がブルジョワであるという立論を前面に出せば、『資本論』の書き換えが必要となるし、奴隷的労働を強いられている植民地民衆と19世紀欧州のプロレタリアとを連帯させる思想的環の論理づけも必要となる。晩期マルクスがエコロジー等に関心を示していたのだから、地球環境危機を救うには人類が資本主義を捨てるしかない、そのことが正統的マルクス主義革命論なのだ、という方向づけはマルクスを介した「後だしジャンケン」で、勝ちを宣言するようなものだ。
繰り返すが、晩期マルクスがエコロジー及び植民地に関心を示していた文献の「発見」は、マルクス研究における偉業であるとしても、マルクス主義はマルクスが世に出した研究結果をもって評価すべきであり、世に出さなかった関心事は、マルクスの限界として抑えるべきである。そのような学問的態度が、「21世紀の〈共産主義〉」、「人新生の〈共産主義〉」であり、マルクスの遺志の継承のあるべき姿のように思う。
人新生という本題への疑問
筆者は、本題にある「人新生」という用語がなじまない。著者(斉藤幸平)は「人新生」について、《人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新生(Anthropocene)」と名付けた。(P4)》及び《「人新生」とは、資本主義が生みだした人工物、つまり負荷や矛盾が地球を覆った時代(P364)》という説明をしているにすぎない。浅学の筆者はやむなく、Wikipediaにて、その説明を読んでみた。
人新世(じんしんせい、ひとしんせい、英: Anthropocene)とは、人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている、地質時代における現代を含む区分である。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらが2000年にAnthropocene(ギリシャ語に由来し、「人間の新たな時代」の意)を提唱し、国際地質科学連合で2009年に人新世作業部会が設置された。和訳名は人新世のほかに新人世(しんじんせい)や人類新世がある。人新世の特徴は、地球温暖化などの気候変動、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などがあり、人類の活動が原因とされる。
人新世という用語は、科学的な文脈で非公式に使用されており、正式な地質年代とするかについて議論が続いている。人新世の開始年代は様々な提案があり、12,000年前の農耕革命を始まりとするものから、1960年代以降という遅い時期を始まりとする意見まで幅がある。人新世の最も若い年代、特に第二次世界大戦後は社会経済や地球環境の変動が劇的に増加しており、この時期はグレート・アクセラレーション(大加速)と呼ばれる。
Wikipediaの説明を信じるならば、「人新生」という地質年代の開始については一万年以上の幅があり、科学的には正式には確定していない。
ヒトの歴史の始まりは、約20万~ 19万年前に ホモ・サピエンス(現在のヒト)がアフリカに出現し、約10万年前、その一部がアフリカを脱し、ユーラシア各地への移動を開始し、やがて世界各地に拡がったという説が最初だとされる。一つの類もしくは種が地球全体に分布できたということが、ヒトをして地球を制覇しえた素因である。そして有史時代が開始されたのである。
ヒトは地球に対してさまざまな働きかけをし、地球環境を毀損し続けて今日(こんにち)に至っている。ヒトによる非調和的狩猟採集、農耕、遊牧と移動手段としての馬の獲得、灌漑工事、ムラ、都市、クニ、帝国の誕生と階級の発生。地続きのユーラシアと、孤立した南北アメリカ及びオセアニアとのあいだの不均等発展、大航海時代(大帆船と海路の拡張)、植民地経営、搾取、モノカルチャー、奴隷売買、資源の掠奪。そして17~18世紀西欧における化石燃料(石炭を使用した蒸気機関の発明及び石油使用)によるエネルギー革命と、15世紀の印刷機の発明による情報化時代の到来もグレート・アクセラレーションの基礎をなした。18~19世紀の産業革命と資本主義経済の開始によって、地球環境の毀損の具合は決定的に悪化した。人新生の始まりはヒトの誕生か、農耕・遊牧の開始か、大航海時代か、産業革命(エネルギー革命)か・・・定かではないにもかかわらず、本題に〈人新生〉を付けてしまうということはきわめて乱暴な所作だと思える。本書の内容から本題に相応しいものとしては、〈晩期マルクスと脱成長コミュニズム〉くらいではないか。
