2012年6月24日日曜日

長久院(谷中)のアジサイ




@Yanaka

Zazie, Nico







二匹の猫のうち、Zazie(黒っぽい)はひっそりと、部屋の隅とか物陰で寝ることが多い。

一番下の写真は、珍しく、テーブルの上のクリアファイルの上で寝ているZazie。

一方のNico(白)はだいたんで、どこでも寝てしまう。

ただし、来客があってドアホーンが鳴ると、Nicoは一目散に隠れてしまう。

知らない人が部屋に入ってくると、けっして近づこうとはしない。

その反対にZazieのほうは、人懐っこく、だれにでも近づいてきて触られたりするのが好きだ。

ただし、二匹とも苦手なのが子供。

2012年6月18日月曜日

状況論

ここのところ、日本国の劣化がはなはだしい。民主党政権だからではない。長年の自民党政権が溜め込んだ膿が政権交代後に噴出しているのだ。弱小・軟弱な書生集団・民主党政権、とりわけ選挙屋・松下政経塾出身者には手におえない。

(1)オウム「逃亡犯」――なぜいま逮捕なのか

ワイドショーは多くの時間をオウム真理教の逃亡犯逮捕のニュースに充てている。筆者の素人判断にすぎないが、当局は、オウム事件で潜伏したという複数の被疑者を敢えて逮捕しなかったとのだと思っている。当局は、「逃亡犯」を何かの時の手駒として、持っておきたかったのだと思う。当局=体制にとって、都合の良いタイミングで「逮捕」したかったのではないか。

ではなぜ、いま逮捕なのか――消費税増税問題で国会が煮詰まっているときだからだろう。与野党ともに消費税率アップで合意していながら、国民は増税を望まない。その反発をまともに受けたくなかったのだ。そのようなとき、「逮捕」への指揮系統が働いたのではないか。与野党談合の隠れ蓑として、「逃亡犯逮捕劇」が利用されたのではないか。

当局にとっては、監視カメラ増設予算を大幅に増額できるという二次的効果もある。テレビが「公開捜査」で情報を流し続け、それを受けて国民が監視の目を光らせ、“怪しい奴”を通報するという社会システムの構築も期待できる。密告社会の実現だ。当局は、旧ソ連、東ドイツをはじめとするスターリニズム国家を日本に再現しようというわけだ。

(2)オウム事件、真相解明委員会

ワイドショーに出演した弁護士が素晴らしい発言をしていたので紹介しておく。その弁護士は、“オウム真理教事件は、なにひとつ解決していない”という意味の発言をした。当局は複数の事件に関与した教団幹部を全員逮捕したというけれど、なぜ、彼らがあれだけの事件を起こしたのかは、裁判でも一切解明されていないと。

その弁護士は、「原発事故の事故調査委員会」のようなものを立ち上げ、そこで、事件の全容を解明すべきだと主張した。まったくそのとおりだと思う。▽オウムとロシアとの関係、▽サリン製造のノウハウはどこから?▽地下鉄サリンの前の松本サリン事件でなぜ、誤認逮捕があったのか、▽教団幹部・村井殺害の真相は、▽国松長官狙撃事件の犯人は・・・思いつくだけでも、これだけの関連事項の真相が解明されないままなのだ。とりわけ、教団の資金の流れだ。

(3)「東電OL殺人事件」の深い闇

いわゆる「東電OL 殺人事件」で、犯人とされたネパール人が強制退去で帰国した。事実上の無罪放免である。彼は罪を犯していないにもかかわらず、15年近くも入獄していた。彼が欧米国籍の外国人だったら、こんなことにならなかったのではないか、と筆者は思い続けてきた、と同時に、日本の当局に対する嫌悪感で胸がいっぱいなっていた。オーバーステイのアジアの小国の弱者を生贄にする、日本の当局の「やり方」が汚い。

(4)原発再稼働の無責任さ

原発再稼働宣言については、NO-DAの愚挙の極みだ。再稼働派は、3・11を忘却の彼方に押しやりたいのだ。なにもなかった、3・11は悪夢だったと。だが、3・11こそが現実なのだ。日本の原発は不良品。しかも、それに携わる者(設計者、ゼネコン、電力事業者、政治家、役人、学者、マスコミ人・・・)のヒューマンスキルが低すぎた。事故後の対応力にいたっては、どうしようもない。事故直後、「安全、安全」と言い続けてきた当時・官房長官の政治生命は絶たれておかしくない。にもかかわらず、3・11後に原発を監督する経産大臣に就任したのは、ブラックジョークを通り越している。

NO-DAが「責任をとる」といったって、事故があった後、彼が壊れた原発を修理できるわけでもないし、補償を支払えるわけでもない。事故で死亡者が出たら、NO-DAが生き返らせることができるのか。拡散する放射線を止められるのか。NO-DAに、どういう責任がとれるのか。“引責辞任”なんて、責任をとったことにならない。NO-DAの「はったり」には頭にくる。言葉の「軽さ」にイライラする。

2012年6月13日水曜日

梅雨時の路地パワー



@yanaka

谷根千の路地は季節の花で彩られる。

2012年6月10日日曜日

Zazie, Nico







ZazieとNicoはなんともおかしな表情を偶然、見せてくれる。

猫の不思議な魅力の一つだ。

2012年6月4日月曜日

『現代社会のカルト運動―ネオゲルマン異教』

●S・ フォン・シュヌーアバイン (著) ●恒星社厚生閣 ●5460円 

 本書を読むきっかけは、大田俊寛のtweet、「中沢新一のグリーンアクティブの思想的位置がよく分からないという人は、翻訳が杜撰で残念なのだが、シュヌーアバイン著『現代社会のカルト運動──ネオゲルマン異教』を読まれると良いと思う。世界各国の環境政党が、無数のロマン主義・排外主義カルトに支えられているということが書かれている。」という呟からだった。

1 中沢新一の「反」原発運動(グリーンアクティブ)

