2011年10月28日金曜日

スポーツマスコミの大罪―日ハム菅野指名は快挙

プロ野球のドラフト会議に係るマスメディア、とりわけ、スポーツマスコミの報道ぶりについては、ただただ呆れるばかりだ。

今年のドラフトの目玉の一人が、最速157キロを誇る大型右腕、菅野智之投手(東海大)。菅野は読売ジャイアンツ原監督の甥にあたるという。そんな血縁関係から、菅野は読売の単独指名間違いないという報道がなされていた。ドラフトの目玉を読売が単独指名をするのが当然だという空気づくりだ。なぜならば、菅野は監督の甥だから・・・

こんなバカな話はない。一般社会において、子が父親のライバル会社に就職することは珍しくない。おじ~甥の関係ならばなおさらだ。そもそも、子の立場からすれば、父やおじといった存在は鬱陶しい。あたりまえに成長した子供ならば、就職のとき、肉親のいない職場を選ぶことのほうが普通だろう。

逆に、自力で就職できない出来の悪い子供の場合、コネ(縁故)入社がある。あるいは、父親が世襲を目指す場合、子供の意思を無視して、自分の経営する会社に強制的に子供を就職させることもある。なによりも、コネや世襲というのは一般的ではない場合なのだ。

“菅野読売入り”を一般常識であるかのように書いてきたスポーツ記者諸氏は、自らのおじ等の肉親がいることをもって、いまのスポーツマスコミ会社に入社したのだろうか。繰り返すが、一般社会において、伯父が管理職(監督)を務める企業(球団)に甥である新人(選手)が入社(団)することのほうがよほど、不自然なのだ。

そればかりではない。原が読売の監督でいる期間は、せいぜい2012シーズンまでだろう。たまたま菅野がドラフト会議にかかった2011年シーズンとその翌シーズン、原は読売の監督を務めるにすぎない。しかも、2011シーズン、原監督はペナント優勝を逃し、リーグ3位という不本意な成績に終わっている。原は読売の監督の座を更迭されても不思議ではなかったのだが、なぜか、読売フロントは原を留任させた。憶測・邪推にすぎないけれど、菅野を単独指名するため、伯父の原に監督を続けさせた可能性すら否定できない。

読売はこれまで、ドラフト会議制度を事実上、形骸化させてきた。江川問題を持ち出すまでもなく、2011年シーズン、新人投手ながら11勝11敗、防御率2.03と大活躍した沢村拓一は2010年のドラフト会議で読売の単独指名を受けている。沢村の場合、ドラフトに際しては複数のメジャー球団からメジャー契約でのオファーもあり、巨人以外から指名された場合はアメリカでのプロ入りを選択していた可能性もあったといわれている。つまり、沢村は読売以外に指名された場合、指名球団との交渉を拒否して、アメリカへ行くぞ、という脅しを11球団にかけたのだ。せっかく1位の交渉権を得ても、選手が交渉を拒否するのであれば指名する意味がない、と他球団に思わせたのだ。もちろん、そう報道したのが、スポーツマスメディアだった。スポーツメディアは、読売の沢村単独指名の地ならしをした。

2011年シーズン、セリーグの首位打者となった長野久義の場合は、ドラフト破りに近い。2006年シーズン、長野(日本大学)は、春季は12試合出場、打率.489、主将を務めた秋季は13試合出場、打率.404の好成績をおさめ、2季連続首位打者(高須洋介・青山学院大学以来2人目)を獲得、ベストナインにも満票選出された。強肩・俊足を兼ね備え、プロの注目を浴びることとなり、同年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから4巡目指名を受けたが、巨人への入団を熱望していたことから入団を拒否した。

長野は2007年に本田技研工業へ入社。ノンプロチームHondaでも大活躍をし、大会最優秀選手に選出された。2008年、ドラフト会議で巨人以外に指名された場合はプロ入りせず会社に残留する意志を固めていたといわれていたが、巨人以外でも入団するとの情報を得ていた千葉ロッテマリーンズが2巡目で“強行”指名。ところが、長野は当日のボビー・バレンタインとの面会を拒否し、入団拒否を明らかにした。翌日にロッテ球団側に直接入団拒否を申し入れ、球団側も了承。Honda残留が決定し、2009年のドラフトで巨人の指名を待つこととなった。

2009年2月、巨人は長野にドラフト1位指名する方針を公表。長野は、Hondaにおいて、第80回都市対抗野球大会で打率.579の活躍で首位打者を獲得。チームを13年ぶりの優勝に導いた。2009年10月、ドラフト会議で巨人から確約通り単独1位で指名、交渉権が確定した。他球団は長野1位指名を行わなかった。