本書キーワード、外部化(不可視化)
著者(斉藤幸平)の視点を整理してみる。第一の視点は、外部化(不可視化)である。現在の先進資本主義国家は、生態学的帝国主義によりグローバル・サウス(主に南の発展途上国)に資本主義的矛盾を外部化(不可視化)することによって、帝国主義的生活様式を維持しているというもの。この視点はウォーラースティンの「世界システム論」の援用により以下のように深化される。《ウォーラースティンの見立てでは、資本主義は「中核」と「周辺」で構成されている。グローバル・サウスという周辺部から廉価な労働力を搾取し、その生産物を買い叩くことで、中核部はより大きな利潤を上げてきた。労働力の「不等価交換」によって、先進国の「過剰発展」と周辺部の「過小発展」を引き起こしていると、ウォーラースティンは考えたのだった(P30)》。著者(斉藤幸平)はウォーラースティンの中核部と周辺部におけるギャップについて、それを資本主義の片側(人間の労働力)しか扱ってこなかったと批判し、もう一方の本質的側面として地球環境を挙げる。《資本主義による収奪の対象は周辺部の労働力だけではなく、地球環境全体なのだ。資源、エネルギー、食料も先進国との「不等価交換」によってグローバル・サウスから奪われていくのである。人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる掠奪の対象とみなす。このことが本書の基本的主張のひとつをなす(P32)》。
著者(斉藤幸平)の外部化(不可視化)という指摘は大変重要なキーワードである。外部化は、先進国によるグローバル・サウスを対象としたものだけではない。先進国、たとえば日本においては、沖縄という地域は内地から外部化されている。また、日本社会のなかでもエッセンシャルワーカーや派遣社員、在日の人々、外国人実習生らは外部化されている。
外部化はマスメディアが報道しないから起こるのではない。われわれ自身の内部が不都合な真実に目をつぶるのである。著者(斉藤幸平)は《「外部化社会」として先進国を糾弾するレーセニッヒによれば、・・・「どこか遠く」の人々や自然環境に負荷を転嫁し、その真の費用を不払いにすることこそが、私たちの豊かな生活の条件なのである(P33》と書いている。
ただ、外部化という重要な視点は、第1章~第3章まで一貫した流れとして読めるのだが、第4章〈「人新生」のマルクス〉を挟んで、第5章~第7章と非連続的である。そこをつなぐのが、第4章なのだろうけれど、違和感を覚える。その理由は前出の通り、晩期マルクスのエコロジーに対する関心の「発見」が、持論の権威付けになっているからである。
新自由主義と地球環境危機
地球環境危機を克服する方法論は概ね次の3つである。第一は、新自由主義を信奉する人々の立場で、市場がすべてを解決するという主張である。本書に登場するナオミ・クラインはトランプ前大統領を批判した書において次のように書いている。
新自由主義を信奉して経済を運営し、その価値観で社会をリードしたいトランプ政権にとって、地球温暖化に始まる地球環境問題は最大のネックである。トランプ政権が前出のとおり、化石燃料産業を代表とする面々により構成されていることは既にみた。地球温暖化対策としての二酸化炭素排出量規制は彼ら利益を損なうが故という面も否定できない。それもそうなのだが、「気候変動は現代の保守主義(新自由主義)が足場にするイデオロギーを粉々に打ち砕いてしまうのだ。気候危機が現実のものだと認めることは、新自由主義の終わりを認めることになる」(『Noでは足りない―トランプ・ショックに対処する方法』P98)
