2018年6月23日土曜日

外国からお客様

日本在住のインド人、ジョイさんとカリヤンさん夫妻、それにフランスから日本観光中のジャンさんとうちの娘がわが家に集合。楽しいパーティーとなりました。

2018年6月13日水曜日

負けるより勝った方がいいに決まっているが――日本、パラグアイから4得点

サッカー日本代表は12日、ワールドカップ・ロシア大会前最後の実戦となったパラグアイとの国際親善試合をオーストリア・インスブルックで行い、4-2で勝利した。西野ジャパン発足後、初ゴール&初勝利となった。

この試合の先発等は以下のとおり。
GK
東口順昭⇒中村航輔
DF
植田直通、昌子源、遠藤航⇒酒井宏樹、酒井高徳
MF
柴崎岳、香川真司、武藤嘉紀⇒大迫勇也、乾貴士⇒宇佐美貴史、山口蛍
FW
岡崎慎司⇒原口元気
(ベンチ入り)
GK
川島永嗣
DF
長友佑都、槙野智章、吉田麻也
MF
本田圭佑、長谷部誠、大島僚太

香川が久々にトップ下で先発

この試合の日本はスイス戦と同様4-2-3-1のシステム。先発起用された選手はスイス戦から大幅に変更され、CBが植田、昌子の鹿島アントラーズ・コンビ、ボランチには山口、遠藤の新しい組合せで、香川が代表で約8カ月ぶりに先発に名を連ね、トップ下に入った。乾が左サイド、右サイドにこれも異例の武藤、ワントップに岡崎。

相手パラグアイは、レジェンドGK引退の「花試合」モード

メディア情報によると、W杯本戦最後の調整試合となるパラグアイ戦は、控え選手を試す試合だといわれていた。いわゆる「虫干し」だ。ところが、「虫干し」のはずの香川、乾が大活躍し、3得点に絡む快勝となった。

とはいえ、この試合の日本の先発陣(控え組)のほうが、スイス戦の先発組より実力があるということを証明したわけではない。パラグアイは南米予選で敗退したチーム。この試合に招集されたのは、4年後を見据えた、いわば「二軍」。しかもこの試合、パラグアイではレジェンドGKといわれるビジャル(40才、クラブ・ナショナル)の引退試合を兼ねたもの。そのビジャルは試合開始からわずか12分後、パラグアイ選手から拍手をされながら引っ込んでしまった。なんとも緊張感に欠ける試合である。

香川、乾、柴崎が大活躍

先取点は前半32分、パラグアイが奪った。が、同6分、(香川→)乾が左サイドからゴール正面にドリブルでカットインしゴール。後半10分には(武藤→)香川が右足かかとで1タッチすると、走り込んだ乾が右足で合わせて、この日2点目。後半32分には、柴崎の右CKをパラグアイ選手がオウンゴール。日本は終了間際に1失点したが、同ロスタイム1分に香川がDFをかわすシュートで4-2。

こうしてみると、乾、香川が3得点に絡む大活躍。また、この日の先発、岡崎は攻撃に関しては低調なパフォーマンスで終始したものの、前から積極的な守備をしていたし、柴崎のFKも正確で、スイス戦でキッカーを務めた本田よりも得点を感じさせるでき栄えであった。

故障明けの乾、香川、岡崎のほうが運動量が多かった

西野ジャパンにおいては、乾は宇佐美(原口)の控え、香川は本田の控え、岡崎は大迫の控え、柴崎は大島の控えという評価だった。その根拠は、乾・香川・岡崎は故障が完治せず、コンディションがいまいちだという報道がなされていた。しかしこの3人、彼らよりもコンディションがいいはずの宇佐美、本田、大迫よりも運動量が多かった。彼らの方が、スイス戦で先発した選手たちより、よく走っていた。メディアの報道がいい加減なのか、代表サイドから出される情報がいい加減なのか、なんともわけがわからない。ただいえることは、香川・乾・岡崎は、本田・宇佐美・大迫よりも、アスリート・タイプのサッカー選手であるということ。パラグアイ戦で明らかになったのは、“豊富な運動量”がチャンスを生む――というなんとも当たり前の事実だった。

W杯本戦でも「走るサッカー」で活路をひらけ

W杯本戦において、日本がパラグアイ戦でみせたような攻撃を再現できるとは限らない。乾がしばしば見せた、右からゴール前へのカットインも、W杯本戦ではこの日のようにはいかないだろう。トップ下の香川には、パラグアイ守備陣よりも、もっと厳しいマークがつく。しかし、日本がロシア大会で結果を出すためには、全選手が走って、走って、最後まで走り抜くしか方法はない。華麗なパスサッカーだとか、日本(人)らしい、自分たちのサッカーだとか、ポゼッション、溜め…だとかの理屈はいらない。

予選リーグの相手3カ国から実力が数段落ちる日本代表――予選突破には、頭から突っ込んでいくフィジカル・サッカーで強豪に立ち向かうしかない。

2018年6月10日日曜日

「二刀流」頓挫ーー大谷10日間のDL入り

 「二刀流」大谷翔平のMLBにおけるチャレンジが止まった。“終わった”と思いたくないので、“止まった”と書く。

大谷は8日(日本時間9日)、右肘の内側側副靱帯(じんたい)を損傷し、10日間の故障者リスト(DL)入りした。球団の発表によると、大谷は前日の7日(同8日)に米ロサンゼルスでPRP注射を受け、3週間後に再び右肘の状態を診断されるという。復帰の判断はそれ以降になる。ここまで投手として4勝1敗、防御率3・10、打者としては打率2割8分9厘、6本塁打、20打点の成績を残している。

筆者はこの事態に驚いていない。拙Blog(5月9日「NPB30試合を経過」)において、“大谷の「二刀流」挑戦はシーズン半ばで頓挫する”と書いたからだ。悪い予感が当たってしまったというのが率直な感想だ。PRP注射の効果は相当なものだといわれているから、一月後には復帰している可能性もあるし、その反対に手術に至る可能性もある。筆者の予想では、後者となると見込む。医者でもなければスポーツトレーナーの資格もない筆者がどうこういっても始まらないが、右肘内側副靭帯損傷からの短期間での復帰は難しい。若い大谷だから手術をして、出直したほうがいい。

原因は明らかに「二刀流」からくる過労だ。スプリットの多投により、肘靭帯及び肩の筋肉への負担が増大したうえに、日本と異なる長距離移動、DH出場が加わり、さらに不慣れな環境(気候、生活習慣、言語等)からくる心労が重なった。心身の疲労が全身に蓄積したため、過剰な負担で弱まった靭帯の回復がままならなかった。だから、復帰後の結論としては「二刀流」の放棄しかない。大谷が野球選手として生き残るためには、投か打のどちらかを極めるべきだと思う。筆者はベースボールにおける投と打の両立は不可能と、一貫して主張してきた。

MLB移籍後の大谷は明らかに、意識過剰状態に陥っていた。メディア対応では謙虚な姿勢を貫いていたが、実戦では、球種の選択、ピンチでの投法(力投型)、投球数において、「明日なき戦い」を自身に強いていたようにみえていた。いわゆる不自然さ、焦りが際立っていた。だから、「前半で終わる」と書いた。大谷の稀な才能をこれ以上、摩耗させてはならない。

2018年6月9日土曜日

希望なきロシアW杯――スイス戦後にやってきた虚脱感

 オーストリアで合宿中のサッカー日本代表は6月8日、スイス代表とスイス・ルガノにて国際親善試合を行い、0-2で敗れた。日本は、12日にW杯前、最後の親善試合となるパラグアイ戦(オーストリア・インスブルック)を戦い、W杯本番へと向かう。一方、日本戦がW杯前、最後の親善試合となったスイスは、17日にW杯の1次リーグ初戦ブラジル戦を迎える。

4バック、本田トップ下の布陣

日本の先発・交代・控えメンバーは以下のとおり。
GK:川島永嗣
DF:長友佑都、槙野智章、酒井高徳⇒酒井宏樹、吉田麻也
MF:本田圭佑⇒香川真司、原口元気、宇佐美貴史⇒乾貴士、長谷部誠、大島僚太⇒柴崎岳、
FW:大迫勇也⇒武藤嘉紀
(ベンチ入り)
GK:東口順昭・中村航輔(控え)
DF:植田直通・昌子源・遠藤航(控え)
MF:山口蛍(控え)
FW:岡崎慎司(控え)

この試合で特筆すべきは、西野新監督がガーナ戦で試行した3バックから、前監督が採用していた4バック(4-2-3-1)に戻したこと。その結果、リベロだった長谷部はボランチに戻った。もう一つは、右サイドが定席だった本田をトップ下で起用したこと。

失点シーンは前半38分、1トップに入ったFW大迫が故障交代(⇒武藤)した直後(40分)に、左サイドでドリブルを仕掛けた相手FWエンボロをDF吉田麻也が倒してしまい、PKを献上。これをロドリゲスにゴール右に決められたもの。2失点目は同37分、スイスのカウンターを受け、途中出場のFWセフェロビッチに決められたもの。

西野のやることなすことすべて失敗

テストマッチ、親善試合、練習試合、調整試合といろいろな表現があるが、6人交代が認められるこの手の試合、結果はあまり参考にならない。見るべきは試合内容だ。ましてW杯直前の日本、仮想〇〇としてマッチメークされた格上スイスとの試合となれば、W杯本番を見据えた指揮官の絶好の腕の見せ所といえる。

ポイントはいろいろある。これまでやってきたことの確認、選手のコンディションの確認、新たな戦術の試行、故障者の回復具合…と、確認事項はたくさんあるだろうから、練習とは異なるW杯出場国のスイスとの90分間はなによりも貴重なもの。しかも、スイス(FIFAランキング6位)は、日本(同60位)が10回戦って1回勝てるかどうかの相手――実力的にはかなり開きがある。ここで開き直って、全力でぶつかり得点を上げれば、いや万一勝利すれば、予選で戦うことになるコロンビア、セネガル、ポーランドの日本に対する警戒レベルを相当上げることができる。親善試合とはいえ、そういう戦い方もあった。もちろんケガを恐れて無難に試合を運ぶという選択肢もあるかもしれない。だが、そこは監督の力量、勝負師としての覚悟が試された。

西野は何もしなかった。彼の頭の中には、この期に及んで、システム及び起用すべき選手等に係る迷いがあるようにみえた。それは、西野が予選を戦わなかった負い目からくるものなのか、忖度を強いられた不本意なメンバー選出に対する不満からなのか、W杯を経験していない不安から来るものなのか。

断片的なチームづくりでは強豪に勝てない

声の大きい、影響力のある(たかが一選手にすぎない)本田に引っ張られ、彼の望むまま、トップ下をやらせてみた、「替えの利かない」リーダーと称される老兵・長谷部をボランチに戻した、G大阪の愛弟子(予選での貢献度・実績ゼロ)の宇佐美を先発させてみた、Jリーグに忖度して選んだ大島をボランチに起用してみた…断片的な先発選手起用を試行してみた――ものの、チーム完成度は前監督のハリルホジッチに比して、数段落ちてしまった。

選手もひどすぎる。日本がW杯で目指す超守備型(南アフリカ大会の再現?)の要諦であるべき吉田・槙野のセンターバックはゴール近くでファウルばかり。ピンチ招来を通り越して、PKを献上した。SBの酒井高も危なくて見てられない。最後の砦であるはずのGK川島は判断力が鈍り、これまたゴールを空っぽにする大ミス(幸い失点に至らなかったが)。

攻撃陣はそれ以上に無力であった。トップ下の本田はどこで何をしていたのか、90分間、筆者の記憶の中においては「不在」だった。前出の“愛弟子”宇佐美も仕事ゼロ。期待のCF大迫は接触で途中退場するという“弱さ”をさらけ出した。スイスは後半、先取点を取った後、あきらかに抜いていた。日本の攻撃の弱さを見ぬいたとでもいうように圧力を下げ、日本に決定的場面をつくらせないようコントロールしていた。この試合が公式戦で得失点差が絡むような試合であったなら、日本はどのくらい失点したかわからない。

ロシアW杯を真剣にとらえていたのは本田とハリルだけ?