大田は『オウム真理教の精神史』を上梓した宗教学者。いま現在、反原発運動の理論的指導者の一人・中沢新一批判の急先鋒に立っている。その理由は、中沢が当初オウム真理教に肯定的にコミットしておきながら、事件後、その態度を変節したことにある。中沢のオウム真理教に対する変化には、彼自身の思想の総括がまったくなされていない、というのが大田による中沢批判の主意である。

さて、中沢新一の“グリーンアクティブの思想的位置”については、中沢の反原発運動のマニフェスト『日本の大転換』(集英社新書)に記されていると考えていい。それを大雑把に示せば、以下のとおりとなろう。

▽原子力エネルギー(原子炉)というものは太陽圏に属するもので、石油・石炭とは異なり、生態圏との間に形成されるべき媒介を、いっさい経ることなしに、生態圏の外部に属する現象を生態圏のなかに持ち込む技術であること。

▽ユダヤ・キリスト教といった一神教は、西欧においてキリスト教の衰退後に覇権を握った世俗的な科学技術文明の深層構造にも決定的影響を及ぼしていて、一神教が思考の生態圏に「外部」を持ち込んだやり方は、原子核技術が物質的現実の生態圏にほんらいそこに所属しない太陽圏の現象をもちこんだやり方と、きわめて強く似ていること。つまり、原発は、一神教がもたらした科学技術であること。

▽資本主義以前の世界では、人間と生態圏の間にもキアスム(交差の)構造が貫かれていて、そのことは農民の示す土地や自然に対する深い共感情を思い浮かべればすぐわかること。

▽キアスムの働きによってつくられていたのが、ほかならぬ東北の世界であること。

▽東北内陸部での稲作農業の発達は遅く、その文化はむしろ、縄文文化の基礎の上に築かれていたこと。
……私たちは原子核技術の思考のなかに、ユダヤ思想が生み出した一神教と、まったく同型の考え方を見出した。どのエネルギー革命も、それに対応する宗教的思想や新しい芸術をもっているものである。……来たるべきエネルギー革命については、……誤解を恐れずに宗教的思想とのアナロジーを用いてみよう。すると、8次エネルギー革命は、一神教から仏教への転回として理解することができる。仏教は一神教の思考を否定する。一神教は、人類の思考の生態圏にとっての外部を自立させて、そこに超越的な神を考え、その神が無媒介的に生態圏に介入することによって、歴史が展開していくという考え方を発達させた。このような超越論的な歴史主義の思考から、モダニズムの技術化思考が生まれた。仏教はこのような思考法を、ラジカルに否定するのである。(中沢新一著『日本の大転換』P66)

2 『日本の大転換』はニュー・エイジ運動の書

中沢のこのような論法は、いわゆる1970年代以降、世界的に普及し今日に至る「ニュー・エイジ運動」の思想にきわめて近いものがある。ニュー・エイジ運動を、本書(『現代社会のカルト運動―ネオゲルマン異教』 )の記述から定義づけてみよう。
ニュー・エイジ運動とは、……神秘主義、秘教、オカルティズム、現代の西欧自然科学、すなわち心理学(とくにW・ライヒとC・G・ユングのそれ)の諸要素、心理療法のさまざまな流れ、ある種の再生思想という西洋宗教の概念装置、それに前キリスト教、あるいは、非キリスト教の種族宗教もしくは自然宗教のインパクトがある。とくに後者には「シャマニズム」「新魔女」それにケルトとゲルマンの「叡智の教え」がある。(P3) 
この運動は、現代世界が生存の危機に陥り、破滅の淵に瀕している、という意識をもち、調和に満ちた、新しくより高度な時代――ニュー・エイジの名称も、ここに由来するのだが――の到来に備えて、「転換期」に生きる思想に革新する。(P3)
中沢の反原発運動のマニフェスト(=『日本の大転換』)の本題に「転換」とあるのは、それがニュー・エイジ運動の一類型であることをいかにも象徴している。さらに、3・11による福島第一原発事故という深刻な、いわば生存の危機、破滅の淵に瀕した日本の状況を克服する道が、“調和に満ちた”、“新しくより高度な時代”、すなわち中沢にあっては一神教を否定し、仏教的世界の実現に向けられていることも、ニュー・エイジ運動の範疇にあることをよく示すものである。

そればかりではない。中沢が、被災地・東北を日本の古層文化であるとされる縄文文化と強引に結びつけていることも、ニュー・エイジ運動の特徴と類似する。

西欧におけるニュー・エイジ運動の理念は、キリスト教(=一神教)伝来以前の自分たちの祖先であるゲルマン・ケルトの自然宗教、そしてアジアの宗教であるヒンドゥー教、仏教、日本仏教(禅)、占星術等を含めたオカルトに求めているが、オウム真理教及び中沢のグリーンアクティブ運動を含めた日本のニュー・エイジ運動は、ポストモダン社会の諸矛盾の解決の方法として、「縄文」「沖縄」「東北」、パワースポットと呼ばれる神社、密教、山岳仏教、チベット仏教、ヨーガ等にそれを求める場合が多い。このことこが、まさに本書の中心テーマであり、肝にも当たる。

また先述のとおり、中沢の一神教(ユダヤ・キリスト教)を排斥する姿勢は、ニュー・エイジ運動の起源となった、19世紀末から20世紀初頭の神智学、アリオゾフィーの理念の延長線上に成立した、ナチズムの反ユダヤ主義が投影されている。このことについては後述する。

3 ネオゲルマン異教とは何か

(1)ネオゲルマン異教の歴史的起源
自分の時代と社会を批判する場合、人びとは、繰り返し、それぞれの時代に望まれ多分に想定される健全な過去に肯定的な対立像を求めるようになる。そのさい、ドイツ語圏と北ヨーロッパでは、「自分の祖先」、つまりゲルマンが、とりわけ民俗学的、文献学的学問の視点から取り上げられている。(P212)
古代ゲルマンの文化と宗教を学問的かつイデオロギー的に考察しようとする始まりは、宗教的動機に基づいているのではない。むしろ、それは、ドイツ文献学と新しく登場した古代学の発展と結びついている。ゲルマンの宗教を受容する最初のきっかけとなったのは、初期ロマン派であるが、このロマン派は、「新しい神話学」を求め、ゲルマンの神的世界の要素を強調した。(P212)
ネオゲルマン異教の理念を説明する場合、今日のニュー・エイジ運動の前身となる19世紀末のドイツ、オーストリアの学問、思想に遡及しなければならない。その第一が、19世紀末に成立した神智学である。神智学は、オカルティズム、仏教、ヒンドゥー教の歴史的装置と、当時流行していた自然科学理論、とくにダーウィン主義・ヘッケルの一元論を、ニュー・エイジ運動と似たようなやり方で綜合していた。