筋金入りの保守派が気候変動を否定するのは、気候変動対策によって脅威にさらされる莫大な富を守ろうとするだけではない。彼らは、それよりももっと大切なもの――新自由主義というイデオロギー・プロジェクト――を守ろうとしているのだ。すなわち、市場は常に正しく、規制は常に間違いで、民間は善であり公共は悪、公共サービスを支える税金は最悪だとする考え方である。(同書/P96)
新自由主義は市場原理主義とも言われる。市場がすべてを善に向けて解決するのだから、市場に公共(政府等)が関与すべきでないとする。かつて公害問題が発生した時代に「外部不経済」と呼ばれたものだ。先進国では、公害が市場原理によって解決されたと経験的に語られるかもしれないが、公害は発展途上国や国内の過疎地・僻地に「外部化」されたのであって、根本的解決に至ってはいない。先進国がいまのその過疎地・僻地で経験し、グローバル・サウスにおいてはすべての民衆が経験している公害問題こそ、地球環境危機の最たるものである。
第二は、本書にもあるように、暴走する資本主義を公的機関(政府、国際機関等)が統制、規制することにより、地球環境の決定的危機到来を遅らせ、新たな技術革新の登場をまち、いずれ科学技術の力でそれを克服しようという立場である。その具体的現れが、アメリカ民主党政権により息を吹き返した国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)及び京都議定書第11回締約国会合(COP/MOP11)である。
そして第三が、本書のとおり資本主義に代わる経済・社会・政治のシステムを構築する以外に道はないとする立場である。だが、地球環境危機を救うために自然エネルギーに漸次切り替えることはそうたやすくはない。大きく厚く高い壁となるのは本書では触れられていない軍事問題ではないか。自然エネルギーへの移行の途中で取り返しのつかない軍事的衝突があったとき、旧エネルギーである化石燃料を独占した勢力が圧倒的武力で地球を支配するというような、まるで映画『マッドマックス』が描いたようなデストピアの出現を許してしまう可能性もある。
革命主体の形成が最重要課題
けっきょく最後に行き着く先は、地球人全員がエコロジカル・マルキストとしての自覚を得るまで布教運動を続けるという「人間革命」の道か、それとも、かつてレーニンが立案・実行し、後継者であるスターリン、毛沢東、ポルポト、鄧小平、習近平らが実践したプロレタリア独裁ならぬエコロジカル・マルキシズム独裁を過渡的に強権的に実行し、エコロジーに敵対する勢力を殲滅するまで弾圧する道の2つである。この2つは20世紀、人類が歩んだ悲惨な道だった。
2021年12月31日金曜日
2021年12月24日金曜日
2021年12月16日木曜日
2021年12月11日土曜日
中国の「民主主義サミット」批判と日本共産党
2021年12月10日金曜日
労働者に敵対する芳野友子連合会長
連合が日共を排除する理由はなにか
連合が日共を排除するのは、①労農派↔講座派の対立まで遡るのか、それとも、②反共を任じて総評に反旗を翻した同盟のDNAを引き摺るためか。いやいや、③大企業の利益擁護を第一として、全労働者の抵抗・団結を阻害する自公補完集団である故なのか。③だとするならば、立民・共産の共闘は自公政権にとってプラスではないから、日共排除は連合の一丁目一番地の「政策」に違いない。立民に圧力をかけて、「おまえら余計なことしないで、おとなしくしとれ」ということになる。
立民議員が恐れているのは、連合の支援なしで落選してしまうこと。立民議員が気楽な野党業の職を失えば、莫大な議員報酬を失うしテレビにも出られなくなる。いわば野良犬である。立民が連合のいいなりで、飼い犬みたいな存在だとすれば、健全な野党とは言えない。
芳野友子は反共・旧同盟系労組出身
芳野友子の出身母体は全金労だ。同労組は六産別の一つで、反共・労使協調路線を掲げたナショナルセンターである旧同盟を構成した労働組合の一つ。そこから成り上がったのなら、筋金入りの反共主義者かもしれない。