(一)所属先のない本田にとって、ロシア大会は就職活動の場

W杯直前のこの時期、西野ジャパン(日本代表)の不甲斐なさを嘆きつつ、日本代表はどこで、なにを間違えたのかについて大雑把に検証してみよう。結局のところ、日本人サッカー選手の中でW杯を真剣に考えていたのは本田だけだったということか。彼はW杯ロシア大会で活躍してもう一度、欧州の一流リーグのどこかのクラブに復帰したいのだと思う。彼がACミランを退団したとき、欧州の、少なくともイングランド、スペイン、イタリアのクラブからのオファーはなかったと思う。そこで、受け取ったオファーのなかで最高額を提示したメキシコに不本意ながら移籍したのだと思う。本田にオファーを出したのは、推測だが、米国、中国、日本、オーストラリアのどこかのクラブかもしれないが、彼のプライド及び実利から引出し結論がメキシコだった。メキシコを引き払った本田はいま現在フリー、行先のない身分だ。ロシアに行けなければ(W杯メンバーに選ばれなければ)、彼に残された道はサッカーを辞めることにつながる。

(二)監督業のハリルにとって、ロシア大会はキャリアアップのビッグチャンス

W杯につい本田と同じくらい真剣に考えていた人間がもう一人いた。それがハリルホジッチ。ハリルにとって日本での成功は監督としてのキャリアを豊富にするばかりか、ハリルジャパン解散後(W杯終了後)、日本で活動できるチャンスを残すものとなる。ハリルには、日韓大会の日本代表監督であるトルシエのようなビジネスモデルがイメージできたのではないか。

そこでハリルは、ロシアW杯で実績を残すため、不要となるものを切り捨てようとした。不要の中に、本田と香川が含まれていたのはいうまでもない。そして本田とハリルは決定的な対立を迎え、スポンサー等に忖度したJFAはハリルを切り、本田(と香川)をとった。

W杯メンバー選びは、実績・経験よりもモチベーションの高さを優先させよ

いまのW杯出場メンバーの選手のなかには、本田ほどの“こだわり”をもつ者はいない。本田以外のベテラン選手は、「W杯メンバー」という引退後に必要となる勲章を手にした者であって、ロシア大会で活躍しようがしまいが、キャリアに影響はない。所属クラブではリーグ戦の実績のほうが重要視さるから、契約にもひびかない。そのことがいまの日本代表に覇気が感じられない大きな要因の一つとなっている。ここで若手を選んでおけば、世界中のスカウトの目に留まりたいと、彼らは必死で闘うはず。将来を見据えて実力以上の力を出す可能性があった。W杯メンバー選考は、実績や経験よりも、モチベーションを優先すべきだった。しかし、「忖度選手選考」の結果、モチベーションだけが強い本田は選ばれたものの、戦力としては期待できないという皮肉な結果が残った。本田は選手としては、「爆発する」エネルギーが枯渇したロートルなのだから。

パスを回すサッカーが「日本(人)らしいサッカー」ではない

ハリル解任後、メディアでは「パスを回すサッカー」が日本人らしいサッカーへの回帰であるかのような論評が目立つようになった。そのなかには、オシムの言葉としてそれを紹介する記事もあった。「縦に速いサッカー」がハリルで、「パスを回す」のが日本(人)らしいサッカー。それはあのオシムさんがいったものなのだよと。お笑いである。

オシムは過去、海外からやってきたサッカー指導者の中でもっともフィジカルを重視した者の一人だ。彼は「走って、走って、走りなさい」と、当時就任したジェフ千葉の選手にいい続けた。「アジリティ」(俊敏さ、機敏さ)もそう。アジリティは日本人に生来備わった才能ではない。厳しい練習をしなければ、日本人だってアジリティを身に着けることはできない。そのことはいまの日本代表を見ればすぐわかる。日本(人)らしいサッカーの基盤となるのは強いフィジカルなのだ。そして、筆者は何度も拙Blogで書いているとおり、フィジカル重視が世界のトレンドなのだと。基本的サッカー観を見誤ったことも、日本代表サッカーが躓いた主因のひとつだった。

スイス戦を見た限り、W杯で日本が勝点を上げる可能性はより低くなったと思える。それでなくとも、ハリル解任(から、最終メンバーが発表された)後、W杯における日本代表の存在をこれほど希薄に感じたことはない。4年に一度のW杯開催、この先、W杯を見られる確率がだんだん低くなる者にとって、今回のような「一回休み」はあまりに辛い経験にほかならない。

2018年6月6日水曜日

盗まれたW杯出場メンバー

サッカー日本代表は8日後に開催されるW杯ロシア大会に向け、オーストリアで合宿中。メディアからは相変わらず、華々しい美辞麗句で飾られた近況が送られてくる。ベスト16は間違いないような雰囲気である。

アジア最終予選得点者――本田は初戦の1得点のみ

そんないま、W杯メンバー選出について云々したところで始まらないことはわかりきっているものの、やはり割り切れなさが残る。W杯アジア最終予選の難しい試合で活躍した選手たちの評価についてである。W杯アジア最終予選の得点者をみてみよう。

2016/09/01:UAE戦(1-2):本田
09/06:タイ戦(2-0):原口・浅野
10/06:イラク戦(2-0):原口・山口
10/11:オーストラリア戦(1-1):原口
11/15:サウジアラビア戦(2-0):清武、原口
2017/3/24:UAE戦(2-0):久保、今野
3/28:タイ戦(4-0):香川、岡崎、久保、吉田
6/14:イラク戦(1-1):大迫
8/31:オーストラリア戦(2-0):浅野、井手口
9/05:サウジアラビア戦(0-1)

得点ランキングとしては、原口4、浅野2、久保2。以下、得点1が、本田・山口・清武・井手口・大迫・香川・吉田・岡崎で並ぶ。「得点王」の原口はW杯メンバーに選ばれたが、2得点を上げた浅野、久保は落選した。「ビッグ3」と呼ばれる本田、岡崎、香川は1点のみ。本田は初戦のUAE戦が最初にして最後の得点で終わっている。香川、岡崎はホームのタイ戦で1得点したにとどまっている。得点だけがチームへの貢献ではないとはいえ、合点がいかない。

西野の非論理的選考基準


次なる疑問は、西野監督がイングランド・プレミア、ブンデスリーガ1部(ドイツ)、リーガ・エスパニョール・プリメーラ(スペイン)及びJ1に所属している選手を優遇している点。ベルギー、ポルトガル、オランダには目もくれないが、なぜか、メキシコ・リーグに所属する本田にだけはその実績を配慮している。

原口はブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフ所属だけれど、まさか、アジア予選の国内得点王をW杯メンバーに選ばないわけにはいかない。

さて、浅野の扱いは難しい。彼はアジア予選で2得点を上げ、イングランド・プレミアのアーセナル所属だが、手続きの関係等でブンデスリーグ2部のハノーファーにレンタル移籍されている。

他の攻撃的代表候補としては、本田、井手口、香川、岡崎が予選1得点で横並び。井手口はイングランドのリーズ・ユナイテッドAFC(プレミアの下のチャンピオンズ・リーグ)へ完全移籍したが、イギリスの労働ビザ発行基準を満たしていないため、スペインのクルトゥラル・レオネサ(スペインのセグンダ・ディビジョン=プリメーラの下)へレンタル移籍している。

浅野、井手口は両選手ともに移籍に失敗し、レンタル先で出場機会を得ていない。ここで彼らの落選理由としては、「所属先で実績を上げていない、試合に出ていない」が適用されたと思われる。

西野のロシアW杯メンバー選出の基準については、ある選手には「所属リーグの格」が適用され、ある選手には「予選の実績」が適用され、ある選手には「所属クラブでの実績」が適用される。

その一方、落選理由については、「ポリバレントではない(意味不明)」が適用され、ある選手には「所属クラブで試合に出ていない」が適用され、ある選手には「所属リーグの格が下」が適用される。つまり、選出理由及び落選理由に論理性、一貫性がないのである。たとえば、Jリーグとポルトガル・リーグのどちらが「格上」なのかと問われれば、筆者は「ポルトガル」だと確言するが、西野の場合はあやふやなまま。

世界的名選手のW杯デビューはきわめて若い

それだけではない。過去、W杯でブレークし世界的名選手に成り上がった者はいくらでもいるが、いずれも若い。ペレ(ブラジル)17才、マラドーナ(アルゼンチン)21才、メッシ(同)19才、C・ロナウド(ポルトガル)19才…と日本ではユース扱いの年齢で本大会に出場している。W杯のような短期戦の場合、若い力のブレークによって、チームもその選手自身も勢いを得て、好成績を上げることが多い。

ベテラン、経験者重視の失敗事例

その反対に前大会のメンバーがそのまま4年後に持ち越された場合、惨敗するケースも多い。1998年自国開催で優勝したフランス代表だが、2002年(日韓大会)に代表選手をあまり入れ替えず、予選敗退した。また、日本も2002年に自国開催W杯でベスト16の成績を上げたが、4年後ドイツ大会、そのメンバーの入れ替えを控えて予選敗退した。また、日本代表は、2010年南アフリカ大会(ベスト16)から、2014年ブラジル大会(予選敗退)でも同じ過ちを繰り返した。

このたびは、南アフリカ(2010)からロシア(2018)へ――なんと8年のタイムスリップである。ベテラン、実績重視の代表選考にして新星は皆無(年功序列)。ブラジルから4年待った甲斐なし。なんとも残念な2018年W杯開催まで残り8日、日本の初戦(コロンビア)まで残り13日になってしまった。

『アベノミクスによろしく』

●明石順平〔著〕 ●集英社インターナショナル新書 ●740円(税別)

ど真ん中の直球によるアベノミクス批判の書につき、一読をお薦めする。本書は難しい経済論ではない。政府が公開している経済統計等を使ってアベノミクスの失敗を論証している。それらは高校生程度の学力があれば理解できるもの、つまり、その失敗については、だれもが了解しうるレベルにある。この期に及んで、アベノミクスはまだ途上にあるとか、道半ばとかいって失敗を隠蔽する擁護論は政治的発言にすぎない。

アベノミクスの失敗は明らか

アベノミクスとは何だったか――いわゆる「3本の矢」であった。2012年12月、安倍政権発足とほぼ同時に発表した経済政策だった。「3本の矢」とは、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略。これらの政策を通じてデフレを脱却し、2年以内に物価上昇率2%(前年比)を達成すると宣言した。しかしながら2018年6月時点、物価上昇率2%上昇の公約は実現していない。つまり、この経済政策は失敗したと結論付けられる。

詳しくみてみよう。
①大胆な(異次元の)金融緩和を行っても、マネーストックの増加ベースは変わらなかった。物価上昇は消費税の増税と円安によるものだけ。マイナス金利も効果なし。
②増税と円安で物価は上昇したが、賃金がほとんど伸びなかったので消費が異常に冷え込み、経済は停滞した。
③経済停滞をごまかすため、2008SNA対応(Blogの注1)を隠れ蓑にした異常なGDP改定が行われた。(Blogの注2)
④雇用の数字改善は労働人口減、労働構造の変化、高齢化による医療・福祉分野の需要増の影響。これはアベノミクス以前から続いている傾向で、アベノミクスとは無関係。
⑤株価は日銀と年金(GPIF)でつりあげているだけ。実体経済は反映されていない。
⑥輸出は伸びたが製造業の実質賃金は伸びていない。また、輸出数量が伸びたわけではない。円安で一部の輸出企業が儲かっただけ。
⑦3年連続賃上げ2%は全労働者(役員を除く)のわずか5%にしか当てはまらない。
⑧アベノミクス第3の矢の根玉である残業代ゼロ法案は長期間労働をさらに助長し、労働者の生命と健康に大きな危険を生じさせる他、経済にも悪影響を与える。
⑨緩和をやめると国債・円・株価すべてが暴落する恐れがあるので出口がない。しかし、このまま続けるといつか円の信用がなくなり、結局円暴落・株価暴落を招く恐れがある。(P.214-215)

(注1)2008SNA=GDP算出を準拠する国際基準が「1993SNA」から「2008SNA」に変更されたこと。違いは研究開発費などが加わること。これによりおよそ20兆円がかさ上げされる。加えて「その他もろもろ」に等が付記されかさ上げされた項目が増加された疑いがもたれている。
(注2)実質GDPは民主党政権の3分の1しか伸びていない。

含み益とは使いたいときには消えているもの

庶民にとって関心が高いのが株だろう。“株が上がっているから日本経済はだいじょうぶ”と思うかもしれない。ところが、それはとんでもない思い違い。株価は実体経済を概ね反映する限り、上りもすれば下がりもする。ところが、アベノミクスにおいては、下がる局面に超大口の投資家(年金=GPIFによる株式投資と日銀のETF買い)が買いこむことで、下落を避ける。「下がる、それ以上に買う」、「下がる、それ以上に買う」…を永遠に繰り返す限り、株価は上昇し続ける?