神智学を代表する思想家の一人が、ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(1831~1891)。ブラヴァツキーは、ダーウィン進化論と宇宙的領域が階統制に関するオカルト的教義の結びつきから、人類は「起源人種」から発展するという思想を生み出した。ブラヴァツキーによれば、今日の第五起源人種はアトランティス大陸で発生し、さらに5つの亜人種に分かれている。これら亜人種はさまざまの発展段階を経て進化し、「アーリア人」にまで達しているという。人種のオカルト的起源説と選ばれた民族という理念は、神智学の内部でしだいに大きな役割を演ずるようになった。

もう一つが、20世紀初頭に活動した、アリオゾフィーと呼ばれるオカルトグループの存在である。「アリオゾフィー」とは、アーリアのArio+叡智Sohiaの合成語で、神智学と密接な関係をもっていた。彼らは、とくに神智学が主張するような当代のオカルト思想と民族主義的イデオロギーを綜合しようとした。さらに、彼らは、この綜合にさいし、自分たちの思想構成物に歴史的正当性を付与するにふさわしいと思えた理想化されたゲルマンの原古代を投影させていた。

その代表的思想家の一人・ギィド・フォン・リスト(1848~1919)は、説話や神話に伝承されているアリオ・ゲルマンの多神教的宗教を「ヴォーダン主義」と呼び、神智学のオカルト思想と民族主義的イデオロギー、すなわち、ゲルマン人=アーリア人至上主義を綜合化しようとした。ヴォーダン神とは、ゲルマン民族全体の神とみなされている(オーディン神とも呼ばれる)。

また、イエルク・ランツ・フォン・リーベンフォルト(1874~1954)は、新聖堂騎士団を設立し、「退廃と原人種性に対し学問的戦いを挑み、純粋交配によってヨーロッパの貴族的人種を没落から守るため、人類学の成果を実践的に応用しようとする、唯一にして最初の人種経済学の雑誌『オスタラ』を発行した。オスタラとは古代ゲルマンの祭礼の一つである復活祭の民会のことを意味している。

さてここで、“アーリア人”と“ゲルマン人”について簡単に整理しておこう。ゲルマン人というのは、ローマ帝国がヨーロッパを支配する前に古代ヨーロッパに先住していた北方民族の総称。ローマ帝国の衰退期、北方から移動してきたゲルマン人諸族がローマ帝国内に侵入し、ローマ帝国滅亡の主因の一つとなったことは、高校の世界史で学習したとおりだ。なお、今日のニュー・エイジ運動では、ゲルマン人と並んでケルト人も同類に扱われていて、ゲルマン=ケルトがキリスト教伝来以前の自分たちの真の祖先だと考えられている。

神智学、ネオゲルマン異教においては(学術的検証とはまったく別だが)、ゲルマン人=ケルト人=現在の北方ヨーロッパ人がアーリア人の末裔ということになる。アリオゾーフの代表的存在であるリストは、ヴォーダン主義の使命がアーリア人種を維持し、「高貴な人種」を育成することであるとしていた。また、リストは人種混合を阻止し、「神々の後裔」からなる新しいエリートを育て、エリートたる「純粋人種」のアーリア人だけが、市民的権利や自由を享受しうる唯一の人々であるとした。

今日、一般的には、アーリア人とは次のように考えられている――
紀元前3000年頃、印欧語を話すある部族が、中央アジアで牧畜生活を営んでいたことが認められ、彼らのうち、ヨーロッパに向かう集団と、中央アジアに残った集団とに、分岐した。このとき中央アジアに残った集団をアーリア人と称した。紀元前1500年頃、そのアーリア人のうち、インド亜大陸へ進出し定住民となった集団と、イラン高原へ進出して定住民となった集団、中央アジアに残ってオアシス都市の定住民となった集団、中央アジアに残ってステップの騎馬遊牧民となった集団、に分かれた。そして、それぞれの地域の先住民と融合し定住した者と、遊牧を続けた者がいた、ことがわかっている。つまり、中央アジア、インド亜大陸、アフガニスタン、イラン高原、ヨーロッパ等の人々の多くは、アーリア人と関係があると考えてもいい。

ところが、神智学、アリオゾフィー、ナチズム、そして現代のネオゲルマン異教は、ヨーロッパに向かった部族だけを「アーリア人」と呼び、北方ヨーロッパ人であるゲルマン人、ケルト人だけを取り上げて、その末裔だと解釈していることになる。

(2)ナチズムと神智学・アリオゾフィー

神智学、アリオゾフィーの理念は、ゲルマン人の宗教である多神教にそのよりどころを求める以上、オリエント起源の宗教で、一神教であるユダヤ・キリスト教は排斥されることになる。彼らにしてみれば、ユダヤ・キリスト教こそが、ヨーロッパ退廃の主因となる。また、前出のとおり、神智学、アリオゾフィーは、ゲルマン民族=アーリア人至上主義を打ち出していた。

1920年代におけるアリオゾフィー団体としては、エッダ協会、ギィド・フォン・リスト協会、ゲルマン教団、帝国ハンマー同盟、トゥーレ協会などが挙げられる。こうした考え方は、ナチストの思想と多くの共通項が認められる。ナチスは神智学、アリオゾフィーの理念を綜合化し、アーリア人至上主義、ユダヤ人排斥、古代ゲルマンの宗教の復活を掲げて、それを第三帝国のアイデンティティとして取り込んだ。ところが、第二次世界大戦でナチスドイツが敗戦国となって以来、神智学、アリオゾフィーは急速に衰退してしまった。それが世界的に復活をみせたのは、ニュー・エイジ運動の興隆からだった。