旧同盟の労働者観は階級としてのプロレタリアを否定し、会社という家族のなか、社長(経営者)は親、使用人(労働者)は子という戦前の労使観で貫かれている。この労使構造は日本帝国における、天皇が親で臣民は赤子(せきし)という国家像を企業像に置き換えたにすぎない。
立憲左派排除、新民主党結党を指示か
芳野友子が描く日本の政治の構図としては、立憲内左派を排除して立憲右派・中間派と国民を合併させて「新民主党」とし、野党共闘を白紙にして、日本共産党、れいわ新選組を排除し、「新民主党」と維新を協調関係にもっていき、小選挙区で自公が安定的に勝ち続ける政治状況をつくり上げること。ちょっと前の「女帝の党」の再現だろう。なお、連合の支援で「新民主党」議員の議席はこれまでどおり確保される。
維新と連携して大政翼賛体制へまっしぐら
このような政治状況は、言うまでもなく、治安維持法なき大政翼賛体制であり、労使関係においては、労働三法を改正なしで骨抜きにする労働運動の全否定だ。芳野友子は労働者のストライキを自主規制させ、時間外手当等の賃金削減を労働者に弾圧なしで容認させ、非正規労働者を増やして景気次第で自由にクビにする強権的労使関係を合法的に推進する、いわば、「円満」な労使関係を経団連等に差し出すつもりだ。いや、もうすでに差し出していて、さらに強化するつもりかもしれない。その見返りは、連合に加盟している労働者を「勝ち組」として経営者様に守っていただくこと。
そして芳野友子は、政府の「新しい資本主義」のメンバーに名を連ねた。労働者を資本の側に売り渡すためでなくてなんであろう。おそろしいデストピアが、すぐそこまできているような気がする。
2021年12月3日金曜日
消えたDH論争 日本シリーズ覇者はヤクルト
2021NPB(日本プロ野球)日本シリーズはヤクルトが4勝2敗でオリックスを撃破し、日本一に輝いた。昨年、一昨年の日本シリーズは読売巨人がソフトバンクに2年連続で1勝もできずに敗退したことに比べ、今年の6試合はともに接戦で、中身の濃い試合ばかりだった。シリーズの詳細はメディア等で報じられた後なのでここでは書かない。注目すべきは、昨年議論されたDH論争が影を潜めたことだ。9人制のセ・リーグの覇者ヤクルトがDH制を採用するオリックスに勝ったのだから、昨年のDH論争の虚しさが確認されたようなものだ。
昨年、DH論争が沸き上がったのは、読売巨人が2年連続でソフトバンクに負たからだ。そしてその責任追及から逃れるため、敗軍の将・原があたかもDH制度がないから自軍が負けたかのようにメディアを誘導したからだ。こんな簡単な偽りのロジックに乗っかったスポーツメディアのあほさ加減についてはここでは書かない。筆者はMLBのア・リーグとナ・リーグのワールドシリーズの勝敗データを挙げて拙Blogで反論したのだが、メディアでは原の誘導に乗せられて、まじめにセ・リーグでもDH制採用をと声高に叫んでいたことを覚えている。
では、なぜ、読売巨人がソフトバンクに2年連続0勝4敗で撃破されたのか――その答えは簡単で、当時のソフトバンクが読売巨人より断然強かったからだ。ソフトバンクの強さの秘密はDH制度ではなく、優秀な選手がそれぞれ、実力の頂点に差し掛かる時期だったからだ。千賀、和田、竹田、モイネロ、森、石川、甲斐、松田、周東、今宮、柳田、中村、グラシアル、デスパイネ、牧原、・・・2021シーズンではソフトバンクの選手のうち何人かが故障し、同じく衰退期にさしかかり、Bクラスに沈んだ。そうそう連覇はできない。昭和の時代の読売巨人の9連覇はドラフトなしで、しかも他球団が球団経営に熱心でない時代だったから可能だった。それだけの話。
セ・リーグが9人制、パ・リーグが10人(DH)制の変則ルールの野球は奇妙なスポーツだ。サッカーもコロナ禍、交代要員が従来の3人から5人に変更されたり、延長戦に限り4人になったりの変更はあるが、少なくとも世界大会では統一のルールの下で運営されている。野球の世界大会ではDH制が一般的で、管見のかぎりだが、9人制が採用された国際大会はないはずだ。時代はDH制に傾いているのだから、NPBもいまさらMLBの真似をしないで、DH制に統一したほうがいいと筆者は思う。もっとも、投手が打席に入る9人制はそれなりの面白さがある、という野球通がいることは確か。筆者はその差異を楽しむほどの野球ファンではないので、このままでもかまわないし統一でも構わない、というのが本音である。
