2009年8月12日水曜日

最近の読書

『1Q84』(村上春樹〔著〕)を読んだ後、『道の手帖・谷川雁 詩人思想家、復活』を読み、読後、触発されまま、谷川雁のいくつかの評論等を読み直したりしていた。

そしていま、『新編 明治精神史』(色川大吉〔著〕)を読んでいる。同書はその本文はともかく、資料・引用が擬古文であるため、最初は辛かった。しかし、読み進んでいくうちに段々と慣れてきて、いまでは円滑に読み進むことができるようになってきた。

本書に引用された明治期知識人の擬古文、いわゆる、“書き下し文”というものは、文体として思想理解の空疎さを促進するような機能をもっているように思う。明治初期の知識人が漢籍の教養をもっていたことはよく知られている。筆者の感想では、西欧の論文が“書き下し文”で翻訳されたとき、あるいは、明治初期の知識人が西欧の思想についてコメントするとき、この文体が、誤訳・誤理解というよりも、原文のとても重要な何かを大きく損なうものとして、あるいは、肝心なものを置き忘れさせてしまうようなものとして、機能するように思えてならない。少なくとも、原文に対して、正しく即さない作用を及ぼすような気がしてならない。

日本語における漢字と“かな”の問題を直感で簡単に論じることはできないものの、少なくとも、明治初期の知識人は、西欧の諸思想をいまとは異なる精神性で受け止めてしまったことだけは確かだと思う。浅学の筆者には、その受け止め方の度合いにおいて、書き下し文・文体がどこまで影響したかは析出できないものの・・・

明治維新、維新政府については、国民的文学者といわれる司馬遼太郎が誤った歴史観、情報を大衆的に与えてしまっていて、日本近代史の相対的評価が妨げられてしまっている情況にある。同書は維新政府に抵抗したといわれる自由民権運動家の精神性を明らかにすることにより、民権運動家、すなわち、明治知識人の功績と限界を明らかにしている。筆者は維新革命、維新政府(要人)、維新期の知識人(抵抗勢力)を含めて、彼らの精神構造が、後のアジア・太平洋戦争に直結したと確信しており、司馬遼太郎の絶対肯定的=栄光の明治政府観に与しない。司馬遼太郎が垂れ流した、栄光の明治維新観を相対化する意味において、本書は最も重要な研究論文の1つであると確信している。

そればかりか、同書は、政権交代が囁かれる現代の政党のルーツに触れることも可能である。少なくとも、麻生太郎、鳩山邦夫のそれぞれの祖父・吉田茂と鳩山一郎は、自由民権運動の流れを受けて後年、政治の舞台に登場した者であり、いわば、当事者に近いのである。明治は遠くなりにけり――ではないのである。いずれについても、読後、詳しく書きたい。