さて、株が上昇したときの利益は未実現利益=含み益だ。そこで「含み益とは使いたいときには消えているもの」という格言を思い出していただきたい。大口投資家が利益を実現したいとき、すなわち「売り」にはいれば、株式市場は暴落局面に陥る。そのとき株式を保有する法人、個人は大損害を被る。日銀、年金が株等を売れば、株は大暴落する。

もちろん、前出のとおり、「異次元緩和」をやめれば、円・国債・株価は暴落するし、長期間続けば、円の信用は落ち、円・国債・株が暴落する。おそるべき「出口戦略なき」アベノミクス――日本は、国民に自覚のないまま危機にある。

アベノミクスの終わりに待っている地獄

安倍政権は「モリカケ」問題で瀕死の状態にある。事実隠蔽、嘘答弁、公文書改竄…と、戦後最悪の内閣といって過言ではない。ところが、“ポスト安倍”の姿が具体的に見えてこない。政権交代の気運もみえない。ポスト安倍と称される与党議員の中には、安倍の後、アベノミクスをやめたところで始まるクライシスを恐れ、政権奪取を躊躇しているのかもしれない。野党も政権交代した結果、同様に、アベノミクス批判をした手前、それに代わる経済政策を打ち出すこと(つまりアベノミクスをやめること)によるクライシスを恐れているかもしれない。しかし、アベノミクスは早くやめなければ、破綻後に受ける傷は深くなるばかり。クライシスを和らげる政策の策定が求められる。

2018年6月1日金曜日

残念なガーナ戦、期待度ゼロのW杯メンバー決定

5月30日、日産スタジアムで行われた国際親善試合、日本は0-2でガーナに完敗した。翌日、ワールドカップロシア大会メンバー発表を控えた大事な試合であったが、日本は内容の乏しいパフォーマンスに終始し、西野朗監督(以下「西野」と略記)の初戦を飾ることができなかった。

切札、3バックは空回り

試合展開等は既に多くの報道があるのでここには書かない。この親善試合で特記することがあるとすれば、新監督が21日から始まった国内合宿で取り組む3バックでスタートしたこと。3バックの難点は、攻撃から急に守備にまわった時、サイドに大きな空間をつくってしまう点だ。今日のようなフィジカル重視のサッカートレンドの最中、これを採用するチームは稀だ。ウイングバック(WB)が下がり続ければ空間は埋まるが、センターバック(CB)とWBが同列となり5バックとなる。そうなれば相手に押し込まれて、得点機会の高いカウンター攻撃はほぼ不可能となる。

日本はサイドの穴をガーナに狙われ、このシステムの不安定さを露呈した。先取点は前半8分、ガーナのFKを直接決められたもの。壁がどういうわけかスッポリと空いた。GKも反応できない。2点目は、後半4分、長谷部と競り合いながら日本のペナルティーエリア内になだれ込もんだガーナMFを、GK川島が倒してしまいPKを献上。以降、日本は反撃の糸口を見いだせないまま終わった。

忖度、年功序列のW杯メンバー決定

翌日、ガーナ戦の結果を受けてのW杯ロシア大会出場メンバーの発表があった。ロシア大会日本代表は以下のとおり。

GK
川島永嗣(メッス、35才)、東口順昭(G大阪、32才)、中村航輔(柏、23才)

DF
長友佑都(ガラタサライ、31才)、槙野智章(浦和、31才)、吉田麻也(サウサンプトン、29才)、酒井宏樹(マルセイユ、28才)、酒井高徳(ハンブルガーSV、27才)、昌子源(鹿島、25才)、遠藤航(浦和、25才)、植田直通(鹿島、23才)、
MF
長谷部誠(フランクフルト、34才)、本田圭佑(パチューカ、31才)、乾貴士( エイバル、29才)、香川真司(ドルトムント、29才)、山口蛍(C大阪、27才)、原口元気(デュッセルドルフ、27才)、宇佐美貴史(デュッセルドルフ、 26才)、柴崎岳( ヘタフェ、26才)、大島僚太(川崎F、25才)、
FW
岡崎慎司(レスター、32才)、大迫勇也(ブレーメン、28才)、武藤嘉紀(マインツ、25才)

西野のミッションは「ビッグ3」を選ぶこと

西野の監督としての最大のミッションは本田、香川をW杯メンバーに選ぶことだったから、彼の仕事は終わったようなもの。本大会の結果については気にもとめられないし、結果責任もない。

真に闘うつもりならば、最終試験という位置づけのガーナ戦の結果を踏まえ、ベテランを切って新星に賭けるという選択肢もあった。なぜならば、選手たちは完封で負けたのだから全員落第に等しい。すなわち、過去(実績)やネームバリューにこだわらず、開き直った選考――本戦における「ハプニング期待」――で、若い力の爆発に頼る手もあった。しかし、西野にはそんな野望はない。彼は日本サッカー協会(JFA)の幹部からの指示どおり、スポンサー、テレビに忖度した代表選出をシナリオどおり、発表したに過ぎない。「ガーナ戦は最終試験ではない」ともうそぶいた。

ブラジル大会よりも退歩したロシア大会日本代表

拙Blogでなんども書いたことだけど、ロシア大会メンバーの力量は4年前のブラジル大会とほぼ同じもしくはマイナスだと考えられる。ロシア大会初戦(コロンビア、2018/6/19)の先発メンバーを予想してみよう。30日のガーナ戦を踏まえたものだ。

【ガーナ戦(2018/05/30】
GK
川島
DF
長谷部(→井手口)・槙野・吉田
MF
本田(→岡崎)・長友・原口(→酒井高)・宇佐美(→香川)・山口(→柴崎)・大島
FW
大迫(→武藤)

【ロシアW杯コロンビア戦予想(2018/06/19】
GK
川島
DF
長友・槙野・吉田・酒井宏
MF
長谷部・山口・香川・本田・原口
FW
大迫

【W杯ブラジル大会コートジボワール戦(2014/06/14)】
GK
川島
DF
内田篤人・吉田・森重真人・長友
MF
山口・長谷部(→遠藤保仁)・岡崎・本田・香川(→柿谷曜一郎)
FW
大迫(→大久保嘉人)

西野の次なるミッションは「ビッグ3」の露出か

西野はロシア大会(初戦はもちろん)において、ガーナ戦で試みた3バックは採用しないと筆者は予想する。メンバー選考が終わった後、すなわち本戦における西野の次なるミッションは、本田、香川、岡崎をいかにメディアに露出するかということに変わる。それには、4バックの4-1-4-1もしくは4-2-3-1のほうがわかりやすい。つまり、ブラジル大会の初戦のシステム4-2-3-1でトップ下香川、サイド左に岡崎、同右に本田が先発するのがベストだが、岡崎の回復がままならない場合は、左サイドは原口の先発となる。原口が不調ならば、試合途中で岡崎が交代出場するのではないだろうか。

ロシア大会日本代表はブラジル大会より劣化

さて、ロシア大会(R)メンバーの戦力をブラジル大会(B)のそれと比較したとき、どれくらい「かさ上げ」もしくは「加算」されたのだろうか。連続して選ばれた代表選手のなかで伸びたのはだれなのか。新戦力として選ばれた選手のうち、前回より上回ると思われるのはだれなのか。

総合的評価としては、GK=B⇔R、DF=B⇔R、守備的MF=B>R、攻撃的MF=B>R、FW=B⇔R だと思われる。守備的MFいわゆるボランチの長谷部、山口が著しく成長したとは思えないし、4年の年齢を重ねた分、体力的に低下している。長谷部のキャプテンシーは代が利かないといわれるものの、それだけでは戦力アップと見做されない。

攻撃的MFについては、大きく低下している。本田の衰え、香川・岡崎の悪コンディションからみて、「ビッグ3」をベンチにして、原口、宇佐美、柴崎、大島を使い分ける方が期待できる。そう考えると、中島翔哉、井手口陽介、久保裕也を「ビッグ3」の代わりに選んでおけば・・・と、残念に思うばかりだ。

センターFWの大迫はブラジルよりは成長しているのかもしれないが、コロンビア、セネガル、ポーランドの守備陣を凌駕できるイメージがわかない。

ブラジル大会前に戻る愚劣な戦略転換

ブラジル大会の結果はご存じのとおり、ギリシアから奪った勝点1のみ。予選C組の最下位だった。大会前、日本代表の主力選手は自信満々でベスト16はもちろんのこと、「優勝」まで口にしたものだった。拙Blogで何度も書いたけれど、「自分たちのサッカー」「ポゼッションサッカー」「パスをまわすサッカー」と威勢がよかったものだ。しかし、その言説は予選リーグ3試合で粉砕された。世界のサッカーは当時の日本代表が確信していたスタイルとは大きくかけ離れ、フィジカル重視(スピード、持続力、コンタクトに係る耐久性等々)が選手個々に求められていた。パスを相手守備の前で回しても局面は開けなくなっていた。

常軌を逸しつつある日本代表を取り巻く環境

解任されたハリルホジッチ(前監督)は、ブラジルの惨敗を総括したうえで選任した代表監督だった。ところが突然の解任騒動に乗じて、ブラジルの惨敗は忘却され、ブラジル大会時のサッカーを事実上、追認するものとなった。前監督を解任させたのが、巷間言われる「ビッグ3」であり、協会の商業主義の結果だった。

このことは、▽スポンサー等への忖度でありながら、代表サッカーを長期的視点で弱体化させるという意味においてマイナスであり、▽広くスポーツに対する冒とくであり、▽サッカー界の非常識であり、▽サッカーの歴史修正主義であり、▽勝利より特定選手に係る利己的実利の優先であり、▽派閥抗争の代替表象ーーだった。

目先に負われて協会が日本代表を弱体化させれば、サッカー人気を支えてきた日本代表ブランドイメージは落下する。ロシア大会はその分岐点にある。スポンサーに忖度しても、結果が悪ければ、人気を失う。

そればかりではない。西野ジャパンは監督自身に魅力が乏しく、歴代の代表監督のような説得力のあるコメントを聞くことができない。「オシム」とはいわないが、代表監督としてせめて、代表選手選考に係る合理的な説明くらいはしてほしいものだ。監督が寡黙なまま務まったのは遠い昔の話、思いつきの「ポリバレント」には呆れはてた。

代表サッカーの芸能化、代表選手の芸能人化

先に行われたガーナ戦終了後、ロシア行き壮行会よろしく、コンサートがセットされていたと聞いて驚いた。サッカーの試合に余分な芸能は必要ない。スポーツは芸能と異なり、筋書きのないドラマだから、そのぶん、エンターテインメントとして力をもつ。

どんな歌手のコンサートがあったのか知らないが、歌といえば、欧州のサッカーではサポーターが声を揃えて応援歌を歌うのが当りまえだ。野太い男性的なそれ。ブラジルでは選手の練習からサンバが奏でられるという。日本では、日韓大会時、「翼をください」がサポーターから自然発生的に応援歌として歌われた。とても素晴らしい光景だった。

世界で最も人気のあるサッカーでは、サポーターにも固有の文化が培われてきた。日韓大会時には、サポーターを含めた日本サッカー界全体が上向きだった。素朴だが、そこには情熱があふれていた。だから、サッカーに芸能(人)が入り込む余地がなかった。代表サッカーを芸能化させた張本人はまちがいなく、本田圭佑だろう。彼の存在は代表サッカーを堕落させ、マーケッティングのツールに貶めた。広告代理店主導の「日本代表」の暴走を止めなければ、日本のサッカーはどん底に落ちる。

2018年5月25日金曜日

嘘は罪――日大、内田・井上・司会のお粗末会見

日本大アメリカンフットボール(以下「アメフト」と略記)部の内田正人前監督(62)=19日付で辞任(以下「内田」と略記)と井上奨(つとむ)コーチ(29)=(以下「井上」と略記)が23日、東京都内で緊急記者会見した。

この会見において内田・井上は、先に会見した宮川泰介選手(20)=(以下「当該選手」と略記)の“悪質タックルは、監督・コーチの指示だった”とする発言を改めて否定した。

内田は暫定的に大学の常務理事職を停止し、日大が設置した第三者委員会の調査結果に進退を委ねる考えを示した。井上はコーチ職の辞意を表明した。

内田・井上は”指示”を否定

内田・井上の会見はひどいものだった。日大広報部職員の横柄な司会ぶりが話題となってしまったが、本質は、内田・井上が当該選手に“非合法プレーの指示をしたのかしなかったか”の一点に尽きる。筆者は、日大が会見を行った目的について、内田・井上が当該選手の発言を否定すること、当該選手が勝手にケガを負わせたのだ――という主張をするためだけのものだったと解している。

「関学QBを潰せ」が意味するもの

筆者はメディア及びアメフト関係者の多くが評するように、この事件は、内田・井上の指示により引き起こされたものと思っている。そこでキーワードなっているのが、「関学クォターバック(以下「QB」と略記)を潰せ」という言葉だ。当該選手は「潰せ」について、文字通りQBにケガを負わすことだと解釈し実行したと会見で明らかにした。

ところが、内田・井上はそれを、“QBをつかまえろ(おそらく「QBサック」のこと。このプレーについては後述する)の意味”もしくは、“それくらいの闘志をもってプレーしろ”という意味の指示だったと弁明している。この内田・井上の弁明は嘘であろう。その根拠を以下に示す。