2021年11月30日火曜日
『フランスの誘惑 近代日本精神史試論』
●渡邊一民 ●岩波書店 ●2913円+税
本書は、明治維新から現代(1960年代中葉)に至るまでの日本とフランスの交流をたどりつつ、近代日本の精神史に論言したもの。本書では、ゴンクール、ヴィオリスといった日本を訪れたフランス人について論じた章も設けられているが、やはり、フランスを訪れた日本人についての論及が質量ともに前者を上回っている。
ドイツからフランスへ
明治維新政府は富国強兵を第一義とし、就中、専軍・帝国主義国家を目指していたため、近代国家のモデルとしては、フランス共和国ではなくドイツ帝国であった。しかし、日清・日露戦争後、日本の精神史に転換が訪れる。国民が欧州の文化・芸術に対して強い関心を持つようになってきたのである。
ヨーロッパ精神の象徴としてのフランス
20世紀に入ると、第一次世界大戦後、ロシア革命の成功もあり、その影響が日本にも及ぶようになる。そうした状況変化に同期するかのように、フランスに留学する日本の学生、研究者、知識人が増加していく。第一次世界大戦後の戦勝国日本は戦後景気に沸き、一方、フランスは戦禍をまともに受けたため、円高、フラン安という条件も重なり、留学しやすい環境にあったこともその一因である。かくしてフランスは、ヨーロッパ精神を代表する知的先進国として、日本の文学者、画家、音楽家、社会主義者・共産主義者らが競って同国に留学・遊学しはじめた。フランスに出向いた知識人のなかには国費等の援助を受けた者もいれば、私費の者もいた。留学先で高等教育を受ける者もいれば、いわば放浪に近いかたちで滞在した者もいた。
フランスが第一次世界大戦から復興し始めるのは、1920年代からであり、その象徴が現代装飾工芸美術万国博覧会(1925年開催。通称「アールデコ」といわれた。)だった。以降フランスは、経済的にも文化的にも絶頂期を迎え、繁栄を謳歌し、アプレゲールと呼ばれる戦後世代の芸術家たちの活躍も目を引いた。
このように日本人留学生には恵まれた環境がフランス国内に醸成され、彼等は、フランス文化すなわちヨーロッパ精神と純粋に格闘することができた。その影響は日本国内のアカデミアにも反映され、《東京帝国大学仏蘭西文学科では・・・大正になってから震災までわずか九人を卒業させたのにすぎなかったにもかかわらず、二五年には渡邊一夫、伊吹武彦ら六名という創設以来の画期的人数の卒業生を出し、以後二六年には市原豊太、杉捷夫、川口篤ら九名、二七年には七名、二八年には小林秀雄、今日出海、三好達治、中島健蔵、平岡昇、淀野隆三ら一三名、二九年には佐藤正影、飯島正ら十四名と、まさに仏文科隆盛時代が現出する。(P89)》と筆者は説明する。日本の文学界は東京帝国大学仏蘭西文学科によって担われていた感がある。
フランスの凋落と日本回帰
1920年代の栄光のフランスが凋落する契機となったのが世界恐慌だった。フランスにその影響が及んだのは他国よりやや遅れて1931年からだった。商店の破産、工場閉鎖、パリを代表する繁華街にあるキャバレー、レストラン、カフェは閑古鳥が鳴き、パリの街は様変わりした。そればかりではない。東の隣国ドイツではナチスが台頭し、その波がフランスにも及ぶようになってくる。フランス国内にも極右政党が反政府(社民政権)を煽るような活動をはじめる。それに対抗して、「反ファシズム統一戦線」の旗の下、社会党・共産党が共闘する人民戦線内閣が結成される。また、西の隣国スペインでは、共和国政府がイタリア・ドイツのファシズム勢力に援助されたフランコ将軍率いる軍事勢力により、版図を二分されるまで追い込まれていく。フランスは共和国側を支持し、フランスのみならず各国から義勇兵がスペインでフランコ軍と戦った。しかし、ファシズム勢力は衰えるどころか勢いを増し、1938年にはナチス・ドイツがオーストリアを併合し、チェコ⁼スロバキアに迫る勢いをみせてくる。1939年、フランスはイギリスとともにドイツに宣戦を布告するがドイツ軍の優位が続き、1940年6月14日、ドイツはフランスの首都パリに入城をはたし、ボルドーに逃れていたフランス政府は22日に降服、休戦条約を締結するに至る。
