2017年11月17日金曜日

ハリルホジッチを支持する

サッカー日本代表による欧州遠征は0勝2敗で終わった。相手はブラジル(1-3)とベルギー(0-1)。どちらもFIFAランキング一桁台の強豪だ。スコアからすると、ベルギー戦は惜敗に見えるものの、実力差が点差以上であったことにだれも異論はないはず。ベルギーがフィニッシュの精度を欠いたことが、惜敗(最小失点差敗け)の主因だった。


「主力」不在が敗戦の主因ではない

この遠征結果をもって、ハリルホジッチの手腕を云々してもはじまらない。本田、香川、岡崎といった、いわゆる「主力」を呼ばなかったことが敗因であるわけがない。スポンサーの意向を汲んだ業界内評論家諸氏がハリルホジッチ批判を展開したところで、常識的なサッカーファンならばそれが無意味であることは学習済みだ。香川のスポンサーであり、日本サッカー協会のそれであるA社への忖度は、業界人には意味があろうが、サッカーファンには一切関係ない。

敗因は“実力差”に尽きる。業界内評論家諸氏はこれまで、“日本サッカーは世界レベル”ともちあげてきたものの、このたびの遠征のような試合をみれば、彼らの見解の嘘臭さが明らかになる。ハリルホジッチを批判してベンゲルだ、モウリーニョだ、チッチだ、岡田だ…と叫んでみても、結果は変わらない。

とはいえ、サッカーに限らず、スポーツでは結果(敗戦)がすべて。その責任は監督が負わなければならない。サッカーの監督の仕事の中で最も重要なのが“首を切られること”ともいう。「負け」の責任を選手が負おうとすれば、選手は一人もいなくなってしまうからだ。

実力の差なのだから、といって放置していいわけがない。実力差を認めたうえで、世界の強豪と渉りあうために必要なものは何か。それを追求すること――それが向上につながる。ブラジルと10回試合をして1つ勝つ秘策を練らなければなるまい。「マイアミの奇跡」(1996年アトランタオリンピック・男子サッカーグループリーグD組第1戦において、日本五輪代表がブラジル五輪代表を1対0で下した試合)を忘れてはいない。

日本のW杯の歴史が示すもの

ハリルホジッチは間違っているのだろうか。筆者は、彼がW杯で戦うための原則を心得ている、という意味で評価する。その原則とは、W杯に必要な戦力は、常に新しくなければならない、というものだ。

1998年フランス大会(岡田監督)を見てみよう。前回アメリカ大会はいわゆる「ドーハの悲劇」で予選敗退し、W杯出場を逃した。フランス大会では、それまで主力だった、カズ、北沢豪、ラモスらを代表から外し、GKに川口能活、DFに秋田豊・中西永輔の2ストッパーとスイーパーの井原正巳を起用。両WBは左が相馬直樹、右が名良橋晃。2ボランチの名波浩・山口素弘と司令塔の中田英寿がゲームを組み立て、FWは中山雅史と城彰二の2トップという布陣だった。中山は「ドーハの悲劇」のとき、控え選手だった。試合途中の交代メンバーにはFWの呂比須ワグナーやMFの平野孝が起用された。結果はグループ・リーグ勝点0の最下位で予選敗退。この大会はW杯初体験ということもあり、グループ・リーグ敗退は仕方がない面もある。

2002年日韓大会(トルシエ監督)のW杯は新戦力が躍動し、W杯で成功する方策の一つを示した大会だったといえる。日韓大会のメンバーは、シドニー五輪世代で25歳の中田英寿・松田直樹・宮本恒靖らを中心に据え、22歳の小野伸二・稲本潤一・中田浩二ら「黄金世代」とも呼ばれる1979年度生まれが5人を占めており、若手が多く起用された。長く代表から離れていた中山雅史・秋田豊の両ベテランをサプライズ選出する一方、国内有数のゲームメーカーである中村俊輔を選考外にした。エースストライカーとして期待されていた高原直泰は、4月にエコノミークラス症候群(肺血栓塞栓症)を発症し出場を断念している。23名中フランス大会経験者は8名いたが、活躍したのは若手だった。その結果、グループ・リーグを勝ち抜いてベスト16入りを果たした。自国開催のアドバンテージはあるものの、日本代表がもっとも輝いた大会だったことはまちがいない。