QBサック(潰せ)はDLにとって当りまえのプレー

アメフトに関心をもったことのある人には迷惑かもしれないが、この競技の概要から説明する。第一の特徴は攻撃と守備が交互にわかれること。野球と同じだ。第二は、勝負は陣取りで、要は相手陣(エンドゾーン)にボールを運べば得点となる。ラグビーに似ている。

次に大雑把な陣形について。攻撃側は最前線にオフェンシブ・ライン(ラインマン)と呼ばれる屈強な選手を並べて進撃を図る。攻撃開始は、ラインがスナップしたボールを攻撃の司令塔であるQBが受け取った瞬間に開始される。ボールを保持したQBはそのとき瞬時にランプレー、パスプレー等を選択して実行する。プレーの選択は、攻撃側コーチからのサインをQBが受け取り、ハドルと呼ばれる数秒間の攻撃開始前の打ち合わせで全員に通達する。QBが司令塔と呼ばれる所以だ。

一方、守備側は前線にディフェンシブ・ライン(DL)とラインバッカ―(LB)を並べて相手の前進を阻む。日大の当該選手はご承知のようにDLだ。守備側(DL等)にとって最重要プレーの一つは、攻撃側のラインマンをかわして、QBがパスをする前につかまえて倒すこと。これができれば、守備の大殊勲となる。これをQBサックという。その際にQBがボールをこぼし、DLがそれを確保すれば攻守が入れ替わる。ターン・オーバーと呼ぶビッグ・プレーだ。

日本代表クラスの当該選手がコーチの指示を誤って解釈するわけがない

日大の当該選手は高校からアメフトを始め、しかも進学して最強校の一つである日大のレギュラークラスにして、日本代表に選ばれる実力者だ。そのくらいの選手に対して、コーチが「QBを潰してこい(=QBサックをしてこい)」もしくは(=QBをつぶすくらいの闘志をもって闘ってこい)といった凡庸な指示を出すはずがない。DLならばだれだって、QBサックを狙うのはあたりまえ。DLならばだれだって、隙あらばQBに強烈なタックルをかまして病院送りにするくらいの闘志をもって試合に出る。一方のQBはすべからく、相手ディフェンスがQBサックを狙ってくることを承知している。だから常にケガをしないよう、細心の注意を払ってプレーをする。それがコンタクトスポーツの一丁目一番地だ。

刑事訴追に備えた内田・井上発言

日大の会見で井上は、「潰してこい」と指示を出したことを認めている。そのうえで、それを一般的な意味での“QBサック”もしくは“闘志喚起”の指示だったと弁明している。筆者は既に述べたとおり、井上の指示は、“非合法的に関学QBにケガを負わせろ”の指示だったと思っている。前出のとおり、当該選手は優秀なDLなのだ。その選手がコーチの指示を勝手に解釈して、あのようなプレーに走ることは考えられない。日大側は、あくまでも当該選手が指示を誤って解釈し、非合法プレーに勝手に走ったと主張しようとする。この主張は、自己保身であり、明らかに、刑事訴追に備えていると推測できる。

当該選手は傷害罪の実行犯、内田・井上はその共謀共同正犯か

今後、司直の捜査で事件の全容が解明されたとすると、次のような犯罪に当たると思われる。

  1. タックルをした日大選手には傷害罪
  2. 指示したとされる内田・井上には共謀共同正犯が成立し同じく傷害罪

監督・コーチVS.学生選手という立場からすると、共謀共同正犯にあたる内田・井上のほうが重罪となる可能性が高い。また、内田・井上が会見で虚偽発言を繰り返したとなれば、心証は悪くなる。

指示の根拠となるのが、悪質なファウルの後、内田が当該選手をベンチに下げなかったこと。そのプレーを容認しており、事前の共謀を推認させる間接証拠となりうる。また、日大アメフト部員の証言、関学との試合後の囲み記者会見での「(当該選手は)よくやったよ」「違法云々」発言なども有力な証拠となるのではないか。

日大がこの先、内田・井上を守ろうとすればするほど、事態は日大にとって悪くなる。

2018年5月23日水曜日

テロリストの心理をみたーー日大アメフト加害部員会見

6日のアメリカンフットボール定期戦で、関学大QBを「殺人タックル」で負傷させた日大3年のDL宮川泰介選手(20)が22日に都内で会見した。内田正人前監督(62)と井上奨コーチ(30)の指示で反則したなど経緯を説明した。関学大QBと家族らには18日に謝罪したが「フットボールは続けるつもりはない」とも話した。

やっぱりあれは「テロ」だった

会見をテレビで見た。その結果を書けば、先の拙Blogで書いたことが間違っていなかったこと――あのプレーが「テロ」だったということが確信にかわった。換言すれば、テロ実行者の心境、心理状態が手に取るようにわかったということだ。

テロを実行する者の背景は一つではない、いろいろな要素がある。宗教やイデオロギーを使った洗脳、復讐心、金銭的欲求…なかでも、テロ以外の選択肢を奪う、精神的追い詰めはテロを実行させるための常套手段だ。

組幹部が若い組員に向かって、「タマをとってこい」と迫る場面がわかりやすい。映画等でよく見かけるシーンだ。ほぼ極限の縦社会である反社会的勢力組織にあって、若い組員に選択肢はない。若い組員は常日頃から、精神的、経済的等諸々にわたって「組」という縦型組織にからめとられている。若い組員はテロ命令を拒否する選択肢はない。それが縦組織の特性だ。反社会的勢力組織では、そのようなテロ実行者を「鉄砲玉」と呼ぶらしい。「鉄砲玉」に選ばれるのは若く純真で功を焦る者だろう。若いから組への貢献度は低い。早く幹部に昇進したい。武闘派と呼ばれたい。タマを取れば…そうして、彼は組織にとって絶好の実行者に仕上がっていく。

大学体育会は異常集団

日本の大学スポーツ、いわゆる体育会は先の拙Blogで書いたとおり、典型的な縦社会であり、映画で描かれた反社会的勢力組織と似ているように思われる。体育会に所属する学生はフィジカル・エリートだ。「スポーツ特待生」と呼ばれる制度で大学に入学できる。彼らは全国の高校の部活動経験者や付属高校からスカウトされる。普通の大学入試を受験・合格した者が大学からスポーツを始めて体育会に入部するケースが皆無とはいわないが、それらの者はレギュラーにはなれない場合がほとんどだ。

具体的な事例を紹介しよう。埼玉の某高校ラグビー強豪校を卒業したA君は、スポーツ特待生制度で大学のラグビー強豪校D大学に入学した。身長180センチ超、体重80キロ近くの大型ナンバー・エイトとして前途有望だった。ところが、A君は練習中に膝を痛めラグビー継続が不可能となったその途端、除籍となった。この事例がD大学特有なものか大学全般であり得る事例なのかわからない。だが、極めて残酷な話であることは間違いない。

大学スポーツの実態は、全国からフィジカル・エリートをスポーツ特待生として集め、監督・OB→コーチ→先輩→後輩という絶対的縦組織で運営される異常集団。特待生がケガ等で運動を続けられなくなると、除籍処分で大学を追われる。

大学体育会は大学本体の「外人部隊」「傭兵」

大学スポーツの歪さが明るみに出たのが、今回の日大アメフト事件だ。この事件から、体育会の監督、コーチと部員の関係及び大学と体育会・学生(部員)との関係も明らかになった。体育会は大学の知名度、イメージアップの使命を受け、勝利至上主義のもと、部員を非人間的に扱い追い込んでいく。

しかしながら、前出のとおり、部員が運動を続けられなくなれば除籍として切られ、このたびのように、部が不祥事を起こせば、大学と体育会は別組織として切られていく。大学にとって体育会とは、その本体とはうまく切断された組織、いってみれば、本体とはなれた、「外人部隊」「傭兵」のような存在なのかもしれない。

体育会の「裏」を報道しなかったマスメディア

そればかりではない。大学スポーツの異常な成長・発展を見過ごしてきたのはマスメディアだ。むかしから野球の早慶戦、ラグビーの早明戦、アメフトの甲子園ボウル等が名勝負として注目され、テレビの優良コンテンツとなるに従い、メディアは学生スポーツの歪みや問題点を指摘することを控えた。メディアはその裏側に目をつぶり、表の学生スポーツを讃えた。若き血燃ゆる、ひたむき、純粋、ノーサイド後の友情、人生の良きライバル…しらじらしい装飾語で飾り立ててきた。この構造は、高校生の甲子園野球も同じだ。スポーツと学業が両立している大学もあるだろうが、筆者の想像では、その数はあまり多くない。

先の拙Blogにおいて、今日の日本のスポーツ界には、アジア・太平洋戦争時に日本が完成させた〈総力戦=戦争学〉と、それを貫徹するための〈組織論=封建遺制(絶対的上下関係)〉が残存どころか主流であった。このたびの事件がその改善の契機となればいいのだが、期待できない。

2018年5月20日日曜日

Big MOUTH Three(ビッグ・マウス・スリー)――西野ジャパンはポンコツの寄せ集め

サッカーW杯ロシア大会に出場する日本代表選手が概ね決定されたようだ。今月30日に行われる親善試合ガーナ戦に日本代表として招集された27選手は以下のとおり。
※( )内は所属チームと年齢(2018.05.20現在)

(GK)
川島永嗣(メッス、35)、東口順昭(G大阪、32)、中村航輔(柏、23)
(DF)
長友佑都(ガラタサライ、31)、槙野智章(浦和、31)、吉田麻也(サウサンプトン、29)、
酒井宏樹(マルセイユ、28)、酒井高徳(ハンブルガーSV、27)、昌子源(鹿島、25才)、遠藤航(浦和、25)、植田直通(鹿島、23)
(MF)
長谷部誠(フランクフルト、34)、青山敏弘(広島、32)、本田圭佑(パチューカ、31)、乾貴士(エイバル、29)、香川真司(ドルトムント、29)、山口蛍(C大阪、27)、原口元気(デュッセルドルフ、27)、宇佐美貴史(デュッセルドルフ、26)、柴崎岳(ヘタフェ、25)、大島僚太(川崎F、25)、三竿健斗(鹿島、22)、井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ、21)
(FW)
岡崎慎司(レスター、32)、大迫勇也(ブレーメン、 28)、武藤嘉紀(マインツ、25)、浅野拓磨(シュツットガルト、23)

西野ジャパンは忖度代表

(本番では23名に絞り込まれるわけだが)27選手を見た限りにおいて、ロシア大会出場の日本代表に期待するものは何もない。ハリルホジッチの突然の解任のあと、代わって監督に就任した西野朗のビジョンが見えてこない。推測でいえば、協会(JFA)幹部、Jリーグ、テレビ、広告代理店、スポンサーに対する忖度、気づかいの結果にすぎない。拙Blogで書いた通り、西野ジャパン(日本代表)に期待はない。こんなにも関心の薄れたW杯は過去にない。

中島翔哉の選外が最大のサプライズ

最大の驚きは、今シーズン、ポルトガル・リーグで大活躍した中島翔哉(23才)の落選だ。彼はポルトガル一部のポルティモネンセSCにおいて、リーグ戦29試合に出場(29試合でスタメン、21試合にフル出場)し、10得点12アシストという好成績で終えた。今シーズン、メキシコで大活躍したといわれる本田圭佑は29試合出場して10得点、7アシストであるから、中島のほうがチーム貢献度は高い。

ではなぜ中島が選外になったのかといえば、西野ジャパンが本田、岡崎、香川のいわゆる「ビッグスリー」を固定メンバーとする絶対方針があるため、ポジションが重なる中島に代表メンバーに入る余地がないからだ。西野は「ビッグスリー」を代表に入れるために監督に就任したようなもの。中島には悲しいかな、スポンサーがついていない。もう一つの理由として考えらえるのが、西野ジャパンの年功序列体質ではないか。中島はまだ若いと。

「ビッグスリー」の「口害」

相変わらずの本田のビッグマウスには閉口する。香川の力んだ「演説」も聞き苦しい。筆者が納得できないのは、彼らが主軸だったブラジル大会(2014)の日本代表の成績は、退場者で一人少なくなったギリシアとスコアレスドローで引き分けた勝点1のみ。勝利なき惨敗だったこと。あれから4年も経ったロシア大会、彼らを攻撃の主力に据えてブラジル大会以上の成績を残せるのか…「ビッグスリー」が4年前より心技体において向上したとはとても思えないどころか、まちがいなく退歩している。

ロシア大会は、ブラジルの失敗の総括から導かれた戦略・戦術で臨むべきものであり、代表選考はその表出のはずだった。しかし、急場しのぎの代行=西野にそれを求めても無駄なこと。喜んでいるのは当たり前のサッカーファンではなく、スポンサー、テレビ、広告代理店、そしてナイーブ(うぶ)な代表サポーターばかり。ああつまらない。

