2017年8月20日日曜日

海外組か国内組か――不毛の論争(サッカー日本代表)

サッカーW杯ロシア大会アジア地区最終予選がいよいよ佳境に入ってきた。予選残り試合は8月31日のオーストラリア戦(ホーム=H)、9月5日のサウジアラビア戦(アウエー=A)の2試合のみ。日本がオーストラリアに勝てばロシア行きが決まるが、引分だと混戦に、負ければ3位に後退する可能性もある。

ちなみに、ここまでの順位は以下のとおり。( )内は勝点

1.日本(17)、2.サウジアラビア(16)、3.オーストラリア(16)、4.UAE(10)、5.イラク(5)、6.タイ(2)

代表最大の危機到来か

31日のオーストラリア戦はいわば「天下分け目の戦い」に等しいのだが、ここのところ日本代表を取り巻く状況は悪い。代表選手選考においてかつてない困難に直面している。主力選手にケガ人が続出しているのだ。

8月20日現在で判明している故障者を挙げてみると、本田圭佑(FW/パチューカ)、香川真司(FW/ドルトムント)、大迫勇也(FW/ケルン)、久保裕也(FW/ヘント)、清武弘嗣(MF/セレッソ大阪)、森重真人(DF/FC東京)――となっている。海外組、攻撃陣に多いことが特徴である。

ハリルジャパンにとって最大の誤算は大迫。彼は懸案だったワントップの役割をこなし、攻撃の基点となってきた存在。チームにおける重要度は本田より高い。大迫の代役はいない、といっていいすぎでない。

国内組か海外組かーー起源はオシム発言?

そこで台頭するのが国内組活用論。Jリーグで活躍している選手を積極的に代表に呼ぶべきだ、という声が高まる。

国内組活用論の根拠は、海外リーグで試合に出ない選手よりも、国内で試合に出ている選手を起用したほうが、代表チームは強くなるという論理に要約できる。この論議の発端は、筆者の記憶では、オシム元日本代表監督の発言からだったと思われる。オシムは独特のサッカー哲学を――例えばロシア革命の指導者レーニンの発言等を引用したりして――日本のサッカーファンに伝えた人物である。日本代表監督を務めて間もなく病に倒れ、日本代表監督としてはW杯に出場していない。

それでもオシムはオシム以前の代表監督と比較して、圧倒的な影響を日本人に与えた。そして彼のウイットに富んだ言説は、日本のサッカーファンの記憶の中に生き続けている。そのオシムが、日本代表監督当時、「(海外有名クラブに所属していても)試合に出ていない選手は代表に呼ばない」と公式に発言した。

オシムの真意はジーコ批判と競争原理導入

この発言の背景には、オシムの前任のジーコが、海外組を代表に優先して招集していた状況への批判だった。もちろんオシムはジーコを名指しで批判したわけではない。ジーコは、日本代表チームの強化方法としてメンバーを固定することにより、熟達したコンビネーションの完成を目指した。この方法でジーコジャパンはW杯予選を乗り切ったが、本大会では予選敗退という惨めな結果で解散した。その後を受けたオシムは、代表チーム活性化の方法として、競争原理を導入しようとした。

カリスマ・オシムに追随するハリルホジッチ

さて、ハリルホジッチである。彼はオシムと同郷(旧ユーゴスラビアのボスニアヘルツェゴビナ)で、オシムの影響を少なからず受けているサッカー人だ。ハリルホジッチもオシムと同様、「試合に出ていない選手は代表に呼ばない」と公言し続けてきた。

日本のサッカーファン、とりわけ代表ファンはオシムを神格化し、彼の言葉を真に受ける傾向が強い。『オシムの言葉』という単行本がえらく売れたくらいなのだ。筆者は、オシムの発言のなかのうち、「試合に出ていない・・・」については、そのまま受け取れないと思っていた。試合に出ていない選手は代表に呼ばないという発言は代表候補選手に対する強いメッセージには違いないが、監督がそれをそのまま実行するかどうかは別だと。

筆者がオシムの発言を真に受けない理由は、Jリーグを後にして海外の高いレベルのクラブに移籍したが控えの選手と、Jリーグクラブでレギュラーの選手を単純に比較していいのかーーによる。試合に出なければ、試合勘は失われるし、試合におけるスタミナも弱まる。その一方、試合に出ていなくても、資質、経験において国内組を圧倒しているケースもあり得る。

GK川島の招集と先発起用が意味するもの

たとえば、今回のW杯アジア地区予選(2017/3月)、ハリルホジッチは、当時、所属クラブのメス(フランスリーグ)で第三GKと評価されていた(試合出場のなかった)川島永嗣をアウエーのUAE戦に抜擢した。今年3月といえば、日本代表が初戦のUAE戦で敗退し、次のタイ戦(A)で勝利したものの、内容の悪かった時期。「試合に出ていない選手は代表に呼ばない」という言説を盲信すれば、GKという難しいポジションにおける川島の代表招集、先発起用はあってはならないし、結果が悪ければ暴挙、愚挙の誹りを免れない。だが結果において、川島は先発起用にこたえ、この試合の勝利以降、ハリルジャパンは流れをつかみ、予選順位トップの位置をつかむに至っている。

それまでの日本代表のGKの体制は、正GKにJリーグナンバーワンと評価されている西川周作、第二GK林彰洋、第三が東口順昭であった。川島はJリーグよりレベルの高いフランスリーグのメスに所属しているとはいえ、試合にまったく出ていなかった。それでも、ハリルホジッチは彼を予選の重要な試合で使った。その経緯については、『Number』誌が詳しく伝えているので参照してほしい。

こうした起用はGKに限らない。ハリルホジッチも、その前のザッケローニも、岡田もオシム・・・も、代表選手選考については、総合的判断によって決断されてきた。経験のない若手選手を突然、重要な試合に起用することもある。すべてが成功するわけではない。結果が悪ければ、叩かれる。プロフェッショナルスポーツはすべてがそうである。選手を固定して戦えば、結果が悪くても受ける批判は弱いかもしれない(ジーコジャパンのように)。だが、それでは新しいヒーローは永遠に誕生しないし、代表チームも強くならない。そのことはジーコジャパンが証明してしまった。

代表選考基準とは〈総合的判断に従う〉という哲理に尽きる

代表選手選考の基準は「試合に出ていない選手は呼ばない」であり、同時に、「試合に出ていても、力がなければ呼ばない」と表現すべきであろう。川島の招集は、代表候補選手に新たな刺激となったように思う。

どのような状況にあれ、試合に臨むプロ選手がとるべき態度は、最良の準備を怠ってはならないということに尽きる。一方の監督・コーチは、すべての選手を偏見なく正しく見極めるということに尽きる。