(3)現在のネオゲルマン異教

オカルト思想と過激なゲルマン民族至上主義的イデオロギーが混交した「ネオゲルマン異教」として復活したのは、前出のとおり、ニュー・エイジ運動の影響の下であった。ネオゲルマン異教とは、神智学、アリオゾフィー、民族主義的イデオロギーを綜合化した概念であり、キリスト教伝来前にヨーロッパにあった古代アイスランド文学、とくにエッダ文学、ゲルマン的多神教を復活させようとする運動だ。また、「ヴォッカ(魔女)」運動、エコロジー運動、シャマニズムの尊重、「母権尊重=女性に優しい宗教としての異教」、という側面もある。

今日、ネオゲルマン異教のグループは、北部・中部ヨーロッパ並びにアメリカ地域にみられる。アメリカにはアサ神信仰自由会議、オーディン協会、異教徒の道、フラフニールなどが、イギリスには、オーディンの儀式、槌の位階、オーディンの庭などが、スカンディナヴィアにはアサ神信者、ニアルシンナ(以上、アイスランド)、スヴィトヨーズ・アサ・ギルド、ユグドラシルが(以上、スウェーデン)がある。

ドイツでは、異教共同体、ゲルマン信仰共同体、アルマーネン教団などの存在が知られているが、アルマーネン教団がその代表的存在であり、本書では、アルマーネン教団を詳細に論じている。同教団の指導者はアドルフ・シュライバー、ジグルーン・シュライバー夫妻。この教団はもちろん、神智学、アリオゾフィーが掲げたアーリア人至上主義、古代ゲルマンの多神教の復活、反ユダヤ・キリスト教を基本的立場としている。

また、世界中のネオゲルマン異教の諸グループは互いに良好な関係をもっていて、ネットワークで結ばれている。また、その一部は他の宗教的・政治的集団と活発に結びついている。ネオゲルマン異教の各グループのうち、あるものは極右(ネオナチ)グループであるギルフリーテン、アスガルト同盟など――とも親和的である。

ネオゲルマン異教のグループは、第一に、前・非キリスト教への回帰、種族宗教、すなわち、民族主義としてのゲルマン宗教を尊重するところから、ネオ原始主義の枠組みにあるオカルト的伝統への回帰という傾向をもつ。第二に、それは人種主義、民族主義的世界像を極右集団と共有する。第三に、それがニュー・エイジ運動と同調してきたところから、文化ペシミズム、文明批判として、アメリカ先住民(インディアン)文化に象徴的なシャマニズムや自然崇拝の傾向をもち、アナーキズム的価値、エコロジー的価値を強調するところから、左翼にも根を下ろした立場に立つ。

(4)ネオゲルマン異教とエコロジー的社会主義
1900年から今日に亘るネオゲルマン宗教運動を述べたことから明らかになってきたように、古代ゲルマンの神々の宗教を信ずる中心的動機は、文化ペシミズム的、文明批判的信念である。この古代ゲルマン宗教は、自らの伝統や文化、自らの民族に最も近い宗教として理解されていただけでなく、自然を敬うことであり、エコロジーに志向する宗教としても理解されている。(P226)
反原発運動の理論的指導者のひとり中沢新一が、運動体としてグリーンアクティブを立ち上げたことは冒頭に記した。中沢が指導する運動体が「グリーン」を名乗ることは、彼らが筋金入りの日本版緑派であることは間違いなかろう。もちろん、中沢が自然、農業、農民、生態圏、光合成といった「自然」に全面的に拝跪する記述が『日本の大転換』のなかに散逸していることから、グリーンアクティブはエコロジー系運動組織であろう。中沢における日本の「縄文」「東北」「農業」は、欧米における「ネオゲルマン異教」に相当する。
文化ペシミズムと「緑派」の思想は、すでに19世紀半ばに反大都市的、農業ロマン主義的イデオロギーの点で結びついている。(P227)
この方面の先駆者のひとりが、ヴィルヘルム・リール(1832~1897)。彼は「非自然的病的な都市」に対し地方住民の健康で生気に溢れた生活を対抗させた。彼は産業化、技術革新を否定し、農民気質や無辜の自然を賛美し、国民主義の諸観念と結びつけた。この運動は後に、アリオゾーフであるリストの人種主義と反ユダヤ主義と結合することとなる。また、この時代、ドイツでは「青年運動」「郷土保護運動」が盛んとなり、「自由農民の中心的意義」が尊重されるようになっていた。

20世紀、緑派はニュー・エイジ運動の興隆に呼応しつつ、政治的勢力として成長していった。またその一方で、エコロジーとネオゲルマン異教が密かに結びつくことにもなった。その役割を果たしたのが、1980年代、エコロジー志向をもつ教会批判の神学者・フーベルトゥス・ミュナーレク。彼の汎神論と、緑派の対抗思想、ニュー・エイジ運動、そして民族主義的宗教世界が接触を深めた。彼らは、現代社会の諸矛盾を「ユダヤ的思考」に負わせようとした。つまり、ヨーロッパのキリスト教化がその起源だと。

ミュナーレクの周辺で活動していたペーター・バーンは、「ヨーロッパ人には異質で、オリエントに起源のある教義の多くの強制的伝播」が現代社会の諸矛盾の原因の第一だとし、「ユダヤ教的かつキリスト教的二元論は、神と世界、人間と環境の関係を引き裂いた」と主張した。この思考は、中沢の「私たちは原子核技術の思考のなかに、ユダヤ思想が生み出した一神教と、まったく同型の考え方を見出した。」と寸分たがわぬものである。