オオフジツボ、ストリート・ライブ

谷中、千駄木「よみせ通り」商店街にて、オオフジツボがストリート・ライブ・コンサートを行った。

ビアパブイシイの主催である。


『「昔は良かった」と言うけれど』

●大倉幸宏〔著〕 ●新評論 ●2000円(税別)

誠に示唆多き書だ。派手な論理展開や難解な言説を用いることなく、適正な資料の積み重ねによって、今日跋扈する暴論を吹き飛ばしてみせる。あるいは固定概念を覆してみせる。日本人の多くが本書を読めば、戦前回帰を望む政治勢力が進めている洗脳計画を回避することができる。

よって、筆者は日本人の多くが本書を読むことを期待する。本書を読んでもなお、戦前の日本のほうがいま(戦後)より良かった、とする人は真っ当な判断力の働かない、まことに残念な人というほかない。

戦前社会の荒廃ぶり

結論をいえば、戦後の日本人の道徳は戦前に比べて著しく改善しているし、公衆マナー、モラルも向上している。たとえば、電車内で化粧する女性の姿――これは戦前にもみられた光景であり、戦後(近年)になって出現したものではない。席を譲らない若者、騒ぎまわる子ども・・・といったモラル欠如の光景はいま(戦後)よりも戦前のほうがひどかった。

もらい児殺人の横行

幼児虐待もいまに始まったことではない。子どもの虐待は戦後増加したものではなく、戦前にも頻発していた。驚くべきは、事情があって育児できない子どもを譲り受ける「もらい児」が戦前では一般化していて、事情がある家庭から裕福な家もしくは子宝に恵まれない家庭に引取られていた。そこで発生するのが「もらい子殺人」と呼ばれる残虐極まりない犯罪の横行であった(P145~)。

その手口は、子どもを必要としない親から子ども譲り受けると同時に養育費を受け取り、その後に殺してしまうというもの。なかにはこれを生業にして大勢の子ども(その後の捜査で200人にわたっていた)を殺していた者さえいた。

託児療院経営者、集落等が組織的に「もらい子殺人」に関与した事例が報道されており、ある集落では200~300人の「もらい子」が養育費受け取り後に殺害されていた。これらは1910年代から1930年代にまで常態化していたようだ。

人口調整を目的とした嬰児殺し

そればかりではない。ある村落では、数十年にわたり、いわゆる「口べらし」と呼ばれる人口調整の手段として嬰児が殺害されており、子どもの白骨死体50体が発見された事件が当時の新聞に報道されている。

前出の児童虐待は戦前多発しており、戦後(今日)以上に社会問題化していた。家庭内虐待、学校に行かせず働かせる。働かせ口としてはサーカスの曲芸、もの売り、飲食店の給仕、丁稚奉公もあった。最悪なのは、路上における物乞い、身体の障害を見世物にするといった人権無視もあった。

戦前の日本は軍事偏重、福祉切捨ての差別社会

これら戦前の子ども虐待は一個人、一家族の問題ではない。もちろん、マナー、道徳といった範疇を超えたもので、国家の社会政策、福祉政策、貧困対策等の欠陥の反映だ。その主因は、戦前の日本が明治維新以来国是としてきた「富国強兵」による軍事偏重にあった。

戦前の日本人の心が美しかったとか、人情が厚かったとか、心が温かったという言説は社会一般として成り立たない。戦前にもそのような日本人がいたと同様に、戦後にもそのような人がいるだけの話だ。公衆道徳、マナーに関して言えば、戦前に比していま(戦後)のほうが著しく改善・洗練化されている。基本的人権、社会福祉に関しては、戦前の日本ではないがしろにされ、多くの日本国民は貧困、差別に苦しめられていた。

教育基本法を骨抜きにしたい戦前回帰勢力の台頭

ではなぜ、戦前の美化が喧伝され、戦前のネガティブな情報がいま現在の社会において、共有化されないのだろうか。そのことは、前述と重複するが、戦前の政治体制に回帰したい政治勢力が、宣伝・洗脳攻勢をしかけているからであり、メディアがその勢力と一体化しているからだ。

彼らは戦後日本人の「劣化」を叫び、その原因を戦後教育のあり方に求め、それを担ってきた教師の組合である「ニッキョウソ」の敵視に向かう。〔戦後日本人の劣化=ニッキョウソ〕という論理なき宣伝を国民に展開する。

この手口はナチスのものと同様だ。ナチスはワイマール共和国成立後の社会の混乱と不安の主因を「ユダヤ人」に一元化して国民に喧伝することで大衆の支持を集めた。すべて「ユダヤ人」が悪い、という単純なメッセージで人心を掌握した。いまの日本において、戦前回帰を求める政治勢力も前出のとおり、日本人の「劣化」を「ニッキョウソ」に一元化しようとする。戦後の民主教育の根幹をなしてきた教育基本法を骨抜きにしようと謀る。彼らは精緻な論理性をもたない。民主主義教育の成果もしくは不十分性に係る検証もない。いまの日本人は劣化している、ニッキョウソが悪い、と情緒的、声高に叫ぶばかりなのだ。繰り返すが、戦前の日本人の道徳、倫理観、マナーはいま(戦後)よりも劣っていたにもかかわらず。

教育勅語は考えない「教育」を望む戦前回帰勢力の拠り所

戦前回帰を目論む勢力が教育において美化するのが教育勅語だ。それに関して、本書にまことに興味深い記述があるので紹介しておく。著者(大倉幸宏)は、大正後期に小学校で修身の授業を受けていたある女性が、当時の授業の様子について回想した小文を事例とする。その回想によると、当時の小学生は教育勅語の内容はまったく理解せずにただただ暗記、暗唱していたにすぎないというもの。教育勅語は、小4になると児童が見ないで書かないといけなくなるのだそうで、自習のときに、半紙を載せて写したのがばれて「日本人ともあろう者がお勅語の上に紙を載せて書くとは何事です!」とひどく叱られた子のエピソードも添えられている。著者(大倉幸宏)はこう続ける。
難しい漢語が並んだ教育勅語は、子どもが簡単に理解できるものではありませんでした。また、教育勅語が書かれた教科書を大切に扱うことが要求されたため、子どもたちにとって教育勅語は、ただ神聖なものであるというイメージだけが刷り込まれていきました。教える側も、その取り扱いには苦心していたようです。(P210)
筆者には、戦前の社会において、教育勅語が教育効果を上げたとは思えない。もし効果があったとするならば、それを集団で暗唱する集団行動に政治的意味があったのではないかとも。あるいは著者(大倉幸宏)の指摘のとおり、天皇(の言葉)を神聖化、神秘化する効果があったのではないかと。

教育勅語(暗唱)の身体的教育効果

では、政治体制が変わったいま(戦後)、なぜ、教育勅語が見直されるのか。それは、ものごとを考えない教育を望む勢力にとって都合が良いツールだからだろう。前出のように教育勅語は中身の理解よりも、それを暗記暗唱することの強制――身体性に重きが置かれていた。教育とは思考力の鍛錬にあるのだが、思考よりも暗唱、いわれたことを素直に考えずに励む行動が美化されたのではないか。それが戦前教育の基本だった。教育勅語を暗記せよといわれれば、素直に実行する子どもをつくること。国家のいうことは、それがどんなものか検証することよりも、黙って従うことが教育の役割だと認識する勢力にとって、教育勅語はなんとしても復活させたいツールのようだ。教育勅語は戦後教育を破壊したい勢力のシンボル的存在にちがいない。

大新聞に求められる戦前社会の実相の共有化

本書の基本となっているのは、戦前の新聞記事等の報道資料だ。「昔はよかった」という根拠なき政治的言説や風潮は、大新聞がみずから蓄積してきた、戦前の記事を広く社会に紹介することで是正可能だ。新聞みずからが過去に取材・報道した記事を広く社会と共有することで、誤った戦前美化の言説は否定できる。フリーのライターができる仕事を人材豊富な大新聞社にできないはずがない。新聞がそのことを放棄していることに合点がいかない。

2018年5月16日水曜日

日大アメフト選手、試合中に「テロ」 続発する日本スポーツ界不祥事

 学生アメリカンフットボール、関学―日大の定期戦中、とんでもない事件が起きた。関学のQBがパスを投げた数秒後に、日大のDLに背後からのタックルを受け重傷を負った。事件の映像を見ると、白昼、公開の試合中、日大DLが関学QBに仕掛けた「テロ」という表現が相応しい。日大側に弁解の余地はない。

審判も名門校に忖度か

この試合の審判は、「テロリスト」に対して、一回目の反則では通常のファウルで試合を再開。お咎めなしだ。この「テロリスト」、試合に出続けた結果、もちろん反省もせず悪質な「ファウル」を重ね、その後に、関学の選手に対してパンチを振るい、やっと退場となった。

なんと三度も「テロ」を敢行した挙句の退場処分。審判は、最初の「テロ」で同選手を一発退場すべきだった。あるいは没収試合でもよかった。明らかにこの日大選手は確信犯。加えて、報道にあるとおり、「監督の指示」である可能性も濃厚である。

日大はアメリカンフットボールの名門・強豪校であり、昨年の学生チャンピオン。審判は被害を受けた関学よりも、「日大」というブランドに忖度して、適格な判断を下せなかった可能性が高い。審判も失格である。

続発するスポーツ界の不祥事

さて、今年(2018)に入ってから、スポーツ界の不祥事が相次いでいる。思いつくままに列記してみよう。
  1. カヌー選手によるライバル選手に対する禁止薬物混入事件(1月)
  2. 日馬富士、貴ノ岩暴行事件で略式起訴後、罰金50万円の略式命令(同)
  3. 女子レスリング、伊調馨選手パワハラ事件(3月)
  4. 貴乃花部屋の貴公俊による、付き人暴行事件(3月)
  5. サッカー日本代表、ハリルホジッチ監督電撃解任(4月)
  6. サッカーJ1ジュビロ磐田のギレルメ選手、試合中に暴行事件起こす(5月)
そして、今回のアメフト日大選手の関学QBへの「テロ」事件だ。なんと5か月半に7件もの大事件が続発している。2の日馬富士暴行事件は2017に起きているので除外したとしても、月に1回以上のハイペースである。

一方的に相手の抹殺を図る

ギレルメの一件は、激高・興奮した者による単純な暴力事件だが、そのほかの事件の内容は極めて深刻である。年明けに起きた、カヌー界におけるライバル選手に対する禁止薬物混入事件が最近のスポーツ界の悪質さをよく象徴している。アスリートならば、自分が強くなりたいという誘惑にかられ、ドーピングに走る。このことはもちろん許されることではないが、理解できなくもない。

ところが、この事件では、自分を傷つけることなく、ライバルをドーピング違反で潰すという手段に出た。このことは、これまでの常識や最低限の約束事が崩壊してきたことを象徴する。日本のスポーツ界において、とても重要なものが失われるとともに、何かが崩れたのだ。

今回の日大の「テロ」も薬物混入事件に似ている。無防備な者をターゲットにして、意図的に怪我をさせる、すなわち、自分を傷つけることなく、相手の抹殺を図ろうと。

弱い立場、現場の者が「上」から攻撃を受ける

相撲界の不祥事では、ターゲットは常に弱者(番付下位の者)となる。レスリングの伊調馨は史上最強の女子選手だが、マットを離れれば、弱い立場の現場の人間にとどまる。ハリルホジッチも日本サッカー協会という組織からしてみれば、「お雇い外国人」にすぎない。

無防備な者が、薬物混入や違法タックルといった「テロ」を受ける。また、弱い立場の者、現場の者が、協会幹部、監督、役員、コーチ、先輩といった「上」の立場の者から暴行やハラスメントを受ける。公正であるスポーツ界の実態は、ダーティーで封建遺制が残った、近代以前の閉鎖社会であることが見て取れる。

日本のスポーツ界を支配する〈戦争学〉

それだけではない。日本のスポーツ界には、いきすぎた勝利至上主義が色濃く残っている。アジア太平洋戦争敗戦後、日本社会における民主化が進行した一方で、社会の諸機構、各階層において、戦時総力戦体制の遺構が温存された。なかでもスポーツ界は、近代化、民主化が最も遅れた。

日本のスポーツ界は、戦後復興の国民精神のシンボルとして五輪、世界大会等におけるメダル獲得が最優先され、60年代には「しごき」と呼ばれる野蛮な指導方法が称賛されていたくらいだ。学生スポーツ界(体育会)では、先輩後輩の封建遺制が残存され、現役が負ければ、OBらから懲罰、体罰が課せられるのが当りまえだった。それらは、勝利のためだと許容されてきた。〈戦争学〉の支配である。