長野は、読売入団までなんと3年間、ノンプロチームで道草を食った。2006年、2008年の長野の交渉拒否を目の当たりにした読売以外の球団は、前出のとおり、長野の轍を踏まぬよう、2010年ドラフトにおいて、沢村の読売単独指名を許容した。

読売入団に固執する選手も選手だけれど、他の11球団の読売に対する弱気、遠慮がドラフトを形骸化させている。2009年ドラフトで読売が長野の1位指名を表明したとしても、他の11球団のうち、長野を必要とする球団が敢然と長野を1位指名すればよかった。抽選の結果、読売以外の他球団に交渉権が決まった場合、長野はプロ野球界入りを拒否できただろうか。大学卒業から4年間、ノンプロチームHonda(本田技研)の選手でいられただろうか。

もちろん、そうすることの弊害はある。長野という才能のある野球選手を大学卒業後4年間もノンプロチームに塩漬けにしていいのかという問題だ。また、長野の交渉権を獲得した北海道日ハム、千葉ロッテは、1位交渉権という最大の補強の機会を失っている。新人選手、プロ野球球団双方にとって、ドラフトのミスマッチに伴う損失は計り知れないほど大きいように思える。

しかし、2008年ドラフト会議で長野を獲得できなかった千葉ロッテの場合、2009年パリーグ5位、2010年同3位(日本一)、2011年同6位という結果になっている。長野がロッテに入団していたら、2009年シーズンからプレーしたわけだが、長野不在の2010年にクライマックスシリーズを制しているくらいだから、不在の影響は少なかったようにも思われる。

同様に、2006年ドラフトで長野を獲得できなかった北海道日ハムの場合、2007年シーズンは同1位、2008年同3位、2009年同1位、2010年同4位、2011年同2位という成績だ。

2009年ドラフトで長野を獲得した読売の場合、長野が入団した2010年シーズンは同1位だが、長野が首位打者を獲得し活躍した2011年は3位に順位を落とした。つまり、有望な新人を獲得することはチーム力アップの必要条件だが、獲得できなかったからといって、即座に成績に反映するとも限らない。これがチームスポーツの不思議なところだ。

結論を言えば、日本プロ野球が新人選手交渉権の公正さ及び経済合理性を担保するため、ドラフト制度を続けるつもりならば、各球団は補強すべき選手については、選手側の交渉拒否を恐れず、断固として上位指名を敢行すべきなのだ。

ドラフト会議がライブ中継される時代だ。球団は、指名権重複(抽選)や選手側の交渉拒否の事前情報を恐れてはいけない。指名重複の結果に基づく抽選は、それ自体がドラマであり、ファンサービスにほかならない。また、球団の逃げ腰に乗じて、選手側が交渉拒否の事前情報をリークするような不透明さを許せば、ドラフトは事実上形骸化し、人気球団に有望・有名選手が自ずと偏る傾向を助長してしまう。

さらに、スポーツメディアは「巨人」のドラフト形骸化戦略を援助する予断に満ち満ちた報道を中止すべきだ。読売はかつての「巨人」一極集中プロ野球の復活を夢見ている。だがもはや、全国区人気の「巨人」中心という構図の復活はあり得ない。21世紀の日本プロ野球は、それぞれの地域に根差した地域のための球団と、その地域のファンとともにある。全国津々浦々が「巨人」を応援するなどという不自然なスポーツ文化は、もうあり得ない。おらが国のおらがチームを応援する。

このたびの北海道日ハムの菅野1位指名は快挙だ。読売のドラフト破りの横暴を許さないため、換言すれば、「読売単独指名」を恒常化させないため、今後、各球団もこれに倣ってほしい。

また、プロを目指す若き野球選手も、「巨人」という幻想に迷って、自らの進路を誤ってほしくない。いまのプロ野球を代表する選手のうち、いったい何人が読売ジャイアンツに所属しているか数えてみればいい。野球において、日本代表チームを編成したとき、代表に呼ばれる読売の選手は、投手ならば内海、沢村、野手ならば、長野、阿部くらいだろう。読売ジャイアンでは、選手は育たない。

繰り返すが、スポーツメディアは、読売単独指名を助長する意図的報道を行ってはいけない。かりに、「読売以外にはいかない、指名されても交渉しない」と発言する選手がいたならば、その発言をもって、その選手を批判すべきだ。コンプライアンスは「法令遵守」と訳されるが、法律に触れないからと言って、約束事、ルール、倫理(規定)等を無視することは許されない。もちろん、海外への挑戦は自由であるから、それは除外する。海外志向の新人は、あらかじめ「自分は海外でやりたい」と表明すればいい。そうすれば、全球団がその選手を指名から除外することができる。「読売以外なら海外」というのは、ドラフト精神(倫理)に反する。

今年は計72選手が指名を受けた。指名された全選手の今後の活躍を祈念する。