(5)右翼と「緑派」

エコロジー運動(環境保護、自然保護、自然食志向、循環型社会志向等)は、日本では市民運動、左翼運動の分派のように考えられている。中沢新一のグリーンアクティブもその一派であろうと。こうした傾向は、エコロジー運動の先駆者であるドイツでも同様のように思える。がしかし、実際には、ドイツにおいては、むしろ両義的であるという。
……前・非キリスト教の諸宗教に「原爆保有国、資本主義、産業主義、植民的キリスト教」の対抗運動を求めようとする希望は、今世紀(20世紀)初頭のエコロジー運動の思想と同じく、政治的には両義的である。確かに、今日の[緑の党]は、主として学生の反乱という特徴をもち、それとともに急進民主主義的理念から左翼急進主義理念まで信奉し、反権威的スタイルを好んでいる。一方、[緑の党]には、はじめから右翼保守的伝統から極右的伝統まで流れており、とりわけ、[緑の党]設立にさいし参与したアウグスト・ハウスライターの国家革命的「独立ドイツの活動共同体」もある。(P241)
エコロジーからみて、ふさわしい自然宗教と考えられる前キリスト教の諸宗教に遡及してみようとする傾向は、緑派‐対抗の陣営、秘教陣営、極右の人種主義陣営に広くみられる。(P246)
 そればかりではない。エコロジーを生物学的かつ人種主義的思考モデルと関連付け、同時に「国家主義的アイデンティティ」「解放の国家主義」「民族多元主義」「ヨーロッパ・ナショナリズム」などの一般原理と結びつけ、エコロジーの危機を、民族とは本来的にそぐわない普遍的かつ自然に反するイデオロギー、すなわち、ユダヤ‐キリスト教によって、疎外された結果だと考えるグループが内在している。

このような思考の代表的存在であるヘンニング・アイヒベルクは「ヨーロッパ世界の産業体制が産業システムを政治的、経済的には拡大傾向にある大規模な構造に組み入れることで、地域の諸民族から文化的、国家的アイデンティティを奪っている」と主張している。これを解決するには、「より小規模の社会単位を創造し強大な権力からの解放と地方主義的運動を支援することだ」という。そこに登場するのが、ゲルマン主義の受容であり、ユダヤ‐キリスト教を排して、ネオ異教的宗教を形成することだと。
思考のモデルとして考えられているものに、エコロジーからみて適切で、したがって「より自然に適っている」より小さな単位、つまり地方の人間らしい社会組織がある。これは、「左翼的」緑派と「右翼的」それ、また伝統的種族宗教に志向しようとするニュー・エイジ運動の諸々の潮流を相互に結びつける。これが「新思惟」と「新心霊」を必要とするさいに、この両者を結び付ける方向は、宗教線上にある。(P245)

4 反原発の思想的位置

中沢新一の反原発の「思想的位置」は、ニュー・エイジ運動(自然崇拝、縄文、東北、農民・農村、多神教主義、反ユダヤ=一神教主義)にほかならない。それが飛び出してきた背景には、3・11以降の日本の混乱と危機意識の高まりがある。中沢のグリーンアクティブの思想は、原子力エネルギーを太陽圏という神秘的世界に追いやり、それ以外のエネルギーを生態圏という「優しい世界」にとどめようとする。

しかし、考えてみれば、生態圏を代表する化石エネルギーをめぐって、世界は血みどろの闘争を繰り広げてきた(いる)のではないか。生態圏だから制御できる、太陽圏だから制御できない――ではすまされない。人類は、原子力エネルギーも化石エネルギーも、制御しなければいけないのである。

3・11以降、日本において求められる反原発の取り組みは、わが国の原発に関わる政治、行政、事業者、産業技術、関連学界、ジャーナリズム、地域社会等を革新・刷新する以外に方法はない。原発が抱える諸問題の根本的解決に地道に向かう以外にない。福島原発の事故発生は、日本の原子力発電に係る技術水準が低いうえに、それを監視するシステムに問題があったからである。原子力発電に携わる事業者の運営管理能力が未熟なうえに、それを監理・監視・監督すべき政治、行政、学界のレベルがあまりにも低すぎたからである。原子力を所管すべき官庁のトップが原子力の素人であった現実、それを知りながら放置しておいた政治家、ジャーナリズム、原子力発電のリスクを説明しない行政、学者等々の責任は限りなく重い。原発を受け入れてきた自治体に対し、リスクを説明しない政府、学界に責任がある。

さらに、日本が地震国であることは、原発事業にとって、あまりにも大きなリスクである。今現在の日本の原発建設技術は、地震・津波の脅威を克服しえないのではないか。このような具体的条件のもと、この先、原子力発電を続けていくことが良い選択なのか、悪い選択なのかを考えればいい。

反原発を自然崇拝や多神教、自然宗教へ回帰する方向で考えようとする傾向は、ニュー・エイジ運動、ネオゲルマン異教の理念と選ぶところがない。中沢新一のグリーンアクティブはいずれ、ネオゲルマン異教の「アーリア人至上主義」「血と大地」「反ユダヤ主義」「反国際主義」に相応する、「東北」主義、「縄文」主義、“始原の日本人”を至上のものとする民族主義・人種主義と混交するに違いない。

2012年6月1日金曜日

Zazie, Nico(6月)





きょう(6月)で、Zazieがやってきてから1年が経過したことになる(実際、家に来たのは、中旬のことだったけど)

生まれたのはその2カ月ほど前なので、誕生日は過ぎている。

Nicoは7月にやってきたのでまだ、1年を経過していない。

二匹とも病気もせず、順調に生育しているようにみえる。

さて、 今月の体重は、Zazieが3.0㎏で前月より0.2㎏の増、

Nicoが5.9㎏で同じく0.4㎏の増だ。

ところで、今朝、Nicoがベランダに出て、フェンスの縁に飛び乗るという事件を起こした。

拙宅はマンションの5階なので、外側に落下したら・・・

幸い、危機一髪のところで内側に降りて、大惨事を免れた。

2012年5月1日火曜日

Zazie, Nico(5月)

二匹の猫はそれなりに順調に5月を迎えた。

体重はZazieが2.8㎏で前月より0.5㎏の増、

Nicoは5.5㎏で同じく0.2㎏の増加だ。

ここ2カ月の体重減少傾向に歯止めがかかった。

二匹とも1歳を超えたので、落ち着きが出てきたような気がする。




2012年4月30日月曜日

不思議な花

@Yanaka

八重桜も散っていく

寛永寺の八重桜が散って、地面をピンクに染めた。






2012年4月29日日曜日

『わが闘争 上下』

 ●アドルフ・ヒトラー  ●角川文庫  ●上800円、下705円(+税)


