2014年4月26日土曜日

ドロ沼化する小保方劇場

論文不正の調査委員長に論文不正が発覚
 
小保方晴子のSTAP細胞に関する論文に改ざんやねつ造があったと結論付けた理化学研究所の調査委員会で委員長を務めている石井俊輔・理研上席研究員が、委員長と委員を辞任することになった。その理由は、石井が責任著者になっていた論文に対して、ネット上で画像の切り貼りが指摘されたためだ。指摘された部分については、すでに訂正の手続きを行っているというのだが、石井は、小保方の「真正な画像データが存在している」という主張を「不正の認定は『論文投稿時にどういう行為が行われたか』なので、それは関係ない」と一蹴した経緯がある。
 
論文不正の調査委員長がねつ造の常習者だったというのだから、理研という組織が腐りきったそれだということを立証したようなものだ。筆者が拙Blogにて繰り返すとおり、小保方もクロだが理研もクロなのだ。理研を舞台とした小保方劇場は、これでますます先の読めないドロ沼状態に陥った。
 
小保方問題で後れを取る日本のマスメディア
 
石井の論文不正がネットからの指摘であったように、そもそも小保方論文不正問題の「報道」については、ネットがマスメディアに先行していた。小保方の学位論文、海外の科学専門雑誌に掲載されたSTAP論文について、コピペ、画像の切り貼り等を指摘したのはネットから発信されたものだ。また、「STAP細胞」そのものに疑義を発したのもネットからだった。

日本のマスメディア(新聞・TV・雑誌)はまるで不正を見抜けなかった。ネットが不正を発信していたにもかかわらず、日本のマスメディアは理研の広報戦略にのせられ、小保方を「リケジョ」ともてはやし、その割烹着姿を嬉々として垂れ流していたわけだ。
 
だからいまだに小保方擁護、「STAP細胞実在」を声高に叫んでいるのが、日本のマスメディア、とりわけ、TVなのだ。自分たちが論文不正に気付かず、まんまと理研に騙されていた愚かさを帳消しにしてくれるのは、「STAP細胞が存在すること」だからだ。それさえ存在してくれれば、自分たちのバカさが消えるという論理構成だ。小保方は正しかった、だから俺たちの報道姿勢に誤りはなかった、と納得したいのだ。一方、雑誌メディアは、小保方の論文不正発覚後、得意の下半身報道に舵を切り替えた。小保方と笹井芳樹の不倫報道に基軸を取り、そのことで販売部数増を図った。
 
小保方論文不正問題の核心を外す日本のマスメディア
 
日本のマスメディアは、論文不正が発覚したのちも、小保方問題が内包している2つのポイントを敢えて外して報道しているように思える。2つのポイントとは、
  1. 論文不正というルール違反、科学者倫理の逸脱について、それを批判する姿勢をもつのかもたないのか
  2. 理研という巨大組織の腐敗を批判するのかしないのか
日本のマスメディアが、衆人にとっていかにも明確なこの2つのポイントを敢えて避けようとしているのは、ネットが論文不正に係る報道を先行させた悔しさからだけではない。もう一つは、理研のボスがノーベル賞受賞者であること、いわゆる「ノーベル賞タブー」だ。

小保方・理研批判は安倍「成長戦略」のまやかしの批判
 
日本のマスメディアがこの問題の核心を敢えて外す理由は、彼らの自己正当化や理研のボスに対する忖度だけではない。理研が、安倍政権が進める「成長戦略」と不可分の関係にあることだ。安倍政権の広報部隊である日本のマスメディアは、小保方も理研も本気で批判報道できない。
 
なぜならば、STAP細胞論文が発表された背景には、安倍が掲げた「成長戦略」があるからだ。安倍の「成長戦略」を「実体化」する象徴的分野が再生医療だ。「成長戦略」では再生医療が国を挙げた重点投資の目玉になっている。「STAP細胞」はだれにもわかりやすい再生医療分野だ。第二に、「成長戦略」が掲げる「女性の活用」だ。小保方は「女性の活用」を象徴するまさに「看板娘」というわけだ。第三が理研を予算額が大きい「特定国立研究開発法人」に指定することだ。
(以上の指摘は、Blog「世に倦む日日」から引用した。)
 
われわれはもはや、ネットに期待するしかない
 
[安倍の「成長戦略」-理研-STAP細胞-小保方晴子]の虚構の構造は、論文不正で一気に瓦解した。安倍の「成長戦略」をシンボライズするはずだった理研及び小保方は、論文不正で挫折すると同時に、その内部腐敗が次々と明るみに晒されてきた。だが、日本のマスメディアはその核心に目をつぶり続ける。日本のマスメディア、TV・新聞の現場は科学に暗く、雑誌が得意なのは下半身報道、そしてそのどちらの幹部も安倍政権の圧力に縛られて手も足も出ない。われわれはもはや、ネットに期待するしかないのである。