そればかりではない。高校大学を問わず、生徒学生集めの手段として、学生スポーツが利用されている。甲子園の野球名門校となれば、当該高校のブランド価値が高まり、生徒が集まりやすくなる。学校経営にプラスとなる。こうして、問答無用の勝利主義が許容され、学生スポーツは戦時総力戦体制が手厚く温存されるようになった。学生スポーツ(体育会)において育まれた勝利至上主義は、〈戦争学〉として体系化され、「勝利ためには手段を択ばず」が常態化される。

その体質は学生から社会人、スポーツ団体へと持続的に受け継がれ、スポーツ各組織内に学閥が形成されるに至る。学閥が派閥争い、権力闘争、ポスト争奪の組織単位として抗争を繰り返す。前出の不祥事における、サッカー(JFA)、レスリング(同協会)の事件は、派閥争いが投影されたものである。

人間の価値を決めるメダル、代表といった肩書

選手のあいだでは、ただのスポーツ経験者→五輪出場選手→メダル獲得者(銅→銀→金)のヒエラルキーが固定化され、競技生活終了後の生活水準を決定するに至っている。サッカーでは、元代表かそうでないかといった具合である。

引退後のアスリートの人間的価値は、組織マネジメント力、指導力、スポーツコメンテーターとしての実力、批評力、取材力といった専門性ではなく、前歴が決定する。

メディアはスポーツ界の歪みを批判できず

かくも歪んだスポーツ界を醸成したのは、メディアがその体質を批判しないことが主因である。スポーツが重要なコンテンツとなった今日のエンタメ業界、とりわけテレビは、スポーツ界の歪んだ体質の批判を控えた。大相撲界がその典型で、相撲ジャーナリストたちは、相撲部屋内の暴力体質を批判せず傍観してきた。「甲子園」、代表サッカー、このたびの学生アメリカンフットボールもしかり。「名門」日本大学アメフト部内の暴力体質も批判されることがなかった。

アメフト「名門校」の「テロ行為」を容認してはならない

事件後、雲隠れしている日大アメフト部監督
〈戦争学〉に支配された日本のスポーツ界。このたびの日本大学アメフト部に対する処分としては、廃部が望ましい。「テロ」の指示を出した監督及びそれを実行した学生は、アメフト界から永久追放されるべきだ。報道によると、日大の当該監督及び選手から、関学の被害選手に対して、謝罪もないという(5月16日現在)。日大側に反省の態度はないとみていい。日大の態度こそ、〈戦争学〉の体系に則った態度である。勝つためには、何をやってもいいのだと。また、英雄は組織をあげて守らなければならないのだと。

2018年5月13日日曜日

『「愛国」という名の亡国論』

●窪田順生〔著〕 ●さくら舎 ●1500円(税別)

今日、テレビには、日本が世界の中で極めて優秀な国だとふれまわる、“日本礼賛番組”があふれているという。『Youは何しに日本へ?』『世界ナゼそこに?日本人 知られざる波乱万丈伝』『世界の日本人妻は見た!』『世界!ニッポン行きたい人応援団』『和風総本家』『たけしのニッポンのミカタ』『世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ!!視察団』『cool japan 発掘!かっこいいニッポン』・・・


日本礼賛番組の構造

スポーツ中継、映画、ニュース以外のテレビを見ない筆者なので、上記の番組がどんなものか判断しかねる。ただ、タイトル及び本書の番組説明を読むことで、これらの番組内容について概ね理解できる。外国人が日本の良いところ、優れたところに感嘆したり驚愕したりすることで、見る側(日本人)に快感を覚えさせる企画だろう。

多くの視聴者は、番組に紹介された日本の事業者、日本人技術者(職人)、日本人そのもの、日本の自然から社会に至るまでの優秀さを確認するとともに、それらが日本人(自分たち)の代表だと錯覚する。そして、その一員である自分も優秀だと納得する。

スポーツも同様だ。先の平昌冬季五輪における日本のテレビのフィーバーぶりも日本礼賛番組と同じ構造にある。フィギュアスケートの羽生結弦やスピードスケートの小平奈緒らが金メダルを取れば、彼ら彼女らは自分たちの代表だと多くの日本人は確信する。サッカー日本代表はまさにその名称からして、「自分たちの代表」にほかならない。だから「絶対に負けられない戦い…」というヒステリックでおよそ不可能な謳い文句がテレビで絶叫されても、当然だと思ってしまう。

こうした現象は、素朴な愛国心、自国民愛なのだから、目くじら立てて批判する対象ではないという見方が大勢だろう。五輪やサッカーで自国を熱烈に応援したからといって、戦前の軍国ファシズムの心情とは一致しないと。自分たちの「代表」を応援して何が悪いのだと。はたしてそうなのだろうか、それについては後述する。

朝日新聞論

本書はマスメディアの愛国報道について、その現状及び歴史の分析を通じて、そこに潜む危険性を指摘する。後半の〔第5章:「反日」と「愛国」は表裏一体〕〔第6章:戦前から「愛国」が抱える闇〕にかけては、「朝日新聞論」ともいうべき内容となっている。

著者(窪田順生)によると、戦後の朝日新聞においては、「愛国」と「反日」の報道は表裏一体の関係にあり、「反日」報道が増加すると、その次に「愛国」報道がバランスをとるかのように増加するという。そして、このバランス報道は、朝日の社是(綱領)であるところの、「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」にあるという。

朝日新聞が社是とする「中正」とは、偏向しないくらいの意味だとも思えるが、筆者(窪田順生)によれば、それは二重人格であり、ダブルスタンダードであり、社会に大きな混乱を招くもとだという。火をつけて騒ぐだけ騒いだ後にしれっとした顔でそれを消すのが朝日新聞なのだと。

「優生学」が日本礼賛報道の本質に

そればかりではない。本書は朝日新聞における今日の日本礼賛報道のルーツを探りだす。著者(窪田順生)によると、朝日新聞における「日本が世界一報道」の定型をつくりだしたのは、下村宏(下村海南)という元台湾総督府民政長官であるという。下村は、同職を退任後、朝日に副社長として向かい入れられた(1921、大正4)。

下村は当時における国際通で、朝日の副社長という肩書を使って、講演やラジオ番組で世界における日本の位置を大衆にわかりやすく説明して回ったという。ところが、下村の日本と世界の関係を計る思想的基軸は、優生学に基づくものであった。彼は日本人が世界で最も優れた人種であることを願ったうえで、日本人が「優れている」と下村が判断した技術、事象、統計等を、客観的検証を欠いたまま大衆にふれまわったようだ。

優生学の根本は、「優れていないもの」の排除・抹殺だ。身体的、精神的に「欠陥」があると国が認識すれば、「優れていない者」は社会から除外されてしまう。今日、世界(他国民)より「優れたかのような日本(人)」が相次いで報道される裏側には、戦前に日本で望ましいとされた似非科学=優生学の復古の兆候が見て取れる。

戦後、朝日新聞は生まれ変わったと思われるかもしれない。だが、日本の至る所に戦前のシステムが残存したと同様に、優生学的価値基準が朝日の中に残存したと考えていい。今日、朝日が中正の名の下で「日本礼賛」と「反日」の報道を繰り返すことから、そのことは明らかだ。「日本イイネ」の蔓延に慣らされているうちにそれが洗脳の完了へと至り、思わぬ方向へと日本を進めることになる。

2018年5月10日木曜日

高桑常寿写真展(5/10~16)

「高桑常寿写真展 アフリカ・ミュージシャンの肖像2018」のオープニングパーティーに行ってきました。

アフリカ民族音楽の演奏などあり、盛り上がりました。

高桑常寿さん







2018年5月9日水曜日

NPB、30試合を消化

大谷翔平の「二刀流」の成功、イチローのアドバイザー就任(事実上の現役引退?)と、ここのところアメリカ・メジャーリーグ(以下「MLB」と略記)の「ビッグニュース」が日本の野球界を席巻している今日この頃。

大谷の評価はまだ早い

前者については、いまは評価する時期でないと筆者は考える。いまのところ大谷の挑戦は順風満帆のように見えるが、シーズンは長い。広大な北米を戦場とするMLB、大谷が順調なままシーズンを終えるとは考えにくい。過労、体調不良、故障がないことを祈っているが、筆者の予感では、大谷の「二刀流」挑戦はシーズン半ばで頓挫する。

イチローの身柄は来年日本開催試合まで凍結か

後者については、MLBが来年予定している日本開催試合(マリナーズVsアスレチックス)にイチローを利用しようという目論見が見え隠れする。マリナーズ及びMLBは、彼を興行的成功のための担保としたようだ。

イチローは現段階では戦力外だが、来年、日本に選手として凱旋すれば、MLBの日本開催は興行的に成功する。だから彼に引退してもらっては困るし、他球団(NPBのどこか)と契約してもらっても困る。イチローにとっては、マイナーに落とされる屈辱を回避できるし、今シーズン、マリナーズに故障者が出れば、選手復帰も可能となる。現役引退は来年日本開催のMLBの試合となれば、イチローのプライドも満たされる。

セリーグ順位は筆者の予想どおり

 さて、日本プロ野球(以下「NPB」と略記)は各チームとも概ね、30試合を消化した。この段階で今シーズンの行方が読み通せるというのが球界の常識となっている。5月8日時点のセリーグ順位を見ると、①広島、②阪神、③読売、④DeNA、⑤中日、⑥ヤクルトとなっていて、筆者が開幕前に予想した順位とぴたりと一致する。このままの順位で行ってもらいたいものだ。

想定外は読売の岡本和真、吉川尚輝、小林誠司の打撃の好調ぶり。岡本が打率3割以上を維持しているのは驚きだ。吉川、小林はここにきて下降傾向にあるが、岡本は好調を維持している。

この好調ぶりの主因は、他球団の岡本対策の誤りにある、と筆者は考える。開き気味の岡本に対して、相手投手が遅い変化球(スライダー、カーブ等)を真ん中から外角高めに投じて打たれているケースを散見する。岡本は速球が苦手で、とりわけインハイ、インローはほぼ打てない。そのかわり、遅い変化球の高めは多少外側でも強引に叩いて、ヒットするパワーがある。彼は、読売から日ハムに移籍した大田泰示に似たタイプ。

パリーグ、楽天最下位とは想定外

パリーグはまるで予想外の展開。①西武、②ソフトバンク、③日ハム、④オリックス、⑤ロッテ、⑥楽天で、しかも楽天は勝率2割5分8厘、と驚きの低率だ。

筆者の予想は、楽天2位だった。楽天には頑張ってもらいたい。首位西武だが、エースの菊池雄星が故障して黄色信号が灯った。筆者の予想では西武の弱点は先発投手陣だったから、菊池の故障は痛いだろう。


イギリスからお客様

娘のイギリスの友達が婚約者を連れて来日。

拙宅に遊びに来てくれた。

彼の仕事はシェフとのことで、日本料理に興味津々。



2018年5月5日土曜日

ジャックと谷根千

今宵はイングランドのミュージシャン(ドラマー)、Jackを谷根千にご案内。

根津の路地にて

REN(根津)

オーナーご夫妻と記念写真

2018年5月1日火曜日

ハリル解任の深層

サッカー日本代表監督を解任されたバヒド・ハリルホジッチ氏(以下「ハリル」と略記)が27日、都内の日本記者クラブで会見した。この会見で解任のすべてが明らかになったわけではないが、ハリルの発言及びJFAに忖度する必要のない良心的ジャーナリストの記事から、解任劇の真相らしきものがうかがえるに至った。

続出するスポーツ団体(公益財団法人)の不祥事と同類

今回の解任騒動というのは、ここのところ続出しているスポーツ団体の不祥事と変わらない。パワハラ、セクハラ、金銭トラブル、権力闘争・・・その多くが公益財団法人でありながら、情報公開は不十分なまま。公益法人の認可を行う内閣府にはそれら団体の資質を見抜く力や管理する力もないことを実証している。内閣府から認可権を剥奪して、新たな委員会を設置したほうが良かろう。

ハリル解任の3つの因子

さて、JFAがハリルを解任するに至った因子は一つではない。複合的ではあるが、どれも純粋スポーツ的見地からではない。もちろんサッカー日本代表強化のためのものでもない。

その因子は(一)JFA内の権力闘争、(二)代表選手の一部が解任をJFAに申し入れたこと、(三)は(二)と関連するが、前出のハリル解任を望んだ代表選手と代表スポンサーとが、ハリル解任で利害を一にしたこと――と要約できる。田嶋幸三JFA会長(以下「田嶋」と略記)は先の解任発表会見で、“解任理由は監督と選手とのコミュニケーション不足”と説明したが、ハリルは会見で、そのことをきっぱりと否定している。