ヒトラーという人物の詳細については、ここでは割愛する。本書をいま読み直す意味は、話題の大阪市長・橋下徹の思想の中にヒトラーの影響があるのかないのかを探るためだ。橋下大阪市長の強引とも思われる政治手法は、彼を支持しない勢力から「ハシズム」と呼ばれ、その言動、選挙運動、行政手法、独裁肯定の姿勢等がヒトラーと類似すると指摘される。ところが、橋下大阪市長は関西圏のみならず、広く日本中から支持を得ている。

ヒトラーの率いる国家社会主義ドイツ労働者党の台頭は、第一次世界大戦で帝政ドイツが敗戦国となり、旧体制=帝政が倒れ、1919年、新生・ワイマール共和国が成立(革命成就)した後からだった。

そのときのドイツの状況を大雑把に振り返れば以下のとおりになる――ドイツ=ワイマール共和国は、戦勝国側から求められた巨額の賠償請求支払、そして、戦災による生産施設等の損壊により、経済力が著しく低下し、失業者があふれていた。しかも、ロシア革命の成功により、ドイツ国内に共産主義革命勢力が膨張し、ストライキの頻発や治安悪化が進み、社会不安は増大するばかりだった。そんな中、ワイマール共和国の議会は機能不全に陥り、有効な施策が見いだせないまま、時間ばかりを浪費していた。いわゆる、議会が“何も決められない”状況に陥っていた。政治家は敗戦国ドイツの荒廃した状況について、なんら責任をとろとしなかった。そのため民衆は、議会と既存政党に絶望感を抱いていた――と。

橋下氏が大阪府知事選挙(2008年2月就任)に、そして、その後の大阪市長選(2011年11月就任)に勝利したときのわが日本の状況は、ワイマール共和国下のドイツに似ていないわけではない。二大政党制導入の「成果」により、戦後一貫して政権を担当してきた自民党政権が倒れ、新たに民主党政権が誕生した(革命成就)。

にもかかわらず、民主党政権は自民党と変わらないどころか、既存権益確保に奔走し続けている。2011年3月11日、大地震、大津波、福島第一原発事故が起こり、およそ2万人の人命が失われた。福島原発事故により、日本中の原発の安全性が疑問視されるようになり、日本各地の原子力発電所は運転を停止した。日本人は放射能汚染及び電力不足という、深刻な不安に日々、晒されることになった。

3.11前、2009年9月のリーマンショック以降、日本経済は不況の見舞われ、失業率上昇の改善はみられず、非正規労働者の増加も止められないままだ。それに大震災が加わった。今日の日本人は、もちろん、ワイマール共和国下のドイツ人の生活と比較すれば豊かには違いないけれど、不安に苛まれているという状況は似ている。

しかも、政権奪取後の参院選で敗北した民主党は参院で少数与党となり、議会(国会)はいわゆる「ねじれ国会」に陥り、“何も決められない”状況に陥ってしまった。政権与党の民主党、野党の自民党等は、議会(=国会)で膠着状態に陥り、日本人の多くは、既存政党に対する失望感を強く抱くようになってしまった。

話題の橋下大阪市長は、中央(国政)ではなく地方(大阪府・大阪市)において、既存政党が大勢を占める地方議会の“何も決められない”状況を批判し、強引ともいえる「改革路線」を掲げて首長に当選した。次いで大阪維新の会(=新党)を結党し、政治基盤を固めつつある。

ヒトラーは、青年時代、彼が過ごしたウィーン(ハプスブルク帝国の首都)の議会に強く失望し、第一世界大戦にドイツ軍兵士として参戦した。彼は敗戦後のドイツ=ワイマール共和国下のミュンヘンにおいて、ワイマール共和国議会=既存政党を批判し、国家社会主義ドイツ労働者党=新党に大衆の支持を集めることに成功した。(※国家社会主義ドイツ労働者党は厳密には、ヒトラーが結党した新党ではないが、ヒトラー参加前の同党は、少人数がサロン的に集まる小グループであって、地方政治にすら影響を及ぼすことはなかった。)

そればかりではない。前出のとおり、ヒトラーはドイツ国内で膨張する共産主義勢力と暴力的に対峙し、共産主義勢力と闘争をすることにより、ドイツ国内の反共的気分を抱く人々の支持を集めた。橋下市長も、大阪府・大阪市の職員組合に対峙することにおいて、反組合的気分を抱く大阪市民の支持を得た。この場合、大阪府・市の職員組合が共産主義者であるか否かは問われない。

さて、本書である。読了後の第一印象は、なんと“奇怪な書”であろうか――という一語に尽きる。ヒトラーが狂人であったかどうかの研究結果は出ていないようだが、本書に散見されるバランスを欠いた言説が不気味だ。ヒトラーの政治技術、政党組織、大衆扇動・組織化についての論述は極めて理路整然としていて、今日の専門家も舌を巻くような鋭さがある。