日本への帰国によって始まった古代日本への回帰
第二次世界大戦前より、フランスに滞在していた日本人留学生らは日本政府による帰国命令に従い、ほぼ一斉に日本に帰国する。この間の日本の知識人が受けた衝撃は計り知れないものがあったようで、そのあたりについて、本書では横光利一の小説『旅愁』をつうじて、フランスに滞在した日本人知識層の変化を克明に論じている。日本人知識層の変化とは、彼らが日本に帰国した途端に極端な日本古代への回帰意識にとらわれたことだった。
パリ陥落、ヨーロッパ精神の象徴であるフランスの落日により日本に強制的に帰国させられた彼等の前に、日本古代がよみがえり、日本の伝統、日本人の遺伝子、祖先二千年の歴史―—天皇が立ち現れたのである。
明治維新以降における日本の欧化は、西欧諸国がなしとげた近代化とは異なる。日本には、欧州が18世紀に経験した啓蒙主義は生まれてこなかったし、自由市民による暴力革命も起きなかった。維新政府は、先述した通り、専軍・帝国主義国家づくりを短兵急に成し遂げたいという国家目標に突き進んでいたわけで、その限りにおいて、維新後の日本が摂取したのはヨーロッパ精神というよりも、産業、技術であった。そこから疎外された日本の知識人は、国家目標から自ら身を引き、フランスに留学・遊学し、ヨーロッパと格闘したわけだが、その果てに、ナチス・ドイツ(ファシズム)の手になるパリ陥落を契機として挫折する。そして日本に帰還後、古代日本に目覚めてしまったのである。1930年代のパリを舞台とした著者による横光利一に係る論及こそ、本書の白眉である。
2021年11月21日日曜日
2021年11月19日金曜日
まだまだ続く、大谷翔平の冒険
大谷翔平がMLBのMVPに満票で選出された。シーズン当初、筆者は拙Blogにおいて、大谷のシーズンを通しての「二刀流」は難しい旨のニュアンスをにじませた予想を立てたが、まちがっていた。2021シーズンの投打の実績はすばらしいものであった。大谷にはこの先、1年でも永く、現役を続けてほしいものだ。
気になるのは、所属するエンゼルスの成績だ。アメリカン・リーグ西地区(5球団)中4位とふるわなかった。アリーグ15球団の成績としては、チーム打率.245(6位)、本塁打数190(11位)、打点691(7位)、防御率4.67(12位)、勝利数77(10位)、セーブ39(8位)と低迷している。大谷の個人成績の偉大さと比べれば、とてつもなく劣っている。
大谷の「二刀流」だけが原因ではないが、彼の活躍がチームを活性化するまでには至らなかった。エンゼルスの試合をすべてチェックしたわけではないけれど、チームとしての、▽まとまり、▽リズム、▽つながり、▽落ち着きが、大谷の「二刀流」によって阻害されているような気がしてならない。このあたり、大谷というよりも、「二刀流」という変則体制をチームメイトが理解し、慣れることが課題となろう。
大谷の本塁打数が前半戦に比べ、後半戦で少なくなったのも気がかりの一つだ。オールスターゲーム前に行われる本塁打競争で打撃フォームを崩したという分析もあるが、それよりも、ポストシーズン出場を目指す他球団が勝負に気を遣う後半戦では、大谷へのマークが厳しくなったからだろう。
2022シーズン、だれもが気遣う事項は、①ケガの心配、②極端な内角攻めを含めた厳しいマーク、③蓄積疲労、④外野守備による負担増―—だろう。MLBの各球団、各選手が2年連続で大谷にしてやられるわけにはいくまいと、前半戦から、大谷に対して気合を入れてくるだろう。
1903年に始まったMLBベースボールが長年にわたって築き上げた投打分業スタイルが正常なのか、それとも大谷がその常識を一人で覆し続けるのか、いわば、「大谷の後ろに大谷なし、大谷の前に大谷なし」という歴史をつくり続けるのか。
「二刀流」が可能な選手が勝負に有効なのかどうかについての結論は、筆者においてはまだ出せないままだ。