ハリルをロシアに行かせたくなかった田嶋

(一)については、サッカージャーナリスト宇都宮徹壱氏(以下「宇都宮」と略記)のコラム「ハリルが去り、われわれに残されたもの」に詳しいので、そちらを参照してほしい。

宇都宮の見解を大雑把に抽出すると、ハリルを代表監督に招聘した霜田正浩(当時)技術委員長(以下「霜田」と略記)は、田嶋と会長選挙(2016年1月)の座を争った原博美(当時)専務理事(以下「原」と略記)の片腕だった。つまり、ハリルは、原―霜田ラインが決めた代表監督であり、田嶋の政敵が執行した人事だった。

かりに、ハリルがロシアW杯でベスト16入りを果たしたとしたら、田嶋の政敵、原―霜田の執行の正しさが証明され、田嶋は選挙に勝ったものの、会長の正当性は継続しない。田嶋にしてみれば、絶対にハリルをロシアに行かせるわけにいかなかったのだ。

ハリルを更迭せず、日本代表がW杯で惨敗したらどうなるのか。当然、現会長である田嶋の責任が問われることになる。なぜ、ハリルをW杯前に代えなかったのかと。田嶋の立場としては、ハリルで勝っても負けても、せっかく得たJFA会長の座は怪しいものとなる。

ではなぜ、田嶋はハリルをせっせと解任しなかったのか、土壇場での解任に至ったのか。それはハリルがW杯アジア予選を勝ち抜いた実績があり、しかも、ハリルが会見で反論したように、最近の日本代表チームにおける監督(ハリル)と選手の関係が概ね、良好だったからだろう。つまり、ハリルを解任する決定的理由が見つからなかったのだ。

ハリル解任を決定づけたベルギー遠征

ところが、昨年12月のE1における韓国戦惨敗、今年3月ベルギー遠征におけるマリとの引分、ウクライナ戦の負けが状況を変えた。この間の代表戦は試合内容が最悪に近く、加えて、マリ、ウクライナがW杯予選敗退国だったことも重かった。予選敗退国に負けたのだから、本戦で勝てるわけがないと。ここで田嶋はハリル解任の決断に至ったと推測できる。

反ハリル派代表選手、スポンサーからも解任の圧力が?

それだけではない。ベルギー遠征前から、田嶋の耳にはハリル解任の内外から圧力は感じていたはずだ。代表選手とスポンサー契約を結んでいる大企業、代表戦視聴率を気にするテレビ等が大手広告代理店を介してJFAに圧力をかけていたはずだ。それらの声が最大ボリュームとなったのは、前出のベルギー遠征の第二試合、ウクライナ戦ではなかったか。この試合で先発したある選手(以下「H」と略記)が、反ハリル派の頭目とされる。そのHが低調な動きで途中交代したことを記憶している方も多いと思う。つまり多くのスポンサー契約を抱えるHが、ハリルにより、ロシアW杯代表選手から外される可能性が高まったのだ。もう一人、JFAの有力スポンサーであるA社と契約している選手(以下「K」と略記)も、ハリルの構想外だったから、KはHと同調した可能性が高い。

監督と一体のはずの技術委員長が後釜とは呆れてものもいえない

状況は煮詰まっていたが、それだけでハリルを解任することはできない。ポストハリルをだれが務めるのか?田嶋がハリル解任を決断できたのは、西野朗技術委員長(以下「西野」と略記)から、代表監督就任の了承を得たからだろう。これもまた、田嶋にとって好都合だった。西野がロシアで結果を出せば、功績はハリルを解任した自分と現場の西野が共有すればいい。負ければその責任は前任のハリルと西野が負えばいいことになる。西野は技術委員長在籍中、ハリルとあまり交流がなかったという。これも奇怪な話で、本来ならば、技術委員長(西野)と監督(ハリル)は一体であって、ハリルが辞めるならば西野も辞めるのが筋。西野がハリルの後を引き継ぐのは、西野の技術委員長としての瑕疵を放免することになる。

このたびのハリル解任は権力闘争とスポンサー対策の結果である。ハリルと西野の新旧代表監督は、田嶋の権力欲の犠牲者にほかならない。この解任騒動によって、田嶋は日本代表がロシアで勝とうが負けようが、しばらくの間、JFA会長の座を安定的に維持できる。ハリルを追い出した田嶋のおかげで、本来ならばW杯代表メンバーから外された可能性が高いH及びKのロシア行きも確約された。代表スポンサー、テレビ、大手代理店からもその功績が認められることとなろう。

西野はたとえ、ロシアで結果を出せなくとも、期間が短かったという言い訳がたち、責任論は噴出しない。本人のやる気次第では、次のW杯まで代表監督の座が約束される。日本サッカー界における邪魔者はハリルただ一人だった。

ハリル解任のアシストをした多数のサッカージャーナリスト

ハリルを代表監督から外すには、JFA会長、代表選手、スポンサー、テレビ、大手広告代理店といったステークホルダーの圧力だけでは実現しない。彼らの意思を、メディアを介して大声で叫び続けたサッカー解説者(元代表選手)、同コメンテーター、同ライターらの存在を忘れてはならない。彼らは、表向きサッカー戦略及び戦術の面でハリルを批判したかのようにみえるが、すべて見せかけである。プロのサッカージャーナリストならば、日本が惨敗したブラジル大会(2014)以前の「自分たちのサッカー」に戻ってみたところで、ロシアで勝てる可能性は低いと考えるのが自然だろう。

ハリルの会見の後を受けて、醜悪な発言でハリル再批判を行ったのは田嶋であったが、JFAの太鼓持ちのサッカージャーナリストも同様に、ヒステリックに「ハリルでは勝てない」を繰り返すばかり。ならば、「西野で勝てる」根拠を示してもらいたいものだ。

加えて、解任騒動前から、ハリルと選手との「コミュニケーション不足」を記事にしたサッカーライターも多かった。彼らは取材で得た情報ではなく、JFA及び代表選手の一部がリークした話を記事にした可能性が高い。

ハリル解任の不自然さを冷静に伝えた少数のライターの存在が救い

前出の宇都宮を筆頭に、少数ながらハリル解任の不自然さを記事にしたサッカージャーナリストがいたことが救いである。熱烈な代表サポーター及びナイーブ(うぶ)な代表ファンがいまいちど、彼らの記事を読みかえし、彼らが展開したJFA批判に同調してくれれば、日本代表のガラパゴス化は回避できる。

2018年4月27日金曜日

『昭和維新試論』

●橋川文三〔著〕 ●講談社学術文庫  ●972円(キンドル版)

宣伝文にはこうある――“本書は忌まわしい日本ファシズムへとつながった〈昭和維新〉思想の起源を、明治の国家主義が帝国主義へと転じた時代の不安と疎外感のなかに見出す。いまや忘れられた渥美勝をはじめとして、高山樗牛、石川啄木、北一輝らの系譜をたどり、悲哀にみちた「維新者」の肖像を描く、著者、最後の書。(講談社学術文庫)”

本書最終章「国家社会主義」の終わり方のあまりの唐突さに、著者(橋川文三/1922-1983)の書き続けたかったはずの強い意志の反転をみた。

日本人は〔革命〕ではなく〔維新〕に共鳴する

〈昭和維新〉とは、一般に「1930年代(昭和戦前期)の日本で起こった国家革新の標語である(Wikipedia)」と考えられている。それは流動的かつ情況的ムーブメントでありスローガンである。インシデントとして挙げれば、「五・一五事件」(1932、昭7)「二・二六事件」(1936、昭11年)となろうが、両事件が示すように、〈昭和維新〉が成就されたものなのか、されなかったものなのかについては明確でない。

日本では、閉塞的情況の打開の動きを「〇〇維新」とするのが常である。革命と同義のようだが、日本人は「維新」の方に親和性を覚える者が多い。そのことは日本人の明治維新に対する郷愁であり崇拝の念であり、国家・人心の一新は、明治維新のようであってほしいという願望の現れである。

新しいテロリスト像の出現

本書は朝日平吾について触れることから始まる(「序にかえて」)。朝日は当時の金融資本家で、東大安田講堂の寄贈者として知られる安田善次郎を暗殺(1921、大10)したテロリストであるのだが、彼を「大正デモクラシー」の陰画的表現と評し、朝日平吾の人物像に当時の右翼、左翼、アナーキズムへ奔った青年たちと共通する、感傷的な不幸者の印象を認める。それは明治維新直後に起こった士族反対派が抱いたテロリズムの心情とは異なっていた。朝日の心象は、「不可解」と遺書に記して(1903、明36)華厳の滝に飛び込んだ藤村操と共通するものだともいう。本書によれば、“〈昭和維新〉というのは、そうした人間的幸福の探求上にあらわれた思想上の一変種であった”ということになる(テロ・自殺が人間的幸福の探求なのかどうかについては疑義を挟む者もいるかもしれないが)。

このことの情況的説明は次のとおりとなろう。明治維新(1868)からおよそ30年間の日本が近代国家としての第一段階を歩んだ時代――牧歌的近代国家建設期だとするならば、日清(1894、明27)・日露(1904、明37)という2つの大戦を経験した後の日本は、第二段階――帝国主義国家への移行とその完成に向けた時代に該当するということだ。〈昭和維新〉は、その変容を契機として産み落とされ、いくつかの屈曲を経て成長した、(思想・運動の)妖怪といえる。

明治20年代から始まった維新国家の変容

本書は〈昭和維新〉の思想を論評するにとどまらず、そこに至るまでの日本のさまざま思想的潮流を明らかにする。前出の、「神政維新」「桃太郎主義」を唱えた渥美勝(1877-1928)――彼はその粗末な身なりと風貌と思想性から、第一次世界大戦後のワイマール(ドイツ)に出現した、インフレ聖者を彷彿とさせる。高山樗牛、石川啄木からは、明治青年の疎外感、不安感がうかがえる。

そうした明治後期から大正初期の日本人に対して日本国が発出したのが「戊辰証書」(1908、明41)であり、後の「癸亥詔書」(1924、大13)である。これらは日本人のあるべき姿を国が示したものであると同時に、当時の日本人は国が望む人物像から逸脱し、制御不能な様態を呈していたことを逆証する。では、当時の日本人はどんな価値観を持っていたのだろうか。

日清日露大戦後の日本の若者は、国家主義から個人主義、本能主義、官能主義に傾倒する者が少なくなかった。その結果として、宗教的神秘主義への傾斜も認められたというが、いかに成功すべきかの立身出世の世俗主義も世を覆っていたという。

当時、帝国主義国家を目指す日本政府から見れば、このように著しく後ろ向きの風潮は好ましくなく、早急に糺すべき対象であった。そのようなとき、日本国が思想的・道徳的な核として据えるのが日本化された儒教思想であることは覚えておいていい。そしてその場合、維新は弁証法的な革命としてではなく、神代への復古を目指した改革運動として現れる。明治維新がその祖型であり理想とされる。もちろん、それは天皇を頂点とし、日本化された儒教思想によって下位に位置づけられた従順な臣民という構造をもち、同時に野蛮な尊王攘夷と淡麗な日本的美意識で飾られたものとなる。

〈昭和維新〉の推進母体=国本社の創設

日本は第一次世界大戦(1914、大3)を境として、深刻な閉塞状態に陥る。ロシア革命(1917、大6)、関東大震災(1923.9、大12)、虎ノ門事件(摂政暗殺未遂事件/1923.12)等により社会は騒然となり、共産主義(日本共産党結党/1922、大11)、社会主義、無政府主義が台頭する。

そのような情況下、〈昭和維新〉は民間、官界、学界、政界を巻き込んだ最強のムーブメントへと成長していく。その萌芽は、「老壮会」、「猶存社」を経て結成された国本社(創始者は平沼騏一郎)の誕生(1924、大13)であろう。同会の構成員は軍人19名(陸軍10、海軍9)、官僚(司法関係8、内務6、外務3、大蔵2)等と多岐にわたり、同社が目指したのは政治と道徳の一体化であった。それは前出の日本的儒教と日本的美意識が融合した民族主義の哲学にほかならない。同会は前身の猶存社に北一輝が参加するに至り、〈昭和維新〉遂行の強力な思想性を獲得する。

北一輝の思想

北一輝は今日、彼を教祖的指導者として担ぎ上げ、「二・二六事件」等を起こした陸軍皇統派のイデオローグとして否定的評価を受けているが(実際に統制派により処刑された)、本書(14章:北一輝の天皇論)において、北と皇統派の思想的差異が明確に整理されているので、この章はぜひとも読んでいただきたい。

北の天皇論は、明治憲法の正統的解釈とされてきた天皇と国民の関係――主権者天皇の統治対象としての国民という関係(=天皇の国民)を転倒し、天皇を民族社会の有機的統合と発展を代表する「国家の一分子」としてとらえ(=国民の天皇)、国民は天皇とともに国家の最高機関を形成すると考えるものであった。