大衆は外交官から成り立っているのではなく、また国法学者のみから成り立っているのでもなく、まったく純粋に理性的判断からでもなく、動揺して疑惑や不安に傾きがちな人類の子供から成り立っている。(上巻:P240)
民衆の圧倒的多数は、冷静な熟度よりもむしろ感情的な感じで考え方や行動を決めるという女性的要素を持ち、女性的な態度をとる。しかしこの感情は複雑でなく、非常に単純で閉鎖的である。この場合繊細さは存在せず、肯定か否定か、愛か憎か、正か不正か、真か偽かであり、決して半分はそうで半分は違うとか、あるいは一部分はそうだがなどということはない。(上巻:P241)
・・・宣伝は、鈍感な人々に間断なく興味ある変化を供給してやることではなく、確信させるため、しかも大衆に確信させるためのものである。しかしこれは、大衆の鈍重さのために、一つのことについて知識を持とうという気になるまでに、いつも一定の時間を要する。最も簡単な概念を何千回もくりかえすことだけが、けっきょく覚えさせることができるのである。変更のたびごとに、宣伝によってもたらされるべきものの内容を決して変えてはならず、むしろけっきょくはいつも同じことをいわねばならない。だからスローガンはもちろん種々の方面から説明されねばならないが、しかし考察の最後はすべていつも、新しいスローガン自体にもどらなければならない。そのようであってこそ宣伝は統一的であり、まとまりのある効果をおよぼすことができ、また、効果がおよぶのである。(上巻:P243)
信念は知識よりも動揺させることがむずかしく、愛情は尊敬よりも変化をこうむることが少なく、怨恨は嫌悪よりも永続的である。この地上でもっとも巨大な革命の原動力は、どんな時代でも、大衆を支配している科学的認識にあるというよりは、むしろかれらを鼓舞している熱狂、また往々かれらをかり立てるヒステリーの中にあった。(上巻:P439)
大衆への影響を考えること、少数の点に集中すること、同一のことを絶えずくりかえすこと、教義のテキストを疑いのない主張の形式にまで自己に確信をもちまた自負心をもって要約すること、普及には最大の堅忍をもち、影響の期待に忍耐をもつこと・・・(上巻:P474)
一方、国家論、社会・経済矛盾の究明、共産主義に対する所見については、まったく荒唐無稽かつ空想的で漫画的だ。ヒトラーがアーリア人=ゲルマン人の優位性を証明もなしに掲げ、アーリア人=ゲルマン人による純潔民族国家を理想としてドイツ国民に訴えたわけだけれど、そんなことは歴史的にも生物学的にも成立しない。ヒトラーは社会不安、経済不安、ロシア革命、ドイツ国内の共産主義勢力の膨張の主因をユダヤ人の陰謀だと一元化して喧伝し、議会主義=共産主義=国際主義=平和主義をユダヤ人による世界征服の手段だと単純化した。いまにして思えば、きわめて乱暴な決めつけだ。そもそも当のヒトラーは、自らが導き出した、ユダヤ人=諸悪の本源説を本気で信じていたのだろうか。
概してどんな時代でも、ほんとうに偉大な民衆の指導者の技術というものは、第一に民衆の注意を分裂させず、むしろいつもある唯一の敵に集中することにある。民衆の闘志の傾注が集中的であればあるほど、ますます運動の磁石的吸引力は大きくなり、打撃の重さも大きくなるのである。いろいろの敵を認識することは、弱い不安定な性格のものにとっては、自己の正当を簡単に疑わせるきっかけだけをつくりやすいから、別々にいる敵でさえもただ一つの範疇に属していると思わせることが、偉大な指導者の独創性に属しているのである。(上巻:P161~162)
・・・マルクシズムは、人間生活のあらゆる領域で、人格のいちじるしい重要性を排除し、それを大衆の数におきかえようとして、ユダヤ人がもちこんだ正真正銘の試みのあらわれである。政治的には議会主義的政治形式がそれに応じたものであり、われわれはそれが地方自治体の最も小さい胚細胞から始まって、全ドイツの最高の統治にいたるまで、有害な作用を及ぼしているのを見る。(下巻:P102)
最良の憲法と国家形式は、民族共同体の最良の頭脳をもった人物を、最も自然に確実に、指導的重要性と指導的影響力をもった地位につけるものである。(下巻:P105)
組織の本質には最高の精神的指導者に、数多くの非常に感激しやすい大衆がつかえるときにのみ、成立しうるということがある。(下巻:P113)
この(国家社会主義ドイツ労働者党)運動が今日のわが議会主義的腐敗の世界の中で、ますますその闘争のもっとも深い本質を自覚し、自己を人種と人物の価値の純正な権化と感じ取り、またそれによって秩序づけられるならば、運動はほとんど数学的規則性に基いていつかその闘争を勝利させるだろう。……人種的堕落の時代に自国の最善の人種的要素の保護に没頭した国家は、いつか地上の支配者となるに違いない。(下巻:P404)
橋下大阪市長がヒトラー並みの指導者であるとは思わないし、狂信的人種主義者、反ユダヤ主義者ではないことは言うまでもない。だが、石原東京都知事、小泉元首相を含め、今日、大衆的人気を博している政治家たちは、マスメディアを利用した大衆操作の技術をヒトラーに学んでいるような気がしてならない。ヒトラーに学んでいないまでも、彼らは無意識のうちに、ヒトラー的なものを引きずっている。「郵政民営化」「尖閣列島は東京都が守る」「大阪都構想」「維新の会」といった、彼らが掲げる勇ましい現状否定の政治的言語は、ヒトラーが採用した敵の一元化、単純化と類似するものだ。彼らは“決められない議会”“責任をとらない既存政党の政治家”、その背後に潜む官僚に代わって、“精神的指導者”的姿勢を誇示する。彼らの独善的政治言語・姿勢が、複雑な説明を排してマスメディアによって垂れ流されるとき、日本人の政治に対する思考過程は劣化し、損なわれていく。この一連の流れを「ハシズム」というのならば、それは誤りではない。

2012年4月18日水曜日

猫ひろしの国籍変更は、限りなく不純

“猫ひろし”という日本人のお笑い芸人が、国籍をカンボジアに変更して、マラソン競技の五輪代表を目指している。一部には、カンボジアの代表権を得たという報道もあったようだが、マラソン選手の五輪出場を認可する立場にある国際陸上競技連盟は、国籍を変更した選手の国際大会出場に条件を設けており、猫はそれらをクリアしていないという見解を示したという。猫が五輪出場の代表権を得られる最後の可能性は、「国際陸連理事会による特例承認」が得られるかどうかだというが、国際陸連によると、この規定は戦争や亡命などの特殊な事情でやむなく自国を離れた場合を想定していて、国際陸連の担当者は「われわれが知る限り、猫は(単に)国籍を変えただけで、特例には当てはまらない」と明言したという。