2006年ドイツ大会(ジーコ監督)はどうだったか。メンバーは4年前の日韓大会当時20歳代前半だった選手達が中心となり、平均年齢は27.4歳と、前回よりも2歳ほど増した。23名中11名が2大会連続してメンバー入りし、川口能活・楢崎正剛・小野伸二・中田英寿は3大会連続となった。前回落選した中村俊輔・高原直泰・中澤佑二らが初出場する一方、当確と見られた久保竜彦がコンディション不良により落選し、巻誠一郎がサプライズ選出された。DFレギュラー候補だった田中誠はドイツでの直前合宿中に負傷のため離脱し、休暇中だった茂庭照幸が緊急招集された。初戦はGKに川口能活。DFは坪井慶介・宮本恒靖・中澤佑二の3バック。右WBはレギュラーの加地亮がテストマッチで負傷し、初戦のみ駒野友一が先発。左WBは三都主アレサンドロ。中盤は2ボランチの中田英寿・福西崇史と、司令塔の中村俊輔。FWは高原直泰・柳沢敦の2トップという布陣だった。第2戦と第3戦は4バックへ変更し、MFの小笠原満男・稲本潤一、FWの玉田圭司・巻誠一郎らが先発起用された。結果はグループ・リーグ勝点1で予選敗退。

2010年南アフリカ大会(岡田監督)の主力メンバーは2004年アテネ五輪世代(29歳~27歳)と2008年北京五輪世代(24~22歳)が中心となった。上の年代の黄金世代に比べると国際大会での成績が見劣りするため、「谷間の世代」「谷底の世代」と冷評されていた。ワールドカップを経験している30歳以上の選手も7名おり、ゴールキーパーの川口能活と楢崎正剛は4大会連続選出となった。候補に挙げられていた石川直宏や香川真司が最終登録から漏れる一方、岡田ジャパンでの実績が少ない矢野貴章や、大怪我により半年間実戦から遠ざかっていた川口能活がサプライズ選出された。

フォーメーションは急ごしらえの4-3-3。DFラインの前(バイタルエリア)に3人目の守備的MF(アンカー)阿部勇樹を配置。GKは楢崎正剛に代わり、川島永嗣に。右DFは駒野友一が出場。右MFは中村俊輔に代わり松井大輔。FWは岡崎慎司に代わり本田圭佑(本来はトップ下)。キャプテンはベテラン中澤佑二(32歳)に替えて、長谷部誠(26歳)が新キャプテンに。ベテランW杯経験者が多く選出されたが、攻撃陣で輝いたのは本田圭佑、遠藤保仁であった。特筆すべきはDFの中沢祐二と闘莉王のCBコンビ。結果は、グループ・リーグを突破しベスト16入り。

2014年(ザッケローニ監督)のブラジル大会は、GK川島永嗣、DF吉田麻也、今野泰幸、長友佑都、内田篤人、MFに山口蛍、長谷部誠、FWに本田圭佑、岡崎慎司、大久保嘉人を主軸とし、攻撃陣では大迫勇也、中盤では遠藤保仁らが交代要員となった。新戦力の台頭はなく、本田に依存したチームで新鮮味はなかった。結果はグループ・リーグ勝点1で敗退。

新戦力の活躍がW杯勝利の絶対条件

W杯の流れを見ると、新しい戦力が台頭し、スターが生まれたときにはベスト16入りを果たしていることがわかる。日韓大会の小野伸二・稲本潤ら、南アフリカ大会の本田、遠藤といった具合だ。その反対に、前回大会の経験者を再招集して新戦力が台頭しない大会は予選敗退している。ジーコ監督、ザッケローニ監督のように、経験者、ベテランを尊重したクラブ型代表チームをビジョンとしたチームづくりは本大会でうまくいっていない。

筆者はハリルホジッチが予選から新戦力を試してきたことを評価する。このことは日本のサッカー風土、なかんずく「日本代表」の監督としては、かなりリスクが高い。前出のように、日本代表のスポンサーからの圧力があり、その意を受けた「サッカー評論家」が批判を繰り返すからだ。このたびのアジア予選オーストラリア戦(8月31日)がその典型だった。ハリルホジッチが本田、岡崎、香川を外し、井手口陽介、乾貴士、浅野拓磨を先発起用したとき、彼らは大反発したが、結果は新戦力が大活躍。井手口、浅野が得点してオーストラリアに完勝。W杯出場を決めた。

本田、香川、岡崎がロシア大会の主軸なら日本は予選敗退確実

ハリルホジッチの次の大仕事は、W杯ロシア大会出場選手の選定だ。選手登録までの間、各国のクラブでだれがどんな活躍をしているのか、そうでないかについてはわからない。ただ繰り返せば、2002年のトルシエは中村俊輔を外し、かつ、フランス大会の主軸を清算してーーまた、2010年の岡田は本田をFWで起用するという奇策に加え、楢橋(GK)、中村俊輔を外して新戦力である川島(GK)、松井を起用、さらに新キャプテンに長谷部を指名してーーいずれも予選リーグ突破に成功した。この大会で本田、長谷部、遠藤、川島が代表の顔となった。

仮にも2018年ロシア大会に本田、香川、岡崎がW杯代表メンバーに登録され、先発起用されるようならば、日本が勝つのは難しい。それは彼らがダメということを意味せず、ただ、新戦力が台頭しなかった、というにすぎない。