その特徴は次の通り。
  • 天皇論としては、明治期の伝統的な国家論の全面的否定の上に組み立てられていること
  • 天皇存在の根拠を何らかの古い伝統的信条もしくは「迷信」の援用に頼ることなく、基本的には西欧近代の国家哲学にもとづいて弁証しようとしたこと
  • 国民論としていえば、それを「臣民」としてではなく、近代的な意味での「ネーション」と同じものとしてとらえようとした。

北一輝を誤読・単純化した皇統派

一方、陸軍青年将校・士官学校生らは北一輝の思想について、天皇を頂点とし、その下に臣民を直接的に配置することが必要だというふうに単純に理解した。「一君万民」である。皇統派は、社会の諸悪の根源は、天皇と国民(臣民)の中間に巣食う政治家、官僚の悪政であると。それゆえ、自分たち(皇統派)が中間に位置する政治家・官僚を暴力的に一掃すれば、(明治維新がなしえたような)天皇の善政に復古すると考えたのだ。皇統派の維新を目指した一連の蹶起を〈昭和維新〉とするならば、それは頓挫した。

しかしその終息にあたったのは軍部の反対勢力、すなわち、皇統派と対立していた統制派であった。〈昭和維新〉は陸軍内部の主導権争いとして始まり、皇統派の排除により、新たな生命を与えられ延命した。その延命は、日本を悲劇へと導くものとなった。〈昭和維新〉の第二幕である。

統制派が推進した総力戦体制

皇統派を鎮圧したのは統制派とよばれる陸軍幹部、上層部であった。では統制派とはどのような勢力なのだろうか。のちに日本を破滅的危機に導いた統制派について、現在の日本人は多くを知っていない。

本書によれば、統制派とは「高度な総力戦に備えて軍の統制を制度と人事によって強化し、その組織的圧力によって国家全体を高度の国防国家に止揚しようとするもの」だという。統制派のイデオローグは永田鉄山(陸軍中佐)。永田が唱える高度な総力戦とは、欧州を主戦場とした第一次世界大戦が国家と国家の総力をあげた戦争であったとの認識から出発した国家観である。戦争とは、軍事はもとより、経済・物流・思想・文化・メディア・・・といった国家の総力が激突する戦いだという認識である。こうした認識は間違ったものではない。第一次世界大戦後の欧米の帝国主義諸国は、戦争をそのように認識していたのだから。

そして統制派が軍部のみならず、政治の実権を握った時、日本は総力戦体制を整え、国防から無謀無策の侵略戦争への道を進んだ。そのとき国民を統治したイデオロギーは、統制派が鎮圧した皇統派のスローガン、「一君万民」であったことはいうまでもない。国民は天皇の赤子として、天皇のための戦争で死ぬことが名誉とされた。〈昭和維新〉は1945年(昭20)、およそ320万人の戦死者を出して終わった。

2018年4月26日木曜日

JAKE BUGG Solo Acoustic Tour

JAKE BUGGのコンサートに招待され、恵比寿のリキッドルームに行ってきた。

ギター一本のソロコンサートなので、彼の曲をじっくり聞けたかな。

アフターショーでは知人のジャックのおかげで、ジェイク直筆サイン入りCDをプレゼントしてもらった。




後ろで写真撮影しているのがジャック

ライブ終了直後のジェイク

ジェイクが目の前でサインしてくれたCD

2018年4月23日月曜日

サルデスカ(スペイン・バスク料理)

娘のちょっと早めの誕生日会。

鶯谷(東京・台東)のサルデスカにて開催。

日本では珍しいスペインバスク料理のお店です。










2018年4月11日水曜日

非常識な監督交代 JFA、ハリル日本代表監督を解任

 日本サッカー協会(JFA)が9日、都内のJFAハウスで会見を開き、田嶋幸三会長がバヒド・ハリルホジッチ(以下、「ハリル」と略記)監督の解任と、西野朗技術委員長を新監督とする人事を発表した。解任理由は、ハリルと代表選手とのコミュニケーション不足、摩擦などだという。ウクライナ戦の後、監督と選手の状況が悪化し、解任の決定打になったという。



ハリルの方針は日本代表に定着せず

今回のハリル解任劇を端的にいいあらわせば、〝JFAが一部選手の私利と企業利益の追求に屈した、悲しくも非常識な「惨劇」であった”といえる。それはサッカーというスポーツとは乖離した茶番ともいえる。このことの詳細を以下に示す。

筆者は直前の拙Blogにおいて、「ハリルの4年間の仕事は失敗」と書いた。アジア予選を突破したという実績がありながら、なぜ、失敗なのか。その回答は、先のベルギー遠征の2試合(3月23日マリ戦・3月27日ウクライナ戦)を見れば自明なこと。相手はアフリカ地区、欧州地区におけるW杯予選敗退国。ハリル率いる日本代表は、その2チームに対して、サッカー全般で劣っていた。ハリルのチームづくりは4年間、空転していたことは明らかだった。

日本のメディアに巣食う「反ハリル」の代弁者たち

ハリルの「縦に速い攻撃」が日本人には合わないとか、「パスを回せ」とかのメディアの騒音は一貫して日本のサッカーメディアの内側に存在し続けていた。サッカー評論家(元代表選手)、フリーライターがその発信元。彼らは明らかに、反ハリル勢力の代弁者であり、その筋の者、その筋のポチである。彼らは、ハリル解任に尽力した代表の一部の選手及びJFA、電通(アディダスを筆頭とする日本代表のスポンサー各社及びテレビ局の代理人)の意図を汲んだ発言者である。

ハリルの解任理由は、選手と監督の戦術面のディスコミュニケーションだというが、筆者にはそう思えない。監督と選手の関係は緊張に満ちたもの。監督の好みが選手起用を左右することは珍しくない。力がありながら、招集されない選手もいる。それが、代表サッカーである。監督の方針によって、W杯で招集されない選手、リーグ戦で試合に出られない選手・・・を数えたらきりがない。

商業的利益が優先するW杯メンバー

田島幸三JFA会長が解任理由として、監督と選手の関係が「こじれている」という意味の発言をしていたが、この発言は解任理由の核心を象徴しているように思える。つまり、解任がチーム強化やW杯ベスト16入りを果たすためといった、純粋スポーツ的見地でなされたわけではないということ。解任の真の理由は、ハリルの選考によって、W杯メンバーから外れる選手と、彼らとスポンサー契約をしている者が共同して、ハリルを追い出したという意味に聞こえる。かれらの利益を確保するために仕組んだ、反ハリル・クーデターだと考えるとわかりやすい。

「パスサッカー」は2010年を頂点に退潮傾向に

筆者は、ハリルの方針は間違っていないと確信している。前出の「サッカー評論家」が主張するパスサッカー、ポゼッションサッカーは、2010年W杯南アフリカ大会(スペインが優勝)をピークとして後退し、いま現在、モダンサッカーの主流はフィジカル重視、単純化していえば、「縦に速い攻撃」が世界標準になっている。その土台となるのが、「デュアル」である。

ハリルはその流れを日本代表に定着しようと、およそ4年間、指導を続けてきたが、残念ながら、モノにならなかった。前出の「ハリルの失敗」という意味は、指導理念は正しかったにもかかわらず、その実践がかなわなかったということである。ベルギー遠征の2試合、ハリルの苦悩がTV画面から伝わってきていたではないか。彼は本番直前まで自分の戦術に合致した選手を見つけようとテストをくりかえし、そのたびごとに勝利に結びつけることができなかった。「勝利ナシ」とシンクロして、「ハリル解任」の声がチーム内外で沸騰し、ついにウクライナ戦の敗戦で「ハリルの砦」は決壊した。

だが皮肉なことに、解任の引き金となったベルギー遠征において、中島、柴崎という2選手を見出したことは、ハリルにとって少しの光明ではなかったか。その矢先の解任なのだから、彼の心中が穏やかであるはずがない。

ハリルの甘さ


ベルギー遠征後、ハリルは苦境に立たされていたのだが、彼はそのことに気づかなかった。ベルギー遠征はハリルにとっては練習試合つまりテストにすぎない2試合だったのだ。しかしながら、このハリルのこの位置づけ及び見通し・認識は正しくない、本番(6月19日コロンビア戦)まで3カ月を切った遠征試合において、本番に向けた戦列整備がなされていなかったことを大衆的に明らかにしてしまったことは、ハリルにとって致命的なミスであった。その甘さは厳しく問われて当然である。ベルギー遠征に向けたハリルの姿勢は間違ったものであり、計算違いであり、彼は自ら「解任」の墓穴を掘ってしまった。

ベルギーの2試合の内容及び結果が惨憺たるものだったから、「反ハリル派」に解任の口実を与えてしまった。いまのハリルを取り巻く状況なら、解任はだれからも文句が出ないと見たのだろう。「反ハリル派」の目論見はみごと成功した。解任後の報道は、「仕方がない」「新しい出発に期待する」「巻き返しが始まる」「これで日本らしいサッカーができる」・・・と。メディアからは勇ましい「進軍ラッパ」が鳴り始めた。敗戦を転進と言い換えた「大本営発表」を報道する戦時中のメディアと同等の野蛮さが満ち満ちている。

この時期の監督解任は代表サッカーにおける非常識

ロシア大会で日本がベスト16に入るか入らなかは神のみぞ知るところ。しかし、この監督更迭のドタバタぶりを見てしまった以上、日本代表に期待するものはなくなった。そもそもJFAは、ハリルホジッチのサッカー観を理解して監督に迎え入れたのではないのか。それが4年間で達成できなかったならば、次の4年間を待つまでではないのか。4年間で日本にモダンサッカーが定着されなかったからといって、8年前に逆行してどうする。

今日の日本代表がモダンサッカーの流れに乗り遅れたのは、ハリルだけの責任ではない。南アフリカ大会(2010年)が終わった段階で、JFAは世界のサッカートレンドを読み違い、ザッケローニを招いてしまったことで、フィジカル重視の世界のサッカーの潮流から取り残された。その結果、ブラジル大会(2014年)で予選敗退した。ブラジル大会直前、当時の日本代表の主力選手は、「自分たちのサッカーをすれば(W杯で)勝てる」「(W杯で)優勝を狙う」と豪語していた。結果はどうだったのか。

いま時計は8年前に逆行しようとしている。そして、逆行のリーダーは、なんとブラジル大会惨敗の戦犯である。そんな輩がロシア大会出場を目論んでハリルの方針に反旗を翻し、スポンサー(大手広告代理店)、JFA、スポーツメディアを巻き込んで、クーデターを敢行し、それが成功したのが4月9日の「解任劇」の真相であろう。

代表のサッカーが日本サッカーの質を決定する

ロシア大会で日本がベスト16入りしたらハリル解任は成功と評価され、予選敗退すれば間違っていたと、総括されるだろう。サッカーが「代表監督」に還元されて、次の代表監督探しで日本中が騒がしくなるというわけだ。

もちろん、代表監督選びには、日本のサッカーの方針が象徴されるという重要な側面があるのだから、おろそかにしてはいけない。だが、それだけに一元化されてしまえば、日本サッカーの質の向上が問われなくなってしまう。代表のサッカーの方針が定まっても、Jリーグを頂点とする日本サッカー界がそれと異なる動きをしていたのではおかしなことになる。こう書くととてつもなく壮大な日本サッカー改革が必要だと思われるかもしれないが、大げさなことではない。世界で勝てるサッカーを日本代表が示せば、下は自然にその流れに同化し従属するものなのである。

JFAはどうすべきだったのか

ハリルの方針は代表に定着せず、ロシア行きから外されそうな選手は造反を煽り、チームの「実情」をメディアにリークする者もいたかもしれない。本番3カ月前でチーム状態は最悪だったことも事実だろう。このまま放置しておけば、ロシアで惨敗するのは目に見えている云々・・・

筆者ならば、最後までハリルに任せる。結果はどうあれ、ロシア大会はハリルのサッカー集大成なのだ。ハリルのサッカーを良かれと判断して代表監督に招致したのだから、その結果を待つしかない。ハリルに課されたの最大のミッションであるアジア予選突破は果たしたのだから、彼にはロシアに行く権利がある。彼が最終的に見極めた素材(代表選手)で戦って、結果を問えばいい。なにが足りなかったのか、負けても得るものはあったのかなかったのか。そうすれば、次の大会までの目標や選手選考の基準、日本サッカー界全体の指導指針も出てくるはずだ。

ハリルを更迭してしまった結果、いまの日本代表はまさに空虚である。指針があっての4年間の努力であり、それがあっての結果であり、その総括も可能となる。よしんば空虚なチームが勝ったとしても、それは偶然の勝利にすぎない。負ければさらに空に虚を重ねるばかりである。