この段階で、猫がマラソン競技のカンボジア代表として、ロンドン五輪に出場する可能性は限りなく低くなったように思える。そもそも、猫が目指している五輪出場にどういう意味や意義があるのかが、よくわからない。筆者の推測にすぎないが、このような仕掛け=企画は、テレビ局もしくは芸能プロダクションによるものだと思う。

スポーツ選手の国籍変更はグローバルにみて、珍しくない。日本においても、ブラジル人だったラモス瑠偉が1989年に日本国籍を取得。W杯米国大会(1994)出場を目指してアジア予選に臨んだが、「ドーハの悲劇」で予選敗退し、W杯出場を果たせなかったことは記憶に新しい。

以下、ラモスの例に倣い、呂比須ワグナーが1997年に日本へ帰化し、日本とブラジルの二重国籍者となり、W杯フランス大会(1998)に日本代表として出場した。また、現在、名古屋グランパス所属の三都主アレサンドロは、日本の明徳義塾高等学校留学を経て、2001年、ブラジル国籍から日本国籍へ帰化。日韓大会(2002)及びドイツ大会(2006)の日本代表に選ばれている。先の南アフリカ大会(2010)では、闘莉王が日本代表に選ばれている。田中マルクス闘莉王は、日系人の父親と、イタリア系ブラジル人の母親を持ち、日本の渋谷幕張高校留学を経て、2003年に日本国籍を取得。現在も、名古屋グランパスで活躍中だ。

二重国籍の呂比須ワグナーを除いて、ラモス瑠偉、三都主アレサンドロ、田中マルクス闘莉王の3人は、生活の基盤を日本に置き、日本人と変わらない生活をしているように思える。もちろん、日本語をしゃべっている。将来、彼らがブラジルに戻るのかどうかはわからないが、いまのところ、彼らはW杯出場のためだけで国籍を変更したようには思えない。

一方の猫の場合、生活基盤はカンボジアにはなく、彼がカンボジア語を話すのかどうかはわからないが、彼の生計は、日本における芸能活動が基盤になっているように見える。猫のカンボジアへの国籍変更は、五輪出場に限定したものだと筆者も推測する。猫は、五輪出場というネタで、いまも、そしてこれからも、日本の芸能界で生きていこうとしている。「国籍」を弄ぶとはこのことだ。

猫のマラソン記録は、もちろん、日本における代表記録に遠く及ばない。だから、レベルの低いカンボジア国籍を得た。猫の目的は、先述したように、彼がカンボジアではなく、日本の芸能界で、「五輪ネタ」で生きていくためだ。

その一方、日本では、地方公務員生活を送りながら、五輪代表権を得ようとして得られなかった、川内優輝というランナーを知っている。川内は猫のこのたびの試みについてコメントしていないが、内心では、猫の不自然さに怒りを覚えているのではないか。芸能ネタのために国籍を変更し、五輪出場を果たそうという猫の、いや、猫を利用しようとする芸能プロ、その上にいるテレビ局の――不純さを軽蔑しているのではないか。筆者が川内の立場であったら、猫をめぐるこのたびの「国籍変更企画」を軽蔑する。

さて、五輪のスポーツにおける意味や意義を改めて問うてみよう。記録、実力を競うという位相では、五輪はスポーツにおける最高レベルの大会ではない。国別に出場選手が制限された五輪では、レベルの高い国に所属する選手は、国内予選で敗退すれば出場できないからだ。この間隙を縫って国籍変更を企んだのが、このたびの猫のカンボジア国籍取得であった。このことは、ブラジル国籍から日本国籍に変更した前出の4人についても同じことのように、一見すると、見える。

日本国籍に帰化したラモスら4人がサッカー最強国の1つである祖国ブラジルの代表選手となって、W杯に出場できる可能性は限りなく低かった。だから、彼らは日本に国籍変更をしたのかというと、実はそうではないように筆者には思える。ラモスを除く3人がW杯日本代表に選ばれたのは結果だった。国籍変更をしても、日本代表がアジア予選で敗退してしまえば、それまでであった。W杯に出られなくても、彼らは日本において、日本人のサッカー選手として、サッカー人生を続けていっただろう。ラモスが、いままさに、そうであるように・・・

猫ひろしを五輪に出場させない旨の判断をくだしたと言われる国際陸上競技連盟の判断は正当だ。彼らはスポーツの団体であって、芸能人のネタを助成する団体ではない。

最後に、カンボジア人は猫のことをどう考えるのだろうか。世界最貧国の1つであるといわれるカンボジアでは、だれが五輪代表になろうと関心を示さないかもしれない。

では、こう考えてみたらどうだろうか。アジア太平洋戦争敗戦後の日本が五輪出場を果たしたのが、第15回ヘルシンキ大会(フィンランド) <1952年7月19日~8月3>だった。そのとき、レスリングの「フリー・バンタム級」の石井庄八選手が唯一の金メダルを獲得。「フジヤマのトビウオ」という異名をとった、33回も世界記録を更新して期待された水泳の古橋廣之進選手は400メートル自由形決勝で無念の8位。

敗戦により焦土と化した日本国であったが、敗戦から7年後の五輪で、日本人選手が大活躍をしたのである。そのことが、すべての日本人に勇気と誇りを与えたはずだ。もしかりにも、どこかの外国人が日本国籍に帰化して、ヘルシンキ大会に出場したとしたら、日本人はどんな思いを抱いたであろうか。

カンボジアは第二次大戦終結後も、内戦に明け暮れた悲劇の国であり、いま復興の途上にある。彼らは彼らなりの方法で国づくりに励んでいる。五輪参加も、かつて日本がそうであったように、国づくりのプログラムの一部である可能性が高い。カンボジアのマラソン競技のレベルは低いけれど、カンボジア人が国家を代表するマラソン選手として、ロンドンの街中を疾走するならば、その姿を通じて、カンボジア国民が勇気を得ることは大いにあり得る。その姿が「猫ひろし」であっていいはずがない。

2012年4月16日月曜日

百花繚乱






@Yanaka

落花、枝にかえらず





@Yanaka

2012年4月4日水曜日

春






@Yanaka