娘が、筆者のモロッコ旅行の写真を本にしてくれた。
我ながらなかなかの出来だ。
いつもPC上で見ている写真が紙になると、価値観が変わる。
ありがとう。
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| 毛利臣男 |
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| ラダック地方の仮面ダンス(筆者撮影) |
新聞報道によると、2月20日正午頃別の共産党員1名と赤坂福吉町の芸妓屋街で街頭連絡中だった多喜二は築地署小林特高課員に追跡され約20分にわたって逃げ回り、溜池の電車通りで格闘の上取押さえられそのまま築地署に連行された。最初は小林多喜二であることを頑強に否認していたが、同署水谷特高主任が取調べた結果自白した。築地署長は、「短時間の調べでは自供しないと判断して外部からの材料を集めてから取調べようと一旦5時半留置場に入れたが間もなく苦悶を始め7時半にはほとんど重体になったので前田病院に入院させる処置を取り、築地署としては何の手落ちもなかった」との説明を行なっている。なお、小林死亡時の責任者は特高警察部長だった安倍源基で、その部下であった中川、特高課長の毛利基(戦後、埼玉県警幹部)、警部山県為三(戦後、スエヒロを経営)の3人が直接手を下している。
警察当局は翌21日に「心臓麻痺」による死と発表したが、翌日遺族に返された小林の遺体は、全身が拷問によって異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていた。しかし、どこの病院も特高警察を恐れて遺体の解剖を断った。死に顔は日本共産党の機関紙『赤旗』(せっき)が掲載した他、同い歳で同志の岡本唐貴により油絵で描き残され、千田是也が製作したデスマスクも小樽文学館に現存している。
[東京 17日 ロイター] - 小渕優子経済産業相は17日夕、電気事業連合会の八木誠会長(関西電力)と会い、老朽原子炉7基の廃炉判断を早期に示すよう要請した。「来年4月から7月に運転延長を申請する必要がある炉7基の取り扱いの考え方を早期に示していただきたい」と述べた。
八木会長は小渕経産相との会談後、記者団に対し、「取り扱いは各社の経営判断。それぞれの会社で検討していただきたい」と述べた。判断を示す期限についての質問に八木会長は「できるだけ早く示すようにしたい」と答えた。
対象の7基は、古い順に日本原子力発電の敦賀1号、関電美浜1・2号、中国電力島根1号、関電高浜1号、九州電力玄海1号、高浜2号。
八木氏は関電の対象4基について「検討を進めているが、現時点で決めたものはない」と話した。同氏は、今後、廃炉の際の財務面への影響を緩和するために、国に会計制度の見直しを求めたいとの考えを示した。
原発の運転期間に関する現行ルールは、運転期間を原則40年に制限しながらも、原子力規制委員会の認可を条件に20年間を上限に1回だけ運転延長が認められる。
すでに40年超の4基を含め、2016年7月時点で40年を超える7基を運転延長させるには、来年4月から7月までに規制委に申請する必要がある。その際、事業者は原子炉の劣化状況などを調べる「特別点検」を実施し、規制委の認可を得る必要がある。
小渕氏との会談に先立って行われて電事連の定例会見で八木氏は、特別点検には「数カ月はかかる」と述べた。(浜田健太郎)
電力政策停滞も 再生エネ、原発…経産相の課題山積
小渕優子経済産業相が辞任し、後任に宮沢洋一氏が就く。(略)経産相が抱えるエネルギー政策の課題は多い。中でも太陽光発電を中心とする再生可能エネルギーを増やす議論は小渕氏が重視してようやく動きだした感があり、経産相の交代で政策が停滞する懸念がある。(略)経産省、電力会社ともに原発の再稼働を重視し、再生エネルギーを増やす対策を怠っていたが、9月3日に就任した小渕氏は電力各社の判断が妥当かどうかを専門家に検証してもらう部会を設置。背景には「電力会社の説明は本当なのかと疑った小渕氏の鶴の一声があった」(経産省関係者)という。中長期的な再生エネの拡大策も含めて議論は始まったばかりだが、経産相の交代で腰が折られる恐れもある。(吉田通夫)
意識(Bewusstsein)とは決して意識的存在(das bewusste Sein)以外のものではありえず、そして人間の存在とはかれらの現実的な生活過程である。(P32)
意識が生活を規定するのではなく、生活が意識を規定する。(P33)
意識ははじめからすでに一つの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるあるほかない。(P38)
もし幾百万のプロレタリアがかれらの生活関係に決して満足を感じないならば、またもしかれらの『存在』(Sein)がかれらの〔・・・〕現実において、そして実践的唯物論者すなわち共産主義者にとって大切なのは、現存する世界を革命し、既成の事物を攻撃し変更することである。(P59)〔岩波文庫版〕
存在論的政治。すなわち、我々の生のあり方全般を深く拘束すると同時に、種別的にひとつの政治であることを手放さない政治。それは、生そのものを哲学的に考察すればことさら主題化しなくてすむ政治ではない。問題はつまり、文化や文明や経済や歴史、その他なんらかの人間的事象に置き換えれば「本質」を見極めることのできる「現象」ではない。もちろん、政治はいつでも表層的なものだ。・・・存在論的政治とは、現在の私にとって、この表層と深層が分岐する地点において生じる問題の名前にほかならない。それは、存在論的に「深い」次元が決定するような政治のあり方を指すわけではないのである。(P1~2)(略)存在論的政治は、積極的に日和見主義なのである。実践的には何も決定されていない、という原理から出発して、決定の方向を「世界」――生であれ経済であれ構造であれ――に対しそのつど問おうとする。どれだけ持続するのか分からない「世界の今」の傾向に寄り添おうとする。方向-傾向の特殊な「形態」を、表層と深層のあいだ、分岐点そのものに取らせる「歴史」を見ようとする。下部からの決定力が政治に特定の枠のなかにとどまらせることを許さないから、存在論的政治は固有の歴史をもつのだ。本書はこの歴史のなかにあるかぎりでの現在――主として1968年にはじまる――についても語ろうとするだろう。政治について「本質」から「歴史」へと視点を移動させ、「歴史」的分岐点を表層と深層のあいだに見定め、そこに「実践」を定位させることもまた、存在論的政治は求めている。(P4)(略)存在論的政治は、万人の救済と転生を信じる一個の狂気である。(P6)